- 前作のあらすじ -
永琳に20万円のマッサージチェアを買うために輝夜が選んだ仕事は、輝夜自身の抹殺業務だった。
毎日自分が飲む味噌汁の塩分を増やすという職に就き、輝夜は給料として毎月1円を妹紅からもらう事になったのだが・・・。
※特に前作を読む必要はありません。
永遠亭。
一頃はにわかに騒然となったこのお屋敷も、輝夜就職が成ってからはまた静寂を取り戻していた。
しかし今日の永遠亭は主たる輝夜の心中を映しだしたかの様に、より一層「音」というものを失っていた。
何も聞こえない。
輝夜の嘆きを除いて。
「・・・マゾい」
輝夜が就職してから3ヶ月が過ぎた。毎日辛い味噌汁を飲んではいるが、蓬莱の薬のおかげで健康面はすこぶる快調だ。
しかし金銭面はそうはいかない。輝夜は仰向けに寝ころんで、作ったばかりの預金通帳を眺めながらため息をついていた。
「3円かぁ・・・」
現在預金額の欄には「¥3」の文字だけが淋しく踊っている。輝夜の通帳はインクが節約されて環境に優しい。
輝夜は寝返りを打った。
今日は永琳と鈴仙が留守にしている。裏山まで薬草を摘みに行くと言っていた。
山に山ほど生えている草の中から使える草と使えない草の見分け方を教えてもらうらしい。
それを知ることで、薬師として大きく成長できるそうだ。
・・・どうでもいい。
「もうあれから大分働いていると思うのに。『お金は貯めようとすると貯まらない』って聞いたことがあるけど、これほどとは・・・」
その時既に、輝夜の頭脳は驚愕の数字をはじき出していた。
月給1円だと、3ヶ月経った場合にもらえる合計金額はたったの3円。
だから今の貯金は3円なのだ。
凄まじい道理。
20万円のマッサージチェアを買うために何ヶ月かかるかまでは計算していない。
恐らくたくさんヶ月だ。
「ほんっと、マゾいわぁ・・・」
輝夜はまた寝返りを打った。
すると、都合一回転した輝夜の頭が何か紙っぽいものを潰した。
「何これ・・・イナバったら部屋の片づけもろくにできないんだから・・・」
どうでもいい情報だが、ここは輝夜の部屋だ。
輝夜が頭の下敷きになった紙を取り出す。
どうやら薬を入れるためにいらない紙で作った紙箱のようだ。中身が入っていなくて助かった。
そう言えば鈴仙が四角い紙から器用に箱の形に折り紙しているのを見て、ちょっとだけ興味をそそられて3つ程もらったんだった。
3秒で飽きた。
「3つあったけど3秒で飽きた。つまり1つあたり1秒で飽きた事になるわね」
と、またしても輝夜の頭脳は驚愕の数字をはじき出した。
そんなことより、輝夜はその紙に書いてあった内容に目を引かれた。
それは3ヶ月程前、鈴仙に命じて持ってこさせた求人情報ビラの内の1枚だ。
「弁理士事務所での経理事務的な業務です。月収100万~、あなたの頑張り次第でもっとあがります。(※実務に入る前に通信教育にて弁理士業務の勉強をしていただきます。まずは教材(50万円)をお買い求め下さい) 因幡てゐ』」
そんな時代もあったわね。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「あの子ったら、そんなに儲けてるのかしら」
輝夜はむっくりと起きあがって、もそもそと動き出した。
心の中でも何かがもそもそと動き出していた。
これは詐欺だ。分かっている。犯罪は釣り合わない。
そもそも輝夜には罪を犯して地上に幽閉された経緯がある。
だがしかし。
この詐欺が1件でも成功すれば、元手ゼロで50万円の儲けだ。
一発でマッサージチェアが買える。
もそもそ。
歯止めが効かなくなった輝夜は、気がつくとてゐに両手をついていた。
「ひ、姫様、何ですか?」
「師匠!私を弟子にして下さい!!」
刹那、てゐの耳がピンと立った。
すぐにまた垂れる。
人を騙す事を生業としているてゐは、こういう時にまず真っ先に相手の嘘を疑う。
輝夜は何を企んでいるのか。考えても全く分からない。
てゐにはただ呆然と輝夜の頭を眺める事しかできなかった。
つむじが曲がっていた。
「師匠、お願いします!私を詐欺の弟子に!私にはお金が必要なんです!」
今度は理解の意味でてゐの耳がピンと立った。
垂れた。
次にてゐの口元が緩んだ。明らかににやにやしている。
何か思いついたようだ。
「いいよ~。姫を弟子にしたげる」
輝夜が下手に出ているのをいいことに、てゐは明らかに態度を大きくした。
「ありがとうございます!!」
「ただし、条件があるウサ」
「はい、何なりと」
「常に私の味方をする事。キーワードは『助けて姫様』。私がこれを言ったら無条件で私をかばってね。いい?」
「はい、分かりました!師匠の為ならお安い御用です」
「よしよし。姫を弟子として認めましょう。ウサウサ」
てゐは偉そうにあごを触った。
この優越感、たまらん。
その時、永琳と鈴仙が山から帰ってきたらしく、玄関先から声が聞こえてきた。
てゐの耳がまたピンと張る。今度は垂れない。
「よいしょっと。はい、ご苦労様。さぁ薬草がダメにならない内に保存作業を始めるわよ」
「あのう、お師匠様。その前にちょっとだけ髪を洗ってきてもいいですか?枯葉のカスやら蜘蛛の巣やらが気持ち悪くて・・・」
「今?本当にうどんげは髪の毛いじりが好きね。まあいいわ。パッと行ってパッと洗って来なさい。すぐよ?」
「は~い」
このやり取りを聞き終えると、てゐは耳を垂らした。
「まずいウサ・・・」
ほんの一瞬だけ困ったが、今のてゐには強力な後ろ盾がいる。
「コホン。これから姫に、弟子入りのための最終試験を行うウサ。さっきの条件を忘れないようにね」
「え?あ、はい」
しばらくすると、ドタバタ廊下を走る音と、世にも恐ろしい怒鳴り声が永遠亭に響いた。
「てゐー!てゐ、どこじゃーっ!!」
鈴仙の声だ。
いつもならほとぼりが冷めるまで逃げ隠れるところだが、今日のてゐはどっしりと構えている。
鈴仙が二人の所へ来た。
「見つけたわよ、てゐ!!あ、姫様、ただいま戻りました」
ゴン、とてゐの目の前に空のシャンプー容器が置かれた。
「このシャンプー、昨日開けたばかりだったのよ?何でこんなに減ってるのよ!!」
「あー・・・その綺麗な髪の毛に憧れて、ちょっとだけ使っちゃったウサ・・・はは・・・」
「そ、そう?憧れちゃった?・・・って、ごまかされるかっ!1回でこんなに使うわけないでしょ!」
鬼の形相をした鈴仙に、てゐは早くもギブアップの様相で、輝夜に向かって制限解除の合い言葉を放った。
「助けて姫様!」
来た!
輝夜は立ち上がった。
この試験に合格して、立派な詐欺師になってみせると誓って。
「いいじゃないの、イナバ。シャンプーの1本や2本。その毛並みに憧れて、全身に使っちゃったんでしょ」
「使ってなくなる量じゃないですよ!この子ったら中身だけ抜き出して売ったに決まってます!『鈴仙愛用シャンプー』とか何とか言って!」
「イナバ、そう簡単に他人を疑うのはよくないわ。えっと・・・そう、私も使ったのよ!全身に!」
「この子をかばうんですか?・・・というか姫様、使ったんですか?」
「ええ、使ったわ」
鈴仙は空のシャンプー容器を手にとって、ふーん、という感じで眺めていたが、おもむろにそれを輝夜の目の前に突き出した。
「このラベル見えます?」
「何よ。サラサラストレートタイプ・・・『銀髪専用』!?」
「より美しい銀色を出す為に、ちょっとだけ白銀の色素が入っているんですよ。・・・ところで姫様、今日も綺麗な黒髪ですね」
目を細めながら輝夜の髪の毛を優しく掴んで観察する鈴仙。
勝利への確信がにやけた口元に現れている。輝夜が次に何と言い訳するかを楽しんでいるかの様だ。
さすがてゐの嘘に最も多く曝されている兎だけはある。
「くっ、できる・・・!」
輝夜はいきなり窮地に立たされた。
このままでは最終試験にパスできず、素敵な詐欺師ライフが霧と消えてしまう。
だがピンチに強い輝夜の頭脳は、この土壇場にあっても驚愕の答えをはじき出した。
輝夜の真っ黒な瞳がきらりと光った。
「あっ!UFOだ!!」
輝夜が天井を指さす。
「え!?」
鈴仙が思わず天井を見上げる。
「今だ!!」
輝夜がてゐの腕を掴んで逃げ出す。
この間わずか3秒。あまりにも完璧な危地脱出法だった。
鈴仙は一人残された部屋の中、ただ天井を見上げる事しかできなかった。
「あ、ヤモリ・・・珍しいわね」
奇跡の脱出劇を演じた輝夜とてゐは、迷いの竹林を一気に駆け抜けて人里まで降りてきた。
「はぁ・・・はぁ・・・良くできましただウサ。これで姫は私の弟子ウサ。一番弟子だウサ!」
「はい!師匠!」
ここに幻想郷最強の詐欺師コンビが誕生したのであった。
幻想郷の歴史が今、変わろうとしている。
息が落ち着いてくると、てゐは姿勢を正した。
「さて、早速講義に入るね。まずは概論ウサ。人を騙す時、一番大切な事は何だと思う?」
「ばれない事だと思います」
「じゃあ例えば、騙す相手として適切でない相手は誰ウサ?」
「えーと・・・古明地さとりでしょうか?あとは上白沢慧音とか」
てゐはどこかで見たクイズっぽい感じを演出して、しばらく間を置いた。
間の置き方は下手だ。
「残念ウサ!!」
「えー」
「嘘がばれてはいけないと思うのは素人ウサ。私達みたいなプロは、何度も何度も嘘をつくの。それはもう、ばれても当然な程に!」
「なるほど・・・メモメモ」
輝夜は手元のメモ帳に「ばれてもいい」と書き込んだ。
いつ見るのか。
「本当に大事なのは、ばれても大丈夫なようなバックグラウンドを形成しておく事ウサ。嘘はバクチじゃない。常に負けた時の事を意識して、安全を確保した上で、一万回の嘘を重ねるウサ」
「な、なんて重みのあるお言葉・・・」
「その意味で相手にしてはいけないのは、嘘を見破る相手じゃなくて、ばれた時にこちらへのペナルティが危惧される相手ウサ」
「それは例えば?」
「四季映姫やリリカ・プリズムリバーなどウサ。閻魔様は騙そうとしてばれると、なが~いお説教を貰うの。・・・あの人だけは二度と騙すまいと思ったね・・・」
「・・・失敗経験があるんですね。リリカ・プリズムリバーは?」
「リリカは最大のライバルウサ。嘘を見抜いても、見抜いた事を気付かせないように振る舞って、最終的にこちらを騙し返してくるヤな奴さね」
「何それ怖い」
「本当に恐ろしい奴ウサ。業界では奴の事を『黒ウサギ』と呼んでるウサ。いつか決着はつけるけど、普段は触らぬ神に祟り無しウサ」
「なるほど・・・メモメモ」
今度は「黒ウサギに祟り無し」と書き込む。
意味が分かっているのか。
「よし、講義はここまで!実戦に出るとしましょう」
「は、はい!よ~し、やるぞー!!」
「ちょっと待って、姫はまだやらない。百年早いウサ」
「なんだぁ」
「ツーマンセルの詐欺パターンもあるけど、まずは私が仕事をする様子を遠くで隠れて見ておくウサ」
てゐが輝夜を連れて来たのは妖怪の山の麓。
途中、里の雑貨屋で買った安物の万華鏡を片手に、河の近くに陣取った。
「普通の嘘にはこういった小道具は使わないウサ。失敗したら支度金分が丸損だもんね。基本は元手ゼロでやり抜く事。今回は姫に詐欺を教えるにあたって有用なアイテムを手に入れる為の、特別な嘘を用意したウサ」
「ふむふむ・・・メモメモ」
てゐは輝夜を茂みの中に隠れさせると、岩に登って万華鏡を覗き込み、大声で叫びだした。
「ほおおおおお!!すごおおおおい!!」
叫び続けること数分、早くも魚がかかった。
興味ありげに水面から顔半分を覗かせているのは、河童のにとりだ。
「・・・何してんの?」
てゐの耳がぴくっと動く。でも、まだまだ我慢。
もっと獲物を引き寄せなければ。
「うひょおおおお!!あ・・・ゲラゲラゲラゲラ」
見事なガン無視作戦で、既ににとりの心はてゐの仕掛けた蜘蛛の巣の中だ。
岩に登って来て、てゐに話しかけてきた。
「ねぇ、それ何?」
「あれ、いたの?」
てゐがわざとらしくにとりに気づき、パッと万華鏡を後ろに隠した。
「今何を隠したの?」
「な、何のこと?何も隠してないよ?」
「嘘が下手だなぁ。じゃあ両手をこっちに出してみなよ」
「はぁ・・・ばれちゃったウサ・・・」
てゐは心の中でしたり顔をしながら、万華鏡をにとりに見せた。
だが不意に取られないよう、両手でがっしり握っている。
まるで落ち込んでいるかの様に見せる耳の垂れ具合が絶妙だ。
「それは?万華鏡・・・?」
「これは天狗に譲ってもらった物で、千里眼という遠眼鏡ウサ。ただの遠眼鏡じゃなくて、どんな遠い場所でも、壁の向こうでも、何でも見られちゃう道具なの」
「??何それどういう原理?」
「原理なんて知らない。私は楽しめればそれでいいもん。こうやって地面に向ければ・・・おお!サンバを踊ってる!ブラジルの人聞こえますかー!!」
「・・・ねぇ」
来た来た。ここからが正念場。
「ちょっとそれ見せ・・・」
「ダメ!!」
てゐが素早く万華鏡を後ろに隠す。
「まだ最後まで言ってないじゃん!見せてよ、分解したりしないから!・・・多分」
「ダメったらダメ!これ本当は天狗から借りてるだけだもん。壊れたら痛い目に遭わされちゃうウサ・・・」
「分かった!じゃあ本当に見るだけ!仕組みを解明しようとはしないから!それにアレだよ?もし原理が分かったら、私でも作れちゃうかも知れないよ?」
「え、本当ウサ?作れるウサ?」
「いや分かんないけどさ。まずは見せてくれないと」
てゐは腕組みをして考え始めた。もちろんポーズだけだが。
この辺のじらしも大事な要素だ。
「じゃあ、あなたが持ってる光学迷彩スーツを担保代わりに貸してくれたら、見せてあげる。もし壊されたら天狗にそれを献上するウサ・・・」
「うん、分かった!じゃあ一旦交換ね!」
こうしてまんまと光学迷彩スーツを受け取ったてゐは、代わりに安物の万華鏡を渡した。
にとりが万華鏡を覗き込むと同時に、てゐは光学迷彩スーツを着込む。
にとりの眼に映るのはブラジルの人・・・なはずもなく、まぁそれはそれで綺麗な模様だった。
「あれ?これどうやって使うの?」
「回してみると良いウサ」
「ああ、回すの?・・・わぁ、綺麗・・・って、これじゃただの万華鏡やないかいっ!!」
と、にとりがてゐにツッコミを入れようとして手を振り上げた・・・が、てゐがいない。
光学迷彩スーツを着ているのだから当たり前だ。
ここでようやく、にとりは騙された事に気がついた。
「あっ!さては騙したな!!これ普通の万華鏡じゃんか!」
「あれ~、そうだった?じゃあ私も天狗に騙されちゃったかなぁ。代わりに文句言ってきてあげるね!じゃ~ね~」
姿が見えないまま、てゐの声がどんどん遠ざかっていく。
「待てーっ!私の光学迷彩スーツを返せーっ!!」
もうてゐは逃げおおせただろう。何を叫んでも聞こえまい。
にとりが蒲の穂を噛んで悔しがる様子を見届けて、輝夜も茂みに隠れながらその場を離れる。
「畜生・・・でもいいや、私が充電しなけりゃあの光学迷彩スーツもそう長くは使えないだろうし」
人里まで戻ってきた輝夜の前に、突如てゐが姿を現した。
「とまあ、こんな感じウサ」
「師匠、鮮やかすぎです!感動してしまいました!」
「今のは幻想郷で初めて行われたと言われる詐欺の手口だよ。私達の世界ではもはや神話だね」
てゐは偉そうに語りながら光学迷彩スーツを自ら着て、また姿を隠す。
「よし、じゃあ私がこの状態で側にいて監督するから、次は姫が詐欺をやってみせて!」
「え、もうですか!?さっき私に実戦は百年早いって・・・」
「何を言ってるウサ、そんなの嘘に決まってんじゃん」
その瞬間、輝夜の頭が真っ白になった。
しばらく考えを整理して、ようやく状況を理解する。
「・・・だ、騙された!一番弟子の私ですら師匠のことを信じてはいけないのですね!」
「むっふっふ、この世界は一瞬の油断が命取りなのよ」
「くやしい!でも・・・感心しちゃう!メモメモ」
てゐは輝夜を連れて霧の湖へ向かった。
詐欺初心者のための練習用カモと言えば、やはりあの妖精しかいないだろうと判断しての事だ。
今日もチルノは平和にカエルを凍らせて遊んでいた。
凍らせる瞬間もまた一興だが、やはり一番の悦楽に浸れるのは蘇生の瞬間だ。
百匹のカエルがいれば百通りの動きを見せる。
そこには個というものの価値、生命の神秘、ひいては自然摂理の無常観も感じ取る事ができる。
まさに世界の縮図を俯瞰するが如き高尚なる愉悦。愚鈍な凡人共には分かるまい。
また一匹、カエルを冷凍する事に成功した。
このカエルは、どのような真理の美を見せてくれるのか。
チルノが氷漬けになったカエルを手に取ろうとしたその時、何者かの足が冷凍カエルを踏み砕いた。
無常。
チルノが顔を上げて、カエルを殺めた罪深き咎人の正体を確かめる。
長い黒髪。深い瞳。月の都の姫君か。
千歳の時を経た箱入り娘。全くの世間知らず。いわゆるバカ。
あたいの楽しみを潰すなんてちょー許せない。
輝夜はカエルを踏んだ事にも気付いていなかった。
初めての詐欺という人生の一里塚に立って、極度に緊張していたのだ。
なかなか言葉を発しようとせず、恨めしそうに輝夜を見つめるチルノとお見合い状態になる。
じれったくなったてゐが光学迷彩スーツを着たまま催促する様に輝夜の背中を押すと、ようやく輝夜が口を開いた。
「ほ・・・」
「ほ?」
「ほおおおおお!!すごおおおおい!!」
てゐが脊髄反射でこれに反応して、まずチルノの頭にバケツをかぶせた。
バケツをかぶせられたチルノは、電源の落ちた自動人形の様に突然動かなくなった。
生命の神秘だ。
この隙にてゐが輝夜に説教する。
「何やってんの!!何で目の前で叫んだの!!不審な行動を取らない!」
「え、でも師匠だってさっき・・・」
「さっきは河童を呼ぶために叫んだの!今はカモが目の前にいるんだから叫ばなくていいの!分かった!?」
「分かりました・・・メモメモ」
「全く・・・じゃあバケツ外すよ?準備いい?」
バケツを外されると、チルノは電源が入ったように極めて普通に活動を再開した。
「何さ、いきなり大声出して!びっくりするじゃん!!」
しかしこのチルノの問いに対して、輝夜は返答に窮してしまった。
さっきのてゐとにとりのやり取りを必死で思い出し、出した言葉は
「あれ、いたの?」
またバケツをかぶせるてゐ。
動かなくなるチルノ。
「わざとらしいってレベルじゃねーウサ!!こっちから訪ねて行ってるのに!!」
「え、でも師匠だってさっき・・・」
「ごめん、もっと前提を話さなきゃいけなかったね。いい?詐欺で一番大事なのは『臨機応変』ウサ。状況が変わったら手口も変える!今はその練習なんだからね!?私のマネをすればいいってもんじゃないの!」
「は~い・・・ところで師匠、一つ質問いいですか?」
「ん、何だウサ?」
「何でこの妖精動かないんですか?」
「ああ、こいつはバケツをかぶせてる間は時間が止まるんだよ。質問はそれだけ?じゃあバケツ外すよ?」
輝夜はいまいち回答に納得がいかなかったが、てゐは構わずバケツを外した。
またチルノが動き出す。
「アンタの方から来たんでしょ!そんでもってカエルを踏みつぶして・・・ああ、思い出しただけで腹が立つ!!」
「カエル???」
「それで何よ!何の用よ!」
「えっと・・・」
輝夜は何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
せっかく師匠がさっきお手本を見せてくれたというのに、それをマネしてはいけないだなんて・・・。
でもここで言葉に詰まっては怪しまれてしまう。
何か言わなければ。
「・・・お金ください」
バケツ。
「それは詐欺じゃなくて物乞い!!」
「何を言えばいいのか分からないんです!」
「だからって『ください』はないでしょ!せめて『貸して』とか!」
「え、どう違うんですか?」
「借りるだけ借りて難癖つけて返さない!これで詐欺成立!あんまり美しくないけど、この際仕方ないウサ」
「う~ん・・・まぁ借りればいいんですね。難しい事は後で考えます」
「姫にはまず最初に詐欺の美学を教えなきゃいけなかったウサ・・・。バケツ外すよ」
バケツを外す。
「やだよ!!いきなり何で!!」
「じゃあ貸して!お金貸して!」
「だから何で!!」
何で・・・だと?
この妖精はバカだバカだと思っていたが、こんなにいくつも難しい質問をしてくるとは。
なかなかどうして、侮れない。
理由か・・・。
「お金が好きなの」
バケツ!!
「そんな理由で貸してもらえるかっ!!」
「いやまさか理由を聞かれるとは思ってなくて、慌てて・・・」
「理由なんて聞かれるに決まってんじゃん!何かそれっぽい理由考えて!一番ベタなので言うと誰かが病気だとか!」
「なるほど、病気ね・・・メモメモ」
バケツ解除。
「知らんがな。そんなんでいちいち貸してたらあたいのお金がなくなるわ」
「そっか・・・。仕方ない、じゃあ本当の事を言うわ」
輝夜が肩を落として話しだした。
この辺の演技力はまあまあウサ。
「実はね、うちで飼ってるウサギの因幡てゐが不治の病で・・・いつ死んでもおかしくない状態なの。手術にはたくさんのお金が必要で・・・」
この話を聞いて、チルノは眉をひそめた。
輝夜の嘘を信じたようだ。
姫、やるじゃん。
「そうなの?じゃあさっきからそんな所に立ってて大丈夫なの?帰って寝ていた方がいいんじゃないの?」
「え」
「え」
「え?」
凍り付く空気。
氷の妖精、侮り難し。
てゐが恐る恐る口を動かす。
「姫、私の姿・・・見えてる?」
輝夜はてゐに背中を向けて、伏し目がちに答えた。
「すみません・・・見えてます」
「・・・いつから?」
「霧の湖に到着する少し前から・・・」
今更だが、てゐは一応チルノにバケツをかぶせた。
「どうして早く言わなかったの!!!」
「さっき師匠に騙されたから、私も師匠を騙そうと思って。この世界は一瞬の油断が・・・」
「姫に詐欺を教える為に姿を隠してるんだから!!見えてたら損するのは姫でしょ!!」
「・・・あ、そっか」
「・・・・・・・・・」
てゐは頭を押さえた。輝夜がまさかここまで・・・あっち系の人だったとは。
「もういいウサ。この詐欺は諦めて今日はもう帰ろう」
「そうですか?じゃあ最後に、バケツをかぶせたまま身ぐるみ剥いじゃいましょうか」
「それは詐欺じゃなくて追い剥ぎ!」
今日の収穫は電池切れの光学迷彩スーツ1着。
意気消沈した二人が永遠亭に帰ると、玄関口で永琳が正座していた。
何だかとても怖い。
「た・・・ただいまー・・・」
永琳がカッと目を見開いた。
「姫!!」
「は・・・はい」
「うどんげから聞きました。うどんげのシャンプーにいたずらをしたてゐをかばったそうですね」
「ああ・・・まあね・・・」
「それで今日はてゐと二人でお出かけですか。・・・どこで何をしていらしたんですか?」
まずい。この様子だと、永琳はきっと輝夜がてゐに弟子入りして詐欺師を目指している事に勘付いている。
何とかごまかさなければ。
「あっ!UFOだ!!」
「あれはヤモリです」
一瞬も振り返ることなく永琳が答えた。
できる・・・永琳にはこの世紀の嘘も通用しないのか。
こんな時こそ師匠に頼るしかない!・・・と、いつの間にかてゐがいない。
・・・やられた。
「姫。正直に答えて下さい。てゐと一緒になって詐欺に手を染めようとしていますね?」
この時になっててゐの教えが輝夜の脳裏をかすめた。
最も嘘をついてはいけないのは、嘘がばれた時に怖い相手だ。
まさしく永琳の事ではないか。
輝夜は正直に供述することにした。
「・・・はい」
「姫はもう定職に就いているでしょう。どうして詐欺なんて・・・」
「この仕事はお金が貯まるのが遅いのよ!計算によると、このままだと永琳にプレゼントを買ってあげられるのは、えっと・・・たくさんヶ月後になるの!」
「姫!!!」
永琳の一喝に、輝夜は肩をすくめた。
「私は人から騙し取ったお金でプレゼントを貰っても、何も嬉しくありません。もう限りなく永遠に近い時間を生きてきているのですから、1万7千年待つくらい何でもありませんよ」
「うぇぇ・・・1万7千年・・・」
嫌になるから敢えて計算しなかったのに・・・輝夜は改めて気が遠くなった。
「そんな事より、これからも永遠に仕えたいと思えるような姫でいてください!」
永遠に仕えたいと思えるような姫・・・この言葉に、就職をいきなり決意した輝夜の胸に秘められていた想いが、堰を切った。
「ごめんなさい・・・ある日永琳が肩凝りを気にしているのに気がついて、何かしてあげなきゃって思った時に、私は姫として永琳に何もしてあげられてないなって思ったの。永琳に、永遠に仕えたいって思われる姫になりたかったの」
それ以上何も言えない。
俯き加減な輝夜の光る瞳を見て、永琳は息をついた。
もうお説教はこれくらいでいいだろう。
「姫は、今のままでいいんです。今、こうして私の目の前に立って、私の事を想って下さっている姫が、私にとっての永遠に仕えたい姫です。だから今のままでいて下さい」
「うん・・・」
鈴仙が夕食の支度を整え、輝夜を呼びに来た。
輝夜の部屋では、やはり疲れて眠ってしまった輝夜と、その傍らには永琳が座っていた。
「あれお師匠様、何をしてるんですか?」
「何も。これから永遠に仕えるお方の顔を、改めて目に焼き付けているだけよ」
「今日の事で、またグラッと来ちゃったんですか?やっぱりお師匠様って・・・」
「『ちょろい女』って言ったらぶつわよ」
「ひっ」
一歩引いた鈴仙の足が、何か踏んだ。
足下に目をやると、輝夜の物であろうと思われるメモ帳が落ちていた。
表紙には「師匠の教え」と書いてある。
「あれ、これ何でしょう?」
「今日はてゐに詐欺を教えてもらっていたみたいだから、教えられた事でもメモ帳に書き留めていたんでしょう」
「ふむふむ。って事は、このメモ帳を見ればてゐの手の内が明らかになるのね?・・・ぐっふっふ」
「こらうどんげ、やめなさい!姫の持ち物を勝手に・・・」
「でもお師匠様、姫様はもう詐欺しないんだから、このメモ帳もゴミでしょ。ちょっとくらい覗いたって・・・」
鈴仙は中身を開いた。
なんだかんだ言いながら永琳も気になるらしく、一緒になって覗き込む。
--------------------------
・ばれてもいい!!
・黒ウサギに祟り無し
・手ぶらでお気楽ノーリスク詐欺
・師匠の教えは嘘ばかり
・目の前のカモには小声でいいカモ
・病に勝る理由なし
--------------------------
「何・・・これ・・・」
「姫様・・・メモ取るの下手すぎ・・・」
どうやら今日一日で、輝夜が詐欺を習得する事はできなかったようだ。
でもちょっとくらいてゐのやり口を吸収しておいてくれても良かったのにな、と鈴仙は思うのであった。
了
永琳に20万円のマッサージチェアを買うために輝夜が選んだ仕事は、輝夜自身の抹殺業務だった。
毎日自分が飲む味噌汁の塩分を増やすという職に就き、輝夜は給料として毎月1円を妹紅からもらう事になったのだが・・・。
※特に前作を読む必要はありません。
永遠亭。
一頃はにわかに騒然となったこのお屋敷も、輝夜就職が成ってからはまた静寂を取り戻していた。
しかし今日の永遠亭は主たる輝夜の心中を映しだしたかの様に、より一層「音」というものを失っていた。
何も聞こえない。
輝夜の嘆きを除いて。
「・・・マゾい」
輝夜が就職してから3ヶ月が過ぎた。毎日辛い味噌汁を飲んではいるが、蓬莱の薬のおかげで健康面はすこぶる快調だ。
しかし金銭面はそうはいかない。輝夜は仰向けに寝ころんで、作ったばかりの預金通帳を眺めながらため息をついていた。
「3円かぁ・・・」
現在預金額の欄には「¥3」の文字だけが淋しく踊っている。輝夜の通帳はインクが節約されて環境に優しい。
輝夜は寝返りを打った。
今日は永琳と鈴仙が留守にしている。裏山まで薬草を摘みに行くと言っていた。
山に山ほど生えている草の中から使える草と使えない草の見分け方を教えてもらうらしい。
それを知ることで、薬師として大きく成長できるそうだ。
・・・どうでもいい。
「もうあれから大分働いていると思うのに。『お金は貯めようとすると貯まらない』って聞いたことがあるけど、これほどとは・・・」
その時既に、輝夜の頭脳は驚愕の数字をはじき出していた。
月給1円だと、3ヶ月経った場合にもらえる合計金額はたったの3円。
だから今の貯金は3円なのだ。
凄まじい道理。
20万円のマッサージチェアを買うために何ヶ月かかるかまでは計算していない。
恐らくたくさんヶ月だ。
「ほんっと、マゾいわぁ・・・」
輝夜はまた寝返りを打った。
すると、都合一回転した輝夜の頭が何か紙っぽいものを潰した。
「何これ・・・イナバったら部屋の片づけもろくにできないんだから・・・」
どうでもいい情報だが、ここは輝夜の部屋だ。
輝夜が頭の下敷きになった紙を取り出す。
どうやら薬を入れるためにいらない紙で作った紙箱のようだ。中身が入っていなくて助かった。
そう言えば鈴仙が四角い紙から器用に箱の形に折り紙しているのを見て、ちょっとだけ興味をそそられて3つ程もらったんだった。
3秒で飽きた。
「3つあったけど3秒で飽きた。つまり1つあたり1秒で飽きた事になるわね」
と、またしても輝夜の頭脳は驚愕の数字をはじき出した。
そんなことより、輝夜はその紙に書いてあった内容に目を引かれた。
それは3ヶ月程前、鈴仙に命じて持ってこさせた求人情報ビラの内の1枚だ。
「弁理士事務所での経理事務的な業務です。月収100万~、あなたの頑張り次第でもっとあがります。(※実務に入る前に通信教育にて弁理士業務の勉強をしていただきます。まずは教材(50万円)をお買い求め下さい) 因幡てゐ』」
そんな時代もあったわね。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「あの子ったら、そんなに儲けてるのかしら」
輝夜はむっくりと起きあがって、もそもそと動き出した。
心の中でも何かがもそもそと動き出していた。
これは詐欺だ。分かっている。犯罪は釣り合わない。
そもそも輝夜には罪を犯して地上に幽閉された経緯がある。
だがしかし。
この詐欺が1件でも成功すれば、元手ゼロで50万円の儲けだ。
一発でマッサージチェアが買える。
もそもそ。
歯止めが効かなくなった輝夜は、気がつくとてゐに両手をついていた。
「ひ、姫様、何ですか?」
「師匠!私を弟子にして下さい!!」
刹那、てゐの耳がピンと立った。
すぐにまた垂れる。
人を騙す事を生業としているてゐは、こういう時にまず真っ先に相手の嘘を疑う。
輝夜は何を企んでいるのか。考えても全く分からない。
てゐにはただ呆然と輝夜の頭を眺める事しかできなかった。
つむじが曲がっていた。
「師匠、お願いします!私を詐欺の弟子に!私にはお金が必要なんです!」
今度は理解の意味でてゐの耳がピンと立った。
垂れた。
次にてゐの口元が緩んだ。明らかににやにやしている。
何か思いついたようだ。
「いいよ~。姫を弟子にしたげる」
輝夜が下手に出ているのをいいことに、てゐは明らかに態度を大きくした。
「ありがとうございます!!」
「ただし、条件があるウサ」
「はい、何なりと」
「常に私の味方をする事。キーワードは『助けて姫様』。私がこれを言ったら無条件で私をかばってね。いい?」
「はい、分かりました!師匠の為ならお安い御用です」
「よしよし。姫を弟子として認めましょう。ウサウサ」
てゐは偉そうにあごを触った。
この優越感、たまらん。
その時、永琳と鈴仙が山から帰ってきたらしく、玄関先から声が聞こえてきた。
てゐの耳がまたピンと張る。今度は垂れない。
「よいしょっと。はい、ご苦労様。さぁ薬草がダメにならない内に保存作業を始めるわよ」
「あのう、お師匠様。その前にちょっとだけ髪を洗ってきてもいいですか?枯葉のカスやら蜘蛛の巣やらが気持ち悪くて・・・」
「今?本当にうどんげは髪の毛いじりが好きね。まあいいわ。パッと行ってパッと洗って来なさい。すぐよ?」
「は~い」
このやり取りを聞き終えると、てゐは耳を垂らした。
「まずいウサ・・・」
ほんの一瞬だけ困ったが、今のてゐには強力な後ろ盾がいる。
「コホン。これから姫に、弟子入りのための最終試験を行うウサ。さっきの条件を忘れないようにね」
「え?あ、はい」
しばらくすると、ドタバタ廊下を走る音と、世にも恐ろしい怒鳴り声が永遠亭に響いた。
「てゐー!てゐ、どこじゃーっ!!」
鈴仙の声だ。
いつもならほとぼりが冷めるまで逃げ隠れるところだが、今日のてゐはどっしりと構えている。
鈴仙が二人の所へ来た。
「見つけたわよ、てゐ!!あ、姫様、ただいま戻りました」
ゴン、とてゐの目の前に空のシャンプー容器が置かれた。
「このシャンプー、昨日開けたばかりだったのよ?何でこんなに減ってるのよ!!」
「あー・・・その綺麗な髪の毛に憧れて、ちょっとだけ使っちゃったウサ・・・はは・・・」
「そ、そう?憧れちゃった?・・・って、ごまかされるかっ!1回でこんなに使うわけないでしょ!」
鬼の形相をした鈴仙に、てゐは早くもギブアップの様相で、輝夜に向かって制限解除の合い言葉を放った。
「助けて姫様!」
来た!
輝夜は立ち上がった。
この試験に合格して、立派な詐欺師になってみせると誓って。
「いいじゃないの、イナバ。シャンプーの1本や2本。その毛並みに憧れて、全身に使っちゃったんでしょ」
「使ってなくなる量じゃないですよ!この子ったら中身だけ抜き出して売ったに決まってます!『鈴仙愛用シャンプー』とか何とか言って!」
「イナバ、そう簡単に他人を疑うのはよくないわ。えっと・・・そう、私も使ったのよ!全身に!」
「この子をかばうんですか?・・・というか姫様、使ったんですか?」
「ええ、使ったわ」
鈴仙は空のシャンプー容器を手にとって、ふーん、という感じで眺めていたが、おもむろにそれを輝夜の目の前に突き出した。
「このラベル見えます?」
「何よ。サラサラストレートタイプ・・・『銀髪専用』!?」
「より美しい銀色を出す為に、ちょっとだけ白銀の色素が入っているんですよ。・・・ところで姫様、今日も綺麗な黒髪ですね」
目を細めながら輝夜の髪の毛を優しく掴んで観察する鈴仙。
勝利への確信がにやけた口元に現れている。輝夜が次に何と言い訳するかを楽しんでいるかの様だ。
さすがてゐの嘘に最も多く曝されている兎だけはある。
「くっ、できる・・・!」
輝夜はいきなり窮地に立たされた。
このままでは最終試験にパスできず、素敵な詐欺師ライフが霧と消えてしまう。
だがピンチに強い輝夜の頭脳は、この土壇場にあっても驚愕の答えをはじき出した。
輝夜の真っ黒な瞳がきらりと光った。
「あっ!UFOだ!!」
輝夜が天井を指さす。
「え!?」
鈴仙が思わず天井を見上げる。
「今だ!!」
輝夜がてゐの腕を掴んで逃げ出す。
この間わずか3秒。あまりにも完璧な危地脱出法だった。
鈴仙は一人残された部屋の中、ただ天井を見上げる事しかできなかった。
「あ、ヤモリ・・・珍しいわね」
奇跡の脱出劇を演じた輝夜とてゐは、迷いの竹林を一気に駆け抜けて人里まで降りてきた。
「はぁ・・・はぁ・・・良くできましただウサ。これで姫は私の弟子ウサ。一番弟子だウサ!」
「はい!師匠!」
ここに幻想郷最強の詐欺師コンビが誕生したのであった。
幻想郷の歴史が今、変わろうとしている。
息が落ち着いてくると、てゐは姿勢を正した。
「さて、早速講義に入るね。まずは概論ウサ。人を騙す時、一番大切な事は何だと思う?」
「ばれない事だと思います」
「じゃあ例えば、騙す相手として適切でない相手は誰ウサ?」
「えーと・・・古明地さとりでしょうか?あとは上白沢慧音とか」
てゐはどこかで見たクイズっぽい感じを演出して、しばらく間を置いた。
間の置き方は下手だ。
「残念ウサ!!」
「えー」
「嘘がばれてはいけないと思うのは素人ウサ。私達みたいなプロは、何度も何度も嘘をつくの。それはもう、ばれても当然な程に!」
「なるほど・・・メモメモ」
輝夜は手元のメモ帳に「ばれてもいい」と書き込んだ。
いつ見るのか。
「本当に大事なのは、ばれても大丈夫なようなバックグラウンドを形成しておく事ウサ。嘘はバクチじゃない。常に負けた時の事を意識して、安全を確保した上で、一万回の嘘を重ねるウサ」
「な、なんて重みのあるお言葉・・・」
「その意味で相手にしてはいけないのは、嘘を見破る相手じゃなくて、ばれた時にこちらへのペナルティが危惧される相手ウサ」
「それは例えば?」
「四季映姫やリリカ・プリズムリバーなどウサ。閻魔様は騙そうとしてばれると、なが~いお説教を貰うの。・・・あの人だけは二度と騙すまいと思ったね・・・」
「・・・失敗経験があるんですね。リリカ・プリズムリバーは?」
「リリカは最大のライバルウサ。嘘を見抜いても、見抜いた事を気付かせないように振る舞って、最終的にこちらを騙し返してくるヤな奴さね」
「何それ怖い」
「本当に恐ろしい奴ウサ。業界では奴の事を『黒ウサギ』と呼んでるウサ。いつか決着はつけるけど、普段は触らぬ神に祟り無しウサ」
「なるほど・・・メモメモ」
今度は「黒ウサギに祟り無し」と書き込む。
意味が分かっているのか。
「よし、講義はここまで!実戦に出るとしましょう」
「は、はい!よ~し、やるぞー!!」
「ちょっと待って、姫はまだやらない。百年早いウサ」
「なんだぁ」
「ツーマンセルの詐欺パターンもあるけど、まずは私が仕事をする様子を遠くで隠れて見ておくウサ」
てゐが輝夜を連れて来たのは妖怪の山の麓。
途中、里の雑貨屋で買った安物の万華鏡を片手に、河の近くに陣取った。
「普通の嘘にはこういった小道具は使わないウサ。失敗したら支度金分が丸損だもんね。基本は元手ゼロでやり抜く事。今回は姫に詐欺を教えるにあたって有用なアイテムを手に入れる為の、特別な嘘を用意したウサ」
「ふむふむ・・・メモメモ」
てゐは輝夜を茂みの中に隠れさせると、岩に登って万華鏡を覗き込み、大声で叫びだした。
「ほおおおおお!!すごおおおおい!!」
叫び続けること数分、早くも魚がかかった。
興味ありげに水面から顔半分を覗かせているのは、河童のにとりだ。
「・・・何してんの?」
てゐの耳がぴくっと動く。でも、まだまだ我慢。
もっと獲物を引き寄せなければ。
「うひょおおおお!!あ・・・ゲラゲラゲラゲラ」
見事なガン無視作戦で、既ににとりの心はてゐの仕掛けた蜘蛛の巣の中だ。
岩に登って来て、てゐに話しかけてきた。
「ねぇ、それ何?」
「あれ、いたの?」
てゐがわざとらしくにとりに気づき、パッと万華鏡を後ろに隠した。
「今何を隠したの?」
「な、何のこと?何も隠してないよ?」
「嘘が下手だなぁ。じゃあ両手をこっちに出してみなよ」
「はぁ・・・ばれちゃったウサ・・・」
てゐは心の中でしたり顔をしながら、万華鏡をにとりに見せた。
だが不意に取られないよう、両手でがっしり握っている。
まるで落ち込んでいるかの様に見せる耳の垂れ具合が絶妙だ。
「それは?万華鏡・・・?」
「これは天狗に譲ってもらった物で、千里眼という遠眼鏡ウサ。ただの遠眼鏡じゃなくて、どんな遠い場所でも、壁の向こうでも、何でも見られちゃう道具なの」
「??何それどういう原理?」
「原理なんて知らない。私は楽しめればそれでいいもん。こうやって地面に向ければ・・・おお!サンバを踊ってる!ブラジルの人聞こえますかー!!」
「・・・ねぇ」
来た来た。ここからが正念場。
「ちょっとそれ見せ・・・」
「ダメ!!」
てゐが素早く万華鏡を後ろに隠す。
「まだ最後まで言ってないじゃん!見せてよ、分解したりしないから!・・・多分」
「ダメったらダメ!これ本当は天狗から借りてるだけだもん。壊れたら痛い目に遭わされちゃうウサ・・・」
「分かった!じゃあ本当に見るだけ!仕組みを解明しようとはしないから!それにアレだよ?もし原理が分かったら、私でも作れちゃうかも知れないよ?」
「え、本当ウサ?作れるウサ?」
「いや分かんないけどさ。まずは見せてくれないと」
てゐは腕組みをして考え始めた。もちろんポーズだけだが。
この辺のじらしも大事な要素だ。
「じゃあ、あなたが持ってる光学迷彩スーツを担保代わりに貸してくれたら、見せてあげる。もし壊されたら天狗にそれを献上するウサ・・・」
「うん、分かった!じゃあ一旦交換ね!」
こうしてまんまと光学迷彩スーツを受け取ったてゐは、代わりに安物の万華鏡を渡した。
にとりが万華鏡を覗き込むと同時に、てゐは光学迷彩スーツを着込む。
にとりの眼に映るのはブラジルの人・・・なはずもなく、まぁそれはそれで綺麗な模様だった。
「あれ?これどうやって使うの?」
「回してみると良いウサ」
「ああ、回すの?・・・わぁ、綺麗・・・って、これじゃただの万華鏡やないかいっ!!」
と、にとりがてゐにツッコミを入れようとして手を振り上げた・・・が、てゐがいない。
光学迷彩スーツを着ているのだから当たり前だ。
ここでようやく、にとりは騙された事に気がついた。
「あっ!さては騙したな!!これ普通の万華鏡じゃんか!」
「あれ~、そうだった?じゃあ私も天狗に騙されちゃったかなぁ。代わりに文句言ってきてあげるね!じゃ~ね~」
姿が見えないまま、てゐの声がどんどん遠ざかっていく。
「待てーっ!私の光学迷彩スーツを返せーっ!!」
もうてゐは逃げおおせただろう。何を叫んでも聞こえまい。
にとりが蒲の穂を噛んで悔しがる様子を見届けて、輝夜も茂みに隠れながらその場を離れる。
「畜生・・・でもいいや、私が充電しなけりゃあの光学迷彩スーツもそう長くは使えないだろうし」
人里まで戻ってきた輝夜の前に、突如てゐが姿を現した。
「とまあ、こんな感じウサ」
「師匠、鮮やかすぎです!感動してしまいました!」
「今のは幻想郷で初めて行われたと言われる詐欺の手口だよ。私達の世界ではもはや神話だね」
てゐは偉そうに語りながら光学迷彩スーツを自ら着て、また姿を隠す。
「よし、じゃあ私がこの状態で側にいて監督するから、次は姫が詐欺をやってみせて!」
「え、もうですか!?さっき私に実戦は百年早いって・・・」
「何を言ってるウサ、そんなの嘘に決まってんじゃん」
その瞬間、輝夜の頭が真っ白になった。
しばらく考えを整理して、ようやく状況を理解する。
「・・・だ、騙された!一番弟子の私ですら師匠のことを信じてはいけないのですね!」
「むっふっふ、この世界は一瞬の油断が命取りなのよ」
「くやしい!でも・・・感心しちゃう!メモメモ」
てゐは輝夜を連れて霧の湖へ向かった。
詐欺初心者のための練習用カモと言えば、やはりあの妖精しかいないだろうと判断しての事だ。
今日もチルノは平和にカエルを凍らせて遊んでいた。
凍らせる瞬間もまた一興だが、やはり一番の悦楽に浸れるのは蘇生の瞬間だ。
百匹のカエルがいれば百通りの動きを見せる。
そこには個というものの価値、生命の神秘、ひいては自然摂理の無常観も感じ取る事ができる。
まさに世界の縮図を俯瞰するが如き高尚なる愉悦。愚鈍な凡人共には分かるまい。
また一匹、カエルを冷凍する事に成功した。
このカエルは、どのような真理の美を見せてくれるのか。
チルノが氷漬けになったカエルを手に取ろうとしたその時、何者かの足が冷凍カエルを踏み砕いた。
無常。
チルノが顔を上げて、カエルを殺めた罪深き咎人の正体を確かめる。
長い黒髪。深い瞳。月の都の姫君か。
千歳の時を経た箱入り娘。全くの世間知らず。いわゆるバカ。
あたいの楽しみを潰すなんてちょー許せない。
輝夜はカエルを踏んだ事にも気付いていなかった。
初めての詐欺という人生の一里塚に立って、極度に緊張していたのだ。
なかなか言葉を発しようとせず、恨めしそうに輝夜を見つめるチルノとお見合い状態になる。
じれったくなったてゐが光学迷彩スーツを着たまま催促する様に輝夜の背中を押すと、ようやく輝夜が口を開いた。
「ほ・・・」
「ほ?」
「ほおおおおお!!すごおおおおい!!」
てゐが脊髄反射でこれに反応して、まずチルノの頭にバケツをかぶせた。
バケツをかぶせられたチルノは、電源の落ちた自動人形の様に突然動かなくなった。
生命の神秘だ。
この隙にてゐが輝夜に説教する。
「何やってんの!!何で目の前で叫んだの!!不審な行動を取らない!」
「え、でも師匠だってさっき・・・」
「さっきは河童を呼ぶために叫んだの!今はカモが目の前にいるんだから叫ばなくていいの!分かった!?」
「分かりました・・・メモメモ」
「全く・・・じゃあバケツ外すよ?準備いい?」
バケツを外されると、チルノは電源が入ったように極めて普通に活動を再開した。
「何さ、いきなり大声出して!びっくりするじゃん!!」
しかしこのチルノの問いに対して、輝夜は返答に窮してしまった。
さっきのてゐとにとりのやり取りを必死で思い出し、出した言葉は
「あれ、いたの?」
またバケツをかぶせるてゐ。
動かなくなるチルノ。
「わざとらしいってレベルじゃねーウサ!!こっちから訪ねて行ってるのに!!」
「え、でも師匠だってさっき・・・」
「ごめん、もっと前提を話さなきゃいけなかったね。いい?詐欺で一番大事なのは『臨機応変』ウサ。状況が変わったら手口も変える!今はその練習なんだからね!?私のマネをすればいいってもんじゃないの!」
「は~い・・・ところで師匠、一つ質問いいですか?」
「ん、何だウサ?」
「何でこの妖精動かないんですか?」
「ああ、こいつはバケツをかぶせてる間は時間が止まるんだよ。質問はそれだけ?じゃあバケツ外すよ?」
輝夜はいまいち回答に納得がいかなかったが、てゐは構わずバケツを外した。
またチルノが動き出す。
「アンタの方から来たんでしょ!そんでもってカエルを踏みつぶして・・・ああ、思い出しただけで腹が立つ!!」
「カエル???」
「それで何よ!何の用よ!」
「えっと・・・」
輝夜は何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
せっかく師匠がさっきお手本を見せてくれたというのに、それをマネしてはいけないだなんて・・・。
でもここで言葉に詰まっては怪しまれてしまう。
何か言わなければ。
「・・・お金ください」
バケツ。
「それは詐欺じゃなくて物乞い!!」
「何を言えばいいのか分からないんです!」
「だからって『ください』はないでしょ!せめて『貸して』とか!」
「え、どう違うんですか?」
「借りるだけ借りて難癖つけて返さない!これで詐欺成立!あんまり美しくないけど、この際仕方ないウサ」
「う~ん・・・まぁ借りればいいんですね。難しい事は後で考えます」
「姫にはまず最初に詐欺の美学を教えなきゃいけなかったウサ・・・。バケツ外すよ」
バケツを外す。
「やだよ!!いきなり何で!!」
「じゃあ貸して!お金貸して!」
「だから何で!!」
何で・・・だと?
この妖精はバカだバカだと思っていたが、こんなにいくつも難しい質問をしてくるとは。
なかなかどうして、侮れない。
理由か・・・。
「お金が好きなの」
バケツ!!
「そんな理由で貸してもらえるかっ!!」
「いやまさか理由を聞かれるとは思ってなくて、慌てて・・・」
「理由なんて聞かれるに決まってんじゃん!何かそれっぽい理由考えて!一番ベタなので言うと誰かが病気だとか!」
「なるほど、病気ね・・・メモメモ」
バケツ解除。
「知らんがな。そんなんでいちいち貸してたらあたいのお金がなくなるわ」
「そっか・・・。仕方ない、じゃあ本当の事を言うわ」
輝夜が肩を落として話しだした。
この辺の演技力はまあまあウサ。
「実はね、うちで飼ってるウサギの因幡てゐが不治の病で・・・いつ死んでもおかしくない状態なの。手術にはたくさんのお金が必要で・・・」
この話を聞いて、チルノは眉をひそめた。
輝夜の嘘を信じたようだ。
姫、やるじゃん。
「そうなの?じゃあさっきからそんな所に立ってて大丈夫なの?帰って寝ていた方がいいんじゃないの?」
「え」
「え」
「え?」
凍り付く空気。
氷の妖精、侮り難し。
てゐが恐る恐る口を動かす。
「姫、私の姿・・・見えてる?」
輝夜はてゐに背中を向けて、伏し目がちに答えた。
「すみません・・・見えてます」
「・・・いつから?」
「霧の湖に到着する少し前から・・・」
今更だが、てゐは一応チルノにバケツをかぶせた。
「どうして早く言わなかったの!!!」
「さっき師匠に騙されたから、私も師匠を騙そうと思って。この世界は一瞬の油断が・・・」
「姫に詐欺を教える為に姿を隠してるんだから!!見えてたら損するのは姫でしょ!!」
「・・・あ、そっか」
「・・・・・・・・・」
てゐは頭を押さえた。輝夜がまさかここまで・・・あっち系の人だったとは。
「もういいウサ。この詐欺は諦めて今日はもう帰ろう」
「そうですか?じゃあ最後に、バケツをかぶせたまま身ぐるみ剥いじゃいましょうか」
「それは詐欺じゃなくて追い剥ぎ!」
今日の収穫は電池切れの光学迷彩スーツ1着。
意気消沈した二人が永遠亭に帰ると、玄関口で永琳が正座していた。
何だかとても怖い。
「た・・・ただいまー・・・」
永琳がカッと目を見開いた。
「姫!!」
「は・・・はい」
「うどんげから聞きました。うどんげのシャンプーにいたずらをしたてゐをかばったそうですね」
「ああ・・・まあね・・・」
「それで今日はてゐと二人でお出かけですか。・・・どこで何をしていらしたんですか?」
まずい。この様子だと、永琳はきっと輝夜がてゐに弟子入りして詐欺師を目指している事に勘付いている。
何とかごまかさなければ。
「あっ!UFOだ!!」
「あれはヤモリです」
一瞬も振り返ることなく永琳が答えた。
できる・・・永琳にはこの世紀の嘘も通用しないのか。
こんな時こそ師匠に頼るしかない!・・・と、いつの間にかてゐがいない。
・・・やられた。
「姫。正直に答えて下さい。てゐと一緒になって詐欺に手を染めようとしていますね?」
この時になっててゐの教えが輝夜の脳裏をかすめた。
最も嘘をついてはいけないのは、嘘がばれた時に怖い相手だ。
まさしく永琳の事ではないか。
輝夜は正直に供述することにした。
「・・・はい」
「姫はもう定職に就いているでしょう。どうして詐欺なんて・・・」
「この仕事はお金が貯まるのが遅いのよ!計算によると、このままだと永琳にプレゼントを買ってあげられるのは、えっと・・・たくさんヶ月後になるの!」
「姫!!!」
永琳の一喝に、輝夜は肩をすくめた。
「私は人から騙し取ったお金でプレゼントを貰っても、何も嬉しくありません。もう限りなく永遠に近い時間を生きてきているのですから、1万7千年待つくらい何でもありませんよ」
「うぇぇ・・・1万7千年・・・」
嫌になるから敢えて計算しなかったのに・・・輝夜は改めて気が遠くなった。
「そんな事より、これからも永遠に仕えたいと思えるような姫でいてください!」
永遠に仕えたいと思えるような姫・・・この言葉に、就職をいきなり決意した輝夜の胸に秘められていた想いが、堰を切った。
「ごめんなさい・・・ある日永琳が肩凝りを気にしているのに気がついて、何かしてあげなきゃって思った時に、私は姫として永琳に何もしてあげられてないなって思ったの。永琳に、永遠に仕えたいって思われる姫になりたかったの」
それ以上何も言えない。
俯き加減な輝夜の光る瞳を見て、永琳は息をついた。
もうお説教はこれくらいでいいだろう。
「姫は、今のままでいいんです。今、こうして私の目の前に立って、私の事を想って下さっている姫が、私にとっての永遠に仕えたい姫です。だから今のままでいて下さい」
「うん・・・」
鈴仙が夕食の支度を整え、輝夜を呼びに来た。
輝夜の部屋では、やはり疲れて眠ってしまった輝夜と、その傍らには永琳が座っていた。
「あれお師匠様、何をしてるんですか?」
「何も。これから永遠に仕えるお方の顔を、改めて目に焼き付けているだけよ」
「今日の事で、またグラッと来ちゃったんですか?やっぱりお師匠様って・・・」
「『ちょろい女』って言ったらぶつわよ」
「ひっ」
一歩引いた鈴仙の足が、何か踏んだ。
足下に目をやると、輝夜の物であろうと思われるメモ帳が落ちていた。
表紙には「師匠の教え」と書いてある。
「あれ、これ何でしょう?」
「今日はてゐに詐欺を教えてもらっていたみたいだから、教えられた事でもメモ帳に書き留めていたんでしょう」
「ふむふむ。って事は、このメモ帳を見ればてゐの手の内が明らかになるのね?・・・ぐっふっふ」
「こらうどんげ、やめなさい!姫の持ち物を勝手に・・・」
「でもお師匠様、姫様はもう詐欺しないんだから、このメモ帳もゴミでしょ。ちょっとくらい覗いたって・・・」
鈴仙は中身を開いた。
なんだかんだ言いながら永琳も気になるらしく、一緒になって覗き込む。
--------------------------
・ばれてもいい!!
・黒ウサギに祟り無し
・手ぶらでお気楽ノーリスク詐欺
・師匠の教えは嘘ばかり
・目の前のカモには小声でいいカモ
・病に勝る理由なし
--------------------------
「何・・・これ・・・」
「姫様・・・メモ取るの下手すぎ・・・」
どうやら今日一日で、輝夜が詐欺を習得する事はできなかったようだ。
でもちょっとくらいてゐのやり口を吸収しておいてくれても良かったのにな、と鈴仙は思うのであった。
了
最後いい話で締めるように見せての落としも見事です。
でも行動理念は永琳を喜ばせる為だしなぁ。
遥か遠いたくさんヶ月後を目指して頑張るんだ、蓬莱山 輝夜!
姫様が良い天然で良い