冥界に存在する武家屋敷、白玉楼。
その縁側でのんびりと腰掛けているのはこの屋敷の主、西行寺幽々子である。
いつもは傍にいる妖夢も今は買い物に出かけて不在なため、ゆったりとした時間を満喫中だった。
緑茶を口に含み、ホッと一息。程よい苦味が舌に馴染んで、気分がリラックスして締りのない笑みを浮かべるのである。
そして、緑茶には和菓子と相場が決まっているわけで。
妖夢に内緒でこっそりと隠していた、皿に乗せた桜餅に手を伸ばした幽々子だったが、そこにあるはずのものがなくて首をかしげてそちらに視線を向けた。
先ほどまで桜餅があったはずの空っぽの皿。その向こう側に、いつの間にか縁側に腰掛けている少女の―――古明地こいしの姿があって、幽々子は「あらあら」と頬に手を当てる。
「珍しいお客さんだわ」
「こんにちわ、お姉さん。このお餅、とってもおいしいわ」
「取って置きの一品ですもの。あなたに食べられてしまったけれど」
「無意識の結果だわ」
「無意識のうちにここにくるなんて、貴女はよほどの死にたがりかしら?」
言葉ではどこか責めているような調子だったが、その表情は相変わらず笑みが浮かんでいる。
こいしはあむっと桜餅を頬張ると、満面の笑みを浮かべてもきゅもきゅと忙しく口を動かしていた。
まるで小動物ね。などという失礼な感想を抱きつつ、幽々子はのんびりとお茶を楽しむことに決めたようである。
ひらひらと桜の花びらが舞い、こいしの鼻の上にちょんとのった。
「桜といえばさ」
「死体かしら?」
「そう、それ。綺麗な桜ほど根元に死体が埋まってると聞いたわ」
「養分が大事ですもの」
「でも実際は、死体なんて関係なかったり」
「そのとおり」と幽々子は上機嫌に笑みを浮かべた。
彼女がこいしからゆるりと視線を移した先には、一本だけ咲いていない大きな桜の木がポツンと聳え立っている。
幽々子につられて視線を向けていたこいしも、「お茶ー」と暢気に言葉にして彼女の湯飲みを強奪した。
急須からこぽこぽとお茶を注ぎ、ふーふーと熱を冷ましながらズルズルと啜る。
「あれ、死体入り?」
「噂なんてあてにならないことの証明ね」
「咲いてないからねぇ。あ、でもでかさだけなら一級品ー」
「大きくても花が咲かないのなら、それは餡子のない饅頭のようなものだわ」
「餡子が死体?」
「皮が幹ね」
「それじゃあ、花は?」
「だって、咲かないもの」
つながっているような、微妙に外れているような、そんな会話。
それでもこいしは納得したようで、「それもそうか」と一人つぶやくと、投げ出した足をぷらぷらと揺らし始めた。
咲かない桜を見つめる少女に苦笑しながら、幽々子は扇子を取り出して口元を隠す。
どれくらいそうしていただろうか、幽々子は目をスッと細めて、それに気がついたのかこいしは彼女に視線を向けた。
視線と視線が絡み合って、お互いの瞳を覗き込むようにジッと見つめ続けている。
「私と貴女、よく似ているわ」
「でも、決定的に違う。そうでしょ?」
「えぇ」と、亡霊は静かにうなずく。
相変わらず幽々子は微笑を浮かべてはいたが、こいしからは彼女の口元は扇子に隠れて見えていない。
ひらひらと、桜の花びらが舞い落ちる。
その中で、内面のよく似た少女たちは互いに笑いあっている。
「本来、無意識とは幽霊の本分だわ。幽霊、ないし魂は剥き出しの自分そのものだもの。貴女は無意識でありながら生者であり」
「お姉さんは死者でありながら意識に捕らわれている。のほほんとしてるけどさ、お姉さんのそれは計算された理性の賜物だわ」
「だからこそ、私たちはその歪さが似ているのであり」
「その実、私たちの方向性はまったくの真逆なのね」
「貴女は生きていながら死者に近く」
「お姉さんは死していながら生者に近い」
まるで謳うように。
お互い、何を言葉にするのかわかっていたかのように。
二人は交互に言葉をつむぎ、そして笑みを崩さずにお互いを見つめ続けている。
死者でありながら、生者に近い少女。
生者でありながら、死者に近い少女。
似たような発想をしていながら、けれどもその内面は限りなく真逆のものだ。
だからこそ―――二人はよく似ている。
生者に近い死者だからこそ。
死者に近い生者だからこそ。
二人の内面は限りなく近くなる。
そうして、お互い噴出すようにくすくすと笑う。
春の陽気ももう少しで消え行くこの季節、こうして普段面識のない少女と語り合うのも悪くない。
「もうそろそろ桜も見納めね」
「地底の桜もそろそろかなぁ」
「死体は埋まってるかしら?」
「お燐は大変ね。むしろはかどるかな」
「桜を掘り返すのは大変ね」
「むしろ本業な気がするけどね」
「ミイラ取りがミイラになるかしら」
そんな他愛もないやり取りを続けていると、玄関のほうから音がした。
どうやら愛しい従者が帰宅したらしく、幽々子はクスクスと笑みをこぼしてンーっと背筋を伸ばす。
隣を見てみれば、いつの間にか少女の姿は消えている。
相変わらずの神出鬼没ぶりに、幽々子は「忙しい子ね」と苦笑し、奪われていた湯飲みを手にしてお茶をこぽこぽと注ぎなおす。
「ただいま帰りました幽々子様。どなたかいらしたのですか?」
「えぇ、かわいらしいお客様がいらしてたわ。それよりも妖夢、お腹がすいたから何か作ってちょうだいな」
「はい。それでは、何かつまめるものを作ってきますね」
主人の言葉に困ったように苦笑しながら、従者は部屋の奥へと消えていく。
その後姿を見送りながら、幽々子はクスクスと笑みをこぼして咲かない桜に視線を移す。
ほかの桜は咲き乱れているというのに、一本だけ咲かない巨大な桜の木。
「きっと、あの桜の中の死体は食いしん坊ね」
咲かないのは死体が養分を吸い取ってるからだなんて、そんなことを思いながら幽々子は緑茶を味わいながら飲むのであった。
オチも秀逸
無意識に相手の言葉を感じ取り、
意識的に相手の言葉を読み取り、
言葉を紡ぐことで、詩にも似た旋律が響きあう。
表裏一体のシンフォニーといった所でしょうか。
物書きの端くれとして、尊敬いたします。
生者な死者と、死者な生者。
原作風の掛け合いがまた良いです。
原作っぽいぼのぼの感素晴らしい