暑い日であった。
じめじめとした空気と、熱された空気が立ち込めている。
日の光は強く、それこそ大地を焼き尽くさんばかりに照りつけていた。
「ああ、暑いわぁ~」
その影響は此処、白玉楼にも明確に現れていた。
下界より離れ、冥界に近いと言う特性上、四季の影響が少ない此処であっても今日は暑かった。
「はぁ~」
それ故に、白玉楼に主人である幽々子は非常に参っていた。
「なんでこんなに暑いのよぅ」
先ほどから愚痴が漏れ続けている口元はだらしなく半開きで、またその格好も合わせた様に酷いものだった。
縁側の日陰に腰かけたその姿は、着物が着崩され、肩どころでなく胸元まで露出していた。
下は太ももまでめくりあげられていて、その脚先は、水の入ったたらいに浸されている。
亡霊故に汗こそ掻かないもののその肌は熱気の所為か赤み帯びて、少しでも涼を取るつもりか扇子で首元を仰いでいる。
それこそあの鳥天狗にでも見つかったら、飽きることなく一日中激写され続けてもおかしくないほどの情けない姿だった。
「ああ、きっとこれは異変ねえ。
こんなに暑いのだもの、絶対に何者かが何かしているに違いないわ」
ふと、そんな言葉が幽々子の口から漏れた。
「誰が起こしているのかしら?
暑さと言えばそうね、あの鬼?それとも地獄鴉かしら?」
ブツブツとつぶやくその瞳はやや虚ろがかっていて、どこか危うさを感じさせる。
「いいえ、夏妖怪と考える事も出来るわね、夏妖怪と言えばあれよ。
ひまわり畑の風見幽香? いいえ、彼女は年がら年中居るから違うわね、となるとあの蛍のお譲ちゃん?」
うふふとか許さないわとかそんな呟きが同時に漏れ始めていて、その様子は明らかに尋常ではなかった。
誰がどう見ても的外れな思考なのだがそんな事を判断する理性はとっくに溶けてしまっている様子だった。
「ふふ、まあいいわ、こうなったら纏めて死に誘ってしまいましょう。うふふふふふ………」
「おやめください」
その思考のままに何やら物騒な事を言いだした幽々子を、呆れた様な声が嗜めた。
買い物かごを手にした従者である妖夢だった。人里へと買い物に出ていて、戻って来た所である。
「あら、お帰りなさい」
開いた胸元をぱたぱたと扇子で仰ぎながら幽々子。
「ただいま戻り……」
それをみて妖夢は眉をひそめる。
「なんて恰好をしているのですか。だらしない」
「だって、暑いのですもの~」
「駄目です、ほら、きっちり気直してください」
「いやー、暑くて溶けてしまうわ~」
「溶けませんから」
まったくと溜息を吐く妖夢。
「あら……」
その妖夢を見てふと、幽々子が疑問を浮かべる。
「妖夢、貴方、人里へと買い物に行ってきたのよね?」
「ええ、そうですが」
「その割には汗一つ掻いていないじゃない?」
ここ白玉楼から人里まではそれなりに距離がある。
歩いて行こうが飛んで行こうが、この炎天下を通らぬ道はない。
既に死んでいる幽々子ならばともかく、半分とはいえ生きている妖夢は普通に新陳代謝がある。
暑ければ汗をかくし寒ければ凍えるはずである。
それなのに目の前の従者は服をしっかりと着こんでいるにも関わらずに汗一つ無く、むしろ涼しげな顔をしているのだ。
「ええ、心頭滅却すれば火もまた涼しと言いますか。……それにもともと私は体温が低いので」
「え、妖夢ったら冷たいの?」
「いいえ、体温が低いだけで……」
ふむ、としばし幽々子が思考する。
でもおかしいと。暑さとは籠るものなのだ。
いくら基本が低いとはいえ、外部からの熱がこもれば体温は上がる。
そうしたら普通は熱を逃がす為にに汗をかくはずだ。
もしかしたら熱がこもらない体質なのかと思うがそれはない。
それだと生物として破綻するし、何よりお風呂上がりの妖夢は普通に体温があがっているし汗もかいている。
ならば精神的な物なのだろうかと。
心頭滅却すれば火もまた涼し、の様に思いこめば大丈夫なのだろうか?
いやいや、この未熟な妖夢がそこまで極めているとは到底思えない。
ならばなぜ目の前の妖夢は、この炎天下の中に汗一つ書かずに過ごせているのだろうか?
それを解き明かせば、自分も涼しくなれるのではなかろうかと。
ああそうだ。涼しくなりたい。
主人を差し置いて妖夢だけ涼しいのはずるい。
調べよう。すみずみまで。
「幽々子様?」
突然黙り込んでしまった幽々子に妖夢が怪訝そうに声をかけた。
幽々子は無言で顔をあげる。その顔には……
「妖夢~」
「……っ!?」
思わず妖夢が怯んでしまうほどの凄絶な笑みが浮かんでいた。
「貴方の秘密が知りたいわ~」
「ひっ!?」
本能的な恐怖に囚われた妖夢の腕と足に、幽々子の放った死霊が纏わり付く。
「な、何を……」
そのまま手足を拘束されて地面へ妖夢はへたり込む。
「ちょ、やめ!」
その妖夢に容赦なくその衣服をはぎ取らんと幽々子の手が伸びた。
「み、みょ~~ん!」
抵抗すら出来ぬ妖夢の悲鳴だけが空しく響き渡った。
暇を持て余し白玉楼へとやってきた紫は、隙間から半身を覗かせると口元を扇子で隠した。
「あら……」
「みょ~~ん」
目の前にはほぼ半裸の親友に、同じく半裸の庭師が抱き竦められていた。
「お邪魔だったかしら?」
「ゆ、紫さま」
「あら、紫。いらっしゃい」
幽々子は笑顔。
妖夢は途方に暮れた顔。
そんな二人に紫はおもしろげに視線を送る。
「妖夢、貴方……」
幽々子にしっかりと補足された妖夢は既に下着のみしか身につけていない。
すなわち、ほとんどふくらみの見えない胸を覆うサラシと……
「ふんどし派だったのね」
「みょ~~~ん」
言葉に、ますます身を縮める妖夢。
くすくすと笑みを浮かべて紫は幽々子へと目を向けた。
「こんなに暑いのに随分とお熱い事ね」
「いやいや、紫。そうでもないのよ」
辺りは相変わらず熱気に満ちていて暑い。
と言うのに先ほど違い幽々子の表情はひどく安らかだ。
「妖夢ったらとても冷たいのよ~」
「あら、それはそれは」
「何故冷たいのかすみずみまで調べてみたけれどそれは分からなかったわ。
でも妖夢が冷たいと気が付けてよかったわぁ、これで今年の夏は快適に過ごせそうねぇ」
「みょ~~ん」
助けを求める様な妖夢の視線。紫が愉快そうにそれを眺める。
「それはうらやましいわ。うちにも暑さでバテているのが居てね……」
「駄目よ~、いくら紫でも、妖夢はあげないわよ」
「そう、残念ね。なら私は……」
不意に妖夢の傍に隙間が開く。
「半霊で我慢することにするわ、こっちも冷たいのでしょう?」
そこから紫の手が伸びて、傍で漂っていた半霊を掴む。
そして、何故か掴んだまま停止。
「……うつぅ!?」
数秒の後、紫は奇妙な声をあげて半霊から手を離すと己が手を抱いて、ふぅふぅと冷ます様に息を吹きかける。
「紫?」
「何よこれ、凄く熱いわよ」
「あら?」
言葉に、幽々子が半霊に視線を送ればなるほど。
その周りの空気が歪んでいた。ゆらゆらと陽炎が立ち廻っている。
「えっと、もしかして」
幽々子は何か理解したかのようにきゅっと妖夢を抱く腕に力を込める。
みょ~んと再び鳴き声をあげる妖夢には構わずそのまましばし……
僅かながらに半霊の回りの空気の歪みが強くなる。
その結果に満足したように幽々子は言葉を紡いだ。
「妖夢にこもった熱を、半霊が放出しているのではないかしら」
ふぅふぅと息を掛け続けている紫が納得した様に頷く。
「なるほど……つまり妖夢は温まる事が無いのね」
「ええ、きっとそうよ」
幽々子は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「よかったわ」
「……」
「これで今夜からは快適に過ごせるのね~」
「ゆ、幽々子様……まさか……」
弱々しい妖夢の声に晴れやかに幽々子が応じた。
「冷たい抱き枕役、よろしくね」
「みょ~ん」
何ともいえぬ声をあげる妖夢。
相変わらずのほほんとした笑顔の幽々子。
抱きすくめ、抱すくめられた二人。
紫は扇子で口元を隠すと小さく溜息を吐いた。
「ああ、熱いわ~」
「ええ、暑いわね~」
紫の呟きに、幽々子が応じる。
「此処は熱くて嫌になっちゃう、お暇するわね」
「何処でもきっと暑いわよ?」
「いえ、此処は特に熱いわ」
「そうかしら、半霊が居るからかしらね」
とぼけた親友の言葉にくすくすと紫が笑みを漏らす。
「熱くてやられてしまいそうだからお暇するわね」
「そう、お茶くらい飲んでいけばよいのに」
「また今度にするわ」
「そう」
「では、ごきげんよう」
言葉を残して、紫はさっさと隙間へと消えてしまう。
残ったのは二人。
「さて、今夜からよろしくね」
「みょ~~~ん」
きゅうっと抱きしめる幽々子と鳴き声をあげる妖夢。
そんなやりとりをただ太陽だけが変わらずに照らしつけていた。
-終-
あとがきがむさ苦しいことこの上ないw
話の内容全てが最後に吹っ飛んだじゃねーか!
久しぶりに腹筋悶絶w
半霊が原因で、火事になるんじゃないだろうか……
本文か?後書きか?www
いやいや待て待て。
仮に現在の妖夢の体温が5度だとしよう。
平熱が35度だと仮定して・・・
半霊に溜まった温度は約30度。
元々の半霊の体温が妖夢と同じ35度だとしても、合計で65度にしかならない。
紙の発火点てどれくらい・・・とか真剣に考えてる自分を殺したい
本編とは別の意味でさぶいぼがwwwwww