門を超えろ 図書館抜けろ この郷のため
君は見たか サニーが真っ赤に燃えるのを
紅い霧の奥で 危険な罠が待つ
信じる奴が 自機キャラ
真実の絆
悪戯仕掛ける事が 私のファンタジー
生きる事って素敵さ 幻想残る郷
時を超えろ 悪魔祓え 月と星のため
スペル放ち 弾をかわし 友を取り戻せ
サニーミルク BLACK
サニーミルク BLACK
人里に最近できたお寺、命蓮寺。
その寺に、妖怪ながら僧侶として毘沙門天につかえ、人々に功徳を施す者がいる。
彼女の名は寅丸星。
この日の朝、一人の参拝客が彼女を尋ねる。
その参拝客はピンク色の服を身につけ、コウモリの翼が生え、日傘を差した少女だった。
おそらく妖怪だろうが、自分も妖怪だし、この寺は争わない限り人間も妖怪も受け入れる領域なので、警戒はしない。
先に挨拶したのは少女の方である。
「おはようございます、朝から精がでますね」
「おはようございます、できたばかりの寺ですからね、しっかりしないと」
星が何となしに挨拶を返し、少女の方を向いた瞬間、彼女は凍りついた。
少女の真っ赤な目。
満月のごとき、狂気へ誘う光。
見てはいけないと分かっているのに、視線が彼女の目に釘づけになる。
「さあ恨みを思い出せ、寅丸星。貴方は人間に妥協し続けたままでいいの?」
「妥協などではない、人も妖怪も仲良く、それが聖の教えだ」
「その聖白蓮を、人間は悪魔と決めつけ、封印した。
憎いでしょう、憎いわよね、憎いはず、今こそ復讐の時よ」
星の脳裏に、いまわしい記憶が沸き起こる。
自分に優しくしてくれた聖。
その聖を人間の裏切り者、悪鬼羅刹とみなし、口汚く罵り、異界へ追いやった人間達。
封印されたのちも聖を罵倒する人間達に、それでも僧侶としての義務感で功徳を施し続けた日々。
「しかし、私は道を外れたくない」
「我慢しなくていいの、怒りは発散させなさい。
今親しくしている人間たちだって、都合が悪くなれば手のひらを返して、また侮蔑の視線を向けるようになるわよ。
よく考える事ね」
少女の姿は消えた、星は人里を見渡す。里の風景が過去の記憶と重なって見えた。
気がおかしくなりそうだった。
ここにはいられない。彼女は箒を投げ出し、逃げるように何処かへ走っていく。
命蓮寺の住職である尼僧、聖白蓮。
彼女は人間と妖怪との平和共存を訴え、信徒以外の人々も集めた法話も盛んに行っている。
「この世のあらゆる存在は全て移り変わりゆくもの、
人間も妖怪も、動植物も無生物も、みな寄せては消える波のようなもの。
でも、実態が存在しないわけではないのです。
波が消えても、海そのものは消えないように、
私達人間も、妖怪も、他のあらゆる動植物も、
全て同じ海から生まれ、やがてそこへ還ってゆく波、本質的には違いはないのです」
彼女は仏教の視点からの寛容や融和を訴え、人々の信仰を集めていた。
そして今夜、縁日が開かれる。
紅魔館の主が放った霧は、いまだ人里の田園地帯をのぞく幻想郷じゅうに広がっているが、
それでも人々は祭りの準備に忙しい。
こんな時だからこそ、人生を楽しむ事を忘れたくないのだ。
もちろん妖怪たちも祭りに参加する。
異変の真っ最中であっても、白蓮の表情は明るかった。
星の失踪を知らされるまでは。
久しぶりに戻ったミズナラの木の家。
サニーミルクはそこで、紅魔館から逃げてきた河城にとりを保護し、成り行きで面倒を見ていた。
「はい、お茶とお粥だよ、河童の口に合うかどうか分からないけどね」
「ありがとう、とっても美味しいよ。
いやー助かった、あいつら、川で遊んでいた私を捕まえて、いろいろ研究をさせようと
したんだもん」
紅魔館から逃げる際、人妖を蝕む霧の影響を避けるため水中に潜り、必死で湖岸を目指したのだが、それでも霧の影響は非常に強く、湖岸にたどり着くと同時に気を失ったところを、侵入する隙を窺っていたサニーミルクに保護されたのである。
「これからどうするの? 妖怪の山へ帰った方がいいと思うけど?」
「奴らが私をどれだけ重要視してるかによるね。
もし私の頭脳が紅魔館にとって不可欠だったのなら、その私が逃げたり、対抗勢力に保護されたりするのを嫌がるだろうし。
でも、もう飽きて捨て置いてくれてるかも」
サニーはどちらの可能性もありうると思った。
にとりを洗脳して、怪しい研究に従事させようとしたのかも知れないし、
我儘かつ移り気なことで有名な当主レミリアの気まぐれだったのかも知れない。
いずれにせよ、この妖精の家は普通の人間や妖怪には見る事が出来ないので、まず安全だと思う。
「しばらくここにいるといいよ、最近話し相手が圧倒的に不足しているしね」
「回復して山に戻ったら、好きな発明品を貴方にあげる、これくらいしかお礼はできないけれど」
「十分よ、賑やかになってこの家も喜んでいるみたい」
にとりは感謝の言葉を出そうとして、偶然カレンダーに視線が移り、顔面蒼白になった。
「ありがと……ええっ! しまった、今日だったか」
「カレンダーがどうかしたの?」
「今夜縁日じゃない、行かなきゃ、音響装置とか照明の調整があるの」
にとりがまだ本調子にならない体を起して、外へ出ようとする。
「まって、その体じゃ無理だし、紅魔館が探しているかも」
「でも、あれは私が調整しないと、みんな楽しみにしているのに」
しばらく押し問答になるが、にとりは一歩も引かない。
「じゃあ、約束して、絶対無理はしないって」
サニーがにとりに顔を近づけて、指きりのしぐさを見せる。にとりも応じる。
「わかったよ、機械を調整したら、片づけは仲間に任せて帰るからさ、だからお願い」
「本当に無茶しないでよ」
昼食の後、サニーはにとりに同行して里へ向かった。
(今日は縁日だったか)
三人で遊んだ在りし日を思い出し、サニーの足取りは幾分重かった。
「何が人間と妖怪は平等だ、両者は本質的には違うのに。
人間を畏怖させてこそ妖怪の本分。
妖怪を気の良い友人だと信じてやまない者達に、鉄槌を下してやる」
レミリアは出かける準備を整え、パチュリーは読書を中断してレミリアを説得しようとする。
「じゃあ、咲夜と仲良くしているのは何故? あの子も人間じゃない」
「たまの例外はいいのよ、狼と羊の友情が成立したって構わない。
でもそれが多数派になればどうかしら、生態系のバランスは乱れるわ、違う?」
「私達は人間の幻想によって成り立つ存在よ、そんな人間を敵に回してどうするの?」
「そうとも、人間の幻想に依存している。
だからこそ、怖い存在であることを再認識させてやるのよ。
誰もが私を可愛い、萌える、ヘタレだなどと幻想を抱くせいで、
私の存在自体がそれに引きずられてしまうんだよ。
分かるか? 他人の想念で自分が変容していく不快感が」
レミリアは夕食をサンドイッチと紅茶で軽くすませ、夜空へ飛び立った。
最後のダメ押しをしに行くのだ。
いつもよりも賑やかな人里。
縁日の準備が行われており、組み立て中の出店や、河童の好意で用意されたマイクなどの機材が視界に入る。
「よう、サニー、にとり、元気か」
阿求に見つからないように気をつけて歩いているサニーに、魔理沙と霊夢が声をかけた。
「あっ、魔理沙さん霊夢さん、こんにちは、楽しそうですねみんな」
「そうだな、こんな時だからこそ、楽しまなきゃな」
魔理沙は薄暗いピンク色の空を見上げる。
うじうじしていたらそれこそ紅魔の吸血鬼の思うつぼだ、と魔理沙は断言した。
霊夢は縁日で出されるはずの林檎飴をなめている、試食にと貰ったものらしい。
「霊夢、いくらなんでも縁日の前からそれはないだろ」
「いいの、試食だから」
「しっかし、いつレミリアはこれに飽きるんだろうな」魔理沙が霧に覆われた天を指す。
「私達がボコボコにするまでじゃない?」
「それはそうとサニー、紅魔館が慧音と阿求をおバカにしようとした事件があったが、
あれお前が解決したんだろ?」
「結果的にそうなっただけ、ルナとスターを取り戻そうとして」
「そうか、大変なんだな。
ま、紅魔館に乗り込む術が分かったら教えてくれよ、私も暴れたいからな」
「サニー、あんまり私から仕事奪ったら退治するわよ」
「霊夢さん、目が冗談じゃない……」 霊夢は妖怪退治が仕事なのだ。
大通りの向こうから、妖怪らしき少女が走ってきた。
奇妙に折れ曲がった棒を両手に持ち、あちこちを見回している。
寅丸星の従者というかお目付け役のナズーリンだった。
「こんにちはナズーリン、ご主人がまた何か失くしたのか?」
「いや、ご主人を見なかったか?」
「いないのか?」
「昨夜からご主人の姿が見えないんだ、みんな心配してる」
「今度は自分自身を無くしちゃったわけ」霊夢がおどける。
「……」
「ごめん、言いすぎた」
「で、ダウジングに反応はあるのか?」
「うん、妖怪の山の方角みたいなんだ」
「ねえ、ナズーリンさん、だっけ、私も探しに行ってみる。霊夢さん、魔理沙さん、にとりをお願い」
「おい、君は妖精だろう、大丈夫なのか?」 ナズーリンが眉を少しひそめた
「妖精は好奇心旺盛なの、それにかくれんぼは得意だし」
ナズーリンは乗り気ではなかったが、
藁にもすがりたい気持だったので拒絶する理由もない。
「わかった、妖怪の山に入ったら、危ないかも知れないから私から離れないで」
「うん、早く行きましょう」
サニーミルクは事件の背後に紅魔の存在を感じ、ナズーリンとともに星を探すため、一路妖怪の山を目指す。
「ねえ、ナズーリンさん、お寺の人達って、この里に来る前は何していたの?」
妖怪の山へ向かう道中、サニーは軽い雑談のつもりで尋ねてみた。
「……まあ、いろいろあってね」
ダウジングしながら歩くナズーリンは言葉を濁した、あまり触れてほしくないようだ。
「ごめん、嫌な事思い出させちゃったかな?」
「いや、いいんだ、住職の聖白蓮は、人間にも、妖怪にも優しいお方なんだ」
「その聖さんて、妖精にも優しい?」
「きっとな。でも、人間達から裏切り者扱いされて、異界に封印されてしまった」
「そんな!」
「もともとあの人は妖怪退治をしていたんだが、私達妖怪の事を知って、平和に共存すべきという考えになっていったんだ。臆病な人間達は、聖を妖怪と内通していた魔物と決めつけて、それで聖を封印したんだ」
ナズーリンは淡々と話す。大事な仲間を失った気持ちはサニーにも分かる。
「私とご主人は、聖に救われた妖怪の仲間と協力して、ようやく封印を解いたってわけさ。ま、今はあの時が懐かしく感じるよ、二度と経験したくないけどね」
と微笑んだ。
だが、笑顔でこの事を語れるようになるまでに、どれほどの歳月を要したのだろう?
自分もいつか、こんな風に今の労苦を三人で笑いあえる日が来るだろうか?
そんな考え事をしていた時、突如ダウジング棒が動き、ナズーリンが叫んだ。
「ご主人の反応が近い!」
岩陰に誰かがいた。懐かしい空気を感じる。
影はサニーを方を振り向き、その顔を見せる。息をのんだ。
ルビーのような紅い光、
黒いリボンをあしらった白い衣、
金色の巻き毛、
野外を歩くのに不都合そうなスリッパ。
その姿はルナチャイルドそのもの。
「ルナ! ルナなの?」
ルナと呼ばれた人物はサニーの呼び掛けに応えず、ニヤリと笑いかけると、その姿形を変容させた。
金色の髪が水色になり、服がピンク色となり、
妖精特有の透明な翼が蝙蝠のそれに取って代わられる。
忘れもしない、あの姿。
「レミリア=スカーレット。やはり紅魔の仕業だったのか」
「久しぶりね、サニーミルク、今はサニーミルクBlackと呼ぶべきかしら」
「ご主人、どうしたんです。ご主人!」
ナズーリンの声で我に返った。いままでレミリアに意識が集中していて、傍らにいた虎の妖怪に気付かなかった。
寅丸星は両ひざをついた状態で、真っ赤に染まった瞳でぼんやりと虚空を見つめている。
「ナズ、私は、人間達が……憎いよ」
「何言ってるんですか、もう昔の事は忘れようと、聖と誓ったじゃないですか」
「ははは、許せないんだよ、
あんなに優しい聖をさんざん利用し、都合が悪くなれば異界へ追いやった。
その後も聖を悪しざまに言う連中に、それでも親切にしなければならなかった私の気持ちがわかるか!
抑えきれぬ感情を無理やり抑え、今日まで生きてきた、だが、もう限界だよナズ」
星は立ち上がり、鋭い爪を妖力で伸ばし、叫んだ。
「イラつくんだよ! なぜ妖怪より弱いから許される?
人間どもにも妖怪を迫害した相応の代価を支払わせようじゃないか。
我々の苦しみを奴らに!」
「ご主人! 気持ちは分かる、私だって腹立たしいさ。
でもそれをやったら臆病な一部の人間と同じだ、あんたまで加害者になっちゃいけない!」
「もう語るまい、毘沙門天の弟子として、奴らに仏罰を下してやる」
すがりつくナズーリンを星は弾き飛ばす。
「きゃっ」
四つん這いの姿勢になり、人里を目指して走り出した。
妖怪と化した虎の肉体から繰り出される凄まじい脚力。
「おい吸血鬼、ご主人になにをした!」
「別に何も。あの子の牙を研いであげたの。
あの子の激情は、もともとあの子が持っていた物、それを解き放っただけ」
レミリアは翼を身長以上の幅に広げ、悠然と飛び去った。
「待ちなさい、レミリア、二人を返して」
「紅魔館まで挑戦に来なさい、来れたらの話だけど」
だが今はレミリアを追いかけている余裕はない。
「どうしよう、どうやったら寅丸さんを止められるの?
空を飛んでも、あんなスピードは出せないよ」
「私達には無理だ、聖やみんなが気付いてくれれば……」
途方に暮れている所、いきなりにとりが姿を現し、サニーの肩を叩いた。
「よっ」
「うわあっ、にとり、何でここに」
「心配なんで、機材の点検は仲間の河童に任せて追いかけていたの。
今どんなセリフで登場したらいいか分からなくて見守っていたんだけど、ごめんね」
「体の方は大丈夫なの?」
「小型のパワーアシスト装置があるからね。それより、私の発明品の出番のようね。
正直、あの妖怪の心は、私にはどうしたらいいかわからない。
だけど追いつくことはできるよー」
にとりは無数のポケットの一つから通信機のようなものを取りだして、ボタンを押した。
なにやら奇妙な爆音が山道に響いてくる。
その音は、外界の人間が内燃機関の排気音として認識しているものだった。
そして、音の主が三人の前に姿を現した。
サニーには、二つの車輪のついた機械の馬みたいに思える。
「名づけてサニーホッパー、これに乗って追いかけるといいよ。細かいハンドルやエンジン操作は、私が式神を解析して作った論理回路がやってくれるし、ちょっとの傷なら自己修復できるよ」
「ありがとう、にとり、でもどうしてこれを私に?」
「一度だけ乗ってみたけれど、どうも地上を高速で走るのは生理的に合わなくてね」
サニーはハンドルやペダルの機能について一通りにとりに教わり、サドルにまたがった。
「ナズーリン、貴方も行く?」
ナズーリンは少し不安そうだが、星の走り去った方を見て決心を固めた。
「これに賭けてみるしかないな」
サニーが右ハンドルのグリップをひねり、バイクが動き出した。
最初は緊張したが、式神を模したという人口知能のアシストで、山道をすいすい下っていく。
慣れるとスピードが肌に心地よい。
「かいか~ん♪」 ノリノリでグリップを捻る。
「ちょっ、スピード出し過ぎじゃないか」 ナズーリンが叫ぶ。
「大丈夫よ、それより星さんは?」
「両手でダウジングしないと……、だから降ろして欲しいんだけど」
「じゃあ、私に任せて」
彼女は一旦バイクを止めると、耳に意識を集中させた。
サニーミルクBlackは、サニーイヤーを用いる事により、
スターサファイアの能力に比べ精度は落ちるものの、
けっこう広範囲の生き物の動きを探る事が出来るのだ。
星の気配を追い、左右を急斜面の崖にかこまれた、採石場のような荒地に出た。
ようやく里へ向けて疾走する星が視界に入った。
「ご主人、落ち着いて話を聞いて!」
「うるさい」
星が撃つ弾幕が二人を襲う、サニーは勇気を出してアクセルを開き、弾幕がさく裂する中、強行突破を試みる。
弾幕が地面に当たって爆発する中をかいくぐり、ついに星と並んだ。
ナズーリンが必死に呼びかける。
「ご主人、人間に復讐しても聖の立場が悪くなるだけだ、分かっているのですか?」
月の光で狂気に追いやられた星の目は真っ赤に染まり、
牙が野生の虎と同様むき出しになっている。
星は無言でスペルカード攻撃を行おうとした。彼女の手が輝きだす。
もう回避の猶予はないと判断したサニーは、
咄嗟に進行方向を斜めに向け、前輪を浮かせ、それを星に叩きつけた。
「ごめん」
バランスを失った星が転がりながら倒れ、スペルカード攻撃の弾幕が四方八方に無秩序に放出され、無数のクレーターを生む。
サニーはブレーキをかけ、後輪で円を描いて止まり、星に正対する。
人里まで目と鼻の先であった。
「星さん、お願い頭を冷やして!」
「ご主人、聖がこんな事を望むと思うか?」
「だまれ、千年以上も聖を苦しめた人間に裁きを下すのだ! でなければ帳尻が合わん」
とそこへ、第三の星を呼ぶ声が、採石場のような荒野に響く。
「星、こんなところにいたのね」
彼女を探しに来ていた命蓮寺住職、聖白蓮が里の方向から現われた。
星の目に、かすかに理性が戻る。
「ごめんなさい、あなたがこんな思いを抱えていたなんて、気付けなかった私を許して」
「そんな、聖、あなたが謝る事なんてない、悪いのは貴方を封じた人間達だ」
「封印されていた時の記憶は、決して楽しいものではありません。
でも、全ては因果の糸でつながっています、ですからこの事にも意味があるはずなのです。
解放された時、貴方たちの優しさを心の底から再認識できました。
他の人間達も、時にはつまずきつつ、それでも変化しているのです」
「でも、でも聖、悔しくないんですか? 貴方を封じた人間達が憎くないんですか?」
「確かに、私も修行中の身、悔しさや憎しみがないと言えば嘘になります、
しかし、人間と妖怪が過去の因縁で傷つけあう姿はもう見たくない、
そして、あなた達にも激情に駆られて傷ついて欲しくないの」
聖は無言で彼女に近づき、抱きしめた。
「聖……」
星の目がもとの色に戻っていき、涙を流す。
サニーとナズーリンは静かに見守っている。
「今回はあの人のおかげ、私の出番はもうないわね」
「いや、あなたがご主人を足止めしてくれなければ、間に合わなかったかもしれない」
突然、場の雰囲気をぶち壊しにするかのように、真っ赤な魔力の塊が落ち、爆炎が上がった。
地殻が割れたかと思うほどの轟音。
崖の上から、レミリアが4人を見下ろしていた。
「なんて陳腐なストーリーだこと。妖怪に甘い人間に、人間に優しい妖怪、あまつさえ正義を気取る妖精なんてものもいるなんて最悪だわ。
だから、薄っぺらな仲良しクラブを壊してあげようとしたのに」
「お前のせいで、ご主人が、みんなの絆が壊れかけたんだぞ」ナズーリンが憤る。
「聖さんこいつよ、こいつが星さんを狂わせたの」 サニーがレミリアを指差す。
「吸血鬼さん、それは本当ですか、それほど平穏な生活が気に入らないのですか?」
「ああ、気に入らないねえ、喧嘩がお互いを進化させるのさ」
「進化は、お互い助け合う事によっても達成できます、
闘争心を抑えきれないのなら、スペルカードルールという制度があるでしょう、
足る事を知るのも、カリスマある統治者の条件ですよ」
レミリアはカリスマという言葉に少し反応し、眉が少し動いた。聖は続ける。
「それに、本当は貴方もその『仲良しクラブ』に入りたいのではなくて」
「黙れ! 私が他人に望むのは、愛着でも友好でもなく、恐れだ、人々の恐怖が我々を強くするんだよ」
魔力が立ち込める。
星とナズーリンは瘴気に顔をしかめ、それでも聖を守るべく彼女の前に立った。
「仕方ないようですね、貴方も仏さまの子、でも今はお仕置きが必要かしら」
聖は巻物を取りだし、それを広げた。
星とナズーリンも聖を支えるべく身構える。
サニーも両のこぶしを顔の横に持っていき、強く握りしめ、戦いに備えた。
「お仕置き、ふざけないで、殺すわよ?」
「レミリア=スカーレット、ルナの力を侮辱し、人妖の対立を煽るお前を許すわけにはいかない!」
「誠に狭く、頑迷固陋である、いざ、南無三!」
戦いの末、レミリアは中途半端な時間であったのにも関わらず、『お茶の時間だわ』と言って逃げて行った。
星は聖に罰が悪そうに今日の事を謝る。
「申し訳ありません、まだまだ私の精進不足でした。負の情念が私の中に残っていたようです。そこを吸血鬼に利用されてしまった」
「そんな事はないわ、負の感情は誰にもあるもの、心のバランスが取れていればいいのよ」
「しかし、そのバランスを崩してしまいました。宝塔どころか、自分自身を見失うなんて……」
「貴方が本当に申し訳ないと思うなら約束して、もう二度と一人で背負いこまない事。いい? 貴方は決して一人ぼっちじゃありません」
「はい」
星は心を入れ替えて、もう一度修行をやり直そうと決心した。
温かな絆を見て、サニーは嬉しく思うと同時に、いまだ会えない仲間の事を思い出し、目を伏せる。
「サニーミルク、どうしたの?」 ナズーリンが聞いた。
「ううん、みんなを見てると、仲間の事を、ね……」
「そうか、すまん、もし力になれる事があったら、何でも言ってくれ、君には借りがある」
「妖精さん、もし貴方が良ければ、命蓮寺に居てもいいのですよ」
聖の申し出を、サニーは丁重に断った。
「お気持ちは嬉しいです。でも、二人が私を待っているんです。
三人で居られる妖精の住処が私の帰る場所です、すみません」
「そう、でも辛くなったらいつでもいらっしゃい。妖精もみな仏様の子です。」
「ありがとうございます」
聖の優しさに、不覚にも涙が流れそうになる。
それを皆に気づかれないうちに、サニーは背を向けて命蓮寺を後にした。
にとりが駆け寄ってきて、サニーホッパーの調子を熱心に聞いてくる。
申し分ないと答えると、にとりは嬉しそうに笑う、
私の発明にも存在意義があったと。
サニーミルクの勇気と聖白蓮の慈愛が、またひとつ、紅魔のはた迷惑な野望を打ち砕いた。
二人は異なる道で、人間と人外の自由と平和のために戦い続ける。
今日も、そして明日も。
続きを楽しみに待ってます。
突然ずけずけとした物言い、失礼しました。