Coolier - 新生・東方創想話

中国茶は夫婦で静かに飲みましょう

2010/07/08 01:48:02
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紅美鈴は人妻である。


「紅」は実は旧姓なのだが、彼女の雇い主がその名をとても気に入っていることと、人里での取引や部下たちの給与管理などの際に昔から使っていたことから今でも紅美鈴という名を使い続けている。役場の正式な書類で確認すれば彼女は既婚者であり、姓は「森近」であることが確認できる。


 紅美鈴は森近霖之助の妻である。


なお、結婚してから50年ほど経過しているため新婚とは言い難いが、事情を知っている者は皆、見ていて微笑ましいほど仲の良い夫婦であり、とても月に数回しか会わない仲と思えないと感想を述べる。門番という仕事は多忙であるが収入は良いため、夫婦の貴重な生活費となっていること、彼女がその仕事に生きがいを感じており、夫もそのことに理解を示していることも夫婦の仲が長続きする一因である。


 繰り返し述べる。紅美鈴は人妻である。


 夫は人里から離れた場所で古道具屋を営んでいる。品物がと頻繁に略奪されるため終始赤字に近い状態が続いており、店の経営は極めて困難な状況に過去数年で陥ってしまった。しかし、幸い妻の継続的な収入と以前からの貯蓄により店は成り立っている。


 繰り返し述べるが紅美鈴は良き妻である。


 夫の道楽と自分の幸せを追求し、誰に対しても慈愛に満ちた笑顔で接し、子供たちから非常に信頼されており、人里でも受け入れられている。柔和で温厚な性格だと周囲から認識されている。しかし、彼女の夫はこう述べる。


「僕の妻は独占欲が強い」と


 これはそんな森近夫婦のある日のできごとである。




 その日、霧雨魔理沙はこの世に生を受けてから最大級の衝撃をその身に受けた。自分が兄をして慕い、密かに恋心を抱いていた男は実は既婚者だったと知ったのだ。

「なあ、こーりん。うそだよな。うそだよな。うそうそうそうそうそ」

「君が小さい頃に何回か言ったことがあるんだけどね。僕はもう結婚している」

 こんな古臭い店にいてばかりじゃ誰も嫁に来てくれないぞ。だから、私が嫁になってやるよと魔理沙は冗談染みた口調で、しかし、しっかりと念をこめて言い放った。返答は予想をはるかに超えていた。

「嘘だぁぁぁぁーーー!」

 外ではヒグラシが鳴いており、その大声の振動で店が揺れた。

「前に何回か既婚者だって言ったはずだよ」

 いつものように無表情で落ち着いた口調で返答してくる相手方に魔理沙は憤りを覚えたが、それ以上にどこの誰が自分の狙った男を奪ったのか気になった。

「奥さんどこだよ! 一度も見たこと無いぞ! 」

「今、単身赴任中だからね。でも時々ちゃんと帰ってきてるよ」

「……何の仕事してるんだ? 」

 場合によっては特に魔法で黒こげにしてやろうと誓いつつ、魔理沙は辛うじて自分を落ち着かせ、敵の情報を探ることに専念した。

「君は頻繁に彼女に会っているよ。仕事がある吸血鬼の館の門番だからね」

門番?

館?

吸血鬼?

チャイナドレス

胸が大きい

スタイルがいい

柔和

弱い?

格闘家

中国?

「中国!? 嘘だぁぁぁぁーーー!」

 外ではヒグラシが鳴いており、その大声の振動で再び店が揺れた。

「ちょっと待て! アイツの本名は紅美鈴だ! 森近じゃない! まったくひどい冗談だぜ」

「紅は旧姓で職場の都合上そのまま使っているらしい」

 そう答えた森近霖之助の表情は愛しい女性を想っており霧雨魔理沙という少女の知らない顔だった。

「霊夢ーーー!!! 」

 魔理沙は全力でその場から逃げだした。愛用の箒で天狗すら凌駕する速度で親友の元に急いだ。悪夢なら覚めてくれと願ったが、痛いほど握りしめた箒の柄が現実だと物語っていた。

「え、 知らなかったの? あんたが毎回門を壊すのはてっきり嫌がらせだと思っていたんだけど」

「私はそんな嫌な性格だと思われてたのかよ!? 」

「うん」

「ひでぇ」

「まあ、冗談はこのくらいにしておいてどうしたの? 」

「だから! 中国が実は森近美鈴だって話だよ! 」

「うん。だから? 」

「おまえなんとも思わないのか? 」

「前から知ってたし、私の二代目前の巫女が二人の結婚式を担当したらしいから立場上祝福しないといけないし、貴重な収入源だから」

 節度を踏まえた人間関係を霊夢は誰に対しても維持することを心がけており、相手が保護者的な立場にある異性であってもそれは特段変わらなかった。それに対して、魔理沙は霖之助に淡い恋心を抱いていた。だからこそ、自分の恋愛対象が既婚者だったという事実を知らなかったことに対して怒りを感じていた。そんな親友の姿に霊夢はため息を吐いた。

「あの二人を引き裂くのは無理よ。どれだけ仲いいか見てみれば? 今日は七夕だから帰ってくるみたいだし。副業もしないといけないし、稼ぎ時ね」

「見る? 後さっきから収入とか何の話だ? 」

「お砂糖よ。あの二人の激甘な光景を見て、お砂糖はいて壺に貯めて里で売るの」

「うおい! 」

「最近、レミリアが全部買ってくれるから助かるわ」

「それ明らかに使用目的が危ないだろ!? 」

「別にいいわよ金にさえなれば」

「ダメだこの巫女! 」

 漫才のような光景の後にスキマ妖怪こと、八雲紫が呼び出され、森近夫婦の生活を三人は覗き始めた。

「ただいま戻りましたー」

「おかえり」

 静かに扉が開き独特の雰囲気を醸し出している古道具屋の扉をチャイナドレスに身を包んだ女性が扉を開ける光景をちょうど真上から眺める形でスキマが開かれた。ようだの、お邪魔するぜだの、失礼しますだの、お邪魔しますといって来店する人々は多数いるが、ただいまと言って入店するのは初めて見たなと魔理沙は心の片隅で思った。

「おかえり」

「はい。ちゃんとご飯食べてましたか? 」

「それなりにね」

「健康管理はちゃんとしないといけませんよ」

 ふと魔理沙が横を向くと霊夢は壺に砂糖を吐いており、八雲紫はキャー、キャーと年甲斐もなく床を転がっていた。ここで魔理沙は思考を放棄した。

「今日はちゃんと食べてくださいね。今から作りますから」

「ああ、そうするよ」

 ごく自然な動作で台所に消える前に美鈴は夫の額に手を伸ばしてしばらくその姿勢で停止した。

「はい、御呪い解きましたよっと」

「いつものことだけど、落ち付くね」

 今の仕草はなんだったのだろうと魔理沙は首を傾げたのだが気にせずに続きを見ることにした。相変わらず霊夢は壺に砂糖を吐いており、八雲紫はキャー、キャーと年甲斐もなく床を転がっていた。

「味見お願いします」

「…また腕を上げたね」

「そうですか。嬉しいですね」

 鍋の前で寄り添い、おたまに掬った出汁を夫に勧める妻。俗にいう「あーん」である。目撃した魔理沙は無性にブラックコーヒーが飲みたくなり、八雲紫は「見て見て! あーんよ! あーん」とはしゃいでいた。霊夢は砂糖を吐き続けている。

「お夕飯の後星を見ながらお酒でもどうですか? 」

「七夕らしくていいかもしれないね」

 同じ食卓を囲み互いに箸で分け合っている。互いの好みを完全に把握した熟練の域。成熟した円満夫婦。もういいや。このバカップル、もとい熱愛夫婦は糖尿病になればいいのにと魔理沙は知人の人形遣いとお酒を飲もうとスキマから離れた。



この後、酔った勢いでとんでもないことになるのだが、それはまた別の話である。



 森近美鈴、旧姓:紅美鈴は夫の肩に頭を乗せて夜空に広がる満点の天の川を満喫していた。一通りお酒は飲み終わり、酔い覚ましのための中国茶がその手には握られている。

「綺麗ですね」

「そうだね」

 そっと、「気」を送り込みながら夫の身体を夜の営みに向けて操作していく。

「お茶のお代わりはどうですか? 」

「もうらうよ。今度ゆっくり中国大陸のお茶について教えてくれないかい? なんか体が温まってきたよ」

「うふふふ、いいですよ。後でゆっくり」

 完璧に円満な夫婦。それを保つために森近美鈴は少しだけズルをしている。彼女の能力である「気を操る程度の能力」で森近霖之助は普段、性欲、恋愛感情、思慕といった感情が抑制されている。よって、浮気をすることなどあり得ない。そのような願望も欲求も一切湧かない。


それが森近美鈴の「御呪い」


 彼女が帰宅した時にのみ森近霖之助は素に戻り、抑圧されていた欲望がダムの崩壊のように流れ出す。だから、夫婦の密度はとても甘い。

「霖之助さん。大好きですよ」

「ああ」

 自然と昂り始めた夫の姿を見て森近美鈴は口元を歪めた。もちろん、愛している。ずっと独占していたい。だから、自分以外の誰にも恋愛感情を、思慕を、欲求することも許さない。夫婦として当然。

「私はカマキリですからね。離しませんよ」

 カマキリはとても大事に獲物を食べる。時間をかけてゆっくりと咀嚼する。もちろん、森近美鈴は理性があるため物理的に捕食するようなことはしない。せいぜい軽くかむ程度だ。


 カマキリの交尾では大抵の場合メスがオスを捕食する。


 そうならないように。壊さないように。溜め込んだ分を一気に食べることで正気を保たせる。そのための御呪い。月に一度程度なら森近美鈴は森近霖之助を壊さないでいられる。彼女を受け止められる程度に夫を開発する。




「ねえ、霖之助さん。私たちはこれからも夫婦ですよね? そう居られるように御呪いをかけてあげますね」



 獣のように喰い合った後、森近美鈴は夫に御呪いをかける。自分以外の誰にも見向きせずに、自分だけを悶々と欲するように。



 ダレニモ ワタシマセンヨ ワタシノ ダンナサマ


 そして、柔和な笑みと暫しの別れのための口づけを残し、悪魔の棲む館に向かうのだ。
なぜか続いてしまったお茶とハッピー(?)なヤンデレシリーズ。


見たいCPがある方は感想と一緒に告げてくだされば可能な範囲でお答えします。


読んでくださったすべての皆様によい夏がありますように。
myon
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コメント



0.3740簡易評価
18.100名前が無い程度の能力削除
誤字報告:
「もうらうよ。今度ゆっくり中国大陸のお茶について~
   ↓
「もらうよ。今度ゆっくり中国大陸のお茶について~

これはこれでハッピーエンドっぽいのでありですね。
案外霖之助も分かってて御呪いに掛かっているのかしら?

同じ路線なら歴史を喰う慧音と霖之助のちょっと病んだ話とかどうでしょうか。
19.70名前が無い程度の能力削除
ヤンデレ話でもないのに独占欲が強いという説明書きがつくのはいかがなものか。いかがなものか…
29.100名前が無い程度の能力削除
いいぞ!いいぞ!いい感じだぞ!
ヤンデレ美鈴は中々新鮮でございました。堪能しましたぜ。
リクエストとしてはヤンデレが似合いそうな咲夜さんをあげさせていただきます。
35.100名前が無い程度の能力削除
>紅美鈴は人妻である。
キュンッってなった。
44.100名前が無い程度の能力削除
個人的には魔理沙より違和感感じなかったりする
てゆーか砂糖って惚気見ながらはいて生産されてたのか・・・!
知らんかった……。
47.80名前が無い程度の能力削除
なんつうか霊夢が怖く感じてしまうのは完全に前作からのアレだなw
幽香をきぼー
48.90名前が無い程度の能力削除
続いてしまったか・・・いいかんじですともさあ!!
お茶とくれば幽々子様、幽々子様とくればあなた様の名前のキャラですよね
50.90削除
パァン
「浮気相手は?」
パァン
「浮気相手は?」
パァン
「浮気相手は?」
パァン
「浮気相手は?」

それはもう、満面の笑みではたくめーりんさん。
61.100名前が無い程度の能力削除
これは夏場にはもってこいなヤンデレですね。
面白かったです。

リクエストはヤンデレが似合いそうなのが慧音…もしくは幽香かな。
65.70名前が無い程度の能力削除
>>霊夢は壺に砂糖を吐いており
砂糖吹いた
69.100名前が無い程度の能力削除
ヤンデレに笑顔は必須条件ですね。

リクは狡猾あややか、ぶきっちょ慧音先生が見たいです
75.100名前が無い程度の能力削除
某スレのレビューからきましたー。
これは良かった。独占欲の強い美鈴もしっくりきますね。
76.無評価名前が無い程度の能力削除
美鈴を再び。
77.100名前が無い程度の能力削除
↑点数忘れた
94.100名前が無い程度の能力削除
このssは幻想郷での砂糖の生産について書かれた衝撃のドキュメンタリーである...

と信じたい。