昔々、とあるお寺に衣玖という、空気の読めることで有名な尼さんがおりました。
龍神様のお告げを聞くことが出来るとも言われている彼女の手にかかれば、どんな問題でもすんなりと解決されたのでした。
そんな彼女の噂は瞬く間に都中に広がり、その名を知らぬ者はおらぬとまで言われた頃のことです。
「衣玖、一大事だ」
「いつも一大事ですね」
お寺で日々修行を営む衣玖のもとへ、一人のお侍様がやって来ました。
彼女の名は勇儀。なんと将軍様と繋がりのある、さりげな~く偉いお方でしたが、衣玖には何かとお世話になっている為、お互い気軽に話せる仲でありました。
さて、此度はどのような厄介事を持って来たやら。衣玖は心の準備をして、彼女に問い掛けます。
「今回はどうしたんですか?」
「実はお前さんに呼び出しがかかってね。なんと将軍様直々のご命令だ」
「将軍様が? いったい何の御用でしょう」
「さてね。私はただ連れて来いとしか言われてないんだ。すまないね」
「むぅ、仕方ありませんね」
よくわからないまま、しかし将軍様のご命令ということで渋々ながら頷く衣玖。
こうして二人はお城へと向かったのでした。
さて、都までやって来た衣玖と勇儀でしたが、お城の目前で橋を渡ろうとした、その時でした。
「何普通に渡ろうとしてるのよ」
急に呼び止められ、声のした方に振り向くと金の髪に緑の瞳をした娘が表情を険しくして立っていました。
「か、可愛い」
勇儀が呟きましたが、衣玖は華麗にスルーして娘に尋ねます。
「私たちに何か御用ですか?」
「この立て札が目に入らなかったのかしら?」
娘が指で示した先は、橋の手前にある一枚の板でした。
そこにはこう書かれています。
【このはし渡るべからず】
『……あ』
「ホントに目に入らなかったんかいィ!」
二人とも素で気付いてませんでした。
「全く、おっとりした者同士でツルんじゃって、さぞ気が合うんでしょうねぇ。妬ましい妬ましい」
娘は恨めしげに二人を睨みつけます。
その視線はしばらく勇儀で止まった後、衣玖に移り、「あんたが羨ましいわ」と言ったきり伏せられてしまいました。
「何が羨ましいのですか?」
「!? う、うるさいわねぇッ。とにかく私はこの橋を誰も渡らないように将軍様から仰せつかっているのよ! だからあんたたちはさっさと引き返すなり、別の道を行くなりしなさい!」
衣玖の問いかけに逆上する娘。
いよいよ二人は困ってしまいました。
「うーん、まいったねぇ。この橋を渡らなかったら指定された時間に間に合わない。衣玖、何か良い案は無いのかい?」
こんな時こそ衣玖の本領が発揮されます。
「慌てない、慌てない。一休み、一休み」
そう言うと、衣玖はフィーバーのポーズを取りながら瞑想に耽ります。
ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。
「読めた」
『眩しッ』
瞬間、体が発光しました。これが閃きの合図なのです。
「それでは勇儀さん、先を急ぎましょうか」
今までのやり取りを全て無かったことにして橋を渡ろうとします。
「ちょ、渡るなっつってんでしょーが!」
当然、娘は二人を止めようと駆け寄って来ました。
それを見計らったように、衣玖は振り向きざまに足を払います。
「危ない!」
娘は体制を崩し、地面に倒れる寸前で勇儀に抱きとめられました。
「大丈夫かい?」
「えっ、あ、えぇと、まぁ」
「そうかい、良かった」
急接近した二人は、何とは無しにお互いの顔を見つめ合います。僅かに頬を染めて。
「お前さん、名前は?」
「パルスィ」
「パルスィか、良い名前だね。私は――」
「勇儀でしょ」
「え、どうして知ってるんだい?」
「そこのお連れさんがそう呼んでたじゃない」
「あ、そっか、なるほど。アハハハ、いや、こいつはまいったねぇ」
なんということでしょう。
衣玖の機転により、勇儀とパルスィの間には良いムードが流れ始めました。もはや完全に二人だけの世界に突入しようとしています。
そう。衣玖は先程のやり取りで瞬時にフラグを読み、回収ルートへと導いたのです。
「私は衣玖、空気の読める尼。お邪魔虫は馬に蹴られる前に退散です」
もしくは熱々カップルに焼き魚にされてしまうといったところでしょうか。そうなる前にこの場を離れなくてはいけません。
二人が照れ照れしてる間に、衣玖は一人でさっさと橋を渡り、城へ向かいました。
「それにしても、彼女は将軍様のご命令で通せんぼをしていたのね。もしや私を試しておられるのか」
僅かな不安を抱えながら、いよいよお城の門をくぐり、中へ入ります。
城内へ通された衣玖は今、将軍様と直々に対面しています。
将軍様のお姿を見るのは彼女も初めてなので、多少の緊張はありました。
しかし、現れた人物がちんまりとして可愛らしく、まるで子鼠のような雰囲気を漂わせていたので、その緊張は吹っ飛んでしまいました。
「ここに来るまでに何か問題は無かったかい?」
「いえ、特に」
「……なるほど」
将軍様は意味深な笑みを浮かべました。
「では衣玖とやら、今回呼び出したのは他でもない。この虎が毎晩私に悪さをして困ってるんだ。そこで、夜中勝手に暴れたりしないよう、捕まえてはくれないかな?」
「これはまた凛々しくも美しい虎ですね」
将軍様は家来に大きな屏風を持ってこさせました。
そこには虎の耳と尾を生やし、黄色と黒の縞模様の衣に身を包んだ女性の姿が描いてありました。
「しかしこれは屏風ですよ?」
「そんなことはわかってる。今はただの絵に過ぎないが、夜になるとそこから抜け出してくるんだ。おかげで私はずっと寝不足だよ」
仕方なく衣玖はその屏風をしばらく観察してみることにしました。
(はてさて、どうしたものか。それにしてもよく見ると結構服がはだけてて何だかやらしい……おや?)
端の方に小さな小さな文字があるのに気付きました。目を凝らしてみると、
【作 なずうりん】
(私は何も見ていない)
衣玖は見て見ぬフリをしました。空気を読んだのです。決して「将軍様の名前って何だったっけ」なんて考えたりしてません。
「さ、早くその虎を亀甲……げふんゲフンっ……ふん縛ってくれ」
「少々お待ち下さい」
衣玖は聞いて聞かぬフリをしました。
とにかく今は将軍様を納得させなければなりません。再びフィーバーポーズで瞑想タイムです。
ぽく、ぽく、ちーん。
「読めた」
「眩しッ」
衣玖は姿勢を正すと、落ち着いた様子で将軍様に向き直り、言いました。
「ではその屏風から虎を追い出して下さい」
「それが出来れば欲求不満なんて言葉は存在しない! じゃない、それが出来れば苦労はない! だからこうして君に頼んでいるんじゃないか」
将軍様が何やら不穏なことを言いましたが、衣玖は追求しません、してはいけません。
「では夜まで待たせて頂きます。そうすれば勝手に出てくるでしょう」
「そ、それはダメだ」
「何故です?」
「あの、その、えーと、ごにょごにょ」
「あ、結構です。そうですね、夜までなんてそんな悠長なことは言ってられません」
「! そうそう、そういうことだよ」
危ないところでした。どうやら夜な夜な虎が抜け出すというのは、将軍様の妄想話のようです。
しかも将軍様は悪さをされているのではなく、してる方なのではないかという疑いも浮かび上がってきました。
それで何故寝不足になるのか、ということまでは残念ながらこの場では語れません。
ここは全年齢向けです。下手をすればこの作品が削除されてしまいかねません。
衣玖はその危機を瞬時に読み取り、早々に追求を打ち切ったのでした。
「で、いったいどうするんだい?」
「まぁ、仮に出せたとして、その虎を捕まえることは出来ません」
「どうして?」
「この世界が消えてしまうからです」
「そんなに重大!?」
もしこの屏風の虎を本当に具現化させることが出来、捕まえて将軍様に引き渡してしまえば、後の展開は読めています。
ここは全年齢向けです。もし実行すればこの作品が削除されてしまいかねません。大事なことなので二回目です。
「ぬぅ、なんだかんだと苦しい言い訳をしてるだけじゃないか。君の噂はどうやら誇張――」
「将軍様、寅丸様がお見えです」
「何だって!?」
落胆の色を浮かべ、失望したといった感じで話していた将軍様ですが、突如やって来た家来の言葉に大慌てです。
「いったい何をそんなに焦っておられるのですか」
「やかましいッ。今は君に構ってる暇は無いんだ。は、早く絵を隠せ!」
家来に屏風を移動させ、隣の部屋へ運んだ直後、その来訪者は現れました。
「お久しぶりです、ナズーリン」
「や、やぁ、しばらくだね、星」
(おや、これはこれは)
雰囲気こそ違いますが、なんとその人物は先程の屏風の絵と瓜二つだったのです。
親しげに話す二人に、意を決して衣玖は尋ねました。
「お話中申し訳ありません」
「あ、他にも人がいたんですね。すみません、気付きませんでした」
「いえいえ」
「あぁ、そうだった。星、彼女は衣玖という尼だよ。今日は私が……ちょっと野暮用があって呼んだんだ」
「あの噂の!? 凄いじゃないですか!」
どうやら星という名前らしい彼女も衣玖のことは知っていたようです。
おかげで衣玖も話しやすくなりました。
「ところでつかぬことをお伺いしますが、お二人はいったいどのようなご関係で?」
「そんなことを聞いてどうする」
「まぁまぁ、良いじゃないですか。えーとですね、実は私とナズーリンは古くからの幼馴染みでして。ナズーリンが将軍様としての職についてからも、こうして気楽に話してくれるし、お城の出入も自由にさせてもらっているんです。本当に……良い友人です」
「……ん、んん、まぁそういうことだね」
何やら急にぎこちない雰囲気が漂って参りました。
「そ、そうだ、衣玖、何かあっと驚くようなことをやってみせてくれ」
「わかりました」
場の空気に耐えかねた将軍様からの無茶振りです。
しかし衣玖は慌てず騒がず、むしろ待ってましたとばかりにフィーポーメイソーです。
ぽく、ちーん。
「読めた」
『眩しッ』
衣玖はスッと、隣の部屋を仕切る襖に手を掛けました。
「ちょ、待て、そこは!」
将軍様の制止を無視して一気に開け放ちます。すると目の前には先程の屏風がでんと置いてありました。
そして星を指して言います。
「将軍様、見事虎を屏風から出してご覧にいれました」
「それは卑怯だぁーッ!」
頭を抱えて悶える将軍様。
それには気にも留めず、星の視線は屏風に釘付けになっています。
「この絵は」
「将軍様が描かれた、あなたの絵です」
「あああああもうダメだ~、星ちゃんに嫌われるぅ~」
子供のようにじだばたする将軍様に、星はそっと問い掛けました。
「正直に答えて下さい。この絵は本当にあなたが描いたのですか?」
「う、うぅ」
「あなたの目には私がこのように映っているのですか?」
「……」
将軍様はしばらく沈黙していましたが、やがて「恥ずかしながら、君の美しさの万分の一も再現出来てはいないよ」と、ぼそり漏らしました。
「やれやれ、美化し過ぎですよ」
「そんなことはないッ」
「いいえ、実際の私はもっと地味なんです」
その言葉をなお否定しようと将軍様は口を開きかけましたが、星に人差し指で口を押さえられてしまいました。
「幻想の私を追いかけないで。現実の私を見て下さい」
真摯な瞳で見つめながらそう紡がれ、将軍様は見事に真っ赤になってしまいました。
その様子を見ていた衣玖は、二人の雰囲気を壊さないよう、また静かにその場から立ち去りました。
「私は衣玖、空気の読める尼」
こうして、衣玖はその後も数々のカップルを誕生させ、ついには天に輝く星々の仲立ちまでやってのけ、伝説となりました。
そんな彼女は毎年一日だけ、そのとある星々の逢瀬を助ける役目を果たす川をかけるのでした。
それが“尼の川”です。
将軍様のその後の様子は!!
だれうまw
これはよい衣玖さん。
ほのぼのしました。
まさかのwwwww
さりげなく星ちゃんと言ってるナズも良い。
物語の勢いもさることながら、締め方がまた素敵。ごちそうさまでした。
はしのとんちのオチが勇パルにw素敵すぎるw
>>虎丸様がお見えです
寅じゃないすか。
衣玖さんってば、こそこそせず正に恋愛道ド真ん中を突っ切(らせ)る!
見事すぎるぜ空気の読める尼さん! この衣玖さんは竜宮の使いじゃなく天人になれる!
なんだよもう……これ……くそう……TV版の一休さんを見て育った俺の歳がばれるじゃないか……。
l ^ ^|
〈 ゚ ー ゚ ノ〉 GJ!!
Kヾ'=ェツl〈
,(ン!}::/:::l::|{)
`'ーr_'ォ_ァ'
いちいち「眩しッ」が入るのが地味にツボです。解ってるのに笑いがw
これぞ二次創作の一つの形です!
尼の川とはなるほど
尼の川で致命傷を負いましたwww
ここまで完成されたギャグがすごすぎです。
今年は尼の川見れるかな~
うまいなぁw
オチが好きです
最初抱き枕カバーが屏風に張り付けられているのかと思って業の深さを感じてしまいました
逐一光る衣玖さんが愉快でした