Coolier - 新生・東方創想話

私と姫と、妹紅

2010/07/07 00:09:52
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それはきっと誰にでもある話






私と姫と、妹紅






月から逃げ、姫と一緒に暮らすようになってから数百年。
姫は、私と一緒に笑顔で生活をしていた。
私は姫とともに過ごせることが幸せだった。
月から逃れるようにして、幻想郷の竹林で身をひそめる生活。
ただ、そんな身を隠す生活であっても、私は姫と一緒にいられれば、それだけでよかった。

「永琳、ありがとう」

その言葉と、その笑顔を見せてくれるだけで私は幸せだった。
姫を守るのが自分の使命。

ふと、思うことがある。

かつて、姫がこの地上にやってきたとき、男達を惑わしたように、もしかした自分も魅了されたのかもしれないと……。月面にいて何不自由ない生活を送っていた自分をここまで変えたのは誰でもない姫なのだから。別に、私はそれに関して怒りなどは覚えない。むしろ、こうして姫と生活をして、永遠の命を彼女に捧げることができるのなら、それは幸せなことだと思っていたのだから。



だが、そんな姫が笑わなくなった。

ここ数十年で。



「……」

虫の足をちぎりもがいている様を見る姫。
姫はそんな虫を見ながら、それが動かなくなるまで呆然と眺めている。

「姫?」

私は様子を不思議に思い声をかけた。
姫は振り返る、その表情はどこか影があった。

「退屈ね」
「なら、どこか出かけましょうか?竹林でもいろいろ野菜などがあると聞いています。そこで採集でも」
「つまらないわ」
「そうですか?なら、竹林にやってくる妖怪たちの話を聞いてみるというのはどうですか?いろいろとうわさ話など面白い話が聞けたりするものですよ」
「だいたい知っているもの。わずかな年数を生きた者たちのことなんて」
「なら……」
「永琳、もういいわ」

姫はそういうと、私から顔をそむけた。
怖かった。
身が張り裂けそうだった。
声を荒げたかった。
姫が私から離れてしまうというのは、それほどまでに辛いものだった。

「姫?ご飯が進まないですけど」
「もういいわ。どうせ食べなくても死ぬことはないんだし」
「姫、そんなわがままを言わないでください。せっかく作ったんですから」
「……貴女もよくこんな同じことの繰り返しにあきないわね」

姫はそういうと、部屋から出て行った。
私の握っていた箸が落ちる。
同じことの繰り返し……そんな繰り返しをさせたのは、貴女なのに。
貴女が私を魅了し、私が貴女のためにここまで様々なことをしてきたというのに。それを貴女は退屈だと言って、私をまるで虫のように見下すというの?

私は、どうしていいのかわからなかった。

なんとも滑稽な話だ。
月の賢者と言われた自分が、たった一人の人間の心の隙間を埋めることもできないなんて。
もし今、姫があの笑顔を取り戻すことができるというのなら、私は何だってするだろう。

姫が私に向ける笑顔を戻してくれるなら。

私は、強く強く願った。



「姫!?」



 私の前にやってきたのは、血だらけで着物をぼろぼろにされた姫であった。姫は、口から血を吐き出し膝をつく。姫をこれほどまでにした相手が幻想郷にいるというのか?まさか月の追手?私は姫を起こす。

「姫、誰が、誰がこんなことを?」
「フ、フフフフフ……秘密」

姫は笑顔で額から流れる血で顔を赤く染めながら白い歯を見せて笑った。私は、姫を見つめながらしばらく身動きが取れなかった。この前まで姫は、笑うこともなくすべてにおいてやる気がなくなっていた。そんな姫を襲った今回のこと。それに対して、姫は笑っている。だが、この笑は……。

それから、姫が姿をふと消すと、同じような姿で帰ってくるのが多くなってきた。私は姫が心配になり、後をつけることにした。

一体、誰がこんなことを。

姫を傷つけるものは誰であれ排除する必要がある。死ぬことはないにしろ、相手が月からの刺客であれば厄介だ。

草木の陰に隠れて見守る中、姫の前に現れる白髪の女。姫はその女と対峙すると口元を隠しきれないであろう笑顔を見せた。対する白髪の女は、怒りの形相に満ちて、姫に襲いかかる。白髪の女から放たれる巨大な炎。姫はそれをよけながら檀幕を張る。彼女の炎はすさまじかった。竹林を燃やしつくしながら、それでも姫を追い続ける。私は咄嗟に身が出てしまった。弓矢を握り、白髪の女を狙う。矢は命中、女の体に突き刺さる。

「姫!大丈夫ですか!?」

私の言葉に、姫はさきほどまでの醜悪な表情を変えると私のほうを見た。
その目は冷たい。


「邪魔しないで」


「は?」


思わず聞き返してしまった私に対して、姫は私を見ながらさらに言葉を吐き続ける。

「私と彼女の楽しい宴に首を突っ込まないでよ。貴女はただ私の帰りを待っていてくれればいいの。お願いだからかかわらないで」
「……」

私の視線の先、弓矢を脳天から引き抜く白髪の女。
確かに致命傷であったはずのそれを彼女は、まるで何事もなかったかのように生還している。

「おいこら!輝夜!仲間がはいってくるなんてやっぱりお前はひきょう者だな!?」
「ごめんなさい妹紅。とっとと帰らせるから一対一で続きをしましょう?」

姫は妹紅というものにそう告げると私のほうを再度見る。

「そういうことだから、とっとと帰ってね?永琳」

私は、ただ姫に嫌われたくなかった。

「わかりました」

私はそういってその場から去った。
背後では、姫の楽しそうな声が聞こえてくる。あのとき私だけに見せてくれた姫の笑顔。だが、その姫の笑顔がもう私だけのものではなくなってしまった。いま、あの誰かのわからないような赤に他人に向けられている。

「あれは藤原妹紅。私の命をつけ狙う私たちと同じ不老不死の地上人よ」
「まさか、薬を服用して」
「そう。彼女私が地上でたぶらかした貴族の娘らしくて。私に復讐しようとしているのよ。ねぇ?素敵じゃない永琳。私たちは共に不老不死。そんな不老不死同士が殺し合うの。絶対に死ねないのに、フ、フフフフフ。私ね、やっと生きている価値を見出すことができたわ。いままでの退屈なんか目じゃない。これからは妹紅が私の相手をしてくれる。殺し合い、殺されて、これからはそんな生活を続けることができるの。こんなことを私たちにしかできないわ。ねぇ、永琳?素敵でしょう。こんな素敵なこと、ほかにできないわ」

まるで姫は、恋仲の人と話すような口調で私に告げた。

神様がいるとしたら、なんと残酷なことをするのだろう。
私は確かに、姫に笑顔をくれと願った。
そしてそれはかなえられた。

だが、それは私だけに向けられたものでなかった。
相手はまったく別の存在。
そして私はそんな姫と姫の意中の相手とのやり取りを見続けることを強制させられることとなった。

私は死ぬことができない。

だから、この苦痛を永遠に受け続けることしかできない。
私がその憎しみを藤原妹紅にぶつければきっと姫は悲しむだろう。
それが憎悪となればいいのかもしれない。
だが、姫にはそんな感情は芽生えない。興味がなくなれば捨てるだけ、それが姫なのだから。

姫は残酷だ。

私の気持ちなど知らないで、それをまるであざ笑うかのようにして今日も妹紅と殺し合いという名の遊びを繰り広げている。



「ったく、あんたもこんなアホな姫につき従って大変ね」
「アホとはなによ!?」

いつに間にか、妹紅は、私たちに屋敷に出入りするようになっていた。姫との喧嘩もかわらないが、こうして姫と普通に接するようになっていく妹紅に、私は内心おびえていた。姫が遠くに行ってしまうようで。

「姫は、あなたのことを話すときそれはまぁ、想い人のことを話すかのような楽しそうな表情を浮かべるんですよ」
「なあっ!?」
「ちょ、ちょっと!永琳!!」

もし、そうなる日が来たらと私は考えてしまう。そのときは、やはり何か薬を作って、藤原妹紅を亡き者にしようとか、そんなことが脳裏に浮かぶ。だけど……。

「やっぱり、お前はそういう気があるんだな……」
「あるわけないでしょう!!」





 時間はただただ過ぎ去っていく。

 楽しいときほどその時間はまるで光のように過ぎさり、私と姫がともに歩んでいた時間もそれはまさにあっという間であった。

「永琳、ちょっと話が」
「はい?なんですか?」

 私が姫に声を掛けられて、庭に出た時、そこにたっていたのは姫と藤原妹紅だった。2人はいつものように喧嘩をして殴り合い、血だらけになった姿とは違う様子で永琳の前に立っていた。どこかそわそわしている2人を見て私はただ2人を眺めていた。姫が隣にいる妹紅を小突く。妹紅は、私のほうを見て何かを言おうとしたが、言葉が出てこないようだ。そんな様子を見かねて姫が一歩前に出る。

「永琳、私……これから妹紅と一緒に暮らそうと思うの」
「……」
「い、いや、永琳が嫌いになったわけじゃないの。ただね……」

 いつの日が来ることであったのかもしれない。それをずっと恐怖していた。だけど、実際に言われると、それはものすごい衝撃だった。私は、なんとか両脚で立っていたけれど、足が震えていた。私は姫を止めることができる。本気を出せばこの二人を倒すこともできるだろう。そして、二度と近づかないように、いや再生できないようにしてしまうことも薬で研究すれば可能かもしれない。自分から姫を奪うものがいるのだ、それぐらいやってもいいはずだ。

でも

それで姫が喜ぶだろうか?
私は、ただ姫の笑顔が見たかった。こんな顔を赤くしながら私に話す姫なんか今まで見たことがなかった。この藤原妹紅の話は、姫がうれしそうに話すからもういろいろと知っている。私の知らない姫がそこにはいた。喧嘩をして最後の一撃で地面に倒れながら、月を見上げた話。喧嘩が拡大して霊夢に大目玉をくらった話。どれも、私が知っている姫とは違っていた。

「姫、妹紅と2人で話をさせてはもらえませんか?」
「……妹紅」
「いい、大丈夫」

2人になった私と妹紅。

こうして2人で話すなんてことはめったになかった。私がそれは避けていたから。姫を奪う相手だと知っていたから。だから距離を取りたかった。知りたくなかったから彼女のことを。認めてしまいたくなかったから。

「私は貴女が嫌いです」

 妹紅は髪の毛をかきながら、なんとも言えない表情を浮かべる。

「私の姫を奪い、遠くに連れ去ろうとする貴女が私は嫌いです」
「……」
「ただ、私は姫の従者にすぎません。だから姫の邪魔をすることは私はできない。ただ一つ約束をしてください」
「……」

 私は妹紅の手を握る。
 咄嗟のことで妹紅はなにがなんだかわからない。
 そして、私はゆっくりと頭を下げた。

「どうか、どうか姫の笑顔を守ってあげてください……」

 思い出がよぎる
 不老不死であるからこそ、思い出が多ければ多いほど、姫が離れてしまうことが、遠くに行ってしまうことが辛くて、辛くて……。一緒に過ごした日々が頭をよぎる。それはどこまでもどこまでも果てしなくて。

「顔をあげて、永琳」
「……」
「あんたがそんな顔をしていると約束を最初から破ることになるから」
「!?」

 顔をあげる私。
 妹紅は、私を見つめながら、手をしっかりと握った。









「…りん、永琳?」
「姫…様?」
「どうしたの?泣いちゃって……怖い夢でも見た?」

 私は周りを見渡す。
 それはいつもと変わらない光景。
 どうやら少しばかり寝てしまっていたようだ。てゐや鈴仙が心配そうに見ている。私は、大きく息を吐くと立ち上がる。

「なんでもありません……姫と妹紅が結婚した夢です」
「なんでもなくなーーい!!」
「夢であってほしいですね、本当に」

 私は心の底からそう思う反面、いつかくるであろうそのときのために、少しでも姫との思い出をつくろうと思うのだった。
この前の話で、永琳が妹紅をどう思っているか?というのがあったから書いてみました。
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コメント



0.630簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
永琳からすれば此程の狂気はない
其れがよく描写されていました
最後の一文から、永琳が更にずぶずぶと深みに嵌まっていくのが浮かびます

まったく、姫は天然物の傾城だな