暑い。っていうか熱い。
命蓮寺は茹っていた。
この暑さはどうしたものか。季節は夏。暑い季節である。当たり前だ。しかしこの暑さはただ事ではない。
皆畳で浜辺に打ち上げられた魚のように横たわっていた。
「皆そんなダラダラしていてはいけません。参拝者の方に見られたらどうするのですか。」
皆あられも無い格好で転がっている。
瓦屋根は真夏の太陽の日差しを一身に浴び、熱をひたすら吸収しては屋根裏から天井を通し熱を放出してくれる。
床であれば縁の下の冷たい空気によって畳が僅かながら冷やされるのだ。
決して暑さでだらけているのではない。やたらと薄着なのも暑いから脱いでいるのではない。少しでも冷やされた床の冷たさを素肌で感じたいからなのだ。
風は無い。団扇で扇げば多少涼しいは涼しいが所詮熱風である。むしろその運動によって発する熱量のほうが高く、結果的に余計暑くなる。
つまり、動かないでごろごろしているのが一番ということだ。
「そうは言ってもですね聖。これはまずいですよ。本当に死にそうです。誇張でなく。」
タンクトップに短パン姿の星がそう聖に背を向けたまま反論する。他のメンバーも軒並み同じような格好である。
一輪がまことささやかに噂されていた「脱ぐと凄いんです」がついに証明された記念すべき日であった。
しかし各自それぞれ思い思いの場所にいるため残念ながら目撃した者はいなかった。
まだ朝食後いくばくも経っていない時間である。昔であれば午前中の涼しいうちに夏休みの宿題は済ませましょうと言われている時間である。
このまま昼になったら一体どれだけ暑くなるのか。考えただけでも恐ろしい。
恥丘温暖化の弊害がこんなところにも現れている。だからちゅっちゅは一日一度にしろとあれほど言ったのだ。
雲山は地平線の彼方で元気に入道雲となっている。せめて命蓮寺上空で日差しを遮ってくれればいいのだが。
「参拝者って言っても今日は誰も来ないじゃないですか。この暑さの中出歩く人なんて居ませんよ。」
事実、今日はただの一人もやってきてはいない。だからこそ皆このような姿で居るわけなのだが。
「私を御覧なさい。唇糖滅却すれば紐股涼し。そのように心がけていればこの程度の暑さなど苦にはなりません。」
ただ一人普段の衣装を身に纏っている聖がだらけている星を窘めた。きちんと袖と胸元の紐も締められている。
「聖。何か聞いた感じだとカッコいいことを言っているのですが、実は脳が茹っているのではないですか? 微妙にイントネーションがおかしいですよ。やっぱり一度干からびかけた人は体感が鈍りますからね。聖はその点羨ましいですよ。」
星も暑さで思考が鈍っていたようだ。
星は涼しい縁の下で涼めることになった。念願は叶えられた。
床に大きく開いた人型の穴から涼しい風が吹き上がってくる。
今、命蓮寺で唯一普段の服を着ているかに見える聖。しかし、ふわふわしていて非常に保温性が高そうなインナーは着ておらず、着ているのは黒い服だけであった。後ろから見るとパッと見普段と同じ様にも見える。
「星のおかげで涼しくなったわね。」
床の穴を跨いで冷たい風を真下から受ける。何度も言うが身に付けているのは黒い服一枚のみであった。普段白い服の更に下に着ている黒レースの紐ですら今は身に付けていない。
風通しのよくなっているその服に沿って風は聖の体温を奪い吹き抜けていった。胸の谷のナウシカであった。
あまりの涼しさに気を良くした聖は服の裾をつまみ、パタパタと扇いでみた。
命蓮寺の一室にフローラルな香りが広がった。
動かない星の体温は徐々に気温と同化していった。
「午後は皆で水浴びに行きましょう。」
口を開いたのは聖であった。昼に近づくにつれ一段と暑くなり、遂に最後の砦であった聖が音を上げた。
その発言には誰もが賛成した。
ということで命蓮寺一行は紅魔湖へとやってきた。
村紗は海に行きたいと言っていたが、幻想郷に海は無い。波しぶきや白い砂浜が恋しいが無いものをねだっても仕方ない。
開けた地面の綺麗な場所を見つけると、一行はそこにパラソルを立て、ゴザを敷いた。
海とは違い、砂浜ではないので何か敷かないと泥だらけになってしまう。シートではなくゴザというのが寺っぽい。
パラソルも唐傘のように見えるし犬のように舌を出しているのが気になるが、細かいことは誰も気にしない。
雲山は水平線で入道雲を演出していた。
「それじゃ水着に着替えましょうか。」
着替えるにしてもその辺の木陰に行くしかない。
「私は皆が戻ってくるまでここで荷物番をしてますよ。」
星は一人そう申し出た。
「そうよね。誰も居なくなっちゃったら荷物盗まれちゃうもんね。」
皆着替えを手に持ち思い思いに木陰へと入って行った。
ちなみに星はあの後見事復活を果たした。
全ての細胞が壊死する寸前、見えていない筈の目に映った暗闇の中に浮かぶその神秘的な光景により凄まじい勢いで心臓が動き出し全身に血液が行き渡ったのだ。
しかし本人は意識を失っていたため、残念ながらその素晴らしい光景は覚えていない。
――数分後。
最初に戻ってきたのはナズーリン。
紺色のワンピースであった。そのシンプルで飾りっ気の無い水着は普段から大人しい服を着ているナズーリンに全く違和感が無かった。
起伏の乏しいナズーリンにはそのシンプルな水着は非常に似合っていた。
「ナズーリン、よく似合っていますよ。それ何処で手に入れたのですか?」
「以前に宝塔を購入した古道具屋で手に入れたんだ。最近幻想入りしてしまったらしい。素晴らしいことに親切に尻尾を出す隙間まで開いているんだ。」
そう言うと、ナズーリンがくるりと一回転する。
お尻の部分が二重構造になっていて、布の間から尻尾が出ている。
「これが幻想入りしてしまったということは外の世界では尻尾が生えている者が居なくなったということなんだろうな。少し胸元が開いているのが恥ずかしいけど、尻尾の収まりが良くて気に入ったよ。」
なぜか白い布に『なず』とひらがなで書いて貼り付けたくなった。
次に戻ってきたのは村紗。
エメラルドグリーンのと白のストライプのビキニに普段のセーラー服の上だけを羽織っている。セーラー服の胸元から見えるビキニの紐と裾からチラチラ見えるおへそが眩しい。
健康的な小ぶりなお尻に穿かれるビキニにセーラー服というミスマッチが非常によい。
しかし、普通であれば媚を売ったように見えるこの着こなしも村紗が着るととても健康的で決してクドくない。
「村紗船長。何でこれから泳ぐって言うのに上を羽織っているんですか。」
「ああ、ほら、私水が苦手だからさ。岸で遊んでるよ。」
しかしそんなのは上を羽織ってる理由になってない。
「皆で水際で遊ぶだけでもいいじゃないですか。そんなの脱ぎましょうよ。」
「あはは、せっかくだけどごめんね。」
なぜか村紗船長の顔には冷や汗が浮かんでいた。
次に戻ってきたのはぬえ。
ナズーリンと同じようなワンピースであるが、こちらは普段の黒い服と対照的に淡いピンクで腰の辺りにヒラヒラがついている可愛いらしい水着だ。
ナズーリン同様、起伏に乏しい、しかし微妙な膨らみと凹みが織り成す絶妙なカーブ、その繊細なラインを際立たせるための究極の水着。それがヒラヒラ付きワンピースだ。
ぬえが歩くたびに腰のヒラヒラが揺れるその光景に村紗は思わず眩暈を起こし、しゃがみこんだ。
「あー! ムラサ何一人で休む気満々なのよ! こんなもの脱いじゃいなさい!」
そう言うなりぬえは村紗の上着に手を掛け一気に脱がした。
皆、絶句した。
「村紗船長……ど、どうしたのですか? その全身の赤い跡は……!」
村紗の上半身には赤い跡が無数についていた。
「えっ? こ、これ? これはアレよ。さっき木陰で蚊の大群に襲われちゃってー。あははー。」
「でもなんで上半身ばっかりなんですか? 痛っ」
なぜかナズーリンにつねられた。
そそくさと上着を着た村紗船長はぬえの手を引くと、森の中へと入っていった。
「だ…らあん…に吸うな………言った……しょ!」
「だってー……ラサ…が…可愛い……がいけない……」
「せめて見えないところにしなさい! お返し!」
思いっきり聞こえてきたけど聞こえなかったことにしよう。
そう思い、私とナズーリンは目を合わせお互いにうなずいた。
すぐに二人は戻ってきた。ぬえは内股でもじもじしながら村紗船長に手を引かれていた。ぬえの顔が赤い。
茂みで何があったのだろうか。
すぐに後を追うように一輪も帰ってきた。
「ごめんなさい遅くなっちゃって。これ着るのに手間取っちゃって。」
皆、その一輪の姿に息を飲んだ。
何ていうか大正浪漫溢れる水着だった。
水平線の雲山が急激にしぼんでいった。
「私も古道具屋に行った時に幻想入りしたっていう水着をこっそり買ってたのよ。」
脱ぐと凄いと噂される一輪さんの姿は遂に誰の目にも触れることはなかった。
「あとは聖だけか。ご主人、ここはもう私たちが見てるからそろそろ着替えてきなよ。」
「ふっふっふ。甘いですねナズーリン。こういう事を見越して私はすでに手を打ってあったのです!」
私は自信満々にそう答えます。
「なんと、この服の下にはすでに水着を着ていたのでした!」
薄手の白いパーカーに短パンを勢いよく脱ぎ捨てると、一瞬で虎柄のビキニへと変身しました。
「ほう、ご主人にしては中々やるじゃないか。そういう考えは無かったよ。道理でご主人の荷物が少ないと思った。」
「どうです。ナズーリン。少しは私のことを見直しましたか?」
「そうだね。いや、さすがご主人だ。なるほど。部屋に脱ぎ散らかしてあった下着にはそういう意味があったのか。ふむ。」
「え?」
とたんに私の額に冷たい汗がたらりと垂れました。
「ナズーリン。今なんて言いました?」
「え? だから部屋に下着が脱ぎ散らかしてあったと。」
「いや、思慮深いご主人のことだ。その少ない荷物の中には上手く着替えの下着も入っているんだろう? 今度その収納術を教えてくれないか。」
「そ、そうですね。いずれまた。」
顔を引きつらせながらそう答えるしかありませんでした。
ナズーリンはさっきからニヤニヤしています。
ダラダラと垂れ落ちた汗が足元にシミを広げます。
「ご主人。脱ぎっぱなしで忘れたって素直にそう言えばいいのに。全く。アレを見た瞬間すぐにわかったよ。」
私の反応を見て楽しんでいるようでした。わかってたんだったらからかわないでくださいよ。
「ご主人。私が一体何年ご主人に仕えてると思ってるんだい。きっとそんなことだろうと思ってちゃんと私がだな――」
「ナズーリン、ありがとうございます!」
さすがナズーリンです。このような立派な従者をもって私は大変誇らしいです。
「この暑さで下着とか部屋の中とか臭くなっちゃうといけないからちゃんと洗って境内に干してきてあげたよ。今日は天気がいいからすぐ乾くだろうし、どうせ誰も来ないだろうから盗られはしないだろう。」
「ちょーーーーー!」
「どうしたんですか星。騒がしいですよ。」
「あ、聖。いやー実はご主人がだ……な……」
「聖。どうしたの? タオルなんかで前を隠して……」
「実は……またちょっと大きくなっちゃって……水着がその……」
聖はタオルで恥ずかしそうに前を覆っていました。
「まさか着てないっていうんじゃないだろうね?」
「ううん、着てないってわけじゃないのよ。でもちょっと恥ずかしくて……」
「それより星、どうしたのですかその胸元と脇腹のいくつもの赤い跡は? 蚊に刺されてしまったのですか?」
「え? あっ! そうです、いや、着替えてる最中に蚊に刺されてしまって……いや、さっきから痒くて痒くて。」
自分で見えないところだったので全然気がつきませんでした。慌てて蚊に食われた振りをします。
「ご主人さっきから違う場所ポリポリ掻いてるぞ」
ボソッと耳元でナズーリンが囁きました。
「ナズーリン! だから吸っちゃ駄目って言ったじゃないですか!」
「仕方ないだろ! まさか水着着るなんて思わなかったんだから!」
小声でコソコソやり取りします。
「それより聖、そんなんじゃ泳げないじゃない。」
私たちを哀れに思った村紗船長が助け舟を出してくれました。
「でも、ちょっと恥ずかしくて……皆笑わないでね?」
そう言うと聖は恥ずかしがりながらタオルをずらしていきました。
同性なのになぜだか胸が高鳴ります。
聖のその仕草と表情からもしかしてタオルだけしか身に付けていないのではと錯覚を覚えました。
結局、タオルを取った聖はちゃんと水着を身に纏っていました。しかし……
「聖。そ、それは?」
「水着ですよ。と言ってもエア巻物に細工をしたものなんですが。私が着られるのが中々売ってなくって。」
一言で言えばエア巻物を胸と腰に巻きつけているだけだった。材質は何なんだアレ。
何も固定はされていない。ただ巻いてあるだけだった。
生半可な出っ張り引っ込みではすぐにずり落ちてしまうであろう。聖だからこそなせる業であった。
なにやら書かれている文字によって重要なところは隠されているのだが、基本的に地は透明なので、いろんな柔らかそうな曲線がほとんど見えている。
でかい。いや、ただでかいだけではない。張りがあり、瑞々しい。これが超人聖白蓮の真の力なのか。
椎茸や大根は生よりも一度干すことにより旨みが増すのだが、つまりそういうことだったのか。
何がとは言わない。いや、言えない。
水平線の雲山がひときわ大きくなった。
ナズーリンとぬえは衝撃を受けていた。
両手を胸に当てて足元を見ている。
「あ、足の甲にアリさんがいる。」
「私のほうにも。ねえ、ぬえ。よく足元が見えるね。あははー。」
「ねえ、ナズーリン。今日は一緒に遊ぼうよ。」
「よーし、ぬえ、向こう岸まで競争しようー」
「あははー」
とっても痛々しい棒読みで水辺へと走っていくぬえとナズーリン。
この日以来ナズーリンとぬえに共通意識が芽生え仲良くなったのは余談である。
「やっと見つけたー! わちきの傘返……せーー……」
突然、茂みから飛び出したのは小傘ちゃん。奪われた傘を追って追いかけてきていたのだ。
しかし最初の勢いは良かったものの、一気に語尾がしぼんでいった。
「あら、小傘ちゃん。いらっしゃい。せっかくだから皆で遊びましょう。」
聖が小傘ちゃんに手を差し伸べた。しかし小傘ちゃんは見る見る恐怖に顔が引きつっていく。
「う……うわーん!」
その手を振り払い、逃げ出す小傘ちゃん。
「小傘ちゃん! そっちは危険だ! 私たちと一緒に遊ぼう!」
ナズーリンとぬえが水から上がり声を掛けた。
「でもわちき水着なんて持ってきてないし……」
「私が予備を持ってきてある。よかったらそれを着て一緒に泳ごう。」
用意周到なナズーリンがそう誘った。
「私ももう一着あるよ!」
ぬえもそう言った。
二人は小傘ちゃんを慰めると言うより仲間が欲しかったのだ。
「二人の水着?……」
小傘ちゃんはナズーリンとぬえを胸元からつま先までじっと見下ろして行き、再び視線を上げていく。
最後にもう一度胸を凝視したのち、
「フッ」
「「鼻で笑われたーー!!」」
二人は泣きながら再び沖に向かって泳いで行き、姿が見えなくなった。
その後対岸に行き着いた先の木陰で涼んでいた紅魔館当主と二人とが涙ながらに語り合い、三人が心の友となったのは余談である。
そして、本当はビキニを着るはずだった一輪が、大正浪漫を着ていたのはもちろん聖のせいであったことは誰も知らない。
そう、聖ですら虜にする一輪さんボディが明るみに出なかったのは皆にとってある意味幸せだったのかもしれない。
命蓮寺では虎柄のパンツが参拝者を歓迎するかのように晴れやかな青空にたなびいていた。
一輪さん結婚してくれ!
皆暑さで頭がやられてるとしかww
あの水着姿は惜しかった…皆の水着姿がイラストで見たくなった!
水に浸かって正常に戻る事を祈ります
ああ、その場にまざりたい。
いいぞ、もっとやれ
今度は地霊殿編をお待ちしております
一輪さんもかw
よし、逝ってくる。
星さんのうっかりや、ナズやぬえの逃避行などニヤニヤさせてもらいました。
けしからんので、そこんとこ詳しく!
恐ろしい……
フリルの破壊力にやられ、また村々とお絵かきしてしまいました(^p^)
でもとっても面白かったです、はい。
やることやって……皆さん意外と元気じゃないですかwww
なるほど……キスマークですか。キスするだけが『ちゅっちゅ』じゃないと……勉強になりました!
そしてなにより一輪さんパネェw
読んでて何度も笑ってしまいました、流石です。
暑さが怖い。
面白かったです。
冒頭の聖と星との会話など話がワープしている部分がいくつかあった点が惜しいです