時として、人は命を掛けねばならないときがある。
博麗霊夢(はくれいれいむ)の胸のうちに秘められた思いが、いったいどういうものなのか、上白沢慧音(かみしらさわけいね)にはまったく分からない。
だが、今こうして彼女が動き、進む姿に何の迷いも、嫌悪も、熱意もないことだけははっきりとわかった。
ことの始まりは人間の里に届いた一通の手紙だった。
差出人は伊吹萃香(いぶきすいか)。今、この幻想郷に唯の一つ在り、姿を隠すことも、見栄を張ることもなく存在する、並み居る妖怪を超える妖怪、「鬼」である萃香から、挑戦状が送られてきたのだ。
その内容はあまりにおぞましく、あまりに凄惨で、あまりに絶望的なものだった。
「その手紙には、鬼ごっこを行う、と書かれていた……。」
慧音が博麗神社を訪ねたとき、巫女である霊夢は縁側で一人お茶を啜っていた。お気に入りの茶葉はとうに生産中止となったが、それでも霊夢のお茶好きが変化することはない。
傍目に見て、幾分幸せそうな雰囲気すら感じ取れる霊夢の姿を目にした慧音は、自らを省みて、そして自らの持ち合わせる愚かな案件を思い起こして、戸惑った。
果たしてこんなことを頼んでいいものか、と。
よく考えればずうずうしい話である。
日ごろ里の人間が霊夢に対してどういう評価を下しているのか、それを考えてしまうと心が重くなっている。
霊夢の持つ異変解決の功績が里の大部分に伝わっているか、といえば否定せざるを得ない部分がある。
慧音は妖怪神社、妖怪巫女とまで揶揄されている博麗の巫女の現状を打開しようと、時には寺子屋を借り切って講習会を開くもその効果が芳しいものではなく、それどころかそんな押し付けがましいことを繰り返すことによってかえって、霊夢の評価を引き下げてしまったのではないか、と苦悩する事だってあった。
ある意味では霊夢の自業自得の部分もあるのだが、だとしても一方的、かつ理不尽な理由で霊夢と言う存在が貶められていることに変わりない。
そんな里に、里の人間に、危機が迫っている、と一体どの口から言えるのか。
引き返そうとした慧音が、結局霊夢を頼ってしまったのは、慧音の姿を偶然見つけた霊夢に声を掛けられてしまったことに他ならならず、その霊夢に頼らざるを得ない現実を覆すことができなかった自身の不甲斐無さに他ならなかった。
「……それは、どういうこと?」
霊夢に萃香からの挑戦について話すと、彼女は意外なほど落ち着いて詳細を訪ねたのだった。
「……今日、午後15時から30分の間を期間として、里に住む、佐藤姓を持つ人間を……。」
「……。」
「佐藤姓を持つ人間を、……タッチする、と。」
慧音はうつむいたまま、ただ淡々と話を進めようとしている。だが、あまりに思いつめた彼女にとってそれは容易ではなく、言葉一つ一つが詰まりながら外へと出てきた。
口にすることでそれらが現実であることを再認識せざるを得ず、それが慧音にとってなによりも苦しいことだった。
霊夢は無言で、それでも湯飲みを掴む指先が白くなる程度には感情を込めて、話を聞いていた。
「……佐藤さんは、どれだけいるの?」
霊夢から尋ねるのは、次の言葉を出すことに恐れを抱いている慧音を霊夢なりに気遣っているのだろうか。
「一人だけ……。佐藤権造(さとうごんぞう)さん、というご老人がいる……。三年前に奥さんに先立たれていて、娘さんが一人いるが、別の家に嫁いでいて、今は姓が違う……。」
「……そう。」
霊夢は静かに答えた。
「……命は、なによりも重い。それは誰だってわかっている。……でも、それでも、60年以上も長生きした老人と、その他、里の住民を秤にかけたらどちらに傾くか……、子供でも分かる。」
「……。」
「里は、一切関わらない、と、そういう方針になった……。」
「……あんたはそれが気に入らなかったんでしょ?」
「……。」
里を守るためになら、時には命を賭ける。そう誓ってからもうどれぐらい経ったか。今、我が身かわいさに一人の老人を見捨ててしまうことは慧音にとって何よりも耐え難かった。
「……、相手がそこらの妖怪なら、まだ、なんとかなった。ある程度、上級であってもこの身を犠牲にしてでも里を守る覚悟はある。……だが、相手は、鬼だ。……例え私が捨て身で挑んでも、何秒時間が稼げるか、その程度の力しか、私には備わっていない……。」
慧音の言葉が嘘偽りのない事実だということは、彼女の目を見れば分かることであり、彼女の声を聞けば理解できることである。
だからこそ……。
「……行きましょう。案内して。」
霊夢は立ち上がった。
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佐藤氏の家は里の中心から幾分離れたところにある。霊夢は佐藤氏とは面識がなかったが、慧音によると今回の件で少し偏屈になっているらしい。
「お邪魔します。」
古びた一軒屋にたどり着いた二人は固く閉ざされていた戸を開けた。そこには里のどの家とも何も変わらない人間の生活空間が存在していて、座敷には一人老人が胡坐をかいている。あれが佐藤氏だろう。
「……何しに来おった。」
「何って、助けに来たんですよ。」
慧音は無愛想な佐藤氏に声をかけた。
「……余計なお世話じゃ。早々に立ち去るがいい。こんなところにいても何の特にもならんぞ。」
「得とかじゃなくて……。」
「やかましい。」
慧音と佐藤氏のやり取りは絵に描いたような流れとなった。
かつては猟師として森や山を駆け回り、時には妖怪と一悶着あった老人にとって、自分が標的となることはもとより、自分のために誰かが犠牲になることが耐えられないのかもしれない。
そして、その石のように固まりながら、決して絶望に染まりきっていない姿からは、自分が犠牲になることで平穏が保たれるなら、という覚悟を決めたような印象も垣間見えた。
「あんたは……、博麗の巫女か。さっさと帰れ。」
老人の強い拒絶の口調は霊夢にも向けられた。
だが、霊夢はそんな言葉に一切耳を傾けず、招かれてもいないのに勝手に家の中に上がった。ここには始めて訪れたというのに、座敷に座り込む霊夢の姿が家の中のあらゆるものと違和感なく一致している。
流石の佐藤氏も少しの間あっけに取られていた。
「おい、人の話を聴け。」
「聞いてるわ。」
口で言っていることと、行動がまったく噛み合っていない霊夢と、そんな霊夢に頭を抱えた様子の佐藤氏の対比が滑稽に見える。
佐藤氏は出すべき言葉を見失ったようであり、霊夢は元から何かを語る気はないようで、しばらくの間、二人の間には沈黙が訪れ、慧音も掛けるべき言葉を探し出せず、その間をただじっと見つめることしかできなかった。
日差しが西側から差し込んでくる中、佐藤氏は自分の家にもかかわらず、ずいぶんと居心地が悪そうにしている。
超然としている霊夢をかなり気にしているのだろう。
そんな光景を前にしても、まだ慧音には両者に掛けるべき言葉が見当たらなかった。
「……聞いてくれ。……わしは、……どう見ても老いぼれじゃ。」
沈黙に打ち負けたのは佐藤氏の方だった。
先ほどまでの姿勢が削がれた老人特有の声調が、まるで懇願するかのような語調と共にその場にいた者の鼓膜を揺らした。
「……わしは若い頃からいろいろな無茶をした。しかられる程度で済むことから文字通り命の危険が伴うことまでいろんなことを、な。……だから、わしにはわかっとるんじゃ。命というものがどういうものなのか。娘が生まれたときも、ばあさんが逝っちまったときも。……わしは命に、散々関わってきた。そんなわしが誰かの犠牲でこの先、生き残ること、それが忍びないんじゃよ。お前さんはまだまだ若い。……こんな老いぼれのために命を賭けるような馬鹿な真似しちゃ、それこそ無駄死にじゃないか。人生は一度きりじゃ。もっと自分を大切にするんじゃ。わしなんて……。」
佐藤氏の言葉の裏には、命と様々な形で接し続けてきたことによって重なっていった重々しい年輪がある。
今までは目にする形で、あるいは紙一重で回避しながら、常に対極から見続けていた命というものを、差し迫る危機を被った今こそ、主体として見届ける必要がある、という胸のうちが痛いほど伝わってきた。
自らに危機が差し迫っていると言うのに、それそのものに対して一切泣き言を口にせず、誰かに頼ろうともせず、ただ座って身構える佐藤氏の姿から、彼が相当な人格者であることがはっきりと分かった。
だからこそ余計に、慧音は佐藤氏を救いたかったのかもしれない。
「私の使命、博麗の巫女の使命は、妖怪退治。」
それに対して、霊夢はただ静かに答える。
霊夢は佐藤氏の3分の1の人生も生きてはいない。だが、それでも多くの命を少女として、巫女として見てきていた。
それが、佐藤氏の言葉を前にしても巫女として毅然としていられる理由だった。
傍から見れば薄いのかもしれない、弱いのかもしれない。
それでも、それは霊夢の中では自らの命すら傾けられるほどの意志として形と身を持っていた。
「そんなものは……。」
「……これは、私だけじゃない。姉さまやその前だけじゃなく、長い間、あなたの人生も長い間、ずっと続いている博麗の巫女の伝統であり、使命。……譲れないわ、これだけは。」
霊夢の背負っているものは、決して軽くはない。
まともに仕事をしていない、と言われようが、妖怪に取り付かれた、と囁かれようが、霊夢にとっての使命とは「妖怪退治」だった。
霊夢がここに来た理由とは、その使命を果たし続けるためであった。
「……。」
「私は使命のために戦うわ。例えそれが命を賭ける戦いであっても。……私は一歩も引かない。それが、博麗の巫女よ。」
「……勝手にしろ。」
この戦いは佐藤氏の負けだった。
慧音は気づいていた。霊夢の表情にそれまでとは違い、力が入っていることに。
霊夢の思いが先ほどの佐藤氏の言葉以上にこの場にいる者へと伝わっていたのである。
そして、博麗霊夢という少女が「本物の博麗の巫女」であるということを、二人は理解し確信したのだった。
「鬼であろうと、妖怪は退治する。ついでにあなたへのタッチも防ぐ。話はそれだけよ。」
「……霊夢。」
もう引き返せないところまで来てしまったと言え、慧音はいまだ心のどこかでは霊夢を巻き込んだことを悔やんでいた。
それが、これだけの思いと決意に裏打ちされた、霊夢自身の言葉を聞けば聞くほど後悔は大きくなっていった。
里には買出し等でそこそこ顔を見せる霊夢だが、慧音自身が今回の話を伝えにいかなければ、少なくとも何も知らずに今まで通り妖怪退治や神社の手入れに精を出していただろう。その平穏とも言うべき日常を壊してしまったのが、慧音にとってなによりも申し訳なく思っていたのだ。
この戦いは宣言符決闘(スペルカード)ではない。採用されるルールはより危険度の高いものであり、そもそも佐藤氏と萃香以外の者は第三者的な扱いとなってしまう。「巻き添えを食った」なんていうことも十二分に成り立ってしまうのだ。
霊夢はそれを理解した上で、なお戦おうとしている。もはや誰にも止めることはできず、そもそも霊夢をこの場に招きいれてしまった慧音にはその権利すらない。
だからこそ、慧音は誓うのだ。いざというときは、この身を……。
「邪魔するぜ。」
重々しくなった空気の中、三人とはまた違う声が聞こえてきた。
「あなたは……。」
慧音は驚いた表情と声で迎える。
「……。」
霊夢は先ほどと何も変わらない、ひどく落ち着いた、それでいて引き締まった無表情で、やってきた男の方を向く。
「霧雨か!?……お前、何しに来やがった!?」
佐藤氏は声を張り上げながら、霧雨を凝視した。
「何、じゃねぇよ。死に掛けの爺さんを一人にできるか。……っと、誰かと思えば、慧音さんに、霊夢か。」
そう言うと、男は険しい表情になって、あたりを見回した。仇でも探しているかのような鋭い視線があちこちに突き刺さっていく。
「……魔理沙なら、いないぞ。」
霧雨魔理沙(きりさめまりさ)と言えば、魔法の森に一人で住んでいる魔法使いだが、時には霊夢を真似して妖怪退治の真似事に手を出しており、よく霊夢の元を訪れたりもしている。
その霊夢がこの場にいて、その理由もおそらく鬼の件だとすれば、魔理沙がいてもおかしい話ではない、と霧雨は考えたようだ。
絶縁状態の娘とは、あまり顔を合わせる気がないらしい。
「なんだ。お前、まだ娘と喧嘩しとるのか。」
「喧嘩じゃねぇ!!勘当だ、あいつは娘じゃない!」
「……お前さんは相変わらずじゃな。」
佐藤氏は何か諦めたような語調で、それに対して霧雨は不快感を露にしながら、それぞれ言葉をぶつけ合った。
「霧雨、一体どうしてここに?」
「言っただろう。里の連中は腑抜けばかりだから、俺がわざわざきてやったんだ。」
「無茶だ。今すぐ帰るんだ。」
「お断りだ。帰ってほしいなら力ずくでやってみな。」
霧雨は慧音の強い口調をまったくと言っていいほど、意に返さない。
今では、霧雨道具店の店主として収まっているが、昔は槍やら銃を抱えて妖怪相手に大立ち回りするほどの男であり、付いた渾名が「里の鉄砲玉」。
そんな霧雨がこの一大事において、しばらくの間、ずいぶんと大人しかったことに若干、疑問を抱きつつも特に気に掛けてはいなかった慧音だったが、どうやら霧雨は最初からこう動くつもりだったらしい。
この男は一度決めたことは何があっても貫き通すまったく融通の利かない性格であり、今この場で追い返そうにも追い返せない。仮に追い返せたとしても、投げられた獲物を咥えた犬の如く戻ってくるだろう。
「何を考えてとるんじゃ、お前は。さっさと帰れ!!」
佐藤氏の強い口調が霧雨に飛んでいくものの、当の霧雨はそんなことは折込済みのようで、話を無視して霊夢同様家に上がった。
「心配すんな。こんなこともあろうかと、この前、霖之助さんに頼んで猟銃一丁改修、強化したところだ。少しは足しになるぜ。」
「お前は、馬鹿か!!……まあ、昔からじゃが。」
「うるせぇ。とにかく俺も参戦だ。文句があるやつは掛かって来い。」
もはやこの男を止められるものはどこにもいなかった。
「危なくなったときはすぐに逃げてください。私には命の保障ができないわ。」
上がりこんできた霧雨に対して、霊夢は言葉を掛ける。慧音や佐藤氏とは違い、この戦いの参戦そのものには特に反対していないようだ。
だが、それでも釘を刺すことだけは忘れなかった。
「……そのつもりだ。だからみんな心配するな。」
霧雨を良く知る三人にとって、この言葉が天邪鬼の言葉よりも信憑性が薄いことは明白だった。
本人が何をどう言おうとも、この男は魔理沙の父親なのである。
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約束の時間まで残り数分。
霊夢、慧音、霧雨の三人は表に出て相手を待っていた。もちろん、裏から騙し打ちされる可能性もあったが、相手はそういった策略よりは正面突破を好む鬼である。
おそらく現れるときは正々堂々、目の前に律儀に現れるだろう。
「……二人とも、いまならまだ間に合うぞ。」
慧音は問う。先ほどまでとは違い、場の空気は一段と鋭くなっていた。今なら無事この場を離れることができ、そのチャンスはこれが最後である。
「言ったはずよ。使命を果たすだけ、だと。」
「俺を誰だと思ってる。」
二人は決して、逃げようとはしない。当然、慧音もこのまま相手を迎える気だ。
「で、どうする?」
相手は、手紙によれば萃香一体。だが、この場にいる三人が束になっても叶うかどうか定かではない。
かつての幻想郷にならば鬼との戦い方についてそれなりの知識があったが、今ではとうに失われている。少なくとも、自身の蔵書や稗田家の書物を食い入るほどに目を通した慧音が言うのだから間違いはない。
だからこそ、いくら相手が正々堂々としていても、こちら側はある程度戦術、といってもお互いの役割分担程度だが、それを練っておく必要があるのだ。
今回のルールは、数年前の異変で採用された変則的な宣言符決闘を元に、さらに肉弾戦よりとなったものであり、小手先の手段はほぼ通用しないだろう。霊夢や霧雨、慧音は今までの戦い以上に慎重にならざるを得なかった。
「私が前に出るから、二人は佐藤さんをお願い。」
「しかし、霊夢……。」
前面に出ればそれだけ危険も増える。この期に及んでもやはり霊夢の身を案じてしまう慧音だった。
「後ろは頼んだわよ。」
だが、霊夢は慧音の方を一切見ることなく、宣言する。そんな姿勢を前にすれば慧音もいよいよ口出しできなくなっていた。
「……任せろ。」
霧雨は一人、力強く答えた。
来た。
「おやおや、どこかで見たことのある紅白だと思ったら霊夢じゃないか。」
白々しく声を掛けるのは、今回の敵、四天王の一人にして、密と疎を操る百鬼夜行、伊吹萃香。
ついに役者は揃った。
「……一応言っとくよ。悪いが今回はお前達にとって何の関係もない闘いだ。怪我をしないうちにどっかに行くんだな。」
「……最初から私達が出てくること、期待してたくせに。」
白々しい萃香に対して霊夢はきつく言葉を投げかける。
その言葉を聞いた萃香の表情は愉悦に満ちたものへと崩れていった。
「まさか、半獣や人間が紛れ込んでるとは思わなかったけど。でも、まあいいか。」
萃香は身構えもせず答えた。霊夢たちにとっては決死の戦闘であっても、萃香にしてみれば軽い遊戯程度でしかない。その互いの温度差がなんとも奇妙な空気を作り出していた。
「さて、そろそろ時間だ。……始めようか。」
短い言葉の掛け合いは終わり、「戦い/闘い」は、今始まった。
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おおよそ、20分以上は確実に経過しただろうか。
萃香の力が凄まじいことは誰もが始めから分かりきっていたことだが、それでもいざ衝突することで改めて、その脅威さが浮き彫りとなった。
そう長くない戦いの中で、霊夢側と萃香とのパワーバランスは広がっていった。それも霊夢たちとは反対の方向へと。
霊夢を庇い、萃香の一撃を受けた霧雨はそのまま気を失い、慧音は大打撃を受けたとはいえ、無理をすれば未だ戦える状態だったが万が一の場合に備え、なにより霊夢から懇願され、佐藤氏の直援に回り、狭義の意味で戦闘を継続しているのは霊夢ただ一人となった。
そんな状況になっても決して萃香の手は止むことなく、それに応えるかのように霊夢の意識も途切れることはない。
期限が迫る中、互いの力はどんどん増していく。まさに最終局面であった。
「……流石、霊夢だ。でも、かなり厳しいんじゃないかい?」
「……それが、どうしたの。」
事実、霊夢は大きく消耗している。普段の戦いとは比べ物にならないほど、傷つき、それだけではなく体力の消耗も激しい。おそらく、数値に換算して星九つ分のダメージは受けているだろう。
「私は、佐藤さんをタッチする。」
「……それは、私を完全に倒してから言いなさい。」
「もうすぐだよ。」
「……残念だけど、まだしばらく掛かるわ。」
だと言うのに霊夢からは少しも力が抜けていかない。それだけ彼女の背負う使命と決意が固いのだ。
一打受ければ受けるほど、一打放てば放つほど、霊夢の気迫は大きくなり、激しい戦いの中で折れそうな身体と心に鋭く鞭打っていく。
その痛みが、霊夢の心を倒れないように支え、倒れたときにはしっかりと手を貸し立ち上がらせるのだ。
「……仕方がない。闘うのは楽しいけど、負けるために来たわけじゃないからね!!」
この戦いには時間制限がある。
萃香は自らの両足に力を入れると、そのまま大きく飛び上がった。
そのまま急降下と同時に霊夢に特大の一撃を浴びせる気だろう。
おそらくそれが決まれば霊夢に、これ以上の戦闘が不可能なほどの決定打が与えられる。
止めの一撃と言うわけだ。
一方の霊夢はそんな萃香の真正面へと飛び込んでいく。
萃香が一撃を打つ前に渾身の一撃を与えれば、それがこの戦いに大きく影響する打撃となるであろう。
起死回生の一撃と言うわけだ。
両者の動きに気づいた慧音は、霊夢の盾となるべく飛び上がろうとするが、二人にはまったく追いつけない。
霊夢と萃香は戦いの中で、それだけの高みにたどり着いていたのである。
そんな二人を目の当たりにして、慧音はただ霊夢に向かって叫ぶことしかできなかった。
ただ霊夢の名を叫び、その中に今慧音の内側に宿るすべての感情を込めたのである。
降下する萃香と上昇する霊夢。
萃香の方が速い。
霊夢は間に合わない。
だが。
乾いた破裂音と共に、萃香の顔に向かって一筋の点が飛び込んでいく。
それは慧音の絶叫を引き金にして、ようやく意識を取り戻した霧雨が打ち込んだ鋼鉄製の一撃だった。
いくら、一打を放つ直前であったとしてもそんなものが通用するほど萃香は甘くない。とっさに腕を振るうと、あれほどまで勢いを持った弾丸が、力、速度はそのまま、別方向へと弾かれた。
「無駄だよ!」
萃香はそう吐き捨てたが、他愛もない一撃に意識を持っていかれたその僅かな隙こそが萃香自身の命取りとなったのである。
「そこぉォォぉーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ッ!?」
甲高い霊夢の声と、声にならない萃香の声が響く。
そして、霊夢の一撃が萃香を打つ鈍い音のみが、その瞬間、世界を支配した。
霊夢は勝ったのである。
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「霊夢!!大丈夫か!?」
駆け寄る慧音に対して、傷だらけではあったが戦いが始まる前と相違ない顔を向ける霊夢。
だが、そこには僅かに勝ち誇ったかのような笑みが作られていた。
「……終わったな。」
地面に腰をつけながら霧雨は呟く。
「お、おい、お前ら、無事か!?」
戦いが終わったことに気づいた佐藤氏も外へと飛び出してきた。同時にあまりの光景に思わず顔をしかめた。
それだけ白熱した戦いだったのである。
「……やれやれ、私の負けだね。」
地面に大の字になりながらその場にいる全員に聞こえるように、自らの負けを認める萃香。
鬼だけあって引き際も潔かった。
霊夢による起死回生の一撃を受けた、とはいっても萃香は鬼である。気丈にも立ち上がると、そのまま佐藤氏の方へと歩いていった。
「な、なんじゃ!?」
思わず身構える佐藤氏の前で萃香が差し出したのは自らの右手だった。少し土で汚れていたが、それ以外は特に大きな傷は見受けられない綺麗な手のひらがそこにあった。
「握手だよ。勝者を称えるための。」
「……それは、わしじゃない。……こいつらじゃ。」
佐藤氏が指差したのは、激戦を繰り広げその疲労と勝利に身をゆだねる霊夢達だった。三人が三人、特に霊夢は傷を負いつつも、やりきったような達成感に溢れる表情をしている。
「分かってるさ。でもあんたも勝者だよ。」
そう言うと萃香は半ば強引に佐藤氏の手をとった。
「……まさかこんなに強いとはね。」
萃香もまた達成感に満ち溢れている。彼女にとって久しぶりに実りのある闘いとなったようだ。
「……大丈夫か?霊夢。」
萃香は霊夢に声を掛けた。だが、先ほど慧音に声をかけられたときと同様、少しもよろめいたり、倒れこむようなそぶりを見せてはいない。
見たところ、傷は多いもののそのどれもが比較的浅くまとまっていた。
萃香による手加減なのか、霊夢の底力なのか、それとも両方か。
少なくとも大事に至らなかったことが慧音にとっては何よりも喜ばしいことであり、それは霧雨にとっても同じであった。
「……生きてるわ。……巫女だから。」
その日の晩、博麗神社では恒例となる宴会が催されていたが、いつもはその準備、後片付けと担当するはずの霊夢が包帯を身体のあちこちに巻きながらも、のんびりとしていて、代わりに珍しく萃香が動き回っていた。
普段、力強く胡坐をかいている萃香の、貴重な姿はそこにいた誰もの酒の肴となっていた。
それ以外にも、鬼と人間の決闘の話や互いに酒の回ったどこぞの魔法使いとどこぞの道具屋の大口喧嘩など、いつにも増して宴は騒がしく、華やかなものとなったようである。
はじめ、ギャグとして書いているのかシリアスとして書いているのか判別がつかず戸惑いましたが、
この作品は上質なギャグだと思いました。
ありとあらゆる違和感を無視して突っ走る感じが逆に心地よかったです。
違和感を無視?んなもん作品とは呼べません。
確かにこの作品は私にも良く解らないです。
何なのか理解出来なかった。
ですがこの作品を読んで面白かったと思う人の言葉に対してその発言は良くないと思います。
そんなの作品じゃないと思うのも理解できますが読んだ人への否定はしない方が良いです。
ここで会話するのは良く無いのは解ってますがそこだけはお願いします。
緊迫した流れの中のこのセリフにクスリときた。
作者さんの意図とは違うかもしれませんが、私はここにタグの意味を見出しました。
舞台設定は面白かったが、例えば嫁いだ一人娘だとか、そういう存在を引っ張り出しても盛り上がったはず。
面白かった。
いいはなしだった……のか?
という感想が真っ先に浮かんでくるSSでした。
あれですか、シリアルってやつなんですか。
最初から最後まで
はるかにできた文章だと思う。
古き良き田舎のおっちゃん
(田舎の人間=善良という公式ほど胡散臭いものは無いし、古き良き時代が本当に良かったのか甚だ疑わしいと思っているけど)
人間のあるべき姿はこれだ!
みたいなことを高みから書こうとして、説教臭い誰得な理想の塊が産み落とされる。
説教は棺桶に首まで漬かってる老人がするから有難いんだよ!
学生や社会人ルーキーの書き散らす説教なんて有難さの欠片もねぇ!
という視点に欠けているのではないでしょうかと懸念の意を表明する所存です。