僕はひとつ、疲れと共にため息を吐いた。
邪気退散とばかりになればいいのだが、ため息にそんな効果はなく、ただ寿命が縮むのみだ。
極最近、紅魔館へ届け物をした。
その際にあるゲームに巻き込まれてしまった。
それ自体は僕も楽しんだし、問題はない。
問題なのは、そこでどうやら、僕は悪魔の妹に気に入られたらしいという事だ。
彼女の自宅謹慎は解かれているそうなので、稀に香霖堂に来ては僕の肩の上を陣取る。
なぜか肩車がお気に入りらしい。
まぁ、膝の上より自由がきいて良いのだが……いかんせんこの異様な店員の姿にお客さんは驚いてしまう。
いや、嘘は良くないな。
今日も客は、一人も来ていない。
それはそれで大問題なのだが、今は肩の上の悪魔をどうにかしたい気分だ。
否、悪魔というより鬼だったか。
吸血鬼、というぐらいなのだがら鬼なのだろう。
『柊の葉を門口にさせば鬼は来ぬ』ということわざに則り、店の入り口に柊でも飾ってみようか。
まぁ、フランドールの事だ。
きっと破壊してくるに違いない。
概念ではなく、物理的に。
店の扉が破壊されるのであれば、大人しく肩の上を牛耳られている方がマシだ。
このまま僕の肩が撫で肩になってしまわない限りわね。
「それにしても……鬼か」
鬼。
鬼ねぇ。
僕が知っている鬼は吸血鬼姉妹と、伊吹萃香、そして星熊勇儀。
西洋の鬼であるスカーレット姉妹は置いておいて、萃香と勇儀は四天王を名乗っている。
四天王とは、もともと四柱の神様を指す言葉だ。
持国天、増長天、広目天、多聞天の四柱で、それぞれの方角を守護していたと謂われている。
それに習って、四強を四天王と言い始めたのだ。
鬼が神の風習を真似るとは、なかなか味があって良い。
だが、四天王という割りには彼女達は二人しかいない。
恐らく、まだ旧地獄に引っ込んでいるのだろう。
その四天王の一人である伊吹萃香……彼女はどう考えてもあの伊吹童子の血縁だろう。
伝承によれば、伊吹童子の成れの果てが酒呑童子である。
酒呑童子は少年の姿であり、神通力を持った不老不死の怪物と謂われている。
怪物。
そう、『鬼』とは表現されていないのだ。
過去、この国では妖怪を総称して『鬼』と呼んでいた。
『鬼』と書いて『モノ』と読む。
いつかし、鬼は鬼と成り得たのだが、彼の時代、それが故に酒呑童子は鬼ではない。
ただのバケモノだ。
そして、そのバケモノを退治したのが源頼光と、頼光四天王と呼ばれる者達である。
奇しくも、また四天王。
やはり鬼と四天王には何らかの縁があるのかもしれない。
「そして、酒呑童子には子供がいたという話がある……」
僕こと森近霖之助は顎元に手をやり、ふむ、と考えた。
酒呑童子は幾人もの女をさらっており、召使としていたそうである。
そのうちの一人が鬼の子を孕んでいてもおかしくはない。
もしかすると、それが伊吹萃香なのかもしれない。
まぁ、鬼童丸という例があるのだ。
他に娘がいても何ら不思議ではない。
「……はぁ、だいぶ思考がそれてしまったな。それに女性の過去を詮索するとは少しばかり罪が重い」
萃香本人に聞かれたら、今頃は僕の頭が無くなっているかもしれない。
ただでさえ人をさらっていない異常な状態なのだ。
萃香がいつ本性を現すか、気付いてからでは遅い。
「君子危うきに近寄らず、だ。平安の世でもあるまいし、わざわざ鬼退治をする必要はない」
僕は一人納得した様にうんうんと頷いた。
平安、平安ね……
もしかしたら、かぐや姫なら当時の鬼と出会っていたかもしれないな。
僕は窓から空を見上げる。
今日は満月の様で、ぽっかりと夜空を月が切り抜いていた、
こんな日は彼女のお酌で酒が呑みたいものだ。
なんて思ってしまう自分が、薄ら怖いのだが……口の中はもうお酒味。
大人しくいつもの屋台へと向かう事にしよう。
~☆~
夜は暗い。
そんな当たり前を覆すのが、月夜だ。
月夜は明るい。
なにせ、影だ出来るくらいなのだ。
さすがに眩しくて、目を覆うという事はないが、月にあるという『月の都』は眩しい光で溢れているのではないか、と僕は想像する。
夜でも尚輝ける技術。
きっと、火ではなく、何か神秘的な技術に違いない。
なにせ幻想郷にまで届く位の光なんだから。
そして、月夜では妖怪や幽霊を目撃する事が少ない。
それは月の魔力が関係して満月には妖怪が活動しなくなるのか。
はたまた、明るいので見間違いがなくなっているからなのか。
半人半妖である僕には判断がつかない。
僕も見間違いをした事はある。
疲れている時なんか、部屋の壁から子供の手が生えていたのを幻視した事もあった。
そういう妖怪もいるのだが、運がいいのか悪いのか、それは僕の見間違い。
見間違いというより幻覚だけどね。
だから、月夜には妖怪が少ないのかもしれない。
「うわ~、助けてくれ~!」
っていう声も、今夜は聞くことは無いだろぅ……ん?
「誰か~!」
どうやら、運が悪い人間がいるらしい。
よくよく目をこらすと、バタバタと何かが地面で暴れているのが見える。
僕が慌てて駆け寄ると、果たしてそれは、人間の里の青年だった。
なにやらバタバタと暴れながら地面を転がっている。
僕は更に目をこらして見ると、果たして彼の背中にしがみついていたのは、宵闇の妖怪ルーミアだった。
どうやら青年に襲い掛かっているらしく、今にも頭に被りつこうとしているルーミアの額を僕は抑える。
「待った」
「む、食べたらダメな人間だったか?」
「あぁ、残念ながら里の人間だ。ほら、放してやるといい」
ルーミアは大人しく青年を解放してくれた。
子泣き爺みたいにしがみ付いてただけなんだけどね。
背中から重みがなくなったと感じた青年は悲鳴をあげながら一目散に逃げていった。
「まったく。お礼の一つも言って欲しい位だなって……何も見えん」
気付いたら僕の視界は遮られ、何も見えなかった。
ルーミアの闇か。
まったく、月明かりくらい我慢して欲しい。
「お腹すいた。霖之助は食べてもいい人間?」
「僕を僕と知っておきながら質問するとは、どういう了見だい?」
返事はなく、いきなり背中に重みがきて、あやうく引っ繰り返りそうになる。
「仕方ない。人間じゃなくて悪いが、ミスティアの屋台で奢ってあげるよ」
「ほんと?」
「あぁ、その代わりこの闇を何とかしてくれないかい?」
「えぇ~、眩しいよ」
「我慢は出来ないのかい?」
「出来るよ?」
……出来るのか。
およそ吸血鬼における太陽みたいな弱点だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
ただ光がまぶしい、そういう種族なのだろうか。
種族?
そういえば、ルーミアとは何物なんだろうか。
妖怪であるのは確からしいが……
「おっとっと」
突然に視界が開ける。
ルーミアが闇を解放したらしい。
なるほど、あんな暗闇に常にいたら、確かに月明かりは眩しいな。
それでもやっぱり目で覆う程でもない。
「で、降りてくれないのかい?」
「お腹がすいたから、一歩も歩きたくないし、飛びたくもない」
肩車の次は、おんぶか。
どうやら、僕の身体に聖域はないらしい。
不可侵条約でも結びたい位だ。
「分かった。君をおぶっていこう。その代わり、あんまりガツガツと食べないでくれよ」
「大丈夫、私って意外と小食だから」
そうなのか?
さっき人間を丸ごと一人食べようとしていたくせに。
「嘘つきは泥棒の始まりと言うが?」
「ふ~ん。でも、嘘は少女のたしなみだよ?」
はぁ。
それを論破するのは容易いが、あとでお姫様に論破されそうなのでやめておこう。
僕はルーミアをおんぶしたまま、明るい夜道をトボトボと歩き始めた。
~☆~
いつもの竹林沿いの、いつもの道。
遠くに見える赤い光に、僕は視線を地面から上げた。
「あいた」
急に頭をあげたので、ルーミアの額に後頭部がぶつかってしまった。
おんぶをしていると前傾姿勢になる。
そのせいで、顔を下げてしまっていたのだが、悪い事をしたな。
「すまない。大丈夫かい?」
「痛かったよ」
どうやらルーミアは怒っていないらしい。
彼女の笑み混じりの声で僕はそう判断した。
と、ここでようやく、いつもの店主の歌声が聞こえてきた。
「じゅげいむじゅげいむごこ~のすりきれ♪ サミーデイビス~、ブロイラ~ちっき~ん♪」
今日のは得に変な歌だ。
着物にミニスカートな魔法少女が変身しそうな歌詞である。
一度、ミスティアに作詞の仕方を聞いてみたいものだ。
きっと、とんでもない思考回路に違いない。
「ほら、おくう、食べなさい。今日はあなたのおごりですよ。ほれほれ」
「さとり様、やめ、ちょ、それネギ。カモネギ。苦い、苦いよ、苦いっつってるだろさっちゃん!」
どうやら先客がいるらしい。
見ると、地霊殿の主、古明地さとりが霊烏路空の首にネギを巻いていた。
どういう状況かサッパリ分からないが、二人の顔を見るに相当酔っ払っているらしい。
流石にこのテンションの中に入っていく勇気は僕にはないので、大人しく屋台隣の長机に座る事にした。
僕が腰を降ろすと、ルーミアは背中から下りて大人しく隣に座った。
「いらっしゃ……あら、ルーミアもいたの? 見えなかったわ」
こちらの長机担当のアルバイト店員である蓬莱山輝夜が付け出しのきゅうりの漬物を持ってきてくれた。
どうやら、僕の背中にいたルーミアに気付いてなかった様なので、もう一度屋台に引っ込んで、ルーミアの分の漬物も持ってきてくれた。
「改めて、いらっしゃい。香霖堂とルーミア」
「あぁ、こんばんは。輝夜」
「お腹すいた~」
挨拶もそこそこ、ルーミアはきゅうりの漬物をいきなり全部食べてしまった。
「あらら、そんなにお腹すいてるの?」
「霖之助に邪魔されたんだよ。せっかく美味しそうな人間がいたのに」
ルーミアが僕を指差す。
まったく、失礼な妖怪だ。
「あら、乙女の食事を覗き見るなんて、趣味が悪いわね香霖堂」
「はぁ……僕は悪くないと思うんだが……君は人間の味方じゃないのかい?」
「人間か妖怪かの前に、私は女の味方よ」
「じゃ、僕は敵な訳かい?」
「あら、そんなに自分を卑下してはいけないわ。香霖堂は敵じゃなくって、私の所有物なんだから」
「……そいつは重畳」
はぁ。
相変わらずのお姫様だ。
僕は物扱いらしい。
酷い話だ。
「じゃ、何呑む? 何食べる? 残念ながら人間の血も肉もないけれど」
「僕はいつも通り筍ご飯と竹酒を頼む」
「はい、よろこんで♪ ルーミアは?」
「豚の生姜焼き~」
「ぜ、絶妙な注文ね。分かったわ……飲み物は?」
「う~んと、ビールでいいや」
「はい、よろこんで。ちょっと待っててね~」
そういって輝夜は屋台へ準備に取り掛かった。
それにしても……
「なぜ豚の生姜焼き?」
「知らないの霖之助?」
何がだ?
「人間と豚って似てるんだよ」
「そ、そうなのか。残念ながら僕は人間を食べた事がないので知らなかったよ」
「ふ~ん、ダメな妖怪だね、霖之助」
「そう、ダメな妖怪なのよ香霖堂は」
と、輝夜が戻って来た。
ルーミアへ豚の生姜焼きを出してやっている。
相変わらず早いな、というか恐ろしいスピードで料理を完成させるものだ。
本当に火が通っているのだろうか?
他人事ながら少し心配になってしまう。
と、僕の視線に気付いたのか、ルーミアがあっかんべをした。
「べ~。霖之助にはあげないんだから」
どうやら、僕が物欲しそうに見てると勘違いしたらしい。
というか僕の奢りなんだから、少しくらい貰う権利が僕にはあるはずなんだが。
「あら、また覗き見? 妙な性癖になったものね」
輝夜が筍ご飯と竹酒をもってきてくれた。
おまけに小言も。
「僕はノーマルだといつも言ってるじゃないか。そんな特殊な性癖じゃない」
「あら、そうなの? じゃ、どんな事に興奮するのかしら?」
「あぁそれなら……普通だよ普通。きわめてノーマルさ」
「それを聞いてるのよ」
ぺしんと額を叩かれた。
お客さんに手をあげるとは、店員の風上にも置けない所業だ。
まぁ、輝夜はアルバイト。
仕方ないといえば仕方ない。
「減点1ね。はい」
と、輝夜はグラスを差し出す。
しょうがない、とばかりに僕は竹の筒に入ったお酒を輝夜のグラスに注いでやる。
お返しに、輝夜も僕のグラスに注いでくれた。
本当は反対なんだけどな~。
「さて、何に乾杯するの?」
「ぷはぁ~」
何とも幸せそうな良いため息に隣を見ると、ルーミアがすでに白いヒゲを作っていた。
「……幻想郷では常識に囚われてはいけないわね」
「……そうだな」
「ルーミアに乾杯」
「乾杯」
カチンと合わせた僕と輝夜のグラスも、なんだかションボリ気味に聞こえる。
まぁ、それでも自由気ままなルーミアは幻想郷には似合っている。
それを良しと捉えて、僕と輝夜は一口、お酒を呑んで苦笑した。
「あ~、美味しい~。輝夜って料理うまいね」
「あら、ほんと? ありがと。なかなか料理を褒められた事がないのよ」
「そうなのかい?」
「えぇ」
それは知らなかった。
僕のお気に入りである筍ご飯。
こんなにも美味しいというのに、それを褒めない輩が多いとは……
ふむ、みんな酒に溺れているに違いない。
「みんな私の美しさばっかり褒めるのよ」
訂正。
輝夜が酒に溺れているに違いない。
「輝夜、綺麗だもんね。料理よりそっちに目がいっちゃうのか」
「そうなのよ。ルーミア、どうすればいいと思う?」
う~ん、とルーミアは腕を組んだ。
さてさて、どんな答えが飛び出すやら。
「あ、分かった。正直になればいいと思うよ?」
「ほぅ、それはどういった理論だい?」
輝夜の見た目よりも料理に目がいく方法、それは正直になる事。
だとルーミアは言う。
これは中々に興味深い理論だ。
どうやってこの方程式を導いたのか、是非、教授願いたい。
「輝夜にはミステリアスな雰囲気があるのよ。ミステリアスといえば、嘘とか秘密とか。だから正直になれば、輝夜の魅力が減っていくよ。そしたら、きっと料理も褒めてくれるはず」
うんうん、とルーミアは一人納得する様に頷いた。
なるほどね。
嘘は少女のたしなみ。
あながち、間違いではない気がするな。
「正直ね~……香霖堂」
「なんだい?」
輝夜が僕をじ~っと見つめてきた。
ちょっとだけ首を傾げながら、可愛らしく微笑む。
「香霖堂……好きよ」
「ダウト。嘘だね」
さんざん聞いて来た彼女の嘘。
僕は速攻で真実を告げる。
「あら、酷い。どうしよう、ルーミア。正直になったらフラれちゃったわ」
「じゃぁ、今夜は呑もう! 私が奢ってあげる!」
ケラケラと笑う少女達。
はぁ、まったく。
ルーミアは僕の奢りで呑んでいる。
そのルーミアの奢りで輝夜は呑むらしい。
結局、僕が払うのか。
ちょっとばかりやり切れない気分になって、僕はグラスの中を一気に飲み干した。
見上げる月はまん丸で、どうにも僕をあざ笑ってる気がしてならない。
まったく……綺麗な満月だ。
~☆~
「幻想鴉の~♪」
「夢を見る頃~♪」
「お耳に届くは~♪」
「毎度~、この二人~♪」
電波の海原なんのそのと歌う四人を見ながら僕はため息をひとつ。
ルーミアもガバガバとビールを呑むものだから、相当に酔っ払ってしまったらしい。
さとり、おくう、ミスティアと一緒に肩を組んでご機嫌なメロディを奏でている。
僕は、彼女が好き放題に注文した料理の後始末。
「後始末とは言葉が悪いわね」
「ん……確かに、失礼だったな」
僕としては、もっと静かな雰囲気で呑みたいものだが、いかんせん、しょうがない。
豚の角煮を口に運んでから、それをビールで流し込んだ。
どうにも今晩は油っぽい。
そろそろサッパリした物が食べたくなってきた。
「なんでも作るわよ?」
輝夜の言葉に、僕は考える。
サッパリした物……サッパリした物……
あぁ、どうやら僕もそれなりに酔っ払っているらしい。
普段ならこの程度の答えを導くのに時間を費やすとは思えないが、今は何を食べたいのか全然出てこない。
「香霖堂も年かしら。早く結婚して、子供つくらないと大変よ」
「僕は子供が嫌いだよ。何を考えているのか分からないし、何よりあの存在は弱すぎる。誰かに愛されてないと生きていけないなんて、生物としておかしい。そう思わないかい?」
「だからこその親なんじゃない。愛し愛され生きるのよ」
「子供も親を愛していると?」
「えぇ。子供は無条件で愛されるかわりに、無条件で愛してくれるわ。今度じ~っと子供の目をみつめてみるといいわ。綺麗な笑顔を魅せてくれるから」
輝夜は、そういって笑う。
こんな風に笑うと、彼女はとても魅力的だ。
さてはて、僕には中々みせてくれない笑顔だけど、きっと里の男共にはこの笑顔をふりまいているのだろう。
「……輝夜、君の営業スマイルを見せてくれないか?」
「??? いいわよ」
小首を傾げたあと、輝夜は笑った。
いつもの如く、ニヤリとした不敵な笑顔。
「はぁ……分かった、もういい。お茶漬けが食べたい」
「何よ、スマイルでお金とるわよ。失礼しちゃうわね」
お茶碗にご飯をよそってきて、急須から緑茶をドバドバとかける。
それを僕の前において、上からたくあん2枚を乗せた。
「輝夜特性、手抜きお茶漬けたくあん付き。スマイル特価で絶賛不機嫌中」
「あぁ、すまない。悪かった。君が浮かべた笑顔が素敵だったので、思わず確かめたかったんだ」
「お世辞?」
「お世辞ならこう言うさ。怒った顔も素敵だね」
「あら、それがお世辞なら、私の怒った顔はダメなのね」
「僕は笑顔の方が好きさ」
「……ダメ、許してあげない」
ダメか。
まぁ、全部お世辞なのは筒抜け。
輝夜も笑いながら怒っている。
僕はたくあんをポリポリとかじってから、お茶漬けをかきこむ。
油っこい物ばかりだったので、緑茶が何とも美味い。
お茶漬けは、やはりシンプルの方が良い。
創意工夫をこらした究極で嗜好のお茶漬けも良いが、極単純な物でも充分味わえる。
僕みたいな酔っ払い相手なら尚更だ。
「ラーメン食べたい」
と、ここでルーミアが戻って来た。
合唱タイムが終わったらしい。
さとりもおくうも、屋台でまた日本酒をあおっている。
……大丈夫かな、あの二人。
「はい、よろこんで」
輝夜は注文を受けるとラーメンを作りに屋台へと引っ込む。
それにしても、豚の生姜焼きからラーメンと何でも出てくるんだな、この屋台。
ひょっとしたら、海の魚も出せるんじゃないか、そんな気がしてきた。
しかし、
「ラーメンなんか良く知ってるな」
ルーミアの食文化も気になる。
「人間が良く食べてるじゃない。お酒の後には得に」
「ほぅ、観察しているのか。君は本当に……そういえばルーミアは何の妖怪だ?」
「ん?」
例えば、隣にいる古明地さとりはその名の通り『覚(サトリ)』である。
人間の心を見透かして、隙あらば取って喰おうとしてくる妖怪だ。
対処方は難しく、サトリの予期せぬ事を起こさないといけない。
非情にやっかいな妖怪だ。
おくうは恐らく付喪神か変化の一種だろう。
長い年月を生きた生物の成れの果て。
今は八咫烏と融合してとんでもない事になっているけど。
それに比べて、ルーミアは何の妖怪なのかサッパリ分からない。
闇を操る妖怪など聞いた事がないのだ。
闇と関係するなら、逆属性である光だ。
光……ヒカリすなわち火仮と言い表せる。
火を光に見立てるなら、そこから闇も導ける。
五行相剋でみるなら、『水剋火』。
つまりルーミアは『水』に関係する妖怪の可能性が高い。
う~む、『不知火』とかどうだろうか。
火の妖怪だが、海に現れるそうだ。
いや、違うな~。
『火消し婆』はどうだろうか。
……ルーミアの正体が火消し婆というのは、無理があるか……うん。
あとは……『ヤミ』という言葉の音をふまえるに、『邪魅(ジャミ)』というのはどうだろうか。
邪魅とは魑魅の類であり、魑魅魍魎の魍魎は『山や水のバケモノ』を表す。
この邪魅自体には闇を操る能力はないのだが、それっぽい答えではあるだろう。
「はい、しょうゆラーメン」
「いただきま~す。ずぞぞぞぞぞぞ~」
僕の思考はそれで中断されてしまった。
もうちょっと上品にすすって欲しいものだが、これはこれで美味しそうに食べてるので、良いのだろう。
本当にどこが小食なのだか……ルーミアのお腹の中が知りたくなってきた。
まぁ、触る訳にも食べてもらう訳にもいかないので、永遠の謎だ。
ミステリアス。
これはこれで、ルーミアの魅力なのかもしれない。
「ぷは~。美味しかった~」
どうやら、もう食べ終わったらしい。
本当、お腹の中はどうなっているのだろうか。
お酒の代わりに、水を一杯もらって、それも飲み干している。
「う~ん……」
「どうしたんだ? もしかしてまだ足りないのかい?」
何故か、不満げな表情を浮かべていたので、僕はルーミアに聞いてみる。
「やっぱり人間が食べたいな~」
「あら、さすがは妖怪ね。食べる?」
そう言って、輝夜は自分の人差し指をルーミアに向けた。
「おいおい、本気かい?」
「たぶん物凄く不味いと思うわよ」
ルーミアは頭にハテナマークを浮かべながらも、無遠慮に輝夜の指に噛み付いた。
ぎょっ、とする僕だが、輝夜の表情に変化はなく、素早く手を着物の中に引っ込める。
呆気に取られたが、輝夜自身は何ともないのだろうか。
「うええぇ~、なにこれ、輝夜まずい~」
輝夜の表情は変わらなかったが、ルーミアの表情は総崩れだ。
可愛らしい舌ちょこんと出して、あうあうと嘆いている。
「はいお水」
と、輝夜がグラスに水を注ぐ。
その手に人差し指はすでに存在していた。
相変わらずのリザレクションの様だ。
「私の身体は、穢れきっているもの。蓬莱の薬に加えて、罪と罰だらけ」
なんでもない風に、輝夜は語る。
それは、とても常人には理解できない事だ。
いったい蓬莱の薬とはどんな物なのだろう。
彼女を……蓬莱山輝夜をここまでにしてしまった薬。
僕の目は、それをどう捉えるのだろう。
「そうなのか~。もう輝夜は食べない」
「ふふ。でも、香霖堂なら私のおいしい食べ方を知ってるわよ?」
「ほんと?」
輝夜がニヤリとした目で、ルーミアが期待を込めた目でこっちを見た。
はぁ~、やれやれ。
「残念ながらルーミア。輝夜をおいしく食べるのは無理なんだ」
「え~、どうして?」
「食べる前に、食べられちゃうからさ。人生ごとね」
彼女に惚れたら最後。
難題という名のレシピを渡され、その料理を作り上げなければならない。
それをやり遂げるのは神様だって不可能だ。
「ふ~ん。じゃ、輝夜も私達妖怪の仲間なんだね。人間の美味しい食べ方教えて~」
「えぇ、いいわよ。私にかかれば男なんてイチコロだわ」
「おぉ、まずは一撃で殺すんだね!」
おいおい。
不気味な方向に話がそれていくのを感じて、僕は苦笑するしかない。
はぁ~……まったく、なんとも色気のない話だ。
これはこれで、僕達らしいといえば、らしいのだが。
邪気退散とばかりになればいいのだが、ため息にそんな効果はなく、ただ寿命が縮むのみだ。
極最近、紅魔館へ届け物をした。
その際にあるゲームに巻き込まれてしまった。
それ自体は僕も楽しんだし、問題はない。
問題なのは、そこでどうやら、僕は悪魔の妹に気に入られたらしいという事だ。
彼女の自宅謹慎は解かれているそうなので、稀に香霖堂に来ては僕の肩の上を陣取る。
なぜか肩車がお気に入りらしい。
まぁ、膝の上より自由がきいて良いのだが……いかんせんこの異様な店員の姿にお客さんは驚いてしまう。
いや、嘘は良くないな。
今日も客は、一人も来ていない。
それはそれで大問題なのだが、今は肩の上の悪魔をどうにかしたい気分だ。
否、悪魔というより鬼だったか。
吸血鬼、というぐらいなのだがら鬼なのだろう。
『柊の葉を門口にさせば鬼は来ぬ』ということわざに則り、店の入り口に柊でも飾ってみようか。
まぁ、フランドールの事だ。
きっと破壊してくるに違いない。
概念ではなく、物理的に。
店の扉が破壊されるのであれば、大人しく肩の上を牛耳られている方がマシだ。
このまま僕の肩が撫で肩になってしまわない限りわね。
「それにしても……鬼か」
鬼。
鬼ねぇ。
僕が知っている鬼は吸血鬼姉妹と、伊吹萃香、そして星熊勇儀。
西洋の鬼であるスカーレット姉妹は置いておいて、萃香と勇儀は四天王を名乗っている。
四天王とは、もともと四柱の神様を指す言葉だ。
持国天、増長天、広目天、多聞天の四柱で、それぞれの方角を守護していたと謂われている。
それに習って、四強を四天王と言い始めたのだ。
鬼が神の風習を真似るとは、なかなか味があって良い。
だが、四天王という割りには彼女達は二人しかいない。
恐らく、まだ旧地獄に引っ込んでいるのだろう。
その四天王の一人である伊吹萃香……彼女はどう考えてもあの伊吹童子の血縁だろう。
伝承によれば、伊吹童子の成れの果てが酒呑童子である。
酒呑童子は少年の姿であり、神通力を持った不老不死の怪物と謂われている。
怪物。
そう、『鬼』とは表現されていないのだ。
過去、この国では妖怪を総称して『鬼』と呼んでいた。
『鬼』と書いて『モノ』と読む。
いつかし、鬼は鬼と成り得たのだが、彼の時代、それが故に酒呑童子は鬼ではない。
ただのバケモノだ。
そして、そのバケモノを退治したのが源頼光と、頼光四天王と呼ばれる者達である。
奇しくも、また四天王。
やはり鬼と四天王には何らかの縁があるのかもしれない。
「そして、酒呑童子には子供がいたという話がある……」
僕こと森近霖之助は顎元に手をやり、ふむ、と考えた。
酒呑童子は幾人もの女をさらっており、召使としていたそうである。
そのうちの一人が鬼の子を孕んでいてもおかしくはない。
もしかすると、それが伊吹萃香なのかもしれない。
まぁ、鬼童丸という例があるのだ。
他に娘がいても何ら不思議ではない。
「……はぁ、だいぶ思考がそれてしまったな。それに女性の過去を詮索するとは少しばかり罪が重い」
萃香本人に聞かれたら、今頃は僕の頭が無くなっているかもしれない。
ただでさえ人をさらっていない異常な状態なのだ。
萃香がいつ本性を現すか、気付いてからでは遅い。
「君子危うきに近寄らず、だ。平安の世でもあるまいし、わざわざ鬼退治をする必要はない」
僕は一人納得した様にうんうんと頷いた。
平安、平安ね……
もしかしたら、かぐや姫なら当時の鬼と出会っていたかもしれないな。
僕は窓から空を見上げる。
今日は満月の様で、ぽっかりと夜空を月が切り抜いていた、
こんな日は彼女のお酌で酒が呑みたいものだ。
なんて思ってしまう自分が、薄ら怖いのだが……口の中はもうお酒味。
大人しくいつもの屋台へと向かう事にしよう。
~☆~
夜は暗い。
そんな当たり前を覆すのが、月夜だ。
月夜は明るい。
なにせ、影だ出来るくらいなのだ。
さすがに眩しくて、目を覆うという事はないが、月にあるという『月の都』は眩しい光で溢れているのではないか、と僕は想像する。
夜でも尚輝ける技術。
きっと、火ではなく、何か神秘的な技術に違いない。
なにせ幻想郷にまで届く位の光なんだから。
そして、月夜では妖怪や幽霊を目撃する事が少ない。
それは月の魔力が関係して満月には妖怪が活動しなくなるのか。
はたまた、明るいので見間違いがなくなっているからなのか。
半人半妖である僕には判断がつかない。
僕も見間違いをした事はある。
疲れている時なんか、部屋の壁から子供の手が生えていたのを幻視した事もあった。
そういう妖怪もいるのだが、運がいいのか悪いのか、それは僕の見間違い。
見間違いというより幻覚だけどね。
だから、月夜には妖怪が少ないのかもしれない。
「うわ~、助けてくれ~!」
っていう声も、今夜は聞くことは無いだろぅ……ん?
「誰か~!」
どうやら、運が悪い人間がいるらしい。
よくよく目をこらすと、バタバタと何かが地面で暴れているのが見える。
僕が慌てて駆け寄ると、果たしてそれは、人間の里の青年だった。
なにやらバタバタと暴れながら地面を転がっている。
僕は更に目をこらして見ると、果たして彼の背中にしがみついていたのは、宵闇の妖怪ルーミアだった。
どうやら青年に襲い掛かっているらしく、今にも頭に被りつこうとしているルーミアの額を僕は抑える。
「待った」
「む、食べたらダメな人間だったか?」
「あぁ、残念ながら里の人間だ。ほら、放してやるといい」
ルーミアは大人しく青年を解放してくれた。
子泣き爺みたいにしがみ付いてただけなんだけどね。
背中から重みがなくなったと感じた青年は悲鳴をあげながら一目散に逃げていった。
「まったく。お礼の一つも言って欲しい位だなって……何も見えん」
気付いたら僕の視界は遮られ、何も見えなかった。
ルーミアの闇か。
まったく、月明かりくらい我慢して欲しい。
「お腹すいた。霖之助は食べてもいい人間?」
「僕を僕と知っておきながら質問するとは、どういう了見だい?」
返事はなく、いきなり背中に重みがきて、あやうく引っ繰り返りそうになる。
「仕方ない。人間じゃなくて悪いが、ミスティアの屋台で奢ってあげるよ」
「ほんと?」
「あぁ、その代わりこの闇を何とかしてくれないかい?」
「えぇ~、眩しいよ」
「我慢は出来ないのかい?」
「出来るよ?」
……出来るのか。
およそ吸血鬼における太陽みたいな弱点だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
ただ光がまぶしい、そういう種族なのだろうか。
種族?
そういえば、ルーミアとは何物なんだろうか。
妖怪であるのは確からしいが……
「おっとっと」
突然に視界が開ける。
ルーミアが闇を解放したらしい。
なるほど、あんな暗闇に常にいたら、確かに月明かりは眩しいな。
それでもやっぱり目で覆う程でもない。
「で、降りてくれないのかい?」
「お腹がすいたから、一歩も歩きたくないし、飛びたくもない」
肩車の次は、おんぶか。
どうやら、僕の身体に聖域はないらしい。
不可侵条約でも結びたい位だ。
「分かった。君をおぶっていこう。その代わり、あんまりガツガツと食べないでくれよ」
「大丈夫、私って意外と小食だから」
そうなのか?
さっき人間を丸ごと一人食べようとしていたくせに。
「嘘つきは泥棒の始まりと言うが?」
「ふ~ん。でも、嘘は少女のたしなみだよ?」
はぁ。
それを論破するのは容易いが、あとでお姫様に論破されそうなのでやめておこう。
僕はルーミアをおんぶしたまま、明るい夜道をトボトボと歩き始めた。
~☆~
いつもの竹林沿いの、いつもの道。
遠くに見える赤い光に、僕は視線を地面から上げた。
「あいた」
急に頭をあげたので、ルーミアの額に後頭部がぶつかってしまった。
おんぶをしていると前傾姿勢になる。
そのせいで、顔を下げてしまっていたのだが、悪い事をしたな。
「すまない。大丈夫かい?」
「痛かったよ」
どうやらルーミアは怒っていないらしい。
彼女の笑み混じりの声で僕はそう判断した。
と、ここでようやく、いつもの店主の歌声が聞こえてきた。
「じゅげいむじゅげいむごこ~のすりきれ♪ サミーデイビス~、ブロイラ~ちっき~ん♪」
今日のは得に変な歌だ。
着物にミニスカートな魔法少女が変身しそうな歌詞である。
一度、ミスティアに作詞の仕方を聞いてみたいものだ。
きっと、とんでもない思考回路に違いない。
「ほら、おくう、食べなさい。今日はあなたのおごりですよ。ほれほれ」
「さとり様、やめ、ちょ、それネギ。カモネギ。苦い、苦いよ、苦いっつってるだろさっちゃん!」
どうやら先客がいるらしい。
見ると、地霊殿の主、古明地さとりが霊烏路空の首にネギを巻いていた。
どういう状況かサッパリ分からないが、二人の顔を見るに相当酔っ払っているらしい。
流石にこのテンションの中に入っていく勇気は僕にはないので、大人しく屋台隣の長机に座る事にした。
僕が腰を降ろすと、ルーミアは背中から下りて大人しく隣に座った。
「いらっしゃ……あら、ルーミアもいたの? 見えなかったわ」
こちらの長机担当のアルバイト店員である蓬莱山輝夜が付け出しのきゅうりの漬物を持ってきてくれた。
どうやら、僕の背中にいたルーミアに気付いてなかった様なので、もう一度屋台に引っ込んで、ルーミアの分の漬物も持ってきてくれた。
「改めて、いらっしゃい。香霖堂とルーミア」
「あぁ、こんばんは。輝夜」
「お腹すいた~」
挨拶もそこそこ、ルーミアはきゅうりの漬物をいきなり全部食べてしまった。
「あらら、そんなにお腹すいてるの?」
「霖之助に邪魔されたんだよ。せっかく美味しそうな人間がいたのに」
ルーミアが僕を指差す。
まったく、失礼な妖怪だ。
「あら、乙女の食事を覗き見るなんて、趣味が悪いわね香霖堂」
「はぁ……僕は悪くないと思うんだが……君は人間の味方じゃないのかい?」
「人間か妖怪かの前に、私は女の味方よ」
「じゃ、僕は敵な訳かい?」
「あら、そんなに自分を卑下してはいけないわ。香霖堂は敵じゃなくって、私の所有物なんだから」
「……そいつは重畳」
はぁ。
相変わらずのお姫様だ。
僕は物扱いらしい。
酷い話だ。
「じゃ、何呑む? 何食べる? 残念ながら人間の血も肉もないけれど」
「僕はいつも通り筍ご飯と竹酒を頼む」
「はい、よろこんで♪ ルーミアは?」
「豚の生姜焼き~」
「ぜ、絶妙な注文ね。分かったわ……飲み物は?」
「う~んと、ビールでいいや」
「はい、よろこんで。ちょっと待っててね~」
そういって輝夜は屋台へ準備に取り掛かった。
それにしても……
「なぜ豚の生姜焼き?」
「知らないの霖之助?」
何がだ?
「人間と豚って似てるんだよ」
「そ、そうなのか。残念ながら僕は人間を食べた事がないので知らなかったよ」
「ふ~ん、ダメな妖怪だね、霖之助」
「そう、ダメな妖怪なのよ香霖堂は」
と、輝夜が戻って来た。
ルーミアへ豚の生姜焼きを出してやっている。
相変わらず早いな、というか恐ろしいスピードで料理を完成させるものだ。
本当に火が通っているのだろうか?
他人事ながら少し心配になってしまう。
と、僕の視線に気付いたのか、ルーミアがあっかんべをした。
「べ~。霖之助にはあげないんだから」
どうやら、僕が物欲しそうに見てると勘違いしたらしい。
というか僕の奢りなんだから、少しくらい貰う権利が僕にはあるはずなんだが。
「あら、また覗き見? 妙な性癖になったものね」
輝夜が筍ご飯と竹酒をもってきてくれた。
おまけに小言も。
「僕はノーマルだといつも言ってるじゃないか。そんな特殊な性癖じゃない」
「あら、そうなの? じゃ、どんな事に興奮するのかしら?」
「あぁそれなら……普通だよ普通。きわめてノーマルさ」
「それを聞いてるのよ」
ぺしんと額を叩かれた。
お客さんに手をあげるとは、店員の風上にも置けない所業だ。
まぁ、輝夜はアルバイト。
仕方ないといえば仕方ない。
「減点1ね。はい」
と、輝夜はグラスを差し出す。
しょうがない、とばかりに僕は竹の筒に入ったお酒を輝夜のグラスに注いでやる。
お返しに、輝夜も僕のグラスに注いでくれた。
本当は反対なんだけどな~。
「さて、何に乾杯するの?」
「ぷはぁ~」
何とも幸せそうな良いため息に隣を見ると、ルーミアがすでに白いヒゲを作っていた。
「……幻想郷では常識に囚われてはいけないわね」
「……そうだな」
「ルーミアに乾杯」
「乾杯」
カチンと合わせた僕と輝夜のグラスも、なんだかションボリ気味に聞こえる。
まぁ、それでも自由気ままなルーミアは幻想郷には似合っている。
それを良しと捉えて、僕と輝夜は一口、お酒を呑んで苦笑した。
「あ~、美味しい~。輝夜って料理うまいね」
「あら、ほんと? ありがと。なかなか料理を褒められた事がないのよ」
「そうなのかい?」
「えぇ」
それは知らなかった。
僕のお気に入りである筍ご飯。
こんなにも美味しいというのに、それを褒めない輩が多いとは……
ふむ、みんな酒に溺れているに違いない。
「みんな私の美しさばっかり褒めるのよ」
訂正。
輝夜が酒に溺れているに違いない。
「輝夜、綺麗だもんね。料理よりそっちに目がいっちゃうのか」
「そうなのよ。ルーミア、どうすればいいと思う?」
う~ん、とルーミアは腕を組んだ。
さてさて、どんな答えが飛び出すやら。
「あ、分かった。正直になればいいと思うよ?」
「ほぅ、それはどういった理論だい?」
輝夜の見た目よりも料理に目がいく方法、それは正直になる事。
だとルーミアは言う。
これは中々に興味深い理論だ。
どうやってこの方程式を導いたのか、是非、教授願いたい。
「輝夜にはミステリアスな雰囲気があるのよ。ミステリアスといえば、嘘とか秘密とか。だから正直になれば、輝夜の魅力が減っていくよ。そしたら、きっと料理も褒めてくれるはず」
うんうん、とルーミアは一人納得する様に頷いた。
なるほどね。
嘘は少女のたしなみ。
あながち、間違いではない気がするな。
「正直ね~……香霖堂」
「なんだい?」
輝夜が僕をじ~っと見つめてきた。
ちょっとだけ首を傾げながら、可愛らしく微笑む。
「香霖堂……好きよ」
「ダウト。嘘だね」
さんざん聞いて来た彼女の嘘。
僕は速攻で真実を告げる。
「あら、酷い。どうしよう、ルーミア。正直になったらフラれちゃったわ」
「じゃぁ、今夜は呑もう! 私が奢ってあげる!」
ケラケラと笑う少女達。
はぁ、まったく。
ルーミアは僕の奢りで呑んでいる。
そのルーミアの奢りで輝夜は呑むらしい。
結局、僕が払うのか。
ちょっとばかりやり切れない気分になって、僕はグラスの中を一気に飲み干した。
見上げる月はまん丸で、どうにも僕をあざ笑ってる気がしてならない。
まったく……綺麗な満月だ。
~☆~
「幻想鴉の~♪」
「夢を見る頃~♪」
「お耳に届くは~♪」
「毎度~、この二人~♪」
電波の海原なんのそのと歌う四人を見ながら僕はため息をひとつ。
ルーミアもガバガバとビールを呑むものだから、相当に酔っ払ってしまったらしい。
さとり、おくう、ミスティアと一緒に肩を組んでご機嫌なメロディを奏でている。
僕は、彼女が好き放題に注文した料理の後始末。
「後始末とは言葉が悪いわね」
「ん……確かに、失礼だったな」
僕としては、もっと静かな雰囲気で呑みたいものだが、いかんせん、しょうがない。
豚の角煮を口に運んでから、それをビールで流し込んだ。
どうにも今晩は油っぽい。
そろそろサッパリした物が食べたくなってきた。
「なんでも作るわよ?」
輝夜の言葉に、僕は考える。
サッパリした物……サッパリした物……
あぁ、どうやら僕もそれなりに酔っ払っているらしい。
普段ならこの程度の答えを導くのに時間を費やすとは思えないが、今は何を食べたいのか全然出てこない。
「香霖堂も年かしら。早く結婚して、子供つくらないと大変よ」
「僕は子供が嫌いだよ。何を考えているのか分からないし、何よりあの存在は弱すぎる。誰かに愛されてないと生きていけないなんて、生物としておかしい。そう思わないかい?」
「だからこその親なんじゃない。愛し愛され生きるのよ」
「子供も親を愛していると?」
「えぇ。子供は無条件で愛されるかわりに、無条件で愛してくれるわ。今度じ~っと子供の目をみつめてみるといいわ。綺麗な笑顔を魅せてくれるから」
輝夜は、そういって笑う。
こんな風に笑うと、彼女はとても魅力的だ。
さてはて、僕には中々みせてくれない笑顔だけど、きっと里の男共にはこの笑顔をふりまいているのだろう。
「……輝夜、君の営業スマイルを見せてくれないか?」
「??? いいわよ」
小首を傾げたあと、輝夜は笑った。
いつもの如く、ニヤリとした不敵な笑顔。
「はぁ……分かった、もういい。お茶漬けが食べたい」
「何よ、スマイルでお金とるわよ。失礼しちゃうわね」
お茶碗にご飯をよそってきて、急須から緑茶をドバドバとかける。
それを僕の前において、上からたくあん2枚を乗せた。
「輝夜特性、手抜きお茶漬けたくあん付き。スマイル特価で絶賛不機嫌中」
「あぁ、すまない。悪かった。君が浮かべた笑顔が素敵だったので、思わず確かめたかったんだ」
「お世辞?」
「お世辞ならこう言うさ。怒った顔も素敵だね」
「あら、それがお世辞なら、私の怒った顔はダメなのね」
「僕は笑顔の方が好きさ」
「……ダメ、許してあげない」
ダメか。
まぁ、全部お世辞なのは筒抜け。
輝夜も笑いながら怒っている。
僕はたくあんをポリポリとかじってから、お茶漬けをかきこむ。
油っこい物ばかりだったので、緑茶が何とも美味い。
お茶漬けは、やはりシンプルの方が良い。
創意工夫をこらした究極で嗜好のお茶漬けも良いが、極単純な物でも充分味わえる。
僕みたいな酔っ払い相手なら尚更だ。
「ラーメン食べたい」
と、ここでルーミアが戻って来た。
合唱タイムが終わったらしい。
さとりもおくうも、屋台でまた日本酒をあおっている。
……大丈夫かな、あの二人。
「はい、よろこんで」
輝夜は注文を受けるとラーメンを作りに屋台へと引っ込む。
それにしても、豚の生姜焼きからラーメンと何でも出てくるんだな、この屋台。
ひょっとしたら、海の魚も出せるんじゃないか、そんな気がしてきた。
しかし、
「ラーメンなんか良く知ってるな」
ルーミアの食文化も気になる。
「人間が良く食べてるじゃない。お酒の後には得に」
「ほぅ、観察しているのか。君は本当に……そういえばルーミアは何の妖怪だ?」
「ん?」
例えば、隣にいる古明地さとりはその名の通り『覚(サトリ)』である。
人間の心を見透かして、隙あらば取って喰おうとしてくる妖怪だ。
対処方は難しく、サトリの予期せぬ事を起こさないといけない。
非情にやっかいな妖怪だ。
おくうは恐らく付喪神か変化の一種だろう。
長い年月を生きた生物の成れの果て。
今は八咫烏と融合してとんでもない事になっているけど。
それに比べて、ルーミアは何の妖怪なのかサッパリ分からない。
闇を操る妖怪など聞いた事がないのだ。
闇と関係するなら、逆属性である光だ。
光……ヒカリすなわち火仮と言い表せる。
火を光に見立てるなら、そこから闇も導ける。
五行相剋でみるなら、『水剋火』。
つまりルーミアは『水』に関係する妖怪の可能性が高い。
う~む、『不知火』とかどうだろうか。
火の妖怪だが、海に現れるそうだ。
いや、違うな~。
『火消し婆』はどうだろうか。
……ルーミアの正体が火消し婆というのは、無理があるか……うん。
あとは……『ヤミ』という言葉の音をふまえるに、『邪魅(ジャミ)』というのはどうだろうか。
邪魅とは魑魅の類であり、魑魅魍魎の魍魎は『山や水のバケモノ』を表す。
この邪魅自体には闇を操る能力はないのだが、それっぽい答えではあるだろう。
「はい、しょうゆラーメン」
「いただきま~す。ずぞぞぞぞぞぞ~」
僕の思考はそれで中断されてしまった。
もうちょっと上品にすすって欲しいものだが、これはこれで美味しそうに食べてるので、良いのだろう。
本当にどこが小食なのだか……ルーミアのお腹の中が知りたくなってきた。
まぁ、触る訳にも食べてもらう訳にもいかないので、永遠の謎だ。
ミステリアス。
これはこれで、ルーミアの魅力なのかもしれない。
「ぷは~。美味しかった~」
どうやら、もう食べ終わったらしい。
本当、お腹の中はどうなっているのだろうか。
お酒の代わりに、水を一杯もらって、それも飲み干している。
「う~ん……」
「どうしたんだ? もしかしてまだ足りないのかい?」
何故か、不満げな表情を浮かべていたので、僕はルーミアに聞いてみる。
「やっぱり人間が食べたいな~」
「あら、さすがは妖怪ね。食べる?」
そう言って、輝夜は自分の人差し指をルーミアに向けた。
「おいおい、本気かい?」
「たぶん物凄く不味いと思うわよ」
ルーミアは頭にハテナマークを浮かべながらも、無遠慮に輝夜の指に噛み付いた。
ぎょっ、とする僕だが、輝夜の表情に変化はなく、素早く手を着物の中に引っ込める。
呆気に取られたが、輝夜自身は何ともないのだろうか。
「うええぇ~、なにこれ、輝夜まずい~」
輝夜の表情は変わらなかったが、ルーミアの表情は総崩れだ。
可愛らしい舌ちょこんと出して、あうあうと嘆いている。
「はいお水」
と、輝夜がグラスに水を注ぐ。
その手に人差し指はすでに存在していた。
相変わらずのリザレクションの様だ。
「私の身体は、穢れきっているもの。蓬莱の薬に加えて、罪と罰だらけ」
なんでもない風に、輝夜は語る。
それは、とても常人には理解できない事だ。
いったい蓬莱の薬とはどんな物なのだろう。
彼女を……蓬莱山輝夜をここまでにしてしまった薬。
僕の目は、それをどう捉えるのだろう。
「そうなのか~。もう輝夜は食べない」
「ふふ。でも、香霖堂なら私のおいしい食べ方を知ってるわよ?」
「ほんと?」
輝夜がニヤリとした目で、ルーミアが期待を込めた目でこっちを見た。
はぁ~、やれやれ。
「残念ながらルーミア。輝夜をおいしく食べるのは無理なんだ」
「え~、どうして?」
「食べる前に、食べられちゃうからさ。人生ごとね」
彼女に惚れたら最後。
難題という名のレシピを渡され、その料理を作り上げなければならない。
それをやり遂げるのは神様だって不可能だ。
「ふ~ん。じゃ、輝夜も私達妖怪の仲間なんだね。人間の美味しい食べ方教えて~」
「えぇ、いいわよ。私にかかれば男なんてイチコロだわ」
「おぉ、まずは一撃で殺すんだね!」
おいおい。
不気味な方向に話がそれていくのを感じて、僕は苦笑するしかない。
はぁ~……まったく、なんとも色気のない話だ。
これはこれで、僕達らしいといえば、らしいのだが。
それにしても電波の海原、懐かしすぎてCD押入れから引っ張り出してまた聞きたくなりました。
究極と嗜好というか究極と至高というか、まあ判別付きませんが。
相変わらず面白かったです。ありがとうございました。
という話を昔に聞きました
ルーミアとの会話やラーメンをすする姿に頬を緩ませたり、霖之助と輝夜の会話など面白かったです。
>20氏
吹いたwwww
肩に妹様、背中にルーミア、とくれば紅魔的に考えて膝はチルノかな?
それはさておき、何があった地霊殿組は(笑)。
作者は間違いなく同年代
あの給料(小遣い)でお空の奢りってひどくない?
誤字見っけ!
輝夜特性→輝夜特製
ってことは霖之助が狼になる事はこの先無いと。
>>20
絵面が怖すぎるwww
にしても、ルーミアを始めとして正体が謎の妖怪がほんと多いですね。それがいいのですが。
それはそうと、一度でいいから輝夜の筍ご飯を食してみたいです。
お空は山の神社からも核関連の実験協力で臨時収入を貰って、
さとりんに心を読まれたに違いない。
>このまま僕の肩が撫で肩になってしまわない限りわね。
このまま僕の肩が撫で肩になってしまわない限りはね。
でしょうか? おネェ言葉になっててびっくりした。まさかりんちゃんにはそういう趣味が……
そりゃあ数多の人々が人生ごと捧げるに値する女性ですわ。ヌフフフ
この知的とも暢気とも受け取れるルーミアはまさしく原作通り、恐れ入りました。
筋肉の構造で言えばすじ肉なので、猿と大して味は変わらない筈なんですがねえ。人間の肉。
つかず離れず、紳士ですな霖さん。ここは落ち着くなぁ。
ひとまず空……楽しそうで何よりだ(涙
そしてルーミアは俺の嫁