「おはようございます、妹様」
「はい?」
とある日の夜も更けた頃、吸血鬼が当たり前のように目を覚ますその時間帯。
その例に漏れず、深夜12時丁度に目を覚ました私―――フランドール・スカーレットが見たものは、いつもとまったく格好が違う小悪魔の姿だった。
彼女の特長とも言うべきワインレッドのロングヘアーにメイドのカチューシャが装着され、咲夜が着ているものと同じ、スカート丈の短い、胸の辺りが少々窮屈そうなメイド服。
唯一違うとすれば、咲夜が青のメイド服を着こなすのに対し、小悪魔のそれは彼女のイメージカラーのとおりの黒。
スカートから覗く健康的で、それでいて蠱惑的な太腿には、大人の女性らしい黒のガーターベルトが見え隠れする。
咲夜とはまた一味違う、そして世にも奇妙で珍しい―――小悪魔のメイド服であった。
「……なにしてんの、小悪魔?」
「メイドです。メイドガイならぬメイドリトルデビルですね」
「いや、だからさ、何で小悪魔が私の部屋でメイド服なんか着てるのか聞いてるんだけど? あとさ、それすっごい語呂悪いよ」
ため息をつきながらげんなりと言葉にして、私はベッドから身を起こす。
ベッドを椅子代わりにして小悪魔に向き直ると、彼女はあいも変わらずニコニコと満面の笑顔を浮かべて楽しそうだ。
あらためて彼女の姿を見て、ふと思う。いや、これはなんと言うか……。
「うふふ、どうですか妹様。エロいでしょう?」
「いや、自分で言うな」
こちらの顔を覗き込むように近づいて来た彼女にぴしゃりと言って、その無防備な額にデコピンを一発くれてやる。
空気がはじけるような非常にいい音がして、よっぽど痛かったのか小悪魔が床でゴロゴロとのた打ち回った。
その拍子に黒い下着が見えた気がしたが全力で無視しつつ、私は堪え切れなくなったため息を盛大に一つこぼすことになる。
「で、なんでメイド服?」
「ふふふ、それはですねぇ妹様」
こうやってすぐさま復活するあたり、彼女はしっかりと悪魔なのだと思い知らされる。
両足が生まれたてのバンビのごとくプルプル震えているのには目を瞑り、彼女の言葉を静かに待つ。
そうして、彼女の形のいい唇からこぼれた言葉は、なんとも珍妙なものであった。
なんでも、パチュリーは今日から魔理沙、アリスと共に命蓮寺で魔法使いの集いなどというものに参加しているのだとか。
それというのも、かの命蓮寺には聖白蓮という大昔に封印されていた魔法使いが居るらしく、何か面白い話が聞けるだろうと、我が家の魔女は出かけることにしたのだとか。
動かないことに定評のある、あのパチュリー・ノーレッジがである。
それほど大層な人物なのか、あるいはその聖白蓮がよっぽど高名な魔法使いなのか、私にはどちらとも判断がつかないけれど、とにかくそういうことらしい。
そして、小悪魔はというと留守を命じられたのだが、今日の分の仕事はとっくに終わってしまい、やることもなく暇をもてあましていたとか。
しょうがなく部屋の整理整頓をしていると、紅魔館に召喚された日に支給されたメイド服を見つけ、今回のことを思いついたのだとか。
つまり―――
「パチュリーが帰ってくるまで、メイドとして私のそばに居るって?」
「そのとおりでございます」
話を聞きながら普段着に着替え終えた私の台詞に、満足したよう言葉にして彼女は朗らかに笑った。
メイドとしてそばに居るって、何がそんなに楽しいのやら、彼女はニコニコと楽しそうだ。
おそらく、私には一生理解できまい。薄々は思っていたけれど、彼女は間違いなく咲夜と同類だと思う。
「さぁさぁ、何なりとご命令ください妹様。名も無きしがないメイドですが、必ずやあなた様の期待に応えてご覧入れましょう」
うやうやしく一礼をした彼女を視界に納め、知らずため息を一つこぼす。
なんとも奇妙なことになったと思いはしたけれど、でもまぁ、不思議と悪い気がしないのも事実なわけで。
それに、普段とは違う彼女の姿が見れて、なんだかちょっとだけ得した気分。
あと、司書をしていようがメイドをしていようが、こういう慇懃無礼な態度は変わらないらしい。
そこはいつもの彼女らしくて、なんだかほっとした様な、可笑しい様な、そんな不思議な気分。
「それじゃ、とっても美味しい紅茶とお菓子を用意してくださるかしら? あなたの手前、期待していますわ」
「お任せあれ、我が親愛なるお嬢様。とびっきりのクッキーと、香りのよいダージリンをご用意いたしましょう」
クスクスと笑みを浮かべながら言葉にすれば、彼女は深々と一礼して、自信満々にそんな言葉をつむいでくれる。
どちらも、慇懃無礼なそんなやり取り。それが可笑しくて、私たちは同時に噴出して、ケタケタとお互いに笑いあったのだった。
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「なんていうかさ、小悪魔って絶対にメイドでもやっていけるよね」
コポコポとティーカップに紅茶が注がれるのを眺めながら、私は思ったままの言葉を紡ぎだした。
そんな私の言葉に何か思うことがあったのか、「ありがとうございます」なんて小悪魔は苦笑する。
私の私室に備え付けられた丸形のテーブルには、小悪魔特性のクッキーが香ばしい香りを漂わせてそこにあるわけで。
とりあえず、片手を伸ばして頭上にティーポットを掲げ、もう片方の手に持ったティーカップに紅茶を綺麗に注ぐ小悪魔は本当に芸達者だと思う。
「司書がクビになったらメイドになりなよ。絶対重宝されるって」
「あはは、それはなんとも怖い話ですねぇ。でも、フランお嬢様の専属のメイドなら、喜んで」
「うーん、考えておくわ。まったく、普段は悪戯ばっかりでマイペースなやつだから、本当は有能なんだってことをすっかり忘れそうになるわ」
「それは、褒め言葉として受け止めてもよろしいのでしょうか?」
「もちろん。同時に貶してるけどね」
「いやー、これは手厳しい」なんて言葉にはしているけれど、彼女は相変わらず笑顔のまま。
紅茶が注ぎ終わり、ことりと私の前にいい香りを漂わせる一品が差し出された。
いつもは「妹様」なんて呼ぶくせに、今日は心からメイドになりきっているのか「フランお嬢様」なんて呼んでくる。
普段言われ慣れないだけにこそばゆくて、少し恥ずかしいけれど、それを表に出すのはもっと悔しいわけで。
我ながら変な意地を張っている自覚はあったけれど、仕方ないじゃない。
私たちはきっと、こんな関係が性にあっている。
「さぁ、暖かいうちにお召し上がりください。今夜は冷え込みますし、体も温まりますよ」
「うん、ありがとう」
紅茶を一口含むと、ダージリン特有の渋い苦味が口内を蹂躙する。
けれど、同時に体中がぽかぽかと暖かくなってきて、少し肌寒かった先ほどと比べて随分と心地よい。
まったく、真面目にしていればこうやって細かい気配りもできて優秀だというのに、どうして普段は悪戯ばかりのトラブルメーカーなのか。
絶対人生損してるとは思うのだけれど、普段から真面目で悪戯もしない小悪魔というのも想像出来ない訳で。
というか、そうなったらまず間違いなく私は何か企んでるんじゃないかと邪推するけど。
「酷いですわ。私は常日頃から大真面目ですのに」
「……小悪魔、お願いだから人の心読むのやめてくれない?」
「はてさて、私にはよくわかりません」
ジト目でそう言葉を紡げば、彼女はシレッと言葉を返して知らん顔だ。
暖簾に腕押し。まるで柳を相手にしているみたいに受け流されて、あいも変わらず彼女には言葉で勝てそうにないと再認識。
彼女の口が達者なおかげで私が振り回される結果になるのだから、今のうちに彼女への対抗策を見つけ出したほうがいいのかもしれない。
いや、わりと大真面目に。
「うふふ、まだまだフランお嬢様に口で負けたりしませんよ」
「いや、だから人の心を読むなと……ていうか、何でわかるわけ?」
「愛の力です」
「私のプライバシーは?」
「そんなものゴミ箱に投げ捨てて焼却しちゃってください」
どうやら、私のプライバシーとやらは当の昔に紙屑のごとく薄っぺらいものに成り果てていたらしい。
愛の力で心が読めたら苦労はしない。ていうか、そんな怖気が走りそうな愛情は非常に勘弁願いたいわけで。
納得がいくはずも無く、不満そうな表情を隠そうともしないままにクッキーを一口。
程よい甘さが舌を刺激して、先ほどの紅茶の渋みとも相俟って本当に美味しいと感じるこの組み合わせ。
なんというか、本当に司書にしておくのはもったいないんじゃなかろうか、この小悪魔。
私の気苦労が、二倍三倍に膨れ上がりそうなのに目を瞑ればだけど。
「なんというか、小悪魔はメイドでもやっぱり小悪魔なのね」
「それはそうでしょう、フランお嬢様。私は小悪魔以外のものにはなれませんから」
「そうかな? 小悪魔ってその気になればもっと偉くなれそうなものだけど」
何しろ、この優秀さである。性格の破天荒具合さえ目を瞑れば、もうちょっと偉い地位につけるような気がしないでもないわけで。
そんな私の言葉に、小悪魔は微笑んだまま「妹様が言うなら、そうかもしれませんね」と言葉をこぼし。
「でも、やっぱり私は今のままがいいですよ」
なんて、そんな言葉を何の惜しげもなく紡いだのだった。
「なんで?」
「今が一番、とでもいいましょうか。私はパチュリー様やレミリアお嬢様、咲夜さんに美鈴さん、そしてフランお嬢様さえ居てくれれば、それでいいのです。
偉くなって出世するのも、まぁ悪くは無い選択肢でしょう。けれど、皆さんの下にいて、面白おかしく、愉快で陽気な小悪魔でいたいのですよ。
からかって、悪戯して、楽しんで、皆さんのいる場所で笑いあう以上のことなんて―――私は望みませんよ」
そんな言葉を紡いで、彼女は私を後ろから抱きしめた。
椅子に座っている私の首に、彼女の腕が絡みつく。華奢で細い腕は、けれども暖かな体温を私に伝えてきてくれる。
後頭部にあたる柔らかな膨らみが心地よくて、なんだかずっとこうしていたい気分。
「食事中にこんなことするなんて、メイド失格ね」
「でも、フランお嬢様も満更ではないでしょう?」
「まぁ、……そうだけどさ」
きっと今頃、抱きついてる彼女はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてるに違いない。
おのれ、やっぱり小悪魔はメイドになっても油断のならない小悪魔だ。
人の事からかって、言葉で煙に巻いて、惑わして。
でもそんな小悪魔だからこそ、きっと私はこうやって彼女と一緒にいられる、そんな気がして。
そういえば、昔はよく抱きしめられながらの体勢で本を読んでもらった気がする。
随分昔のことだけど、たぶん、今こうやって抱きしめられてるから思い出したんだろう。
……うん、この手は使えるかも知れない。
余裕綽々な彼女に対する、ちょっとしたお返しを思いついた私は、早速それを実行するあたり実に捻くれてるなぁと実感する。
「ねぇ、小悪魔。久しぶりにさ、本を読んで頂戴」
「それは、主人としてのご命令でしょうか?」
「もちろん。それと同時に、愛しい親友としての頼みでもあるわ」
それは、紛れも無い本心からの言葉。
嘘偽りの無い、私の中のありのままの心。
その言葉に、背後の小悪魔がパチクリと目を瞬かせる気配がした。
ふと、肩越しに彼女の表情を伺って見ると、ほんのりと顔を赤くしている小悪魔が見えた。
私の言葉が予想外だったようで、どんどん赤みが増して終いにはトマトみたいに真っ赤になってる。
してやったりと、内心でほくそ笑む。こんな風に、ふとした不意打ちに弱いのも、彼女のかわいらしい魅力だと思う。
「あうぅ……、その一言は予想外でした」
「あらそう。それで、返答は?」
どこか悔しそうな彼女の言葉にも、私は余裕綽々と言った様子で問いただす。
しばらく、彼女は小さな深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻し、未だ赤みの残る表情で、にっこりと微笑んだ。
綺麗でかわいらしい、そんないつもの彼女の笑顔で。
「それでは、僭越ながら私が御本を読ませていただきます。お勧めとしては、本当は怖いグリム童話なんですが……」
「題名からして碌でもなさそうなんだけど?」
「子供の夢がブチ壊れること請け合いです!」
「チェンジでお願いッ!!」
いつもどおりのやり取り。いつもどおりのその会話。
私は疲れたようにため息をこぼして、小悪魔はニコニコと楽しそうに笑う。
困ったことに、こんなやつでも憎めないから不思議なものだ。
結局、彼女がお勧めという英雄譚だとか童話を選んでもらうことにした。
しばらくして図書館から帰ってきた彼女の手には、いくつかの本が抱えられていて、うきうきとしたその表情は子供みたいだ。
知らず、笑みがこぼれた。その様子が可愛らしかったからなのか、予想以上に幼く見えたからなのか、我がことなのによくわからなかったけれど。
彼女が椅子に座り、私はその膝の上にちょこんっと座る。
昔はこうやって本を読んでもらってた。懐かしく感じるくらいには、こんな行為とは無縁だったわけで。
生き物特有の暖かさ、女性特有の肌の柔らかさ、そしてシャンプーのいいにおいが鼻腔をくすぐって、同性だというのに妙にどきどきしてしまって。
メイドの小悪魔が本を読み始める。
古くも懐かしいその感覚に、私はどこか満足しながら彼女の声に耳を傾ける。
パチュリーが帰ってくるまで、今の小悪魔を独占できると思うと、なんだか嬉しいとさえ思えたから。
うん、たまには―――メイドの小悪魔も悪くない。
私の幻想郷はそこにあったのですね。
メイド服の小悪魔が凄く見たいです!
小悪魔メイド服はロングスカートに決まってるだろ!
反論は認めるぜ。
15様には同意する。小悪魔はロングスカートが似合うんだ。
見えっぱなしのガーターよりも見えずともロングスカートの中にあるガーターこそが最高にエロいと思うんだ。
性格は全然違うが、やむ○さんの描くロングスカート黒ガーター小悪魔に脳内でメイド服補正をしてみたらしっくりきた。
こあのメイドって言うよりも、お姉さんって感じが実にいい。
こあフラに目覚めそう。
子供の夢が壊れるっていうか子供は読んじゃいけませんというか……
そも、自分はミニスカメイドはあんまり好きくないのです
でも小悪魔ならいけるかもしれない
ただ、スカートの丈が長ければ100点だった。
15様には心の底から同意する。
それはともかく、こぁフラ、これはいいかも。是非続けてくださいませ
服違うだけで魅力もまた変わってきますね!
堪能しました
二人の関係はこんな感じでいいんじゃないでしょうか!!
妖艶かつ破天荒なこあを望むのでロング派です。
上から目線でヾ(゚д゚;) スッ、スマソ
貴方の書く、マイペースで周りを煙に巻く様な小悪魔が大好きです。
素晴らしい小悪魔でした。
心温まりました。