古明地さとりは妹のこいしを大事に思っていた。
いくら大事に思っても、どんなわがままを聞いても、妹は一向に心を開いてくれない。
妹は心を閉ざしたままだった。
古明地こいしは姉のさとりに愛されたいと願っていた。
姉がどんなに自分を大事に思ってくれても、何でも言う事を聞いてくれても、愛してくれなければ何の意味もなかった。
いつしか姉は、妹が自分を嫌っていると思い込み、妹は、姉にとってどうでも良い存在なんだと思い込んでいた。
・・・
地霊異変の後処理で古明地さとりは忙しかった。
幸い、破壊された場所は少なくすぐに修復されたが、地上との盟約も古いまま形骸化しており、今回を機に破棄するか、
改めるかしようと言う事でその内容の見直しを地上の妖怪たちと行なっていた。
また、盟約が古いと言っても、山の神がお空に余計な事をしたとしても、今回の非はこちらにある。
お空の扱い、お燐への処罰も考えないといけない。問題は山積みだった。
さとりは物騒な力を手に入れて調子に乗って地上を焼き尽くそうなどと考えたお空を、山の神のところ
へ捨ててしまおうかと一瞬考えもしたが、こんな事でお空を殺してしまうような妖怪とお燐に見られて
いたのがショックだった事もあってすぐにその考えを捨てた。
「まったく、余所者と言うのはいつも厄介ごとを起こすものですね。」
と、つい愚痴の一つもこぼしたくなる。
地底に棲む妖怪も、地上の妖怪もお互いに盟約を知っていたし、守ってもいた。妹やペット、鬼の例外を除いて。
だが、妹は相手に気付かれないようにしていたし、地上に出た鬼だって地底の事は話さなかった。
建前としては盟約は生きていたし、それで余計な摩擦を生まないようにも気をつけていた。
そこへ盟約を何とも思わないような今回の騒動。
山の神も「知らなかった」と建前上はしているがそれも怪しい。
それに気付かない山の妖怪も知った後でも放置した河童たちも。
そんな事が有り得るだろうか。
山の神の計画は山の妖怪だって察知出来ただろうし、後で知ったとは言えその時に盟約の事を教える事だって出来た筈だ。
大方、妖怪たちは見て見ぬふりをして上手く行けばしめたもの、駄目だったら山の神のせいにでもすれば良いと思っていたのだろう。
だが、双方のすれ違いで計画が実行されてしまった可能性だって否定は出来ない。
聞けば今回の計画は周知されずに実行されたらしいし、意思の疎通を欠いたという事も有り得る。
益体も無い事を考えていたところでボーン・・・と音が鳴り響き、柱時計が12時になった事を知らせた。
さとりは我に返って今考えていた事を頭の隅に追いやった。
(いけないいけない、私の役目はペット達がしでかした責任を取る事であって、地上の責任を追及する事ではないわね。
地上に責任があったとしても、あちらの事はあちらで片を付けて貰わないと。)
実際地上に乗り込んで自分の能力を使えば真相がどうだったかはすぐに分かるだろうが、
それで仮に地底側の責任を回避したところで悪くすれば地上と地底の関係が悪化する事も有り得る。
それに地上に鬼が出ていた事も自分たちの事を棚に上げて追求して来るかも知れないし、そうなれば泥沼になる事は目に見えている。
だから、自分たちの不始末は自分たちで付けて、盟約を今後も守りますと言う態度を
見せておけば建前を守っている以上、少なくともそれ以上の追求は出来ない。
そう思い直し、目の前にある書類を片付ける事にした。
さとりは自分の能力がある意味比類無い事を知っていた。
が、同時に何にでもこの能力さえ使えば良いわけではない事も経験から知っていた。
地霊殿を建てた頃はさとりをよく思わない妖怪や勢力が居て争ったが、殆どが自分たちの能力を過信して無理を通して滅亡して行った。
金槌で解決出来る問題は限られているように自分の能力もまた解決出来る範囲は限られていると確信していた。
だから、ペットや怨霊との会話以外には滅多に能力を使わないようにしている。
異変の時に来た巫女や魔女には非礼な者には容赦するつもりはないと言う意思表示で能力を使ったが、
地底に来た理由やお燐とお空がしでかした事が真実だと分かると能力を使用した事を後で謝罪した。
それは釘も出ていないのに金槌を取り出して振り回してしまったような気恥ずかしさもあっての事だった。
だが、さとりは自分の能力が全く通じない者が居る事もまた知っている。
それは同時にさとりにとって未だ解決出来ない問題であり、問題が解決しないのは自分の能力が通じないからではないのか。
いや、逆に能力に頼っているからこそではないのか。
と、いつまでもその問題を解決出来ない自分に不甲斐無さを覚えていた。
・・・
こいしは地上での一件の後、霊夢や魔理沙たちを地霊殿に招待していた。
「お姉ちゃんは仕事だってさ。折角来て貰ったのに。」
と不満顔を浮かべているこいしに霊夢が挨拶をしながら言った。
「良いのよ、この前みたいに押し込み強盗扱いされちゃたまらないしね。」
「おいおい、招待を受けておいて主を悪く言う巫女が居るぜ。全く世も末だな。」
「本物の強盗は強盗扱いされたって平気らしいわね。」
「あん?誰のことだ?強盗なんて寝ぼけた奴の見間違いに違いないぜ。」
「あんたこの前、結局帰りに家捜しして行ったじゃない。」
とアリスが茶々を入れる。
「ああ、じゃあやっぱり強盗なんて居なかったんだな。私のは強盗じゃない。」
「「あんたねえ・・・」」
霊夢とアリスの会話が重なったところでこいしが待ち切れないように割って入った。
「もう、居ないお姉ちゃんの事は良いからさ。それより弾幕勝負の話を聞かせてよ。あ、お燐。丁度お茶葉を貰ったからこれで淹れて来てよ。」
と、霊夢たちを案内をして来たお燐に今貰った茶葉を渡す。
「あ、はーい。それじゃ早速お姉さんたちが気に入るようなお茶を入れて来るよ!」
ダッシュで出て行こうとしたお燐を霊夢が止める。
「ちょっと待った。」
「え?何だいお姉さん。」
「あんたじゃ死体欲しさに何入れるか分かったもんじゃないわ。自分の飲むお茶くらい自分で淹れるわよ。萃香。ちょっと一緒に来なさい。」
「あいよー。」
「信用無いねー。あたい傷付いちゃうよ。」
「嘘吐きなさい。」
神社でいつもお茶をすすったり酒を飲んでいる鬼を連れて霊夢はお燐にお勝手へ案内させた。
「もう、せわしないなぁ。折角お客さんで来てるんだからゆっくりくつろいで行けば良いのに。」
「あー、まぁ何だ。いろいろとこだわりがあるらしいぜ、あの巫女には。」
「ふーん、そんなもんなのかな。まぁ良いや、それより魔理沙、弾幕勝負の話は?」
「それじゃあ語って聞かせるか。聞くも感動見るも感動の弾幕物語だ。」
「何よそのどこかの銘菓みたいなネーミングは。」
「出張、霧雨魔法店にて絶賛発売中だぜ。」
「はーやーくー」
「ああすまん。じゃあまずは・・・」
魔理沙たちがこいしに弾幕の話をしている頃、霊夢たちはお勝手でお湯を沸かしていた。
「ふーん、近くに火があるって便利ね。」
「おお。あたいも鼻が高いよ。お姉さんに褒めて貰えるなんて。」
「うさん臭いっつーの。」
「えー?」
火の前でじっと湯が沸くのを見つめながら霊夢はお燐に話しかけた。
「それで、あんた今回の件、大丈夫なの?」
「ああ、心配してくれるのかい?大丈夫だよ、さとり様が何とかするから心配するなってさ。
でもねぇ。あたいにはさとり様が無理しちゃってるみたいに見えてそっちの方が申し訳ないよ。」
「そう思うならあんな事二度としないようにしときなさいよ。」
「それは出来ない相談だねー。あたいたち妖怪の本分ってものがあるしさ。」
「馬鹿だねあんたも。まずさとりに知らせるようにしろって話だよ。」
萃香が顔を出して言った。
「ああ、それなら大丈夫。お空と一緒にこってりとさとり様にしぼられたから。何があってもまず相談するようにきつく言われたよ。」
「本当に?」
「本当本当、いやー、あのお説教の時は死ぬかと思ったね。あたいもお空も。」
「お説教で死ぬのか。」
「何ならお姉さんもあたいと一緒にさとり様にお説教されてみるかい?」
「いや、やめとくわ。あいつ怒ると怖そうだし。」
「え、そうかい?残念だねぇ。新鮮な死体が手に入ると思ったんだけどなー。」
「だからそれをやめろって言ってるのよ。」
霊夢たちが居間へお茶を淹れて戻った頃、まだ弾幕勝負の話を続けていた。
「で、寒いのにこいつが邪魔をするもんだからさ。」
「邪魔なんてしてないわよ。単に挨拶しただけじゃない。」
「挨拶で私の春を奪って行くとは都会の魔法使いって言うのは非道だな。」
「誤解されるような言い方はやめなさい。」
「えー、そんな関係だったの?」
「違うわよ。」
アリスが眉一つ動かさず即答した時に、淹れてきたお茶には合いそうに無い片手持ちのティーカップがテーブルに置かれた。
「こんなのしか無かったわ。」
「だからこんなのとは失礼だねー。これでもれっきとした年代もんらしいんだよ?」
「だから、らしいって何よ。らしいって。」
「いやー、聞いたんだけどド忘れしちゃったんだよね。」
(あ、あれお姉ちゃんのお気に入りだ。まぁ、私たちが使うくらい良いよね。)
すぐにこいしの意識は目の前の魔法使いに戻された。
「それでそれで。続きは?」
「あー、そうだな。こいつの人形をちぎっては投げ、ちぎっては投げしてだな・・・」
「・・・いつも言ってるけどあんたには魔法使いとして必要な客観的視点が抜けてるのよ。」
「いや、魔法使いに必要なのは火力だぜ。」
「だからねー!」
「・・・ふーん。」
二人のやり取りをこいしが笑って見ている。
「ん?何だ?」
「んー、二人とも良いなって思って。」
「え、何が?」
「んー、お互い足りないところを補い合ってるって言うのかな。
けんかしてるように見えても、相手の気持ちをちゃんと理解し合えてて、どっちも良い影響を受けてるみたい。」
「あ、お前ひょっとしてその目で見えてるのか?」
「んーんー、ちょっとは開いてるけど全然。長いこと閉じてたし、その影響もあるのかも。
でも、そのくらいこんな目で無くっても普通に見てれば分かるよ。お姉ちゃんってばその辺全く理解して無いのよねー。
何でもあの目に頼りっぱなし。」
・・・
柱時計から15時を知らせる音がさとりの部屋に響く。
(もうこんな時間ですか、そろそろ休憩しますかね・・・)
と背伸びをし、休憩がてらお茶を飲もうと部屋を出た。
お勝手につくと、お気に入りのティーカップを探したが、あるべき場所に無い。
周りを見てもある気配が無い。
(もう、またこいしかお燐辺りが勝手に使っているんですね。)
居間の前へ通り掛かると、話し声が聞こえていたので、ここだろうと部屋へ入ろうとした時に、お燐の声が耳に届いた。
「さとり様、変なところで鈍感ですから・・・。」
と自分の事を言われて一瞬ひるんで入るタイミングを失った。
(う、うるさいですね。自覚はあるんですよ、自覚は。)
「でもあの鈍感さはひどいと思わない?だから私の気持ちなんて全然分かってくれないし。」
(・・・さ、さすがに妹に言われると来るものが有りますね。)
「まぁまぁ、自分の家族を悪く言うもんじゃないぜ。」
「家出してるあんたに言われたくないけどね。」
「他人の家は他人の家。だぜ。」
「だからあんたが言うと説得力が無いんだって。」
さとりは完全に入るタイミングを失って、すごすごとお勝手に戻っていつもと違うティーカップにお茶を淹れて自室に戻った。
(切ない・・・。)
・・・
自室に入ろうとしたさとりに後ろから声が掛かる。
「いやー、地霊殿の主も妹さんには頭が上がらないんですねー。」
完全に気を緩めていたためか、おもわず身構えて振り向いた。
「あ、あなたは確か・・・。」
「はい、清く正しい射命丸 文です。」
「・・・で、その清く正しい方がわざわざ人の背後から何の御用ですか。」
「あららー。これは手厳しい。実はこいしさんから許可を頂いて地霊殿の内部に潜入取材中でして。」
「・・・許可を取ってまで潜入する必要があるんですか?」
「そこはそれ雰囲気と言う奴で。それで折角なので潜入取材ついでに、地霊殿の主であるあなたを
取材しようと後をつけていたらスクープの匂いがしたので、黙ってついて来ていました。」
「き、気を抜いてて気付かなかった・・・。」
(取材のため、ほぼ完全に気配を消す術を学んでいる自分に気付かなかったのも無理はないですね)※あくまで取材のためです。
「おかげ様で良い記事が書けそうです。『スクープ!怨霊も怯え怯む地霊殿の主も、妹には頭が上がらなかった!』どうです?」
得意げに文がメモを取っていると、さとりが笑いながら話しかけて来た。
「射命丸さんでしたっけ?それよりも良いスクープがありますよ。」
話し方はさっきまでと同じだが、辺りの雰囲気ががらっと変わり思わず鳥肌が立った。
「え、えーと。どのような記事で?」
と言いつつ体をずらすような動作で重心を移動させて逃げる準備をした。
が、そこで足が震えている事に気付き、ガクンと崩れる。
それから座り込んで立てなくなって、強い視線を感じた。
「・・・へぇ、あの閻魔様ともお知り合いなんですね。ええ、私もここに来た頃に何度かお世話になりましたよ。」
「あ、あのー、何で今閻魔様のお話を・・・?」
「いえ、これから貴方がお会いする方ですからね。」
「あれれ、おかしいですね。そちら方面には取材の予定とかは入っていないです。」
「そうですか。ところで全く話は変わりますが、生きながら丸焼きにされるのと、体をバラバラにされて焼かれるのはどちらがお好みですか?」
「全くどちらもお好みではないです!」
と、いらぬ知識が頭の中をよぎって行く。
「・・・なるほど、そんな方法があるんですね。」
「あ、いやいや、今のは全くもって不要な知識でですね・・・。」
「ではそちらがお好みのようですので、それで行きましょう。『地霊殿で猟奇殺人。取材中の清く正しい記者が犠牲に』と言う見出しで。」
「あ、あの。うちはそう言うのは専門外で・・・。」
そこから会話は途切れ、さとりはゆっくりと文に向かって歩いて行く。
だが座り込んでいる文にとって、さとりは見上げる形になり自分より大きく見える。威圧感すら受けていた。
恐怖で目を背ける事も出来ず、沈黙が、ゆっくりと近づいて来る動作が、ほんの数秒を何十分にも感じさせる。
手が届く位置になった時、ゆっくりとさとりの腕が文に伸びる。瞬間、文は恐怖ではなく死を感じた。
気が付いた時、文は死んだのだと思った。死ぬとはこんなにもあっけないのか。
ああ、何か紙がビリビリと破れる音がする・・・。あれ、紙?
気を持ち直して辺りを見回すと、さとりがさっきのメモを破いていた。
「残念ながらメモが破けてしまいました。射命丸さんは、さっきのメモの内容、覚えていますか?」
「は?い、いえいえ。これっぽっちも覚えていませんです、はい。」
首をブンブン振り、否定する。
「そうですか、折角のスクープだったのに、残念ですね。」
「ええ、いや。全く記憶に無いものですから、大丈夫です。はい。・・・あ、そうだ。私こいしさんの取材をしなくてはいけないんでした!それではこれで!」
「あ、そうそう。さっきのメモ、思い出したら言って下さいね。もし記事になったら感想を言いたいので。」
「ええ、思い出す可能性なんてこれっぽっちも無いと思いますが、万が一そんな事があれば。」
「そんな事があれば?」
「あ、いえ、万が一にも無いです。未来永劫。」
「分かりました。ではご壮健に。」
そう言ってさとりは自室に入り、また静寂が辺りを包み込んだ。
(いやいや、よもや鬼や閻魔よりも恐ろしいと感じる方が居るとは思いませんでした。これは収穫ですね。)
と言いながらも、文は無意識にこいしのところに急いでいた。
気配が消えてからさとりはため息をついた。
「やれやれ、こんな脅しみたいな事にしか能力を使えないなんて・・・こんなだから妹にも嫌われるんですかね・・・。」
・・・
「それじゃあ、そろそろお暇するとするか」
「そうね、帰る頃にはもう夜だろうけど」
時計は17時を指していた。
「えー、もう?泊まって行けば良いのに。」
こいしは抵抗を試みる。
「そう言うわけにも行かないのよ。何も無いのにあっちを空けておくわけにもいかないしね。」
が、あえなく無駄に終わった。
「んー、まぁそう言う事なら仕方無いか。お燐、送ってあげてね。」
「こいし様はついて行かれないんですか?」
「行ったら帰って来ないだろうし、今日はちょっとお姉ちゃんともお話したいしね。」
「んー、わっかりました。では、ちょいとひとっ走り行って来ます。」
こいしは、玄関まで見送った後、さとりの部屋へ向かった。
コンコンとノックの音が響く。
「どうぞ」
書類に目を通していたさとりは、書類から目を離さずに言った。
ドアノブが回り、こいしが部屋に入る。
「お姉ちゃん、今良い?」
「ちょっと待ってね、この書類だけ片付けてしまうから。・・・はい、良いわよ。何?」
「お姉ちゃん、あの文って人に何かしたでしょ。」
(ギクッ)平静を装って返す。
「何の事かしら?」
「とぼけちゃってー。あの人戻ってから随分そわそわしてたからぜーんぶ聞いちゃった。」
「な、何ですって!?あの天狗・・・!」
思わず立ち上がって机を叩く。
「嘘よ。・・・やっぱりお姉ちゃんじゃない。」
「あ・・・。」
「で?」
さとりは、こいしたちの話を立ち聞きしていた事、それを文に覗かれて記事にされかけた事、それを止めるために能力を使った事を全て話した。
「何よそれ。殆どお姉ちゃんが悪いんじゃない。」
「でも・・・記事にされると私のイメージが。」
「ふーん、そう。自分のイメージのためなら私のお客様にそんな事するんだね。」
「う・・・。だって、今は地上との交渉ごとで地底もかなりピリピリしてるし、そんな時にこんな記事出されたら・・・。」
「何でお姉ちゃんがそんな事しなくちゃいけないのよ!」
声を荒げて身を乗り出したこいしに、思わずさとりは身をすくめた。
「別に良いじゃないあんな奴ら。私よりあんな奴らの方が大事だって言うの!?」
「そんな事はないわ。あなたが一番大事よ。」
「そんなの聞きたくない!いっつもそう!いつも私のため、私のためって言って結局私の方なんて見ていてくれないじゃない!」
さとりは、何も言えずうつむいたままだった。
「・・・お姉ちゃんは私の言う事何でも聞いてくれるよ?何だって出来る事ならやろうとする。でもそれって何のためなの?本当に私のため?」
「そ、それは・・・」
さとりは目の前の問題を解決すれば、いずれ妹との問題にだけ向き合えると考え、今まで地霊殿の主として出来る事は全てやろうとして来た。
だが、結局は妹の事を他の問題と同列に扱い、更に解決出来ないからと先延ばしにして来ただけに過ぎない。それを見透かされた気がした。
「ごめんなさい。」
「鈍感!馬鹿!何で謝るのよ!それじゃ私、お姉ちゃんに大事じゃないって言われてるみたいじゃない!」
「・・・ごめんなさい」
さとりは泣きながら謝っていた。
妹のために何かしようと思いながら一番大事な事が出来ずにただ逃げていただけの自分に今更ながら妹に気付かされて、
能力を使う使わないでしか考えられずにいた自分の不器用さがどうしようもなく情けなかった。
こいしもまた、姉に言いたい事も言えずに溜まっていた感情を爆発させる事しか出来ない自分が情けなくて泣いていた。
「大事になんて、してくれなくても良いから、私を愛してよ・・・。」
こいしはさとりの体にすがりついて、泣いた。
さとりもこいしの背に手を伸ばし、抱きしめる事しか出来なかった。
「ごめんなさい、私、鈍感だから、こんな事しか出来なくて・・・。」
「・・・ううん、良い。暫くこのままで居てくれれば。」
二人とも泣いて、お互いにすがりつく以外出来ないが、それでもこいしにとっては今まで姉にして貰ったどんな事よりも嬉しかった。
・・・
こいしは泣き疲れて寝てしまったらしく寝息が聞こえる。さとりはそっとこいしの髪をなでて、そのまま自分も目を閉じた。
・・・
「おっはよーございますさとり様ー!空、只今地上より帰って参りました!」
お空の馬鹿でかい声で目を覚ましたさとりは、こいしがまだ自分の上で寝ている事に気付いた。
どうやらあのまま朝まで寝てしまったようで、お互いひどい目で涙の跡もシワになってしまっている。
「ああ、お空おはよう。地上の仕事も昨日までだったかしら。」
お空は神の力を貰って以来、特例として山の神のところと地底を行き来する事を許可されていた。
「はい!その報告に来ました。」
お空の馬鹿でかい声にどうやらこいしも目を覚ましたようだ。
「何よもうー、お空ってば全然気が利かないのね。私とお姉ちゃんが愛し合ってるんだから、そんなの後にしなさいよ。」
「ちょ、ちょっとこいし。」
そう言ってまたさとりをソファに押し倒そうとする。
「えー、と、あー。すいませんでした。それじゃ、外で待ってますね!」
お空は来た時と同じようにバタンと慌しくドアを閉めて出て行った。
もうあの子の事だから私とこいしの事なんて頭に無いだろうけど。
「うん。良いペットを持ってお姉ちゃんも幸せ者よね。」
「もう、こいしってば。」
「良いの良いの、あんなの後回しにしてもう少し私と・・・」
「調子に乗らないの。」
「ちぇー、お姉ちゃんの馬鹿ー。」
「はいはい、馬鹿でも良いわ。」
((またいつかこうして、あなたと分かり合えたなら))
いくら大事に思っても、どんなわがままを聞いても、妹は一向に心を開いてくれない。
妹は心を閉ざしたままだった。
古明地こいしは姉のさとりに愛されたいと願っていた。
姉がどんなに自分を大事に思ってくれても、何でも言う事を聞いてくれても、愛してくれなければ何の意味もなかった。
いつしか姉は、妹が自分を嫌っていると思い込み、妹は、姉にとってどうでも良い存在なんだと思い込んでいた。
・・・
地霊異変の後処理で古明地さとりは忙しかった。
幸い、破壊された場所は少なくすぐに修復されたが、地上との盟約も古いまま形骸化しており、今回を機に破棄するか、
改めるかしようと言う事でその内容の見直しを地上の妖怪たちと行なっていた。
また、盟約が古いと言っても、山の神がお空に余計な事をしたとしても、今回の非はこちらにある。
お空の扱い、お燐への処罰も考えないといけない。問題は山積みだった。
さとりは物騒な力を手に入れて調子に乗って地上を焼き尽くそうなどと考えたお空を、山の神のところ
へ捨ててしまおうかと一瞬考えもしたが、こんな事でお空を殺してしまうような妖怪とお燐に見られて
いたのがショックだった事もあってすぐにその考えを捨てた。
「まったく、余所者と言うのはいつも厄介ごとを起こすものですね。」
と、つい愚痴の一つもこぼしたくなる。
地底に棲む妖怪も、地上の妖怪もお互いに盟約を知っていたし、守ってもいた。妹やペット、鬼の例外を除いて。
だが、妹は相手に気付かれないようにしていたし、地上に出た鬼だって地底の事は話さなかった。
建前としては盟約は生きていたし、それで余計な摩擦を生まないようにも気をつけていた。
そこへ盟約を何とも思わないような今回の騒動。
山の神も「知らなかった」と建前上はしているがそれも怪しい。
それに気付かない山の妖怪も知った後でも放置した河童たちも。
そんな事が有り得るだろうか。
山の神の計画は山の妖怪だって察知出来ただろうし、後で知ったとは言えその時に盟約の事を教える事だって出来た筈だ。
大方、妖怪たちは見て見ぬふりをして上手く行けばしめたもの、駄目だったら山の神のせいにでもすれば良いと思っていたのだろう。
だが、双方のすれ違いで計画が実行されてしまった可能性だって否定は出来ない。
聞けば今回の計画は周知されずに実行されたらしいし、意思の疎通を欠いたという事も有り得る。
益体も無い事を考えていたところでボーン・・・と音が鳴り響き、柱時計が12時になった事を知らせた。
さとりは我に返って今考えていた事を頭の隅に追いやった。
(いけないいけない、私の役目はペット達がしでかした責任を取る事であって、地上の責任を追及する事ではないわね。
地上に責任があったとしても、あちらの事はあちらで片を付けて貰わないと。)
実際地上に乗り込んで自分の能力を使えば真相がどうだったかはすぐに分かるだろうが、
それで仮に地底側の責任を回避したところで悪くすれば地上と地底の関係が悪化する事も有り得る。
それに地上に鬼が出ていた事も自分たちの事を棚に上げて追求して来るかも知れないし、そうなれば泥沼になる事は目に見えている。
だから、自分たちの不始末は自分たちで付けて、盟約を今後も守りますと言う態度を
見せておけば建前を守っている以上、少なくともそれ以上の追求は出来ない。
そう思い直し、目の前にある書類を片付ける事にした。
さとりは自分の能力がある意味比類無い事を知っていた。
が、同時に何にでもこの能力さえ使えば良いわけではない事も経験から知っていた。
地霊殿を建てた頃はさとりをよく思わない妖怪や勢力が居て争ったが、殆どが自分たちの能力を過信して無理を通して滅亡して行った。
金槌で解決出来る問題は限られているように自分の能力もまた解決出来る範囲は限られていると確信していた。
だから、ペットや怨霊との会話以外には滅多に能力を使わないようにしている。
異変の時に来た巫女や魔女には非礼な者には容赦するつもりはないと言う意思表示で能力を使ったが、
地底に来た理由やお燐とお空がしでかした事が真実だと分かると能力を使用した事を後で謝罪した。
それは釘も出ていないのに金槌を取り出して振り回してしまったような気恥ずかしさもあっての事だった。
だが、さとりは自分の能力が全く通じない者が居る事もまた知っている。
それは同時にさとりにとって未だ解決出来ない問題であり、問題が解決しないのは自分の能力が通じないからではないのか。
いや、逆に能力に頼っているからこそではないのか。
と、いつまでもその問題を解決出来ない自分に不甲斐無さを覚えていた。
・・・
こいしは地上での一件の後、霊夢や魔理沙たちを地霊殿に招待していた。
「お姉ちゃんは仕事だってさ。折角来て貰ったのに。」
と不満顔を浮かべているこいしに霊夢が挨拶をしながら言った。
「良いのよ、この前みたいに押し込み強盗扱いされちゃたまらないしね。」
「おいおい、招待を受けておいて主を悪く言う巫女が居るぜ。全く世も末だな。」
「本物の強盗は強盗扱いされたって平気らしいわね。」
「あん?誰のことだ?強盗なんて寝ぼけた奴の見間違いに違いないぜ。」
「あんたこの前、結局帰りに家捜しして行ったじゃない。」
とアリスが茶々を入れる。
「ああ、じゃあやっぱり強盗なんて居なかったんだな。私のは強盗じゃない。」
「「あんたねえ・・・」」
霊夢とアリスの会話が重なったところでこいしが待ち切れないように割って入った。
「もう、居ないお姉ちゃんの事は良いからさ。それより弾幕勝負の話を聞かせてよ。あ、お燐。丁度お茶葉を貰ったからこれで淹れて来てよ。」
と、霊夢たちを案内をして来たお燐に今貰った茶葉を渡す。
「あ、はーい。それじゃ早速お姉さんたちが気に入るようなお茶を入れて来るよ!」
ダッシュで出て行こうとしたお燐を霊夢が止める。
「ちょっと待った。」
「え?何だいお姉さん。」
「あんたじゃ死体欲しさに何入れるか分かったもんじゃないわ。自分の飲むお茶くらい自分で淹れるわよ。萃香。ちょっと一緒に来なさい。」
「あいよー。」
「信用無いねー。あたい傷付いちゃうよ。」
「嘘吐きなさい。」
神社でいつもお茶をすすったり酒を飲んでいる鬼を連れて霊夢はお燐にお勝手へ案内させた。
「もう、せわしないなぁ。折角お客さんで来てるんだからゆっくりくつろいで行けば良いのに。」
「あー、まぁ何だ。いろいろとこだわりがあるらしいぜ、あの巫女には。」
「ふーん、そんなもんなのかな。まぁ良いや、それより魔理沙、弾幕勝負の話は?」
「それじゃあ語って聞かせるか。聞くも感動見るも感動の弾幕物語だ。」
「何よそのどこかの銘菓みたいなネーミングは。」
「出張、霧雨魔法店にて絶賛発売中だぜ。」
「はーやーくー」
「ああすまん。じゃあまずは・・・」
魔理沙たちがこいしに弾幕の話をしている頃、霊夢たちはお勝手でお湯を沸かしていた。
「ふーん、近くに火があるって便利ね。」
「おお。あたいも鼻が高いよ。お姉さんに褒めて貰えるなんて。」
「うさん臭いっつーの。」
「えー?」
火の前でじっと湯が沸くのを見つめながら霊夢はお燐に話しかけた。
「それで、あんた今回の件、大丈夫なの?」
「ああ、心配してくれるのかい?大丈夫だよ、さとり様が何とかするから心配するなってさ。
でもねぇ。あたいにはさとり様が無理しちゃってるみたいに見えてそっちの方が申し訳ないよ。」
「そう思うならあんな事二度としないようにしときなさいよ。」
「それは出来ない相談だねー。あたいたち妖怪の本分ってものがあるしさ。」
「馬鹿だねあんたも。まずさとりに知らせるようにしろって話だよ。」
萃香が顔を出して言った。
「ああ、それなら大丈夫。お空と一緒にこってりとさとり様にしぼられたから。何があってもまず相談するようにきつく言われたよ。」
「本当に?」
「本当本当、いやー、あのお説教の時は死ぬかと思ったね。あたいもお空も。」
「お説教で死ぬのか。」
「何ならお姉さんもあたいと一緒にさとり様にお説教されてみるかい?」
「いや、やめとくわ。あいつ怒ると怖そうだし。」
「え、そうかい?残念だねぇ。新鮮な死体が手に入ると思ったんだけどなー。」
「だからそれをやめろって言ってるのよ。」
霊夢たちが居間へお茶を淹れて戻った頃、まだ弾幕勝負の話を続けていた。
「で、寒いのにこいつが邪魔をするもんだからさ。」
「邪魔なんてしてないわよ。単に挨拶しただけじゃない。」
「挨拶で私の春を奪って行くとは都会の魔法使いって言うのは非道だな。」
「誤解されるような言い方はやめなさい。」
「えー、そんな関係だったの?」
「違うわよ。」
アリスが眉一つ動かさず即答した時に、淹れてきたお茶には合いそうに無い片手持ちのティーカップがテーブルに置かれた。
「こんなのしか無かったわ。」
「だからこんなのとは失礼だねー。これでもれっきとした年代もんらしいんだよ?」
「だから、らしいって何よ。らしいって。」
「いやー、聞いたんだけどド忘れしちゃったんだよね。」
(あ、あれお姉ちゃんのお気に入りだ。まぁ、私たちが使うくらい良いよね。)
すぐにこいしの意識は目の前の魔法使いに戻された。
「それでそれで。続きは?」
「あー、そうだな。こいつの人形をちぎっては投げ、ちぎっては投げしてだな・・・」
「・・・いつも言ってるけどあんたには魔法使いとして必要な客観的視点が抜けてるのよ。」
「いや、魔法使いに必要なのは火力だぜ。」
「だからねー!」
「・・・ふーん。」
二人のやり取りをこいしが笑って見ている。
「ん?何だ?」
「んー、二人とも良いなって思って。」
「え、何が?」
「んー、お互い足りないところを補い合ってるって言うのかな。
けんかしてるように見えても、相手の気持ちをちゃんと理解し合えてて、どっちも良い影響を受けてるみたい。」
「あ、お前ひょっとしてその目で見えてるのか?」
「んーんー、ちょっとは開いてるけど全然。長いこと閉じてたし、その影響もあるのかも。
でも、そのくらいこんな目で無くっても普通に見てれば分かるよ。お姉ちゃんってばその辺全く理解して無いのよねー。
何でもあの目に頼りっぱなし。」
・・・
柱時計から15時を知らせる音がさとりの部屋に響く。
(もうこんな時間ですか、そろそろ休憩しますかね・・・)
と背伸びをし、休憩がてらお茶を飲もうと部屋を出た。
お勝手につくと、お気に入りのティーカップを探したが、あるべき場所に無い。
周りを見てもある気配が無い。
(もう、またこいしかお燐辺りが勝手に使っているんですね。)
居間の前へ通り掛かると、話し声が聞こえていたので、ここだろうと部屋へ入ろうとした時に、お燐の声が耳に届いた。
「さとり様、変なところで鈍感ですから・・・。」
と自分の事を言われて一瞬ひるんで入るタイミングを失った。
(う、うるさいですね。自覚はあるんですよ、自覚は。)
「でもあの鈍感さはひどいと思わない?だから私の気持ちなんて全然分かってくれないし。」
(・・・さ、さすがに妹に言われると来るものが有りますね。)
「まぁまぁ、自分の家族を悪く言うもんじゃないぜ。」
「家出してるあんたに言われたくないけどね。」
「他人の家は他人の家。だぜ。」
「だからあんたが言うと説得力が無いんだって。」
さとりは完全に入るタイミングを失って、すごすごとお勝手に戻っていつもと違うティーカップにお茶を淹れて自室に戻った。
(切ない・・・。)
・・・
自室に入ろうとしたさとりに後ろから声が掛かる。
「いやー、地霊殿の主も妹さんには頭が上がらないんですねー。」
完全に気を緩めていたためか、おもわず身構えて振り向いた。
「あ、あなたは確か・・・。」
「はい、清く正しい射命丸 文です。」
「・・・で、その清く正しい方がわざわざ人の背後から何の御用ですか。」
「あららー。これは手厳しい。実はこいしさんから許可を頂いて地霊殿の内部に潜入取材中でして。」
「・・・許可を取ってまで潜入する必要があるんですか?」
「そこはそれ雰囲気と言う奴で。それで折角なので潜入取材ついでに、地霊殿の主であるあなたを
取材しようと後をつけていたらスクープの匂いがしたので、黙ってついて来ていました。」
「き、気を抜いてて気付かなかった・・・。」
(取材のため、ほぼ完全に気配を消す術を学んでいる自分に気付かなかったのも無理はないですね)※あくまで取材のためです。
「おかげ様で良い記事が書けそうです。『スクープ!怨霊も怯え怯む地霊殿の主も、妹には頭が上がらなかった!』どうです?」
得意げに文がメモを取っていると、さとりが笑いながら話しかけて来た。
「射命丸さんでしたっけ?それよりも良いスクープがありますよ。」
話し方はさっきまでと同じだが、辺りの雰囲気ががらっと変わり思わず鳥肌が立った。
「え、えーと。どのような記事で?」
と言いつつ体をずらすような動作で重心を移動させて逃げる準備をした。
が、そこで足が震えている事に気付き、ガクンと崩れる。
それから座り込んで立てなくなって、強い視線を感じた。
「・・・へぇ、あの閻魔様ともお知り合いなんですね。ええ、私もここに来た頃に何度かお世話になりましたよ。」
「あ、あのー、何で今閻魔様のお話を・・・?」
「いえ、これから貴方がお会いする方ですからね。」
「あれれ、おかしいですね。そちら方面には取材の予定とかは入っていないです。」
「そうですか。ところで全く話は変わりますが、生きながら丸焼きにされるのと、体をバラバラにされて焼かれるのはどちらがお好みですか?」
「全くどちらもお好みではないです!」
と、いらぬ知識が頭の中をよぎって行く。
「・・・なるほど、そんな方法があるんですね。」
「あ、いやいや、今のは全くもって不要な知識でですね・・・。」
「ではそちらがお好みのようですので、それで行きましょう。『地霊殿で猟奇殺人。取材中の清く正しい記者が犠牲に』と言う見出しで。」
「あ、あの。うちはそう言うのは専門外で・・・。」
そこから会話は途切れ、さとりはゆっくりと文に向かって歩いて行く。
だが座り込んでいる文にとって、さとりは見上げる形になり自分より大きく見える。威圧感すら受けていた。
恐怖で目を背ける事も出来ず、沈黙が、ゆっくりと近づいて来る動作が、ほんの数秒を何十分にも感じさせる。
手が届く位置になった時、ゆっくりとさとりの腕が文に伸びる。瞬間、文は恐怖ではなく死を感じた。
気が付いた時、文は死んだのだと思った。死ぬとはこんなにもあっけないのか。
ああ、何か紙がビリビリと破れる音がする・・・。あれ、紙?
気を持ち直して辺りを見回すと、さとりがさっきのメモを破いていた。
「残念ながらメモが破けてしまいました。射命丸さんは、さっきのメモの内容、覚えていますか?」
「は?い、いえいえ。これっぽっちも覚えていませんです、はい。」
首をブンブン振り、否定する。
「そうですか、折角のスクープだったのに、残念ですね。」
「ええ、いや。全く記憶に無いものですから、大丈夫です。はい。・・・あ、そうだ。私こいしさんの取材をしなくてはいけないんでした!それではこれで!」
「あ、そうそう。さっきのメモ、思い出したら言って下さいね。もし記事になったら感想を言いたいので。」
「ええ、思い出す可能性なんてこれっぽっちも無いと思いますが、万が一そんな事があれば。」
「そんな事があれば?」
「あ、いえ、万が一にも無いです。未来永劫。」
「分かりました。ではご壮健に。」
そう言ってさとりは自室に入り、また静寂が辺りを包み込んだ。
(いやいや、よもや鬼や閻魔よりも恐ろしいと感じる方が居るとは思いませんでした。これは収穫ですね。)
と言いながらも、文は無意識にこいしのところに急いでいた。
気配が消えてからさとりはため息をついた。
「やれやれ、こんな脅しみたいな事にしか能力を使えないなんて・・・こんなだから妹にも嫌われるんですかね・・・。」
・・・
「それじゃあ、そろそろお暇するとするか」
「そうね、帰る頃にはもう夜だろうけど」
時計は17時を指していた。
「えー、もう?泊まって行けば良いのに。」
こいしは抵抗を試みる。
「そう言うわけにも行かないのよ。何も無いのにあっちを空けておくわけにもいかないしね。」
が、あえなく無駄に終わった。
「んー、まぁそう言う事なら仕方無いか。お燐、送ってあげてね。」
「こいし様はついて行かれないんですか?」
「行ったら帰って来ないだろうし、今日はちょっとお姉ちゃんともお話したいしね。」
「んー、わっかりました。では、ちょいとひとっ走り行って来ます。」
こいしは、玄関まで見送った後、さとりの部屋へ向かった。
コンコンとノックの音が響く。
「どうぞ」
書類に目を通していたさとりは、書類から目を離さずに言った。
ドアノブが回り、こいしが部屋に入る。
「お姉ちゃん、今良い?」
「ちょっと待ってね、この書類だけ片付けてしまうから。・・・はい、良いわよ。何?」
「お姉ちゃん、あの文って人に何かしたでしょ。」
(ギクッ)平静を装って返す。
「何の事かしら?」
「とぼけちゃってー。あの人戻ってから随分そわそわしてたからぜーんぶ聞いちゃった。」
「な、何ですって!?あの天狗・・・!」
思わず立ち上がって机を叩く。
「嘘よ。・・・やっぱりお姉ちゃんじゃない。」
「あ・・・。」
「で?」
さとりは、こいしたちの話を立ち聞きしていた事、それを文に覗かれて記事にされかけた事、それを止めるために能力を使った事を全て話した。
「何よそれ。殆どお姉ちゃんが悪いんじゃない。」
「でも・・・記事にされると私のイメージが。」
「ふーん、そう。自分のイメージのためなら私のお客様にそんな事するんだね。」
「う・・・。だって、今は地上との交渉ごとで地底もかなりピリピリしてるし、そんな時にこんな記事出されたら・・・。」
「何でお姉ちゃんがそんな事しなくちゃいけないのよ!」
声を荒げて身を乗り出したこいしに、思わずさとりは身をすくめた。
「別に良いじゃないあんな奴ら。私よりあんな奴らの方が大事だって言うの!?」
「そんな事はないわ。あなたが一番大事よ。」
「そんなの聞きたくない!いっつもそう!いつも私のため、私のためって言って結局私の方なんて見ていてくれないじゃない!」
さとりは、何も言えずうつむいたままだった。
「・・・お姉ちゃんは私の言う事何でも聞いてくれるよ?何だって出来る事ならやろうとする。でもそれって何のためなの?本当に私のため?」
「そ、それは・・・」
さとりは目の前の問題を解決すれば、いずれ妹との問題にだけ向き合えると考え、今まで地霊殿の主として出来る事は全てやろうとして来た。
だが、結局は妹の事を他の問題と同列に扱い、更に解決出来ないからと先延ばしにして来ただけに過ぎない。それを見透かされた気がした。
「ごめんなさい。」
「鈍感!馬鹿!何で謝るのよ!それじゃ私、お姉ちゃんに大事じゃないって言われてるみたいじゃない!」
「・・・ごめんなさい」
さとりは泣きながら謝っていた。
妹のために何かしようと思いながら一番大事な事が出来ずにただ逃げていただけの自分に今更ながら妹に気付かされて、
能力を使う使わないでしか考えられずにいた自分の不器用さがどうしようもなく情けなかった。
こいしもまた、姉に言いたい事も言えずに溜まっていた感情を爆発させる事しか出来ない自分が情けなくて泣いていた。
「大事になんて、してくれなくても良いから、私を愛してよ・・・。」
こいしはさとりの体にすがりついて、泣いた。
さとりもこいしの背に手を伸ばし、抱きしめる事しか出来なかった。
「ごめんなさい、私、鈍感だから、こんな事しか出来なくて・・・。」
「・・・ううん、良い。暫くこのままで居てくれれば。」
二人とも泣いて、お互いにすがりつく以外出来ないが、それでもこいしにとっては今まで姉にして貰ったどんな事よりも嬉しかった。
・・・
こいしは泣き疲れて寝てしまったらしく寝息が聞こえる。さとりはそっとこいしの髪をなでて、そのまま自分も目を閉じた。
・・・
「おっはよーございますさとり様ー!空、只今地上より帰って参りました!」
お空の馬鹿でかい声で目を覚ましたさとりは、こいしがまだ自分の上で寝ている事に気付いた。
どうやらあのまま朝まで寝てしまったようで、お互いひどい目で涙の跡もシワになってしまっている。
「ああ、お空おはよう。地上の仕事も昨日までだったかしら。」
お空は神の力を貰って以来、特例として山の神のところと地底を行き来する事を許可されていた。
「はい!その報告に来ました。」
お空の馬鹿でかい声にどうやらこいしも目を覚ましたようだ。
「何よもうー、お空ってば全然気が利かないのね。私とお姉ちゃんが愛し合ってるんだから、そんなの後にしなさいよ。」
「ちょ、ちょっとこいし。」
そう言ってまたさとりをソファに押し倒そうとする。
「えー、と、あー。すいませんでした。それじゃ、外で待ってますね!」
お空は来た時と同じようにバタンと慌しくドアを閉めて出て行った。
もうあの子の事だから私とこいしの事なんて頭に無いだろうけど。
「うん。良いペットを持ってお姉ちゃんも幸せ者よね。」
「もう、こいしってば。」
「良いの良いの、あんなの後回しにしてもう少し私と・・・」
「調子に乗らないの。」
「ちぇー、お姉ちゃんの馬鹿ー。」
「はいはい、馬鹿でも良いわ。」
((またいつかこうして、あなたと分かり合えたなら))
前半のさとりが異変の事後処理に頭を悩ませている部分がなかなか面白かったです。管理職は大変ですね。
それだけにその部分と、後半の姉妹の絆についての話と、話の中心が急に変わったなという印象でした。
あと、台詞が長くなってくる中盤の会話シーンですと、少し情景が分かりづらい部分もありましたので、地の文で補うともっと分かりやすかったかもしれません。
実は最後が書きたかった部分で、前半は最後への補足として後から思い浮かんだので、まとめ切れていないようですね。
組織としては有用だけど、組織は手段で目的じゃないよね、とかきちんと消化するにはスキルと時間が少なかったようです。
他にも削りすぎたかなとか、ああ、言い方を変えたいなとか色々と考えちゃいますね・・・。
セリフの部分は・・・こいしパートになったし。とノリ重視で会話以外何も考えていなかったですね。
一度会話から背景を掘り下げる作業が必要かなと思いました。