Coolier - 新生・東方創想話

八雲紫はいつも新婚気分

2010/06/27 22:56:50
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誠に恐縮ながら、本日は私の身の上の話を語らせてだきたいと思います。


 極々、平凡なお話ですが、聞き手の皆様方の貴重なお時間の無駄にならないよう、脚色を加え、娯楽としての要素を多少ですが含んでいますので、どうかお広い心を持ってお聞きくだされば幸いでございます。

この物語を語り続けることが私の亡き主人のために私ができる最低限のことであり、語り部という私の職であり、聞き手の皆様のご要望にお応えしたいと心底思っているからでございます。故に私は人々の障害の一部を物語として語り続けているのです。

私は何の変哲もない三毛猫であります。森に捨てられていた所に親切な猟師に拾われ、彼の知人であった主人に引き渡されました。主人は画家であり、モデルとなる猫を探していたそうですが、そのようなことは温かい食事と温もりの前ではどうでもよく、暖炉の炎と主人が「猫君」と呼んでくれればそれで、満足しており、自然が好きな猟師がたまに持ってきてくれる干し肉が好きでした。今でも好きです。

「猫君は僕の言うことを全部理解している気がするよ」

 私に理解する能力は備わっていても、人語を話す手段などありませんでしたが、私の理解度を十分に察してくださる人々に囲まれて私は幸せだったのだと思います。特に主人は私によく語り掛けてくれ、その日常が私の知識の蓄積へと繋りました。主人の話を聞き、時折不用心なスズメを狩り、日向にて惰眠を貪り、私の姿が主人のキャンバスに描かれる。

 少々自堕落的だが、温い程度の優しさと、衣食住が満たされた日々は平穏でした。

 こうした日常を愛する私を怠け者と判断するか否かは聞き手の皆様方に委ねるとして、そろそろ本題に移らせていただきます。


 唐突ですか、『眼球』に対して聞き手の皆様はどのような印象を抱かれるでしょうか?


 白を基調とした球体に張り付くように黒や茶(人種によって異なりますが)の円形が張り付いており、中心部を覗きこめば底が見えない。隅を見れば、赤々とした血管が浮き出ている。これが大方のイメージでしょう

 私はこの『眼球』が非常に不気味に思え、大の苦手であります。猫でなくとも大半の動物は長時間直視されることを嫌います。威圧的で、とても緊張するし、体中の毛がピリピリと悲鳴を上げ、逆立ってしまうのです。


 さて、大体の『眼球』のイメージが掴めたところで次のような情景を想像していただきたい。


 360度。視界の全てに。こちらを覗きこむ『眼球』がある情景を。


 その眼球の一つ一つは成長した猫ほどの大きさであり、全て均一。


 そして、瞬きをしない。


 そんな『眼球』の群れがあなたを見つめ続けている。


 個々人の解釈により度合いは異なれど、それはあまり愉快な感覚ではないことは察していただけたと思われます。仮にこの光景を毎日、何時間も、何年間も継続して眺めるとすればそれは精神にとって計り知れない負担になることはご察していただけたでしょうか?それがそういう光景と共に生まれ育った人物でも同じであり、時間が解決できる程、生物の本能は甘くは無いのであります。

 私の主人の奥方となった八雲紫様でもこの例外ではなかったのです。例えばの話ですが、真夜中に鏡を見るとそれが不気味に思えることがあったという経験をした方は少なくないと思われます。私も真夜中に鏡に映った自分の尻尾が別の生物に思えて奇妙な感覚に襲われたことがあるのです。奥方が抱えていたのはそのような僅かな疑心。

 よく知っているモノのはずが、状況により奇妙な違和感を覚える。

 ありませんか? 扉の陰にいるはずの無い。奇妙な気配を感じたことを。

 夜中に一人読書に励んでいると誰かに見られている気配がしたことが?

 夜道に誰もいないのに誰かが近くにいる気配が?

 誰かの瞳を覗いて、それが底無し沼に思えたことが?


 聞き手の皆様方にはありませんか?


 いるはずの無い。誰かがいるという気配を感じたことが。


 それが『眼球』なら尚更なのです。確かにいるとそう思えてしまうのです。


 あの奥方が司るスキマという場所では。


 数え切れないほどの眼球が、全角度からあなたを眺めるあの場所では。


私はあのスキマと呼ばれていた空間がどのような原理で動き、どのような物質で造られ、どのような意図で使われているのか、理解することは無いであろうし、極力関わりたいとも思いません。猫の本能として警鐘があのスキマに接するたびに鳴り響くが故に、恐ろしいのです。

 種族は異なれど、『眼球』という物に良い印象を抱く者は少ない。これは共通の認識だと思われます。

 そこで、あの不可解な空間を色鮮やかな絵具で染めてしまおうというのが、私の主人が考えた解決策であり、よくもまあそんな発想に辿り着いたものだと今となっても呆れるばかりでありますが、優れた芸術家という人々は皆どこか凡人とは視点が異なり、違う世界を眺めているのでしょう。

 補足的な事項ですが、私が住むこの里には変わった能力を持った人々がごく少数だが存在するのです。私の主人もその一人でありましたが、あまり実用性のある能力ではなく、本人も他人に偶然知人の猟師に指摘されて初めて気がついた程度の能力でした。


「絵具を固定する程度の能力」


 これが先天的なものなのか、絵描きであった主人が生み出した能力なのかは今となっては不明ですが、キャンバスに塗った絵具の劣化を防いだり、絵具が本来なら付着しない物にも絵が描けるというユニークで、便利で、どこか地味な能力。強いて言えば、作品の寿命を延ばす能力という解釈の方が正しいかもしれませんが聞き手の皆様方はどう思われるでしょうか?

 そんな能力を持った主人が奥方のあの不気味な空間を奥方が見て、心安らぐことができる絵画で埋め尽くしたいとある日、突然言い出したのです。

 お二人の出会いの詳細は奥方のご要望から言及は避けさせていただきますが、初対面の際に主人が喫茶店で大胆にも絵のモデルを頼んだことが契機でした。

 私の主人はどこか鈍感だったのか、奥方が妖怪という種族であることに全く気が付かなかったのです。当時私は主人の膝で丸くなって寝ていたのですが、強烈な気配を感じ、全身の毛を逆立てて威嚇してことに主人は気が付かなかったのです。

 恋は盲眼といいますが、その時主人が周囲の状況(正確には膝の上にいた私)に盲眼だったのは間違いございません。

 まあ、所詮私は猫ですから。遺憾でしたが。

 失礼致しました。少々話が逸脱してしまいました。さて、その後の主人と奥方ですが、快くモデルを引き受けてくださった奥方と主人は頻繁に会うようになりました。会話は実は二人の共通の知り合いだったという私を拾った猟師の話等の雑談から文学、芸術、自然、哲学、歴史、天文学と幅広い内容でした。

 奥方は非常に博識であり、主人は奥方の話から新たな知識を得ることを極上の喜びとしていました。

 私から見れば平穏でも糖分の過剰摂取(別に食事に砂糖が多く含まれていた訳ではもちろんありません)に悩みそうな日々はあるできごとが原因で唐突に終わりを告げます。


 主人と奥方の共通の知人であり、私の恩人である猟師が亡くなったのです。


 死因は病でした。奥方は一度会った以降会えなかったことを大変悔やまれました。主人も大層悲しみました。その後、奥方はかの猟師を特別な場所に埋葬することを望みました。ただし、そこは奥方のスキマという能力無しではいけない場所でした。ですので、奥方はご自分が妖怪であることを打ち明けました。

「この通り、私はスキマを操る。隙間妖怪ですわ。どう思われます? 」

 この時でした。あのスキマを私が初めて目撃したのは。今でもよく覚えています。ええ、大量の眼球がこちらを眺めている。あの光景を。しかし、やはり芸術家の思考回路は凡人や猫とは異なるのでしょう。主人はこう尋ねたのです。

「寡聞にして隙間妖怪とはどのような妖怪なのか知らないので教えていただけませんか? スキマとは何かよく分からないのでどう判断すればわからないのです」

 この後、隙間妖怪とはどういう妖怪なのか、賢者と呼ばれていること等々永遠と語りあっていました。

「なるほど、千年以上も研鑽と学習を続けたあなただからこそ、他の人とは違う深みが感じられたのですね」

「あら、私が千年以上も生きたことに何も思われないのかしら? 」

「憧れを感じますね。あなたに世界がどう見えているのか」

最近、霊夢とか、霊夢とか、霊夢とか、黒白とかが私をババアだの年増だの、胡散臭いだのと言った不可解な独り言を奥方は呟いた後、奥方はさらに賢者としての苦悩を語り続け、主人は穏やかに答えていました。しばらくしたら、猫である私の感覚でもいつの間にと驚くほど、二人は密着しており、その後は………


ご想像にお任せします。猫が人型の夜の親交について語ることはありません。


 ただ、音が煩わしいと感じるだけでございます。さてさて、妖怪であることに対し、拒絶反応を見せなかった主人に対する奥方の愛情は深まりました。どれほどかと申し上げますと、糖分の過剰摂取から糖分の作製機になれるような錯覚に襲われるほどで、毛づくろいの際に、自分の毛の味が妙に甘く感じるほどでした。

「スキマのこの目は何か意味が? 」

「さあ、生まれた時からこうでしたし、何故かとはあまり意識しないようにしていましたの」

「怖くありませんか? これだけの目に囲まれた」

「普段は意識することはありませんけど、たまに、何故私のスキマはこんなにも視線に溢れているんだろうと疑問、いいえ、スキマの向こうから見られているのかもという不安は覚えますわ」

「……ここに描いてもいいですか? 」

「このスキマに? 」

「ここに」

「何故? 」

「なんとなく、そうすれば紫さんのココロのスキマを埋められるような気がしたので」

「……ご自由に。楽しみにしていますわ」

 それから主人の生涯の大作の創造が始まりました。終わりの無いスキマをキャンバスに絵を描く。ペンキは固定できないので、絵具を大きな筆を使って、眼球を塗りつぶしていくのです。

 傍から見ていた私にはとても奇妙な光景でしたが、神秘的に思えたのです。

 まるで、奥方の、八雲紫という一人の女性の、苦悩を、孤独を、暗さを、残忍さを、妖怪の何十分の一しか生きられない人間が倒していく。剣ではなく、ただ想いを込めた絵具で。

 この時の主人の姿を私は忘れることはないでしょう。

 無限の暗黒と眼球を筆で埋め尽くしていくのです。ゆっくりと、ゆっくりと


 絵の題材は亡き猟師が愛した四季。


大いなる自然の移り変わり。


 緑が、赤が、青が、茶が、色彩が眼球を塗りつぶしました。恨めしそうに眺めてくる眼球をただ塗りつぶしました。それがどれほど精神的に辛い作業か、私にはわかりません。きっと、主人にしかわかりません。

 無限のスキマの僅かな一角が四季で埋め尽くされました。ほんの僅かな一角です。

 人間に埋められるのはごく僅かでした。でも、奥方にはそれで十分でした。最後の一筆を書き終えた後、主人がプロポーズし、二人は結ばれました。

「生涯をあなたのスキマを色鮮やかに埋めることに捧げます。ですから、あなたの永い時間の一部を私にください」

 二人の結婚生活は4年ほどでした。主人も友人だった猟師と同じ病で亡くなりました。まあ、最後まで筆を離さないというなんとも主人らしい終わり方でした。


 主人が亡くなってから奥方はあることを習慣と始めました。目覚めると絵具で左手の薬指にご自分で結婚指輪をお描きになるのです。

それが主人との約束であり、そうやっていつも新婚気分で日々を過ごすのです。

ですから、一部の方々は奥方を少女趣味と誤解されているようですが、実はいつも新婚気分なのです。

新婚のままの気分で残りのココロのスキマを埋めているのです。だから、胡散臭いように一見見えてしまうのです。そういうお方なのです。


さて、今日の物語はここで一旦終わりとさせていただきます。詳細やその後の御話を聞きたい方がいらっしゃいましたら、どうぞこのスキマの、私の主人が残した作品の前にいらしてください。私は大抵ここにいますので。


もしも、他の御話がご希望でしたら…



とある古道具屋の店主とある屋敷の門番が如何にして結ばれたか



その二人が結ばれたことで始まった、愉快で、どこか奇妙な騒乱の話など如何でしょうか?


ぜひ、また、このスキマの一角でお会いできることを心をよりお待ちしております。
動物、特に犬や猫は人間の行動を非常によく見ています。彼らには我々の行動は一体どう見えているのでしょうか? 

そんな思いから語り部を「猫」とし、もし猫が猫の集会で目撃したことを話すならどのように話すかを想像してこの物語を作成しました。

前作「八雲紫は今日も祈る」の設定を使っていますのでそちらもよろしくお願いまします。

リクエストがあれば語り部猫に再度登場してもらいます。
myon
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コメント



0.1230簡易評価
8.100名前が無い程度の能力削除
予想の斜め上を行く視点と主題で描かれた、ちょっぴり不思議で素敵な物語でした。

あなたが描く世界は、どこか遠くに霞む夕日の画のように、哀愁に包まれて現実離れした世界に見えますね。
そして、思いもかけないものが存在していて、調和している……あなたの世界をもっと見せて下さい。
9.90名前が無い程度の能力削除
よかった。
なんか不思議な印象を受けました。

そして早くとある古道具屋の店主とある屋敷の門番のはなしを書く作業に戻るんだw
19.100名前が無い程度の能力削除
良い意味で裏切られました。
悲しくはないがちょっとの寂しさがあり、心地よい涼しさがある物語でした。
33.100名前が無い程度の能力削除
第三者視点故の淡白さ
だがそれが良い
スキマ空間の四季は今ではどうなっているんでしょうね

忘れた頃に、また見たくなる
そんな話でした