つまるところ『チラリズム』と呼ばれる性的主張は持たざる者の羨望が生み出した自己防衛的嗜好にすぎないのではないか。
今やそう考えざるを得ない状況に衣玖はおかれている。
だがそのような状況にあってもなお、いくつかの強力な異論が衣玖の心に残っている事は間違いなかった。
「ねぇ衣玖ぅー。何してるのお?」
ただし、異論とは言ってもその本質は『言語的に体系だてられた<理論>』ではなく、『チラリズムへの信仰心によってもたらされる<反感>』と言うべきものである。
心が震えるような--そしてついには信仰にいたるような--生命が感じうる最大の歓喜を、『チラリズム』は過去において何度となく衣玖に与えたのだ。
一つ、その例を挙げよう。
「ねぇってば。早く背中を洗ってよ。まだこれから髪も洗わなきゃいけないんだから」
天子の履いたスカートには、あるじの非天人的な天真爛漫さについて行けずその役目を果たせなくなる事がしばしばあった。
そこに奇跡の一瞬が生まれる。
普段は神秘のヴェールに覆われて世界の裏側にひっそりと隠れている禁忌の空間が、あらゆる理性をまたたく間にして崩壊させるという超極大絶対危険許早苗的不可侵領域が、『天子の太もも』という形に姿を変えてチラリとこの世界に顕現するのである。
その『チラリ』と感じるほんの短い時間には、あるいは『チラリ』と見える肉体の一部には、まさしく宇宙創世の瞬間に匹敵するといっても過言ではない極限の時空間密度がある。
神のみが創りうるその超高密度時空こそ、歓喜のインフレーションを衣玖にもたらす現象の正体であり、また同時に『チラリズム』でもある。
そうであれば『チラリズム』の否定や『チラリズム』を蔑むような思考は神への反逆に他ならない。
だがしかし。
だがしかしである。
「い、衣玖ぅ。な、なんで私の背中をじっとみてるの?私ちょっと恥ずかしいんだけど……」
本来であればもちろん、神々の住まう秘められし桃源郷が私達の目の前に現れる事はほんの一瞬、あるいはほんの一部分だけに限られる。
けれどもし己が望むままにその楽園を眺める事ができるとしたら。
もしその楽園の隅から隅までを好きなだけ時間をかけて堪能する事ができるとしたら。
それどころか、オサワリしたりくクンクンしたりペロペロしたりハムハムしたりできるとしたならば……。
己の心に燦然と輝いていたあの尊ぶべき信仰は、神の世界を手にしてしまった時いったいどうなってしまうのだろうか。
我が信仰はいずこ……。
知らず知らずのうちに一筋の涙が衣玖の頬を流れ落ちた。
衣玖の手を優しく握って一緒に歩んでくれた聖母の温もりはいつのまにか何処かへ消え去ってしまった。
衣玖は母を探し求める幼子の様に、たった一人で斜陽の園をさまよい歩いく…。
だがその時。
「衣玖ってば!!」
「はっ!?」
妄想の地平を漂う衣玖の意識を天子の声がひっぱたいた。
「もう。何ぼーっとしてるの?早く背中を流してよ!」
「あ……え……」
周りを見渡すとそこは桃源郷でも神の世界でもなく、見慣れた我が家の風呂場であった。
湿った熱い空気にはほのかに石鹸の香りがまざっている。
「ねぇ大丈夫?」
「は…はい」
一糸纏わぬ裸体でバスチェアに腰掛け見返り美人をしている天子。
振り返るその視線の先にいる衣玖もまた同じように裸でバスチェアに腰掛けている。
「少し……ぼーっとしていたようです」
天子しっとりと汗ばんだ肉体には衣玖が息を飲むほどの性的魅力があった。
首すじから肩にいたる控えめでなだらかなカーブライン。
脂肪や筋肉が少ない天子のその肩には上腕骨頭と鎖骨が織り成す可愛らしい突起がわずかに見て取れる。
背中にはデキモノやシワやシミや傷跡が一切無く、上質なシルクのように美しいその裸体には肩甲骨と背骨と肋骨だけがひかえめに影を落としている。
肋骨下には思わず摩すりたくなるようなエロティックな腰のくびれがあり、更にその下にはぷっくりとしたまさに桃のような形の良いおしりが無造作にその美しい臀部のわれめをアピールしている。
天子の長い髪は衣玖が背中を洗いやすいように体の前面に垂らせてあるから、今やその背中の全てが惜しげもなく衣玖の眼前にさらされていた。
その舐めたい背中こそが衣玖のチラリズム信仰を揺るがしその意識を理性の彼方へとつれさった楽園の正体である。
そして、楽園の全てが今、衣玖の目の前にある。
「とても美しいお背中ですね」
「そう?ありがとう」
「触っていいですか?」
「へ?」
天子は衣玖の真意を測りかねて戸惑っているようだ。
「そりゃいいけど……っていうか触るってスポンジで洗うってことじゃなくて?え?触るってどういう?」
「では失礼します」
だがそんなの関係ない。
衣玖は天子のいやらしい肩甲骨の膨らみに己の手のひらを重ねた。
「ひゃ」
「暖かいですね。総領娘様の肌」
天子の肩甲骨を衣玖の手のひらがちょうどすっぽりと覆う。
そしてそのままわずかに手の平を上下させると天子の肩甲骨の形がはっきりと感じられた。
「あひん。い……衣玖ぅ?」
天子がくすぐったそうに艶めかしい声を上げる。
だがやはり衣玖にはそんなの関係ない。
天子の美肌を堪能しながら、手のひらで背中をなでおろしていく。
「ちょ……衣玖ってばぁ……んぁ……ひん」
その手触りはまさしくシルクのような滑らかさである。
そうして腰のくびれを南下するうちにとうとう衣玖の掌底が天子の尾てい骨に触れた。
それより先には神秘の洞窟へとつながる深い峡谷が待ち構えている。
「……」
だが衣玖はおじけずくことなく、天子の尻をなでつつ時計回りに手のひらを返そうとした。
「もう!いつまでもふざけてないで早く洗ってよ!のぼせちゃうじゃない」
しかしその手は天子によって縛り上げられてしまった。
「すみません。つい」
「何がついよ」
天子はぷりぷりと肩を怒らせながら再び衣玖に背中を向けた。
この時衣玖の目が天子のある部分を注視していた。
尻である。
天子が身をひねったり前に向き直ったりするたびに、その尻がバスチェアーの上でむにんむにんとこねくり回されていくのだ。
正月に博麗神社で食べたつきたての餅が衣玖の頭に浮かんだ。
あれは美味しかった。
「総領娘様」
自然と衣玖の口が動いていた。
「何?」
「かじっていいですか」
「……何を?」
しまった!
衣玖は己の欲情を呪った。
衣玖は天子の裸体のおかげで少々頭がトリップしてしまっているものの、「尻をかじらせろ」などと口走らないだけの理性はまだ残っていたのだ。
「それは……その」
突然衣玖は無言で天子の背中に抱きついた。
天子の細い体を腕ごと両手でだきしめ、火照ったそのうなじに唇をあてる。
「な…何?」
「かじりますね」
「え」
衣玖が天子のうなじにカプリと噛み付いた。
「ひゃんっ」
やむをえず天子を鳴かせる事になってしまったけれど、「尻をかじらせろ」という変態的な言葉を口にしなければならない事態だけはなんとか回避することができた。
まさに危機一発である。
「衣玖はさ。どう思ってるの?」
衣玖の腕に抱かれた天子が唐突にそう言った。
「総領娘様。言葉が足りませんよ」
「ん……」
二人はラッコの親子の様に重なりあってそれほど広くない浴槽に浸かっていた。
足を伸ばして浴槽につかる衣玖の上に天子が腰を下ろしている。
衣玖は天子の腰に手を回して二人の体を必要以上に密着させていた。
天子の柔らかいお尻の弾力が衣玖の下腹部と太もものあたりに自己主張している。
自分の肌と天子の肌とがこすれ合うそういう触感は、他にも乳房やお腹や抱きしめた腕で感じ取ることができ、何よりのリラクゼーションを衣玖にもたらしていた。
例え皮膚がフヤケきろうとずっとこうしていたいと思う。
それはさておき。
「何の話です?」
天子の髪に鼻を埋めながら衣玖は聞いた。
香りも触り心地も良いサラサラでツヤツヤなこの髪が衣玖は大好きだ。
「こうやって二人で一緒にお風呂に入ってさ……お湯の中でこんな風にくっついちゃって……」
「……?」
何でもない風を装ってはいるが天子の声には何かを期待しているような浮ついた響きがあった。
けれど衣玖には天子の期待している事がなんなのか見えない。
「おかしいよね?普通じゃないよね?」
口ではそんな事を言うのである。
本人の纏う空気とその口から発せられる言葉に今ひとつ関連性が見えない様な時--空気と言葉がの内容が全く正反対であるならば推測は容易なのだが--衣玖は自分の技能に余計な混乱を強いられるのだ。
ひねくれ者の相手をしていると時折そんな苦労をする。
「あのう。おっしゃる事がよく分からないのですが」
「んもうっ!」
バシャバシャと湯を跳ねさせながら天子は狭い湯船で無理やり姿勢を変えて四つん這いになった。
向かい合う二人の鼻は今にも触れてしまいそうなほど近い。
ジト目で睨む天子その顔は上気しているように見るのだが、それが風呂のせいなのかそうでないのかはよく分からなかった。
「私も衣玖も、もう子どもじゃないんだから。そんな二人がお風呂で抱き合ってるなんて、おかしいと思わない?」
「いつまでも子どもでいてほしいと思ってしまうのが親というものですよ」
「そんな事は聞いてないっ」
「それに、一緒にお風呂に入ろうといったのは総領娘様でしょう」
「そうだけどさ」
「もし一緒にお風呂に入るのが嫌なのでしたら私が先にあがりますが……」
「ああもうっ。そーゆー事じゃないでしょっ。んもぉ……わからないかなぁ」
天子は不満そうな顔で湯に口をつっこんでゴボボボボボボと泡を立てた。
行儀が悪いと注意しようとしたのだが、次々と弾ける泡の雫にペチペチペチペチと顔を叩かれ、結局衣玖は閉口させられてしまった。
「ほら。なんだか普通じゃないというか……特別というか……ね?」
「ね?……と言われても……」
衣玖がそう言うと天子の顔はまさしくフグの様に刺々しく膨れ上がった。
「ぷぅーっ。もういいっ」
そう言って天子は背を向けてしまった。
だが同じ浴槽の中にいるのだからそうそう離れられるものではない。
衣玖は特に抵抗されることもなく天子を抱き寄せ、再び自分の太ももにおてんば娘のかわいいお尻を座らせた。
「普通だとか、おかしいだとか……そんな事はわかりませんけれど……」
天子の柔らかな髪の毛が衣玖の唇をくすぐる。
「私は総領娘様とこうしているのがとっても好きなんですから、それでいいじゃないですか」
「……」
一呼吸毎にわずかに上下するスラっとした肩は見えても、その天子の表情は衣玖にはよく見えない。
けれどその体からは一切の力が抜けていて、衣玖の腕の中で安心しきっているように思えた。
「衣玖って……時々何考えてるのかよくわからないのよね」
狭い浴槽は天子の小さな呟きを衣玖の耳にまではっきりと聞こえさせてくれるのに、言葉に込められたその思いまでは届けてくれない。
「そうですか?おかしいですね」
天子の耳元で衣玖が囁いた。
「私の考えている事なんて、いつもほとんど変わらないのに」
そう言って、衣玖はカプリと天子の耳に噛み付いた。
ぴくりと、天子の肩が震えた。
今やそう考えざるを得ない状況に衣玖はおかれている。
だがそのような状況にあってもなお、いくつかの強力な異論が衣玖の心に残っている事は間違いなかった。
「ねぇ衣玖ぅー。何してるのお?」
ただし、異論とは言ってもその本質は『言語的に体系だてられた<理論>』ではなく、『チラリズムへの信仰心によってもたらされる<反感>』と言うべきものである。
心が震えるような--そしてついには信仰にいたるような--生命が感じうる最大の歓喜を、『チラリズム』は過去において何度となく衣玖に与えたのだ。
一つ、その例を挙げよう。
「ねぇってば。早く背中を洗ってよ。まだこれから髪も洗わなきゃいけないんだから」
天子の履いたスカートには、あるじの非天人的な天真爛漫さについて行けずその役目を果たせなくなる事がしばしばあった。
そこに奇跡の一瞬が生まれる。
普段は神秘のヴェールに覆われて世界の裏側にひっそりと隠れている禁忌の空間が、あらゆる理性をまたたく間にして崩壊させるという超極大絶対危険許早苗的不可侵領域が、『天子の太もも』という形に姿を変えてチラリとこの世界に顕現するのである。
その『チラリ』と感じるほんの短い時間には、あるいは『チラリ』と見える肉体の一部には、まさしく宇宙創世の瞬間に匹敵するといっても過言ではない極限の時空間密度がある。
神のみが創りうるその超高密度時空こそ、歓喜のインフレーションを衣玖にもたらす現象の正体であり、また同時に『チラリズム』でもある。
そうであれば『チラリズム』の否定や『チラリズム』を蔑むような思考は神への反逆に他ならない。
だがしかし。
だがしかしである。
「い、衣玖ぅ。な、なんで私の背中をじっとみてるの?私ちょっと恥ずかしいんだけど……」
本来であればもちろん、神々の住まう秘められし桃源郷が私達の目の前に現れる事はほんの一瞬、あるいはほんの一部分だけに限られる。
けれどもし己が望むままにその楽園を眺める事ができるとしたら。
もしその楽園の隅から隅までを好きなだけ時間をかけて堪能する事ができるとしたら。
それどころか、オサワリしたりくクンクンしたりペロペロしたりハムハムしたりできるとしたならば……。
己の心に燦然と輝いていたあの尊ぶべき信仰は、神の世界を手にしてしまった時いったいどうなってしまうのだろうか。
我が信仰はいずこ……。
知らず知らずのうちに一筋の涙が衣玖の頬を流れ落ちた。
衣玖の手を優しく握って一緒に歩んでくれた聖母の温もりはいつのまにか何処かへ消え去ってしまった。
衣玖は母を探し求める幼子の様に、たった一人で斜陽の園をさまよい歩いく…。
だがその時。
「衣玖ってば!!」
「はっ!?」
妄想の地平を漂う衣玖の意識を天子の声がひっぱたいた。
「もう。何ぼーっとしてるの?早く背中を流してよ!」
「あ……え……」
周りを見渡すとそこは桃源郷でも神の世界でもなく、見慣れた我が家の風呂場であった。
湿った熱い空気にはほのかに石鹸の香りがまざっている。
「ねぇ大丈夫?」
「は…はい」
一糸纏わぬ裸体でバスチェアに腰掛け見返り美人をしている天子。
振り返るその視線の先にいる衣玖もまた同じように裸でバスチェアに腰掛けている。
「少し……ぼーっとしていたようです」
天子しっとりと汗ばんだ肉体には衣玖が息を飲むほどの性的魅力があった。
首すじから肩にいたる控えめでなだらかなカーブライン。
脂肪や筋肉が少ない天子のその肩には上腕骨頭と鎖骨が織り成す可愛らしい突起がわずかに見て取れる。
背中にはデキモノやシワやシミや傷跡が一切無く、上質なシルクのように美しいその裸体には肩甲骨と背骨と肋骨だけがひかえめに影を落としている。
肋骨下には思わず摩すりたくなるようなエロティックな腰のくびれがあり、更にその下にはぷっくりとしたまさに桃のような形の良いおしりが無造作にその美しい臀部のわれめをアピールしている。
天子の長い髪は衣玖が背中を洗いやすいように体の前面に垂らせてあるから、今やその背中の全てが惜しげもなく衣玖の眼前にさらされていた。
その舐めたい背中こそが衣玖のチラリズム信仰を揺るがしその意識を理性の彼方へとつれさった楽園の正体である。
そして、楽園の全てが今、衣玖の目の前にある。
「とても美しいお背中ですね」
「そう?ありがとう」
「触っていいですか?」
「へ?」
天子は衣玖の真意を測りかねて戸惑っているようだ。
「そりゃいいけど……っていうか触るってスポンジで洗うってことじゃなくて?え?触るってどういう?」
「では失礼します」
だがそんなの関係ない。
衣玖は天子のいやらしい肩甲骨の膨らみに己の手のひらを重ねた。
「ひゃ」
「暖かいですね。総領娘様の肌」
天子の肩甲骨を衣玖の手のひらがちょうどすっぽりと覆う。
そしてそのままわずかに手の平を上下させると天子の肩甲骨の形がはっきりと感じられた。
「あひん。い……衣玖ぅ?」
天子がくすぐったそうに艶めかしい声を上げる。
だがやはり衣玖にはそんなの関係ない。
天子の美肌を堪能しながら、手のひらで背中をなでおろしていく。
「ちょ……衣玖ってばぁ……んぁ……ひん」
その手触りはまさしくシルクのような滑らかさである。
そうして腰のくびれを南下するうちにとうとう衣玖の掌底が天子の尾てい骨に触れた。
それより先には神秘の洞窟へとつながる深い峡谷が待ち構えている。
「……」
だが衣玖はおじけずくことなく、天子の尻をなでつつ時計回りに手のひらを返そうとした。
「もう!いつまでもふざけてないで早く洗ってよ!のぼせちゃうじゃない」
しかしその手は天子によって縛り上げられてしまった。
「すみません。つい」
「何がついよ」
天子はぷりぷりと肩を怒らせながら再び衣玖に背中を向けた。
この時衣玖の目が天子のある部分を注視していた。
尻である。
天子が身をひねったり前に向き直ったりするたびに、その尻がバスチェアーの上でむにんむにんとこねくり回されていくのだ。
正月に博麗神社で食べたつきたての餅が衣玖の頭に浮かんだ。
あれは美味しかった。
「総領娘様」
自然と衣玖の口が動いていた。
「何?」
「かじっていいですか」
「……何を?」
しまった!
衣玖は己の欲情を呪った。
衣玖は天子の裸体のおかげで少々頭がトリップしてしまっているものの、「尻をかじらせろ」などと口走らないだけの理性はまだ残っていたのだ。
「それは……その」
突然衣玖は無言で天子の背中に抱きついた。
天子の細い体を腕ごと両手でだきしめ、火照ったそのうなじに唇をあてる。
「な…何?」
「かじりますね」
「え」
衣玖が天子のうなじにカプリと噛み付いた。
「ひゃんっ」
やむをえず天子を鳴かせる事になってしまったけれど、「尻をかじらせろ」という変態的な言葉を口にしなければならない事態だけはなんとか回避することができた。
まさに危機一発である。
「衣玖はさ。どう思ってるの?」
衣玖の腕に抱かれた天子が唐突にそう言った。
「総領娘様。言葉が足りませんよ」
「ん……」
二人はラッコの親子の様に重なりあってそれほど広くない浴槽に浸かっていた。
足を伸ばして浴槽につかる衣玖の上に天子が腰を下ろしている。
衣玖は天子の腰に手を回して二人の体を必要以上に密着させていた。
天子の柔らかいお尻の弾力が衣玖の下腹部と太もものあたりに自己主張している。
自分の肌と天子の肌とがこすれ合うそういう触感は、他にも乳房やお腹や抱きしめた腕で感じ取ることができ、何よりのリラクゼーションを衣玖にもたらしていた。
例え皮膚がフヤケきろうとずっとこうしていたいと思う。
それはさておき。
「何の話です?」
天子の髪に鼻を埋めながら衣玖は聞いた。
香りも触り心地も良いサラサラでツヤツヤなこの髪が衣玖は大好きだ。
「こうやって二人で一緒にお風呂に入ってさ……お湯の中でこんな風にくっついちゃって……」
「……?」
何でもない風を装ってはいるが天子の声には何かを期待しているような浮ついた響きがあった。
けれど衣玖には天子の期待している事がなんなのか見えない。
「おかしいよね?普通じゃないよね?」
口ではそんな事を言うのである。
本人の纏う空気とその口から発せられる言葉に今ひとつ関連性が見えない様な時--空気と言葉がの内容が全く正反対であるならば推測は容易なのだが--衣玖は自分の技能に余計な混乱を強いられるのだ。
ひねくれ者の相手をしていると時折そんな苦労をする。
「あのう。おっしゃる事がよく分からないのですが」
「んもうっ!」
バシャバシャと湯を跳ねさせながら天子は狭い湯船で無理やり姿勢を変えて四つん這いになった。
向かい合う二人の鼻は今にも触れてしまいそうなほど近い。
ジト目で睨む天子その顔は上気しているように見るのだが、それが風呂のせいなのかそうでないのかはよく分からなかった。
「私も衣玖も、もう子どもじゃないんだから。そんな二人がお風呂で抱き合ってるなんて、おかしいと思わない?」
「いつまでも子どもでいてほしいと思ってしまうのが親というものですよ」
「そんな事は聞いてないっ」
「それに、一緒にお風呂に入ろうといったのは総領娘様でしょう」
「そうだけどさ」
「もし一緒にお風呂に入るのが嫌なのでしたら私が先にあがりますが……」
「ああもうっ。そーゆー事じゃないでしょっ。んもぉ……わからないかなぁ」
天子は不満そうな顔で湯に口をつっこんでゴボボボボボボと泡を立てた。
行儀が悪いと注意しようとしたのだが、次々と弾ける泡の雫にペチペチペチペチと顔を叩かれ、結局衣玖は閉口させられてしまった。
「ほら。なんだか普通じゃないというか……特別というか……ね?」
「ね?……と言われても……」
衣玖がそう言うと天子の顔はまさしくフグの様に刺々しく膨れ上がった。
「ぷぅーっ。もういいっ」
そう言って天子は背を向けてしまった。
だが同じ浴槽の中にいるのだからそうそう離れられるものではない。
衣玖は特に抵抗されることもなく天子を抱き寄せ、再び自分の太ももにおてんば娘のかわいいお尻を座らせた。
「普通だとか、おかしいだとか……そんな事はわかりませんけれど……」
天子の柔らかな髪の毛が衣玖の唇をくすぐる。
「私は総領娘様とこうしているのがとっても好きなんですから、それでいいじゃないですか」
「……」
一呼吸毎にわずかに上下するスラっとした肩は見えても、その天子の表情は衣玖にはよく見えない。
けれどその体からは一切の力が抜けていて、衣玖の腕の中で安心しきっているように思えた。
「衣玖って……時々何考えてるのかよくわからないのよね」
狭い浴槽は天子の小さな呟きを衣玖の耳にまではっきりと聞こえさせてくれるのに、言葉に込められたその思いまでは届けてくれない。
「そうですか?おかしいですね」
天子の耳元で衣玖が囁いた。
「私の考えている事なんて、いつもほとんど変わらないのに」
そう言って、衣玖はカプリと天子の耳に噛み付いた。
ぴくりと、天子の肩が震えた。
いや、もう本当に素晴らしかったです!!
親子のような恋人のような関係が似合うふたりですな
露骨にエロくならないこの崇高な表現に思わず見入っているうちにいつの間にか終わっていた。後ろに抱きつきながら湯船につかる。作者さんよくわかってらっしゃる!あとやっぱり肩と鎖骨のラインですよね!
しかしあとがきww衣玖さんと天子をこねクリ回してめちゃくちゃにしちゃうだと……!!全くけしからん。
この距離感ジャスティス!
でももっと近づいてもいいのよ?
いやらしくならない表現の仕方好きだ。
二人がもっと好きになりましたぜ。いくてんもっと増えろ!
このあとは二人で裸のまま一緒に寝るんですねわかります
ごちそうさまでした