6月――結界に覆われているとはいえ無論幻想郷にも雨は降る。冬は寒いし夏は暑い……当然の事だ。季節は梅雨。約40日ものあいだ雨が降り続ける時期だ。当然のように今日も空を雲が染め、無数の透明な雫が地に落ちる。
「暑いな……。」
そんな中を高下駄を履いた森近霖之助が歩いていた。湿気で服の中が蒸れるのか……開いた唐傘を片手で支えたまま、パタパタと首の部分の布を前後に動かし風通しをよくする。
「やはり歩くとなると遠いなぁ……まぁでも折角誘われたし……って、着いてるし。」
最早道とはいえない木々に囲まれた森を歩きながら独りぼやき続けていると、ようやく目的の建物が見えてきた。紅を基調し、周りの風景から明らかに浮いた洋風の屋敷――紅魔館だ。
森から抜け出して門の正面の方まで回ると、門番が雨に打たれながら昼寝していた。風邪引くんじゃないかと一瞬思ったが人と全く同じ容姿をしているとはいえ彼女も立派な妖怪なのでそのまま寝かせておいた。
大門を通り過ぎて敷地内に入ると、出迎えらしい咲夜が扉の前にいた。
「――ようこそおいでくださいました」
「ああ、おはよう咲夜。ところで門番が雨の中で寝てたけど大丈夫かい?色んな意味で」
「お気になさらず。後で私の方からキツく言っておきますので」
“キツく”という言葉がやけに頭に引っ掛かったが気にしないことにした。世の中には触れてはいけない部分もあるのだ。
「さ、濡れますので中にお入りください」
咲夜につられて屋敷の中に入ると、やはりというか明らかに外見以上の大きさだった。天井も多分うちの10倍くらいの高さはあるだろう……そんな事を考えながら咲夜の後ろを歩く。
「というか、店に来るときと違ってかなり他人行儀なのが気になるんだが……」
「屋敷内ではメイド長として全責任を負いますからね。私情は挟まないようにしているのですよ」
「僕には無理だな……そんな生活は」
「まぁ貴方も霊夢ほどではありませんが自由なタイプですからね。あ、そこから段差になっているので気をつけてください」
長い廊下の角を曲がると螺旋状になった階段が地下へと続いていた。
「前にも聞いたけど……本当に地下にあるんだな」
「はい、何せ管理している本人が日光を嫌がるものですから」
何気ない会話をしながら階段を下りていくこと3分……ようやく、3mはありそうな扉の前まで着いた。確かにこれは下るのならばともかく上るのは大変だろう。
「……此処かい?」
扉を指差しながら隣にいる咲夜に訊ねる。
「此処ですね。……パチュリー様、失礼します」
2、3回扉をノックした後、何かの魔法が使われているのか……見るからに重そうな扉をいとも容易く開けてしまう咲夜。
「――いらっしゃい。」
部屋に入ると出迎えなのか偶然なのか、この大図書館の管理をしてるパチュリー・ノーレッジが二人のすぐ目の前にいた。
「久しぶりだねパチュリー。今日はこんな素晴らしい場所に招待していただいて感謝するよ」
「気にしないで。貴方を招待することは私にとっても有意義。魔理沙は盗んでいくだけから」
「あぁ……すまないね。身内が迷惑を掛けて……」
「貴方も被害者なんだから謝る必要ないわよ。――咲夜もありがとうね。下がっていいわ」
「はい、では後ほど紅茶をお持ちしますので。店主さんもまだまだ時間はありますからごゆっくりどうぞ」
軽く会釈し、次に霖之助がまばたきをした時には既にその姿は消えていた。
「……優秀なメイドだな。忠勝くらい有能なんじゃないか?」
「個人的には大久保さんくらい有能ね。さて、じゃあ早速案内するわ」
言うが早いが端も視えないくらい薄暗い図書館の棚と棚の間を歩いていくパチュリー。そのすぐ後ろを霖之助がついていく。身長や普段の運動量の関係上どうしても霖之助の方が足早になってしまうので、歩幅を調整するのに少し苦戦しているようだ。
「――ここからあそこまでは全部外の世界の本よ。一応ジャンル別に分けてはいるけど数が多いからズレてるのもあるかもね」
「はぁーー……凄い量だな……。うぅむ、魔理沙が持ち出したくなるのも分かるよ」
全長3mはありそうな棚がズラリと並んだ場所をパチュリーが指でなぞっていく。珍しく霖之助が感嘆の声を上げた。普段から余り感情を表に出すことのない霖之助のそんな顔を見て少し自慢げに胸を張るパチュリーが続ける。
「驚くのはまだ早いわ!そこの真ん中の棚からは端までは全部希少な魔道書だし、ここからは見えないけれど一番端の奥にある棚はその中からさらに厳選した超希少な書物が並んでいるわ!」
普段から屋敷の住人以外に披露する相手がいない(いても理解してもらえない)ので久しぶりに理解者に自慢できてテンションが上がっているようだ。早口なのはいつものことだが、普段の小言とは違い声が大きい。
「お、おい……あんまりはしゃぎすぎると…「むぎゅ!!」
案の定、その場で頭からコケたパチュリー。
「――いわんこっちゃない……大丈夫か?」
すぐさま霖之助が駆け寄る。元々普段からそれほど動かないのに急に走ったり、ましてや地面を擦るほど長いローブを着ているのだから転んでも仕方ないだろう。
霖之助の手がパチュリーの肩に触れようとしたところで、突然地面に突っ伏した顔を上げて霖之助を睨みつけた。
「わ、忘れなさい……!」
若干涙声になった口で言う。
「誰にも言わないから見せてくれ。頭か?足か?」
「…………倒れるときに足捻ったかも――って、ちょ!何して……ッ!」
容赦なくネグりジェの端を捲り上げ、パチュリーの足首を晒す霖之助。
「なるほど。確かに少し腫れてるな……。捻挫はしていないようだが――」
ビリッ!と自分の服の端を千切って、テキパキとした動作で足首に巻く。
「包帯は持ち合わせてないからちょっと乱雑だが……まぁないよりはいいだろう。さて、扉の近くにある椅子まで運ぶよ?」
「ッ!!?」
返事も待たずにその華奢な身体を担ぎ上げて背負う。
鍛えていないといっても腐っていても半妖。高身長なこともあり、なんの重さも感じていないかのように来た道を走りながら戻る。
「(僕の勘が正しければ多分……もうそろそろ来るだろうな……)」
ズサァーー!!と滑るように扉の手前で急停止すると、すぐさまパチュリーを椅子に座らせ、自らも机を挟んで置いてある椅子に座る。
「……様。」
あまりに展開が速すぎてよく状況を把握していないパチュリーが頭で今起こったことを整理していると……不意に扉の外から聞き覚えのある声が聴こえた。
「失礼しますパチュリー様。紅茶をお持ち致しました」
咲夜だ。小さめのカートを押しながら椅子に座る二人に近づく。
「ああ、悪いね。わざわざ僕の分まで」
先に反応したのは霖之助だった。
「いえ、大切なお客様ですから当然のことです。それにしても、てっきり読書に耽っているかと思っていたのですが……」
「ああ、さっきまで案内してもらっていたよ。ただ、この広さだと流石に一度に見て回るには大変なんでね。休憩中というわけさ。な?」
「えっ?……え、ええ。そうね……!」
左様ございますか――と返し、二人の前に紅茶と皿に盛ったクッキーを置いていく。
「では、何かあればいつでも呼んでください」
会釈し、またもまばたきの間に消えてしまった。
また随分メリハリのあるメイド長である。多忙であるからそうでもしないとやってられないのかもしれないだろうが……。
「――ふぅ。ぎりぎりセーフといったところか」
咲夜が完全に姿を消したのを確認すると霖之助がほっ、と胸を撫で下ろした。
「あ、ありがとう……」
今になってようやく自分の置かれた状況を把握したパチュリーが呟くように言った。
「んっ?ああ、いいよ別に……。“誰にも言わない”って言ったしな。従者に弱いところは見られたくないだろうし理由が理由だからね。ただ、こんな運動はもう勘弁してくれよ?僕は君達が思ってる以上に老体なんだからさ」
言いながら重い腰を上げ、パチュリーの方を向く。
「じゃあ僕はさっき案内してもらった場所で借りたい本を探してくるけど君は痛み引くまで動かないように。」
そんなに気になる物が多かったのか……それだけ言うと本棚の方へ早歩きで行ってしまった。
「あ……」
その場に独り残されたパチュリーが自分の足首に巻かれた霖之助の服の切れ端をさすりながら呟く。
「弁償……したほうがいいわよね?やっぱり……。」
~2時間後~
本棚の列の中から出てきた霖之助が数冊の本を抱えてパチュリーの元に戻ってきた。
「……時間が掛かったわりには思ったより少ないわね?」
「ああ。色々見てたらどれを借りようか迷ってね。とりあえず普通に持ち運べる分だけにしたんだ」
「そう……あ、返却期間はいつでもいいわ。読んだら返してくれればいいから」
ありがたい――と言いながらテーブルの上に本を置いていく霖之助。その様子を見ていたパチュリーが何かに気がついたように首を傾げた。
「手……湿ってない?」
「よ、よく気がつくな……実は埃被ってた本も結構あったからね。払ってたら手が汚れちゃってさっき洗ってきたんだ」
「へぇ……。」
いまいちパッとしない様子のパチュリーがジト目で霖之助をみつめる。
「と、ところで……足の方はもう大丈夫か?捻っただけならもう治ってるころだと思うが」
「んっ、もう大丈夫よ。処置も早かったし捻った部分もしっかり固定してもらったから……」
そう言うと、テーブルの下から片足を出し包帯代わりに巻いていた霖之助の服の切れ端を解いていく。
「……うん、ちゃんと腫れも引いてるな。じゃあ僕はもうそろそろ帰るけど君は念のため今日は大人しくしておくように」
「分かってる。貴方こそ、もう夕方だし帰り道は気をつけた方がいいわよ?」
いたずらめいた笑みを浮かべながら扉を開けて出て行く霖之助を見送る。
「ああ。襲われることはないだろうが精々気をつけるさ。またな。」
「ええ――またね。」
最後にお互い手を振ると霖之助が完全に部屋の外へ姿を消していった。
――それからしばらくして、久しぶりに休暇を取った小悪魔が大図書館に帰ってきた。
「あら、お帰りなさい小悪魔。随分機嫌がいいわね」
「はい!人里でいっぱいお買い物してきました!!前々から欲しかった紅茶も手に入ったので今淹れてきますね!」
大きな荷物だけ降ろすとそのまま駆け足で走り去っていく。
静かな場所だけあって人一人が走るだけでもかなり音が響く。
「(やっぱり、水道を図書館の端に設置したのは間違いだったわね……)」
そんな事を考えていると、紅茶を作り終えた小悪魔が再びパチュリーの元へ戻ってきた。
「――うん、美味しいわね」
「そうでしょうそうでしょう!パチュリー様にもずっと飲んで欲しかったんですよ!!」
微笑みながら紅茶に口をつけるパチュリーの姿を見て満足したのか、少し興奮気味の小悪魔。
「……そういえばパチュリー様?」
「うん?」
「大分前に壊れた空気清浄機が直ってたんですけど誰かに修理頼んだんですか?」
「――!」
何かが閃いたかのようにマグカップを手にしたままのパチュリーが顔を上げた。
「そう……。そういうことだったの……。」
「え?何か言いました?」
「……なんでもないわ。それより子悪魔――この紅茶はいつまでもつかしら?」
「袋から出さなければ最低でも1年ぐらいはもちますね。まぁそんなに放っておくことはありませんが。それがどうかしましたか?」
残り少なくなった紅茶を一気に飲み干すと、膝の上に置いておいた本を開きながら言う。
「ええ。――飲ませたい人ができたのよ」
~香霖堂~
「やっちまったなーやっちまったよー。まさか本の表紙と中身が違うなんて思わないものなー」
降りしきり豪雨の中、ようやく店に辿り着いた霖之助が借りてきた本を開くと“なにかの文字”が延々と書き綴られていた。
「しかもよりによって魔道書とは……せめて読める文字の本と間違えたかった……」
小さな溜息をつきパタンと本を閉じる。
「まぁ、いいか。これだけ降ってれば一時的にでも晴れるだろうし……清浄機の調子も気になるし……明日また行くか――」
降り続ける雨を子守唄に……椅子に腰掛けたままの霖之助が眠りについた。
了。
「暑いな……。」
そんな中を高下駄を履いた森近霖之助が歩いていた。湿気で服の中が蒸れるのか……開いた唐傘を片手で支えたまま、パタパタと首の部分の布を前後に動かし風通しをよくする。
「やはり歩くとなると遠いなぁ……まぁでも折角誘われたし……って、着いてるし。」
最早道とはいえない木々に囲まれた森を歩きながら独りぼやき続けていると、ようやく目的の建物が見えてきた。紅を基調し、周りの風景から明らかに浮いた洋風の屋敷――紅魔館だ。
森から抜け出して門の正面の方まで回ると、門番が雨に打たれながら昼寝していた。風邪引くんじゃないかと一瞬思ったが人と全く同じ容姿をしているとはいえ彼女も立派な妖怪なのでそのまま寝かせておいた。
大門を通り過ぎて敷地内に入ると、出迎えらしい咲夜が扉の前にいた。
「――ようこそおいでくださいました」
「ああ、おはよう咲夜。ところで門番が雨の中で寝てたけど大丈夫かい?色んな意味で」
「お気になさらず。後で私の方からキツく言っておきますので」
“キツく”という言葉がやけに頭に引っ掛かったが気にしないことにした。世の中には触れてはいけない部分もあるのだ。
「さ、濡れますので中にお入りください」
咲夜につられて屋敷の中に入ると、やはりというか明らかに外見以上の大きさだった。天井も多分うちの10倍くらいの高さはあるだろう……そんな事を考えながら咲夜の後ろを歩く。
「というか、店に来るときと違ってかなり他人行儀なのが気になるんだが……」
「屋敷内ではメイド長として全責任を負いますからね。私情は挟まないようにしているのですよ」
「僕には無理だな……そんな生活は」
「まぁ貴方も霊夢ほどではありませんが自由なタイプですからね。あ、そこから段差になっているので気をつけてください」
長い廊下の角を曲がると螺旋状になった階段が地下へと続いていた。
「前にも聞いたけど……本当に地下にあるんだな」
「はい、何せ管理している本人が日光を嫌がるものですから」
何気ない会話をしながら階段を下りていくこと3分……ようやく、3mはありそうな扉の前まで着いた。確かにこれは下るのならばともかく上るのは大変だろう。
「……此処かい?」
扉を指差しながら隣にいる咲夜に訊ねる。
「此処ですね。……パチュリー様、失礼します」
2、3回扉をノックした後、何かの魔法が使われているのか……見るからに重そうな扉をいとも容易く開けてしまう咲夜。
「――いらっしゃい。」
部屋に入ると出迎えなのか偶然なのか、この大図書館の管理をしてるパチュリー・ノーレッジが二人のすぐ目の前にいた。
「久しぶりだねパチュリー。今日はこんな素晴らしい場所に招待していただいて感謝するよ」
「気にしないで。貴方を招待することは私にとっても有意義。魔理沙は盗んでいくだけから」
「あぁ……すまないね。身内が迷惑を掛けて……」
「貴方も被害者なんだから謝る必要ないわよ。――咲夜もありがとうね。下がっていいわ」
「はい、では後ほど紅茶をお持ちしますので。店主さんもまだまだ時間はありますからごゆっくりどうぞ」
軽く会釈し、次に霖之助がまばたきをした時には既にその姿は消えていた。
「……優秀なメイドだな。忠勝くらい有能なんじゃないか?」
「個人的には大久保さんくらい有能ね。さて、じゃあ早速案内するわ」
言うが早いが端も視えないくらい薄暗い図書館の棚と棚の間を歩いていくパチュリー。そのすぐ後ろを霖之助がついていく。身長や普段の運動量の関係上どうしても霖之助の方が足早になってしまうので、歩幅を調整するのに少し苦戦しているようだ。
「――ここからあそこまでは全部外の世界の本よ。一応ジャンル別に分けてはいるけど数が多いからズレてるのもあるかもね」
「はぁーー……凄い量だな……。うぅむ、魔理沙が持ち出したくなるのも分かるよ」
全長3mはありそうな棚がズラリと並んだ場所をパチュリーが指でなぞっていく。珍しく霖之助が感嘆の声を上げた。普段から余り感情を表に出すことのない霖之助のそんな顔を見て少し自慢げに胸を張るパチュリーが続ける。
「驚くのはまだ早いわ!そこの真ん中の棚からは端までは全部希少な魔道書だし、ここからは見えないけれど一番端の奥にある棚はその中からさらに厳選した超希少な書物が並んでいるわ!」
普段から屋敷の住人以外に披露する相手がいない(いても理解してもらえない)ので久しぶりに理解者に自慢できてテンションが上がっているようだ。早口なのはいつものことだが、普段の小言とは違い声が大きい。
「お、おい……あんまりはしゃぎすぎると…「むぎゅ!!」
案の定、その場で頭からコケたパチュリー。
「――いわんこっちゃない……大丈夫か?」
すぐさま霖之助が駆け寄る。元々普段からそれほど動かないのに急に走ったり、ましてや地面を擦るほど長いローブを着ているのだから転んでも仕方ないだろう。
霖之助の手がパチュリーの肩に触れようとしたところで、突然地面に突っ伏した顔を上げて霖之助を睨みつけた。
「わ、忘れなさい……!」
若干涙声になった口で言う。
「誰にも言わないから見せてくれ。頭か?足か?」
「…………倒れるときに足捻ったかも――って、ちょ!何して……ッ!」
容赦なくネグりジェの端を捲り上げ、パチュリーの足首を晒す霖之助。
「なるほど。確かに少し腫れてるな……。捻挫はしていないようだが――」
ビリッ!と自分の服の端を千切って、テキパキとした動作で足首に巻く。
「包帯は持ち合わせてないからちょっと乱雑だが……まぁないよりはいいだろう。さて、扉の近くにある椅子まで運ぶよ?」
「ッ!!?」
返事も待たずにその華奢な身体を担ぎ上げて背負う。
鍛えていないといっても腐っていても半妖。高身長なこともあり、なんの重さも感じていないかのように来た道を走りながら戻る。
「(僕の勘が正しければ多分……もうそろそろ来るだろうな……)」
ズサァーー!!と滑るように扉の手前で急停止すると、すぐさまパチュリーを椅子に座らせ、自らも机を挟んで置いてある椅子に座る。
「……様。」
あまりに展開が速すぎてよく状況を把握していないパチュリーが頭で今起こったことを整理していると……不意に扉の外から聞き覚えのある声が聴こえた。
「失礼しますパチュリー様。紅茶をお持ち致しました」
咲夜だ。小さめのカートを押しながら椅子に座る二人に近づく。
「ああ、悪いね。わざわざ僕の分まで」
先に反応したのは霖之助だった。
「いえ、大切なお客様ですから当然のことです。それにしても、てっきり読書に耽っているかと思っていたのですが……」
「ああ、さっきまで案内してもらっていたよ。ただ、この広さだと流石に一度に見て回るには大変なんでね。休憩中というわけさ。な?」
「えっ?……え、ええ。そうね……!」
左様ございますか――と返し、二人の前に紅茶と皿に盛ったクッキーを置いていく。
「では、何かあればいつでも呼んでください」
会釈し、またもまばたきの間に消えてしまった。
また随分メリハリのあるメイド長である。多忙であるからそうでもしないとやってられないのかもしれないだろうが……。
「――ふぅ。ぎりぎりセーフといったところか」
咲夜が完全に姿を消したのを確認すると霖之助がほっ、と胸を撫で下ろした。
「あ、ありがとう……」
今になってようやく自分の置かれた状況を把握したパチュリーが呟くように言った。
「んっ?ああ、いいよ別に……。“誰にも言わない”って言ったしな。従者に弱いところは見られたくないだろうし理由が理由だからね。ただ、こんな運動はもう勘弁してくれよ?僕は君達が思ってる以上に老体なんだからさ」
言いながら重い腰を上げ、パチュリーの方を向く。
「じゃあ僕はさっき案内してもらった場所で借りたい本を探してくるけど君は痛み引くまで動かないように。」
そんなに気になる物が多かったのか……それだけ言うと本棚の方へ早歩きで行ってしまった。
「あ……」
その場に独り残されたパチュリーが自分の足首に巻かれた霖之助の服の切れ端をさすりながら呟く。
「弁償……したほうがいいわよね?やっぱり……。」
~2時間後~
本棚の列の中から出てきた霖之助が数冊の本を抱えてパチュリーの元に戻ってきた。
「……時間が掛かったわりには思ったより少ないわね?」
「ああ。色々見てたらどれを借りようか迷ってね。とりあえず普通に持ち運べる分だけにしたんだ」
「そう……あ、返却期間はいつでもいいわ。読んだら返してくれればいいから」
ありがたい――と言いながらテーブルの上に本を置いていく霖之助。その様子を見ていたパチュリーが何かに気がついたように首を傾げた。
「手……湿ってない?」
「よ、よく気がつくな……実は埃被ってた本も結構あったからね。払ってたら手が汚れちゃってさっき洗ってきたんだ」
「へぇ……。」
いまいちパッとしない様子のパチュリーがジト目で霖之助をみつめる。
「と、ところで……足の方はもう大丈夫か?捻っただけならもう治ってるころだと思うが」
「んっ、もう大丈夫よ。処置も早かったし捻った部分もしっかり固定してもらったから……」
そう言うと、テーブルの下から片足を出し包帯代わりに巻いていた霖之助の服の切れ端を解いていく。
「……うん、ちゃんと腫れも引いてるな。じゃあ僕はもうそろそろ帰るけど君は念のため今日は大人しくしておくように」
「分かってる。貴方こそ、もう夕方だし帰り道は気をつけた方がいいわよ?」
いたずらめいた笑みを浮かべながら扉を開けて出て行く霖之助を見送る。
「ああ。襲われることはないだろうが精々気をつけるさ。またな。」
「ええ――またね。」
最後にお互い手を振ると霖之助が完全に部屋の外へ姿を消していった。
――それからしばらくして、久しぶりに休暇を取った小悪魔が大図書館に帰ってきた。
「あら、お帰りなさい小悪魔。随分機嫌がいいわね」
「はい!人里でいっぱいお買い物してきました!!前々から欲しかった紅茶も手に入ったので今淹れてきますね!」
大きな荷物だけ降ろすとそのまま駆け足で走り去っていく。
静かな場所だけあって人一人が走るだけでもかなり音が響く。
「(やっぱり、水道を図書館の端に設置したのは間違いだったわね……)」
そんな事を考えていると、紅茶を作り終えた小悪魔が再びパチュリーの元へ戻ってきた。
「――うん、美味しいわね」
「そうでしょうそうでしょう!パチュリー様にもずっと飲んで欲しかったんですよ!!」
微笑みながら紅茶に口をつけるパチュリーの姿を見て満足したのか、少し興奮気味の小悪魔。
「……そういえばパチュリー様?」
「うん?」
「大分前に壊れた空気清浄機が直ってたんですけど誰かに修理頼んだんですか?」
「――!」
何かが閃いたかのようにマグカップを手にしたままのパチュリーが顔を上げた。
「そう……。そういうことだったの……。」
「え?何か言いました?」
「……なんでもないわ。それより子悪魔――この紅茶はいつまでもつかしら?」
「袋から出さなければ最低でも1年ぐらいはもちますね。まぁそんなに放っておくことはありませんが。それがどうかしましたか?」
残り少なくなった紅茶を一気に飲み干すと、膝の上に置いておいた本を開きながら言う。
「ええ。――飲ませたい人ができたのよ」
~香霖堂~
「やっちまったなーやっちまったよー。まさか本の表紙と中身が違うなんて思わないものなー」
降りしきり豪雨の中、ようやく店に辿り着いた霖之助が借りてきた本を開くと“なにかの文字”が延々と書き綴られていた。
「しかもよりによって魔道書とは……せめて読める文字の本と間違えたかった……」
小さな溜息をつきパタンと本を閉じる。
「まぁ、いいか。これだけ降ってれば一時的にでも晴れるだろうし……清浄機の調子も気になるし……明日また行くか――」
降り続ける雨を子守唄に……椅子に腰掛けたままの霖之助が眠りについた。
了。
ただ空気清浄機って霖之助直せるのか?というか空気清浄機が普通に稼動している事が・・・
それともあれか、魔力式か。魔力式なのか!?
話自体は面白かった。GJ!
パチュリーは可愛い。
霖之助も可ゎ(ry
良いねえこういう距離感と思いやり。温かい気持ちになります。