梅雨が明けようとしたころ、博麗神社にイレギュラーな参拝客が訪れていた。
「本当に珍しいわね……」
「それほど緊急かつ深刻な問題なのです」
八雲紫の式、藍が霊夢の元に相談にやって来ていた。わざわざ橙ではなく藍がやってきたというのは彼女が言うとおり重大な話であるということなのだろうか。それでも霊夢は取り合ってくれない。
「異変とも言うべき重要事項なのです」
「私だって忙しいのよ、境内の掃除とか……ほら、アレよ、アレ……」
「儀式?」
「そうそれとかで忙しいから賽銭くれない妖怪に構ってる暇なんて無い――」
「この一件を解決していただいた暁にはそれなりの金子を奉納させていただきます」
霊夢は箒を投げ捨てた。賽銭の少なさは彼女の収入の少なさに同意だ。幻想郷随一の実力を持つ妖怪による奉納金はなかなかの額であろうと彼女は算した。
「そうね、異変解決は私の生業だもの、言いなさい、今度はどこの新参が暴れてるの? 私がマルッと解決してあげようじゃないの」
「いえ、問題の震源は古顔なのです」
「古顔ですって? 白玉楼の連中?」
「いえ、非常に申し上げにくいのですが」
「何よ、はっきり言いなさい」
「実は……我が主人紫様がこの世を終わらせようとしているのです」
「はァ?」
藍が言うにはこういうことらしい。
紫がいつものようにフラッと出かけて言って、しばらくすると戻ってきた。しかし何やら様子がおかしい。藍が何かあったのですか、と尋ねると、
「皆死ねば……世界が終わればいいのに……くっ、邪気眼と左腕の古傷がッ、勝手にッ」
とボソボソと呟いて自室へ消えていった。
「それが何だってのよ、ちょっと頭の中が春になってるだけでしょ? ほっときゃいいのよ。さァ解決したわよ、奉納金――」
「紫様は境界を操ることが出来ます。あらゆる物の境界を無くせば世界は一つの大きな物体となり、それは世界の消滅に同意です。私も、紫様が早まったことはされないと信じてはいますが、あの方はそれが出来るのです。放置は危険かと」
「……私にどうしろっていうのよ」
さすがの霊夢もことの重大さに顔をしかめた。幻想郷はおろか、外の世界も月も消える。全てが無に還る。止めなければならない。
「やはり、この世界を消してはいけないと再確認させるのが最大の手だと思うのです。ひとまず、屋敷まで来てはいただけませんか」
霊夢は特に返事はしなかったが、藍に意思は伝わった。マリサを連れていくかどうか悩んだがやめた。余計にことがこんがらがるのは避けたかった。
「では、ご案内いたします」
八雲の屋敷の縁側で紫はぼーっと虚空を眺めていた。瞳孔が開いている。
「紫様、紫様。霊夢さんをお連れしました」
「ん……」
紫は霊夢の顔を一瞥し、こう言い放った。
「ねえ霊夢、何もないっていうのはどういうことなのかしらね」
「はァ?」
「何もなければそもそも退屈しないわよね」
重症ね、と霊夢が藍に耳打ちした。
「今までは退屈になればどこかへ出かけてそれで気が済んでいたようなのですが最近ずっとこの調子で」
「紫ってさ、今年幾つになるのよ? とっくに四桁よね」
「はい」
「そんな歳増し妖怪に新しく楽しみを見つけさせることなんてできるの? 何か案でもあるのよね、当然」
「無いからこうして来ていただいているのですが」
ですよねー。
霊夢は紫を見て溜息をついた。
「紫、月に侵略しにいかない?」
「えー、もう月の指導者にはぎゃふんと言わせたし」
「新しい式作るとか」
「藍で十分」
「山に篭って仙人になるとか」
「私、妖怪よ?」
「何か本書くとか」
「そこの納屋に書き溜めてあるから読んで行って」
ここに来て霊夢も流石にいらついてきた。もはや力に打って出るという案しか彼女の頭の中にはなかった。
「じゃあもう、スペカで勝負よ! 付き合いなさい」
「いーやー」
「夢想封印!」
考案者がルールを破っているが、そんなことは重要ではなかった。紫はモロに霊夢のボムを喰らった。敗北、である。
「幻想郷の破壊を目論む妖怪を退治したわ! もうそんなことは考えないことね!」
「え、やだし」
「あァ!?」
今度こそ堪忍袋の尾が切れた。
「あんたは! 一体! どうしろって言うのよ! そこの狐も!」
「あんまり乱暴な言葉遣いしたら、神社消すわよー」
「……何を望んでいるの、あなたは」
「そーねー……」
少し考え込んで、彼女はとんでもない要求を突き付けた。
「接吻させてくれたら、しばらくは見送ろうかなー」
「な……」
「うわっ……」
霊夢も藍も素で引いた。
霊夢はアイコンタクトで藍に無理、と伝えた。が、ここでこの妖怪はまたもとんでもないことを言い出した。
「藍、ほら煽って煽って」
「は、はい……」
いくらドン引きしているとはいえ主人は主人、命令に逆らえない彼女は精一杯の努力を見せた。
「き、キース! キース! キース!」
狐、全身全霊の煽り。拍子を打つわけでもなく、直立不動で叫んでいるあたり、シュールである。
「ほらほら、霊夢空気読んで」
「何が空気よ、三人しかいないじゃないの」
「君抜いたら二人や」
「なお少ないじゃない!」
「ほらほらほら、いいから、目、つむって」
「何よー、もぉうー」
完全に立場は逆転した。霊夢は顔を真っ赤にして反発したが、これも幻想郷、ひいては神社(への奉納金)のため……そう考えて腹を括った。
来るなら来なさい、霊夢は両目をギュッと固くつむった。指が顎に触れて、そして――
カシャ
「え……?」
「どう、文、いいの撮れた?」
「ばっちりです紫さん!」
「え、ちょっと、何で文がいるのよ!?」
目を開けるとそこには幻想郷のパパラッチ射命丸文がカメラを片手にニヤニヤと笑っていた。
「いやーですねェ、霊夢さん、紫さんが特ダネあるよっておっしゃるものですからずーっと張ってたんですよ。いいの頂きました! では明日の朝刊をお楽しみに!」
そう言い残す制止する霊夢の声のそれをはるかに上回るスピードで青い空へ消えていった。
「いっやー霊夢う、いいー暇つぶしになったわあ、ひつまぶしでも食べてく?」
「何? じゃあ最初から全部……」
「嘘っぱちよ。こないだ外を見てきたとき、ドッキリってのが流行ってたから私もやりたいなーって思って」
「な」
振り返れば藍はケタケタと笑っていた。嵌められた!
「何よそれええええええええええ!」
少女の叫びは虚しくも八雲の屋敷に紫の笑い声と共に響くだけだった。
――翌朝。
「文々。新聞特別号だよー、特集は激写! 霊夢と紫のキス現場!」
「いやああああああああああ!」
皮肉なことにこのカップル(?)にあやかろうと多くの男女が博麗神社に参拝し、賽銭箱は久しぶりにその役目を全うすることになったという。
「本当に珍しいわね……」
「それほど緊急かつ深刻な問題なのです」
八雲紫の式、藍が霊夢の元に相談にやって来ていた。わざわざ橙ではなく藍がやってきたというのは彼女が言うとおり重大な話であるということなのだろうか。それでも霊夢は取り合ってくれない。
「異変とも言うべき重要事項なのです」
「私だって忙しいのよ、境内の掃除とか……ほら、アレよ、アレ……」
「儀式?」
「そうそれとかで忙しいから賽銭くれない妖怪に構ってる暇なんて無い――」
「この一件を解決していただいた暁にはそれなりの金子を奉納させていただきます」
霊夢は箒を投げ捨てた。賽銭の少なさは彼女の収入の少なさに同意だ。幻想郷随一の実力を持つ妖怪による奉納金はなかなかの額であろうと彼女は算した。
「そうね、異変解決は私の生業だもの、言いなさい、今度はどこの新参が暴れてるの? 私がマルッと解決してあげようじゃないの」
「いえ、問題の震源は古顔なのです」
「古顔ですって? 白玉楼の連中?」
「いえ、非常に申し上げにくいのですが」
「何よ、はっきり言いなさい」
「実は……我が主人紫様がこの世を終わらせようとしているのです」
「はァ?」
藍が言うにはこういうことらしい。
紫がいつものようにフラッと出かけて言って、しばらくすると戻ってきた。しかし何やら様子がおかしい。藍が何かあったのですか、と尋ねると、
「皆死ねば……世界が終わればいいのに……くっ、邪気眼と左腕の古傷がッ、勝手にッ」
とボソボソと呟いて自室へ消えていった。
「それが何だってのよ、ちょっと頭の中が春になってるだけでしょ? ほっときゃいいのよ。さァ解決したわよ、奉納金――」
「紫様は境界を操ることが出来ます。あらゆる物の境界を無くせば世界は一つの大きな物体となり、それは世界の消滅に同意です。私も、紫様が早まったことはされないと信じてはいますが、あの方はそれが出来るのです。放置は危険かと」
「……私にどうしろっていうのよ」
さすがの霊夢もことの重大さに顔をしかめた。幻想郷はおろか、外の世界も月も消える。全てが無に還る。止めなければならない。
「やはり、この世界を消してはいけないと再確認させるのが最大の手だと思うのです。ひとまず、屋敷まで来てはいただけませんか」
霊夢は特に返事はしなかったが、藍に意思は伝わった。マリサを連れていくかどうか悩んだがやめた。余計にことがこんがらがるのは避けたかった。
「では、ご案内いたします」
八雲の屋敷の縁側で紫はぼーっと虚空を眺めていた。瞳孔が開いている。
「紫様、紫様。霊夢さんをお連れしました」
「ん……」
紫は霊夢の顔を一瞥し、こう言い放った。
「ねえ霊夢、何もないっていうのはどういうことなのかしらね」
「はァ?」
「何もなければそもそも退屈しないわよね」
重症ね、と霊夢が藍に耳打ちした。
「今までは退屈になればどこかへ出かけてそれで気が済んでいたようなのですが最近ずっとこの調子で」
「紫ってさ、今年幾つになるのよ? とっくに四桁よね」
「はい」
「そんな歳増し妖怪に新しく楽しみを見つけさせることなんてできるの? 何か案でもあるのよね、当然」
「無いからこうして来ていただいているのですが」
ですよねー。
霊夢は紫を見て溜息をついた。
「紫、月に侵略しにいかない?」
「えー、もう月の指導者にはぎゃふんと言わせたし」
「新しい式作るとか」
「藍で十分」
「山に篭って仙人になるとか」
「私、妖怪よ?」
「何か本書くとか」
「そこの納屋に書き溜めてあるから読んで行って」
ここに来て霊夢も流石にいらついてきた。もはや力に打って出るという案しか彼女の頭の中にはなかった。
「じゃあもう、スペカで勝負よ! 付き合いなさい」
「いーやー」
「夢想封印!」
考案者がルールを破っているが、そんなことは重要ではなかった。紫はモロに霊夢のボムを喰らった。敗北、である。
「幻想郷の破壊を目論む妖怪を退治したわ! もうそんなことは考えないことね!」
「え、やだし」
「あァ!?」
今度こそ堪忍袋の尾が切れた。
「あんたは! 一体! どうしろって言うのよ! そこの狐も!」
「あんまり乱暴な言葉遣いしたら、神社消すわよー」
「……何を望んでいるの、あなたは」
「そーねー……」
少し考え込んで、彼女はとんでもない要求を突き付けた。
「接吻させてくれたら、しばらくは見送ろうかなー」
「な……」
「うわっ……」
霊夢も藍も素で引いた。
霊夢はアイコンタクトで藍に無理、と伝えた。が、ここでこの妖怪はまたもとんでもないことを言い出した。
「藍、ほら煽って煽って」
「は、はい……」
いくらドン引きしているとはいえ主人は主人、命令に逆らえない彼女は精一杯の努力を見せた。
「き、キース! キース! キース!」
狐、全身全霊の煽り。拍子を打つわけでもなく、直立不動で叫んでいるあたり、シュールである。
「ほらほら、霊夢空気読んで」
「何が空気よ、三人しかいないじゃないの」
「君抜いたら二人や」
「なお少ないじゃない!」
「ほらほらほら、いいから、目、つむって」
「何よー、もぉうー」
完全に立場は逆転した。霊夢は顔を真っ赤にして反発したが、これも幻想郷、ひいては神社(への奉納金)のため……そう考えて腹を括った。
来るなら来なさい、霊夢は両目をギュッと固くつむった。指が顎に触れて、そして――
カシャ
「え……?」
「どう、文、いいの撮れた?」
「ばっちりです紫さん!」
「え、ちょっと、何で文がいるのよ!?」
目を開けるとそこには幻想郷のパパラッチ射命丸文がカメラを片手にニヤニヤと笑っていた。
「いやーですねェ、霊夢さん、紫さんが特ダネあるよっておっしゃるものですからずーっと張ってたんですよ。いいの頂きました! では明日の朝刊をお楽しみに!」
そう言い残す制止する霊夢の声のそれをはるかに上回るスピードで青い空へ消えていった。
「いっやー霊夢う、いいー暇つぶしになったわあ、ひつまぶしでも食べてく?」
「何? じゃあ最初から全部……」
「嘘っぱちよ。こないだ外を見てきたとき、ドッキリってのが流行ってたから私もやりたいなーって思って」
「な」
振り返れば藍はケタケタと笑っていた。嵌められた!
「何よそれええええええええええ!」
少女の叫びは虚しくも八雲の屋敷に紫の笑い声と共に響くだけだった。
――翌朝。
「文々。新聞特別号だよー、特集は激写! 霊夢と紫のキス現場!」
「いやああああああああああ!」
皮肉なことにこのカップル(?)にあやかろうと多くの男女が博麗神社に参拝し、賽銭箱は久しぶりにその役目を全うすることになったという。
理想のゆかれいむでしたwごちそうさまでしたw
…で、問題の写真だが…どうやったらもらえるんだい?
一歩間違えたら自らも傷付ける諸刃の剣
取り扱いには気を付けて…
さすが深夜。
ここで腹筋崩壊したので藍様九尾をモフモフさせてください。
紫にとことん振り回される霊夢と藍がかわいそうでなりませんww深夜あなどれねえ!
あの何だかよく分からないハイな感じ…
それはともかく、霊夢可愛いなあ。
笑わせていただきましたw
煽る藍様想像して吹きましたw
細かいことですが…
>霊夢は箒を投げ捨てた。賽銭の少なさは彼女の収入の少なさに同意だ。
『同意』より『同義』の方がいいかも、と思ってみたり。
意味は同じなんですが…
個人的に少し引っ掛かったので。