Coolier - 新生・東方創想話

水面の彼岸花

2010/06/24 20:00:11
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「……彼岸花が、咲いてるねえ」
 舟を漕ぎながら、小野塚小町はしみじみと言った。延々と水平線だけが続いたせいで、その役割を放棄しまどろむようにもやがかかっていた両眼に、刺々しい色合いの彼岸花が飛び込んできた。
 三途の河の岸辺は一面がその真紅色で塗りたくられている。輪生状に咲き誇る針のように細い花弁がその色と合わさって、血の池地獄で救いの手を突き出した亡者達を連想させた。
 彼岸花。そして亡者。
 この二つから連想されるのはいつぞやの異変の事だった。六十年周期で起こるものらしいから、何年前に起こったかぐらいなら少し頭を働かせればすぐにでも思い出すことが出来る。しかし、小町は大あくびを一つしただけで、回想をあっさりと終わらせた。
 大体、あれは春に咲いたから珍しいのであって、今の時期にこの光景を拝めた所で別に珍しくも何ともない。去年も一昨年も同じものを見たのだ。それを考えると、こうして彼女が真面目に仕事に取り組んでいる事の方がよっぽど珍しい。
 最も、いくら小町が世間にそのサボり具合を轟かせているとはいえ、やはり仕事は仕事、半ばローテーションのようにして渡しを一応こなしてはいるのだ。その仕事をする周期がまわってきただけだから、結局はあまり珍しくはないのかもしれない。
 そうして幾日ぶりかで漕ぐ櫓に、ふと小さな違和感があった。水面を手でさらってみると、軽い何かが触れる。拾い上げてみると、手の平の中には萎れた花弁が収まっていた。
「おや? こいつは珍しい事もあるもんだね。白い彼岸花なんて」
 彼岸花と言えば鮮血を思い起こさせる真紅の花弁が特徴だが、稀に白いものもある。広い此岸でも数本しか花を咲かせる事は無いぐらい貴重なものだ。
小町も長い事船頭としての仕事をしているが、これと同じものをお目にかかった記憶は無い。風化してしまう程に僅かな回数を、大分昔に見たきりなのだろう。本当に一度たりとも見ていないというのも有り得るかもしれない。
あまりにも貴重な品をしげしげと眺めていると、小町の頭をふと違和感がよぎった。
 ひょっとしたらと思い、小町は急いで舟を接岸させる。足の踏み場を探したか良い場所が見つからず、仕方なく彼岸花の上に足を下ろした。女性としてはそれなりに高い所に付いている方だと思われる頭を左右に振って此岸を見渡す。
 すると、遠くの空間が蜃気楼のように揺らめいて、彼岸花の真紅がにじんだ絵の具のように見えた。
 その場所を目指して小町は大股に歩いていく。
「やあ。そんな場所で待ってたって、何時まで経ってもお迎えは来やしないよ。そこいら中にある舟着場が見えなかったのかい? この河を渡りたいんだったら、そこに居た方が面倒が無くていいから。次の機会にはそうするんだね」
 そう言って快活に笑ってみせる。
 彼女は決して自らの言葉に一人で悦に浸っているわけではない。その眼前には彼女以外のものが居た。ふわふわと宙に漂っている半透明のそれは、この場所にとてもお似合いの存在だと言えるだろう。一匹の幽霊が、小町の前に佇んでいた。
 幽霊に目は付いていないが、雰囲気でその幽霊が足下(幽霊には足も付いていないが)に意識を向けているのが伝わってくる。目を向けると、幽霊のしっぽのような部分が、白い花弁をつついているのが見えた。
 案の定といった風に、小町は苦笑を浮かべる。
「珍しく思う気持ちは分かるけど、あんまり触らないでやってくれないかい? 悲しいけれど、もうあんたには血が通っていなんだ。だからその身体は触れば凍傷になるくらい冷たい。それじゃ花をいじめてるようなもんだよ。希少な花が可哀想だ」
 腰を曲げて正面から覗き込むようにすると、幽霊はおおげさなくらいに反応して、見た目も手伝ってエビのような印象のある丸まった姿勢を正そうとした。
そのまま直立して小町と向き合おうとしたのだろうが、勢い余っててっぺんから先っちょまでで橋をかけるようにして反り返って、文字通り仰天する。どうやら自分に背骨が無い事が分からなかったらしい。言葉を右から左へ流していたのか、小町の存在にちっとも気付いていなかったようだ。
その豪快な倒れっぷりに、小町は顔を手で覆わずにはいられなかった。
 何にせよ死んでしまった後なら痛みも何も無いだろうと手をどかすと、他と比べてあまりに儚い色合いの花弁が、魂の膜を通さずより鮮明に映った。その内の一つが舞い落ちてそのまま水面に浮かんだ。軽々とした白い小舟は緩やかな流れに乗って旅立っていく。風でも吹こうものならその後ろ姿を見送った兄弟達も同じ末路を辿る事になるだろうが、空気が留まっているこの場所ではその心配はいらなかった。いずれにせよ、互いに慰めあうように寄り添っている花弁が拝めなくなるのも時間の問題だろう。
 小町はしばらくの間食い入るようにそれを見つめてから、おもむろに閉眼してまぶたの裏に焼き付けた白い花を映し出した。もう忘れる事が無いよう、脳髄に叩き込んでおく。
 紫煙をくゆらせるように息を吐くと、小町は大きく伸びをした。こちらはちゃんと背骨があるので倒れるようなことはなかった。
 災難に見舞われた幽霊の方はというと、落ち着きを取り戻した様子で三途の河を眺めていた。いや、取り戻したのは落ち着きではなかったのかもしれない。先程と同様に幽霊は呆然としていて、視界に入ったものを明瞭に捉えているかどうかも怪しかった。
 彼岸花には目もくれない様子に、せんべつ代わりに心ゆくまで彼岸花を見せてやるつもりだったのだがと、小町は肩透かしを食らったような気分になった。
 ともかく、客が居るからにはもう一働きしなければならない。
 咳払い一つして注目を自分に向けると、小町はとうとうと語り始めた。
「さて、それじゃあ自己紹介といかせてもらおうか。あたいは小野塚小町。しがない船頭として三途の河の舟渡しをしている。――見ての通りの死神さ」
 そして、背に隠すようにして握っていた大鎌を幽霊の前に突き出してみせる。幽霊相手にはウケの良いパフォーマンスなのだが、幽霊はその行動を極自然なものとして受け取ったように、何ら目立った反応を示さなかった。一度驚かされて肝が座ったのかもしれない。
 まあそういう事もあるだろうと、気を取り直して話を続ける。
「そう、さっき三途の河と言ったね。もう勘付いているだろうが、お前さんは事切れて今は魂だけだ。当然、これからあたいの舟に乗って閻魔様にお目通しをしなきゃあならない。ところがどっこい、こっちも仕事だ。ただで舟を出すわけにはいかない。けれども心配は無用だよ。お前さんの懐には生前の行いに見合っただけの銭が収まっている筈だ。渡し賃にはそいつを使えばいい。いくら払えばいいのかって? 常世で相場は六文と耳に挟んだかもしれないが、持っている分、耳をそろえて出した方が賢明だよ。別にあたいが私服を肥やそうと、お前さんを騙して言ってるわけじゃあない。三途の河幅はどういう理屈か乗せた霊の懐具合で決まるんだ。お上はケチ臭くてね。あたいに寄越すのはボロ舟だけ。それでもあたいはずっとこの相棒と仕事して、今じゃ三途の河のタイタニックなんて呼ばれるようになったが、ご老体なのは誤魔化しようがない。あんまり長旅だと途中でひっくり返るかもね。全うな来世を夢見るんなら、少しでも多くの安全を買っておきな。さあ、それじゃお前さんはどのくらいの金持ちだい?」
 気持ちよく長台詞を締めくくって、小町は幽霊に向けて手の平を広げた。ところが幽霊は小町の要求に、間髪入れずに頭の方を左右にしならせる。その意を察しかねて小町は首を傾げた。
「どうしたんだい? まさか文無しって事はないだろう。あたいは他の死神と比べたら随分多くの悪党を乗せてきたけれど、一度だってそんな事は無かった。さっきみたいに言い聞かせても全額出し渋るような輩なら、それこそ今ここに咲き誇っている彼岸花ぐらいには居たけどね。お前さん、ひょっとして銭を中有の道で落としちまったんじゃないだろうね?」
そうだというのならば納得が行く。中有の道は死者が必ず通る道であり、連日多くの出店が開いている。それらに目移りしている内に持ち金を落としてしまっても不思議ではない。ひょっとしたら今まで相手をしてきた幽霊の中にもそういったのが居たかもしれないと小町は思った。そして、本来渡れた筈のところを水底に沈んでいったのかもしれない。
だとしてもそれはそれで行いの結果、同情するいわれはないと、自らに言い聞かせるようにして小町は想像を打ち切った。
失せ者探しは自分の仕事に成り得るだろうかと思案していると、またも幽霊は否定の意を動作に示した。
いよいよ訳が分からなくなって、小町は頭をかきむしる。
「おいおい勘弁しておくれよ。自分の死を受け入れたくないってのかい? いくら駄々こねたって黒が白くはならないよ。ここにくるまでも長かっただろう。少しくらい心の整理が出来てたっていいじゃないか。頼むから弁えておくれよ」
泣きつくように懇願しても、幽霊は自分も群生し根付いた彼岸花であるかの如く、微動だにしなかった。
小町はいっそ鎌でもって脅かして焚き付けようかとも考えたが、後で上司にこってり絞られそうなので、それを行動に移すことはなかった。七面倒くさいことになったと嘆息したのも仕方のない事だろう。
と、その時。
そうして押さえつけていたのが溢れたかのように、腹の虫が盛大に鳴った。
消沈した様子だった幽霊がまじまじと見つめるような態度で小町を見上げたが、当の本人は大して恥じる様子もなく、合点がいったとばかりに手を打った。
「あー、そういやもうじき昼時だね。調度良いや、あたいはこれからちょっくら昼餉を取りに行ってくるから、それまでよーくここで考えておくんだよ」
 それだけ言うと、小町はつい先程まで困り果て情けない顔をしていのが嘘みたいにひょうひょうとした足取りで去っていった。静寂に包まれていた河岸に、小気味の良い鼻歌が響く。あまりの豹変ぶりに幽霊の方は狐につままれたようになった。そのまま遠ざかる背中を見ていると、携えられている鎌の刃に反射した光が飛び込んできて、思わず視界を手で覆おうとする。
 しかし、守るべき目も守ろうとした手も無い事に気付いた。さも恨めしそうに、雲の合間から顔を出しているお天道様を見上げる。
 死んだ後で見るその光が、幽霊にはどことなく不思議に思えた。



「ありがとうございましたー!」
 屋台特有の勢い込んだ見送りの挨拶に手を振って返す。そして、小町は早速割り箸を口で二つに割って、手渡された紙の容器の中に突っ込みかき混ぜた。
 たちまちスパイシーな香りが鼻をくすぐる。もう我慢出来ないとばかりに、小町は条件反射で宣言した。
「いただきます」
 小町が屋台で買った焼きそばをたいらげるのに、そう大した時間はかからなかった。売値に似合わず量は多いのだが、ここ最近のひもじい食生活を鑑みればその速さは至極当然といったところだ。
 焼きそばと一緒にもらった紙コップの中身を、口をすすいでから飲み干して、小町は満腹感に浸った。
「はー、食った食った」
 親父臭い事を言いながら、屋台が建ち並ぶ道を歩いていく。昼時だけあって、焼きそばやお好み焼きなどの食べ物処が特に賑わっているようだった。そんな屋台で慌ただしく言葉が飛び交い手足が動かされているのに対して、射的や釣り堀の屋台の下では新聞が大きく広げられていたりする。
 これらの屋台はどれも霊が罪滅ぼしの一環として行っているものだ。すなわち労働への態度がそのまま善行を積んでいるかどうかの表れということになる。自ら客を呼ぶ努力をしないようでは、怠慢と言われても仕方ないだろう。
 他人の振り見て、という言葉が頭に浮かんだが気にしない。上司から十分お説教をもらっているのだから、せめて自分自身はポジティブでいたいと小町は考えていた。
 単に厚顔無恥なだけとも言う。
 そんな風にして道を歩いていると、ふと奇妙な影が見えた。
 と言っても姿形が変わっている、というのではない。そもそもこの幻想郷において妖怪変化というのは珍しくも何とも無いのだ。小町が目をつけたのは、単純にそれが挙動不審であったからに過ぎなかった。
「よう、何してんだい?」
 声をかけると、その幽霊は小町の方を勢いよく向いた。そこに戸惑いや驚嘆の色は無い。明らかに安堵した様子で小町の顔を見ている。
「迷子かい?」
「……」
 死人に口無し。当然返事をする筈もない。
 しかし、その幽霊が道に迷っていることは誰の目から見ても明白だった。特に何かを探しているわけでもなく、ただただ落ち着かない様子で揺らめいているその姿に対しては、むしろそれ以外の可能性を考える方が難しい。
「どうやらここには来たばっかりみたいだね。まあご察しの通りここはいわゆる死後の世界って奴だ。そんでもってあたいは小野塚小町。この中有の道の向こうにある三途の河で渡し守をしている死神さ」
 幸いなことに小町に対する不信感も抱いていないので、流れのままに自己紹介を済ませる。大鎌のサービスも今度は快く受け入れられ、小町は立て板に水といった調子で死後のシステムについて滞りなく説明を終えた。
「さて、それじゃ行こうかね。――ああ、そういえば先客が居たんだった。悪いけど順番だからお前さんはちょいと待っててもらえるかい? 彼岸花に囲まれていれば退屈もしないだろう」
 幽霊は小町の言葉に頷いて、ゆらゆらと背後に続いた。端から見ている分には、普段幽霊がしているような揺らめきと、それは大差なく思えるだろう。しかし、長年幽霊と携わってきた小町の目には、幽霊の動揺が透けて見えた。
 死を経験した後で恐怖を感じる事など、生前に比べれば数える程度しかない。よくある例としては、閻魔様の裁き、おはらいのお経、地獄の責め苦――それから、記憶。
 精神だけの存在である幽霊にとって、辛い記憶は何にも勝る苦痛と成り得る。それを閻魔様が浄波璃の鏡で余す所なく見抜いて、過去から目を背けない事を容赦なく要求するのだ。
故に自分が特に気にする事でも無いだろうと、小町は歩みを進めていく。
「どうして彼岸花が赤いのか知ってるかい?」
 話し好きの小町にしてみれば、双方だんまりの道中を行く事程耐え難い仕打ちは無い。適当な話題を頭の中からさらって、筋道も大して考えない内に切り出した。常日頃から上司への言い訳を捻り出す事によって磨かれたアドリブの能力をもってすれば、そんなのは朝飯前である。
「ここいら一帯には外の世界の物がよく流れ着くんだけどね。その大体がちんぷんかんぷんな機械やら、何が良いのかさっぱり分からない服やら。要は流行に左右されやすいような代物ばかりなんだ。どうしてだと思う?」
 小町の問いかけに幽霊は答えない。質問の正解どころか、小町の話自体がいまいち良く飲み込めていないようだった。あまりにも唐突だったから、それも仕方の無い事ではある。元々幽霊相手に明確な返答は望んでいないので、気にせずに小町は続けた。
「流行に左右されるって事は、忘れ去られやすいってのと同じだからさ。記憶から消えて幻想と化したものだけが、いつのまにやら道端に落っこちてる。さっきも言った機械や服はその典型的な例って訳。それ以外だと本何かが多いね。そうだよ、本だよ本。どうして彼岸花が赤いのかって説明をするには、本の事を話さなくちゃあ始まらない。詰まる所、内容をそのまんま拝借するって事なんだけどね」
 とうとうと前置きを語り終えて、小町はいよいよ本題に入る。が、その前に釘を刺すように背後を振り返った。あさっての方向を向いていた幽霊もそれに気付いて、姿勢を正す。あくまでも小町は話し相手が居る上での語りが好きなのであって、一応は耳に入れてもらえないと気が済まないのだ。返事を求めていないのならどちらでも同じなような気がするが、小町にとっては重要な事だった。
 そもそも頼んでも居ないのに話し始めるのがほとんどなので、面倒この上ない。その癖他人の話は平気で聞き流すのだから余計にたちが悪かった。
「植物でも動物でも、生きとし生けるものは細胞っていう小さなのがかたまって出来ているんだそうだ。そんでもって植物の細胞には液胞っていうものがあって、それは名前の通り液で満ちている。その中に色の素が溶け込んで、花弁の色ってのは決まるらしいよ。彼岸花の色素は赤いって事だね。――けれどもそれは、幻想になったとはいえ外の世界での論法だ。物の見方のほんの一つに過ぎない」
 起承転結で言うところの転の部分に差し掛かって、小町の口調に力が入った。それにあおられるようにして、幽霊はふっと揺らめく。
「じゃあどうして彼岸花が赤いのか。それはね、赤ってのが魂の源を表しているからなんだ。血の色も赤だし、生まれたばかりの人間も赤子と呼ぶ。人間には気質ってもんが備わってるが、それも目に見える時は赤色だ。幽霊は魂だけだから、その源を垂れ流してしまう。だから彼岸花は赤くなったのさ。最も、あたいが今考えた事だけどね」
 最後の一言に、幽霊はわざとらしく前のめりになった。まるで見計らったかのような、間髪入れない動作だった。どうやら話をちゃんと聞いていてくれたらしいと、小町は満足そうに笑う。自分で促したとはいえ、反応を示してくれるという事は、それなりに話に聞き入ってくれたという事だと解釈したからだ。
 その高揚感に浸ったまま、小町は何でもない風に付け加えた。
「でも案外筋は通ってると我ながら思うよ。源ってのはありすぎるとかえって毒になる。彼岸花は花も相当だけど、その花を咲かすのに必要な根っこはもっと凄いんだろう。だから、彼岸花の根は毒なんじゃないかな。過剰に源を身体に取り入れるのはかえってよくないからね。――お前さんもそう思わないかい?」
 幽霊は答えなかった。例え喋る手段を持ち得ていたとしても、きっとそうしていただろう。
 小町は蛇足だっただろうかと反省するそぶりを見せて、すぐにやめた。どんなに自分に言い聞かせても、三つ子の魂も百をゆうに越した今となっては止めようがなかった。
 口が動いていたのと同じく、足もしっかりと進んでいたようで、調度いい具合に此岸が一望出来る丘の上へと辿り着いた。三途からやや離れたその場所を風が吹き抜け、無数の花弁がさらわれていく。その内の一つが目に入りそうになって、小町は思わず顔を背けた。恐る恐る目を開くと、その光景を呆然と眺めている幽霊の姿が飛び込んでくる。
 中有の道の賑やかさとはかけ離れた空気に呑まれてしまったのだろう。今この場から少しでも先に進めばもう後戻りは出来ないとばかりに、幽霊はためらっていた。
この丘は此岸へおもむくのに避けては通れず、この幽霊と同じく立ち往生したかのようになるものが少なくない。船着場の近くで身体を横にしていると、そうして葛藤している様が嫌でも目に入るのだ。
「……恐れる事は何も無いよ。この先にあるのは恐怖なんてものじゃあ断じて無い。ただ、摂理があるだけさ。もうどんな場所でもほとんど見れなくなった、本当の摂理がね」
 小町からすればそれは軽口のようなものだったが、幽霊には脅し文句に聞こえてならなかった。生まれた時からの死神と、死んだ時からの幽霊とでは、あまりに考え方が違ったのだ。
 小町はそれに気付いているのかいないのか、場の雰囲気を和ますように口笛を吹いている。
 その音色以外には、何の音もしなくなっていた。



「おっす! 河を渡る覚悟は出来たかい?」
 別れた時と寸分も変わらず立ち尽くしているように思える幽霊に向かって、小町は気さくに手を挙げた。白い彼岸花を踏んでしまわないよう注意しつつ歩み寄る。幽霊はそんな小町を一瞥して、またすぐ無気力に宙に意識を漂わせようとした。
「その様子じゃあ、未だにふんぎりがつかないようだね。それならそれであたいは構わないよ。こっちの方をお前さんより先に渡してやるだけだから」
 淡い期待を打ち砕かれて、小町はやぶれかぶれといった風にこれ見よがしな台詞を言い放った。
 幽霊は今一度小町に――正確には小町の背後に向き直った。
 二人の幽霊が、互いの存在を認め合い、どちらからともなく近付いていく。見た目にはほとんど変わらない影が重なって、元々一つだった形に戻ったかのようにも思えた。二言三言交わすようにして幽霊同士通じ合うと、ゆっくりと離れていく。それでも意識までは離れていないようだった。
「……お前さん方、知り合い――何て聞くのは野暮ってもんか。随分と見せつけてくれるねえ」
 小町が蚊帳の外から茶化すと流石に羞恥心を覚えたようだったが、それでも再開の喜びが勝っているのだろう。付かず離れずの状態を一向に変えようとはしなかった。
 職場でこんな場面に巡りあうなど、流石の小町も初体験だった。場所を考えると素直に祝福出来ないものがあるが、心の中では万感を込めて拍手する。死して尚切れない赤い糸なんて言えば、いかにも烏天狗が好みそうな陳腐なものに思えるものの、実際目の当たりにすると問答無用で感動させられるものがあった。
 ただ、いつまでもその余韻に浸っている訳にもいかない。意を決して、それでも遠慮がちに二人の間に割り込んで、顔の前で片手を立てつつ仕事の話を始める事にする。
「そろそろ仕事をしたいだんけど、お前さん……これじゃあ紛らわしいな。旦那さんでいいかい?」
 最初に出会った方の幽霊に確認すると、照れながらも了承の意を示してくれた。もう片方の幽霊が、何故性別が分かったのか不思議そうにしていたが、あくまでも感覚的なものなので小町も上手く説明が出来ない。仕方なく無視するようにして続けた。
「旦那さんも、これで未練は無くなったね?」
 お見通しとばかりに言うと、夫の方は今まで横に振っていたのをそのまま縦にしたように、ゆっくりと頷いた。
 その為に一度仕事を邪魔されたのかと思うと腹も立とうものだが、恋は盲目という言葉がぴったり当てはまるその言動に、不思議と嫌な感じはしない。むしろ死んでまで愛を貫くその姿勢に感心するぐらいだ。
「よし、それじゃあ良いもの見せてもらったお礼に、気持ちいつもより頑張ってみるとするかね。と言っても、結局はお前さん達の懐次第だけれど。今度こそは観念して財布のヒモを解いてもらうよ、旦那さん」
 そう言って差し出した手にわずかな重みが乗せられる。数えるために軽く揺すると、何度聞いても飽きる事を知らない、金の擦れる音がした。自然に緩んだ瞳で、その輝きに目を通す。
「ひいふうみい……。うん、これなら何とかなりそうだ。来世ではもっと善行を積むんだよ」
 小町は小判を大事そうに懐にしまうと、放ったままにしてある相棒の元へと向かった。夫の方は肩の荷が下りたようで、軽やかに小町の後へと続こうとする。せめて一言別れの挨拶をさせてやろうと、残される側の心を案じて小町が振り返ろうとしたところに、ちょうど妻の方が二人の行く手をさえぎるように出てきた。まだかけるべき言葉が見つからないのか、ただじっと旦那の方を見つめている。放っておけばいつまでもそうしていそうだ。
「……まあゆっくりするがいいさ。これっきりっていう挨拶を急かす程、あたいも無粋なつもりはないしね」
二人だけにしようと身を引こうとした小町を、妻の方が慌てて引き止めた。一介の死神に何のようだろうかといぶかしみつつも、無視するわけにもいかず、渋々振り返る。
「何だい? 奥さんの方も後で渡さなきゃならないんだし、話があるんだったらその時にでも――」
 小町の言葉を遮るように、妻の方はその魂魄を押し付けてくる。ひんやりとした感覚が腹部に広がっていくのを感じながら、小町は何かが自分の身体に当たっている事に気付いた。やや痛いくらいに埋められている物からは、幽霊のそれとは明らかに違う冷たさが感じられる。
 それが何なのかは、見るまでも無く分かった。
「おいおい、銭だって金属で出来てるんだから、そんな風にされたら痛いよ。お前さんそんなに先に河を渡りたいのかい? 双方合意の上ならそれでも別に構わないけどさ」
 この時ほど自分が嘘つきだと思った事は無いと、小町は冷や汗がにじみ出る頭で考えていた。嫌な予感がして、それを早く拭い去りたくて、小町は無言の圧力を瞳に込めた。
 しかし、そんな小町の期待を裏切り、妻の方は否定の意を表す。
 それは夫と全く同じ仕草だった。
 そして、それだけで小町は全てを察した。大鎌を握る手に力が込められる。わなわなと震え出したそのエネルギーを発散するようにして、小町は声を絞り出した。
「……本気なのかい?」
 冷酷さを微塵も隠そうとしない死神らしい口調に、妻の方は気圧されて後ずさる。力の無いその魂魄を、夫が支える。殺意が混じったような小町の視線にも、夫の方は怯まなかった。そして、やはり左右に頭の方を振る。
 夫妻を合わせれば、小町がそれを目にしたのはもう四度目の事になる。仏でも無い身が我慢するのには無理がある数字だ。
「――甘えるんじゃないよ!」
 堪忍袋からあふれ出たそのままを、腹と喉を力一杯に震わせて叫んだ。その勢いに、風の吹かない彼岸がざわめき、彼岸花が揺れたような錯覚すらする。小町はあくまで怒りを声にだけ込めたつもりだったが、衝動のままに振り下ろされた刃が、見事に地面を引き裂いていた。舞い上がった土が河に溶けて、赤みがかった不気味な線を引いていく。
 おののく幽霊のどちらがどちらかも確かめないまま、片方を掴み上げると、顔と顔とを三寸の距離まで近付けて、小町は吐き散らす唾にまで喝を込めんばかりに、より一層声を張り上げた。
「あんたらがどれだけ仲睦まじかったかはしったこっちゃないけどねえ、この先じゃあ情や絆なんてものは通じないんだよ! 一緒に河を渡してくれなんて、勘違いも甚だしいってもんだ! あたいは観光地でへらへら笑ってるような水夫とは訳が違う! この三途を二人乗せて渡ったらどうなるかなんて、少し考えれば分かるだろう!?」
 三途の河を舟で渡すのは、単に此岸と彼岸がへだてられているからというだけではない。その間に死者が生前の罪を自分なりに精算し、その上で裁判に臨めるようにと、敢えて形式を昔から一切変えないままにしている。渡し賃で河幅が長短を決するのも、悪しき霊であればその罪を深く反省させる為に長い時間を必要とし、良き魂であれば楽しかった生前に思いを馳せて未練を抱えるような事がないように短い時間の方が好ましいからであり、そもそも三途の河で振るいにかけるような意図は込められていない。それはあくまで閻魔が白黒はっきり付けるべきものだ。
 そこに二人を乗せて行こうものなら、河幅は狂い、公正な手順が失われる。その上、愛し合う者同士が狭い舟の中で罪を振り返るなどという高尚な思考に至るなど、とてもではないが有り得ないだろう。
 つまり、この二人は冥界の在り方を、無自覚に否定したのだ。
「全く、死んでまで命知らずな奴が居るなんて。この小野塚小町、夢にも思わなかった事だよ。そんなにもう一度自分の蝋燭が掻き消されるのを味わいたいってんなら、お望み通りそうしてやる。ただ、溺れ死にっていうのは流石に苦痛だろうねえ……。せめてもの情けだ。この鎌の切れ味だけは飾りじゃないって事を思い知ってから消えるかい? ん?」
 反った刃を、輪をかけるようにして幽霊に沿わせた。また少しでも反抗の意志を表明しようものなら、たちまち鎌が食い込み、幽霊はそのまま塵と消え失せるだろう。
 緊迫した空気の中で、それでも幽霊が意を曲げていないのが、憤怒と冷徹が入り交じった小町の頭に伝わってくる。
 片方の思いはそのまま鎌を横に凪ぎ、続けざまに残った方も切り捨ててみせる。もう片方は無言で幽霊を舟に押し込んで、後の事は閻魔に任せていた。
その内のどちらの意思に身を委ねるべきなのだろうか。
永遠と須臾が操られたかの如く、どれだけの時間が過ぎたのか分からない。小町の爪先に、花弁が舞い落ちた。
幽霊に触れないよう、ゆっくりと鎌を下ろして、小町はそれが白く染められたものである事を確認した。痺れた手を軽く振ってから、憎々しげに呟く。
「……好きにしろ。あたいは知らん」
 そして、幽霊には目もくれずに真っ直ぐ舟へと向かっていく。その途中で、八つ当たりのように鎌を地面に放り投げた。頭の後ろで手を組んで、空を見上げながら息をつく。
 二つの魂魄はその背中に、小さく礼をした。



 一漕ぎする度に、水が重たくまとわりつくように感じる。此岸を出発してもう半刻にもなるが、一向に彼岸は姿を表さなかった。そのペース自体は別段珍しいものでもないが、河は小町の知るそれとは明らかに違っている。平たく言えば、敵意をむき出しにしているようなのだ。心なしか、三途を包んでいる霧も刺々しく身に突き刺さるような気がする。
 それが実際に違っているのか、それとも自分の心が表れているだけなのか、小町には知る由も無い事だった。
 幽霊達はというと、互いに押し黙って、曇天を写したかのような水面に顔を向けている。水面にかすかに反射して見えるその姿からは、いくら幽霊と言えど一切の活気が感じられなかった。そのまま三途の重い空気に溶けてしまいそうだ。
「……一番の罪は何だと思う?」
 舟旅の最中、普段では考えられない程に沈黙を堅く守ってきた小町が、思い出したようにそれだけ言った。
「一番の罪は何だと思う?」
うわ言のようにもう一度呟いてから、小町は静かに語り始めた。
「この世の罪とあの世の罪じゃあ、罪悪とする基準がそもそも違う。それは当然ってもんだろう。人間の世界の罪なんて、所詮人間の都合の良いように作られたものだからね。同じ理屈が閻魔様相手に通用するわけがない。まあでも、大体の所は一緒と言っていいかもしれない。彼岸の罪も、ほとんどは死そのものに関わるものだ。生まれた瞬間から人は罪を抱える。その罪を償う機会を勝手に奪い取る権利なんて、誰だって持ち合わせちゃあいない」
 言いながら、小町は今日目にした情景を想起した。
 例えば鎌を向けられて震える幽霊の姿。
 例えば再会後に寄り添い合う二つの影。
 例えば彼岸花の舞う丘で立ち尽くす魂。
 例えば何度も何度も左右に振られた頭。
 そして、白い花弁。
 その全てが一切欠ける所なく、小町の頭に映写されていく。
「人殺しは許されないものだし、自ら命を絶つなんて以ての他だ。他人に死を強いるのだって良くない。そんなのは幼子だって知ってる事だ。ならば何故、人はそれらの過ちを犯すのか? 答えは簡単だよ。迷っちまうからさ。自分の歩む道はこれでいいのか、自分の為すべき事は本当にこんな事なのか。そもそも、何故自分は人として生まれ落ちてきたのか。罪を償う手段を、そして償うべき手段すら、人の子は迷う内におっことしちまう。それを探そうとしても、どんどん道を踏み外していくだけだ。――振り返ってみたすぐそこに、それがある事も考えずに、前だけを見て。或いは来た道を引き返すあまり、元通り進む方法を忘れちまって。その末に、人は命に手をかける事がある」
 いつの間にか、小町の声は枯れていた。
 舟を漕ぐ手も弱々しく、本当に先へ進んでいるかどうかも分からないまま、湿った髪をまぶたにくっつけて、呆然としている。それはまるで幽霊のようだった。唯一口だけが別の生き物のように動いて、小町の意志を紡いで行く。
 幽霊は黙ってそれに聞き入っていた。
 そもそも本当にそこに幽霊が居るのか、自ら以外に誰も確かめないままに。
「そんな魂を裁くのは、御存知の通り閻魔様さ。浄玻璃の鏡を使って、お前さん達の罪を映し出し、その一つ一つを改めていく。罪の意識が足りないようなら悔悟の棒にそれを書き記して、お前さん達を打つ。その重みは、痛みは、罪に比例するんだ。けれども、考えてご覧。鏡に映し出されたのは一体誰の姿だい? 棒に連なる罪状は、一体誰のものだい? 結局全てはお前さん達の行いの結果なんだ。どんな小さな事でも、積もれば山となって、行くてを阻む。だから……。
 なあ、聞いてるのかい?」
 小町はとうとう手を休めて、舟に乗せている筈の二人の客を振り返った。そこに当然居るべき影が、どうした事か一つ欠けてしまっている。首を動かしても、蝋のように水面がじっと動かない様が目に入るだけだった。
 残された幽霊は、舟の上の一点を見ている。やがて諦めたように一歩二歩舟の尾の方へ向かうと、懺悔するように頭を垂れた。
 小町はその背中に手を伸ばすべきだったし、そうしようという気持ちも十二分にあった。それでも、身体は動かなかった。ただ口だけがひくつくように、呻きにもならないか細い音を、何とか吐き出している。
 その息吹に押し出されるように、幽霊は河へと吸い込まれていった。
 ようやく金縛りが解けたが、弾かれた右手は空を切った。何かを掴むには、もうとっくに遅すぎたのだ。その指と指の間から、水面におぼろげな形が泳いでいるのが見える。新しく入ってきた仲間にじゃれつくかのようにそれらは蠢いて、やがて水底へと消えていく。いつ以来とも知れぬ食事は皆で分けるべきだと考えたのかもしれない。かすかな白が遠ざかり、とうとう飲み込まれていった。
 小町は、独り舟の上に残された。
 真っ直ぐに伸ばされていた筈の手は、櫓に添えられていて、今にも舟を漕ぎ出しそうだった。喉の渇きも収まって、湿気に覆われていた筈の身体も軽々としている。ただ、頭だけがそれに追いついていない。
 しっかりしろ、小野塚小町。自分では無い何かがそう言った気がした。
 煩いと言い返す筈だった口は、もう役目を終えたとばかりに結ばれている。視界も暗い光とでも表現するしか無い得体の知れないものに包まれたようになっていて、このままでは一寸も先へ進めそうに無かった。だが、それが単なる思い込みである事にも、姿なき声は言及した。
 動け。動け。動くんだ。
 その言葉に促されるまま、手に力が込められる。
「こんにちは、死神さん」
 呼び戻されるかのように、視界が色付いた。
 目の前には一人の少女が立っていて、優しい笑みを小町に向けていた。年頃の少女のような雰囲気とは裏腹に、身にまとった衣服は厳格さを前面に出したもので、見ただけで息が詰まるようになる。その格好にも、声色にも、そして見つめてくる緑色の瞳にも、見覚えがあった。
「せっかくだから、私も乗せてくれないかしら?」
 返事も待たずに飛び移ると、楽園の閻魔ヤマザナドゥは悪戯っぽく小町の方を見上げてくる。
 ゆっくりと、舟が動き出した。



「映姫様が前触れもなく散歩なんて、どういう風の吹き回しですか?」
「別に。部下が珍しく一日に二回も仕事をしたと思って見てみたら、肝心要の幽霊が居なかったから、不思議に思ってきてみただけよ。後は単なる気紛れ」
 何がおかしいのか、四季映姫・ヤマザナドゥは笑みを絶やさず、ずっと小町の方を見ていた。両手の平の上にあごを乗せた可愛らしいポーズが、今はこの上なく気持ち悪い。きっとこれも筒抜けなのだろうと考えつつ、それでも小町はそう思うのを止めなかった。下手に誤魔化そうとしたところで、それはかえって怒りを買うだけに終わるだろう。
 三途の河はすっかり元通りの様相で、小町が漕ぐ手を少しも拒みはしなかった。無言のまま、距離だけが確実に稼がれていく。
「……何か言いたそうですね」
「あら? それは貴方の方じゃないかしら。私の勝手な想像だけれど、この舟に乗っていたに違いない幽霊に対して、何か思う所があるんじゃない?」
「別にそんなんじゃ――」
「なら、どうしてそんな顔をしているの?」
「……ッ」
 今自分がどんな顔をしているのかも分からないまま、小町は上司から顔を背けた。すると、透明な滴が飛び散って、小町の足袋に小さな染みをつくった。気付けば、ついさっきまともになったばかりの目が、また歪んでいる。
「あたい、あたいは……!」
 もしも時間が巻き戻せたならと、小町は思った。
 本当はどんなに拒まれようとも一人ずつを舟に乗せて運ぼうと思っていたのだ。小町が思っていたように、幽霊が浮ついた気持ちだったのなら。
 けれども、そうでは無かったのだ。
 ならばその気持ちを叶えてやろうと思った。そんな安っぽい気持で舟を漕ぎ、そして――取り返しの付かない事に、なったのだ。
「小町。それは貴方の罪ではありません。だから、それを勝手に貴方が背負うことは許されないのです」
「なら、一体何が……」
「全て貴方が言った通りの事です。貴方は迷ったが故に、今自分で自分に罪を押し付けている。しかしそれは偽りではなく、貴方が償うべき本当の罪。そして、貴方が許すべき罪でもあります。私にだって、それは裁けない。そう、貴方は少し優しすぎる」
 膝まづくようにしてひっきりなしに泣く小町の頭を、映姫はそっと撫でた。そして、河の奥底を見通すようにして、悔悟の棒を口に当てる。
「残念ながら、今回私はこの者達を裁く事が出来なかった。けれどそれは、決して帳消しになったという訳ではない。来るべき時に、ツケを払う事になる。その時には、今度こそ迷いなく居られるように努力する事。それが、貴方達の積める善行よ」
 そして、映姫はおもむろに水面に手を浸すと、白い花弁を掴み上げた。少しも漕いでいないというのに、もう顔前には彼岸花が一杯に広がっている。
 閻魔を乗せているだけだと、三途はこんなにも短いのだ。
初めまして、とりbです
こうして公の場に自らの文章を晒すのは始めての事ですが、以後お見知りおきを
何故か初投稿から暗い話になってしまいました
まあ死神の生は人とは比べ物にならないくらい長いので、こういう事もあるのかもしれません
自分で想像出来る限りを書き連ねたつもりです
もしよろしければ、ご意見ご感想、誤字脱字の訂正などを寄せていただけたなら幸いです
それでは、またの機会に
とりb
http://blog.livedoor.jp/birdb/
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コメント



0.410簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
途中、うまく読み取れず想像できないところがあったのでにんともかんとも。
ただ、妙に胡散臭い三途の川と映姫様に背筋が少し寒くなったのは新感覚でした。
5.100タカハウス削除
人の一生と罪・・・ふと自分の人生を振り返ってしまいました。
小町の優しさや、映姫様のとつとつと語る様が目に見えました。
あの霊は、どんな思いだったのでしょうかね。
素晴らしい作品をありがとうございます。