序章 ~ 夢現
――夜の竹林ってこんなに迷うものだったかしら?
せっかく買ったGPS付きのケータイも、ここでは役に立たないわね。
あーあ、満天の星空に月。あなたの眼なら、ここがどこだか判るのでしょうね。
…蓮子が羨ましいわ。
天然の筍も見つけたし、そろそろ…
ああ、せっかくだからここで起きたことをメモしておこうかな。
紙とペンは……あったあった。
……こんなもんかな。さて、そろそろまた彷徨い始めようかな。
彼女が再び歩き始めたとき。後ろから不気味な笑い声が聞こえた。
本能に身を委ね、彼女は全力で走った。だが竹林は永遠に続いているようにしか見えない。
全く変わらない単調な景色。だが、そんな景色が途絶えているのが見えた。
////////////////////////////////
「それでね…」
メリーの話が途絶えた一瞬の隙に、蓮子は口を挟む。
「ねぇ、他人の夢の話ほど、話されて迷惑な物はないわよ?」
蓮子は苦笑いしながら私を見たが、夢の話は止まらなさそうだ。
まぁ、蓮子はそう言ったが、彼女は聞かざるを得ない、様な状況にあった。
メリーは続ける――
////////////////////////////////
――私は足を止めた。
何というか…禍々しく幻想的、とでも言うのかしら。
少なくとも、現実的ではない紅い光が見えたわ。
その光のほうを見ると、赤い眼の大きな鼠が……いや兎かな?
人間と同じような眼の付き方……
――その時、大鼠は聞いた事のある不気味な声を発したわ。
でもね、大鼠はもう私を追いかけてはいなかったの。
大鼠は紅い光に怯えているようにも見えた。
で、私はその紅い光の方に顔を向けたのよ。
すると見えたの。全身が火に包まれている女の子を!
いや… 火に包まれているというよりも、
女の子が火を出していて……まるで不死鳥を連想させる姿だったわ。
その女の子が手を挙げただけで、大鼠は逃げていったのよ。
女の子も立ち去っていったわ。
私は隠れて、その様子を見ていたわ。
////////////////////////////////
「ん? なんで隠れていたの?メリー」
秘封倶楽部のたった二人のメンバーのもう片方。蓮子は疲れた様な表情で尋ねる。
そう言えば、蓮子は私の事を本名で呼ばないわ。この国の人は、マエリベリー・ハーンと発音しにくいらしい。
いや、今更本名で呼ばれても、ピンとこないのかもしれないけど。
「――あれは人間じゃあ、ないから」
火を出す女の子なんて、人間であるはずが無い。
少なくとも、この世界の常識では。
二人は、京都のあるカフェで話していた。最近は暑い日が続いていて、
アイスティーやアイスコーヒーが飛ぶように売れている。
私、メリーは、注文したアイスティーがぬるくなってしまったのに気づき、あわてて飲み干す。
「あぁ、すっきりしたわ。最後まで聞いてくれてありがとね。蓮子」
秘封倶楽部のもう一人。蓮子は不思議な顔で私を見ていたけど、
私は気にせずカフェを後にした。
私には境界を見ることが出来る眼がある。あらゆる境界を。
この世界と別の世界との境界を見つけて、その境界を越え、色々な世界を見るのが秘封倶楽部の主な活動。
因みに、蓮子はそんな私の眼を気持ち悪いと言うが、私からすれば、月や星を見ただけで、
現在位置や時刻を知ることが出来る蓮子の眼のほうが、よっぽど不気味だわ。
さて、家に帰ってレポートを書き上げないと。
////////////////////////////////
蓮子はまだカフェにいた。とりあえず、紅茶のおかわりを頼んでおいて、
一人で悩んでいた。
――メリーが私に"夢"の話をした。話だけなら、ただの"夢"として終わるのだが、
そうはならなかった。
メリーはいきなり、吸血鬼が居たという紅いお屋敷でもらったというクッキーや、
竹林にあったという天然の筍を見せてきたのだ。
夢の世界の物体が、現実世界に移動するなんて、ありえない。
科学的に考えて、いや、常識で考えて明らかに可笑しい。
だが、現実にメリーは『夢の世界で手に入れたもの』を私の目の前に掲げた。
ということは、メリーが"夢"だと言っているのは"現実"だ。そうとしか考えられない。
他にも、メリーが嘘を吐いている可能性もあるが、天然の筍について説明が出来ない。
今、この時代では天然の筍など採れないはず。だって、合成の筍しか無いもの。
私は確信した。メリーは気が付かないうちに、境界の向こうに飛んでいる。
確か、メリーは境界を"見る"能力だったけど、"操る"能力に変わったのかしら?
…このままだと、メリーが"夢"だと思い込んでいる別の"現実"世界で妖怪に殺されるかもしれないし、
別の世界で、"現実"であることに気付くと、今いるこの世界を"夢"だと思って戻ってこないかもしれない。
私は、そこで考えるのをやめた。
……別の世界への入り口がありそうな所を探しておいてと、メリーが言ったから
昨日は寝ないで調べていたのに、昼前に私を呼び出すなんてね。夢の話のために。
――正確には、夢の話なんかではない、とても重要な事だけど。
「あぁ、疲れた。もう帰って寝ようかな。」
蓮子は、そう呟いて、家へと向かって歩き出した。
////////////////////////////////
次の日、蓮子はメリーを呼び出した。
蓮子は、メリーの言う"夢"が"現実"であることに気付かせる事を決意した。
蓮子はメリーに言う。
「――さぁ眼を覚ますのよ。
夢は現実に変わるもの。
夢の世界を現実に変えるのよ!」
蓮子はこうすることで全てが良くなると思っていた。
だが――
////////////////////////////////
第1章 ~ 境界
メリーは朝起きると、不思議な感覚に襲われていた。
今日は何かが起こる。様な気がした。
2、3分ぼーっとしていると、携帯が鳴った。
「はいはい、今出ますよー」
独り言を呟いてから、通話ボタンを押す。
「もしもし、メリー? 蓮子だけど」
「もしもし、蓮子、今何時?」
「……もう11時23分47…48秒よ。もしかしてまだ寝てた?」
「まぁね。それで、何の用かしら?」
「また"入り口"らしき所を見つけたの。夜の10時に迎えに行くわ」
メリーは、勿論蓮子と一緒に、別の世界を見たかった。
だが…… 彼女の本能がそれを止めようとする。
「ねぇ蓮子。今日じゃなくて、明日に出来ないの?」
「明日は……無理そうね」
「そう……わかった。10時ね」
それだけ言うと、蓮子の反応を待たずに電話を切った。
――――もしかしたら、この時、既に全てを見ていたのかもしれない。
現在と未来の境界を越えて――――
////////////////////////////////
夜10時、メリーの部屋にあるからくり時計の仕掛けが動き始めると同時に、蓮子は登場した。
「メリー、準備できた? もう行くよ。 列車に遅れちゃう」
メリーはなんとなく、その時計を眺めてから、蓮子について行った。
秘封倶楽部は列車に乗り込む。
――果たして何処へ運ばれていくのだろう。
列車は田舎と呼ぶのに相応しい、田舎の駅に到着した。
最後の乗客である蓮子とメリーが降りても、列車はまだ1時間以上走る。
人の気配が感じられない森の中。
今日は満月。月の光が秘封倶楽部の二人を照らす。
まるで狂わせるかのように。
――メリーには見えていた。無数の境界が。
蓮子は立ち止まって、メリーの方を向いた。
「メリー、ここら辺だと思うのだけれど。境界ある?」
――メリーには見えていた。不思議な境界が。
――メリーには見えていた。危険な境界が。
「境界あった……――
メリーが言い終わらないうちに、二人は境界の向こうに引きずり込まれた。
秘封倶楽部の日常に、終止符が打たれた.
////////////////////////////////
「――蓮子?」
「――メリー?」
二人は、幻想的な森の中にいた。
よく解らないが、何かの境界を越えたのだろう。
森は生い茂った木に上空を覆われ、月の光が届かない。
じめじめしていて、茸も多く生えている。
「蓮子、ここはどこ?」
「えっと――いや判らないわ。月も、星も見えない。場所も、時間も判らない」
「ねぇ、メリー。これからどうする?」
「………」
「メリー、何か嫌な予感がするのよ。帰るための境界は?」
「………」
「メリー?」
メリーは、もう訳がわからなくなっていた。
――――境界が、見えない?
無い?
存在しない?
「大丈夫? とりあえずこれ飲めば?」
蓮子は、メリーにペットボトルの紅茶を渡して、
辺りをうろうろしていた。
「ねぇメリー。境界らしきもの、無いの?」
メリーは、紅茶を一口飲むと、ゆったりとした、落ち着いていて、震えている声で蓮子に告げる。
「――境界は、見えないわ」
「見えない?」
蓮子は驚いた。
まさか、メリーに境界が見えないなんて…
いや、本当に境界は無いのだろうか?
「弱ったわねぇ」
蓮子も、メリーも、どうすればいいのか判らなかった。
ただ、その場で黙り込んでいるだけ。
どれ位の時が過ぎただろう。
見えるのは、暗い森。
聞こえるのは、風が枝葉を揺らす音。
二人が動きを止めた時――
――運命が、訪れた。
――静かに、訪れた。
――妖怪が、現れた。
「メリー、逃げるわよ!」
逸早く反応したのは蓮子の方だった。
尻尾の沢山ある狐らしき妖怪は、二人の前方、数十メートル先にいた。
だが、離れているにもかかわらず、その妖怪は途轍もない殺気を辺りに散らしている。
二人は、驚くほどに冷静に、その状況を捉えていた。
秘封倶楽部が全力疾走し、僅かに風が起こる。
最後の微かな灯火さえも掻き消す様に。
「蓮子、前!」
だが、この時妖怪は、瞬く間に蓮子の目の前に移動していた。
「メリー!速く逃げて!」
メリーは驚いて足を止め、蓮子の方に顔を向ける。
二人の目線が交わった時、蓮子はメリーと真逆の、とても穏やかな表情だった。
蓮子は考えた。
――もう終わりだろう。
メリーは考えた。
――終わらせるわけにはいかない。
「蓮子!!」
メリーは叫んだ。妖怪が今にも蓮子に襲い掛かろうとした、まさにその時。
――――メリーは、境界を操った。
////////////////////////////////
秘封倶楽部は、崩壊した。
大きな一本の柱を失って。
////////////////////////////////
第2章 ~ 人妖
次の瞬間、蓮子は消えていた。
殺されてはいない。だって、死体が無いもの。
ならば何処へ?
勿論、私はそれを知っている。
それは――
――境界の向こう側。
「――私は、今、何を?」
微かな呟きは、森に吸い込まれていった。
先程まで見えなかった月が、暗い森に狂気の光を突き刺す。
妖怪が、私の方に照準を合わせる。
――この時から、私は壊れたのかもしれない。
私は意識しないまま、自分で作り上げた境界の向こうへ踏み入った。
人妖の境界の。
メリーはもう人間では無かった。
――この日、世界から人間という存在が1つ消え、
――妖怪という存在が1つ生まれた。
////////////////////////////////
この地に踏み入ってから、どれ位経っただろうか。
私はそんなどうでもいい事をふと考える。
……あなたなら、時間が分かるでしょうけど。
――蓮子に襲い掛かった妖怪は、もう戦える状態では無かった。
私は、紫の服を返り血で紅く染め上げ、立っていた。ずっと…
////////////////////////////////
…あれから何日経っただろうか。
私はずっと考えていた。
蓮子がいなくなった"あの"日、私は自分を棄て、八雲紫と名乗る様になった。
――もう、自分が嫌になった。
いっその事、死んでしまおうか。
その方がきっと楽だろう。
だが、私が消えても、蓮子がどうなるかわからない。
……消えなくても、わからないが。
いや、私はメリーじゃない。もうマエリベリー・ハーンではない。
でも…… 蓮子だけは……
……蓮子は何処へ行ってしまったのだろう?
無事に元の世界に戻れているといいけど……
他にも、こんな妖怪が出る世界はあるだろうし、
例え、元の世界だとしても、戦争は絶えないし、人が居ない山奥だと、
そのまま餓えて死んでしまうかもしれない。
――私は、蓮子を殺したの?
――この先、どうすればいいの?
――蓮子、貴方に会いたいよ……
////////////////////////////////
あれから何年経っただろうか。
紫や他の妖怪、少しの人間が住んでいる地域に、ある危機が訪れた。
人間が増えすぎた所為で、妖怪の天下であるはずのこの場所が、
段々と人間の天下に移りつつあった。
そこで、紫を始めとする一部の妖怪が、ある提案をした。
それが博麗大結界。実質、この結界によって、幻想郷という存在を保っていられるのだ。
それに、これがあれば、外の世界で忘れられた妖怪を幻想郷に萃める事が出来る為、
幻想郷での妖怪の地位向上にも繋がる。
紫は、考えたのだ。投げやりに。自虐的に。
――いっその事、外の世界とここを分ければいい。
そうすれば、もう蓮子との関係なんて――
////////////////////////////////
第3章 ~ 軌跡
あれから、千年、いや、もうちょっとかな。
とにかく、かなりの月日が経った。
「藍、今日も境界の監視、よろしく頼むわよ」
私、八雲紫は、式の藍にそう伝え、幻想郷を後にした。
昔は、境界を見ることしか出来なかった私も、今では操ることが出来るようになった。
藍が家を出たのを確認してから、私は境界線を引いた。
…阿求は、私が昼間に外の世界へ行っている。とか予想しているみたいだが、間違ってはいない。
何故なら――
――私が蓮子を探しに外の世界を飛び回っているから。
でも、蓮子は見つからない。他の世界と一言で言っても、沢山ありすぎてどれだか分からない。
世界は幾つでもある。何も、人が生きる世界に限られている訳ではないのだ。
例えば、絵本の世界にも入っていけるから。
それに、時間が違えば、当然結果は変わる。蓮子は人間だから、寿命は多くても100年くらいだろう。
だが、この世界は既に何億年もの時を経ている。他の世界は、もっと多くの時を経ている所もある。
千年間、毎日探したとしても、見つけられる可能性は極めて低いだろう。
見つからない内に、地球が月を飲み込んでしまうかも知れない。
勿論、過去に遡る事も考えた。
だが、何故か秘封倶楽部が存在した頃には戻れない。
この幻想の地に来たときと同じく、境界が存在しないのだ。
その上、そこに境界を作ることも出来なくては、どうしようもない。
何故境界が作れないのかは全く見当がつかない。
周りは私の事を賢者とか呼ぶが、そんなことは無い。
大切な人も、守れないのだから。
////////////////////////////////
夜。私は幻想郷と外の世界の境界に位置する家に帰った。
――今日も蓮子は見つからない。何でこんなにこの世は空間と物体で溢れているのか。
脳内での独り言を言い終えると、藍が夕飯を運んでくるのが見えた。
「紫様、食事の準備が整いました。」
本当にこの子は良く働いてくれる。と、私はふと思う。
だが、それは私の目には過去の事を引きずり過ぎている様にも見えた。
実際は、藍は私と蓮子に襲い掛かろうとしたものの、そこで蓮子を異世界に飛ばしたのは私だから、
結局藍は、蓮子に直接何かした訳ではない。
だから許す。という事にはならないが、そろそろ藍の事も考えてやらないといけない。
それでも、昔よりは良くなった。
昔は、ずっと私の顔色を伺って、常に神経をフルに使い雑用をこなしていた。
あの時の藍は、最強クラスの妖獣とはいえ、流石に疲れが全面に出ていた。
まぁ、当時の私はそんな藍の事を気にかけてもいなかったが。
「時の流れは、全てを変えてしまうのね」
思わず出てしまった言葉は、藍には届いていないようだった。
私は、心の中が黒く染まっていた事に気付き、慌ててそれを振り払おうとする。
「紫様、今年は冬がやたらと長いですが、何かご存知ですか?」
藍が不思議そうな顔で尋ねてくる。
「冬、ねぇ。そのうち春が来るから、放って置けばいいのよ」
「…そうですか」
このように答えたのは、勿論確信を持っていたからだ。
幻想郷では、異変を起こした奴を、博麗の巫女が懲らしめるからだ。
この前の紅霧異変の時がそうだった。
確か、吸血鬼が犯人だったかな。最近は神社によく行っているらしいが。
そう言えば、幽々子が何か計画してたわね。
西行妖の封印がどうとかって聞いた記憶が残っている。
幽々子とは何百年とかの付き合いだけど、いまいち良く分からない人…じゃなくて亡霊。
西行妖が封印してるのは、幽々子自身だという事を彼女は知らないようだ。
――そのうち、会いに行ってみるか。
////////////////////////////////
長い長い冬が終わり、幻想郷に春が訪れた頃、私は白玉楼を訪れていた。
「…で、境界の修復をしろ、と」
「そうそう。お願いするわ、紫」
冥界、白玉楼のお嬢様、西行寺幽々子とお茶を飲みながら私は話していた。
冬が続いた異変の元凶はやはり幽々子だったようだ。
「わかったわ。境界の修復はしておく。それで、計画は成功したの?」
答えは聞くまでもないが、意地悪に聞いてみる。
幽々子は笑顔で答える。
「ぜんぜん駄目よ。巫女やら魔女やらメイドやらが乗り込んできてね」
「それはそれはご愁傷様。巫女はそんな強かったの?」
「いえいえ、私の能力があれば一撃よ。でも、貴方の考えたルールで争うと、あの巫女に敵う妖怪はいないと思うわ」
「ふーん。スペルカードルールは好評みたいね」
私は笑って言った。
スペルカードルール。それは力の無い人間と、力のあり過ぎる妖怪を繋ぐ架け橋。
これによって、妖怪もある程度好き勝手出来る様になったし、
巫女も、そういう妖怪たちを懲らしめやすくなった。
……それは表向きの理由で、本当は、もう誰も妖怪の犠牲にならない様にするのが目的。
異変を起こしやすくなった妖怪は、これのお陰で無闇に人間を襲わなくなったらしい。
どうやら、効果はあった様だ。
これから、あの時のような悲劇が起こらないことを、私は強く願っている。
「それじゃあ、私はもう帰るわね」
「あ、ちょっと待って。一応忠告、油断大敵。よ」
幽々子はそれだけ言うと、お屋敷の奥へ消えていった。
////////////////////////////////
――博麗霊夢、ね。幽々子を破るなんて、結構やるのね。
…ちょっと覗いてみようかしら。
私は境界を引いて、神社に移動した。
博麗神社は噂以上に寂しい所だった。
参拝客はゼロ。賽銭箱には桜の花びら。
私は苦笑いして霊夢の部屋に侵入する。
「こんにちわー。博麗の巫女はいるかしら?」
返事は無かった。
どうやら、霊夢は留守らしい。
私は、暇だったので、棚の上にあった本を見てみる。
――家系図のようね。
博麗霊夢…×××…××××……
…宇佐見蓮子……
え?
今、何て書いてあった?
私は、もう一度眼を凝らしてそのページを見つめた。
そこには、確かに在ったのだ。蓮子の名が、蓮子が生きた軌跡が。
「――蓮子、あなたは幸せだった?」
空に向かってそう呟いた。
そうか。私は、蓮子を殺してはいなかったのだ。
それを知った途端、私の中で何かが消えた。
もう一度、空を見た。
「――蓮子」
その目には、涙が溢れていた。
////////////////////////////////
第4章 ~ 転機
「藍、今日も仕事よろしくね」
いつもの日常が私の前に在る。
私はその日も境界を弄り、蓮子を捜しに行く。
蓮子は、幻想郷にいたのだ。
私が彼女を何処かへ飛ばしたあの日。
彼女の行き先は幻想郷の人里だった様だ。
――これなら話は早い。
今までは数え切れない世界を渡り歩いてきたが、
たった一つの世界に限定されたのだから。
あとは、場所と時間さえ合えば、もう一度、蓮子と逢える。
だが、話しかけると、過去を変えるのと同じことだから、未来を変えることにもなる。
場合によっては、蓮子を今度こそ本当に消す結果に終わるかもしれない。
世の中、いつ何が起こるか分かった物じゃないから。
それでも、見るだけでもいい。蓮子が幸せだったのかどうか、蓮子のその人生を見届ける。
そのことは、私にとってとても意味のある事だった。
夕方。
今日も蓮子は見つからない。
あの日と同じくらいの時期の、人里等々を捜してみたが……
どうも境界を弄る時の手応えが無い。
過去には行けないのだろうか?
何故?どうして?
答えなど見つからないのに、その疑問を何度も反芻した。
意味も無く――
…仕方なく、今日も帰路に着くことにした。
「ただいま…… あら、何かあったの?その怪我は?」
家に帰ると、藍がボロボロな姿で立っていた。
「あの…ちょっと、博麗の巫女達がやって来たのですが…」
「負けたのね」
「…ええ、まぁ」
最強クラスの妖獣もあの巫女には勝てなかったのだ。だが、私はほっとした。
そして虚ろな目をして、解りきっている筈の事を口にする。
「そう。博麗の巫女が来たのね」
「はい…」
「藍。ちょっと来なさい」
私がそう言うと、藍はふらふらとこちらに歩み寄ってきた。
その次の瞬間、私は手に持っていた傘を藍の頭に向けて振り下ろした。
「全くもう。貴方は一体何をしていたのか。反省してもらう必要があるわね」
藍が悲鳴に近い声を上げても構わず、その頭を叩き続ける。
その単調な動作と同時に、私は考える。
――この子は幾らなんでも無闇に人間を殺したりはしないだろう。
でも、スペルカードルールがあるからといって、相手が百パーセント死なないという訳ではない。
不慮の事故が起きる可能性も僅かだか存在する。
もしも、あの巫女、もとい霊夢が死ぬようなことがあれば、私は蓮子に会わせる顔がなくなる。
…そういえば、この子。蓮子と霊夢の関係を知らなかったわね。
まさか、自分に勝った霊夢の先祖が、蓮子であるなんて思わないだろう。
だが、そう思わなくてもいい。それを教えると、また藍との関係が拗れるかもしれない――
そこで私の思考が止まった。単調な打撃音に別の音が混ざったからだ。
――この後、新聞記者だという鴉天狗にとやかく言われたのはまた別の話――
そして、夜。
白玉楼の長い長い階段に、あの巫女が来ていた。
よく見ると、その顔にはどこか蓮子の面影が残っている。子孫だから、当たり前と言えばそうなのだが。
――彼女は私と戦おうとして、わざわざ来たのだ。戦いは嫌いだが、折角だから試してみよう。
私は彼女の独り言を聞き、ちょうど良さそうなタイミングで境界を弄った。
勿論。私が彼女に勝つなんて事は、永遠に無いだろう。
そして、美しき幻想の戦いを始める――
////////////////////////////////
後日、私は再び白玉楼を訪れた。
「あ、紫様、こんにちわ」
庭師、もとい魂魄妖夢がこちらに来た。
「幽々子は?いないの?」
「ええ、閻魔様の所に行っているようです」
閻魔…か。
正直、相手にしたくない。
「お茶でも淹れますか?」
「いや、いいわ。勝手にゆっくりしていくから…」
私は幽々子の部屋に向かう。
とは言っても、この屋敷は広いので、彼女の部屋、なんてものがいくつ在るのかなんて、わかったもんじゃない。
廊下を歩いていると、一枚の紙が落ちていた。
私はそれを拾い上げ、読んでみた。
それは、転生する幽霊のリストだった。
「――蓮子」
呟きは虚空に消えていった。
私はまた、泣いていた。
――庭にいる沢山の幽霊。
私はその中に、幽かな懐かしさを見つけて、白玉楼を後にした。
////////////////////////////////
終章 ~ 秘封
――20年。
白玉楼であの紙を見てから20年が経った。
妖怪の基準とするならば、とても短い時間。だが、この20年間、
私は毎日、昼になると人里を観察していた。
そして、人間にとっての20年は、長く、大きな変化をもたらす。ということを私は再認識した。
…メリーとして生きたのも、これ位の長さだったかな。
と、考える。
幻想郷は、何も変わっていなかった。
ただ人間が生まれたり、成長したり、働いたり、
老後を楽しんだり、死んでいったりしただけ。
今日も私は、人里を眺めていた。
とても楽しくて、嬉しくて…
…理由?
そんなもの、必要ないだろう。
少なくとも、私と彼女の間では。
私は、山からの風に背中を押されて、人里へ降り立った。
歩いている途中、ふと昔、誰かに教えてもらったことを思い出す。
"人間は、転生の前と後で、姿形は異なる。記憶も受け継ぐことは出来ない"
全く、残酷な話だ。
と、私は思う。
人里に着いた。
そういえば、阿求らの幻想郷縁起に、私への対応策として、"紳士的に接すること"
と、あったが、皆、私と接しようとすることも無く私を避ける。まぁ、好都合といえば好都合だけど。
…数秒で人という人が私の視界から消えた。
だが、一人の人間が紫を、じっと見つめていた。
お互い、懐かしいものを見る目で、しばらく立ち止まっていた。
私は、その人間の横を素通りしようとした。
こんなにも胸が苦しくなるのは、初めてだった。
"人間は、転生の前と後で、姿形は異なる。記憶も受け継ぐことは出来ない"
その言葉を脳内で必死に繰り返す。
私の感情が爆発しそうになったとき、
その人間は私に話しかけてきた。
「…メリー」
私は驚いた。自分の耳を疑った。
空耳だろう。そう自分に言い聞かせた。
黙って、振り返らずに、歩き続けようとした。
だけど、足が動かない。どうしても、前に進めない。
「メリー。あなたメリーでしょ?まったく。私を無視するなんて酷いのね。」
私は思わず振り返った。今までの記憶が全て鮮明に駆け巡り――
――空高く、消えた。
その眼には、何度目かの涙があふれていた。
「――蓮子」
震える体を押さえつけて、精一杯、だけども擦れた声で、彼女を呼ぶ。
私も、彼女も、ただただ泣いている。
私は声を振り絞って、続ける。
「蓮子……ごめんなさい………もう…あなたとは………」
////////////////////////////////
――もう、絶対にあなたとは離れない。それが当然でしょう?
私たちは秘封倶楽部のメンバー。
早速、活動再開! 別の世界に飛び込むわよ!蓮子!!!
終
あまり疑いたくはありませんが、ここまで似ているとどうしてもそういう目で見てしまいます。
とてもではないですが評価は出来ません。
まず、誤解を招く表現をしてしまった事を、お詫びします。
この作品は以前私がショートバージョンとして投稿したものを、コメントを受けてきちんとSSにしたものです。
当時とは名前が異なることと、注意書きをしなかった私のミスがこの事態を招いてしまいました。
申し訳ありませんでした。また、御指摘ありがとうございました。
今後も努力していきたいと思います。