パチュリー・ノーレッジはラオス人だった。
偉大なる使い魔、小悪魔が、パチュリーに言い放ったのだ。ラオス人、と。
パチュリーは悟った。そうだ、パチュリー・ノーレッジは魔法使いである前に一人のラオス人だったのだ。
母なるメコンの流れ、自らの身体に流れるラオスの血を感じ、パチュリーは
「危ねぇ――ッ!」
あんまりにもあんまりな夢だったので、急いで跳ね起きた。
私の判断はものすごく賢明だと思う。あのまま行ってたら大惨事になるところだった。
私らしくもなくパニックになっていたせいか、呼吸が荒い。胸に手を当てて落ち着けた。
汗まみれでえらく気持ち悪い。だから悪夢を見たのだろうか。それとも悪夢を見たから汗まみれなのだろうか。
まあいずれにせよ、間一髪だったことだけは確かだ。……アウトか?
採光窓(夜間専用)を見る。月の様子から考えて、まだ寝入ってから一時間とたっていないらしかった。
「大丈夫ですか? だいぶ、うなされてましたわ」
いつの間にやら、我が専属メイドが現れている。こいつはそういう奴だ。
「……なら起こしてくれると有難かったぞ」
「優秀なメイドは主人の眠りを妨げないものです」
「そうかい」
苦笑した。こいつが得意なのは人を食ったような冗談で、それは私にも向けられる。まあ、退屈しないのだからよしとしよう。
まー、起こせよとは思うが。
「お拭きいたしますわ」
「うん、頼む」
促されるままにベッドから降りて、寝巻きを脱ぎ捨てた。ここ数十年の間一ミリたりとも変わらぬ幼女体型が月光に晒される。いいのだ別に。悲しくなどないッ。
ふかふかしたタオルの感触。手塩にかけて育てたメイドだけあって、こういうときの技術も完璧だ。
にしても、ひどい夢だった。やはり、昼起きて夜寝るという昼夜逆転の生活――吸血鬼の立場から見た昼夜逆転――をしているのが祟ったのか。
とはいえ、私の知り合いが揃いも揃って昼行性であるから仕方ない。いっそ連中が私に合わせてくれれば楽なのだが……。
「終わりました」
「うむ。……風呂を入れてくれないか。べとつく。着替えたい」
「はい。……入りました。いつでもどうぞ」
一瞬だけ消えると、咲夜はそう言った。
冗談みたいなことだが、こいつはあらかじめ風呂を入れていたわけではない。私の指示から一秒も立たないうちに、紅魔館大浴場の風呂を沸かしたのだ。
便利なもんだと思いながら、湿った寝巻を着直して、廊下に出る。
無駄に長くて広い廊下だ。
「咲夜、何かおもしろい話無いか?」
言ってみただけで、期待はしていない。無茶振りというやつだ。
まあ、洒落た返事が返ってこないなら、それをネタになじるだけだ。暇つぶしにはなる。
「ありますよ」
「ほう?」
意外だった。とはいえ、過度の期待はせずに聞き返す。
「パチュリー様が倒れました」
「ぶッ」
おもしろい通り越して大変だった。
「そりゃまた……一大事だな」
というか、そういう報告は先にしろと。
もっとも、あんまり驚きはしない。元々いつ倒れてもおかしくないような生活サイクルで過ごしていたからだ。心配でないわけではないが。
……ひょっとして、あの夢は何かしらの暗示だったのだろうか?
「それで、病状と処理は?」
「嘔吐腹痛発熱といったところでした。ただ、手に余りましたので永遠亭に」
「ヤブのとこか。で、一体原因は何だって?」
「それが奇妙なのです」
「奇妙」
「なんでも、……ええと、確か蔵書がどうだとか」
「……はぁ? ビブリオマニア(蔵書狂)のことか?」
「さぁ……」
あのヤブはとうとう本物のヤブに成り下がったのか。マッドサイエンティストなところを除けば良い薬屋だったというのに。
アレの本キチは筋金入りの百年モノだ。今に始まったことじゃない。第一、そんなんで腹痛とか発熱とか、起こるものか。
「いや……ひどく意味が分からん」
「私も分かりませんが、まあ八意女史の言うことですし……。命に別状は無いそうですが、症状が長引くかもしれないとのことで、一週間ほど入院生活だそうですわ」
「えらく長いな……とりあえず、明日? それとも、もう今日になった? とにかく、夜が明けてから見舞いに行こうか」
さしあたっては汗を落とすことだ。あとメロンの用意だな。
とっとと風呂に入ろう。
「というわけでパチェの見舞いに来たんだが、かまわないか」
「ええ。だいぶ小康状態になったから……でも、あまり騒がないようにね。一応入院患者だし」
「はいよ」
まあヤブの言うことであるのであまり信用は出来なかったが、とにかく無事は無事らしい。無い胸をなでおろした。
案内されて病室に入ると、パチェは本を読んでいた。こいつ蔵書がどうこうで入院したんじゃなかったか?
「……あらレミィ、見舞いにきてくれたの?」
「うん、メロン持ってきた。……本読んでて大丈夫なのか?」
「ありがとう。……本でも読まなくちゃやってられないわ。やること無いのね、入院生活って」
普段から本読む以外何もしてない気がするんだが、まあ口を噤んでおこう。
触らぬ神に祟りなし、だ。
「読書、八意から止められたりしないのか?」
「え? むしろ入院中暇だろうって買ってきてくれたけど、何で?」
あのヤブが?
私は首を傾げた。だって、パチェが倒れた原因は本がどうこうなのだろう?
八意は相当賢いと聞いた。蔵書でぶっ倒れたやつに本を与えるなんて馬鹿をするだろうか。
それとも、門外漢の私には分からないような医療方針なのだろうか?
「にしても、やっぱり魚は怖いわね。調理しても駄目とは」
「え? 何が?」
「いや、だからここに運ばれたの」
何を言っているのだろう。
「……パチェ? お前なんでここに運ばれた?」
「あら、永琳から説明されてなかった? 魚にあたって食中毒になったからよ。刺身怖い」
食中毒?
混乱した。蔵書と食中毒じゃまるでかみ合わない。
咲夜は何を勘違いしたのだろう。それとも、私が何か間違ってるのだろうか?
「咲夜は、お前が倒れた原因について、蔵書がどうだとかだって言ってたけど」
「何それ? ……ん、あぁ……そういうことね。咲夜、なんでマイナーなほうに勘違いするのよ……」
パチェは何事か理解したらしく、しきりに頷いた。
が、私のほうはさっぱり分からないのですごく蚊帳の外に居る気分だ。不公平だ。
「何よ一体」
「いや……そのね、私が倒れたのはビブリオ(蔵書)どうこうでなく……
腸炎ビブリオ、よ」
冒頭のパロに100点。そのまま続けてくれてもアリだなと思った
でも喚くさんだから仕方がない。
一発ネタじゃない話も読みたい
という同病相憐れむの精神で100点。