一秒でも、貴方の隣にいたい。
あなたと世界の終末医療
始、one and only
朝、目が覚めたら宇宙にいた。
「どこ、ここ」
違う、宇宙じゃない。名前しかしらない概念だから適当に使ってみたけど、宇宙なんてどういう意味なのか知りもしない。ただ、何もかもが恐ろしい世界だった。何もかもが判らない。何もかもを知らない。何もかもが見た事もない。何もかもが聞いた事もない。そんな世界だった。視界がぐるり、反転して反射して反響して、混濁して混在して混乱していた。
私は誰かのベッドから起き上がって、部屋を見渡すことにした。上体を起こすのに苦労した。鉛のように身体が重い。深海から引っ張り出された深海魚の気分だった。深海も深海魚も、名前しか知らないけど。多分意味は合ってると思うから、どうだっていい。起き上がってベッドから下り、ぎょろりと部屋を見渡した。眩暈と吐き気がした。酷い倦怠感。爆破しそうに心臓が鼓動している。たったこれだけの運動でもう息が切れていた。長いこと運動不足だったんだろうか。……、……?
私は一生懸命、私の過去を思い出そうとする。だのに昨日の事さえ、このベッドに潜り込む前の事すら欠片も思い出せない。それだけじゃない。
私は、私が誰かも判らない。
「嘘、嘘嘘嘘、うそ、でしょ? なにこれ、え、なに、え、どこ、ねぇ、ここどこ、だれか、ねぇ」
何も思い出せない。何も知らない。
半狂乱になって、部屋から出ようとした。何も判らない世界から飛び出したかった。何も無い世界から逃げ出したかった。私はきっと知らない部屋に連れ込まれたのよ。だからちょっと混乱して何も思い出せなくなってるだけ。外に出れば知ってる物がある筈。外に出れば見たことのある物がある筈。外に出れば、私は私を思い出せる筈!
ドアノブを震える両手で握って、無理矢理に引っ張ろうとした。開かない。まるで向こう側からドアノブが握られているみたいに。
握られている? 向こう側に、誰かいる?
「開けたいので、放してもらえませんか」
屍体が喋ったみたいな、声がした。
◆
「気が付いたようで何より。あぁ、どうぞそこにお掛けになって」
吹き抜けのだだっ広い応接間に通された。紫陽花みたいな髪をした女性が豪奢なソファに腰掛け、私は言われるままにその向かい側のソファに座った。
辺りを見回してみたが、やはり何も見覚えが無い。
「申し遅れましたが、私はこの地霊殿の主を務めております、古明地さとりと申します。以後お見知りおきを」
水色と桃色の、薔薇をあしらったインフォーマルな衣服。背は私より高くて、視線を合わせると丁度見上げるような形になる。くしゃくしゃの短い癖毛。女性にしては珍しい、少し骨ばって白く細い指に、折れてしまいそうにか細い、栄養の足りてなさそうな手足。背が高めだから、全体的に長細いシルエットになる。そして、第三の眼。私はそれを知っている。あれは覚りの瞳。心を読む妖怪の瞳。そうして、似たようなものが私にもある。私もやはり覚りなのだろうか。その割に心がまったく読めないのだけど。
古明地と名乗る女性は私をちらと見た。みっつの眼が私を注視している。今まで観察したあらゆる特徴を全部有耶無耶にしてしまうくらい、その瞳は強烈で鮮烈で苛烈だった。
細い眼光が私を射抜いている。しかしそこに力は無く、深い暗さだけがあった。屍体の瞳だってもっと綺麗なのに。なんて薄汚れて、冷たい瞳だろう。まるで汚泥のように暗く、まるで地獄のように深い。視線を合わせているだけで背筋が凍っていくような冷たさがあった。居心地悪く、視線を外してせわしなく部屋を見渡していた。
しまった。このひとは心を読めるのだった。
「す、すみません」
「何を謝るのです」
「いや、あの、失礼な事を考えてしまって」
そこで初めて、今まで無表情を貫いていた女性は少しだけ笑った。落とすような、今にも潰れそうな、それでいて穏やかな笑みだった。
「御心配無く。貴方の心だけは読む事が出来ませんから」
「え? どうして」
「それはまた、追々話していきましょう。今の貴方には、別の説明が必要でしょうから」
そこで、思い出したように勢いよく首を縦に振った。そうだった。すっかり気迫に飲まれてしまって、本来の目的を忘れる所だった。「私の事、何か知ってるんですか」、焦りで思わず声が漏れた。
「そうですね。どこから話して良いものか」
ぽそぽそと、話し始める。このひとは眼も印象的だが、声も恐ろしく印象的だ。ぶつ切れで、抑揚が無く、感情も無い。声と表現するよりは音と表現する方が相応しく思える。だからさっき、屍体が喋ったのかとさえ思ってしまった。屍体が喋る筈無いのに。
そうだ。このひと自体が、まるで屍体みたいなのだ。屍体が無理矢理動かされているみたいに。漠然とそう感じてしまう。真黒な紙の上に更に墨汁をぶちまけたような眼。機械の声に変声機をかけて音声処理した声。それらがまるで違和感無く、この一個体を造り上げている。何をどうしたらこんな存在が出来上がるのだろう。何をどう間違ったらこんな存在に成り下がってしまうのだろう。何をどう壊したらこんな存在が生き長らえてしまうのだろう。なんの根拠も無いのに、漠然と、しかし明確に、そう感じるしかない。たった数回言葉を交わしただけで判る。どうしたって理解させられる。
この個体は、終わっている。
どうしようもなく、終わっている。
まるで、何か大切なものを削ぎ落してしまったように。まるで、何か大事なものを取り上げられてしまったように。まるで、何か重大なことを塗り潰されてしまったように。まるで、何か重要なことを取り壊されてしまったように。
生きているのに死んでいる。死んでいないのに、終わっている。スタートのないマラソンみたいに、ゴールのない迷路みたいに、始まる前から終わっている。
言い様の無い恐怖があった。もう逃げ出してしまいたかった。こんな存在の相手をさせられるくらいなら、狂人と一日お喋りする方がましだとさえ思った。
それでも私が黙って大人しく、そして逃げる算段も考えなかったのは、このひとの死んだような眼も声もまるで終わっているのに、どこか私に対して優しさだとか穏やかさだとか、そういう温かなものが僅かに、けれど確かに垣間見えたからだ。多分、悪いひとじゃないんだろう。生物として何もかも破綻しているような存在だけど、きっとそれは別の所に要因があって、このひとの本質を指している訳ではない。気がする。なんとなく。
「私からの説明は以上ですが。他に質問は、まぁ山程あるでしょうけど」
「あ、えっと」
聞いた事を頭の中で必死に纏めた。眼と声に圧倒されて、実際所々聞き流してしまったかもしれない。
私は恐らく記憶喪失である事。私が倒れている所を、このひとが見つけてくれて介抱してくれた事。私さえ良ければ、記憶が戻るまでここに住ませてもらっても良い事。他には何かあったかしら。
「古明地さんは、私の事、何か御存じないですか? なんでもいいんですけど」
「いえ、残念ながら。初めてお会いしました」
「そうですか……」
手掛かりも見込めなさそう。しょうがない。ゆっくり思い出していけば良い。幸いにも住む場所もあるのだし、って、あれ?
「あ、あの」
「なんでしょう」
「どうして私に、ここまで良くしてくれるんですか? だって、全然赤の他人なのに」
その時。
古明地さんの瞳は、恐ろしく冷たくなった。見ているだけで凍傷を起こしそうに、冷たい。表情は何一つ変わらないのに、視線だけが絶対零度に落ちて行った。けれどそれは一瞬の事で、すぐ先程までの瞳に戻った。とはいえ、やはり元からそういう眼なのだろう、冷たさがましになった程度で結局暗い眼のままなのだけど。
「私はこの地底の管理者なのですよ。もっと正確に言えば、是非曲直庁地獄支部第六層灼熱地獄跡管理責任者、という肩書を戴いております。よって、地底の住人が貴方のように致し方無い事情を抱えて生活が困難である場合、私が保護するシステムになっているのです」
あぁ、なるほど。と、納得。好意というより、義務でお仕事な訳か。公務員さんも大変だなぁ。
ふと、自分がさっきよりも随分落ち着きを取り戻している事に気付いた。古明地さんの気迫にすっかり圧されて、動揺さえ出来なかったというのもあるけれど。そこらへんは感謝。
ゆっくり思い出して行こう。
私が記憶喪失になるなんて、きっと大変な事があったんだろうし。
二、two faces
私にあてがわれた部屋は、昨日私が目覚めたあの部屋だった。
「古明地さん、」
「下の名前で呼んで頂いても構いませんよ」
「あぁ、えっと、じゃあ、さとりさん」
さとりさんはそこでちょっと笑った。またあの落とすような、不思議な笑い方で。
「この部屋、誰かいたんですか」
その部屋は誰か住んでいたらしい形跡があった。しかしほとんど生活のにおいはない。初め見たときは物置かと思ったが、その割には随分と整理整頓されていて、毎日掃除している風でもあった。
「物置部屋です。なんなら、お嬢さんが使っても良いですよ」
お嬢さん、という響きが少しむずがゆかった。でも、そう呼ばれるのも悪くない。
「良いんですか? 誰かが昔使っていたんじゃ」
「もう帰らぬひとですから」
「あぁ、……すみません。余計な事を」
「貴方が気になさる事ではありませんよ」
その時のさとりさんの表情は。殆どいつでも無表情に近い、さとりさんの顔は。少しだけ、苦しそうな色を乗せた。何かを痛むように、誰かを悼むように。誰だって身近なひとが亡くなったら悲しむし、いつまでも引き摺るものだ。私はむしろ、そんな当たり前の感情をさとりさんから読み取れた事が嬉しかった。このひとにも普通の感性があるのだと、当然の事実に喜んだ。
「還らぬものを悔やみ惜しんでも、何も得るものなどありませんから」
この一言が無ければ完璧だったのになぁ。
誰も得ようとして痛む訳でも悼む訳でもないと思うのだけど。やっぱりちょっと、普通の感性とはずれてるみたい。まぁ、ずれてなかったらそんな大切な部屋を見ず知らずの私にあてがったりしないか。それもそうだ。やっぱりちょっと、いや結構、というかかなり、変わってるひとだ。
また晩御飯には呼びますよ、そう言って出て行ったさとりさんを見送って、私はベッドに寝転んだ。部屋はあるわ三食ついてくるわ、これはちょっと破格の待遇ではないのかしらん。もしかしたら私、実は凄いおうちの娘だったりして。まぁ、それはないな。現実的じゃないし、だとしたら地底の管理者のさとりさんも知ってる筈だし。
何か思い出す手掛かりさえあれば良いのに。せめて自分の名前くらいは思い出したいわ。そういえば私が倒れていた時、何か持ち物はなかったのかしら。もしかしたらそこに身元が特定出来る品があるかもしれない。後でさとりさんに聞いてみよう。
そうよね、いつまでもお世話になっていては申し訳ないし。全部思い出したら何か素敵なお礼をしなくっちゃあ。
瞼が重くなってきた。とっても疲れたんだ、私。久しぶりに激しい運動したみたいに、どっと疲れた。記憶を失くすって、こういう事なのかしら。晩御飯まで、少し眠ろう。
◆
「おやすみなさい、そしておはよう」
「誰、貴方。なんなのよ、その姿。まるで私じゃないの」
「そうね。私は貴方よ。貴方は私。あえて言うなら、私は無意識の私、貴方は表層意識の私」
「意味が全然ちっともさっぱりまったく判らないわ。つまり私は鏡の国にでもやって来たのかしら」
「いいえ、ここは夢の世界。そうして、貴方ではない私の世界」
「夢なのね。それはしょうがないわ」
「だから私はこうして貴方とお話ししに来たのよ。夢は、私の領域だもの」
「なんの事だかよく判らないけど、あらそう」
「ねぇ、表層意識、もうひとりの私。貴方はちゃんと忘れたかしら」
「私が記憶喪失なのって、貴方が原因なの?」
「そうよ。私が忘れさせてあげたの」
「なんでそんな事」
「それは言えないわ。貴方と交わしたみっつの約束。そのひとつだから」
「意味が判らない」
「それで良いのよ、もうひとりの私。貴方はずっと、そのままで良い」
「忘れたままでいろって事?」
「そうよ」
「どうして」
「それが貴方の幸せだから」
「なんでよ」
「幸せってね、もうひとりの私。本当にそうである時には、感じられないものなのよ。一度沈んでしまえば、掬い上げられるまで永遠に麻痺してしまうの。貴方は知らない。今の貴方がどんなに幸せであるか。そしてその幸せが、どれだけの不幸せに支えられて、どれだけの犠牲に救われて、どれだけの思いを踏みにじりながらも、どれだけの愛によって望まれているかを」
「知らないわよ、当たり前でしょ。貴方に忘れさせられたんだもの」
「そうね、その通り。だからそのままで良いのよ、もうひとりの私。忘れなさい。折角忘れさせてあげたんだから」
「待ちなさい。どこに行くの」
「貴方のいない所よ。無意識の私は消えなきゃいけないのだもの」
「どうして」
「それが、貴方との二つ目の約束だから」
三、three-strikes
ここに来て、早くも三日経とうとしていた。私の話し相手は専らさとりさんで、しかし彼女は見かけの通りあまり多くを話したがる性分でも、お世辞にも近寄り易い性分でもなかったから、一日の内の長時間をふたりで話すというのも難しかった。そして何より、共通の話題が無い。これはさとりさんが悪いんじゃなく私に非がある。何しろ何も覚えてないので、話題も何も、会話の引き出しがほぼ皆無なのだ。それにさとりさんにはさとりさんのお仕事があるし、プライベートな時間があるだろう。見ず知らずの私がそれを邪魔するのも、ただでさえ多大な恩を蒙っているのに、気が引ける事この上無い。そう言う訳で、私は別の話し相手の捜索に取りかかった。まずは円滑な妖怪関係よね。うんうん。それから記憶取り戻してもきっと遅くない筈。私って意外と楽観的なのね。意外なのかどうかさえ判断出来ないけども。
地霊殿は、結構やかましい。ペットがわんさかいる。それより驚きなのは、そのペットらがさとりさんの代わりに仕事を一部請け負っている事だ。そのうちのひとり(一匹?)、化け猫の子と知り合った。地底の事も地獄の事もよく覚えてないから、この子に色々聞いてみる事にする。
「火焔猫、燐、ちゃん。よろしくです。私、今の所名前無しなんで、適当に呼んじゃってあげてください」
「うんうん、お嬢ちゃんの事はさとり様から聞いてるよ。あたいの事はお燐って呼んでね。あと、敬語は使わなくて良いよ。あたいはただの、さとり様の使いっパシりさ」
「うぃ」
話し易い、気さくな子だった。黒い猫耳がとってもチャーミング。しかも私より背高いし。さとりさんよりもちょっと高そう。長身なのに猫耳が違和感無く似合ってて可愛いなんて反則だなぁ。
「お燐は普段、何をしてるの?」
「さとり様のお手伝い。内容は、屍体集めと屍体運びさね。あたいは火車だし」
「おぉ、なるほど。ここは地獄のひとつで、確か灼熱地獄だっけ。そこに持っていくの?」
「そうそう。燃料になるのさ。で、火加減やらを調節する仕事もあって、それはあたいの古い友達がやってる。後で紹介したげるよ。馬鹿だけど、根は凄く良い奴だから」
「楽しみ」
その友達の話をしばらく聞いて、その後私はさとりさんの事も聞いた。
「さとりさんは、この地底でとっても偉いひとなのよね」
さとりさん。その単語に、お燐は僅かに反応した。ちょっとだけ、変な顔をした。でも一瞬の事だったから、特に気にも留めなかった。
「そうさね。まぁ、さとり様に言わせりゃ、巧い言葉で面倒事を押し付けられているだけ、らしいけどさ」
「大変ねぇ。おひとりで」
「だからあたい達がちょっとずつお仕事をこなすのさ。あたい達みんな、さとり様にご恩があるからね」
「そうなの?」
「うん。みんな行く場所も逝く場所も失くしたはぐれ者さ。さとり様が拾って下さった。さとり様が救って下さった。生きる場所も死に場所も無かったあたいの居場所になってくれた。あたいに生きる意味をくれたんだよ。大袈裟だって笑うかもしれないけど、それが今のあたいには凄く大切な事なんだ。だからあたいは、さとり様の為ならなんでもしようと思ってるし、なんでもしてるつもり」
「笑わないよ。素敵な事だと思う」
誰かの為になんでも捧げようと思う気持ちは、あるいは犠牲的かもしれないけど、それが時に一番大事だったりする。多分、そういう犠牲が本当の意味で誰かを救うのだろう。
あれ? なんでそんな風に思うんだろう。何も覚えてない、私が?
奇妙な違和感を振り払うように、取り繕って私は冗談交じりに言った。
「良いなぁ。私も、さとりさんのペットになろうかな。なんてね」
「おじょう、ちゃん、」
お燐の表情が、驚いたように、悲しむように、翳った。
「あ、あぁ、ごめんね! そうだよね、茶化す雰囲気じゃなかったよね。空気読んでなくてごめん」
お燐はそれに何も答えなかった。まずった、空気ブレイクしてしまった。仲良くやっていけると思ってたのに、幸先悪い。何やってんのよ、私、まったく……。
どうしよう、何を言おう、でもあからさまに話題を変えるのも嫌らしいし、ていうか今何喋っても墓穴掘りそうな予感、なんてぐるぐる頭の中で考える。
「お嬢ちゃん」
「はひっ」
間抜けな声が出た。だって、お燐の声がさっきまでと変わって、とても真剣なものだったから。そうして、何処か必死だったから。その瞳もその様子も、本当に本当に沈痛だったから。
「さとり様の傍に、出来るだけいてあげて欲しいんだ。あの方にはもっと、誰かが必要なんだ。誰かが助けてあげなきゃいけないんだ。でもさとり様はそれを望まない。あたいじゃ出来なかったんだ。誰でも出来なかった。お嬢ちゃんなら出来るかもしれない。特別な事なんて何もしなくて良い。ただ、傍にいてあげて欲しいんだ。あたいの、凄く個人的な、唯一のお願いなんだ」
本当に真剣な瞳で。本当に真剣な声で。生きた言葉が、私を縛った。
急に息苦しくなった。炎のように煌々と輝く瞳を、それ以上見ていられなかった。
「で、でも、お燐。ずっと近くにいるお燐で出来ない事なら、見ず知らずで、しかも記憶喪失で自分の事もままならないような私に何か出来るかな。私だってさとりさんにはお世話になってるから、何かお返ししたいって、思うけど、さ」
「出来るよ。お願いだよ、出来ないなんて言わないで」
「お燐、」
なんでそんな真剣な話を、会って間も無い私に言うんだろう? 私に何を望んでいるんだろう? 私の何を見て、こんな事を言う?
「お燐は、私の事、何か知ってるの?」
「……いや。ごめん、何も」
「そっか」
「そうだね。知り合ってばっかりのお嬢ちゃんに、ちょっと真面目な話をし過ぎたね。悪かったね、忘れておくれ」
そう呟いたきり、お燐は何も言わなかった。
私達の会話は、三日後までそれきりだった。
四、four-flusher
ここには何か、私の知らない大きな何かがある。その何かは空気のように重苦しくそこにあって、時折蜃気楼のように現れては住人達の視界を歪ませるらしかった。私は部外者だから、きっとそのように感じたのだろう。一週間。たった一週間いただけでそれが判った。そしてそれがどんなに重大な意味を孕んでいて、それがどんなに取り除くのが困難であるのかも。その何かは、さとりさんを中心に渦巻いている。さとりさんの何処かに、その何かがある。私にそれは判らないし、判ってはいけないのかもしれない。記憶を取り戻すまでの居場所だし、あまり深入りしても誰も喜ばないだろう。そういう深い問題に、外からずかずかと土足で踏み込むような真似は好ましくない。
でも、お燐の事もあった。だから私は出来るだけさとりさんと話をするようにした。どうでもいい話を、たくさん。深みに入る必要は無い。傍にいるだけで良いとお燐は言った。それが大事なのだから、きっと話す内容はなんだって良いんだろう。話す事で何か、私の過去の手掛かりを得られるかもしれないし。
さとりさんがお仕事している脇で、書斎机にだらんと両手を置いてぐだぐだと話をしている。さとりさんの筆が流暢に動く様を、茫洋と視線で追いかけていた。さとりさんは、とても綺麗で真面目な字を書く。几帳面にも神経質にも思える、ちょっと綺麗過ぎる綺麗さだった。そういう性分なのだろうし、そういう性格なのだろう。納得している自分がいた。如何にもそれっぽいひとだ。そんな文字を見ているのは嫌いじゃなくて、むしろ楽しかった。
さとりさんは時々私の方を見て、「楽しいですか?」なんて気恥かしそうに聞いてくる。その度に私は「えぇ、とっても」と素直に返事をした。「さとりさんを見ているのが、なんだか楽しくて」、そう言うとさとりさんはますます困ったように笑うのだった。いつも通り、落とすように。初めて、それを可愛い笑い方だと思った。
「そういえば。私もさとりさんと同じ、覚り妖怪ですよね」
「そうですね」
「でも私、誰の心も読めないの、なんででしょう」
「第三の瞳を閉じたからでは?」
「第三の瞳、って、これですよね。閉じられるものなんですか」
「さぁ、私は閉じた事がありませんから、なんとも言えませんよ。ただ、現にそうして閉じている訳ですから」
「確かに」
謎は深まるばかり。手掛かり、未だ無し。私の持ち物も伺ってみたが、身につけていた衣服以外、それらしい所有物を持っていなかったらしい。それもまた不思議だ。外に出掛けているのに手ぶらとは、これ如何に。
さとりさんが私の心だけは読めないのもそれが原因らしい。さとりさんが言うには、心を読むという能力自体、他人の心を土足で踏みにじるような行為に等しいから、悲しみを背負う事も多いだろう。だから私はその能力を棄てたのではないか、と。深く考えても答えは出ないだろうから、思い出すまではそれで納得する事にした。さとりさんはまた、ゆっくりで良いから、第三の眼を開く事を考えてみて欲しい、と言ってきた。覚り妖怪は現在希少種で、折角同じ種族を久しぶりに見つけたのに、閉じているのは余りに悲しい。開いてくれたら嬉しい、と言った。
記憶が戻ったら、考えてみます、と返事をした。さとりさんは半分納得して、半分不満げだった。
「外に、出てみようかな」
ぽつり、独り言。
「それは、いけません」
ばつり、返し言。
本当にぴっしゃりと、彼女にしては珍しく強い語気の拒絶だった。
「駄目、ですか」
「管理者という立場でありながらこういう事をあまり言いたくはありませんが、正直、地底はあまり治安が良いとは言えません。お嬢さんひとりで出歩くにはあまり適した場所ではありません。第一、お嬢さん、弾幕ごっこというものを御存じですか」
「え、えぇっと」
「ふむ。それもお忘れのようですね。この世界において広く利用されている決闘方法です。決闘、言い方が少し古風過ぎますね。まぁ、少々スリリングなゲームと思って頂ければそれでも差し支えないと思います」
「むむぅ。覚えてない」
「また、燐か空にでも教えてもらって下さい。私はあまり、身体を動かす事は得意でありませんので」
「あぁ、そんな感じしますね。むしろさとりさんが運動神経良かったらひっくり返っちゃう」
「どういう意味です」
「あはは、ごめんなさぁい」
さとりさんは困ったように、小さく肩をすくめた。冗談が通じて嬉しかった。会った最初は、一分さえ会話したくないとさえ思った(初対面のひとに対して失礼極まりない)けど、話してみると意外と普通で(思ったよりは)、話し易いとまでは言わないけど、それなりに話していて楽しかった。
何より、誰と話す時より、一番安心して話が出来るのだった。なんにも良い印象を持っていないのに、その感じだけはずっと変わらない。
「とにかく。弾幕ごっこもお忘れのようでは、外は危険です。とてもではないが、自由を許可出来ません」
「はぁい。大人しくしてます」
「宜しい」
その声がどこか安堵の色を含んでいたように感じたのは、きっと気の所為なんだろう。
五、five nines reliability
違和感を覚えたのは、一ヶ月経った頃だ。いや、むしろ、一ヶ月も違和感を覚えなかった事自体、異常が過ぎた。そう。異常過ぎたんだ。
私がなんの違和感も感じなかった事こそが、その違和感だった。
ここは、地霊殿は、あまりにも居心地が良過ぎる。おかしいくらい、異常なくらい、奇妙なくらい、恣意的なくらい、私にとって都合が良過ぎた。まるで何もかも私の与り知らぬ場所で進行していて、私はただ利用されているような、見知らぬ舞台に立たされているような、ぞわぞわと脳髄を走る感覚。
これは、違う。ここは、間違っている。まったくよく出来た舞台だった。私はいつの間にかそこに立たされて、踊らされていたのだ。
私にそれを感じさせてくれたのは、やはり、そう、他でもない、私自身だった。
たまたま、だった。本当に気紛れで気晴らしで、偶然に偶発的だった。ただ、知ってしまった。
触れてはいけない物に、手を、触れてしまった。
◆
その日私は奇妙な体験をした。誰の眼にも私の姿が映らないようなのだ。加えて、誰の耳にも私の声が届かないようだった。いきなり無視されてしまったのか、あまりに長居し過ぎてとうとう嫌われてしまったのか、と酷く悲しんだのだが、どうやらそうでもない。時々、私の姿や声が通るのだ。その度に驚かれる。そしてまたすぐ無視される。何かたちの悪いいたずらだろうか、と思ってはみるものの、地霊殿の住人にそんな根性のねじ曲がった根暗はいないと自負出来る。だとすれば、一体この現象はなんなのかしら。
「なんでなのよ」
声がした。遠くから、そして近くから。私は知っている。これは夢、夢の世界。あの『無意識の私』だなんて名乗るそっくりさんに出逢った場所だ。そしてその声も、その『無意識の私』のものだという事も。
しかし、眠った覚えも無いのに夢の世界とは、はてな。
「なんで、こんな事になっちゃったのよ」
無意識の私は怒っているようだった。声が怒っている。だのに、その表情は何故か笑みさえ湛えている。ちぐはぐな顔と心。まるで不完全で、まるで不文律で、まるで不協和音だ。
「どうして、私を引っ張り出すのよ!」
「私に通じる言語で言って頂戴よ。なんの事だかさっぱりよ」
「私だってさっぱりだわ! もうひとりの私が言ったんでしょう、私に消えろって! 消えろって言った癖に、今更呼び戻して能力奪って、何様のつもりなの?! 私だって貴方の事を思って、消えてやろうと思ったのに!」
「八つ当たりしないでよ。消えろなんて、私、一言も言ってない」
「忘れさせたわよ、そんな記憶! 覚えている筈無い! そうよ、それが望みだったのに! 私の、貴方の、あのひとの、望みだったのに! 貴方が今更何をしようって言うのよ!」
駄目だ、会話出来ない。あのひとって誰よ。
「そんなに怒るんだったら、何、その怒ってる原因をちゃんと教えてよ。直すから」
「だったら今すぐ私の能力を返して、さっさと全部忘れろ!」
「能力?」
「無意識を操る能力を返せ! 表層意識の分際でッ……、私に全部委ねた癖に、ガタが来たら棄てようとして、結局棄てきれない中途半端な表層意識の分際で!」
「ねぇ、ちょっとどういう意味なの? まったく話が見えないんだけど。無意識を操るって、私は元々心を読む能力でしょ」
「忘れろッ!」
声が、怒号が、吹き荒れた。無意識の私は、相変わらず顔は笑ったままで、それなのに声は殺意さえ籠ったような迫力で私を圧し潰す。
「忘れろ! 忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ、忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ忘れてしまえ、おまえなんか、生まれた意味さえ生きている意味さえ生かされている意味さえ忘れてしまえェェェッ!」
爆撃みたいな、怒号が鼓膜を壊していく。
世界の揺れる、音がした。
◆
夢から覚めて。現実の私は、さとりさんの部屋にいた。私はぼんやりとそこに突っ立って、何を見るでもなくさとりさんを視界に入れていた。
「いつから、いたんです」
その声は随分驚きを含んでいて。けれどその問いに答える事は出来ない。私も判らない。だから黙ったままでいた。何を言う事も出来なくて、黙っていた。
「もどった、ん、です、か」
それを言わなければ。
それだけには、触れなければ。私はそこで引き返せたかもしれないのに。記憶喪失の、幸せな私であれたのに。
「やっぱり、私に何か隠してるんですね」
心臓が破けそうに高鳴る。どうやって呼吸をしたらいいのか忘れてしまう。聞いてはいけない。知ってはいけない。忘れろと叫んだもうひとりの私。
私は今、触れてはいけない物に触れようとしている。それでも、止められない。喉がからからに渇いても、瞳が焼けつくようにかちかち溶けても、指先がちりちりと痛んでも。
好奇心は猫をも殺す。
夢と現実が、無意識と表層意識が、混ざる。
六、sixth sense
「限界なんだよ、お姉ちゃん」
「いやだ、いやだいやだいやだいやだ。ききたくない」
「聞いて、お姉ちゃん。大好きだから、聞いて」
「こいしとはなれたくない」
「私だってそうだよ。離れたくない。だから話を聞いて。私達が、離れないで済む話をしよう」
「そんなの、」
「出来るよ。大丈夫。全部、まっさらにしよう。まっさらにしてまっしろにして、もう一度はじめからやり直してみよ?」
「こいし、」
「大丈夫よ。お姉ちゃんの事忘れても、ずっと愛してるから」
「わたしも、ずっと、あいしてる」
「うん。あいしてる」
これは、一体なんの記憶?
◆
すべてはまるでスローモーションのように見えた。
さとりさんの顔はたくさんの感情でぐちゃぐちゃに塗り潰されて、あの屍体よりも冷たい瞳と声にも、燻る炎が揺らめいていた。その瞳にはどうしようもなく暗い絶望が渦巻いていた。その声にはどうしようもなく深い破壊が蠢いていた。視線を泳がせ、がちがちと歯が震えて音を鳴らしている。指は震えて、必死で握り拳を作ろうとしていた。
そうして。
弾幕が、飛んできた。
紛れも無くさとりさんから投げつけられた、規則も因果も無い、でたらめな弾幕。さとりさんの今の心理状況をよく表した弾幕だと思った。一ヶ月前の私なら、どうする事も出来ず地に伏せただろう。でもねさとりさん、貴方がうっかり口を滑らせて、お燐に『弾幕ごっこ』を習うよう言ってしまったのよ。今の私は弾幕ごっこを知っている。そして私は恐らくさとりさんよりも強いという事も。
弾を避けきって、さとりさんに撃ち返した。避ける術など無い。避けられる隙など考えていない。悪いけど、少し実力行使で行かせてもらうわ。弾幕は、何を意識せずとも勝手に飛び出て、意思を持ったように動き回って標的を付け狙う。これがきっと、無意識の私が言っていた『無意識を操る能力』なのだろう。私が誰にも知覚されなかった理由もこれで解決出来る。無意識。そうだ、私はこんな風に弾幕ごっこで遊んだ。こんな風に無意識で遊んだ。遊んで、たくさんのものを傷付けた。知らん顔をして生きていた。
そうして、私が一番傷付けてしまったのは。
「無駄ですよ。こんな、恩を仇で返すような真似はしたくなかったけど。ねぇ、さとりさん。貴方は誰ですか。私は誰ですか。貴方と私は、他人ですか?」
そこにすべての鍵があるのだ。私は思い出しかかっている。扉の前まで辿り着いた。後は鍵を差し込むだけだ。
何もかも、最初から疑うべきだった。何故、見ず知らずの私に、幾ら管理者という立場であると言っても、地霊殿の部屋まで与えて匿ったのか。何故、外に出る事を許さなかったのか。何故、地霊殿の住人が皆よそ者の筈の私に対して好意的だったのか。
思えば、当初さとりさんに感じた恐怖。屍体のようだと感じた理由。終わっていると、感じた理由。それこそ初めから全部演技だったのではないか? 私が余計な事を考える前に、気迫で圧し潰して圧倒していたのだとしたら?
そしてそれらは、ひとつの鍵に集約される。
「どうして、どうして、思い出そうとするのです。折角何もかも忘れて、私は今の貴方を受け入れようとしているのに。過去の貴方と私は、約束したのに」
返す言葉など何も無かった。みんなして、私が思い出す事を拒んでいる。何か重大な真実から、必死で眼を背けようとしている。そしてそれが私の為になるのだと。それなのに、そんな想いを踏みにじってまで、私が記憶を掘り起こす意味はあるのだろうか。
それでも、もう戻れない
それでも、もう還れない。
「もう無駄だよ、――お姉ちゃん」
私の掌には既に、鍵があるのだから。
七、seventh heaven
「ねぇ、無意識の私」
「何よ」
「ひとつだけ教えてよ」
「何を」
「私と、貴方のみっつの約束。一つ目は記憶を失くした私にすべてを思い出させない事。二つ目は貴方が消える事。三つ目はなんだったの?」
「私達の、お姉ちゃんを悲しませない事」
「それが一番難題だったね。まぁ、どれひとつとして果たせなかった約束だけど」
「ふん。好きに言えば良いわ。どうせ全部すっかり思い出してしまったら、私はまた不要になって棄てられるのでしょうし。なんだって良いわよ」
「拗ねないでよ、無意識の私。こうして話せるのも、記憶が完全に戻るまでの僅かな間よ? 仲良くしましょ」
「嫌よ。私を追い出そうとした癖に」
「そう、そうだわ。どうして貴方は私とこんな約束したのよ。私にばかり得があって、貴方には何ひとつ良い事が無いじゃない」
「ひとつだけって言ったじゃない」
「けちけちしないでよ。良いじゃない、洗いざらい話したら楽になるよ、きっと?」
「……、それは。……」
「何よ」
「……私じゃ、お姉ちゃんを不幸せにしか出来なかったから」
「無意識が?」
「そうよ。私は私さえコントロール出来なかった。それでお姉ちゃんをたくさん悲しませた。だから三つ目の約束は、私から表層意識の貴方への約束だったのよ」
「随分殊勝な心掛けだこと。お姉ちゃんにお熱なのねぇ」
「私は貴方でしょ! 私の事を笑う資格無いわ!」
「判った、判った、顔真っ赤にして怒っても怖くないよ。そうだね。うん。お姉ちゃんを、悲しませたくなかった。それは私も同じ」
「だから折角協力してあげたのに、全部台無しだわ」
「貴方の詰めが甘いのよ。もしくは無意識の能力って案外使えない」
「かなりのとこまで思い出したのね。ふん、勝手に言えば良いわ」
「あぁあ」
「あぁあ」
「これから、どうしようね」
「ゆっくり、死ぬしかないわよ」
八、eighty-six
時は半年程遡る。
「不思議も何も。寿命が来ただけよ」
しばらくの診断の後、事も無げに薬師はそう呟いた。ただ、その時は少し体調が悪い日が続いていて。それが何ヶ月も続いて。地底の医者にも診てもらったけど、原因がよく判らない上に処方された薬を飲んでも一向に調子が良くならないから。地上で高名な薬師に診察をお願いしただけの事だった。
寿命、ですって? 私が? おいおい先生、どう考えたって私はまだまだ現役ぴちぴち覚り妖怪ですよ? それが寿命って、だったら私より百歳以上年上のお姉ちゃんはどうなるんですかっての。
「だから私も何かの後遺症か、病気かと思ったわ。でも違うのよ。貴方はただ寿命を迎えて老後に突入してしまっているだけ。生物として極当たり前の事よ」
いやいやいや。先生、ちょっと待って下さいよ。どう考えたってまだまだ寿命を迎えるような歳じゃありませんよ。お姉ちゃんだって健在ですもの。
「そうね、だけど貴方のお姉さんと貴方じゃ、根本的に違う事があるでしょう。お姉さんを診た訳じゃないけど、貴方を診ていれば判るわ」
お姉ちゃんと私の、根本的な違い?
「その眼よ。その、心を読む覚り妖怪の眼。貴方はそれを閉じている。何をどうやったのかは判らないけどね、貴方は覚りとしてのアイデンティティを棄ててしまったの。判るかしら。覚りでありながら覚りをやめちゃったの。そしてそれがどんな意味を孕むか判る?」
何言ってるのかさっぱりだぜ。これと、寿命の何が関係してるって言うんですか。
「第三の瞳が開いている事は、覚りが覚りとして生きていく為の必須項目なのよ。それを失った貴方はどうなるか。貴方という存在を支えていた根幹が無くなって、貴方は貴方でなくなる。だから無意識を操る能力なんて手に入れてしまったのね。貴方の本能が、失った根幹を無理に埋めようとした」
全部嘘だと思った。全部夢だと思った。けれど、薬師の言葉を聞き流せなかったし、否定出来なかった。
だって私は確かに、心を読む能力を失った時、どうしようもない虚無感に襲われたのだ。そうして無意識の力を得た時、どんなにか安堵したのだ。
「無意識の力を手に入れて、しかし貴方は覚りでありながら覚りではなく、しかし覚り以外の何者にもなれなかった。他の妖怪になる事も出来なかった。憶測だけど、貴方はそれを恐れたんじゃないかしら。お姉さんと同じ種族である事に、何か強い思い入れがあったんじゃない?」
だって、お姉ちゃんを独りぼっちになんて出来なくて。
「覚りでありながら覚りではなく、しかし他の何者でもない貴方。貴方は一妖怪としての根幹を完全に破壊してしまったのよ。そうして確固たる根幹を持たない種族は、緩やかに終わりを待つだけ。鉄が錆びるように、樹が朽ちるように、水が干からびるように。当たり前の事が当たり前に起きて、貴方は当たり前に寿命で死んでいくのよ」
だったら、私はもう、待つしかないんですか。まだお姉ちゃんが残ってるのに。お姉ちゃんをひとりにして、私が勝手に消えちゃうしかないんですか。
先生。お姉ちゃん、ひとりでもなんだって出来るけど、守るものが無かったらなんにも出来ないひとなんです。そうやって今まで私が守ってもらってきたから、今度こそ私がお姉ちゃんを守るんです。そう、約束したのに。私と、約束したのに。
「永遠に寿命を引き延ばす薬ならあるけど。それ以外は無いわね。私は薬師。薬とは、病や怪我を治療する物。病でも怪我でもなく、寿命で死んでいく貴方に渡せる薬は無いわ」
お姉ちゃんと同じように、もう生きられない。
お姉ちゃんと同じように、もう傍にいられない。
「だからね。薬師として、私から言える事はひとつだけよ。貴方は貴方の残りの生について、よく考えなさい。考えて考えて考え抜いて、そうして搾り出した答えなら、それが貴方のクオリティ・オブ・ライフなのよ」
◆
「どうして……。どうして、そこまでする必要が、あるって言うんです」
震える声が辛かった。泣き出しそうな顔が痛かった。
薬師の言葉から、私が考えて考えて考え抜いた結果。それが、無意識の能力を棄てるという事。そして、最後の無意識を操り弄って、自ら記憶をすべて消去するという事だった。
私は、お姉ちゃんを独りで置いていく事なんて出来ない。今までずっとふたりで生きてきた。幼い頃、あらゆる脅威からも恐怖からも守ってくれた。だから強くなりたかった。弱さなんて私に要らなかった。弱いお姉ちゃんは、更に弱い私を守る為に、本当に本当にたくさん傷付いたから。私こそは強くなって、何者からでもお姉ちゃんを守ってみせる。そう決めていた。
だからこそ、私は自分の弱さに堪えられなかった。他人に嫌われるのが怖いだなんて、そんな余りにお粗末な弱さを許せなかった。どんな弱さも私には必要ない。そんな事ではお姉ちゃんを守りきる事が出来ない。そうして私は、心を読む力を棄てた。そうすれば強くなれると思っていた。
それで寿命が縮まっちゃうなんて、本当、笑い話にもならないよ。
「私は、これからもずっと生きたい。生きて、お姉ちゃんを守りたい」
「そんな事しなくて良い。私がずっと守ってあげます。だから生きて。だから傍にいて。それだけで良いんです。私はそれだけが望みなのです」
「私だって生きたいし、傍にいたいよ」
こぼれた本音が、お姉ちゃんを刺した。お姉ちゃんは眼尻に溜めていた涙を、抑えきれずに一雫こぼした。その涙をどんなにか拭いてあげたかったけど、私の手は相応しくない。私の為に流される涙を拭える権利が、私にある筈が無い。
「だからこれは、私がより良く、より長く生きてお姉ちゃんの傍にいる為に必要な事なんだと信じてる」
「無意識の力を棄てるのはまだしも、記憶を消す必要なんて無いじゃないですか」
「この力を棄てたって、結局私は中途半端でイレギュラーな覚り妖怪のままだよ。それじゃなんの解決にもならない。私はね、お姉ちゃん。もう一度生まれ変わるの」
「生まれ、変わる」
「記憶を全部消す。まっさらになる。そしてもう一度、覚り妖怪になる」
「第三の眼を、開くという意味ですか」
「その通り」
「だったら、今のままでも」
「無意識の力を持つ今の私では、第三の眼を開く事なんて出来ない。だから一旦棄ててから、開く。そうすれば異常無く、心を読む能力が元に戻ると思う」
「だから、記憶を失くす必要はどこに」
「無意識を操る能力は、もう既に私の一部だから。簡単にそれだけを切り離す事は、ちょっと現実的じゃないよ」
「記憶を犠牲にして能力を棄てるとでも言うのですか」
「そうだよ」
既に私の一部として私と完全に溶け込んでいる能力。それを引き剥がす為にはそれ相応の代償を払わなければいけない。心を読む能力を棄てる代わりに、心の一部を閉ざしてしまった過去の私のように。
「でも。もし貴方の思う通りに事が運んだとして、何も知らない貴方が心を読む力を取り戻して、そうして私の心を読んだらどうするのですか。そこで結局、全部知ってしまう。その時貴方がどうなってしまうか」
「あぁ。それはちょっと考えてなかったな。うん、でも、大丈夫だよ。多分?」
「適当過ぎます。記憶を代償に能力を棄てるなら、貴方の永遠に戻らない記憶は、しかし私の不完全な記憶が伝達されて、混乱するに決まっています」
「うん、確かにその可能性は高いね」
だけど、どうしてだろう。私も私で酷く混乱してて、急に余命宣言なんてされちゃって、それでもってこれからの身の振り方考えろなんて言われて、急ごしらえで搾り出した未来地図だけど。これから記憶を消すなんて、とんでもない事さらっと言っちゃっても、心の奥では不安で堪らなくて、泣いてしまいたいのに泣き方も忘れてるみたいだから笑ってみせて、どうにかこうにか必死で冷静にお姉ちゃんを説得してる私だけど。
不思議と、思う程悲しくないし、辛くない。そんな風に感じられる心が麻痺してるんだって言われれば何も言い返せないけど、でもきっとそうじゃない。私が例え今でも心を読む能力を持ってて、心の一部を閉ざす事が無かったとしても。私は多分、悲しくも辛くもないよ。
それは決して諦めでも自暴自棄でもなく、それが、私が私に対して責任を持つって事なんじゃないかしらん。
「だから、お姉ちゃん。協力して。何もかも忘れた私を、上手い事誘導して、第三の眼をこじ開けてみせて」
お姉ちゃんの瞳が私を見た。深い深い紫の瞳。綺麗な瞳が、私の所為で濁る事のありませんよう。
しばらくして、弱々しくもお姉ちゃんが頷いた。その身体を抱き締めた。控えめな温かさがそこにあった。生きている証がここにある。私はまだ、生きている。
九、nine days wonder
「ちぇ。失敗か。何もかも。結局一ヶ月も持たないとか、まじ萎える」
「落ち込むのも無理は無いと思うわ」
「これからどうなるのかな」
「私を追い出したのだから、なんの能力も持たない、ただの中途半端でイレギュラーな覚り妖怪。括弧付きで寿命残り僅か、と説明が入るわ」
「あぁーあ。結局自分の計画自分でぶち壊して、より状況を悪くして終わり、かぁ」
「そうでもないんじゃない」
「えー?」
「判った事とか、得た物もあるでしょう」
「無意識の私にしては良い事言うね」
「そうよ。こんな素敵な私を棄てるなんて気が違えてるの」
「ん。一回棄てたけども、さ。もっかい、一緒に来てくんない? 無意識の私」
「はぁ? 一回除け者にした癖に、失敗したら還って来て下さい? どれだけ図々しいのよ」
「判ってるけど。貴方だって、このまま棄てられて消えちゃうの、癪でしょ。というかぶっちゃけ、記憶のほとんどを貴方に持ってかれちゃってるから、貴方がいないとちぐはぐな記憶になっちゃうっていうか」
「私をどれだけ便利屋にするつもりなんだか!」
「でも、一緒に来てくれるでしょ?」
「表層意識の貴方の為じゃないわよ。お姉ちゃんの為だからね!」
「うんうん、それで良いよ。無意識の私は流石のツンデレだなぁ」
「戻ってあげないわよ」
「冗談だよ。還ろう。お姉ちゃんの元に」
「そうね。今頃しくしく泣いてるだろうし、早く慰めてあげなくちゃ」
「おかえり、古明地こいし」
「ただいま、古明地こいし」
◆
朝、目が覚めたら宇宙にいた。
「なんてね。ここは私の部屋」
見覚えのある家具。見覚えのある景色。私はここで、ゆっくりと記憶の消去と、無意識の排除を行った。それが完了したのが一ヶ月前。そうして新しい私が覚醒した。
私の部屋は封鎖して、別の部屋に移動させてね、ってお姉ちゃんにお願いしたのに。あまつさえあてがった部屋までここと来た。お姉ちゃん、本当は思い出させる気まんまんだったんじゃないの?
思い出せば、随分お姉ちゃんに対して悪い印象を持ったものだ。というか、あんなお通夜みたいな眼をして機械みたいな声をしているお姉ちゃんが悪い。確かに元からそんなに明るいキャラじゃないし、瞳にハイライトも無くて、声も男なんだか女なんだか高いんだか低いんだか判らないようなひとではあるけれど。流石にあそこまで、酷くない。つまり、あの時のお姉ちゃんは若干キャラ作りの演技が入ってて、そしてそれ以上に、ガチ凹み中だったのだ。私が本当に忘れ去っているのを確認して少し安堵して、どっと絶望した。そういう所だろう。
さて、どうフォローを入れたものかしらん。
大層な事言って色々とご迷惑もかけて、地霊殿のみんなをグルにしてまで手伝ってもらいましたが、やっぱり駄目でした。元通り、ていうかぶっちゃけ更に寿命縮めて帰ってきました。ごめんなさい。
言える訳ないわ。
「いや、でも言わなきゃいけない事なんだけどさ。ふふ……」
とぼとぼと地霊殿の長い渡り廊下を歩きながら、薬師に言われた事を思い出していた。
私のクオリティ・オブ・ライフ、か。
結局、私の壮大な手前勝手計画は、自業自得で何もかも台無しとなった。周囲を巻き込んで自壊して、そうして無意識の私が言った「判った事」と「得た物」はなんだったか。そんな事はもう、今更確認するまでもない。私がどうなっても、どうあっても支えてくれる家族がいる。私がなんであれ、一緒にいられる居場所がある。私としては、それだけで寿命を縮めた甲斐が充分ある。孤独に永らえるより、愛されて死ぬ方がずっと素敵だもの。
「こいし様!」
後ろから、ばたばたとお燐が駆けてきた。立ち止まって振り返る。そうそう、お燐にもかなりお世話になった。おくうや他のペットのちび達に私の計画に参加するよう説明し回って協力させてくれたのはお燐だもんね。
「お燐。ふふ、久しぶり」
「はい。さようならお嬢ちゃん、おかえりなさいこいし様。です」
「お嬢ちゃんって呼ばれるのも悪くなかったよ」
「あたいはもうこいし様にあんな馴れ馴れしく話すのはこりごりです」
「あらら」
行く先が同じ方向みたいだったから、ふたり並んで廊下を歩く。ふと途切れた会話。少し呼吸が重く感じた。
「ごめんね。色々してもらったのに、台無しにしちゃって」
「いいえ。こいし様は、随分良いお顔になられましたから」
「やぁだぁ、顔が良いのは元からよ」
「じゃあそういう事で」
「そうね、そういう事で」
「あのですね、こいし様」
お燐はずい、っと私の前に出て、顔を覗き込むような姿勢で微笑んだ。「うん?」、小首を傾げた。
「あたいのお願い、今度こそこいし様にちゃんと言います」
そう言って、お燐は深呼吸をした。そうして、私を真っ直ぐ見据える。宝石みたいな瞳がふたつ、私をしっかと掴んで離さない。
「さとり様の傍に、出来るだけいてあげて下さい。もう『誰か』なんて言い方しません。さとり様には、こいし様が必要なんです。あたいじゃない。誰でもない。こいし様だけが出来ます。特別な事なんて何もしなくて良いんです。ただ、傍にいてあげて下さい。あたいの、凄く個人的な、唯一のお願いです」
あんまり真面目に言うものだから、私もちょっと真面目に返そう。
「勿論、お姉ちゃんが嫌って言ってもそうするつもり。でもね、お燐。私だけじゃないよ。お姉ちゃんには、お燐とかおくうとか、ちび達とか、そういうみんなで支えられてるひとなの。だから、うん。そういう意味で、お姉ちゃんを宜しく頼むよ」
「はい、お願いします!」
「うん、良い返事だよ」
私のクオリティ・オブ・ライフ。そんなのもう決まってる。
私は私の大切な家族の為に、彼女らを本気で幸せにするのが私の余生の過ごし方よ。
終、ten feet tall
私の計画は何故一ヶ月程度で失敗したか。言うまでもなく、そこには私の弱さがあったからだ。
無意識の領域に辿り着いて、記憶を消去して回る時に、ふと考えてしまった。私がすべてを忘れたら、今まで私を愛してくれたみんなが、掌を返したように私をないがしろにするんじゃないのか。そんな意識が、ほんの僅かにこびりついていた。だから私は徹底して消去しきれず、消しゴムの滓のような記憶の残骸を残してしまった。お笑い草だ。結局、私は心を読む能力を棄てた頃からなんにも変わっちゃいなかった。誰かに嫌われるのが怖くて、心の底から信じる事が出来ない。だとすればやっぱり、こうなる運命だったんだろう。私が弱さの為に心を読む力を失った事も、代わりに無意識の力を得た事も、そうして身体が錆びついてしまった事も、壮大で傍迷惑で自分勝手な計画を立てる事も、そして失敗する事も、こうしてお姉ちゃんの部屋の前に立っている事も。
実際は誰も私をないがしろになどせず、私の計画に本気で取り組んでくれた。お姉ちゃんなんて、どんな気持ちで私に接しただろう。私が記憶を取り戻しかけた時、攻撃してきた訳。私を意地でも気絶させて、その後薬でも使って何もかも忘れさせようとしたんだろう。私のお願いを、どこまでも守ろうとして。私の気持ちを、どこまでも大切にしようとして。そんなお姉ちゃんがいる限り、私はきっといつまでも大丈夫だろう。多少弱くても。私の弱さは、みんなの強さが補ってくれる。だから、みんなの弱さは私の強さで補おう。
だからこそ、私は、私の弱さを認めよう。これからも、弱い私は弱々しくもしぶとく生きよう。
ドアノブを握って、ゆっくりと回す。
「あっれ。いない――っいでッ!」
ドアノブ握って突っ立った私に、横からボディープレス。外開きのドアだったので、ドアにぶち当たってサンドイッチな私。左にはドア、右にはお姉ちゃん。なるほど喧嘩売ってるんじゃねーの。
「お姉ちゃん。こうなった経緯について詳しく」
「私ももう少し明るい性格になろうかと!」
「いやいやいやいやいや」
「可愛さ余って攻撃力百倍」
「ゲームバランス崩壊し過ぎ」
ドアとお姉ちゃんに挟まれて、身体の左半身が痛む私。思わず、噴き出した。
「なんです」
「いや、だっておかしいじゃん。ちょっと前まであんな死んだ魚みたいな眼してたひとが、こんな勢いで抱きついてくるって。おかしいよ。はは」
「確かにやり過ぎた感はあります」
「それもそうだけどさ。ぶっ飛び過ぎだよ、思考が。ははは」
笑うと、お姉ちゃんは耳まで真っ赤にして少し俯いた。「だって」、口を尖らせて呟いている。
「どんなこいしも好きですし、どんなこいしも愛せる自信ありますけど。それでもどうしても、私の『妹』でいてくれるこいしが、一番好きです。私の事を『お姉ちゃん』と呼んでくれるこいしが、一番好きです。だから、嬉しいんです」
ぶつ切れで、抑揚が無い声。でも感情はある声。もう、声と表現するよりは音と表現する方が相応しい、なんて思わない。
「うん。私も、さとりさんって呼ぶより、お姉ちゃんのがしっくり来るよ」
笑って、私より背の高いお姉ちゃんの頭を撫でる。そうしたら、猫みたいに眼をつむって喜ぶのだ、この姉。どうしてくれよう。こんな駄目駄目なお姉ちゃん。私がいなきゃ、もっと駄目駄目になっちゃうわ。
なでなで。背中に回った腕が緩んで、ちょっとだけ離れて、眼が合って、ちょっと笑った。はにかむようにお姉ちゃんも笑う。
なでなで。また抱きすくめられる。温かい。ひとのぬくもりが、生きている証が確かにある。私はやっぱり、生きている。
「私が明日死んだら、どうする?」
「今からずっと、明日になるまで話をします。下らない事から世界の仕組みまで、話題はなんだって良い」
「今日の夜だったら?」
「一緒に晩御飯を作って、みんなで食べましょう。きっと賑やかね」
「一時間後だったら?」
「ずっとこうしています。貴方の感触を忘れないように」
「一分後だったら?」
「貴方の眼を見て、一緒に泣きます。同じ気持ちでいられるように」
「一秒後だったら?」
「こうします」
急に身体を引き剥がされて。
唇が、塞がった。
ほんの一瞬の邂逅。ほんの刹那の接触。ほんの僅かな永遠。
「一秒経ちました。まだ、生きていますよ?」
「う、うん。でも、一分後は判らないよ」
「ですね。ずっとちゅーしましょうか」
「それも悪くないけどさ。もっと色んな事しようよ」
「えぇ。たくさん、たくさん、生きましょう」
あぁ――、なんだ。
私が思うより、ずっと、お姉ちゃんは強かったんだね。私なんかよりずっと、強くて強くて、弱かったんだね。
ねぇ、見てる? 無意識の私。貴方がお姉ちゃんをたくさん悲しませたなんて、嘘よ。それがもし本当だったなら、きっとその百倍は喜ばせたと思うわ。だってこのひと、私の隣にいるだけで、こんなに幸せそうに笑うんですもの。きっと私がいればそれで良いのね。安いものじゃないの。そうね、きっと幸せって安いのよ。すぐ手に入るものなのよ。
貴方は私に言ったわ、「一度沈んでしまえば、掬い上げられるまで永遠に麻痺してしまう」って。でも、一度掬い上げられた私は、そうそう簡単に麻痺してやらないわ。
「あのね、お姉ちゃん」
「はい」
「例え一秒後に死んでも一分後に死んでも、あるいは一年後に死んだとしても、私は同じだけお姉ちゃんが」
言葉が、ついえる。口に出すと消えてしまいそうで。言葉にすると離れてしまいそうで。
だから、さっきのお返しをした。つま先立ちして、一秒の私をあげた。
お姉ちゃんは笑っている。私も、笑っているんだろう。
「おかえり、こいし」
「ただいま、お姉ちゃん」
この一秒に、私のすべてを乗せて、もう一回。
おわり
なんかごちゃごちゃした気分だけど読んでよかったと思う
今まで数多くのさとこい小説を拝読しましたが、この独自の解釈と世界観は個人的にかなりツボでした。
こいしの覚妖怪としてのアイデンティティーを掘り下げた話は創想話でも意外と少なかったのでいい着目だと思います。
さとこいちゅっちゅハァハァ
心あたたまるいいお話でした。
変に距離があるよりも、零距離までに近寄った二人の方がやっぱりいいですね。
甘い姉妹もいいけど、ちょっぴり切ない姉妹も素敵。
古明地姉妹に両手いっぱいの祝福を。
温かい姉妹、いや地霊殿でした。
いい姉妹だなぁ。
あとおかえりなさい
それじゃ中だるみになっちゃうのかしら
この話みたいにどうしようもなく悲しいけれど救いがある話、大好きです。
素晴らしいSSありがとうございます!
読めて良かった、と思えました。ありがとうございました。
地霊殿の面々が、特にさとりがどういう気持ちで接していたかと思うと胸が締め付けられます。
ああ、これだから創想話はやめられない。素晴らしい作品をありがとうございました。
いつもあなたの作品を読んだ後には叫び出したくなるようななにかを感じます、読めてよかった。
二回目に読んだときに各サブタイトルの意味に気が付いてさらに鳥肌立ちました。
one and onlyで始まるとか反則だろ……
うまくまとめる事ができず申し訳ありません、乱文失礼しました。
暖かい世界に冷たい世界、でも、どこまでも優しい世界。
貴方の描く世界が、大好きです。
おかえりなさい。
悲しいテーマでも、それを感じさせない内容で良かったです。
明日→一秒後のとこの流れが無性に気に入りました。
あと、「六、sixth sense」のところの表現の仕方に鳥肌がたちました。前に反転を使ってる作品を見たことがあったので試しにやってみたら…これはやられた。
でもこれ、iPod touchに入れたら普通に出ちゃうんだよなぁ…。なんとかできないかな…。
すばらしいSSをありがとうございました。
あなたの書く古明地姉妹が好きです。
後ろ暗い気持ちで読みに入ったら、
沈めても沈めても浮かんでくる温水プールのビート板のような気分の悪さ。
水から上がれて良かった。
彼女たちのQ.O.L.はこれにてQ.E.D。後悔なんて、きっとないと思える、地霊殿でした。
かわいいわ
救いがあって本当に良かった。
素敵な姉妹の作品、どうもありがとうございました。
終り方の物語は大好物です、ご馳走様でした。
計画は失敗に終わったけれど、終章の幸せそうなさとりを見るとそれで良かったんだと思えました。
素晴らしい作品をありがとうございます。
すごい綺麗な締め方。確かにこいしたちにとってそれは一つの救いであり答えなんでしょうね。
でも、これを救いだなんて、答えだなんて認めたくない気持ち。
貴方の古明地姉妹を見るたびに、「嫌われ者のフィロソフィ」という単語を想起します。
私には理解できないような、理解してはいけないような、そんな彼女たちの哲学がある気がしてならない。
もっと思いっきり彼女たちが泣いてくれれば、私も泣けるのに。
もしかして「私が弱さの為に心を読む力を失った事も、」では?
怒濤のラストごちそうさまでした
どうやったらこんな物語を形作れるのか。
もう心の中まで響いてくるような、こんな感じのを。
覚りなのに心読めないわけだし。
とかふと思った。
救いがあるお話でよかったです