ふぅ、と息を吐いた。
何時からだろうか。宙空を舞うのに、ひどく負担がかかる様になったのは。
彼女はかつて、吸血鬼や亡霊等の起こした騒動を鎮め、様々な騒動の中心にいた巫女だ。
名を博麗霊夢。その黒々としていた髪は綺麗な白髪に変わっていた。
「全く、難儀なことね・・・。昔は人里と神社位の移動じゃ息も切らさなかったのに」
その呟きには”自分も年老いたものだ”という含みがあった。
彼女は恐らく、今現在幻想郷の最高齢の人間だ。
親友の魔理沙も一昨年、弟子に看取られ亡くなった。その若若しい、いや、少し若若しすぎるほどの顔には、人生を充分に楽しんだ者が浮かべる表情があった。
ぼんやりとしながら霊夢は、床に臥せった魔理沙との最後の夜の会話を思い出す。
『なぁ、霊夢』
『なぁに?』
『楽しかったなぁ・・・色んな事があったなぁ・・・どれもこれも・・・本当に楽しかったなぁ・・』
『如何したの急に』
『霊夢。昔話がしたいのさ。・・・最後に、お前と』
その時、霊夢は魔理沙がもう朝焼けを見ることが出来ないことを知り、彼女が満足するまで話に付き合った。
弟子と共に見守る中、魔理沙が発した最後の言葉。
『なぁ霊夢。お前、一人で逝くのは寂しいだろう?ちゃんと待っててやるよ』
にっこりと笑って、彼女は旅立った。
紅魔館。
「あら、久しぶりね。どうしたのかしら?」
日傘をさした咲夜が尋ねる。昔と変わらぬ若さを保ったまま。
彼女は――――葛藤の末、半吸血鬼となった。
主人の押し隠していた弱さに気付き、永久に共に或ることを約束したのだ。半分だけ、というのが彼女の人間としての精一杯だったのだろう。
「ちょっとね。おいしい紅茶を飲みたくて、ね」
咲夜は彼女の何時もとは違う雰囲気からすべてを悟り、目を伏せた。
「そう――パチュリー様や美鈴も?」
「フランも。もちろんレミリアも。久しぶりじゃない?皆でお話しするのも」
霊夢は毎日、幻想郷中を廻った。
妖怪の山、地底、天界、最後に人里。月にも永淋に頼み込んで書状を送った。
これ程までに彼女が行動するのは何時以来だろうか。
しかし、その内容は押しかけて茶を飲み帰る、という、昔と変わらぬものだった。
――大宴会の知らせを除いては。
大宴会当日。
ありとあらゆる人妖が博霊神社に集まった。そのほとんどが霊夢の顔見知りだった。
恐らく、これまでに無いほどの規模の宴会。圧倒的なまでの人数と酒、御馳走の数々。
それらを眺めまわしながら、霊夢は満足気な表情を浮かべた。
「皆様、お集まりいただき有難う御座います!!」
博霊の巫女が音頭をとる。しかし、その巫女は霊夢ではない。
彼女が見定め、八雲紫が認めた霊夢の跡継ぎである。
霊夢はその姿を見、立派になったものだ、と感慨に耽る。
音頭が終わると、自然に霊夢に皆の目が向かう。
にっこりと笑い、彼女は声を上げる。
「今夜は私の、一世一代の大宴会よ!!思いっきり楽しんでいって!!」
おおっ!!と叫び、乾杯が其処ら中から聞こえる。
人も鬼も妖怪も、互いに飲み合い飲ませ合い。笑いの絶えない大宴会。
誰も彼もが楽しみ喜ぶ音、音、音。
そんな中では誰も気づかない。
霊夢が、その最中から消えたことなど。
誰も彼もが、気付かぬふりをし、精一杯楽しむ。
其れが唯一の手向けだから。
一人寝床に戻り、霊夢は寝間着に着換える。
遠くから聞こえる喧騒、祭囃子、笑い声。
満足げに霊夢はほほ笑む。これでもう思い残すことはない。
ゆっくりとその身を布団に沈めようとした時。
「先代様・・・」
少女が、巫女が呼びかける。
「どうしたの・・・・?ほら、あんたは飲んできなさい。こんな大きい宴会何てそうそうないわ。楽しまなきゃ損よ」
分かっている。彼女が察していることも。
自分に似て、そして自分以上に頑固な事も。
数瞬の後、ため息をついて霊夢は語る。
「私はね。次に眠ったら、・・・・もう目覚めないの」
巫女は俯いている。
「こればかりはどうしようもないの。あんたの成長を見守りたくてね・・・映姫に頼みこんでね。今日まで生きていたの」
巫女は俯いている。
「しんみりとしたのは、性に合わないから。皆には大騒ぎするように頼んでおいたの。・・・いい奴らよね」
巫女の眦からは涙が零れそうだ。
「魔理沙も・・・きっと楽しんでくれたよね」
もう、ボロボロと涙が零れ出していた。
ギュッ、と霊夢は抱きしめる。
「あんたは立派になったわ。・・・誇っていいわ。私が認めた巫女だもの」
巫女は、今だけ少女に戻り、ワンワン泣いた。
そして、泣き疲れて、眠ってしまった。
「紫、居るんでしょう?」
問いかける。すると空間に裂け目がはいり、ゆっくりと開いた。
「・・・ええ。御機嫌よう、霊夢」
霊夢はふふっ、と笑った後、真面目な顔になり、
「この子を・・・・頼むわね。
この子は立派に巫女として出来上がったけど、まだまだ子供なの」
紫の顔は、影になって良く見えない。ただ、口元は引き締まっている。
「ええ、承ったわ。八雲の名に懸けて」
「じゃあ、一寸休むわね。流石に私も疲れたわ」
ゆっくりと彼女は布団に体を横たえる。
紫は母の様な笑みを浮かべ、
「・・お休み、霊夢。ゆっくり眠りなさい。
願わくば、良い夢を」
まどろみの中で霊夢は思った。
きっと魔理沙は、少女の姿で私を待っているだろう。そして、いつかの様に楽しげに笑うのだろう。
その姿を想像しながら、霊夢はこの世で最後の微笑みを浮かべた。
何時からだろうか。宙空を舞うのに、ひどく負担がかかる様になったのは。
彼女はかつて、吸血鬼や亡霊等の起こした騒動を鎮め、様々な騒動の中心にいた巫女だ。
名を博麗霊夢。その黒々としていた髪は綺麗な白髪に変わっていた。
「全く、難儀なことね・・・。昔は人里と神社位の移動じゃ息も切らさなかったのに」
その呟きには”自分も年老いたものだ”という含みがあった。
彼女は恐らく、今現在幻想郷の最高齢の人間だ。
親友の魔理沙も一昨年、弟子に看取られ亡くなった。その若若しい、いや、少し若若しすぎるほどの顔には、人生を充分に楽しんだ者が浮かべる表情があった。
ぼんやりとしながら霊夢は、床に臥せった魔理沙との最後の夜の会話を思い出す。
『なぁ、霊夢』
『なぁに?』
『楽しかったなぁ・・・色んな事があったなぁ・・・どれもこれも・・・本当に楽しかったなぁ・・』
『如何したの急に』
『霊夢。昔話がしたいのさ。・・・最後に、お前と』
その時、霊夢は魔理沙がもう朝焼けを見ることが出来ないことを知り、彼女が満足するまで話に付き合った。
弟子と共に見守る中、魔理沙が発した最後の言葉。
『なぁ霊夢。お前、一人で逝くのは寂しいだろう?ちゃんと待っててやるよ』
にっこりと笑って、彼女は旅立った。
紅魔館。
「あら、久しぶりね。どうしたのかしら?」
日傘をさした咲夜が尋ねる。昔と変わらぬ若さを保ったまま。
彼女は――――葛藤の末、半吸血鬼となった。
主人の押し隠していた弱さに気付き、永久に共に或ることを約束したのだ。半分だけ、というのが彼女の人間としての精一杯だったのだろう。
「ちょっとね。おいしい紅茶を飲みたくて、ね」
咲夜は彼女の何時もとは違う雰囲気からすべてを悟り、目を伏せた。
「そう――パチュリー様や美鈴も?」
「フランも。もちろんレミリアも。久しぶりじゃない?皆でお話しするのも」
霊夢は毎日、幻想郷中を廻った。
妖怪の山、地底、天界、最後に人里。月にも永淋に頼み込んで書状を送った。
これ程までに彼女が行動するのは何時以来だろうか。
しかし、その内容は押しかけて茶を飲み帰る、という、昔と変わらぬものだった。
――大宴会の知らせを除いては。
大宴会当日。
ありとあらゆる人妖が博霊神社に集まった。そのほとんどが霊夢の顔見知りだった。
恐らく、これまでに無いほどの規模の宴会。圧倒的なまでの人数と酒、御馳走の数々。
それらを眺めまわしながら、霊夢は満足気な表情を浮かべた。
「皆様、お集まりいただき有難う御座います!!」
博霊の巫女が音頭をとる。しかし、その巫女は霊夢ではない。
彼女が見定め、八雲紫が認めた霊夢の跡継ぎである。
霊夢はその姿を見、立派になったものだ、と感慨に耽る。
音頭が終わると、自然に霊夢に皆の目が向かう。
にっこりと笑い、彼女は声を上げる。
「今夜は私の、一世一代の大宴会よ!!思いっきり楽しんでいって!!」
おおっ!!と叫び、乾杯が其処ら中から聞こえる。
人も鬼も妖怪も、互いに飲み合い飲ませ合い。笑いの絶えない大宴会。
誰も彼もが楽しみ喜ぶ音、音、音。
そんな中では誰も気づかない。
霊夢が、その最中から消えたことなど。
誰も彼もが、気付かぬふりをし、精一杯楽しむ。
其れが唯一の手向けだから。
一人寝床に戻り、霊夢は寝間着に着換える。
遠くから聞こえる喧騒、祭囃子、笑い声。
満足げに霊夢はほほ笑む。これでもう思い残すことはない。
ゆっくりとその身を布団に沈めようとした時。
「先代様・・・」
少女が、巫女が呼びかける。
「どうしたの・・・・?ほら、あんたは飲んできなさい。こんな大きい宴会何てそうそうないわ。楽しまなきゃ損よ」
分かっている。彼女が察していることも。
自分に似て、そして自分以上に頑固な事も。
数瞬の後、ため息をついて霊夢は語る。
「私はね。次に眠ったら、・・・・もう目覚めないの」
巫女は俯いている。
「こればかりはどうしようもないの。あんたの成長を見守りたくてね・・・映姫に頼みこんでね。今日まで生きていたの」
巫女は俯いている。
「しんみりとしたのは、性に合わないから。皆には大騒ぎするように頼んでおいたの。・・・いい奴らよね」
巫女の眦からは涙が零れそうだ。
「魔理沙も・・・きっと楽しんでくれたよね」
もう、ボロボロと涙が零れ出していた。
ギュッ、と霊夢は抱きしめる。
「あんたは立派になったわ。・・・誇っていいわ。私が認めた巫女だもの」
巫女は、今だけ少女に戻り、ワンワン泣いた。
そして、泣き疲れて、眠ってしまった。
「紫、居るんでしょう?」
問いかける。すると空間に裂け目がはいり、ゆっくりと開いた。
「・・・ええ。御機嫌よう、霊夢」
霊夢はふふっ、と笑った後、真面目な顔になり、
「この子を・・・・頼むわね。
この子は立派に巫女として出来上がったけど、まだまだ子供なの」
紫の顔は、影になって良く見えない。ただ、口元は引き締まっている。
「ええ、承ったわ。八雲の名に懸けて」
「じゃあ、一寸休むわね。流石に私も疲れたわ」
ゆっくりと彼女は布団に体を横たえる。
紫は母の様な笑みを浮かべ、
「・・お休み、霊夢。ゆっくり眠りなさい。
願わくば、良い夢を」
まどろみの中で霊夢は思った。
きっと魔理沙は、少女の姿で私を待っているだろう。そして、いつかの様に楽しげに笑うのだろう。
その姿を想像しながら、霊夢はこの世で最後の微笑みを浮かべた。