「は?寝ぼけた霊夢?」
「そうですわ、お嬢様。」
突然、私の従者である咲夜が、『寝ぼけた霊夢を見たことがありますか?』と言い出したのが事の発端。
いきなり何を言い出すかと思えば、話を聞いているうちに興味が湧いてくる。
「それが、まるで猫みたいなんですよ。」
「猫、ねぇ…」
「一度見られたらわかると思うんですけど…」
「そうは言っても、霊夢ったら大体神社に行ったとき起きているもの。どうしようもないわ。」
「だったら寝てる間にこっそり近づけばいいのですわ。」
「そう言ったって…大体自由気ままに寝ているのだから時間の特定は出来ないじゃない。」
「あるじゃないですか、誰でも寝ている時間が。」
「それは吸血鬼の私に夜這いしろって言ってるのかしら?」
「吸血鬼っていう肩書きは関係ない気がしますが、何もそう言っているわけじゃありません。朝日が昇る少し前でいいのですわ。」
「う~ん、面倒ねぇ…」
「絶対にそれ以上の収穫がありますよ。」
「まぁ、咲夜がそんなに言うならやらんでもないけど…」
ここまで咲夜が物事を押し付けるのは珍しかったためつい、適当に了承してしまったが、さて面倒くさいことになったものだ。
これで面倒以上の収穫が無ければ咲夜にはお仕置きをしなくてはならないなぁ。と思いつつ夜の為に昼にベットに潜り込み眠った。
何?妖怪は夜行性だから昼に寝るのが普通?そんなこと思っているんだったら貴方は少し時代遅れ。流行の波に乗るのがスカーレット流なのよ。
「お嬢様、お嬢様。」
何者かが私を揺する。咲夜だってことは脳が理解する。
「ぅん、おはよう…咲夜…」
「まだ、こんばんはですわ、お嬢様。」
外を見るとまだ暗かった。そうだった確か寝込みの霊夢を襲う…じゃなくて、寝ぼけた霊夢を見に行くんだったっけ?
元々妖怪に限らず吸血鬼も夜行性である。
しかし、最近では人間と一緒で夜に寝て昼に行動する。ということが多くなってきた。
なので、夜に動くのは本当にこれが久しぶりなのである。
「眠い…」
「起きてください、霊夢の貴重な姿が見れませんよ。」
「何で、そこまでお勧めするのかしら?そんなに言うんだったら本当に期待するわよ…?」
「期待してくださいよ。今まで私ぐらいしか知らなかったと思うんですがやっぱり独り占めはよくないと思ってやっとお嬢様に言えたのですから。」
「そんなにいいものなのかしらね?」
「そんなにいいものなんです。」
「あっそう…じゃあ、準備しようかしら…」
まだ少し乗りきれていない自分がいた。咲夜がこんなにも言うぐらいなのだからそれは凄いのだろう。
しかし、そんなことよりも眠気とだるさでいっぱいいっぱいだった。
ベットから起き上がりいつもの服装に着替える。
まだ外は暗い。恐らく今出てから博麗神社に着いたぐらいがいい時間帯だろう。
遅い足取りで何とか玄関まで辿りつく。久しぶりに深夜の紅魔館を歩いた。
「それじゃ、行くよ。咲夜。」
「すいませんがお嬢様、私はついていけません。」
「え、ええー?何で今言いだすのよ、それを。」
「いえ、だって朝食を作るのは私ですし、いや、私も見たいんですよ?寝ぼけた霊夢。」
「はぁ…わかったわよ。それじゃ行ってくるわ。」
「いってらっしゃいませ、お嬢様…あ、それと。」
「何よ。」
「いくつか注意事項があるので……」
神社に向かう途中の道、手にはまだ開いていない日傘を持ちながら咲夜が言ったことを思い出す。
『いいですか、お嬢様?霊夢が寝ぼけている状態から完全に覚醒するまでが約10秒程度です。なので10秒経つころには絶対に離れておいて下さい。そしたら霊夢は特に気にしないので。』
『10秒?早いのね。それ以上経って何かしてたら?』
『それは、それは、大変ひどいことになってしまいますわ。いいですか、お嬢様。絶対に、10秒経つころには離れて下さい。いいですね?』
『わかった、わかったわよ。』
「本当に面倒くさいわね…大体だったら触らなければいいじゃないの。全く咲夜も変になったものね…」
愚痴りながらも飛んでいると神社の赤い鳥居が見えてくる。霊夢は恐らく中の寝室で寝ていることだろう。
以前から何回か泊まる事もあったし神社の中は把握済みだ。
ゆっくりと神社の前に着陸して、中に入っていく。
「本当に夜這いに来たみたいね…」
必要もないのにそろりそろりと足を動かしながらも寝室に辿りつく。
すーっと襖を開けて中を確認。いた。
布団の中に入りながら心地よさそうに寝息を立てている巫女がいる。
「これで起きるまで待つっていうのもなぁ…」
ひどく暇である。何か悪戯でもしようと思ったが咲夜のいう寝ぼけた霊夢まで待たなくてはならない。
「眠いわね、ふわぁぁ…」
ひどい眠気が私を襲う。目の前で寝ている奴がいると眠くなるのは何故だろうか。
何とか抵抗しようとするものの、さすがの私でも眠気には勝てないのか意識が朦朧としてくる。
(駄目よ…ここで寝た、ら…)
そんな考えとは裏腹にあっという間に私は意識を手放した。
ちりちりと何か熱いものが頬に刺さる感じがして目を覚ました。
どうやら日光が入ってきているらしい。
朝日が昇っていることを確認した途端に気づく。
「そうだ…!霊夢は…」
はっと意識が戻り、今まで何をしようとしていたか思い出す。
ここで霊夢が起きていては意味が無い。恐る恐る布団に目をやると、そこにはさっきと同じように静かに寝息を立てる巫女がいた。
少しほっとしながらも霊夢が起きるまであとわずかなのだろう、そんな予感がした瞬間だった。
不意に布団ががさがさと動き出す。どうやらお目覚めのようだ。
「咲夜が言っていたのがどれくらい凄いか知らないけど…」
確かめてやろう。その『寝ぼけた霊夢』とやらを。
「ぅ、ぅぅん…」
若干苦しそうな、そんな声がして霊夢が上半身だけ布団から起きる。
気配を感じたのか顔をこちらに向ける。
(………!?)
その霊夢を見た瞬間私に電流が走った。それはもう感電死してもおかしくないぐらい。
あの普段からキリッとしている霊夢が、あの霊夢が目はトロンと軽く開いただけで、それで意識はどこかに飛んでいるようなふわふわした柔らかく、掴みどころの無いような雰囲気を醸し出している。
「こんな霊夢、知らないわよ…」
自然と口から出た言葉にハッとなる。と、とりあえず時間が少ない。咲夜に言われたことをやってみよう。
瞬時にそう判断して咲夜のいったもう1つのことを思い出す。
『少し余裕が出来たら軽く撫でてみてください。凄いですよ。』
その時の咲夜のうっとりとした表情のことをまだ鮮明に覚えている。
余裕はないがやってみよう。残り時間は本当にわずかだ。
そろりそろりと霊夢の頭に手を伸ばす。普段ならバシンと払われ『何してんのよこの馬鹿』と言われるのが普通なぐらいなのだが。
ゆっくりとまるであやすように霊夢を撫でる、すると
「ぅぅん……」
「―――――――――!?!?!?!?!?」
思わず叫びそうになる口を気合で閉じる。
あろうことか頭を軽く撫でてやったら気持ちよさそうな顔をしながらすりすりと手に頭を寄せてくるのだ。
え?何この小動物。いや、まじで。やばいって。これ絶対やばいって!私絶対夢見てる!これ絶対夢だって!!いや本当に!!なんなの?いや真面目に?
猫じゃん、どうみてもあの動作って猫じゃん!?猫霊夢?やばいって悶え死ぬって!!
高速に脳内であらゆる情報が爆発した。何とかパンクしそうになる頭を押さえつけ、気がつく。
『いいですか、お嬢様?霊夢が寝ぼけている状態から完全に覚醒するまでが約10秒程度です。なので10秒経つころには絶対に離れておいて下さい。そしたら霊夢は特に気にしないので。』
『10秒?早いのね。それ以上経って何かしてたら?』
『それは、それは、大変ひどいことになってしまいますわ。いいですか、お嬢様。絶対に、10秒経つころには離れて下さい。いいですね?』
『わかった、わかったわよ。』
咄嗟に霊夢の頭を撫で続けていた手をさっと引いて後ろに離れた。
よかった、私の飛翔が高速で移動するもので本当に良かった。
「……うぅん?」
どうやら覚醒したらしい、本当に早い。
「レミリア…?」
こちらに気づき目を向けてくる。その目はいつもの霊夢のそれで少しだけ安心して少しだけ残念だった、気がした。
「何で、あんたがいるのよ…?」
「あ、いや、その…あ、あれよ!少し早く目が覚めちゃったから遊びに、ね?」
「吸血鬼が早起き?珍しいこともあることね。」
「ま、まぁ、そんな時もあるのよ。」
「ふーん…ま、いいわ。どうせ朝食食べてないんでしょ?」
よっこいしょ、と言って霊夢が立ち上がる。
「今から作るからちょっと待ってなさい。」
「え、あ、うん。」
生返事である。もう目的は果たしたからとっとと家に逃げ帰りたいのだが、ここで帰ったらむしろ疑問に思われてしまうかもしれない。
朝食を食べに来た、ということで誤魔化してもいいだろう。
さっきのあの霊夢が忘れられないまま朝食を頂くはめになったのは言うまでもなかった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「ただいま、咲夜。」
あの後、朝食を食べて一言二言話して、神社をあとにした。
紅魔館に到着し玄関を入ると咲夜が現れ、挨拶をしてきた。
「それで、どうでしたか?」
「うん、凄かった…」
そうとしかいえなかった、あれはあまりにも新境地すぎて例える言葉が全く出てこないのだ。
しかし咲夜はその答えに満足したのか、そうでしょう、そうでしょう。と嬉しそうに言っていた。
「咲夜は何時から気づいてたのよ。」
「今は覚えてませんが、けっこう前に買い物がてら神社を訪れたら寝ぼけ状態の霊夢に会いまして…」
「でも、その時は10秒で目が覚めるなんて知らないのでしょう?」
「もちろんですわ、夢中になって頭を撫でてましたもの。」
「どうなったのよ?」
「ゼロ距離で夢想封印と鬼神八方鬼縛陣を喰らいましたわ。」
「よく生きてたわね…」
「エクステンドがぎりぎり重なったので何とか…」
「それにしても、うぅむ…何とも頭から離れないわ。」
普段が普段なだけにあの霊夢はあまりにも貴重すぎた。もはや別人といってもおかしくはない気もする。
しかし、自分の頭の中ではあの霊夢にもう一度会いたいと叫んでいた。
「何とか、寝ぼけている時間を延ばせないものかしら?咲夜?」
「駄目ですね、私の能力でもさすがにそれは…」
「そうよねぇ…」
はぁ、とため息をつく。落ち込んだ私に慌てたのか咲夜が咄嗟に言う。
「で、でも、何といいますか、貴重なものほどたまに見るのが調度いいって偉い人が言ってたじゃないですか。」
「…そうね、あんな霊夢貴重すぎるものね。」
咲夜の言葉を聞いてなるほど、と思った。
あの霊夢は毎日見たい、今すぐにでも。でもそれじゃいつかは飽きるのだ。
偶に見る、偶然発見するから輝いて見えるのだ。それは人間も妖怪も同じである。
「よし、咲夜。今度は昼寝中の霊夢に会いに行くわよ。」
「ええ、もちろんです、お嬢様。」
結局、猫みたいな霊夢には偶然出会うぐらいがいいのではないかと思い、私は何もしなかった。
運命を操って自分をそういう時間帯に持っていくことも出来るがそれじゃ面白くない。
たまに見るからいいのだ、あの霊夢は。
偶然神社に行って偶然寝ている霊夢に会えたらそれでいいのだ。
少し、可愛がって離れればいい。この距離感がたまらない。
まぁ、でもいつか何とかして長い間寝ぼけた霊夢と戯れたいと思うお嬢様であった。
by瀟洒なメイド
これは新しい
>「ゼロ距離で夢想封印と鬼神八方鬼縛陣を喰らいましたわ。」
(( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
……夢想封印+鬼神八方鬼縛陣か。
俺も続くぜ、ちょっくら漢を試しにな。
10秒だな?ふむ、よし行ってくる
(ジョウドとも)
(1)てまわりの道具。日常使用する道具・家具など。源氏物語(帚木)「うるはしき人の―のかざりとする」
(2)弓矢の称。枕草子(278)「陣に仕うまつり給へるままに―負ひて」
ちょう‐ど【丁度】 チヤウ‥
〔副〕(擬音語チャウに助詞トの添った語か。→丁(ちょう)と)
(1)時間・分量などの余分もなく不足もないさま。きっかり。ぴったり。浮世風呂(前)「―三年になります」。「―間に合った」「―百人」
(2)あたかも。さながら。まるで。まさしく。狂言、布施無経(ふせないきょう)「―貧僧の重ね斎(どき)と申すがこれでござる」。「―盆のような月だ」
(3)たっぷり。なみなみと。狂言、悪太郎「とても飲むなら―お飲みやれ」
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自分なりに修正致しました。わざわざご指摘していただき本当にありがとうございました。