この話は作者の過去作品の設定を引き継いでおります。
独自設定などが盛り込まれておりますのでご注意ください
その日、レミリアがそれに気が付いたのは正午を回った時のことだった。
本来ならば眠っている時間なのだが何故か目が冴えて、ベッドの上でごろごろとしているのも飽きたのでテラスへと出てきた矢先であった。
何時もの位置に置かれている、何時もの長椅子に、何時もの様に腰かけて、何時もの様に用意されている紅茶を一口。
テラスから見渡す紅魔館の庭は、さまざまな花が咲き誇りレミリアの目を楽しませる。
陽の光を浴びて悠々と咲き誇るそれらは、庭師である美鈴の努力の賜物であるのだ。
普段は眠っている時間である故に、夜の庭しか馴染みの無いレミリアにとってはある意味新鮮であり悪いものではなかった。
だが、その感動に水を差す物をレミリアは見つけてしまったのだ。
それは何かと言うと侵入者だ。
今の時間は美鈴が門番をしていないとはいえ、それでも彼女が育てた門番隊が睨みを利かせているはずであった。
あくまで彼女等は妖精とはいえ、それでもある程度の訓練を受けて下級妖怪程度なら簡単に追い返す事の出来る実力を持っている。
それらの目を潜りぬけて侵入し、それは紅魔館の庭を闊歩していた。
その足取りは堂々としていて、まるでここが我が物でもあるかとでも言う様に散策していた。
レミリアの口元が三日月に釣り上がる。
彼女は紅茶を飲み干すと、愛用の日傘を手に立ち上がる。
目の前の侵入者と遊ぶのも悪くはあるまいと、そんな笑みが彼女には浮かんでいた。
そして同時に、よりによってこの紅き月に見つかってしまった不運に対する同情も浮かんでいた。
音も無くレミリアは侵入者の前へと降り立った。
それは突然現れたレミリアにも驚いた様子は見せずにただ彼女を見上げていた。
それを見てレミリアは感心したように息を吐く。
思ったよりも剛毅な性格な様だと。
あらゆる生物が怖れをなす吸血鬼を前にして、平常心を保っていられるのは称賛に値する。
「大したものだな侵入者よ」
レミリアが称賛交じりの言葉を掛ける。
「いともたやすく紅魔館へと侵入しただけでは無く、このレミリア・スカーレットを前にして平常を保つとは」
くくく、とレミリアの口から愉快そうな笑い声が漏れる。
「貴様の目的はなんだ? その態度に免じて話ぐらいは聞いてやっても構わぬよ」
対する侵入者は首を傾げ、しばしレミリアを見つめた後、幼い声でにゃぁぁぁっとそう答えたのだ。
それを聞いて、分かっているのだかないのだかそうかそうかなどと頷くレミリアをよそに、まだ幼い三毛の子猫がかりかりと後ろ足で頭を掻き始めた。
傍の花壇から適当に長い草を引き抜くこと一本。
それを子猫の前で振ってやる。
にゃ、にゃぁっと声をあげて、それをどうにか捉えようと手を伸ばす子猫にレミリアは邪悪な笑みを浮かべた。
「愚かな奴め、全ては我が運命の掌で踊っている事にいまだ気が付かぬか」
酷薄な笑みを浮かべたままレミリアは無慈悲に長い草を動かし続ける。
その軌道は複雑怪奇で、子猫の手は何度も空しく空を切り、それでもいまだ諦める事無く動いている。
「はははは、無駄だ。貴様の力ではこの私は倒せぬよ」
愉快そうにレミリアがそう呟いたその矢先に……
「んにゃ!」
偶然だが、子猫の手が草を捉えへし折った。
「………ふぇ?」
思わず間抜けな声を出して、レミリアは恥じる様に口を閉じる。
しばしの沈黙。
レミリアの苦い顔をよそに子猫はさらに地面に落ちた草に追い打ちをかけている。
「ふ、ははは……」
だがやがてレミリアから笑いが漏れた。
「やるではないか。少しばかり貴様を侮っていたようだ。
くくく、そうだな。少しばかり褒美をくれてやってもよいか」
パチンとレミリアが手を鳴らすとそこには既にそれが置いてあった。
それは皿に注がれた白い液体。
「ふむ……」
レミリアはそれに指を付けて一嘗め。
「咲夜は相変わらず良い仕事をするわね」
丁度、人の肌ほどに温められたミルクである事を確認するとそれを子猫の前へと置く。
「このレミリアの慈悲深さに感謝するがいい」
子猫は少しだけ匂いを嗅いだ後、猛烈な勢いでそれを嘗め始める。
それを見るレミリアの顔に再び傲慢な笑みが浮かんだ。
「浅ましいな、欲望まみれの貴様の姿、笑えるぞ。本当に貴様らは何時まで経っても変わらぬなぁ」
屈みこんで、日傘をくるくると回しながらレミリアはその光景を眺め続ける。
やがてミルクを飲み終えた子猫が再びレミリアを見上げてにゃぁぁと鳴いた。
それを見たレミリアは眉を顰める。
「ああもう、ほら、ぐしゃぐしゃじゃないの」
懐からハンカチを取り出して、子猫の口元に付いたミルクを拭ってやる。
こしこしと拭き取って手を離すと、くすぐったかったのか子猫がぷしんとくしゃみをする。
初めてレミリアの顔がゆるんで、馬鹿者が、と幼い笑みが浮かぶ。
それからくぁぁと自然に欠伸が漏れた。
「そろそろ眠くなってきたみたいね」
見上げれば太陽は燦々と光を放っている。
いつもなら眠っている時間。
ふと、レミリアが足元に感触を感じ見やると子猫が体を寄せていた。
それに対して、彼女はふっと力の抜けた笑みを浮かべる。
「もう行くがいい。貴様の姿も見飽きた。その滑稽さに免じて見逃してやってもいい」
立ち上がり蝙蝠の羽を広げようとするその足元に再び子猫が纏わりつく。
レミリアが困惑を浮かべて再びしゃがみこんだ。
「変な奴だなお前。私なんかに懐くなんて」
レミリアが手を伸ばすと子猫はそれに頬を磨りよせた。
「お前、一人なの?親とかいないの?」
子猫はただレミリアに体を摺り寄せている。
小さな体。軽くでも突けば簡単に死んでしまいそうな脆弱な存在。
守ってくれる者がいなければこの子猫はすぐにでも殺されてしまうかもしれない。
かつての自分の様にとレミリアは息を吐く。
あの時、自分には確かに守ってくれるものが居たのだ。
時には親として心を守り、時には盾として身を守ってくれて。
自分が傷つくのを厭わずに、ただ一人だけ最後まで味方であってくれた存在。
そんな彼女がいたからレミリアは今此処に存在している。
「おまえ、私の物になる?」
そんな言葉をレミリアが呟いた。
それ自体、レミリアは驚いていたが取り立てておかしいと思わなかった。
つまりは重ねているのだと、理解していた。
かつての自分の境遇と。あの時に自分を守ってくれた存在に、今度は自分がなろうとしているだけだと。
なあに、ちっぽけな子猫一匹増えたところで自分の暮らしは何一つ変わらないと。
「……世界は怖いわ。敵は恐ろしい。悪意は際限なく一切手を休めてはくれない。
お前の様なちっぽけな存在、たちどころに消されてしまうかもしれないでしょうね」
子猫は纏わりつくのをやめて、座り込んでただレミリアを見つめている。
「だから、家に来なさい。ただの一人ぼっちだと、そう言うなら私が受け入れてあげるから」
言い終えた言葉に反応するようににゃぁぁと猫は鳴いた。
だが、それは目の前の子猫ではない。
いつの間にかやってきたもう一匹の三毛猫。
なぁぁと応じる様に子猫が鳴いて、レミリアの下を離れてそちらへと寄っていく。
二匹揃って、レミリアを見上げる仕草がみょうにそっくりで、それが親子であると言う事を感じさせた。
レミリアは眉を下げた笑みでそれを見る。
「なんだ、いるんじゃないの」
吐きだした息には安堵と、少しばかりの寂しさが混じっていた。
心配の無くなったレミリアは立ち上がり、今度こそ蝙蝠の羽を広げる。
「じゃあね」
そう言って飛翔しテラスへと降り立つ。
見下ろした庭にはまだ猫の親子が残っていて、未だにレミリアを見つめていたがやがて門の方へと歩き出した。
親猫は子猫を守る様に、子猫は親猫に擦り寄って、仲睦まじく去っていく。
それを見届けて、レミリアは部屋に戻ろうと館の中へと入る。
ただ無言で歩を進め部屋に戻る途中に、不意に足を止める。
それは彼女の部屋の前だ。
今の時間はたしか、午後の門番業務に備えて休息を取っているはずだろう。
ノックもせずに部屋に入る。
「あら、お嬢様?」
ベッドに腰掛けて本を読んでいた美鈴へとレミリアは寄って行った。
そして、そのまま手を伸ばして、抱きついた。
「………おや?」
急な抱擁にさりとて驚いた様子もなく美鈴は優しく抱きしめ返す。
「今日は、随分と甘えん坊ですね」
「……いいじゃない。たまには……」
「はい……」
美鈴の心音。
それが心地よいとレミリアは思う。
「私は……あの時、心待ちにしていたんだ」
だれともなく呟き、そのまま瞳を閉じる。
思い浮かぶのは遠い昔。かつて存在していて、もう戻れない在りし日の思い出。
父の傍に控える、綺麗な紅い髪の女性。
態度こそ反抗していたが、それでも彼女が気になって仕方がなかった。
「母が出来る事、それに甘える事」
そんなささやかな願い。
心待ちにしていて、何度も空想で描いて。
でもそれからしばしの後、全てを失って。
世界は怖い。敵は恐ろしい。悪意は際限なく一切手を休めてはくれない。
そんな理を嫌と言うほどに理解させられたあの日。
「お前がいてくれたから……」
母が出来る事、それに甘える事。
そんな、本当にささやかな願い。
もう、叶わない夢。
でも、全てが叶わなかった訳ではない。
それが、こうしてレミリア・スカーレットが唯一、ただの少女に戻れる瞬間。
だた静かに、お互いに腕をまわして。
何をするでもなく、お互いを感じあって。
ただ、しばらくの間、そうしてどちらも動かずにいて。
開け放たれた窓から、心地よい風が吹いて、二人を包んでいる。
-終-
後書きの状況って門番機能してなくないだろうか
いい話でしたー
的なヲチで締めるのかなと思った
しんみりといい話でした
そしておまけの後日に笑いました。
って思ってたらなんていい話……
後書きで和んだwwっていうか顔がずれてるずれてるww
あwとwがwきw
マヨヒガからきますた
カリスマを発揮しつつも「ふぇ?」とか零したり、猫の顔を拭いてあげるレミリアが可愛くて良いですね。
そして後書きがまた……責任持って養うしかないね!
和ませていただきました。
そしてあとがきww
お嬢様のカリスマに惹かれたんですよwww