(お姉ちゃんの事なんてどうだっていいわ)
私は外に出かける準備をしていた。
(だってお姉ちゃんは私の事を絶対に理解してくれないから)
お気に入りの靴。お気に入りの服。
そして、お気に入りの帽子を被って。
いつも通り。
(お姉ちゃんの事を私はもう理解してあげれないから)
◆
いつものように出かけようとすると、お姉ちゃんが少し離れた場所からこちらを見ていた。
だけれど、悲しそうな顔でただこちらを見ているだけで近づいてこようとはしなかった。
その表情からは私への哀れみがひしひしと伝わってきて。
「… …」
でも、そんなことはどうでもよかった。
それよりも不思議だった。
私はただ楽しい事をしているだけなのにどうしてこの人はこんなにも悲しそうなんだろう、って。
分からなかった。
分かるつもりもなかったけれど。
そう思いながらお姉ちゃんの方を見ていると
「……い……」
なんて訳の分からないことをかすれ声のお姉ちゃんが言う。
それを見て、私は。
いっそ私の事なんて忘れてくれれば良いのに、と、思った。
私の事を忘れて、と、思った。
そうすればそんな顔をお姉ちゃんはしなくても済むのに。
そう思った。
私が第三の目を開けばそれで済む話なのだろう。
そしたら、お姉ちゃんがこんな悲しそうな顔を私に向ける事はなくなるだろう。
でもね、それはしないの。
絶対にしない。
ごめんね、お姉ちゃん。
だからいっそ私にはもう関わらずにいてくれたら、なんて思った。
私はどうしようとお姉ちゃんの心を受け入れないのだから。
◆
お姉ちゃんが私の方に手を伸ばす。
でも、その手は空を切り裂くだけ。
そして、悲しそうに俯くだけ。
そんな様子を私は見ていた。
でも、その時にはもう私はお姉ちゃんには見えていない。
お姉ちゃんの意識内から消えたのだ。
お姉ちゃんでもこうなったら私の事を意識することはできない。
こうすればどれだけお姉ちゃんが私を意識しようとしても、そのうち意識していた事も忘れる。
それでいいのだ。
第三の眼を閉じてしまった私にとって唯一気がかりなのは、あの悲しそうな顔。
あの顔以外は私の生活は楽しさだけが満ち溢れている。
ただフラフラとフラフラと一人遊歩していく楽しい日々が。
きっと楽しいのだ。楽しいという感情がどういったものかは忘れてしまったけれど、楽しい。
だから、第三の眼を閉じたことを後悔した事はなかった。
むしろこの選択は正しかった、と今も思っている。
私は私の意思でこの第三の眼を閉じたのだ。
それをお姉ちゃんにどう思われようが、私には関係がない。
……はずなのに。
どうしてこうも痛むのだろうか。
心なんて捨ててしまった筈なのに。
心なんて遠い昔に壊してしまったハズなのに。
我ながら矛盾しているなぁ。
なんて思う。
けれど、そんな気持ちはすぐ消えてしまう。
だけど、気にしない。
いつもの事だから。
それが悲しい事かなんて私にはよくわからない。
それも全部、全部捨ててしまったから。
そんな事を思いながら。
古明地こいしは今日もフラフラと放浪するのだった。
◆
あと一歩が踏み出せたら。
あと一歩が踏み出せたのなら、あの子とまた笑いあって話すことができますか。
そんな事をさとりは思う。
こいしが第三の眼を閉じたのは地底に来てすぐの事だっただろうか。
こいしが第三の眼を閉じてから数年が経つ。
それからというもの、どうもこいしに話しかけづらくなった。
どうしてこいしが覚の象徴である第三の眼を閉じる過程に至ったのかは今でも詳しくは知らない。
その時、わたしはそれを何も聞かずにいてあげることしかできなかった。
いや、何もしてあげられなかった。
第三の眼を、心を閉じてしまうような衝撃をあの子は受けてきたようだったのに。
その原因を推測することなど簡単なことのはずだったのに。
わたしはそれに何もしてあげられなかった。
癒すことも 慰めることも 諭すことも 感情をぶつけることもできずにただ見ていることしかできなかった。
◆
「お姉ちゃん、これ閉じちゃった」
地底に来てすぐのことだった。
笑顔でそう言った妹を見た時、わたしはどんな顔をしていたのだろう。
「嫌われることがないなんて素敵でしょ。もうだれも私を恐れないし嫌わないのよ?」
それにわたしは何も答えられなかった。
分からなかった。
こいしが近づいてくる。
「近づいて行っても……」
こいしの話は続いていく。
独りで話しているかのように。
違うのよ、こいし。
それは違うのよ。
「ねえ、お姉ちゃん。私の心を読んでみてよ」
それはわたしの台詞よ。
第三の眼を閉じないで。もう一度わたしの心を読んで、こいし。
「読めないでしょ?これでもうわたしのことを誰も理解できないわ。わたしのことを理解してくれる誰かなんて今まで一人もいなかったけどね」
それは違うわ。わたしがいるじゃない。今までもこれからもわたしがあなたのそばにいるじゃない。
そう言いたいのに思いは、言葉は口から飛び出してくれない。
「これで楽になったの」
「今、私はとても幸せな気分よ。こんな気持ちになるのは、はじめて!」
「だから、お姉ちゃんは……」
こいしが聞きたくもない言葉をどんどん口にしていく。
これではこいしと同じだわ、と思いながらも、耳を塞ぎたくなった。
そして、最後に
「……じゃあ、お姉ちゃん。またね」
そういって、こいしは部屋を出ていこうとする。
「こいし!!!」
ようやく出た言葉。やっとのことで出した言葉。
だけれど、いつのまにかこいしの姿はもう見えなくなっていて。
それでも、わたしはあの時こいしが振り向いた気がした。
◆
それからというもの、こいしとは一度も話せていない。
こいしから話しかけてることもない。
わたしから話しかける事も出来ない。
今日も話しかける事ができなかった。
はあ。ため息をつく。
後悔ばかりだ。
あの時、もう少し早く言葉を発する事が出来ていたのなら。
勇気を振り絞ることが出来ていたのなら。
そして、今もわたしは「一歩」を進めずにいる。
あの時と変わらないまま。
この数年こうやって何度も同じことを考えては結局行動できずにいる。
ごめんね、こいし。駄目なお姉ちゃんでごめんね。
駄目だと分かっているのに動けない駄目なお姉ちゃんでごめんね。
心の中でそう呟く。
でも、それも駄目なことだとわたしは分かっている。
あのこに、こいしに、向かってちゃんと言わなければいけない。
わたしにはその勇気がない。
でも言わなければ。
このままではこいしは本当に消えてしまうかもしれない。
今は話しかける事は出来なくてもこいしはここに帰ってきてくれる。
こいしを今はまだ見る事ができる。
だけど、もしこいしが帰ってこなくなってしまったら?
それだけは嫌だ。
それなら勇気を出して……。
でも、まだ怖い。
きっかけが欲しい……きっかけが……。
◆
―――灼熱地獄跡
ここがその名の通り灼熱の熱さであったのも今では昔の話だ。
今では他の地底の場所よりも少しだけ暑苦しく感じるだけの場所だった。
しかし、ここは今でも地底にとっては重要な場所である。
そこには地獄烏や火炎猫、他には火鼠などが暮らしていた。
まあ、地底にならどこにでもいる怨霊もいるのだが。
「ここはいつも熱いわね……」
古明地こいしは灼熱地獄跡にいた。
火炎猫たちが跳ねている。
地獄烏たちが鳴いている。
それを見るのがこいしは大好きだった。
「ふっふふーん♪」
鼻歌を口ずさみながら地底都市の最深部を目指す。
そこになにがあるという訳でもない。
ただ行ったことがないな、と思ってなんとなく行こうと思っただけである。
火炎猫が高い声で鳴いている。
地獄烏がバサバサと音を立てて飛び去っていく。
「そういえばいつも勝手に中庭の天窓が開いているけれど誰が開けていくのかしら。お姉ちゃんじゃないだろうしなー。むー」
そう考えながら歩いている内に終着点へとついてしまったらしい。
どうせこんな辺境のさらなる深いところだ。誰もいまい。
そう思っていたのにどうやら先客がいたようだ。
複数の妖怪が喋っている。
「いつになったらさとり様と会えるんだろう」
「さとり様は何しているんだろうねぇ」
「今日も地霊殿に行ってきたよ。寂しそうな顔してた」
姉の名前だった。
どうして姉を知っているのだろう。
「あなた達だあれ?」
こいしが突然彼女らの視界に入り尋ねる。
それに驚いたように
「「うわあっ」」
鳥と猫と思われる二匹の妖怪が仰け反る。
「び、びっくりしたー」
「ごめんねごめんね」
お姉ちゃんを知っていることぐらいは当り前か。
だって地霊殿はこの真上に在るんですもの。
「私は古明地こいし。この上にある地霊殿に住んでいる者よ」
鳥妖怪が不思議そうな顔をする。
「えっ、地霊殿に?私、地霊殿に毎日行っているけれどあなたを見た事はないような……」
「地霊殿に毎日?」
ああ、成程。中庭の天窓を開けていくのはこのこたちだったのね。
猫の妖怪が突っ込みを入れる。
「それはあんたが鳥頭だからでしょ!」
「えー、本当だって!このこをみるのは今日が初めてよ!」
率直な疑問を訊いてみる。
「地霊殿に何をしに来ているの?」
「仕事でね。さとり様に命じられてこの地獄の温度が必要以上に上がらないように調節しているんだ……そのさとり様には一回しか会ったことがないんだけどね」
「お姉ちゃんなら毎日地霊殿にいるわよ?」
「いるにはいるけれど……私たちはさとり様を遠くで見ることしかできない」
「話しかけようとは思わないの?」
「話しかけても気づいてくれないだろうし。あの方はただいつもじーっとある部屋を見ているだけ。ずっと毎日いつもいつも。私があの方を見かけるときはいつだってそうよ」
もしかして……お姉ちゃんは私が瞳を閉じてから誰の心も読んでいないのだろうか。
誰にも会わずに、誰とも喋らずに一人、ただ一人あの広い館で、私の部屋の前で……。
何よ、それ。
それなら、それなら、私より酷いじゃない!!!
私は眼を閉じたけれど『関われる』よ。誰かと関わろうとしているのよ。なのに、眼を開いているお姉ちゃんは誰とも会わずに?
眼を開いているのに誰とも会わないなんて、閉じているのと同じじゃない。
開いたままでは乾いてしまうわ。お姉ちゃんだってもう「覚」じゃないじゃない。
なら、どうして私にあんな悲しそうな目を向けるの?どうして?
ただ一人を待ち続けているの?我を忘れるほど恋しいの?私しかいなかったの?
……でも、私はそれに応えてあげられないのよ。
「……お姉ちゃんと喋れなくても平気なの?」
二匹の妖怪に問う。
「最初はお話したりしたかったよ。でもね、あの方の寂しそうな横顔にわたしは見惚れちゃったんだ」
「あたいもそう。」
もう一度問う。
「……寂しくはないの?」
「……寂しいよ。でもね、さとり様は『私たちは家族よ』って言ってくれたんだ。そういって抱きしめてくれたんだ。だから、大丈夫」
「見ているだけっていうのは辛い。あたいたちからは見えているのにあの方からはあたいたちは視界にすら入っていない。でもね、あたいたちはもうあの方の御姿が見れるだけでいいんだ」
ああ、同じなんだ。このこたちとお姉ちゃんは同じなんだ。
お姉ちゃんと同じように恋してしまっているんだ。我を忘れてしまっているんだ。
私には一生分からないよ。解りたくもないよ、お姉ちゃん。解らなくていいよ。
このこたちはこんなにもお姉ちゃんのことを思ってくれているのに、どうしてお姉ちゃんは気づいてあげないの?
私は気づいてるよ。気づいていてお姉ちゃんを、古明地さとりを放置しているのよ。
私はもう何も感じない。このお姉ちゃんへの哀れみ、怒りだってすぐ消えてしまう。
もう私にはあんなお姉ちゃんを受け入れる事はできない。
私には無理なんだ。救う気すらない。
だけど、この子たちならお姉ちゃんを救ってくれるかもしれない。
だから、私は一つの提案をする。
「良い事を思いついたわ!あなたたちがお姉ちゃんに見てもらえる方法」
二人が明らかに疑問そうな、しかし期待に満ちた目で私を見つめ返してくる。
話をしようとした時、ぺろぺろ。
いつのまにか私の足もとに一匹の猫がいた。それを抱きかかえこう言う。
「とりあえずこの猫さん、借りてもいい?」
◆
どうやらこいしが帰ってきたらしい。
今日のこいしは上機嫌だ。何かいい事でもあったのかしら。
……今がチャンスではないか。
古明地さとりは妹と話すために動く。
こいしが上機嫌に自分の部屋に向かっていく。
それを呼び止めようとするけれど、いつも通りだ。
声が出せない。
でも、今日の私は一味違う。
さあ、勇気を振り絞って言うのだ。
「こ……い……し……」
声が出ない。
やっとのことで出した声もかすれ声だ。
当り前だ。あれから一度も喋っていないのだ。
「(独り言でもいいから口に出しておけばよかったわ……)」
こいしはわたしに気づいていないようで通り過ぎていってしまう。
まただ。また今日もこいしに気づいてもらえなかった。
呆然として座り込んでしまう。
このまま、結局こいしに話しかける事もできずに終わってしまうのだろうか。
と、そんな時。不安になっているわたしの頭に何かが覆いかぶさってくる。
ふもふもした毛。尻尾。これは?
「……猫?」
どうやら猫が迷い込んでしまったらしい。
こいし以外の生き物を見るのもあの時以来だ。
「あなた何処から来たの?」
すると、猫はみゃーっと鳴き体を摺り寄せてくる。
心を読んでほしいのかしら?
……わたしは今、心を読むことができるのかしら。
そこで気づいてしまう。
こいしとわたしは変わらないんじゃないかって。
ここ数年、引き籠もっていて誰とも会わなかった私と第三の眼を閉じってしまってはいるけれど誰かと関わっているであろうこいし。
何も変わらないじゃないか。これではこいしの方がまだましではないか。
気づかせてくれてありがとう、猫さん。
猫にこう語りかける。
「もしも、もう一度心を読むことができるのなら。読ませて、あなたの心を!」
猫の考えていることを読むことが出来た。
さとりの顔が驚きに変わる。
そして、泣いてしまう。
「そう……あなた、こいしが連れて来たのね……こいしが」
ありがとう、猫さん。あなたのお陰で勇気が湧いたわ。
そこで良い事を思いつく。きっかけだ。
さとりは猫にこう提案する。
「ねぇ、あなたここに住まない?」
◆
今頃、お姉ちゃんはあの猫さんとお話しているはずだ。
そうして生き物との関わり方を思い出しているはずだろう。
あとは、お姉ちゃんをあの子たちと引き合わせるだけ。
そうすれば、お姉ちゃんは――。
そして、私も――。
◆
――翌日。
さとりは猫を抱えてこいしの部屋へ向かう。
今日こそこいしと話すのだ。
今日は昨日とは違う。頼もしい仲間もいる。きっかけもある。
「こいし!」「お姉ちゃん!」
さとりはそれに驚いてしまう。
声をかけようとしたら、同時にこいしが声をかけてきた。
ここ数年間、まるでわたしが視界に入っていないようだったこいしが、だ。
こいしの後ろにはわたしの知らない二匹の妖怪がいた。彼女たちは誰なんだろう。
「先に話してもいい?」
こいしが訊いてくる。
「え、ええ」
一体どうしたのだろうか。身構える。
「あのね、お姉ちゃんに紹介したい子たちがいるの。紹介するね、こちらが燐。そして、こっちが空」
その二匹が私の顔を見て泣きそうになる。しかし、私には彼女たちに泣かれるような覚えがない。
「この子たちは一体?」
こいしに訊いてみる。
すると、こいしは優しい声で、けれど厳しい口調でこう言った。
「お姉ちゃん、この子たちの心を読んであげて。そうすれば思い出すだろうから」
一体何を思い出すというのだろうか、しかし心を読んでみる事にする。
見えたものは……想い出。
この子たちがいつも私を見ていたこと。
この子たちが私を心配してくれていたこと。
そして、わたしと初めて出会ったときの――!
体が震える。わたしは何と言う事をしてしまったのだ。
どうして、覚えていなかったのだろう。どうして忘れてしまっていたのだろう。
――家族になりましょう。
そう言って手を差し伸べたのは一体誰だったか。
――わたしがあなたたちの主人よ。たった一人のあなたたちの。
そう言って抱きしめたのは一体誰だったか。
「この子たちのお陰でね、私たちはこれまでここにいられたんだよ。お姉ちゃん」
こいしがそう言って、わたしの肩に手を置く。
涙が出てくる。思わず顔を隠す。
「ごめんなさい。ごめんなさい……!」
「謝る前に、さ。あの子たちとお話してきなよ。きっとあの子たちもお姉ちゃんと同じ気持ちだよ」
顔を上げてお燐とおくうの方を見る。
二匹とも泣いている。
「お燐、おくう……」
「さとり様!」
「ああ!」
ガバッ。二匹が飛びかかってくる。
そして、その重みに耐えきれず三人まとめて倒れてしまう。
こいしがあははは、と笑う。
お燐とお空も笑う。
わたしも笑う。
そして、笑いが完全に消え去った後。私は倒れたまま、お燐とおくうに話しかけた。
「今まで本当にごめんなさい。あなたたちを、あなたたちを家族と言ったのに!それを忘れてしまうなんて……主人失格ね」
「そんな事はもういいんです……!さとり様は大事な主人です!私たちの」
「今までのことを許してくれるの……?」
「今までも何もさとり様はまだなにも酷いことをしてないじゃないですか」
「大事なのはこれまででじゃなくてこれからですよ。ね、おくう」
「うん。さとり様、もう一度作っていきませんか?家族の絆を」
お燐とおくうがそういってさとりに微笑みかける。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ありがとう」
◆
そんな感動的な場面を見て。
古明地こいしは姉に手を差し伸べてこう言う。
「良かったね、お姉ちゃん」
お姉ちゃんがその手をとって立ち上がると、私に抱きついてくる。
「あなたのお陰であの子たちとまた出会うことができたわ。ありがとう……こいし」
何も感じない。
「うん、だから――私の事はもう忘れようね」
お姉ちゃんがさっきまでと同じ悲しそうな顔をする。
その顔を見て私は決心がついた。
ああ、きっと不安だったのだ。心配だったんだ。だから、私はお姉ちゃんの心から完全に私のことを抑圧させることができなかったんだ。
でも、もう大丈夫。お姉ちゃんにはお燐やおくうがいる、私以外の家族がいる。
それにね、私がいるとまだお姉ちゃんは悲しそうな顔をする。
家族の前でそんな顔をしちゃダメだよ、お姉ちゃん。
だから、私は、お姉ちゃんの心から、私のことを抑圧させる。
お姉ちゃんに無理矢理私へのトラウマを植えつける。
それに気づいたさとりがこいしを説得しようとする。
「こいし、やめて!わたしはあなたのことも――」
それを言わせる前に無理矢理抑圧させてしまう。
これでいい。
「おくう、お燐、それにそこの猫さんも。あなたたちも私のことを忘れてね。思いだされると困るから……お姉ちゃんをよろしくね」
「こいし様!」
おくうたちの心からも私のことを無理矢理抑圧させる。
お姉ちゃんたちが起きた時にはお姉ちゃんたちは私に関する情報を全て忘れているだろう。
私が『いなかった』という事実。これによって全てが元通りになる。
おくうやお燐は最初からここにいた。お姉ちゃんはペットに優しいとてもいい主人だった。
『私』という存在はいなかった。私の部屋も当然なかった。
だから、お姉ちゃんたちからはあの部屋の扉は壁にしか見えなくなるだろう。
寂しくなんてないよ。
これで、これで、全てはHAPPY ENDだから。
タグの『捏造過去話』を深読みして、ここからさとり様の姉力を甘く見ていたこいしちゃんのお話、
みたいな続きがあっても良いと思うし、このまま完結しても良いとも思います。
作者様の意図とは違うかもしれませんが、色々考えさせられるお話でした、
と言えばいいのかな? 散漫な感想で申し訳ありません。
古明地姉妹間のコンプレックスに焦点を当て、自らを抑圧しながら生きる古明地こいしのランデブーに、えもいわれぬ狂気を感じ取り、背筋の凍る想いがしました。本作中で一番「抑圧」されているのは古明地こいしの「自我」なのでしょう。彼女の<<意識>>のもがき――必死に外とのつながりを求めてあがく姿を高みから嘲笑する<<無意識>>が、その玉座から引きずり降ろされ、いつの日か真なる所の和解に辿り着けることを切に希います。
さて、是非言わせて頂きたいことがあります。本作品、文意も分かりやすく概ね良いと思うのですが、惜しむらくは所々に、苦し紛れとおぼしき「逃げ」があるように思われます。一番はやはり「HAPPY END」「防衛機制」という言葉で、それによって全てを片づけようとしていませんか。あと、是は私の専門ではないのでちょっとあやしいのですが、「抑圧」=「忘れる」ということも、ちょっと安直すぎる気がします。<<抑圧>>された意識は、何らかの形で外へ出ようともがくのではなかったでしょうか。
蓋し、この作品の本懐は、古明地こいしという無意識の実存と、古明地さとりという我々の存在の間における、きつきつのせめぎ合いがいったいどこへ向かうのか、それではないでしょうか。真の意味での「HAPPY END」とは何であるのか、その答えを、貴方自身が十分にお持ちでないように思われます。
とまれ、大変に示唆的で引き込まれる作品でした。ぜひ、これからも宜しくお願いします。ではまた。
自分はアドバイスとかはできませんが、すごく良い話でした
ただ、これで終わってほしくないですね、是非とも続きが読みたいです
≫コチドリ様 いえいえ、貴重なアドバイスとご感想ありがとうございます。
「捏造過去話」はこれからも書いていこうと思っていますので、この話の続き(というよりは完成体)もいつかは書けたらな、と。
色々考えさせられるお話……とても嬉しいです。
まだ未完成という少し壊れた作品でしたが読んでいただきありがとうございました!
≫ 不動遊星様 「逃げ」、ですか。確かにそうですね。
「防衛機制」に関しては確かに逃げでした。また、「抑圧」に関してもどうやら間違いだったようで……。
抑圧された記憶は、自我に有害ながらも何らかの形ででてくるようです。完全に無意識にとどまる(=忘れたままの)ケースもあるようですがこの話の場合、さとり様は何故かはわからないけれど「胸に穴があいているような錯覚を覚えている」ので、いつかはその得体のしれない恐怖にもがき苦しむことになるでしょう。こいしはそんなことを望んでいなかったというのに。
『HAPPYEND』の答え。はい、図星です。
恥ずかしながら私自身まだ答えが見つかっておりません。
こいしちゃんにとっての『HAPPYEND』を書いたつもりでしたが、それは果たして本当に『HAPPYEND』だったのか。
ここまでありがたいアドバイスと詳しい感想をいただけたのは初めてなので非常に感動しております。目から鱗でした。
こちらこそ、これからも宜しくお願いします!
≫12様 古明地姉妹は切ないです……切ない古明地姉妹をもっと書いていきたいです。
読んでいただきありがとうございました。
≫13様 感動だなんて……!お読みいただきありがとうございます。
あなた様の心に何かを残すができたのなら、幸いです。
続き……ですか。
構想がまとまり次第、書いてみようかと思っております。
では、お目汚し失礼しました。
【追記】 先日、アリス装備で地EXをクリアしてきたのですが『覚は無意識に気づかない』……。
気づくことができない……。さとりはこれから先、ずっとこいしのことを思い出さない可能性の方が高くなってしまった。抑制は無意識。人間が抑制したものは出てくるかもしれないけれど。さとりは違う。
さとりは無意識を感知できない。つまり無意識の想い出は二度と出てくることはないのでしょう。
自分の行動の無意識には気づくことができるのか、そこが重点だ……。
本当の意味での『捏造過去話』になってしまった……。