「…こ…子供を作らないか」
「えひぇっ!?」
勇儀の告白に奇声を上げたのは、その告白を受け取ったパルスィではなかった。
紫が後ろを振り向くと、霊夢が両手を口にあて、「やだ嘘マジ!?」みたいな顔をして顔を真っ赤に染めている。
その様子を見た紫は、クスクスと笑った。
互いを見つめあう勇儀とパルスィは、そんな外野の事には、もはや全く関心がない。
勇儀はただただパルスィの反応が気になっているし、パルスィは勇儀の言った事で頭がいっぱいだった。
紫の肘を、霊夢がツンツンとつついた。
「ねぇ、ねぇ…」
「何?」
まだゆでダコ状態になっている霊夢は、定まらない視線で、口をアワアワさせている。
子作りというただそれだけの言葉が、霊夢の未成熟な精神に深刻な障害を引き起こしていた。
「いや、て言うか…できるの?そ、そんなこと…。だってあいつら、二人とも女じゃん…」
紫は、その疑問を軽く笑い飛ばした。
「博麗の巫女たるあなたが常識に囚われていて、いったいどうするの。妖怪にとって見かけの性別なんて何の意味もないのよ」
「そ、そうなの。…え?で、でもどうやって…」
「やだ♪霊夢のえっち♪」
「う、うるさい!!」
「ああ痛いわ。退魔針を刺されると、とっても痛いわ。…だから、常識に囚われるなと言っているでしょう?どうにだってなるの。例えばね、子供を作りたいと思う二人が、静かな夜に一緒に並んで眠りにつく。それで十分なのよ。翌朝二人が目を覚ますと、いつの間にか、二人の間には小さな命が芽生えている…。そういうものよ。もちろん、人間の真似事だってできるけれど」
「へぇ…べ、便利なのね」
紫はその美しい顔にかすかな不安を浮かべながら、まだ硬直したままの勇儀とパルスィを見つめる。
その紫の顔は霊夢にとってもあまり見たことの無い表情で、つい、それ以上は声をかけられなくなってしまった。
「これで上手くいけばいいのだけれど…」
紫の瞳の奥では、今も様々な未来が複雑に絡み合っている。
「水橋パルスィに会いに来たんだが、あんたの事かい?」
パルスィは久しぶりに誰かから声をかけられたのだが、だからといってそれが嬉しいわけではない。
何も答えず、声の主に気怠げな視線を向けた。
面倒くさそうな相手ならば、他人を装うつもりでいる。
体操服にスカートという奇妙な出で立ちの大女が、パルスィを見下ろしていた。
背中の中程まである長い髪は、少しボサボサであまり手入れはされていないようだが、美しい金色をしている。
けれどなにより、彼女の額から突き出た赤い角がパルスィの目を引いた。
「あんた、鬼か」
「そうだ。星熊勇儀という」
妖怪付き合いの少ないパルスィにも、その名前には聞き覚えがあった。
怪力無双を誇る鬼達の中でも、更に飛び抜けた強さを持つ鬼。
旧都自警団の長の名もまた、星熊勇儀である。
こいつがそうかと、パルスィはマジマジとその顔を見た。
その顔には、自信に満ちた自然な笑みが備わっていた。
パルスィにはそんな笑顔はできない。
「…ああ、妬ましい」
「うん?」
日陰者のパルスィにとっては、騒がしくて目立ちたがり屋の鬼連中は、あまり関わりたく無い相手である。
とは言え、鬼は嘘を嫌うと昔から言われている。
他人のふりをするのはあまり良い選択だとは思えなかった。
しぶしぶ、自分の名を名乗る。
「…パルスィは、私だけど」
「おお、そうか、あんたがパルスィか」
すると勇儀は、笑み強くしてパルスィに握手を求めた。
パルスィは差し出された手を怪訝に見つめる。
「…何?」
「握手だよ」
「そりゃ分かるけど。なんであんたと」
「初めて会うんだ。まずは挨拶だろう」
「いやそうじゃなくて…」
挨拶も何もさっさと何処かへ行っとくれ、というのがパルスィの本音なのだが、鬼族は腕っ節において随分と格上の相手である。
星熊勇儀に関しては無法者だという評判は聞いていないが、あまり機嫌を損ねられたくはなかった。
しかたなく、差し出された手をおざなりに握り返す。
「…どうも」
「よろしくな!」
勇儀は、子供のように明け透けな笑顔で笑った。
一応の礼儀としてパルスィもかすかに口の端を上げてやったが、ほとんど無表情である。
呑気そうに笑う勇儀の顔を眺めながら、腕っ節に反比例して頭はヨロシクないに違いないと、パルスィは鼻で笑った。
「…で、こんな処まで、何か?」
二人が立っているのは、旧都の外れにある半丁ほど長さの古い木造橋の中腹。
古いというより半ば朽ち果てたその橋体は、旧都の明かりに照らされて、地底の闇の中にぼんやりと浮かび上がっている。
川の流れる音は聞こえるが、川面は暗闇の中に沈んでしまっている。
「あんたに会うためにきた。パルスィ」
勇儀がさらりと述べたその答えは、パルスィにとって全くの予想外であった。
「…よくわからないんだけど」
「そのまんまの意味だがね」
嫉妬心を操るという能力は、サトリと同様に地底世界でも忌み嫌われている。
さらに、もともとヒネていた本人の性格も相まって、今やパルスィによりつく者はほとんどいない。
「私に何か用事でも?」
「む…」
勇儀は少しの間、ボリボリと頭をかきながら言葉を探していた。
「パルスィは橋姫で、前は人間だったんだろう?」
「…そうだけど」
「どんな妖怪なのか、会ってみたくてね」
勇儀は、何故か照れている。
「…ああ、そう…こんな妖怪だけど」
パルスィにはさっさと帰ってくれという気持ちしかなく、わざとらしく、ピンと両手を広げて体をよく見せてやった。
勇儀は、そんなパルスィの仕草を見て少し笑った。
「いや、見てくれがどうだというわけじゃあないんだけれど…。まぁでも…」
勇儀は、パルスィのつま先からとんがった耳の先まで、ゆっくりとその姿を観察していた。
「…いつまでみてんのさ」
何でもないと思っていたが、さすがにジロジロと見られると地底の闇に消えかかっていた感情が、わずかに蘇った。
つまりは、恥ずかしい。
勇儀は、へぇと笑った。
「嫉妬狂いだと聞いていたから、ひょっとして随分な醜女なのかと思ったんだけど…。なんだ、べっぴんさんじゃないか」
器量良しと言われて悪い気はしないが、パルスィには勇儀の言い方が鼻について聞こえた。
「そりゃどうも。…これで用事はすんだのかしら」
「すんだっちゃあ、すんだんだけど」
勇儀は腕を組んで何事か唸った。
「パルスィや、私の名前は覚えているかい」
「さっき聞きいたばかりじゃない。星熊、勇儀」
パルスィは馬鹿にしているのかと思いながら、苗字と名前を意識してわざわざゆっくりと言ってやった。
勇儀は満足そうにうなずいた。
「うん、うん。勇儀と呼んでおくれ」
「ああ、そう…」
「今日の所はこれで帰るよ。いきなりですまなかったね」
「そう」
勇儀が何をしにきたのかパルスィにはさっぱり分からなかったが、特に興味も無い。
「さよならだパルスィ。またな」
「さよなら」
パルスィは、わざと名前を言わなかった。
勇儀は時々振り返ってしつこく手を振りながら、と橋を離れ旧都の明かりの中へ消えていった。
「…またな、って言われても」
次に来たときはハッキリと追い返すべきだろうかと、パルスィは迷った。
鬼が素直に言う事を聞くのだろうか。
何はともあれ、パルスィはやっと戻ってきた静かな時間に安堵した。
橋の手すりに背を預けると、古くなった材木がギィと小さな悲鳴を上げ、そのわびしい小さな音が、パルスィには心地良かった。
そうしてパルスィは目をつむり、再び地底の闇の中に沈んでいった。
パルスィの前を一人の妖怪が横切る。
パルスィはあい変わらず橋の手すりに背をあずけ、目をつむっている。
橋を渡る妖怪は、パルスィには一目もせず、ただ歩いてゆく。
パルスィと地底世界の妖怪との関わりは、概ねこのようなものだ。
他と関わりを持ちたがらない妖怪は、この地底には多くいる。
一人でいたいやつの事は、一人にしておいてやれ。
それは、忌み嫌われた者達が集う地底世界の、孤独な連帯感である。
そうであれば、昨日の勇儀の行動は、幻想郷的に言っても実に空気を読まない行動と言えた。
「…鬼ってやつは…」
暗闇に浮かぶ橋の上で、パルスィは独り、毒を吐いた。
外の世界にいた頃から、パルスィは鬼達の事があまり好きではなかった。
いつも楽しそうに馬鹿騒ぎをして、粗野で、闘争を好む野蛮な連中。
人の暗い性を体現したかのような存在である橋姫にとっては、種族的な性分からして、好きになれない。
決定的にパルスィが鬼達を嫌悪するのは、彼らの多夫多妻という文化だ。
闘争を好み、日々死戦に浸かる彼らは、当たり前のように次々と死んでいく。
次々と死んでいくのだから、次々と生まねば滅ぶ。
戦いを好む鬼、という種族の進化の過程では、多夫多妻を望まぬ者達はだんだんと淘汰されていった。
人間としても橋姫としても、パルスィにはその鬼達の倫理が受け入れられない。
たった一人の男だけをひたすらに想い、そのあまりの愛憎から鬼女となったのがパルスィなのである。
その心情は、互いにけっして理解できないだろうと、パルスィは思っていた。
あらためて昨日の事を考えていると、パルスィはだんだんと腹が立ってきた。
自分は見世物になったのだろうと感じる。
待ちの外れに橋姫がいるらしい。変わった奴だよ。どれちょいと見物しにいくか…。
そんな風に考えてやってきたに違いない。
ああ、妬ましい。
パルスィは勇儀の顔を思い出して、憎々しく思った。
「次に顔を見せたらどうしてやろう」
毒づきながら橋の手すりを蹴った時である。
視界の端っこ、旧都の街明かりを背にして、金色の何かが揺れた。
おや、とそちらに目をやって、そしてパルスィは呻いた。
「最悪…」
星熊勇儀がこちらに歩いてくる。
別れ際の口ぶりからして、またいつか来るかもしれないとは思っていたが、昨日の今日である。
勇儀は今日も鬱陶しい笑顔を顔にはり付け、あまつさえ手を降っていた。
舐められているのだろうかという怒りはあるが、消極的で受身になってしまっているパルスィは、結局二人の距離が手の届く近さになってなお、勇儀の出方を伺っているだけだった。
「こんにちは。パルスィ」
握手は求められずにすんだ。
「…えぇ」
「パルスィはいつもここにいるんだな」
そう言いながら、勇儀はパルスィと同じように手すりに背を持たれた。
体格が良いためか、いつもより盛大なギギィという音が鳴る。
そのまま折れてしまえ、という切実な思いは残念ながら通じなかった。
パルスィは二人同じ姿勢で並んでいる事が大いに気になったが、姿勢を変えるのはさすがにわざとらしいかと思い、そのままでいた。
「まぁ…そうだけど」
「橋姫だから、橋が好きなのかい」
「そうでもないけど」
「違ったか」
「まぁ」
「そうか…」
なぜ橋にいるのか説明してやれば会話は続くのだろうが、パルスィにはそれをしてやる義理は無いのだ。
パルスィが黙っていると、勇儀はそんなパルスィに気付いたようで、少し困ったように、弱々しく笑って言った。
「…迷惑か」
ああそうさ、と断定して突っぱねられないのが、パルスィの性格的な弱さである。
そしてまた、自分の感情を理解されると、つい口を開いてしまうのが、パルスィのような孤独な日陰者の悲しい性だった。
「…あんたは私を笑いにきてるんだろう。ここを見世物小屋だろうと思ってるんだろう。ああ妬ましい、忌々しい」
「ま、待ってくれ。なんでそうなる」
勇儀の顔から全く笑みが消えて、訳が分からないという表情がそこに現れた。
「それ以外に理由があるもんか」
「あるさ、あるとも」
パルスィは自信たっぷりにそう答える勇儀が、またしても鼻もちならなかった。
勇儀はパルスィの目をまっすぐに見て、言った。
「あたしはな、お前さんと仲良くなりたいんだ」
勇儀は笑いもせず、困った顔もせず、真顔でそう言いはなった。
パルスィはそれを笑い飛ばした。
「…つまらない嘘はやめてよ」
「おいおい」
パルスィの嘲りに、間髪いれずに勇儀が声を上げた。
勇儀は背もたれをやめて、パルスィの前に腕を組んで、直立した。
パルスィの頭一つか二つ分たっぱが大きい勇儀である。
そうやって不機嫌そうな顔で見下ろされると、かなりの威圧感があった。
「な、なにさ」
勇儀はパルスィにずずぃと顔を近づけて、言った。
「鬼は嘘をつかん。隠し事も謀り事もしない。知っているだろう」
鬼にそう迫られては、その言葉に反抗する勇気はパルスィには無い。
「じゃ、じゃあなんでよ」
「ん?」
「なんで私なんかと仲良くなりたいのよ。言ってみなさいな」
「…なんなんだ。あたしがあんたと友人になりたいというのが、そんなに不思議かい?」
「ええそうよ。私は星熊勇儀が旧都にいると聞いても、会いたいなんて思わない」
「そ、そうか…」
勇儀が明らかに傷ついた顔をしたが、そんな事はパルスィにはお構いなしである。
パルスィは、これで自分の意思がはっきり伝わったはずで、勇儀は退散するだろうと思った。
だが、勇儀はまだ諦めていない様子で、顎に手をあてて少しの間、何事か考え込んだ。
それからポツリと、勇儀が言った。
「あたしは鬼連中の中でも特に人間が好きでな」
「は?」
「あたしらの歴史は人間達との戦いの歴史だった。力は弱っちいくせに、すごく賢くてとてもひたむきで、ずーっとあたしらと戦ってきた。だがそういうやつは、ほとんどいなくなってしまった。そういう時に、私はお前さんの話を聞いた」
勇儀はまるで古い仲間との思いでを語っている様に、楽し気に話す。
けれどパルスィにとってはあまりにも唐突すぎる話である。
「いや、意味がわからないんだけど…」
「お前さんは男にフラれて、その怨みで鬼女になってしまったんだろう?」
「…そうだけど」
パルスィが頷くとと、勇儀は突然顔を輝かせて大声で言った。
「それって、とっても人間らしい在り方じゃないか!」
「はぁ!?」
「たった一人の相手を、愛して愛してとことん愛して、鬼になるくらいに愛して…くぅっ、あたしは感動しちまったよっ」
「…ああ、そう」
勇儀は感極まった様子で拳を握り、顔面の各所に皺をよせていた。
だがそれとは対照的にパルスィの気持ちは冷め切っている。
パルスィは思う。
所詮こいつは他人事で、話のおもしろい部分だけをとらえて勝手に楽しんでいるだけなのだ。
悲恋話をそんなふうに語れるのは当事者じゃないからだ。
パルスィは久しぶりに腹を立てていた。
その感情を隠しもせず、言う。
「何がそんなに楽しいのかしらないけどさ。馬鹿にするんじゃないよ。良いことなんて一つもありゃしない。好いた男に捨てられた悲しみと苦しみ、あったのはそれだけさ。あんたは私がそうやって苦しんだ事がそんなに楽しいのか。ああ、妬ましい、妬ましいね」
そう言うパルスィの瞳は、人間ならば震え上がってしまうほどの、不気味なおどろおどろしい緑の輝きを放っていた。
だが勇儀は、その瞳を真正面から捉え、黙ってパルスィの静かな怒声に耳をかたむけていた。
パルスィが話終えると、勇儀は言った。
「そうだったね。お前さんは、苦しんだんだ。すまない。けれど…一人の相手を想って鬼にまでなってしまうあんたの心は、やっぱり本当に美しい」
勇儀は切々と語った。
「それは…私ら鬼にはけっして無いものだ」
その勇儀の言葉は、不思議とパルスィの心を揺さぶった。
生前は嫉妬深い女と惚れた男に蔑まれ、死後鬼となってからは、嫉妬深い鬼女として、誰もかれもから忌み嫌われてきたのだ。
そういうパルスィにとって、自分の性質を「美しい」と肯定されたのは、全く初めての経験だったのだ。
パルスィは枯れ錆びたはずの自分の心に、心地の良い何かが流れるのを感じた。
後にこの時を振り返って、パルスィ自分は嬉しかったのだと知るのだが、今はまだ、自分の気持ちを理解できていない。
わけがわからず、苛立だけが溜まっていった。
「はは、まったく、本当に反吐がでる。一体何が美しいものか。人間達が、いやそこらの妖怪もだ、そのお美しい心の持ち主をなんと呼ぶか知っているかい?」
パルスィはかぶりをふって言い放った。
「気狂いって呼ぶんだよ!」
だが、勇儀は
「でも…」
と、落ち着いた声で言う。
「他の奴らはどうかしらんが。あたしはそうは思わない。あたしが鬼だからなのかもしれない。でもとにかく、今お前さんの目の前にいるこのあたしは、お前さんの心がとっても好きだ。だからあんたに会いにきたんだ」
パルスィには目の前の勇儀が考えている事が理解できない。
それがパルスィの心の中で勇儀に対して壁を作ってしまっている。
「美しいだのなんだのと言ってくれるけど、私はその美しい心のせいで鬼になって、他人の恋路や幸せを呪って呪ってブチ壊しまくったのよ。そのどこが綺麗な心なの」
パルスィはなんとか勇儀の言う事を拒否したいのである。
それは、忌み嫌われ続けた孤独な心に備わってしまった、好意に対しての悲しい怯えなのかもしれない。
けれど勇儀は、そんな事お構いなしにパルスィの心へ近づこうとする。
「橋姫とはそういう妖怪なんだろう。綺麗も何もない。けど、そういう風に言うということは…パルスィは自分の行いを後悔しているってことなのかい?」
「まさか!楽しくて楽しくてしかたなかったね!」
そう笑ってみせるのは、自分の心の残酷さを見せつたいがための嘘だった。
後悔したことなどないが、かといって楽しいと思った事などもない。
ただただ妬ましくて、そうするしかなかっただけだ。
自分はそういう妖怪なのだから。
「なら、いいじゃないか。パルスィは橋姫で、橋姫はそういう妖怪なんだから
「…!」
「あたしも、戦い好きな性分で多くの人間を殺してきた。そういうものだろ」
そういって勇儀は笑ったのだ。
パルスィは次に言うべき言葉が浮かばなかった。
心の中をまた、今まで感じたことのない奇妙な…むずがゆいような感情が、駆け巡っていた。
妖怪になってからずっと、人からは恐れられ、陰陽師には殺されかけ、この地底に来てからは、周りの無関心という寂しい安心を手に入れた。
そんなパルスィが、初めてありのままの自分を受け入れてくれる者にであったのだ。
喉が、カラカラに乾いていた。
「あんた…何なの?」
頭に浮かんだ事をただ言っただけの、かけらも整理されていない質問。
けれどこれまででもっとも素直な言葉である。
勇儀は少しだけ考えてから、にこりと答えた。
「パルスィと仲良くなりたい、星熊勇儀さんだよ」
仲良くなりたいという言葉には、それでもやはり抵抗があった。
そんな言葉は、パルスィにはどうしても嘘の塊に見えてしまう。
凝り固まったパルスィの心が、どうしても壁を作る。
「…残念だけど、あんたがえらく気に入っている美しい心の人間は、もう死んでしまったんだよ。もう今の私は…彼女とはまったく違う」
だが勇儀は、あっさりとそれを打ち砕いていく。
「そうかもしれないが、パルスィ。あたしは今のお前さんの事も、もっと知りたいんだよ」
パルスィは、それ以上勇儀をはねのけることができなくなってしまった。
パルスィは己がこの目の前の鬼に興味を持ってしまっている事を、否定できなくなってしまった。
これまでの自分の在り方を好きだと言ってくれたこいつは、今の自分をどう思ってくれるのだろう。
それを知りたがっている自分を、もはや否定できなかった。
「…なんなのさ…」
何も言えなくなったパルスィは、橋の手すりに肘をついて、勇儀とは反対の方向にそっぽを向いた。
酷く滑稽な様子だろうとは思ったが、それ以外にしようがなかったのである。
そんなパルスィの背中に、勇儀の優しい声が触れた。
「またここに来ても、いいかい?」
パルスィは、答えなかった。
「気が向いたら、パルスィもあたしのところに来ておくれ」
何故こうなってしまったのだろうと、パルスィは考えていた。
何も答えず、追い返せばよかったのに。
無感情なふりをして、ひっそりと生きていたいのに。
…ふりをして、か。
パルスィは、思い出す。
自分は本来感情的な妖怪だ。
嫉妬する事が生業の妖怪なのだから。
誰とも触れ合いのない地底の生活で、それを忘れていた。
自分は勇儀が言った無神経な言葉に、腹を立てた。
たぶんその時から、心を覆っていた錆びたメッキがポロポロと剥がれだしていたのだ。
もういいか。
そう思ったとき、パルスィの口が自然に開いた。
「…人が多いところは、嫌い。それと毎日くるのは鬱陶しいからやめて。私は静かに暮らしたいの」
勇儀は突然の返事に少し驚きながら、嬉しそうに答えた。
「うん、わかった」
その後、勇儀は一言もしゃべらなくなった。
パルスィがちらりと横目で様子を伺うと、その隣で、パルスィと同じように橋の手すりに両肘をつき、見えない川面を眺めていた。
「ん?」
パルスィが見ている事に気づくと、勇儀はニコリと口の両端を上げた。
「な、なんでもない」
そんな事をされると、パルスィはとっても恥ずかしくなって、またそっぽを向いてしまうのだ。
それから四日間、勇儀はやってこなかった。
パルスィはこれまでと変わらず橋の上で目を瞑っていた。
勇儀を待っているわけではない、いつも通りの自分だ…そうであるはずなのに、時折橋を誰かが通るたびに、パルスィのまぶたは開いてしまう。
そして五日目。
パルスィは、暗闇の中にいる。
ギィ、ギィ、ギィ。
橋が鳴る。
誰かが、パルスィに近づいてくる。
ギィ、ギィ、ギィ。
どんどん、近づいてくる。
もう、そこまできている。
ギィ、ギィ、ギ…
パルスィのすぐ隣で、音が止まった。
パルスィは閉じていた目を開く。
だが目を開いたところで、そこは変わらず闇の中。
頭をもたげた薄暗い視界の中に、自分の足と古ぼけた橋だけが見える。
パルスィは仄暗い地底の底にいるのだ。
「こんにちは。パルスィ」
笑みを感じる明るいその声。
少しもったいつけながら、パルスィは顔を上げる。
一面の黒に染まる世界の中で、旧都の明かりを後光のように受けながら、その金髪は輝いている。
だが何よりも、パルスィにはその笑顔が眩しい。
「こんにちは。…勇儀」
自分は今、どんな顔をしているのだろうか、パルスィには分からない。
勇儀はおおよそ5日に一度、パルスィの所へやってくるようになった。
その二人の穏やかな関係は随分と長く続いた。
初めの頃、パルスィは自分でも意外だったが、勇儀よりもパルスィの方がたくさん話をした。
パルスィは勇儀が来る度に、少しづつ自分の過去を話した。
わずかに覚えている、人間だったころの悲しみと喜びや、橋姫になってからの孤独な生活…。
パルスィは勇儀に自分を知って欲しくて、勇儀はパルスィの事を知りたがっていた。
勇儀もまた、パルスィに己の半生を語った。
パルスィのそれとは違い、火の様に激しいその有様はパルスィを楽しませた。
鬼は嘘を付かないという、他の相手では絶対に得られない安心感は、パルスィの心を溶かす事に大きな助けになっていただろう。
二人が橋の上で会うようになってしばらくした時、一度博麗の巫女が地底に攻めこんで来た事があった。
パルスィにとってその事自体はどうでもいいのだが、それ以後、勇儀は時々地上に上がるようになった。
「何しにいくの?」
と、パルスィが問うと、
「宴会だ。パルスィも行かないか」
と、勇儀は答えた。
もちろんパルスィは首を横に振ったが、なんとなく妬ましかったので、ある日勇儀にこう言った。
「もし暇なら、もっと日をおかずに会いにきたらいい」
勇儀は喜んで、それからは2、3日に一度、橋にやってくるようになった。
長く続くその静かな関係のなかで、少しづつ何かが積み重ねられ、変わっていった。
その変化はあまりにも小さくて、過ぎ去ったたくさんの時間を振り返った時に、ようやく気づく事ができる。
けれど中には、すぐにそれと分かる大きな変化もある。
過去と未来においてそうであるように、この時もまた、その変化をもたらしたのは勇儀だった。
「なぁパルスィ。ちょいと、あらためて話があるんだが」
と、畳の上に胡座を描いた勇儀が言った。
あらためて、という言葉通り、勇儀は普段よりもピンと背筋を伸ばしている。
この頃、二人は橋の下にあるパルスィのあばら屋で会うようになっていた。
四畳半の、畳が敷かれて天井があるというだけの質素な空間だが、二人でいるのに不便は無かった。
「なあに?」
勇儀の対面に正座したパルスィは、両の手で二つのお手玉を操りながら、片手間に返事をした。
勇儀は、それでは不満である。
「…おもしろいかい」
「うん。ありがとう。今日中に3ついけるかな?」
パルスィが遊んでいるお手玉は勇儀の土産である。
勇儀は時折土産を持ってくる事があって、それは色紙やら手鞠やら、簪であった。
物がほとんど何もなかったパルスィの殺風景な家は、それらによって少しづつ彩りを持ち始めている。
「ねぇったら」
勇儀は身を乗り出して、不器用に舞うお手玉の一つを空中でヒョイとかすめ取った。
「あ、こら」
手を止めて抗議を上げるパルスィの太ももに、もう一つがポトリと落ちた。
「邪魔したら嫌よ」
と睨むパルスィに、勇儀は唇を尖らせた。
「話があるって言ってるだろ」
「聞いてるわよ。何よ」
「あのね、ちゃんと聞いてほしいとう言うか、結構真剣な話なんだ」
「…な、何よ」
重々しい勇儀の様子に、パルスィは少したじろぐ。
「今まで、ずーっとお前さんに隠してた事がある。パルスィと初めて会ったときから、ずっと。それを今、言いたい」
「い、いきなり何よ。今じゃなきゃダメな事なの…?」
勇儀はそれを聞いて、少し困った顔をした。
「え…今だと何か都合悪い?」
パルスィは慌てて首をふった。
「…あ、いや、違う、そうじゃないんだけど、ドキドキしてなんとなく」
「なんだい…いらん事を言わないでおくれよ」
「ご、ごめん…」
悪いのはこの重たい空気じゃないか、とパルスィは文句を言いたかったが、それ以上に勇儀の話が気になる。
勇儀は疲れきったようにため息を吐き、パルスィは何か悪い知らせなのかと緊張した。
「もう黙ってられない。だから、聞いておくれ」
勇儀は少し唇をもごもごさせたあと、意を決したように、口を開いた。
「初めて会った時の事を覚えているか。パルスィは私に聞いたな。あたしがいったい何をしにパルスィの所へいくのかと。その時あたしはこう答えた。パルスィの心はとても美しい。もっとお前さんを知りたい。仲良くなりたいと。でも…それだけじゃないんだ」
勇儀はそう言うと、ガクリと頭をうなだれた。
隠し事をした、という事実が随分堪えているようだ。
鬼らしいな、とパルスィは少し喜ばしく感じた。
「そ、そうなの…?」
「そうだ。その通りだ。あたしは一番大切な事を言っていなかった。…隠していた」
悔いる様に拳を握る勇儀。
パルスィは辛抱強く待った。
隠していた本当の事、とやらを勇儀は今から打ち明けようとしている。
そしてとうとう勇儀は勢い良く頭を上げ、鷹のような目をしてパルスィを凝視した。
パルスィは自分が獲物になっているようか感覚を味わいながら、勇儀が意を決した様子で発するその言葉を聞いた。
「あたしはなっ、お前さんの想い人になりたかったんだよっ」
勇儀は烈帛の気合いと共にその言葉を放った。
そして、くわっと目を開き歯を食いしばりながら、じっとパルスィを見つめた。
必死な面持ちで、パルスィの返事を待っている。
「…そ…そうなの…?」
「…ああ。そうだっ」
パルスィは驚きながらも、勇儀の言った言葉をよく理解し、それから言った。
「そっか」
「軽いな!」
勇儀は顔を赤くして、バンバンと畳を叩いた。
あばら屋が倒壊しそうな力である。
告白、という行動に勇儀は非常に興奮しているようであった。
「言ってることがわかってんのかい?あたしはあんたに惚れてると言ってるんだ。あんたの心は美しいと思う。それは今でも変わらないしあの時言った言葉も嘘じゃない。でもそれだけじゃない」
勇儀は鼻息を荒くしていった。
「そこからが大事なんだ。パルスィのその美しくて一途な気持ちが向かうたった一人に、私がなりたい!あんたが死んでまで恨むくらい好きな相手に、私がなりたいんだ!パルスィのその純粋な気持ちを、あたしだけの物にしたい!分かるか!」
パルスィは我が家の崩壊を危ぶみながら、興奮する勇儀に言った。
「…くどい」
「なんだってんだチクショウ!」
八百万の神々に中指を立てるがごとき勢いで、勇儀は嘆いた。
「あたしは精一杯勉強したんだぞパルスィ!いつか言ったが、あたしらの色恋はあんたらの言う「恋愛の機微」なんて一つも無いシンプルなもんさ!気に入った相手を見つけて交わって孕んで生む!その繰り返しさ。おまけに私は喧嘩に忙しくてそれすらした事が無い!だから仲間に話を聞いたり本を読んだりして一生懸命人間の恋路とやらを身につけようとしたよ!少しづつゆっくりとお互いを知り、長い時間をかけて相手の心に己の姿を刻みこんでくってんだろ?やれやれ、私の心には最初っから金剛石で作られたパルスィの像が鎮座していたというのに!」
パルスィが静止しなければ、興奮した勇儀はいつまでも一人で喋り続けそうである。
パルスィは勇儀の肩に手をおいた。
「まぁ…落ち着きなよ勇儀。しかし随分と乙女チックな書物で勉強したのねぇ。『源氏物語』じゃなくて、良かった」
「信じられない。なんでそんなに落ち着いてるんだ」
パルパルっと音が聞こえてきそうなドンヨリとした勇儀の視線がパルスィに向けられる。
「私だってびっくりしたけど、勇儀があんまり可笑しな様だから。なんだか気持ちが冷めちゃって」
「さ、冷めたとか言わないでおくれ」
「悪い意味じゃないのよ。それとねぇ…いろいろ勉強してくれたのはとっても嬉しいけど、一周回って余計めちゃくちゃになっちゃってるよ」
「そ、そうか…ダメか」
「こういう時はね…余計な言葉はいらないのよ。こうやって…」
パルスィは勇儀に顔を近寄せて、じっと互いの瞳をのぞかせた。
勇儀の喉がゴクリと音を立てた。
パルスィの唇がぬるりと蠢き言葉が紡がれた。
「あんたが好きよ」
「!」
勇儀の目が飛びかかる寸前の猫のように見開かれた。
一方パルスィは何でもない風に涼しい顔をして、すっと顔を離した。
「これで十分」
「そうか…なるほど…いや実際、堪らんな」
勇儀は畳に倒れこみ、顔を両手で多いながらぐやんぐやんと身をくねらせた。
まるで大蛇がのた内廻っているようである。
少しして、勇儀は横たわったままパルスィ見上げて遠慮がちに問うた。
「なぁ、今お前さんが言ってくれた一言は…その、返事だと思っていいのかい」
パルスィは、少し考え込むような顔をした。
「それは…どうかなのかぁ」
「なんだと」
勇儀は、慌てて体を起こす。
「ち、違うのか」
「うーん…」
パルスィは自分のクセッ毛をいじりながら、何か考え込んでいた。
半ば発情しかけている勇儀はその仕草にもある種の衝動を感じるが、それはそうとて気が気ではない。
「な、なんだい…はっきり言っておくれよ」
「私ねぇ…」
と、パルスィは自信の無い声でぽそりぽそりと話し始めた。
「私は、妖怪になってから、人間達の色恋は山ほどみてきたし、山ほど潰してきたんだけど…そのせいかなあ、なんとなく一歩引いちゃって、自分とは関係ない遠い物に思えてしまって。人間やめてからは、自分じゃあ一度もしたことないし…」
「…だから、さっきからそんなに落ち着いてるのかい?」
勇儀はそう言って唇を尖らせた。
パルスィにはその気持ちがわかった。
自分が一生懸命に思いを伝えている時に、相手が平静としていたら、おもしろくはない。
「そうだねぇ。…それと、さ…一番気になるのは、あんた、今の私の事はどう思ってるのさ」
「え?」
「私の心が綺麗だとかなんだとか言ってくれたけど、それって、人間だったころの私の事じゃない。今の私は、あの頃の私とはもう違う。だいぶ前にも、言っただろ…?」
「む…」
勇儀は腕を組んで、うんうんと考え込んだ。
「今のパルスィは、人間だったころのパルスィの心から生まれたんだ。全くの別人だとは…やっぱり思えないけど…」
それを聞いたパルスィは、少し悲しい顔をした。
それは勇儀が初めてみる表情である。
「ねぇ、あんたが惚れたのは…過去の私じゃないの?美しい心だとかなんだとか言うけど、今の私はただの嫉妬深い妖怪だ。そんな心、もう残っちゃいないよ。あんたは…昔の私を見てるんだよ」
パルスィの気持ちが冷めている理由は、その思いにこそある。
勇儀の想いは、自分にとっても相手にとっても幻だと思っているのだ。
「…いや、パルスィ」
けれど、勇儀のまっすぐな瞳が、不安と諦めに囚われたパルスィの瞳を、貫いた。
「それは違うよパルスィ」
「…そう?」
「確かに、最初に惚れたのは過去のパルスィかもしれない。それがお前さんに会おうと思ったきっかけだった。でも、それから結構な時間、あたしらは一緒にいるじゃないか。だろ?あたしはその間だって、ずっとお前さんの事が好きだった。それがつまり、あたしの心に今のお前さんの姿が少しずつ刻まれていったって事じゃあ、ないのかい…?」
「そう…かなぁ」
「そうさ。それに…そうやって悩んでる今のお前さんの心だって、単純馬鹿なあたしにしてみれば今でもとっても美しくみえるがね…。今のお前さんの事だって、私はとっても好きだ」
動じる事のなかったパルスィの瞳が、勇儀のその言葉で、初めて揺れた。
「…本当かい?」
勇儀は、出会った頃から変わらない、優しい声で、笑った。
「あたしが嘘つかないのを、知ってるだろう」
「…そうか、そうだったねぇ」
と、パルスィも少し微笑む。
パルスィは胸を押さえて何度か深呼吸をした。
これまで感じたことがないくらい、心が暖かになっていた。
パルスィは目を潤ませながら、継ぎ接ぎの気持ちを勇儀に伝える。
「なんかね、嬉しいよ。うん、とっても嬉しい。勇儀、ありがとう」
そう言って、パルスィはぺこりと頭を下げた。
「お、おお、そうかよかった。…それで…どうだ」
また遠慮がちに、勇儀は聞いた。
「どうって」
「だから、お前さんの方は、どうなんだ。あたしの事…」
「あ、ああ、そうだね」
ごめんごめんと謝った後、パルスィはスラスラと語る。
素直に言える事は、自分でも驚いた。
「お前さんは妬ましいくらい腕っ節強いし、正直だし、良い奴だ。何より私なんぞを好いてくれてるし、私も好きさ」
一つ一つ頷きながら、パルスィは言った。
勇儀は喜びながらも、しかしどこか不満げな顔をしている。
「何よ?」
「やっぱりなんか、軽いやなぁ…。私はなんて告白しようかずぅっと思いつめたもんだが…」
いつも悠然と構えている勇儀が妙に拗ねている事が、パルスィは可笑しかった。それに加えて、今はいとおしさも感じる。
「気持ちを伝えるのに、沢山の言葉はいらないって、さっき見せたでしょ?。まぁ…たしかにちょっと私はスレちゃってるかもしれないけど…。何だい、私の事嫌いになっちゃった?」
「いやまさか」
勇儀はぶんぶんと首を振った。
パルスィは、そうかよかったと、楽し気に笑った。
しばらくの間、二人はお互いに見つめ合いながら、言葉もなく微笑あったり、笑ってみたりと、なんとも言えない不思議な時間を共有した。
「それで…これからどうする?」
勇儀が言った。
「これからかぁ…。今までと同じで、いいんじゃないかな」
パルスィはそう答えたが、勇儀はきょとんとしていた。
「えっと、この後、今から何しようかって、話だったんだが」
「あ、ああ、そっちか。あー…そうあらためて聞かれると…勇儀はなんかしたい?」
「あの…な」
少しもじもじとする勇儀。
「抱きついていいか」
「ええ?」
「いやもう我慢できんのだ。お互いの気持ちもはっきりしたことだし、お前さんとくっつきたい」
「いいけど…でもそのまま押し倒すとかは無しよ。あんた今、獣になりそう」
「…わかった。我慢する。…お、おいで」
「ん…」
パルスィは、膝を立てて勇儀の側にすり寄っていった。
だが勇儀が胡座をかいていたので、足が邪魔になって十分に近寄れない。
ちょっと勇儀、胡座かかれてるとやりにくいんだけど…
あー、そうか…どうしよう。あたしも膝で立とうか?
そうね。ああでもそれならもう、二人とも立ち上がっちゃえばいいんじゃない?
そうしようか
あ…勇儀の胡座に、私が背を向けて座るのもいいかも
そうする?
ん…今度でいいや
わかった
二人は立ち上がり、向かい合う。
勇儀が一歩踏み出して、パルスィを抱きしめる。
勇儀の方が随分と身長が高く、ちょうどその豊満な胸のあたりにパルスィの顔が当たった。
…妬ましいわ
うーん、気持ちイイねえ。しばらくこうしてこうしていよう
あんまり力をいれないで。…う、埋まる
ようやくこうなれた。嬉しいねぇ
私も嬉しいよ。色恋なんて、私にゃもう縁無いと思った。それはいいけど…鬼って多夫多妻なんでしょ。それがすごく不安。あたしは一夫一妻だよ
私はその方面にあまり熱心じゃないし、少し変わり者らしい。仲間に惚れた相手ができたといったら驚かれたし、橋姫だと言ったらなお驚かれたよ
私の事話したの?少し恥ずかしいなぁ…
恥ずかしい事なんてあるもんか
その性格、妬ましいわ…
そうか。いっぱい、いっぱい、妬んでおくれ
…うん
光の届かぬ橋の下のあばら屋は、暗く寂しい地底の闇に沈んでいる。
けれど今は、恋人たちの囁きによって明るく照らされている。
言葉を選びながら書いている雰囲気が伝わってきて、
落ち着いて読むことができました。
期待してるので、頑張ってください。
色恋に関してはパルスィが上かw
あと何気に冒頭の霊夢が可愛い