詳しい経緯は知らないけれど、私を捨てた人間の心はわかる。
――お前は要らない。どうでもいい。
そう思われて、私は放置された。顔形を記憶から追い出された。殺されたようなものだ。勝手に名をつけられて、感情を決められて、手足や髪を弄られて、結末がこれ。恨めしかった。
猛毒の鈴蘭畑に置き去りにしたのが、奴の失敗。幾千幾万の毒を吸って、私は生まれた。憎しみや嘆きや、怒りを魂にして。
虐げられている仲間を、いつか人の手から自由にしようと決意した。
壮大な、人形解放計画。私って凄いなぁと、スーさんとはしゃいでいた。勇ましい気持ちと一緒に、甘い毒霧が立ち上った。無敵だった。
私は身体も中身も、小さかったらしい。数年前、無縁塚で怖い瞳の女のひとに叱られた。視野が狭い、その辺の人間と変わらない。他人の痛みがわからない。人形はついてこないと。自分をごみにした、人と同類扱いをされるのは嫌だった。私はそれまでの行いを、大分素直に反省してみた。将来のために、他者と関わっていくことにした。スーさんの畑から、徐々に移動範囲を広げて。
ひと付き合いは、嬉しくて難しかった。竹林の永琳という薬師は、私の毒薬コレクションに感心していた。死の毒も、使い方次第では良薬になる。研究の役に立つと褒められた。しわくちゃ兎耳の助手は、私への警戒心をなかなか解いてくれなかった。初対面のときに、毒物で攻撃した所為だ。危なくないところや便利なところを何ヶ月も見せた。仲良くなろうと努力した。それでも臆病に私を疑っていた。頭に来て、何度か毒を溢れさせそうになった。ここで苦しめたら、前と同じになる。必死で堪えた。何とか、素手で握手できた。喜びを、爛れる霧に変えないように頑張った。能力を制御する術を、体得していった。
敵地である人里にも、好奇心で偵察に行ってみた。初めは人の群れに慌てて逃げた。人口の少ない田んぼの周辺から、中心部に向かっていった。去年、やっとお店や寺子屋を覗けるようになった。背が低いからか、人形だからか、童の遊びによく誘われた。楽しそうで、加わってしまう日もあった。奴らは戦う相手なのに。我に返って別れた。人形を軽んじる人々には、我慢がならなかった。売れない子は品物の棚から下ろされていた。分解されて、燃料になるらしい。喧嘩で首のもげた子や、お下げを切られた子もいた。許せなかった。人間への憎悪の念が、手加減を押し退けた。通りで致死量の毒を噴出させ、止められた。紅白の巫女ではなく、金と紫の髪の女性に手を握られていた。死者は出なかった。彼女が、妖しく透ける膜で毒煙を包囲していた。ほんわか微笑まれ、怪力で里近くのお寺に連れて行かれた。
彼女は白蓮という、魔法使いの僧侶だった。このお寺で、妖怪を保護しているそうだ。妖を助ける癖に、どうして私の味方をしてくれなかったのだろう。私は毒を撒いた訳を、話して聞かせた。白蓮は私の生い立ちを憐れみ、人形の境遇に同情した。でも、私の行動を認めなかった。人に対する恨みを、なくすように言った。そうすれば、もっと成長できるからと。私を形作るものを、完全に融かせるはずがないのに。私の里襲撃は、次もその次も阻止すると宣言した。私が退治されないように。住人に被害のないように。人妖は平等なのだと、彼女は説いた。
「貴方にも人間にも、救われる魂がある」
理解したくなかった。私を撫でる手は、力強くて優しかった。
濃緑と、白い小花の草原。私の鈴蘭畑に、大きな船の影がひとつ。薄めた青の夏空に、停泊している。乗客の人間共が、甲板から身を乗り出している。白蓮のお寺の遊覧船だ。
「コンパロコンパロ」
私は地上で適当に呪文を唱え、手招きで毒の涼気の上昇を防いだ。
あの浮遊艇の航路にスーさんの畑が加わったのは、最近のことだ。白蓮に、新しいルートに入れてもいいかと訊かれた。花の毒は私と乗員が防ぐけれど、貴方にも協力して欲しい。両手を包まれ頼まれた。人を、私の陣地に招く。私と人間との距離を、彼女は縮めようとしている。気に入らなかった。ただ、彼女を残念がらせたくはなかった。他者と接しないと、人形解放の日も遠ざかる。迷って渋々許可した。可憐なスーさん達は、里の住民に好評のようだ。遠見鏡で観賞している。馬鹿な連中だ。未来の死因に、呑気に見惚れて。
白蓮とお喋りしようと、船に飛んで行った。先客がいた。虎や入道使いじゃない。肩上に短く髪を切った、人間の女だった。お寺でおやつに出される、ココアみたいな色の髪。服は上に載せるホイップクリームの色。他の客と違って、帯の着物ではなかった。半袖裾長のワンピース。
「教わったこれ、すっごく楽です。和服崩せば縫うとこ少なくて済みますし、型もきっちりやらなくていいですし。腰帯も合わせ目もきつくなってたんで、ばしばし作りました」
「よかったですね。揺れは平気ですか? 具合が悪くなったら言ってくださいね」
「余裕、快適ですよ。一度来たかったんです」
湿気のない快晴の日のような声で、笑うと丸っこい瞳や大きめの口が目立って、凄く凄く、
「白蓮、何この太った人」
「何と」
「メディスン!」
でっぷりしていた。他は酷くないのに、お腹周りが可哀想なことになっていた。大入道の芸かと思った。
「白蓮さん、この正直な妖怪さんは?」
「メディスン・メランコリーさん。ここ、無名の丘の主のような子です。植物の毒を操って、遊覧船に害がないようにしてくれています。メディスン、こちらはナツさん。太っているんじゃなくて、妊娠しているの」
「にんしん?」
知識になかった。中に一人赤ちゃんがいるのだと、白蓮は説明してくれた。そうか、人間は同族を体の中でつくるのか。胞子や卵は使わないで。途中で壊れない、狡賢いやり方だ。犬や猫や鼠も同様の方法で増えるらしい。私の毒気に怯んで逃亡するから、見たことがなかった。
「なんで出さないの? 皮を切って出すの?」
「まだ産む準備中だから。あと二週間くらいかな。お腹は切らないよ、下から出す」
「そうなんだ」
膨らんだ身体に、豆人間が収まっている。入れ子人形のようだと想像して、やめた。こいつは人、私の敵だ。視線は、腹部から離せなかった。湧き上がる興味に固定されている。白蓮がついているからなのか、ナツは無防備で
「触ってみる?」
人入りの部分を指した。掌を当ててみた。肉の水風船みたいだった。温かかった。殴ったら殺せそうだけれど、やらないでおいた。私の殺害手段は毒だ。
「動くの、これ」
「前まではやんちゃだったよ。打つわ蹴るわ。今はそんなじゃないかな」
「死んじゃったんじゃないの」
「生きてるよ、下の方で元気にしてるの」
そういうものなのか。ナツは私の手を取って、ぼってりしたお腹をさすった。白蓮の存在とは無関係に、他人の好きな人なのかもしれない。
私は人間の製造技術を、学んでいなかった。肉体構造は永琳に習ったけれど。ナツの子供づくりは、毒生成の参考になりそうだ。より効率的に人体を侵すための。この女は平和的で、騙しやすい感じがする。十四日程度なら、里でもどうにか。策を練っていると、
「メディスン、お願いがあるのだけれど」
「なに?」
「ナツさんのおうち、日中はほとんどナツさん一人なの。旦那さんはお仕事に出かけてる。予定より早く産まれる可能性もあるわ。しばらくナツさん達と暮らして、異変があったら私達に知らせてくれないかしら」
白蓮が格好の提案をしてくれた。
「人の誕生のお手伝いは、貴方にもいい経験になるはずよ」
彼女の動機はともかく、都合はいい。いやいいですよ、悪いです。遠慮するナツに首を振って、
「やってあげる、任せて。ご飯は食べさせてね」
毒牙を隠した、幼女の笑顔をこしらえた。白蓮は私の親切心を称え、ナツに受け入れを勧めた。いえ、でも。彼女は申し訳なさそうに悩んで、
「うち、古くて狭いよ? 身体によくないよ」
「私は小さな人形よ? 身体の毒になるものでできてるの。外に零しはしないけど」
中の子と相談して、
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおっかな。友達ができるね」
私を胸に抱き寄せた。怯えるでもなく、恐れるでもなく、自然に。無知な幸せ者だ。大人しく抱かれてやった。緩くも苦しくもない抱擁だった。人間にしては上手い。
「メディスンちゃん。メディスンちゃん。ごめん、呼び辛いからメディちゃんでいい?」
約二週間の仲だ。まあ、特別にいいことにした。
お寺の敷地に着陸して、ナツと暮れの農道を帰った。腕を振って歩く、彼女の隣に浮いた。食べ物の好き嫌いや、私に従う小人形のことを質問された。大好物は人肉だけれど、黙っておいた。次に好きな野苺を挙げた。旬を過ぎちゃったなーと、頭を掻いていた。私の羽人形は、
「最初の仲間。捨てられていた子を、私が治してあげたの」
「はー、すごいんだね」
妖怪の奥義に、一般人のナツは感心することしきりだった。得意になって、
「幻想郷の全部の人形を、私が支援するの。それで」
人間に復讐すると言いかけて、口を閉じた。いけない、内緒にしないと。話題をずらそうと、
「ナツの旦那さんって、どんなや……どんな人? 職業は?」
問いを返した。訊いておきたかったことだ。ナツが友好的で抜けていても、相方が鋭ければやりにくい。猟師や里の見張りじゃないといいのだけれど。
「ジロさん。次郎さんね。いい人だよ。大工さん。家を建てたり直したりしてる」
棒状のものを振り下ろす仕草をした。とんかち、金槌だ。仕事道具を武器にされないようにしよう。
商店の並ぶ一帯に来た。ナツは朝顔柄の風呂敷を取り出して、袋型に結んだ。野菜のお店で、にらやピーマンを買った。人間の買い物の様子を間近で見た。お金のやり取りをしていた。店主のひげ男は、私に驚いていた。何だナツ、もう産まれたのか。違うよ、この子はお客様。からかわれて、トマトをひとつ貰っていた。人の会話は不思議だ。
「笑われると売り物に化けるの? ナツが弱みを握ってるの?」
「あのおじちゃんの気前がいいの。皆いい人だよ」
でも、私達にむごいことをする。ナツは白蓮や隣人の、善意にぼけている。
民家の間の細道の奥に、ナツ達の住居があった。屋根も壁面も戸も木の、炎にとことん弱そうな家だった。所々、板の端が黒ずんでいた。傷のないところもあった。穴が開くと修理するそうだ。引き戸は滑らかに開いた。旦那さん、ジロが調整したという。
里の普通の住宅は、隙間から眺めたことしかない。内側は初侵入だ。ナツ邸の感想は、
「ここで二人、三人で生活できるの?」
「だから狭いって言ったの。貯めて引っ越すよ」
当然竹林の日本家屋未満、お寺未満、博麗神社にも満たない。かまどのある土間と、畳の一間。障子の先は仕切りの低い庭だった。入ってすぐに家中を一望できた。
「厠は共同のがあるから。お風呂はジロさんの知り合いの家で借りてる。メディちゃんならたらいでも行けるかな」
鈴蘭畑は贅沢だ。スーさんの園に戻りたくなった。短期間、人を殺める毒のため。念じて耐えた。
ナツは土間と畳の段差に腰掛けて、腿上を揉んだ。二人分の重みで痛むのだろう。私は奥の部屋に進んだ。見逃せないものが、ちび箪笥の上に腰を下ろしていた。
百合の振袖の和風人形。長い黒髪を真っ直ぐ伸ばしている。背丈や幅は私より数回り下。表情は、色白の木の肌に描かれていた。閉じた瞼と三本睫毛、笑んだ紅い唇。この女も、私の友を捕らえているのか。不快感を気力で鎮めて、
「ナツ、この子はどうしたの」
振り向いて、ナツは人懐こそうに大口で笑った。
「ジロさんの贈り物。メディちゃんが親友になるといいな」
左右に身を揺らして、膝で寄ってきた。ただいまと声をかけて、抱き上げた。着衣が乱れないように、柔らかく。今日はどこに行った、何をしたと報告している。日課らしい。私をちゃんと抱けた訳だ。定位置に帰して、
「この子がお付き合いの始まりなんだ」
出産のお休み中だけど、私普段は作業場で針子をやってるのね。ジロさん達の仕事着もうちの担当なの。ちょくちょく届け物しててさ。まだ見習いだったジロさんに、この子をいきなり無言で渡されたの。意図が読めなくて、修繕の依頼と勘違いしちゃって。晴れ着を直して返したときに、そうじゃないって言われたの。照れて肝心の言葉が出なかったんだって。女の子の喜ぶものが何か考えて、閃いたのがお人形。寺子屋の初心な少年じゃあるまいし。
ナツは思い出し笑いをした。私は不愉快だった。下がった口端を突かれて、
「ごめん、人形のメディちゃんには嫌な言い方だったね。でもね、そういうジロさんで、この子だったからよかったんだよ。和んだ。安心できたんだ」
引き出しの上段を、ナツは落ちる寸前まで開けた。人形サイズの和装が、人間サイズの衣類と空間を分け合っていた。
「職場の端切れで作ったの。この子がうちで一番の衣装持ち」
「本人は着たくないかもしれないわ」
「ん、そうだね。心がわかるといいのにね。ついお節介しちゃうんだ。この子が、嬉しいことを持ってきてくれたから」
恋情の代弁。役割を押しつけられている。大切には、されているけれど。人の想いは変わりやすい。そのうち、近いうちに、
「本当の子供が産まれたら、飽きて捨てちゃうんじゃないの」
「捨てないよ」
ナツは厳しく即答した。一生可愛がる。断言して、私に座布団を用意して、夕食の支度に取りかかった。
迫力のある声だった。人の親には、妙な気があるのだろうか。
人形は埃ひとつなく、艶然としていた。彼女達の解放を誓う私だが、直接話す能力はまだない。憐憫はできても、読心はできない。魂はつくれない。進化の最中だ。
ナツとジロの架け橋になった、着飾った少女。
――貴方は、幸せ?
眠っていて、答えなかった。
白蓮のお寺の夕餉時のような、料理の匂いが漂ってきた。
「メディちゃん、味見して」
下は薪の弾ける大火事、上は釜や湯気を立てる黒鍋。味噌汁の小皿を差し出された。妊娠してから、味覚がおかしくなったそうだ。一時期よりは安定しているけれど、未だに変だという。
「甘い辛いはまあまあわかるんだけど、塩味はぼんやり。先生は個人差あるって言ってた。どう?」
干した椎茸と米味噌の風味と、
「薄い。水っぽい」
「ありがと」
割烹着のナツは一杯お碗に盛ってから、お玉に味噌を足していた。少量の汁で溶いてから、鍋全体に広げた。お寺とそっくりの手順だ。再度味見。今度は丁度よかった。
「そっちのお碗に分けたのはどうするの」
「私の分にするの」
「まずいよ? あんまり味しないよ」
「塩分摂り過ぎると毒なの。私はいいけど、中によくない」
毒。耳が反応した。
「他にも駄目なものってある?」
「いっぱい。お腹の子が危なくなるんだよ」
糖分、水分、油分、お酒、煙草。ナツが並べ立てたものを覚えた。どれも大した毒物ではない、栄養や嗜好品のレベルだ。人を産まれなくさせるのは簡単そうだ。何て弱い生き物なのだろう。そんなに何でも害毒になるのに、
「なんで鈴蘭畑、見に来たの。毒の霧が舞ったら死んでたよ」
「白蓮さん達がいるもの」
それにね。ナツは鍋に蓋をして、
「産む前に、見ておきたかったんだ」
「変なの」
「メディちゃんも結婚して、子供ができればわかるよ」
「人形妖怪は一人でも生まれるわ」
わからなくていい。人と人の形には、絶対的な差がある。苦笑して、ナツはにらの卵とじやピーマンと肝臓の炒め物を試食皿に載せた。薄味状態のものを自分用に取って、私に塩壺を預けた。
「メディちゃんが味付けしてごらん。多少しょっぱくなってもいいよ。ジロさん力仕事で、濃い味好きなの」
要、相手と辛抱。人間の生産は面倒臭い。私好みに塩を振りながら、
「それ、どのくらい中に引き籠もってるの。一ヶ月?」
「十ヶ月ちょいかな。最初はここまでおっきくないよ」
予想外の長さに唖然とした。虫や鳥とは桁違い。お寺の彫刻や豪華な人形の制作期間には劣るけれど、かなりかかる。
「その間、ずっとお酒抜き? まずい食事?」
「健康な子を産みたかったらね。美味しいものもあるよ」
ナツが理解できない。人はひ弱で我慢強い。諦めてくれれば、素早く殲滅できるのに。私達の災いにしかならないものを、どうしてつくるのだろう。
背後の木戸が、微かな音と共に開かれた。あ、とナツが声を弾ませた。
「おかえりジロさん、ご飯なるよ」
ナツの相方で、和人形をプレゼントした照れ屋の大工。
長身の男だった。灰がかった黒の短髪頭を屈めて、玄関口をくぐった。紺の前掛けも法被ももんぺも、白っぽく汚れている。鈍そうな粒黒目で空飛ぶ私を捉え、黙考数十秒。
「ナツが分身した?」
無表情で低く呟き、ナツに日焼けした肌を叩かれていた。惜しい、この子はメディスン・メランコリーちゃん。白蓮さんの紹介で、お世話に来てもらったの。可愛いでしょー、浮気するなよー。筋肉質の腕でナツを捕まえて、しない。と一言。
よく喋るぼけと、あまり喋らないぼけ。極めて安全そうな二人組だった。
通常の箸では長かろうと、ジロが庭で垣根の竹棒を一本引き抜いた。斧と鋸で細工して、私用のミニチュア箸をくれた。
「ジロさんありがと、抜けてたわ」
「ナツはしょっちゅう抜ける」
「ジロさんほどじゃないもん」
いい勝負の気がする。
ナツと、薄手の浴衣のジロと、私とで卓袱台を囲んだ。話は建設現場のことや、お寺の船のこと、明日の天気のこと、私のこと。ナツが第一声、ジロの相槌を待って、私が疑問や内容を足す。抵抗や苦労なく輪に参加できた。二者の雰囲気のおかげだろうか。
ジロは長々とは話さなかったけれど、伝えるべきことは伝えていた。どのお皿にも箸をつけて、
「旨い」
「それはメディちゃんがやってくれたの。助かったよ」
「偉い」
私に巨大な手を伸ばした。撫でたいらしい。置き所に困っていた。髪のリボン結びを崩さないようにしている。ナツが私の右手に導いた。
ナツの飲食の具合に、ジロは注意していた。麦茶が三杯目になると、引っ手繰った。
「今日は水分多い」
「あー、そうだったね」
二人には、人を気遣う程度の能力があった。人には、きっと私も含まれている。
夕の食器洗いは、一日交替制とのこと。今夜はナツがやっていた。かまどに金属の小たらいを載せて、水を溜めて。
やることのない私は、物言わぬ人形と面していた。
「メディスン」
胡坐のジロに呼ばれた。
「俺のいない間、ナツのこと頼む」
小声で、すまなそうに託された。色のある肌の上からでもわかるほど、赤面していた。自力で護れないのが恥ずかしいのかもしれない。ナツは里で聴いたことのある子守唄を、鼻歌にしていた。
毒のない人達だった。私も毒のない振りをして、いいよと応じた。
押入れの襖に安産のお札が貼ってあった。三枚。白蓮のお寺と、博麗神社と、山上の神社。
「妖怪の山に登ったの?」
「登った。白蓮さんの案内で」
「船に乗ればよかったのに」
「お祈りにずるはいけない」
善良さや誠意で損をしそうだ。ナツもジロも。私は彼らと子、三人の命をいつでも奪える。私の気まぐれで裏切られたら、どうする気か。愚かだ。
消灯の時間は早かった。明かりの油も節約している。
黒髪人形の寝衣を広げられたけれど、断った。私は私の着たいものを着る。妖怪化してから始めた、食事とはまた別だ。
ナツの布団に脚を埋めるときに、庭向こうを指差された。
「眠くなかったら遊んでおいで。戸も障子も、風通しに開けておくよ」
「ここにいるわ」
激変は夜中に訪れるかもしれない。好意と誤解してか、ナツは薄布をどっさり被せた。
私よりも、ナツの眠りの方が浅かった。まどろむ視界で、彼女が動いていた。腕を上げ、静かに寝返り。溜息。寝息は長続きしなかった。お寺の妖怪や迷いの竹林の兎達は、睡眠を取れていた。これも人間づくりの影響か。
起き上がって、ナツは庭側に歩いていった。箪笥の人形を抱いて。寝た振りで見守った。昼の賑やかさはなく、佇んでいた。ジロも寝床を抜けた。寄りかかり合う影になった。今晩の私達の敵は、みすぼらしかった。けれども、私の知らないものを持っていた。あれが、他人の痛みをわかるということなのだろうか。
寝坊した。ご飯できたよーと、ナツに揺り起こされた。布団一枚分、円い卓袱台が端に寄っていた。大工服のジロが待っていた。人の子になったかのようだった。
相変わらずジロは旨いと頷き、ナツはにんまりしていた。
私達に見送られて、ジロは働きに出た。
ナツはせっせと家事や運動をしていた。
庭で洗濯をして、台要らずの高さの物干し竿(ジロが改造したそうだ)へ。
畳は掃き掃除。雑巾がけの姿勢は、丸いお腹ではきつい。
合間に昼食や間食。墨を磨って、食べたものの記録をつけていた。
「日記?」
「みたいなものかな。先生に見せるの。メディちゃん、昨日の晩御飯のおかず復唱」
ジロの服の裂け目を縫って、古い着物を解いて。子供をくるむ簡易服に、再利用。余った布で、人形の髪飾りも作っていた。
白蓮や近所の人間が、戸を叩いた。布地や保存食を分けてくれた。ナツは皆に私を自慢していた。赤ちゃんにお姉さんができたみたい、だそうだ。
日の沈む涼しい時間帯に、散歩。家畜を育てている家に赴いて、金瓶に牛乳を購入。天候の予測ができる龍神像を確認して、帰宅した。
「沢山動くのは毒じゃないの?」
「薬。体力つけないと産めない」
逞しいナツだけれど、時折顔をしかめていた。腰や脚や腹部を押さえて、よし、と気合の一声。洗濯物を取り込む際は、一瞬硬直した。懐中時計を出していた。
「時間が関係あるの?」
「うん。痛みが一定の間隔で続くと、お産になるの」
食卓に乾いた衣料品を載せて、畳んだ。床に置くとお腹で見えなくなるから。回る秒針に目をやっていた。今のは大丈夫だったようだ。もうちょっとだねと腹中に話しかけていた。
白蓮に教えられた通りだ。私がいなかったら、ナツはほぼ一人。子供と振袖人形は、いても緊急時の力にならない。家事もやれない。お寺では、妖怪達が炊事や清掃を分担していた。人間の場合は、
「ナツの仕事を代わってくれる人、いないの? ジロ以外に」
「仕事ってほどの量でもないからなー。私のお母さんはたまに来る。実家のお兄さんのお嫁さんも妊娠中で、そっち優先だけど。跡継ぎだもの。ジロさんの家は商売あるから」
忙しい。従者や下僕がいて、強力で、のらりくらり過ごせる妖とは大違い。おまけに早死に。哀れでいい気味だ。どうせ私達の的になるんだ、産まなければいいのに。
施しのつもりで、布巾を四つ折りにした。進んでやったからか、やけに感謝された。
「メディちゃんみたいな、優しい子に育つといいな」
不正解。私は悪い毒人形だ。ナツ達にとっては。
時計の蓋に、月の満ち欠けが彫られていた。約三十の円陣と、硝子鏡。細やかで凝っていた。借り物なのだと、ナツは丁寧に表面を拭いていた。
「うちには正確な時計がないから、先生が貸してくれたの。何だっけ、月の波? で狂いなく時間が計れるらしいよ」
本物なら、妖怪級の文明品だ。里の者が気安く貸し出せるだろうか。月齢のデザインには、見覚えがある。
「ナツの先生の、名前は?」
「永琳先生。助手の兎さんと往診に来てくれるの」
やっぱり。手書きの日めくりを数枚上げて、
「三日先だね。ジロさんもお休み」
不安になった。永琳や兎耳には、人形解放の野望は告げていない。しかし私の危険性は知られている。赤眼兎は体感済みだ。人への怨念も、酔って漏らしたかもしれない。永琳達から、ナツやジロに私の情報が渡ったら。温厚な二人も怖がって豹変しかねない。ナツに言って、私のことは秘密にしてもらって、
「白蓮さんが紹介してくれたんだ。幻想郷一のお医者さん。腕がよくて診察代は格安、すっごくいい人だよ。メディちゃんも知ってる人?」
白蓮経由か、やられた。既に私の滞在がばれていそうだ。彼女がナツ達に配慮して、私の殺意を隠すように永琳に願っているといいけれど。冷静な永琳は、患者の生命に関わることは発言するか。ああ、他人の心理を推理するのは手間だ。毒霧で消し去りたい。
「知り合い。でも、その日は私遊んできていい? ジロも永琳もいれば、問題ないよね」
私も、ひとに関しては怖がりだ。何も起こらないかもしれないけれど、恐ろしい。気まずくなる瞬間に、居合わせたくない。人体に有害なものは、昨日今日で幾らかわかった。お別れでもいい。満足したことにする。
「ん、行っておいで。夕飯までには帰ってきてね」
この家にいると、私がぐらぐらする。気のせいか。
地面に近い太陽が、西に傾いていった。何十度も。
里を一周して、鈴蘭畑に里帰りして、何となくまた里帰りした。もしかしたら、ナツ達が私を待っているかもしれないから。彼らは、全員揃わないといただきますを言わない。
脇道の店々を通過した。雑貨店で、家族らしき三人が籠や提灯を整理していた。談笑しながら。ジロを賢くしたような顔立ちの人がいた。親戚だろうか。人は繋がっている。
龍神像の目の色を見て、身をもたれさせた。青目。久々に降るらしい。スーさんを潤おして、
「あ、いたいたいた」
瞬いた。雨の似合わない声がした。のっぽの人影と、中くらいの人影が近付いてきた。
「捜した」
ジロが右手を、
「ご飯冷めちゃうよ。門限は守ること。次は覚悟しろよー」
ナツが左手を直に触れさせた。無害そのもの、外出前と変化がなかった。永琳は、波風を立てないように隠したのだろうか。
「何だって、永琳」
血液検査の結果のお知らせ。骨の成分はよかったよ。
葉野菜の栄養分が足りない。
食べます食べます。子供の性別はわかるけど、訊かないことにした。名前も顔見て決める。
成長は順調。重くなった。
深呼吸の練習もしたよ。永琳先生のとこに持参する荷物も万全。
右から左から、経過発表が続いた。
重大な点を明らかにして欲しくて、
「私のことは?」
急かした。何かあったのか、なかったのか。
ナツとジロは目を合わせ、
「うん」
「聞いた」
穏やかに返事をした。深みで感じ取れた。出産を控えたナツと、私を秤にかけて。永琳は明かしたんだ。
「なのに、なんで離さないの? 手が融けるかもしれないわ」
両の手と手が、握られて密着している。炎症や腫れ物の毒液を、浴びせることができる。離す気配がなかった。
「今日まで、メディちゃん毒使わなかったでしょ。自分で制御できるって、先生言ってたし。本当におっかなかったら、白蓮さんも任せない。いい子だし、頼りになるし」
「いて欲しい」
「そう、そういうことだ」
大ぼけの影が二本、挟まれて呆れた影が一本。人混みがうるさかった。
私は、殺すために殺さないでいるだけだ。思い違いも、ここまで来るとおめでたい。
「そうやって何でも信じて、楽しい?」
言葉で毒を吐いていた。信用していないものもあると、ナツは笑った。今にも穴の開きそうな鍋でしょ、奮発した割に根性のない砥石、長老の独自の天気予報。人里には長老と三回唱えると食あたりしないって不謹慎なおまじないがあって、
「けどメディスンは信じる」
「そういうこと。ジロさんは曲がったことは言わないよ」
私越しにのろけて、ナツは急に大声を上げた。
「鍋で思い出した、生姜入れるの忘れた」
小股の早足で、ナツは半端に駆けていった。そそっかしい。ジロが私を連れて追った。耳元で問いかけてみた。
「どうして、ナツにしたの」
ジロは赤らめた頬を掻き、慌ただしい相方を見遣って、
「ナツだからだ」
微かに、確かに言い切った。
人間の信頼や情に、曖昧に毒されたのかもしれない。その晩の鶏そぼろの肉じゃがは、とても美味しかった。
人と妖の生活時間帯が、ぶつかり合っている。数日後、昼間に眠たくなった。ナツが掛け布団を引き摺り下ろした。折った座布団を枕にくれた。
「寝てて平気だよ」
ゆりかごのない部屋で、ゆりかごの子守唄に寝かされた。臙脂や白の布で、ナツは縫い物をしていた。
すみません。そこははたきでも届かなくて。次郎さんや、この子がやってくれています。
ありがとうございます。食欲はありますよ。
大丈夫です。張っても痛みは辛くはありません。
ナツが、誰かと敬語で話をしていた。白蓮だろうか、ううん、ナツの口調が改まっている。永琳達? 診療日ではない。
薄目を開けた。反射的に、毒を放ちそうになった。中年を過ぎた着物の女が、私を見下ろしていた。寒気のする、険しい目で。
ナツが女を戸外に送った。
「お兄さんと、お義姉さんによろしくお願いします」
彼女が、ナツの母親だった。水玉柄の裾を持ち上げて、ナツは戻ってきた。
「起こしちゃったか。お母さんが来てたの」
「聞こえた。私を睨んでた」
「そっか」
よしよし。私を慰めるように、前髪を指でくすぐった。ナツもがっかりしているようだった。鈍藍の矢絣の人形を抱っこして、庭を向いた。西日が瞳を焼いた。
「親なのに、なんで敬語で喋ってたの? 怖いから?」
素朴な謎を投げかけた。この間通った雑貨の店では、大人の親子のような人々が砕けた会話をしていた。年齢の問題ではないだろう。んー、とナツは脚の上下を不器用に組み替え、
「人間にも色々あるのさ」
涙を伝わせた。ぎょっとするほど大粒の。輪郭線に留まって、落下した。ナツは人形を傍らに置いて、袖に雫を吸わせた。ああもうと夕空を仰いだ。
「私、悪いこと訊いた?」
「全然。これはあれだ、晴れない気持ち。永琳先生は、そうなって普通なんだって言ってたよ。なりたくないけど」
「憂鬱ってこと?」
「難しい言葉知ってるね、メディちゃん」
「毒の名前だもの」
毒かー。涙声で、ナツは呟いていた。泣き笑いの彼女の横で、オレンジの天空を見上げた。ジロが帰ってくればいいのに。最近は遅い。長雨の季節になる前に、建物を仕上げたいらしい。
ナツは竹箒を逆さまに持って、
「毒使いのメディちゃんに、どんな人にも効く毒を教えようか」
「え、どんなの」
庭土に柄の先で、三文字。『こどく』と書いた。漢字が出ないのか。私は箒をナツの手から取って、
「こういう字でしょ」
『蠱毒』と左に綴った。
「虫の呪いの毒薬ね。もしくはこっそり毒を盛ること」
「そういう毒もあるんだ。私が文字に直すなら、こうかな」
右に、『孤毒』と記した。そんな毒はない。そもそも、
「ナツは頭が悪いの? 字が違うわ」
『蠱毒』でないとしたら、『孤独』だ。ナツは、これで合ってるんだと『孤毒』をつついた。
「正しくないのはわかってるよ。でもさ、独りぼっちの『独』と、苦しむ『毒』は重なるんじゃないかな」
「音はね」
「意味も」
私達は弱いから、独りじゃ生きられないんだよ。里で、色んな人と支え合って暮らしてる。ジロさんと夫婦になったし、子供もつくる。利用する訳じゃないよ。ナツは対面前の我が子を、両腕で抱きかかえた。憂鬱の毒雲を清めるように、
「産むんじゃなかった、とか。お前なんか要らないとか。言われたり感じたりしたら、毒になるよ。ずーっとその状態だったら、生きたくなくなる。この子には、絶対そういう心は味わわせたくない。これ、ジロさんとの約束」
濡れた笑顔を輝かせた。
宝玉の眼を見開いた。かたん、だろうか。ことん、だろうか。胸の奥が、揺れた。忌まわしい記憶を、ナツが呼び覚まして。理解して、守ろうとしているから。
「強い妖怪のメディちゃんには、わからないかな」
――お前は要らない。どうでもいい。
「ええ、わからないわ」
高らかに払い除けた。
倒すべき敵と、本心で解り合うものか。
ナツ達は、危ない。
ジロは相当暗くなってから、戸を引いた。
「おふくろが。物置にあったやつ」
「わ、すごい。手入れして使おう。ごめんねジロさん」
籐の曲線のゆりかごを抱えていた。表面の傷みや棘はジロが修理できるだろう。寝具やクッションはナツが整える。
「ジロもこれで寝てたの?」
多分。ジロは斜めの顔を下ろした。ナツが快活に、夕飯にしようと夫の背を押した。
次のジロの休日には、ゆりかごは新品のように磨かれていた。清潔なタオルが敷き詰められている。枕は首が据わってから作るそうだ。準備万端。
ジロとくっつきながら、ナツは針仕事。数日前と同様の、色無地布を服に仕立てている。大きさは人形用。昼過ぎの鐘が鳴り、緑の糸が鋏で切られ、
「できた」
全貌が披露された。振袖や浴衣ではなく、洋服だった。私のドレスを、明色系統の色違いにしたような。白襟、黒味の臙脂の上部、白のスカート。紅のリボンが縦横に交差している。物足りない白地部分を補うように、野苺の刺繍が施されていた。
「メディちゃんのを真似てみました。同居してたら着せてみたくなって」
ジロが絣の人形を手渡して、ナツと背中合わせになった。
「女の子の着替えは覗かないのが礼儀ってね」
灰黒頭が振られた。ナツは実の子にするような心ある手つきで、衣服を替えた。純和風の娘が、洋風におめかしした。靴はない。下着の量不足で、ひだ寄せのスカートは膨らまない。けれども、
「ジロさん、こっち向いていいよー」
ジロは目を見張り、似合う。と感嘆の声を漏らした。
見られないことも、なかった。可愛いと言ってもいいかもしれない。着慣れた西洋着だから、ナツの細かな制作の様が伝わってきた。所詮人間の腕だけれど、一針一針手を抜かずに縫い進めていた。箪笥の着物達も、こうやって作ったのだろう。
凝視していたら、
「メディちゃん達のもあるよ」
「え?」
押入れの下段から、二着。ジロが、私と小人形のドレスを出した。肩布を摘んでいる。びっくりした。
「大体の採寸だから、ぶかぶかかもしれないけど。袖だけでも、通してみてくれないかな。気に入らなかったらいいよ」
畳に並べて、ジロは視線を外した。
私は私の着たいものを着る。着せ替え遊びの道具にはならない。
「試着。一回」
ナツに応じたのは、純粋に惹かれたからだ。
目算で、入るようにやったのだろう。袖口も襟元もだらしがなかった。スカートは緩くて、巻かないとずり落ちた。下穿きは露になりそうだった。全体のバランスは、悪くはなかった。懐中時計の鏡を前に、半回転した。ジロはこれもいい。と恥ずかしそうに一撫で。ナツは大喜び。
「違和感のあるとこ教えて。できればサイズも。修正するよ」
黒髪の人形は、二人に愛でられて笑みを浮かべていた。ナツもジロも、決して彼女を捨てない。
人にも私達にも、居場所のある家だった。
心が厚くもやついた。
私も、ナツ達と住んでいたら。一人形として、生涯を終えられたのかもしれない。最大限の庇護と、情愛を受けて。あの子は幸せだ。
現実の生まれ育ちは、毒の霞の真っ暗闇。それで構わないと思ってきた。あいつらが私を必要としない分、私もあいつらを必要としない。スーさんと、仲間が友達。人は、滅ぼす悪役。
ナツとジロは、危ない。私の人間観を変えてしまう。殺してやりたくなる要素がない。ぼけで、寛大で、むしろ心配になるくらいだ。
私を動かす魂が、揺らぐ。
「早く、産まれるといいわね」
終わりにしたい。私が壊れる前に。私は、人を嫌わなければ生きられない。
ナツの出産の予定日まで、三日。ジロは休まず、雨中仕事に出て行った。水の線のくっきり見える、激しい雨だ。こういう日は、屋内で資材を切るそうだ。
予定は目安と、ナツはゆったり構えていた。吸って吐いて。お腹を使った深呼吸や小刻みの呼吸を繰り返し、
「いつになるかなー。メディちゃん、非常時にはよろしくね」
たまの下腹痛を堪え、お産用の布袋をチェックしていた。
午後、ナツの母親が訪ねて来た。前回ほどではなかったけれど、やはり私を見る目は冷ややかだった。洋装の人形への瞳も。私達の何が不満なのだろうか。母親がかまどに立っているときに、ナツに耳打ちした。
「ごめんね」
ぼやかして、謝られた。
二人は体調や、医師について話していた。出血はないです。貧血も。夜は張りが強くなりますけど、次郎さんがついています。永遠亭のお医者さんはいい方ですよ。当日は命蓮寺の方々のお世話になります。道程は平気です。腕利きの産婆さんは、お義姉さんに。敬語がよそよそしくて、ナツが別人になったかのようだった。互いに、笑えてはいた。ぎこちなく。
「メディスンちゃんもいますし、問題ないですから。産まれたら、顔見に来てください」
母親の恐怖の眼の理由は、帰る際に判明した。何気ない愚痴で。逆さの和傘を戻し、
全く、私のあげた人形は――
「あ、あー」
聞き逃さなかった。ナツがうろたえ謝罪し、慌てて彼女を送った。私に横目をやりつつ。焦っていた。閉めた戸が反動で僅かに開いた。
「聞こえちゃった、よね」
「人形のことを、私はいい加減にしないわ」
猛毒が、体内で煮えたぎっていた。激烈な情念が、燃え盛っていた。
この女は、やってはいけないことをした。壁際に追い詰めた。
「ナツはさ」
全く、私のあげた――
「人形を捨てたの?」
私のあげた、人形は捨てたのに。
うん、とナツは肯定した。
「どうやって殺したの」
「関節をばらばらにして、焚火に。ごめんなさい。反省してる。お母さんに貰った、大事な人形だったのに。もう捨てない。メディちゃんを傷つけたくなくて、内緒にしてた」
「反省なんて信じないわ。傷つけたくなかった? 殺されたくなかったの間違いでしょ。お前達は卑怯だもの」
憎らしかった。惨殺犯のナツが。
嬉しかった。人の汚い面を暴けたことが。私の正義を遂行できる。この家で見失いかけていた、私を戻せる。
嬉しくて、かなしかった。
ナツは白服のお腹を庇っていた。
「この子やジロさんや、皆にはさ。手、出さないで。悪いこと、してない」
「これからするかもしれないじゃない。つまらない命乞い」
約十日でわかった、こいつらを殺めるのに貴重な毒物は用いなくていい。
私は隣室に飛び、ナツの人形をさらった。この子は私が解放する。一度ごみにした女の愛情など、当てにならない。ナツが不自由に這ってきた。醜い。邪悪に嘲って、
「お前なんか要らない。産まれなければよかった」
万人に有効だという、独りきりの毒を撃ってやった。面白いように表情が消えた。私も、胸を砕かれるように痛かった。
障子を開け放った。強雨の曇天に飛び立つとき、
「鈴蘭畑に放置されて、毒の力で生まれたの。私の魂は、憎しみと嘆きと怒り。人間のお前には、私のことはわからない」
見下して決別した。項垂れていたナツは、
「わかるよ。私も、ジロさんも」
欲しくもない、嘘の気休めを寄越した。嫌に真剣で重かった。人形がいて、耳を塞げなかった。
雨糸を、全身で貫いた。服が水を吸収して、翔け辛くなった。腕の人形も重みを増した。未練があるかのように。あの家に帰りたいのだろう。お人好しの住処に。
彼女のドレスの刺繍は、赤と緑の野苺。私の二番目に好きなもの。ナツは買えないから、模様にしたのかもしれない。ジロは彼女や私を、短く真面目に褒めていた。
ジロの願い事は、破ってしまった。ナツは今、独りぼっちだ。
いい人達だった。私の原動力を融かしかけるほどに。危ないところだった。ナツが失敗してくれて、助かった。
助かって、かなしかった。私も戻りたかった。あの家は狭苦しくて、貧しくて、温かかった。私の得られなかったもので満ちていた。
白蓮には、依頼を果たせなくなったと言うことにした。お寺に降りた。
本堂で、人妖への説法をしていた。軒下で待った。
「どのような種族にも、救われる魂があります」
彼女の得意な平等論だった。
「救われないのだとしたら、それは不幸な思い込み。繋がり、助け合い、お互いの救いになりましょう。そうして未知の可能性に気付くことも、『生まれる』と言えるのではないでしょうか」
ありとあらゆる誕生を、彼女は喜べるのだろう。私には、できない。妖怪と関われても、人間とは。
参拝客と入れ替わりに、白蓮の許へ。彼女はずぶ濡れの私とナツの人形に、たおやかな微笑を崩した。
「ナツさんに何かあったの?」
「何もないわ。面倒見るのやめただけ」
「何故? 任せてって、あんなに親切に」
私は順に、言動や出来事を述べていった。だからもう一緒にはいられないのだと。白蓮の理想は、遂げられない。
彼女は超人力で私の手首を引っ掴み、門を抜けた。土砂降りの道を走った。ナツの家の方角へ。
「会わせる気? 私は嫌。あいつは私達を苦しめた」
「貴方もナツさんを悲しませたわ。生命と言葉に責任を持ちなさい。向き合うの」
「あいつに私がわかるはずが」
ある。白蓮は雨音を、濁りのない声で裂いた。
「自分は要らないと疑ったこと。価値のない感覚。ナツさんも次郎さんも抱いたことがあるわ」
次郎さんが、安産祈願のときにナツさんの話をしたの。ナツさんは、物心ついてから養子に出されたのですって。お子さんに恵まれない親戚の家に。でも結局その家に子供が産まれて、実家に帰された。居場所がなくて落ち込んだそうよ。二度捨てられたと感じても、不思議ではないわ。
ナツさんは、別の機会に次郎さんのことを話してくれた。次郎さんは産む予定のなかった子で、家の負担になっていたの。出来のいいお兄さんとも比べられて、辛い思いをした。居心地が悪くて、早くに大工さんに弟子入りしたの。
「今日では親子の和解も進んでいる。けれども、気分のいいことばかりではない。相手と子供には、最良のものを贈りたい。それが二人の望み。貴方とナツさんが出会った日、ナツさんがどうして無名の丘を見たがったと思う? 私は、お母さんになる決意を固めたかったのだと推測したわ。あそこは、昔の子殺しの現場だから」
鈴蘭の毒に眠らされた人間のことも、想像していたのかもしれない。時代が異なれば、ナツやジロもきっとそうなっていた。我が子は捨てまいと、ナツは誓ったんだ。
ナツが人形を燃やした原因は、やりきれない怨憎。見捨てられたと恨んで、ものに当たった。母親のくれたものに。
水滴が上から下に降るように、当たり前に読めた。
「なんで、虐げた奴に復讐しないの」
「ひとは、暗いものだけでできてはいないから。メディスン、貴方もそう」
「私も?」
救われないのだとしたら、それは不幸な思い込み。白蓮は、聴衆に語っていた。
私も、憎しみなしに生きられる?
住宅街の細い小路まで来て、
「ナツさん!」
白蓮が足を速めた。焦げ茶の傘を差して、ナツが歩いてきた。袋を提げている。白蓮と、私達を認めて安心したように笑んだ。あー、戻ってきてくれたんだ。
「陣痛、きました。まだまだ歩けるんで、命蓮寺まで行こうかなって」
「間隔は?」
「十分置き。耐えられます」
「この雨です。大事を取りましょう」
家に帰し、白蓮は布団にナツを横たわらせた。
「船を起動させて、次郎さんを呼んできます」
「すみません。棟梁と皆さんによろしくお伝えください」
「メディスンはここにいて。目を離さないで」
魔法仕掛けの速度で、白蓮は飛び出していった。
部屋には私とナツと人形が残された。何と言ったらいいのかわからなくて、ドレスの娘を突き出した。布巾でくるんでから。ナツは梅雨の匂いの人形を抱き、
「短い家出だったね。おかえり。風邪引かなかった?」
私達に笑いかけた。ついさっき悪意を剥き出しにした毒人形に、かける言葉ではないだろう。善意ぼけ、いや違うか。ナツにも腹立たしいことや、絶望したことはあった。乗り越えたんだ。
「喧嘩はやめよう。メディちゃんが私を憎いのはわかった。それでも休戦させて。言い争いは、聞かせたくないよ」
傍いて。色褪せた畳を叩いた。時計のある枕辺に座って、
「痛む?」
「まだ余裕」
ナツは私と手を重ね、人間の入れ物に押し当てた。この子は、無垢な魂を宿して産まれるのだろう。二人に育てられて、澄んだ色に染まる。
「親の心境になってきてるのかな。メディちゃんと、捨てちゃった人のこと。考えて、ひとつ思ったよ」
手の甲が覆われる。聞き流してもいいよと、ナツは前置きした。
「メディちゃんの持ち主はさ。メディちゃんのこと、実の子供みたいに好きだったんじゃないかな。だって、わざわざ無名の丘に置いていったんだもの。里からは遠いよ。普通の人間は、もっと近場を選ぶ。メディちゃんの親御さんは、鈴蘭畑で間引いた。本当の娘さんみたいに」
手放した訳は、わからないけどさ。捨てられた事実も変えられないけど。
「別れる最後の一瞬まで、メディちゃんはその人のこどもだった。そうは思えないかな。そう信じれば、淋しくない」
強い妖怪に、淋しさはわからないか。変色した天井に、ナツは瞳を向けた。
私の仮の親。捨てた奴の温情。思いを巡らせたことがなかった。私を殺した。その一点にのみ執着して、決めつけてきた。
ナツの仮定で、何かが開けた。
私にも、愛された時があったとしたら? 憎しみ、嘆き、怒り。底なしの澱みに、明るいものがひとかけあったら。ナツやジロと暮らした、毎日のように。
「人間はさ、淋しいんだよ。独りは嫌なんだ。淋しい。さびしい。ああもう、こんな沈みたくて言ったんじゃないのにな」
ナツ達は、私を受け止められる。私も、
「わかるわ」
彼女を理解する。
人を害するためじゃない、生かすために、
「コンパロコンパロ、毒よ集まれ」
初めて私の能力を使う。憂鬱も心痛も孤毒も、全て私が引き取る。恨まない。嫌わない。
魂にひびが入った。私を閉じ込めていた、殻だろうか。内部が暴れている。
「メディちゃんは、いい子だ」
ナツは、安らいでいた。
ナツと、職場から駆けつけたジロ、私達を乗せて、お寺の浮遊艇は離陸した。竹林の屋敷に全速前進。速やかに永琳の診察と前処置を受けて、ナツは病室のベッドに移った。出産の本番まで、何時間もかかるそうだ。お腹に機械の末端のパッドを貼っていた。ナツの陣痛の程度や、中の子供の鼓動を常時調べている。ジロと人形と私は、彼女についていた。余裕余裕とナツは寛ぎ、
「蛍袋」
「勿忘草。次メディちゃん」
「鈴蘭」
花の名を挙げるゲームをしていた。どきどきしてちゃ出て来辛いでしょ、と。軽い夕食も平らげていて、これから人を産むようには見えなかった。でも確実に下腹部の痛みは訪れていた。顔色も機械音も変わった。
照明の尽きない一室で、雨夜は過ぎていった。
打ち上げ花火のようなもの、らしい。
「里の夏祭りの、メディちゃんは見たことあるかな。私とジロさんは毎年行ってるんだけど。なーんにもないところに、ばーって広がるのね。そんなとこ……」
余裕が、目に見えて失せていった。苦痛の間隔が狭まって、強くなった。日をまたいで、更に。ジロに腰をさすられて、呼吸を合わせていた。私は汗を拭った。
「痛い、かもしれない」
「うん」
「痛い」
「うん。幾らでも言え」
きつくなる一方だ。子供を出すときは、今よりも酷くなるらしい。永琳の腕にかかれば、鎮痛くらい容易いはずなのに。麻酔薬もある。どうして使ってあげないのだろう。機械はけちらないのに。苛立っていたら、
「次郎さんとメディスン、一旦お外に。信号が来てるわ」
永琳と助手が私達を追い出した。
ややあって、ナツが二人に支えられて現れた。始めるという。
「ちょっくら、分身してきます」
息苦しそうにおどけるナツを、ジロが抱き締めた。寡黙な彼が、一杯言の葉をかけていた。無責任な励ましではなく、愛や絆の語を。ナツは一句一句に答え、
「生きるよ。次に会うときは、ジロさんとこの子と三人。人形やメディちゃん達も入れて、四人、五人、六人。これってすごいことだよ」
最後に私を見詰めた。
「メディちゃんがいて、楽しかったよ。また、ね」
吐息交じりに挨拶して、専門室に向かった。
付添人用の寝室は、用意されていた。ジロは眠らず、ナツのお産中の部屋に相対して座り込んだ。薄暗い廊下に。私も倣った。人形だけが瞼を下ろしていた。
「疲れない? 働いた後でしょ」
「疲れない。眠らない」
ナツの悲鳴や、永琳の助言が漏れ聞こえた。
「永琳の馬鹿、なんで薬で楽にしないの」
立ち上がりかけた私を、ジロが制止した。先生との誓約で、幻想郷の掟なのだと。
「生き死にの手助けはする。命の根幹は操らない。自然に委ねる。永琳先生は天才、けど何事にも完璧はない」
医療のミスは、弾幕ごっこのミスとは比べ物にならない。しかも、人間の肉体は頑丈にできていない。些細な毒で逝く。永琳でも、最悪の場合。
境界線上にいるのだと、ジロもナツも意識していたんだ。無事に新しい家族を迎えられるか、欠けるか。それで、照れ臭くて言えないようなことも言った。楽しかったと、過去形にした。
「ナツも俺も、運よく産まれた」
「またね」は、ないかもしれない。私が奪おうとしていたものは、重過ぎる。
ジロは大拳を震わせていた。扉の先を見据えて。
私は、右手で左拳を撫でた。すまん。とジロは顔を上げたまま詫びた。神社やお寺の祈祷の詞を、途切れ途切れに声にしていた。勉強しておくんだった。そう後悔しながら。
「わがたましいをいたましむることなかれ。めにもろもろのふじょうをみて、こころにもろもろのふじょうをみず」
「どういう意味?」
「自分のたましい、精神の神様を傷つけるな。汚いものを見ても、心では見ない。耳や口も。清く在れば願いが叶う」
たましい。
「穢れても、そうすればやり直せるの?」
教えに疎いジロは、
「生きていれば、何でも何度でもできる」
神や仏の知恵のない、人らしい返しをした。闘うナツへの、熱が籠もっていた。
私も祈った。災いだった人間のために。
胸中のひび割れが、広がっていった。
一時間。二時間。通路が段々と、早朝の薄い光で明るくなった。雨の轟音は既に弱く、
「……ふぇ、んぎゃぁ、ぎゃぁ、あぁ、あぁ」
産声で完全に掻き消えた。あー、あはは、よかった。痛ぁ。おめでとう、お疲れ様。もう少し力を入れていて。ウドンゲ、産湯と計測準備。はいっ。
子供も、ナツも生きている。
「産まれた」
ジロは弾かれたように立って、よろけた。放心したような足取りで、扉にしがみついた。
「次郎さん、あとちょっと待機ね」
永琳が室内から指示した。ジロ父さん、女の子だったよー。浮気するなよー。ナツは能天気に叫んで、痛いと呻いていた。
「しない!」
破顔一笑。堅いジロが浮かれていた。
人の生は、儚く目映い。
私は、白い想いといた。
およそ一時間後、入室が許可された。最初は親子三人の方がいいだろう。私はナツの人形を膝に乗せ、
「メディスンも」
いってらっしゃいと振った手を、ジロに握られた。
「いいわ、私達人形は二番手で」
「皆で行く。メディスンもいないと駄目だ」
――お前は要らない。どうでもいい。
過去の傷が、薄れていく。私が、必要とされている。
割れそうだった。
「おはよう、ジロさんメディちゃん」
処置寝台で、水色の手術服のナツが半身を起こしていた。すぐ脇の幼児用ベッドで、灰茶の髪の赤ちゃんが黒い目を開けていた。穏和そうな瞳はジロに、陽気そうな口はナツに似ていた。
「見えてるの? ナツとジロのこと」
「ぼーっとね。音や匂いも。それで、ジロさんとやりたかったことがあって」
再会の抱擁を解いて、ジロは慎重に娘を抱き上げた。首に用心している。
「メディちゃんにも、言いたかったことだよ」
夫婦で笑い合い、せーの、とナツが始まりの合図。二人で、
「うまれてくれて、ありがとう」
声を揃えた。
私が聞きたかったことば。ナツやジロも、欲しかったのかもしれないことば。積み上げて、今日ようやく響かせた。
私は、人間に愛されていた。愛されている。
かしゃん。魂が鳴いた。殻が粉々に砕けて、融けた。
透明な水が一気に溢れて、零れた。腕に抱いた人形にも伝った。つくられたもの同士、泣いた。
闇はない。やり直せる。
幾千幾万の毒を許され、優しさを吸って、
「うんでくれて、ありがとう」
私は、再び生まれた。
永琳の検査あり、白蓮一行のお見舞いとお祝いあり、ナツの初授乳あり。晴れの誕生日の夕暮れに、皆と別れることにした。ナツもジロも引き留めてくれたけれど、さよならに決めた。もう一人の親で友達の、スーさん達が恋しくなったのだ。ナツ達にも、会いたいときにはいつでも会える。
白蓮は赤子と私を、祝福してくれた。あまりに礼賛するので、恥ずかしくなって止めさせた。
明日にはナツとジロの両親も来るという。頑張って話してみる。言えなかったことも。愛娘を挟んで、二人で頷いていた。
病室の円窓を開けて、
「短い間だったけど、ありがとう」
「こちらこそ。ご飯食べにおいで。ドレスも包んでおくから」
「名前は浮かんだの?」
「まだ。頭の一音は決めてある」
「メディちゃんの『め』、拝借します。可愛いいい子に育ちそう」
安眠中の我が子ではなく、野苺スカートの人形の手でナツはさよならをした。
「人形のこと、頑張って。うちの子は譲らないけど」
「取らないわ」
人間といて、幸せな人形もいる。その子達は、温かく見守る。不幸せな境遇にある子には、手を差し伸べる。人形にも、持ち主にも歓迎される方法で。復讐は、やめた。憎悪がなくても、私の目的は達成できる。
毒の能力は、ものとひとを生かすために使いたい。力は武器にも薬にも、救いにもなる。
「元気で。家族で鈴蘭を見に行く」
ジロと握手を交わし、
「またね、メディちゃん」
笑顔に送り出されて、飛翔した。
竹の葉の古緑の上に、鮮やかな青と茜の天蓋。壁はない、境は越えた。夕焼けに一番星を見つけた。
空を滑り出すと、
――はっぴいばすでい。
たどたどしい、英語の生誕祝いが心に届いた。和服に馴れ親しんだ、ナツの黒髪人形を思い浮かべた。
次回の来訪時には、発音を指導しよう。一年後、ナツとジロの娘を祝えるように。
楽しい予定を立てて、私は帰郷した。
――お前は要らない。どうでもいい。
そう思われて、私は放置された。顔形を記憶から追い出された。殺されたようなものだ。勝手に名をつけられて、感情を決められて、手足や髪を弄られて、結末がこれ。恨めしかった。
猛毒の鈴蘭畑に置き去りにしたのが、奴の失敗。幾千幾万の毒を吸って、私は生まれた。憎しみや嘆きや、怒りを魂にして。
虐げられている仲間を、いつか人の手から自由にしようと決意した。
壮大な、人形解放計画。私って凄いなぁと、スーさんとはしゃいでいた。勇ましい気持ちと一緒に、甘い毒霧が立ち上った。無敵だった。
私は身体も中身も、小さかったらしい。数年前、無縁塚で怖い瞳の女のひとに叱られた。視野が狭い、その辺の人間と変わらない。他人の痛みがわからない。人形はついてこないと。自分をごみにした、人と同類扱いをされるのは嫌だった。私はそれまでの行いを、大分素直に反省してみた。将来のために、他者と関わっていくことにした。スーさんの畑から、徐々に移動範囲を広げて。
ひと付き合いは、嬉しくて難しかった。竹林の永琳という薬師は、私の毒薬コレクションに感心していた。死の毒も、使い方次第では良薬になる。研究の役に立つと褒められた。しわくちゃ兎耳の助手は、私への警戒心をなかなか解いてくれなかった。初対面のときに、毒物で攻撃した所為だ。危なくないところや便利なところを何ヶ月も見せた。仲良くなろうと努力した。それでも臆病に私を疑っていた。頭に来て、何度か毒を溢れさせそうになった。ここで苦しめたら、前と同じになる。必死で堪えた。何とか、素手で握手できた。喜びを、爛れる霧に変えないように頑張った。能力を制御する術を、体得していった。
敵地である人里にも、好奇心で偵察に行ってみた。初めは人の群れに慌てて逃げた。人口の少ない田んぼの周辺から、中心部に向かっていった。去年、やっとお店や寺子屋を覗けるようになった。背が低いからか、人形だからか、童の遊びによく誘われた。楽しそうで、加わってしまう日もあった。奴らは戦う相手なのに。我に返って別れた。人形を軽んじる人々には、我慢がならなかった。売れない子は品物の棚から下ろされていた。分解されて、燃料になるらしい。喧嘩で首のもげた子や、お下げを切られた子もいた。許せなかった。人間への憎悪の念が、手加減を押し退けた。通りで致死量の毒を噴出させ、止められた。紅白の巫女ではなく、金と紫の髪の女性に手を握られていた。死者は出なかった。彼女が、妖しく透ける膜で毒煙を包囲していた。ほんわか微笑まれ、怪力で里近くのお寺に連れて行かれた。
彼女は白蓮という、魔法使いの僧侶だった。このお寺で、妖怪を保護しているそうだ。妖を助ける癖に、どうして私の味方をしてくれなかったのだろう。私は毒を撒いた訳を、話して聞かせた。白蓮は私の生い立ちを憐れみ、人形の境遇に同情した。でも、私の行動を認めなかった。人に対する恨みを、なくすように言った。そうすれば、もっと成長できるからと。私を形作るものを、完全に融かせるはずがないのに。私の里襲撃は、次もその次も阻止すると宣言した。私が退治されないように。住人に被害のないように。人妖は平等なのだと、彼女は説いた。
「貴方にも人間にも、救われる魂がある」
理解したくなかった。私を撫でる手は、力強くて優しかった。
濃緑と、白い小花の草原。私の鈴蘭畑に、大きな船の影がひとつ。薄めた青の夏空に、停泊している。乗客の人間共が、甲板から身を乗り出している。白蓮のお寺の遊覧船だ。
「コンパロコンパロ」
私は地上で適当に呪文を唱え、手招きで毒の涼気の上昇を防いだ。
あの浮遊艇の航路にスーさんの畑が加わったのは、最近のことだ。白蓮に、新しいルートに入れてもいいかと訊かれた。花の毒は私と乗員が防ぐけれど、貴方にも協力して欲しい。両手を包まれ頼まれた。人を、私の陣地に招く。私と人間との距離を、彼女は縮めようとしている。気に入らなかった。ただ、彼女を残念がらせたくはなかった。他者と接しないと、人形解放の日も遠ざかる。迷って渋々許可した。可憐なスーさん達は、里の住民に好評のようだ。遠見鏡で観賞している。馬鹿な連中だ。未来の死因に、呑気に見惚れて。
白蓮とお喋りしようと、船に飛んで行った。先客がいた。虎や入道使いじゃない。肩上に短く髪を切った、人間の女だった。お寺でおやつに出される、ココアみたいな色の髪。服は上に載せるホイップクリームの色。他の客と違って、帯の着物ではなかった。半袖裾長のワンピース。
「教わったこれ、すっごく楽です。和服崩せば縫うとこ少なくて済みますし、型もきっちりやらなくていいですし。腰帯も合わせ目もきつくなってたんで、ばしばし作りました」
「よかったですね。揺れは平気ですか? 具合が悪くなったら言ってくださいね」
「余裕、快適ですよ。一度来たかったんです」
湿気のない快晴の日のような声で、笑うと丸っこい瞳や大きめの口が目立って、凄く凄く、
「白蓮、何この太った人」
「何と」
「メディスン!」
でっぷりしていた。他は酷くないのに、お腹周りが可哀想なことになっていた。大入道の芸かと思った。
「白蓮さん、この正直な妖怪さんは?」
「メディスン・メランコリーさん。ここ、無名の丘の主のような子です。植物の毒を操って、遊覧船に害がないようにしてくれています。メディスン、こちらはナツさん。太っているんじゃなくて、妊娠しているの」
「にんしん?」
知識になかった。中に一人赤ちゃんがいるのだと、白蓮は説明してくれた。そうか、人間は同族を体の中でつくるのか。胞子や卵は使わないで。途中で壊れない、狡賢いやり方だ。犬や猫や鼠も同様の方法で増えるらしい。私の毒気に怯んで逃亡するから、見たことがなかった。
「なんで出さないの? 皮を切って出すの?」
「まだ産む準備中だから。あと二週間くらいかな。お腹は切らないよ、下から出す」
「そうなんだ」
膨らんだ身体に、豆人間が収まっている。入れ子人形のようだと想像して、やめた。こいつは人、私の敵だ。視線は、腹部から離せなかった。湧き上がる興味に固定されている。白蓮がついているからなのか、ナツは無防備で
「触ってみる?」
人入りの部分を指した。掌を当ててみた。肉の水風船みたいだった。温かかった。殴ったら殺せそうだけれど、やらないでおいた。私の殺害手段は毒だ。
「動くの、これ」
「前まではやんちゃだったよ。打つわ蹴るわ。今はそんなじゃないかな」
「死んじゃったんじゃないの」
「生きてるよ、下の方で元気にしてるの」
そういうものなのか。ナツは私の手を取って、ぼってりしたお腹をさすった。白蓮の存在とは無関係に、他人の好きな人なのかもしれない。
私は人間の製造技術を、学んでいなかった。肉体構造は永琳に習ったけれど。ナツの子供づくりは、毒生成の参考になりそうだ。より効率的に人体を侵すための。この女は平和的で、騙しやすい感じがする。十四日程度なら、里でもどうにか。策を練っていると、
「メディスン、お願いがあるのだけれど」
「なに?」
「ナツさんのおうち、日中はほとんどナツさん一人なの。旦那さんはお仕事に出かけてる。予定より早く産まれる可能性もあるわ。しばらくナツさん達と暮らして、異変があったら私達に知らせてくれないかしら」
白蓮が格好の提案をしてくれた。
「人の誕生のお手伝いは、貴方にもいい経験になるはずよ」
彼女の動機はともかく、都合はいい。いやいいですよ、悪いです。遠慮するナツに首を振って、
「やってあげる、任せて。ご飯は食べさせてね」
毒牙を隠した、幼女の笑顔をこしらえた。白蓮は私の親切心を称え、ナツに受け入れを勧めた。いえ、でも。彼女は申し訳なさそうに悩んで、
「うち、古くて狭いよ? 身体によくないよ」
「私は小さな人形よ? 身体の毒になるものでできてるの。外に零しはしないけど」
中の子と相談して、
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおっかな。友達ができるね」
私を胸に抱き寄せた。怯えるでもなく、恐れるでもなく、自然に。無知な幸せ者だ。大人しく抱かれてやった。緩くも苦しくもない抱擁だった。人間にしては上手い。
「メディスンちゃん。メディスンちゃん。ごめん、呼び辛いからメディちゃんでいい?」
約二週間の仲だ。まあ、特別にいいことにした。
お寺の敷地に着陸して、ナツと暮れの農道を帰った。腕を振って歩く、彼女の隣に浮いた。食べ物の好き嫌いや、私に従う小人形のことを質問された。大好物は人肉だけれど、黙っておいた。次に好きな野苺を挙げた。旬を過ぎちゃったなーと、頭を掻いていた。私の羽人形は、
「最初の仲間。捨てられていた子を、私が治してあげたの」
「はー、すごいんだね」
妖怪の奥義に、一般人のナツは感心することしきりだった。得意になって、
「幻想郷の全部の人形を、私が支援するの。それで」
人間に復讐すると言いかけて、口を閉じた。いけない、内緒にしないと。話題をずらそうと、
「ナツの旦那さんって、どんなや……どんな人? 職業は?」
問いを返した。訊いておきたかったことだ。ナツが友好的で抜けていても、相方が鋭ければやりにくい。猟師や里の見張りじゃないといいのだけれど。
「ジロさん。次郎さんね。いい人だよ。大工さん。家を建てたり直したりしてる」
棒状のものを振り下ろす仕草をした。とんかち、金槌だ。仕事道具を武器にされないようにしよう。
商店の並ぶ一帯に来た。ナツは朝顔柄の風呂敷を取り出して、袋型に結んだ。野菜のお店で、にらやピーマンを買った。人間の買い物の様子を間近で見た。お金のやり取りをしていた。店主のひげ男は、私に驚いていた。何だナツ、もう産まれたのか。違うよ、この子はお客様。からかわれて、トマトをひとつ貰っていた。人の会話は不思議だ。
「笑われると売り物に化けるの? ナツが弱みを握ってるの?」
「あのおじちゃんの気前がいいの。皆いい人だよ」
でも、私達にむごいことをする。ナツは白蓮や隣人の、善意にぼけている。
民家の間の細道の奥に、ナツ達の住居があった。屋根も壁面も戸も木の、炎にとことん弱そうな家だった。所々、板の端が黒ずんでいた。傷のないところもあった。穴が開くと修理するそうだ。引き戸は滑らかに開いた。旦那さん、ジロが調整したという。
里の普通の住宅は、隙間から眺めたことしかない。内側は初侵入だ。ナツ邸の感想は、
「ここで二人、三人で生活できるの?」
「だから狭いって言ったの。貯めて引っ越すよ」
当然竹林の日本家屋未満、お寺未満、博麗神社にも満たない。かまどのある土間と、畳の一間。障子の先は仕切りの低い庭だった。入ってすぐに家中を一望できた。
「厠は共同のがあるから。お風呂はジロさんの知り合いの家で借りてる。メディちゃんならたらいでも行けるかな」
鈴蘭畑は贅沢だ。スーさんの園に戻りたくなった。短期間、人を殺める毒のため。念じて耐えた。
ナツは土間と畳の段差に腰掛けて、腿上を揉んだ。二人分の重みで痛むのだろう。私は奥の部屋に進んだ。見逃せないものが、ちび箪笥の上に腰を下ろしていた。
百合の振袖の和風人形。長い黒髪を真っ直ぐ伸ばしている。背丈や幅は私より数回り下。表情は、色白の木の肌に描かれていた。閉じた瞼と三本睫毛、笑んだ紅い唇。この女も、私の友を捕らえているのか。不快感を気力で鎮めて、
「ナツ、この子はどうしたの」
振り向いて、ナツは人懐こそうに大口で笑った。
「ジロさんの贈り物。メディちゃんが親友になるといいな」
左右に身を揺らして、膝で寄ってきた。ただいまと声をかけて、抱き上げた。着衣が乱れないように、柔らかく。今日はどこに行った、何をしたと報告している。日課らしい。私をちゃんと抱けた訳だ。定位置に帰して、
「この子がお付き合いの始まりなんだ」
出産のお休み中だけど、私普段は作業場で針子をやってるのね。ジロさん達の仕事着もうちの担当なの。ちょくちょく届け物しててさ。まだ見習いだったジロさんに、この子をいきなり無言で渡されたの。意図が読めなくて、修繕の依頼と勘違いしちゃって。晴れ着を直して返したときに、そうじゃないって言われたの。照れて肝心の言葉が出なかったんだって。女の子の喜ぶものが何か考えて、閃いたのがお人形。寺子屋の初心な少年じゃあるまいし。
ナツは思い出し笑いをした。私は不愉快だった。下がった口端を突かれて、
「ごめん、人形のメディちゃんには嫌な言い方だったね。でもね、そういうジロさんで、この子だったからよかったんだよ。和んだ。安心できたんだ」
引き出しの上段を、ナツは落ちる寸前まで開けた。人形サイズの和装が、人間サイズの衣類と空間を分け合っていた。
「職場の端切れで作ったの。この子がうちで一番の衣装持ち」
「本人は着たくないかもしれないわ」
「ん、そうだね。心がわかるといいのにね。ついお節介しちゃうんだ。この子が、嬉しいことを持ってきてくれたから」
恋情の代弁。役割を押しつけられている。大切には、されているけれど。人の想いは変わりやすい。そのうち、近いうちに、
「本当の子供が産まれたら、飽きて捨てちゃうんじゃないの」
「捨てないよ」
ナツは厳しく即答した。一生可愛がる。断言して、私に座布団を用意して、夕食の支度に取りかかった。
迫力のある声だった。人の親には、妙な気があるのだろうか。
人形は埃ひとつなく、艶然としていた。彼女達の解放を誓う私だが、直接話す能力はまだない。憐憫はできても、読心はできない。魂はつくれない。進化の最中だ。
ナツとジロの架け橋になった、着飾った少女。
――貴方は、幸せ?
眠っていて、答えなかった。
白蓮のお寺の夕餉時のような、料理の匂いが漂ってきた。
「メディちゃん、味見して」
下は薪の弾ける大火事、上は釜や湯気を立てる黒鍋。味噌汁の小皿を差し出された。妊娠してから、味覚がおかしくなったそうだ。一時期よりは安定しているけれど、未だに変だという。
「甘い辛いはまあまあわかるんだけど、塩味はぼんやり。先生は個人差あるって言ってた。どう?」
干した椎茸と米味噌の風味と、
「薄い。水っぽい」
「ありがと」
割烹着のナツは一杯お碗に盛ってから、お玉に味噌を足していた。少量の汁で溶いてから、鍋全体に広げた。お寺とそっくりの手順だ。再度味見。今度は丁度よかった。
「そっちのお碗に分けたのはどうするの」
「私の分にするの」
「まずいよ? あんまり味しないよ」
「塩分摂り過ぎると毒なの。私はいいけど、中によくない」
毒。耳が反応した。
「他にも駄目なものってある?」
「いっぱい。お腹の子が危なくなるんだよ」
糖分、水分、油分、お酒、煙草。ナツが並べ立てたものを覚えた。どれも大した毒物ではない、栄養や嗜好品のレベルだ。人を産まれなくさせるのは簡単そうだ。何て弱い生き物なのだろう。そんなに何でも害毒になるのに、
「なんで鈴蘭畑、見に来たの。毒の霧が舞ったら死んでたよ」
「白蓮さん達がいるもの」
それにね。ナツは鍋に蓋をして、
「産む前に、見ておきたかったんだ」
「変なの」
「メディちゃんも結婚して、子供ができればわかるよ」
「人形妖怪は一人でも生まれるわ」
わからなくていい。人と人の形には、絶対的な差がある。苦笑して、ナツはにらの卵とじやピーマンと肝臓の炒め物を試食皿に載せた。薄味状態のものを自分用に取って、私に塩壺を預けた。
「メディちゃんが味付けしてごらん。多少しょっぱくなってもいいよ。ジロさん力仕事で、濃い味好きなの」
要、相手と辛抱。人間の生産は面倒臭い。私好みに塩を振りながら、
「それ、どのくらい中に引き籠もってるの。一ヶ月?」
「十ヶ月ちょいかな。最初はここまでおっきくないよ」
予想外の長さに唖然とした。虫や鳥とは桁違い。お寺の彫刻や豪華な人形の制作期間には劣るけれど、かなりかかる。
「その間、ずっとお酒抜き? まずい食事?」
「健康な子を産みたかったらね。美味しいものもあるよ」
ナツが理解できない。人はひ弱で我慢強い。諦めてくれれば、素早く殲滅できるのに。私達の災いにしかならないものを、どうしてつくるのだろう。
背後の木戸が、微かな音と共に開かれた。あ、とナツが声を弾ませた。
「おかえりジロさん、ご飯なるよ」
ナツの相方で、和人形をプレゼントした照れ屋の大工。
長身の男だった。灰がかった黒の短髪頭を屈めて、玄関口をくぐった。紺の前掛けも法被ももんぺも、白っぽく汚れている。鈍そうな粒黒目で空飛ぶ私を捉え、黙考数十秒。
「ナツが分身した?」
無表情で低く呟き、ナツに日焼けした肌を叩かれていた。惜しい、この子はメディスン・メランコリーちゃん。白蓮さんの紹介で、お世話に来てもらったの。可愛いでしょー、浮気するなよー。筋肉質の腕でナツを捕まえて、しない。と一言。
よく喋るぼけと、あまり喋らないぼけ。極めて安全そうな二人組だった。
通常の箸では長かろうと、ジロが庭で垣根の竹棒を一本引き抜いた。斧と鋸で細工して、私用のミニチュア箸をくれた。
「ジロさんありがと、抜けてたわ」
「ナツはしょっちゅう抜ける」
「ジロさんほどじゃないもん」
いい勝負の気がする。
ナツと、薄手の浴衣のジロと、私とで卓袱台を囲んだ。話は建設現場のことや、お寺の船のこと、明日の天気のこと、私のこと。ナツが第一声、ジロの相槌を待って、私が疑問や内容を足す。抵抗や苦労なく輪に参加できた。二者の雰囲気のおかげだろうか。
ジロは長々とは話さなかったけれど、伝えるべきことは伝えていた。どのお皿にも箸をつけて、
「旨い」
「それはメディちゃんがやってくれたの。助かったよ」
「偉い」
私に巨大な手を伸ばした。撫でたいらしい。置き所に困っていた。髪のリボン結びを崩さないようにしている。ナツが私の右手に導いた。
ナツの飲食の具合に、ジロは注意していた。麦茶が三杯目になると、引っ手繰った。
「今日は水分多い」
「あー、そうだったね」
二人には、人を気遣う程度の能力があった。人には、きっと私も含まれている。
夕の食器洗いは、一日交替制とのこと。今夜はナツがやっていた。かまどに金属の小たらいを載せて、水を溜めて。
やることのない私は、物言わぬ人形と面していた。
「メディスン」
胡坐のジロに呼ばれた。
「俺のいない間、ナツのこと頼む」
小声で、すまなそうに託された。色のある肌の上からでもわかるほど、赤面していた。自力で護れないのが恥ずかしいのかもしれない。ナツは里で聴いたことのある子守唄を、鼻歌にしていた。
毒のない人達だった。私も毒のない振りをして、いいよと応じた。
押入れの襖に安産のお札が貼ってあった。三枚。白蓮のお寺と、博麗神社と、山上の神社。
「妖怪の山に登ったの?」
「登った。白蓮さんの案内で」
「船に乗ればよかったのに」
「お祈りにずるはいけない」
善良さや誠意で損をしそうだ。ナツもジロも。私は彼らと子、三人の命をいつでも奪える。私の気まぐれで裏切られたら、どうする気か。愚かだ。
消灯の時間は早かった。明かりの油も節約している。
黒髪人形の寝衣を広げられたけれど、断った。私は私の着たいものを着る。妖怪化してから始めた、食事とはまた別だ。
ナツの布団に脚を埋めるときに、庭向こうを指差された。
「眠くなかったら遊んでおいで。戸も障子も、風通しに開けておくよ」
「ここにいるわ」
激変は夜中に訪れるかもしれない。好意と誤解してか、ナツは薄布をどっさり被せた。
私よりも、ナツの眠りの方が浅かった。まどろむ視界で、彼女が動いていた。腕を上げ、静かに寝返り。溜息。寝息は長続きしなかった。お寺の妖怪や迷いの竹林の兎達は、睡眠を取れていた。これも人間づくりの影響か。
起き上がって、ナツは庭側に歩いていった。箪笥の人形を抱いて。寝た振りで見守った。昼の賑やかさはなく、佇んでいた。ジロも寝床を抜けた。寄りかかり合う影になった。今晩の私達の敵は、みすぼらしかった。けれども、私の知らないものを持っていた。あれが、他人の痛みをわかるということなのだろうか。
寝坊した。ご飯できたよーと、ナツに揺り起こされた。布団一枚分、円い卓袱台が端に寄っていた。大工服のジロが待っていた。人の子になったかのようだった。
相変わらずジロは旨いと頷き、ナツはにんまりしていた。
私達に見送られて、ジロは働きに出た。
ナツはせっせと家事や運動をしていた。
庭で洗濯をして、台要らずの高さの物干し竿(ジロが改造したそうだ)へ。
畳は掃き掃除。雑巾がけの姿勢は、丸いお腹ではきつい。
合間に昼食や間食。墨を磨って、食べたものの記録をつけていた。
「日記?」
「みたいなものかな。先生に見せるの。メディちゃん、昨日の晩御飯のおかず復唱」
ジロの服の裂け目を縫って、古い着物を解いて。子供をくるむ簡易服に、再利用。余った布で、人形の髪飾りも作っていた。
白蓮や近所の人間が、戸を叩いた。布地や保存食を分けてくれた。ナツは皆に私を自慢していた。赤ちゃんにお姉さんができたみたい、だそうだ。
日の沈む涼しい時間帯に、散歩。家畜を育てている家に赴いて、金瓶に牛乳を購入。天候の予測ができる龍神像を確認して、帰宅した。
「沢山動くのは毒じゃないの?」
「薬。体力つけないと産めない」
逞しいナツだけれど、時折顔をしかめていた。腰や脚や腹部を押さえて、よし、と気合の一声。洗濯物を取り込む際は、一瞬硬直した。懐中時計を出していた。
「時間が関係あるの?」
「うん。痛みが一定の間隔で続くと、お産になるの」
食卓に乾いた衣料品を載せて、畳んだ。床に置くとお腹で見えなくなるから。回る秒針に目をやっていた。今のは大丈夫だったようだ。もうちょっとだねと腹中に話しかけていた。
白蓮に教えられた通りだ。私がいなかったら、ナツはほぼ一人。子供と振袖人形は、いても緊急時の力にならない。家事もやれない。お寺では、妖怪達が炊事や清掃を分担していた。人間の場合は、
「ナツの仕事を代わってくれる人、いないの? ジロ以外に」
「仕事ってほどの量でもないからなー。私のお母さんはたまに来る。実家のお兄さんのお嫁さんも妊娠中で、そっち優先だけど。跡継ぎだもの。ジロさんの家は商売あるから」
忙しい。従者や下僕がいて、強力で、のらりくらり過ごせる妖とは大違い。おまけに早死に。哀れでいい気味だ。どうせ私達の的になるんだ、産まなければいいのに。
施しのつもりで、布巾を四つ折りにした。進んでやったからか、やけに感謝された。
「メディちゃんみたいな、優しい子に育つといいな」
不正解。私は悪い毒人形だ。ナツ達にとっては。
時計の蓋に、月の満ち欠けが彫られていた。約三十の円陣と、硝子鏡。細やかで凝っていた。借り物なのだと、ナツは丁寧に表面を拭いていた。
「うちには正確な時計がないから、先生が貸してくれたの。何だっけ、月の波? で狂いなく時間が計れるらしいよ」
本物なら、妖怪級の文明品だ。里の者が気安く貸し出せるだろうか。月齢のデザインには、見覚えがある。
「ナツの先生の、名前は?」
「永琳先生。助手の兎さんと往診に来てくれるの」
やっぱり。手書きの日めくりを数枚上げて、
「三日先だね。ジロさんもお休み」
不安になった。永琳や兎耳には、人形解放の野望は告げていない。しかし私の危険性は知られている。赤眼兎は体感済みだ。人への怨念も、酔って漏らしたかもしれない。永琳達から、ナツやジロに私の情報が渡ったら。温厚な二人も怖がって豹変しかねない。ナツに言って、私のことは秘密にしてもらって、
「白蓮さんが紹介してくれたんだ。幻想郷一のお医者さん。腕がよくて診察代は格安、すっごくいい人だよ。メディちゃんも知ってる人?」
白蓮経由か、やられた。既に私の滞在がばれていそうだ。彼女がナツ達に配慮して、私の殺意を隠すように永琳に願っているといいけれど。冷静な永琳は、患者の生命に関わることは発言するか。ああ、他人の心理を推理するのは手間だ。毒霧で消し去りたい。
「知り合い。でも、その日は私遊んできていい? ジロも永琳もいれば、問題ないよね」
私も、ひとに関しては怖がりだ。何も起こらないかもしれないけれど、恐ろしい。気まずくなる瞬間に、居合わせたくない。人体に有害なものは、昨日今日で幾らかわかった。お別れでもいい。満足したことにする。
「ん、行っておいで。夕飯までには帰ってきてね」
この家にいると、私がぐらぐらする。気のせいか。
地面に近い太陽が、西に傾いていった。何十度も。
里を一周して、鈴蘭畑に里帰りして、何となくまた里帰りした。もしかしたら、ナツ達が私を待っているかもしれないから。彼らは、全員揃わないといただきますを言わない。
脇道の店々を通過した。雑貨店で、家族らしき三人が籠や提灯を整理していた。談笑しながら。ジロを賢くしたような顔立ちの人がいた。親戚だろうか。人は繋がっている。
龍神像の目の色を見て、身をもたれさせた。青目。久々に降るらしい。スーさんを潤おして、
「あ、いたいたいた」
瞬いた。雨の似合わない声がした。のっぽの人影と、中くらいの人影が近付いてきた。
「捜した」
ジロが右手を、
「ご飯冷めちゃうよ。門限は守ること。次は覚悟しろよー」
ナツが左手を直に触れさせた。無害そのもの、外出前と変化がなかった。永琳は、波風を立てないように隠したのだろうか。
「何だって、永琳」
血液検査の結果のお知らせ。骨の成分はよかったよ。
葉野菜の栄養分が足りない。
食べます食べます。子供の性別はわかるけど、訊かないことにした。名前も顔見て決める。
成長は順調。重くなった。
深呼吸の練習もしたよ。永琳先生のとこに持参する荷物も万全。
右から左から、経過発表が続いた。
重大な点を明らかにして欲しくて、
「私のことは?」
急かした。何かあったのか、なかったのか。
ナツとジロは目を合わせ、
「うん」
「聞いた」
穏やかに返事をした。深みで感じ取れた。出産を控えたナツと、私を秤にかけて。永琳は明かしたんだ。
「なのに、なんで離さないの? 手が融けるかもしれないわ」
両の手と手が、握られて密着している。炎症や腫れ物の毒液を、浴びせることができる。離す気配がなかった。
「今日まで、メディちゃん毒使わなかったでしょ。自分で制御できるって、先生言ってたし。本当におっかなかったら、白蓮さんも任せない。いい子だし、頼りになるし」
「いて欲しい」
「そう、そういうことだ」
大ぼけの影が二本、挟まれて呆れた影が一本。人混みがうるさかった。
私は、殺すために殺さないでいるだけだ。思い違いも、ここまで来るとおめでたい。
「そうやって何でも信じて、楽しい?」
言葉で毒を吐いていた。信用していないものもあると、ナツは笑った。今にも穴の開きそうな鍋でしょ、奮発した割に根性のない砥石、長老の独自の天気予報。人里には長老と三回唱えると食あたりしないって不謹慎なおまじないがあって、
「けどメディスンは信じる」
「そういうこと。ジロさんは曲がったことは言わないよ」
私越しにのろけて、ナツは急に大声を上げた。
「鍋で思い出した、生姜入れるの忘れた」
小股の早足で、ナツは半端に駆けていった。そそっかしい。ジロが私を連れて追った。耳元で問いかけてみた。
「どうして、ナツにしたの」
ジロは赤らめた頬を掻き、慌ただしい相方を見遣って、
「ナツだからだ」
微かに、確かに言い切った。
人間の信頼や情に、曖昧に毒されたのかもしれない。その晩の鶏そぼろの肉じゃがは、とても美味しかった。
人と妖の生活時間帯が、ぶつかり合っている。数日後、昼間に眠たくなった。ナツが掛け布団を引き摺り下ろした。折った座布団を枕にくれた。
「寝てて平気だよ」
ゆりかごのない部屋で、ゆりかごの子守唄に寝かされた。臙脂や白の布で、ナツは縫い物をしていた。
すみません。そこははたきでも届かなくて。次郎さんや、この子がやってくれています。
ありがとうございます。食欲はありますよ。
大丈夫です。張っても痛みは辛くはありません。
ナツが、誰かと敬語で話をしていた。白蓮だろうか、ううん、ナツの口調が改まっている。永琳達? 診療日ではない。
薄目を開けた。反射的に、毒を放ちそうになった。中年を過ぎた着物の女が、私を見下ろしていた。寒気のする、険しい目で。
ナツが女を戸外に送った。
「お兄さんと、お義姉さんによろしくお願いします」
彼女が、ナツの母親だった。水玉柄の裾を持ち上げて、ナツは戻ってきた。
「起こしちゃったか。お母さんが来てたの」
「聞こえた。私を睨んでた」
「そっか」
よしよし。私を慰めるように、前髪を指でくすぐった。ナツもがっかりしているようだった。鈍藍の矢絣の人形を抱っこして、庭を向いた。西日が瞳を焼いた。
「親なのに、なんで敬語で喋ってたの? 怖いから?」
素朴な謎を投げかけた。この間通った雑貨の店では、大人の親子のような人々が砕けた会話をしていた。年齢の問題ではないだろう。んー、とナツは脚の上下を不器用に組み替え、
「人間にも色々あるのさ」
涙を伝わせた。ぎょっとするほど大粒の。輪郭線に留まって、落下した。ナツは人形を傍らに置いて、袖に雫を吸わせた。ああもうと夕空を仰いだ。
「私、悪いこと訊いた?」
「全然。これはあれだ、晴れない気持ち。永琳先生は、そうなって普通なんだって言ってたよ。なりたくないけど」
「憂鬱ってこと?」
「難しい言葉知ってるね、メディちゃん」
「毒の名前だもの」
毒かー。涙声で、ナツは呟いていた。泣き笑いの彼女の横で、オレンジの天空を見上げた。ジロが帰ってくればいいのに。最近は遅い。長雨の季節になる前に、建物を仕上げたいらしい。
ナツは竹箒を逆さまに持って、
「毒使いのメディちゃんに、どんな人にも効く毒を教えようか」
「え、どんなの」
庭土に柄の先で、三文字。『こどく』と書いた。漢字が出ないのか。私は箒をナツの手から取って、
「こういう字でしょ」
『蠱毒』と左に綴った。
「虫の呪いの毒薬ね。もしくはこっそり毒を盛ること」
「そういう毒もあるんだ。私が文字に直すなら、こうかな」
右に、『孤毒』と記した。そんな毒はない。そもそも、
「ナツは頭が悪いの? 字が違うわ」
『蠱毒』でないとしたら、『孤独』だ。ナツは、これで合ってるんだと『孤毒』をつついた。
「正しくないのはわかってるよ。でもさ、独りぼっちの『独』と、苦しむ『毒』は重なるんじゃないかな」
「音はね」
「意味も」
私達は弱いから、独りじゃ生きられないんだよ。里で、色んな人と支え合って暮らしてる。ジロさんと夫婦になったし、子供もつくる。利用する訳じゃないよ。ナツは対面前の我が子を、両腕で抱きかかえた。憂鬱の毒雲を清めるように、
「産むんじゃなかった、とか。お前なんか要らないとか。言われたり感じたりしたら、毒になるよ。ずーっとその状態だったら、生きたくなくなる。この子には、絶対そういう心は味わわせたくない。これ、ジロさんとの約束」
濡れた笑顔を輝かせた。
宝玉の眼を見開いた。かたん、だろうか。ことん、だろうか。胸の奥が、揺れた。忌まわしい記憶を、ナツが呼び覚まして。理解して、守ろうとしているから。
「強い妖怪のメディちゃんには、わからないかな」
――お前は要らない。どうでもいい。
「ええ、わからないわ」
高らかに払い除けた。
倒すべき敵と、本心で解り合うものか。
ナツ達は、危ない。
ジロは相当暗くなってから、戸を引いた。
「おふくろが。物置にあったやつ」
「わ、すごい。手入れして使おう。ごめんねジロさん」
籐の曲線のゆりかごを抱えていた。表面の傷みや棘はジロが修理できるだろう。寝具やクッションはナツが整える。
「ジロもこれで寝てたの?」
多分。ジロは斜めの顔を下ろした。ナツが快活に、夕飯にしようと夫の背を押した。
次のジロの休日には、ゆりかごは新品のように磨かれていた。清潔なタオルが敷き詰められている。枕は首が据わってから作るそうだ。準備万端。
ジロとくっつきながら、ナツは針仕事。数日前と同様の、色無地布を服に仕立てている。大きさは人形用。昼過ぎの鐘が鳴り、緑の糸が鋏で切られ、
「できた」
全貌が披露された。振袖や浴衣ではなく、洋服だった。私のドレスを、明色系統の色違いにしたような。白襟、黒味の臙脂の上部、白のスカート。紅のリボンが縦横に交差している。物足りない白地部分を補うように、野苺の刺繍が施されていた。
「メディちゃんのを真似てみました。同居してたら着せてみたくなって」
ジロが絣の人形を手渡して、ナツと背中合わせになった。
「女の子の着替えは覗かないのが礼儀ってね」
灰黒頭が振られた。ナツは実の子にするような心ある手つきで、衣服を替えた。純和風の娘が、洋風におめかしした。靴はない。下着の量不足で、ひだ寄せのスカートは膨らまない。けれども、
「ジロさん、こっち向いていいよー」
ジロは目を見張り、似合う。と感嘆の声を漏らした。
見られないことも、なかった。可愛いと言ってもいいかもしれない。着慣れた西洋着だから、ナツの細かな制作の様が伝わってきた。所詮人間の腕だけれど、一針一針手を抜かずに縫い進めていた。箪笥の着物達も、こうやって作ったのだろう。
凝視していたら、
「メディちゃん達のもあるよ」
「え?」
押入れの下段から、二着。ジロが、私と小人形のドレスを出した。肩布を摘んでいる。びっくりした。
「大体の採寸だから、ぶかぶかかもしれないけど。袖だけでも、通してみてくれないかな。気に入らなかったらいいよ」
畳に並べて、ジロは視線を外した。
私は私の着たいものを着る。着せ替え遊びの道具にはならない。
「試着。一回」
ナツに応じたのは、純粋に惹かれたからだ。
目算で、入るようにやったのだろう。袖口も襟元もだらしがなかった。スカートは緩くて、巻かないとずり落ちた。下穿きは露になりそうだった。全体のバランスは、悪くはなかった。懐中時計の鏡を前に、半回転した。ジロはこれもいい。と恥ずかしそうに一撫で。ナツは大喜び。
「違和感のあるとこ教えて。できればサイズも。修正するよ」
黒髪の人形は、二人に愛でられて笑みを浮かべていた。ナツもジロも、決して彼女を捨てない。
人にも私達にも、居場所のある家だった。
心が厚くもやついた。
私も、ナツ達と住んでいたら。一人形として、生涯を終えられたのかもしれない。最大限の庇護と、情愛を受けて。あの子は幸せだ。
現実の生まれ育ちは、毒の霞の真っ暗闇。それで構わないと思ってきた。あいつらが私を必要としない分、私もあいつらを必要としない。スーさんと、仲間が友達。人は、滅ぼす悪役。
ナツとジロは、危ない。私の人間観を変えてしまう。殺してやりたくなる要素がない。ぼけで、寛大で、むしろ心配になるくらいだ。
私を動かす魂が、揺らぐ。
「早く、産まれるといいわね」
終わりにしたい。私が壊れる前に。私は、人を嫌わなければ生きられない。
ナツの出産の予定日まで、三日。ジロは休まず、雨中仕事に出て行った。水の線のくっきり見える、激しい雨だ。こういう日は、屋内で資材を切るそうだ。
予定は目安と、ナツはゆったり構えていた。吸って吐いて。お腹を使った深呼吸や小刻みの呼吸を繰り返し、
「いつになるかなー。メディちゃん、非常時にはよろしくね」
たまの下腹痛を堪え、お産用の布袋をチェックしていた。
午後、ナツの母親が訪ねて来た。前回ほどではなかったけれど、やはり私を見る目は冷ややかだった。洋装の人形への瞳も。私達の何が不満なのだろうか。母親がかまどに立っているときに、ナツに耳打ちした。
「ごめんね」
ぼやかして、謝られた。
二人は体調や、医師について話していた。出血はないです。貧血も。夜は張りが強くなりますけど、次郎さんがついています。永遠亭のお医者さんはいい方ですよ。当日は命蓮寺の方々のお世話になります。道程は平気です。腕利きの産婆さんは、お義姉さんに。敬語がよそよそしくて、ナツが別人になったかのようだった。互いに、笑えてはいた。ぎこちなく。
「メディスンちゃんもいますし、問題ないですから。産まれたら、顔見に来てください」
母親の恐怖の眼の理由は、帰る際に判明した。何気ない愚痴で。逆さの和傘を戻し、
全く、私のあげた人形は――
「あ、あー」
聞き逃さなかった。ナツがうろたえ謝罪し、慌てて彼女を送った。私に横目をやりつつ。焦っていた。閉めた戸が反動で僅かに開いた。
「聞こえちゃった、よね」
「人形のことを、私はいい加減にしないわ」
猛毒が、体内で煮えたぎっていた。激烈な情念が、燃え盛っていた。
この女は、やってはいけないことをした。壁際に追い詰めた。
「ナツはさ」
全く、私のあげた――
「人形を捨てたの?」
私のあげた、人形は捨てたのに。
うん、とナツは肯定した。
「どうやって殺したの」
「関節をばらばらにして、焚火に。ごめんなさい。反省してる。お母さんに貰った、大事な人形だったのに。もう捨てない。メディちゃんを傷つけたくなくて、内緒にしてた」
「反省なんて信じないわ。傷つけたくなかった? 殺されたくなかったの間違いでしょ。お前達は卑怯だもの」
憎らしかった。惨殺犯のナツが。
嬉しかった。人の汚い面を暴けたことが。私の正義を遂行できる。この家で見失いかけていた、私を戻せる。
嬉しくて、かなしかった。
ナツは白服のお腹を庇っていた。
「この子やジロさんや、皆にはさ。手、出さないで。悪いこと、してない」
「これからするかもしれないじゃない。つまらない命乞い」
約十日でわかった、こいつらを殺めるのに貴重な毒物は用いなくていい。
私は隣室に飛び、ナツの人形をさらった。この子は私が解放する。一度ごみにした女の愛情など、当てにならない。ナツが不自由に這ってきた。醜い。邪悪に嘲って、
「お前なんか要らない。産まれなければよかった」
万人に有効だという、独りきりの毒を撃ってやった。面白いように表情が消えた。私も、胸を砕かれるように痛かった。
障子を開け放った。強雨の曇天に飛び立つとき、
「鈴蘭畑に放置されて、毒の力で生まれたの。私の魂は、憎しみと嘆きと怒り。人間のお前には、私のことはわからない」
見下して決別した。項垂れていたナツは、
「わかるよ。私も、ジロさんも」
欲しくもない、嘘の気休めを寄越した。嫌に真剣で重かった。人形がいて、耳を塞げなかった。
雨糸を、全身で貫いた。服が水を吸収して、翔け辛くなった。腕の人形も重みを増した。未練があるかのように。あの家に帰りたいのだろう。お人好しの住処に。
彼女のドレスの刺繍は、赤と緑の野苺。私の二番目に好きなもの。ナツは買えないから、模様にしたのかもしれない。ジロは彼女や私を、短く真面目に褒めていた。
ジロの願い事は、破ってしまった。ナツは今、独りぼっちだ。
いい人達だった。私の原動力を融かしかけるほどに。危ないところだった。ナツが失敗してくれて、助かった。
助かって、かなしかった。私も戻りたかった。あの家は狭苦しくて、貧しくて、温かかった。私の得られなかったもので満ちていた。
白蓮には、依頼を果たせなくなったと言うことにした。お寺に降りた。
本堂で、人妖への説法をしていた。軒下で待った。
「どのような種族にも、救われる魂があります」
彼女の得意な平等論だった。
「救われないのだとしたら、それは不幸な思い込み。繋がり、助け合い、お互いの救いになりましょう。そうして未知の可能性に気付くことも、『生まれる』と言えるのではないでしょうか」
ありとあらゆる誕生を、彼女は喜べるのだろう。私には、できない。妖怪と関われても、人間とは。
参拝客と入れ替わりに、白蓮の許へ。彼女はずぶ濡れの私とナツの人形に、たおやかな微笑を崩した。
「ナツさんに何かあったの?」
「何もないわ。面倒見るのやめただけ」
「何故? 任せてって、あんなに親切に」
私は順に、言動や出来事を述べていった。だからもう一緒にはいられないのだと。白蓮の理想は、遂げられない。
彼女は超人力で私の手首を引っ掴み、門を抜けた。土砂降りの道を走った。ナツの家の方角へ。
「会わせる気? 私は嫌。あいつは私達を苦しめた」
「貴方もナツさんを悲しませたわ。生命と言葉に責任を持ちなさい。向き合うの」
「あいつに私がわかるはずが」
ある。白蓮は雨音を、濁りのない声で裂いた。
「自分は要らないと疑ったこと。価値のない感覚。ナツさんも次郎さんも抱いたことがあるわ」
次郎さんが、安産祈願のときにナツさんの話をしたの。ナツさんは、物心ついてから養子に出されたのですって。お子さんに恵まれない親戚の家に。でも結局その家に子供が産まれて、実家に帰された。居場所がなくて落ち込んだそうよ。二度捨てられたと感じても、不思議ではないわ。
ナツさんは、別の機会に次郎さんのことを話してくれた。次郎さんは産む予定のなかった子で、家の負担になっていたの。出来のいいお兄さんとも比べられて、辛い思いをした。居心地が悪くて、早くに大工さんに弟子入りしたの。
「今日では親子の和解も進んでいる。けれども、気分のいいことばかりではない。相手と子供には、最良のものを贈りたい。それが二人の望み。貴方とナツさんが出会った日、ナツさんがどうして無名の丘を見たがったと思う? 私は、お母さんになる決意を固めたかったのだと推測したわ。あそこは、昔の子殺しの現場だから」
鈴蘭の毒に眠らされた人間のことも、想像していたのかもしれない。時代が異なれば、ナツやジロもきっとそうなっていた。我が子は捨てまいと、ナツは誓ったんだ。
ナツが人形を燃やした原因は、やりきれない怨憎。見捨てられたと恨んで、ものに当たった。母親のくれたものに。
水滴が上から下に降るように、当たり前に読めた。
「なんで、虐げた奴に復讐しないの」
「ひとは、暗いものだけでできてはいないから。メディスン、貴方もそう」
「私も?」
救われないのだとしたら、それは不幸な思い込み。白蓮は、聴衆に語っていた。
私も、憎しみなしに生きられる?
住宅街の細い小路まで来て、
「ナツさん!」
白蓮が足を速めた。焦げ茶の傘を差して、ナツが歩いてきた。袋を提げている。白蓮と、私達を認めて安心したように笑んだ。あー、戻ってきてくれたんだ。
「陣痛、きました。まだまだ歩けるんで、命蓮寺まで行こうかなって」
「間隔は?」
「十分置き。耐えられます」
「この雨です。大事を取りましょう」
家に帰し、白蓮は布団にナツを横たわらせた。
「船を起動させて、次郎さんを呼んできます」
「すみません。棟梁と皆さんによろしくお伝えください」
「メディスンはここにいて。目を離さないで」
魔法仕掛けの速度で、白蓮は飛び出していった。
部屋には私とナツと人形が残された。何と言ったらいいのかわからなくて、ドレスの娘を突き出した。布巾でくるんでから。ナツは梅雨の匂いの人形を抱き、
「短い家出だったね。おかえり。風邪引かなかった?」
私達に笑いかけた。ついさっき悪意を剥き出しにした毒人形に、かける言葉ではないだろう。善意ぼけ、いや違うか。ナツにも腹立たしいことや、絶望したことはあった。乗り越えたんだ。
「喧嘩はやめよう。メディちゃんが私を憎いのはわかった。それでも休戦させて。言い争いは、聞かせたくないよ」
傍いて。色褪せた畳を叩いた。時計のある枕辺に座って、
「痛む?」
「まだ余裕」
ナツは私と手を重ね、人間の入れ物に押し当てた。この子は、無垢な魂を宿して産まれるのだろう。二人に育てられて、澄んだ色に染まる。
「親の心境になってきてるのかな。メディちゃんと、捨てちゃった人のこと。考えて、ひとつ思ったよ」
手の甲が覆われる。聞き流してもいいよと、ナツは前置きした。
「メディちゃんの持ち主はさ。メディちゃんのこと、実の子供みたいに好きだったんじゃないかな。だって、わざわざ無名の丘に置いていったんだもの。里からは遠いよ。普通の人間は、もっと近場を選ぶ。メディちゃんの親御さんは、鈴蘭畑で間引いた。本当の娘さんみたいに」
手放した訳は、わからないけどさ。捨てられた事実も変えられないけど。
「別れる最後の一瞬まで、メディちゃんはその人のこどもだった。そうは思えないかな。そう信じれば、淋しくない」
強い妖怪に、淋しさはわからないか。変色した天井に、ナツは瞳を向けた。
私の仮の親。捨てた奴の温情。思いを巡らせたことがなかった。私を殺した。その一点にのみ執着して、決めつけてきた。
ナツの仮定で、何かが開けた。
私にも、愛された時があったとしたら? 憎しみ、嘆き、怒り。底なしの澱みに、明るいものがひとかけあったら。ナツやジロと暮らした、毎日のように。
「人間はさ、淋しいんだよ。独りは嫌なんだ。淋しい。さびしい。ああもう、こんな沈みたくて言ったんじゃないのにな」
ナツ達は、私を受け止められる。私も、
「わかるわ」
彼女を理解する。
人を害するためじゃない、生かすために、
「コンパロコンパロ、毒よ集まれ」
初めて私の能力を使う。憂鬱も心痛も孤毒も、全て私が引き取る。恨まない。嫌わない。
魂にひびが入った。私を閉じ込めていた、殻だろうか。内部が暴れている。
「メディちゃんは、いい子だ」
ナツは、安らいでいた。
ナツと、職場から駆けつけたジロ、私達を乗せて、お寺の浮遊艇は離陸した。竹林の屋敷に全速前進。速やかに永琳の診察と前処置を受けて、ナツは病室のベッドに移った。出産の本番まで、何時間もかかるそうだ。お腹に機械の末端のパッドを貼っていた。ナツの陣痛の程度や、中の子供の鼓動を常時調べている。ジロと人形と私は、彼女についていた。余裕余裕とナツは寛ぎ、
「蛍袋」
「勿忘草。次メディちゃん」
「鈴蘭」
花の名を挙げるゲームをしていた。どきどきしてちゃ出て来辛いでしょ、と。軽い夕食も平らげていて、これから人を産むようには見えなかった。でも確実に下腹部の痛みは訪れていた。顔色も機械音も変わった。
照明の尽きない一室で、雨夜は過ぎていった。
打ち上げ花火のようなもの、らしい。
「里の夏祭りの、メディちゃんは見たことあるかな。私とジロさんは毎年行ってるんだけど。なーんにもないところに、ばーって広がるのね。そんなとこ……」
余裕が、目に見えて失せていった。苦痛の間隔が狭まって、強くなった。日をまたいで、更に。ジロに腰をさすられて、呼吸を合わせていた。私は汗を拭った。
「痛い、かもしれない」
「うん」
「痛い」
「うん。幾らでも言え」
きつくなる一方だ。子供を出すときは、今よりも酷くなるらしい。永琳の腕にかかれば、鎮痛くらい容易いはずなのに。麻酔薬もある。どうして使ってあげないのだろう。機械はけちらないのに。苛立っていたら、
「次郎さんとメディスン、一旦お外に。信号が来てるわ」
永琳と助手が私達を追い出した。
ややあって、ナツが二人に支えられて現れた。始めるという。
「ちょっくら、分身してきます」
息苦しそうにおどけるナツを、ジロが抱き締めた。寡黙な彼が、一杯言の葉をかけていた。無責任な励ましではなく、愛や絆の語を。ナツは一句一句に答え、
「生きるよ。次に会うときは、ジロさんとこの子と三人。人形やメディちゃん達も入れて、四人、五人、六人。これってすごいことだよ」
最後に私を見詰めた。
「メディちゃんがいて、楽しかったよ。また、ね」
吐息交じりに挨拶して、専門室に向かった。
付添人用の寝室は、用意されていた。ジロは眠らず、ナツのお産中の部屋に相対して座り込んだ。薄暗い廊下に。私も倣った。人形だけが瞼を下ろしていた。
「疲れない? 働いた後でしょ」
「疲れない。眠らない」
ナツの悲鳴や、永琳の助言が漏れ聞こえた。
「永琳の馬鹿、なんで薬で楽にしないの」
立ち上がりかけた私を、ジロが制止した。先生との誓約で、幻想郷の掟なのだと。
「生き死にの手助けはする。命の根幹は操らない。自然に委ねる。永琳先生は天才、けど何事にも完璧はない」
医療のミスは、弾幕ごっこのミスとは比べ物にならない。しかも、人間の肉体は頑丈にできていない。些細な毒で逝く。永琳でも、最悪の場合。
境界線上にいるのだと、ジロもナツも意識していたんだ。無事に新しい家族を迎えられるか、欠けるか。それで、照れ臭くて言えないようなことも言った。楽しかったと、過去形にした。
「ナツも俺も、運よく産まれた」
「またね」は、ないかもしれない。私が奪おうとしていたものは、重過ぎる。
ジロは大拳を震わせていた。扉の先を見据えて。
私は、右手で左拳を撫でた。すまん。とジロは顔を上げたまま詫びた。神社やお寺の祈祷の詞を、途切れ途切れに声にしていた。勉強しておくんだった。そう後悔しながら。
「わがたましいをいたましむることなかれ。めにもろもろのふじょうをみて、こころにもろもろのふじょうをみず」
「どういう意味?」
「自分のたましい、精神の神様を傷つけるな。汚いものを見ても、心では見ない。耳や口も。清く在れば願いが叶う」
たましい。
「穢れても、そうすればやり直せるの?」
教えに疎いジロは、
「生きていれば、何でも何度でもできる」
神や仏の知恵のない、人らしい返しをした。闘うナツへの、熱が籠もっていた。
私も祈った。災いだった人間のために。
胸中のひび割れが、広がっていった。
一時間。二時間。通路が段々と、早朝の薄い光で明るくなった。雨の轟音は既に弱く、
「……ふぇ、んぎゃぁ、ぎゃぁ、あぁ、あぁ」
産声で完全に掻き消えた。あー、あはは、よかった。痛ぁ。おめでとう、お疲れ様。もう少し力を入れていて。ウドンゲ、産湯と計測準備。はいっ。
子供も、ナツも生きている。
「産まれた」
ジロは弾かれたように立って、よろけた。放心したような足取りで、扉にしがみついた。
「次郎さん、あとちょっと待機ね」
永琳が室内から指示した。ジロ父さん、女の子だったよー。浮気するなよー。ナツは能天気に叫んで、痛いと呻いていた。
「しない!」
破顔一笑。堅いジロが浮かれていた。
人の生は、儚く目映い。
私は、白い想いといた。
およそ一時間後、入室が許可された。最初は親子三人の方がいいだろう。私はナツの人形を膝に乗せ、
「メディスンも」
いってらっしゃいと振った手を、ジロに握られた。
「いいわ、私達人形は二番手で」
「皆で行く。メディスンもいないと駄目だ」
――お前は要らない。どうでもいい。
過去の傷が、薄れていく。私が、必要とされている。
割れそうだった。
「おはよう、ジロさんメディちゃん」
処置寝台で、水色の手術服のナツが半身を起こしていた。すぐ脇の幼児用ベッドで、灰茶の髪の赤ちゃんが黒い目を開けていた。穏和そうな瞳はジロに、陽気そうな口はナツに似ていた。
「見えてるの? ナツとジロのこと」
「ぼーっとね。音や匂いも。それで、ジロさんとやりたかったことがあって」
再会の抱擁を解いて、ジロは慎重に娘を抱き上げた。首に用心している。
「メディちゃんにも、言いたかったことだよ」
夫婦で笑い合い、せーの、とナツが始まりの合図。二人で、
「うまれてくれて、ありがとう」
声を揃えた。
私が聞きたかったことば。ナツやジロも、欲しかったのかもしれないことば。積み上げて、今日ようやく響かせた。
私は、人間に愛されていた。愛されている。
かしゃん。魂が鳴いた。殻が粉々に砕けて、融けた。
透明な水が一気に溢れて、零れた。腕に抱いた人形にも伝った。つくられたもの同士、泣いた。
闇はない。やり直せる。
幾千幾万の毒を許され、優しさを吸って、
「うんでくれて、ありがとう」
私は、再び生まれた。
永琳の検査あり、白蓮一行のお見舞いとお祝いあり、ナツの初授乳あり。晴れの誕生日の夕暮れに、皆と別れることにした。ナツもジロも引き留めてくれたけれど、さよならに決めた。もう一人の親で友達の、スーさん達が恋しくなったのだ。ナツ達にも、会いたいときにはいつでも会える。
白蓮は赤子と私を、祝福してくれた。あまりに礼賛するので、恥ずかしくなって止めさせた。
明日にはナツとジロの両親も来るという。頑張って話してみる。言えなかったことも。愛娘を挟んで、二人で頷いていた。
病室の円窓を開けて、
「短い間だったけど、ありがとう」
「こちらこそ。ご飯食べにおいで。ドレスも包んでおくから」
「名前は浮かんだの?」
「まだ。頭の一音は決めてある」
「メディちゃんの『め』、拝借します。可愛いいい子に育ちそう」
安眠中の我が子ではなく、野苺スカートの人形の手でナツはさよならをした。
「人形のこと、頑張って。うちの子は譲らないけど」
「取らないわ」
人間といて、幸せな人形もいる。その子達は、温かく見守る。不幸せな境遇にある子には、手を差し伸べる。人形にも、持ち主にも歓迎される方法で。復讐は、やめた。憎悪がなくても、私の目的は達成できる。
毒の能力は、ものとひとを生かすために使いたい。力は武器にも薬にも、救いにもなる。
「元気で。家族で鈴蘭を見に行く」
ジロと握手を交わし、
「またね、メディちゃん」
笑顔に送り出されて、飛翔した。
竹の葉の古緑の上に、鮮やかな青と茜の天蓋。壁はない、境は越えた。夕焼けに一番星を見つけた。
空を滑り出すと、
――はっぴいばすでい。
たどたどしい、英語の生誕祝いが心に届いた。和服に馴れ親しんだ、ナツの黒髪人形を思い浮かべた。
次回の来訪時には、発音を指導しよう。一年後、ナツとジロの娘を祝えるように。
楽しい予定を立てて、私は帰郷した。
僕の目から鈴蘭の毒が吹き出して止まらないんですが。
美しすぎるお話でした。会話のセンスとテンポがうますぎてクセになりそうです。
オリキャラにここまで感情移入できるとは…
生まれるということは大きな憎しみも溶かしてしまうくらいすごいこと、そう感じさせてくれました。
「生まれてきてくれてありがとう」がセルフBGMに……。
ナツさん、母親とまだちゃんと関係があるというのも、読み終わった今ではひとつの救いに見えます。
まだこれから、これからも良くなっていけると(母親から見たらまた別の考させられる話にもなりそうだなと思考を飛ばせつつ。
メディスンも、彼ら彼女ら一族で、お幸せに……!
素敵なオリキャラでした。もう孤独じゃないですね。
沢山の努力をして家族になった彼らを尊敬し、また、羨ましくも思います。
メディ好きな俺にとってこれ以上の喜びはあんまり無いな。
生まれてきたこのSSと作者に、ありがとう。
素敵なオリキャラ、素敵なお話でした。
メディスンが人への憎しみから解放されて、家族ができて……本当に良かった。
孤毒を、愛を知った彼女が歩み始めたこれからが素敵なものになりますように。
深山さんの作品は、いつもテーマがきっかり組み込まれていて、
すごく読み応えがあります。もちろん今回も、お腹一杯になるくらいの読後感を味わえました。
メディにとって、これが新しい始まりの一歩であることを祈って。
誤字?
>どうせ私達の的になるんだ、産まなければいいのに。
「的」は「敵」でしょうかね。
じんわり来ました。メディが人と触れ合う話はどれも暖かい感じだなぁ。
>ハッピーバースデー
>ハッピーバースデイ
>おめでとう おめでとう
お祝いありがとうございます。皆様にも、嬉しいことがありますように。
>オリキャラにここまで感情移入できるとは…
>素敵なオリキャラ
どうしてもメディスンに会わせたかったので、登場させました。人間味と体温があれば幸いです。物語の召使にするのではなく、キャラクターがいてこそのお話になるように。
>生まれるということは大きな憎しみも溶かしてしまうくらいすごいこと
メディスンのお話を書きたいなぁと、思いました。『花映塚』本編や設定から、どうして鈴蘭畑に捨てられたのかな、と疑問に感じました。彼女の出生と憎悪に、人の誕生と想いを直接ぶつけてみたい。考えて、ひとつお話を作りました。
>母親とまだちゃんと関係がある
何だかんだで親子ですゆえ。割り切れない部分も、いつか幾らかほどけるはずです。関わっていれば。
>メディ好きな俺にとってこれ以上の喜びはあんまり無い
ありがとうございます。お読みになった方の心に響くと、とても嬉しいです。
>孤毒を、愛を知った彼女が歩み始めたこれからが素敵なものになりますように
>メディにとって、これが新しい始まりの一歩であることを祈って
幻想郷で、生きやすくなるといいな、と願います。一妖怪として、健やかに育って。
>どうせ私達の的になるんだ、産まなければいいのに。
>「的」は「敵」でしょうかね。
紛らわしくてすみません、「的」で合っています。「まと」、毒の標的です。
>メディが人と触れ合う話はどれも暖かい感じ
和やかで、好きです。傷の原因となった人間との繋がりで、今度は癒される。希望や願望を感じます。
幸せな気分になれました
「おめでとうございます」、と。
メディスンが持っている感情に真っ向からぶつかっていったようなお話でした。
実際にメディスンがお母さんの中から赤ちゃんが出てくる瞬間を見ていたら、どんな感情を抱いたか気になるところです。
素晴らしい作品をありがとうございました。
素敵な作品を生んでいただき、ありがとうございます。
>た。母親のくれたものに。
>「なんで、虐げた奴に復讐しないの」
>ひとは、暗いものだけでできてはいないから。メディスン、貴方もそう」
この部分、はっとさせられ感動しました。
これほど、孤独と怨憎の中にいる人たちが、とても美しく見えます。
泥の中で美しく咲くハスの花のことを思い出しました。そういえばハスは仏教でよく使われる花です。
すばらしい作品でした
最近メディスンはどうしてるんだろうと考えてた自分にクリーンヒットしました。
素晴らしい物語をありがとうございます。
母子を傷つけやしないかと四六時中不安だった。
産まれてきておめでとう。ありがとう。
ここでついに涙が出ました。
ネット小説なめられん。
オリジナルのキャラクターも非常に魅力的でした。
迂闊にも感動してしまいました。
淡々とした淡い文章を味わいました
生まれの話は目頭を熱くさせます 非常にいい話でした