「は、は、……はっくしゅっ! ……ううー……ティッシュもうない……」
「はいはい、こっちにあるわよ。……ほら、ちーん」
「ちょ、やめてよ! それくらい自分でできるってば」
さとりがほら、と差し出したティッシュ。しかしそれは眼前にあり、どう考えても手渡すことは考えられていない。つまり、既に言った通り「ちーん」するように暗に促しているのだ。
それに対し、こいしは当然の如く拒否する。いくら妹といっても、そこまで世話される時期などとっくに過ぎているのである。どこまで子供扱いしているのだろうか。過保護に過ぎる、と言い換えても何ら問題はない。
しかしさとりは動じることなく、尚も引かずに続ける。
「いつもいつも、あなたは出掛けてばっかりだから。たまには甘えなさい。ほら」
「うう……し、仕方ないなぁ……」
そう言われては仕方ない、とこいしは赤面しながら言われた通りに従い、さとりの持つふんわりとしたティッシュに顔を沈め鼻をかむ。
「はぁ……まぁいいや。ありがとお姉ちゃん」
「どういたしまして」
まだ微妙に鼻腔に残る鼻水をすすりながら、こいしはさとりに礼を言う。さとりはにこりと笑って、何事もなかったかのようにその場から立ち去った。
人間の心を読むことのできる妖怪、覚。こいしもその覚の一人である。
しかし覚という種族は、妖怪にしては非力な部類。季節の変わり目の気温の急激な変化、それに耐え切れず体調を崩してしまうこともしばしばである。
今回こいしが寝込んでしまっているのも同じ理由。毎日出掛けているため健康な方ではあるが、それでも体は弱いのだ。日頃から不規則な生活を続けているせいで、風邪をひいてしまったのであった。
「……はぁ。退屈」
姉が部屋を去ってしまった後、一人きりになったこいしはぼそりと呟く。
毎日毎日、刺激的な体験があった。それは外へ飛び出しているからであって、こんな風に10時間くらい天井を見ているだけでは飽き飽きしてしまうものである。
元気さえあれば、こんなところからすぐに飛び出してやるのに。けれど立っただけでくらくらしてしまう現状、それも叶わない夢なのだ。結局こうして、大人しく寝ていることしかできないのだった。
「もっとさー、こう、面白いことがあればいいのに。風邪がうつるといけないからって、お姉ちゃんは他に誰も寄せ付けないようにしてるみたいだし。じっとしてるだけの身にもなって貰いたいわ」
理屈は分かっている。ペットにも自分たちの仕事があるのだ。遊んでばかりもいられないし、風邪なんか引いたら大変なことになるのである。そう、理屈は分かっている。それでもやはり、退屈なものは退屈だった。
せめて話し相手さえいればな、とも思うのだが、しかし現在姉は「ご飯を作ってくる」と言って部屋を出て行ってしまったのだ。空腹感はない。勿論何も食べなくていいわけがないのは分かっているのだが、今は気を紛らわす何かがほしかった。
退屈は千年を生きた魔女でさえ殺す、とは誰の言葉だったか。お姉ちゃんの本で読んだんだっけ、とこいしは回想する。確かに退屈は毒だ。生きているだけでも飽き足りないのなら、もう死んでしまうしかないのだろう。
「まぁ死なないんだけど、ね」
所詮は戯言。いつもは考えないようなことを考えるのも、暇潰しには有効なのである。
如何せん今は熱が出ているので、本当に益体もないようなことしか考えられないのだが。
そんなことを考えていると、こんこん、と扉をノックする音。どうぞ、とこいしがかすれた声で返事をすると、入ってきたのは両手にお盆を持ったさとりだった。
「待たせちゃってごめんね。シチューを作ってきたの」
「別にいいよ。お姉ちゃんが作ってくれたんだから、それで充分」
「……? やけに素直ね。熱でもあるのかしら」
「そりゃあるわよ。風邪引いてるんだから」
「それもそうだったわね」
まさか、あんまりにも暇だったから姉が帰ってきてくれたのが嬉しいだなんて、そんなことはとても言えず。
適当に茶を濁すので精一杯だった。
「ほら、辛いだろうけれど、お薬も飲まなきゃいけないから。起きてちょうだい」
「……ん」
のそのそと布団から這い出て、枕をクッションに壁に寄り掛かり上体を起こすこいし。まだ辛いようで、頬を薄らと赤くさせながらこんこんと咳き込んでいる。慌ててさとりが背中を撫でてやると、咳も次第に収まってきた。
「はぁ、はぁ……あぁもう、病気なんてうんざり。風邪なんてどっか飛んで行っちゃえばいいのに」
「だから、そのためにも体力をつけないと。元気になるには何よりご飯。ちゃんとご飯を食べて、お薬飲んで、いっぱい汗をかけばきっと病気も治るから。ね?」
「年中病気に掛かってるお姉ちゃんに言われたくないんですけどー」
「それはそれ、これはこれ。……ふー、ふー。はい、あーん」
「あーん」
一さじすくい取ったほわほわと湯気立つシチューを冷ましてから、さとりはこいしの口にスプーンを運ぶ。まだ若干熱かったが、舌を火傷させるほどのものでもなかった。
会話もなしに、黙々と進む食事。時折さとりの「ふーふー」「あーん」だけが部屋の中にこだまする。
落ち着いた空間。心なしか、時間さえゆっくりと進んでいるように感じられた。
「……お姉ちゃんの作ったご飯、食べるの久しぶりな気がする」
「それはそうでしょう。なかなか帰ってこないんですもの。ちゃんとあなたの分まで用意してあるのに」
「ふーん……そう、だったんだ」
知らなかった、という響きを孕んだ言葉。それは返答というより、むしろ呟きに近かった。
そんなこいしの反応に、さとりは思わずくすりと漏らしてしまう。
「……何よ」
「いいえ、何でも。……ほら、あーん」
「あーん」
「どう? おいしい?」
「……ん。おいひい」
「そう。それなら良かった」
淡々と流れていく時間。こんなに静かなひと時を過ごしたことは、よくよく考えてみればなかったことだ。
こいしは思う。退屈は毒だ。でも、たまになら。毒も薬になることだって、あり得るのかもしれない。
ふと、そんなことを。
こんこん、と再度扉を叩く音。
今度は返事が聞こえない。さとりは構わず扉を開けて、部屋の中へと入った。
「さぁ、リンゴもすり下ろしてきたわよ。無理しないで、食べたい時に食べ、て……あら?」
首をかしげる。そうしてこいしの顔を凝視して、ようやく既に寝入っていたことに気付いた。
成程、道理で返事がなかったわけだ、と合点する。
「……こうしていれば、少しは可愛げもあるのにねぇ……もう少し、落ち着いて過ごせばいいのに」
語り掛けるように、さとりは呟く。そして右手をそっと、絹のような細く柔らかい髪の毛に伸ばした。
手のひらで転がすと、まるで溶けてしまうような錯覚。雪のような彼女の儚さが、まるでそこにだけ表れているかのようだった。
すると。
「う、ん……あれ……? お姉ちゃん……?」
「あら。起こしちゃったわね。ごめんなさい」
「ううん……私、いつの間にか寝ちゃってたのかしら……」
「病気の時って、起きているだけでも疲れるものよ。さぁ、もう一度休みなさい。ぐっすりと眠れば、また少しずつ良くなることでしょう」
そう言ってさとりは布団を掛け直そうとする。が、しかしこいしはそれを手で制止した。
「それよりもさ、もうそろそろ大丈夫だと思うのよ。熱測ってみない? 熱」
「何言ってるんだか……あなた、まだ調子悪いんでしょう? 測るまでもないわよ」
「いいからいいから。もしかしたら熱下がってるかもしれないでしょ?」
まぁ、言いたいことは分からないでもない、とさとりは思う。確かに何となく、熱が下がったと思う時もあるのである。
いずれにせよ下がっていないのは明白だが、はっきりさせれば大人しくなるだろう。そう考えて、さとりはこいしの額に手を伸ばした。
「冷たっ!?」
「全然下がっていないじゃない……熱いわよ、とても」
「いや、お姉ちゃんの手が冷たいだけの話でしょ……いっつも不健康そうに色白だし」
そう言ってこいしはさとりの方をじろじろと見る。血色の悪いと言った方が正しそうなまでに、透き通るように白い肌。血が通っているのかどうかすら疑問に思ってしまう。
元々虚弱体質なさとり。体にもそれがはっきりと表れている。体温が低いのも道理だろう。
「なら……仕方ないわね。この方法なら、あなたも納得するでしょう」
「この方法って……ひゃっ」
さとりは顔を近付け、こいしの前髪をかき上げそっと額と額をくっ付ける。
鼻息すら届く距離。あんまりにいきなりなものだから、こいしも思わずどきりとしてしまった。
「……んー……やっぱり、まだ熱があるわね。でも、前よりはちょっと下がったかしら」
「ふーん……なら、いいけどさ」
「ちゃんと静かにしてれば、きっとすぐに治るから。それまでは静かにしていなさい。分かった?」
「……はーい」
如何にも不満そうに、けれども渋々頷くこいし。
いつもは背伸びしているけれど、中身は見た目相応に子供なのだ。
「……ふぁー……あ……なんだか、また眠くなってきちゃった……」
「途中で起こしちゃったから。またすぐ眠れるわよ」
「……ん」
「それじゃあ……リンゴ、そこにおいてあるから。良かったら食べてね。おやすみなさい、こいし」
「おやすみなさい、お姉ちゃん……」
そう、子供だから。
いつまでもいつまでも、子供だから。
だから、あなたはいつでもこの家に帰ってきていいのよ。
だって、子供には帰る家があるものじゃない。そうでしょう?
とは、口にしないまま。
さとりはゆっくりと扉を閉めたのだった。
「はいはい、こっちにあるわよ。……ほら、ちーん」
「ちょ、やめてよ! それくらい自分でできるってば」
さとりがほら、と差し出したティッシュ。しかしそれは眼前にあり、どう考えても手渡すことは考えられていない。つまり、既に言った通り「ちーん」するように暗に促しているのだ。
それに対し、こいしは当然の如く拒否する。いくら妹といっても、そこまで世話される時期などとっくに過ぎているのである。どこまで子供扱いしているのだろうか。過保護に過ぎる、と言い換えても何ら問題はない。
しかしさとりは動じることなく、尚も引かずに続ける。
「いつもいつも、あなたは出掛けてばっかりだから。たまには甘えなさい。ほら」
「うう……し、仕方ないなぁ……」
そう言われては仕方ない、とこいしは赤面しながら言われた通りに従い、さとりの持つふんわりとしたティッシュに顔を沈め鼻をかむ。
「はぁ……まぁいいや。ありがとお姉ちゃん」
「どういたしまして」
まだ微妙に鼻腔に残る鼻水をすすりながら、こいしはさとりに礼を言う。さとりはにこりと笑って、何事もなかったかのようにその場から立ち去った。
人間の心を読むことのできる妖怪、覚。こいしもその覚の一人である。
しかし覚という種族は、妖怪にしては非力な部類。季節の変わり目の気温の急激な変化、それに耐え切れず体調を崩してしまうこともしばしばである。
今回こいしが寝込んでしまっているのも同じ理由。毎日出掛けているため健康な方ではあるが、それでも体は弱いのだ。日頃から不規則な生活を続けているせいで、風邪をひいてしまったのであった。
「……はぁ。退屈」
姉が部屋を去ってしまった後、一人きりになったこいしはぼそりと呟く。
毎日毎日、刺激的な体験があった。それは外へ飛び出しているからであって、こんな風に10時間くらい天井を見ているだけでは飽き飽きしてしまうものである。
元気さえあれば、こんなところからすぐに飛び出してやるのに。けれど立っただけでくらくらしてしまう現状、それも叶わない夢なのだ。結局こうして、大人しく寝ていることしかできないのだった。
「もっとさー、こう、面白いことがあればいいのに。風邪がうつるといけないからって、お姉ちゃんは他に誰も寄せ付けないようにしてるみたいだし。じっとしてるだけの身にもなって貰いたいわ」
理屈は分かっている。ペットにも自分たちの仕事があるのだ。遊んでばかりもいられないし、風邪なんか引いたら大変なことになるのである。そう、理屈は分かっている。それでもやはり、退屈なものは退屈だった。
せめて話し相手さえいればな、とも思うのだが、しかし現在姉は「ご飯を作ってくる」と言って部屋を出て行ってしまったのだ。空腹感はない。勿論何も食べなくていいわけがないのは分かっているのだが、今は気を紛らわす何かがほしかった。
退屈は千年を生きた魔女でさえ殺す、とは誰の言葉だったか。お姉ちゃんの本で読んだんだっけ、とこいしは回想する。確かに退屈は毒だ。生きているだけでも飽き足りないのなら、もう死んでしまうしかないのだろう。
「まぁ死なないんだけど、ね」
所詮は戯言。いつもは考えないようなことを考えるのも、暇潰しには有効なのである。
如何せん今は熱が出ているので、本当に益体もないようなことしか考えられないのだが。
そんなことを考えていると、こんこん、と扉をノックする音。どうぞ、とこいしがかすれた声で返事をすると、入ってきたのは両手にお盆を持ったさとりだった。
「待たせちゃってごめんね。シチューを作ってきたの」
「別にいいよ。お姉ちゃんが作ってくれたんだから、それで充分」
「……? やけに素直ね。熱でもあるのかしら」
「そりゃあるわよ。風邪引いてるんだから」
「それもそうだったわね」
まさか、あんまりにも暇だったから姉が帰ってきてくれたのが嬉しいだなんて、そんなことはとても言えず。
適当に茶を濁すので精一杯だった。
「ほら、辛いだろうけれど、お薬も飲まなきゃいけないから。起きてちょうだい」
「……ん」
のそのそと布団から這い出て、枕をクッションに壁に寄り掛かり上体を起こすこいし。まだ辛いようで、頬を薄らと赤くさせながらこんこんと咳き込んでいる。慌ててさとりが背中を撫でてやると、咳も次第に収まってきた。
「はぁ、はぁ……あぁもう、病気なんてうんざり。風邪なんてどっか飛んで行っちゃえばいいのに」
「だから、そのためにも体力をつけないと。元気になるには何よりご飯。ちゃんとご飯を食べて、お薬飲んで、いっぱい汗をかけばきっと病気も治るから。ね?」
「年中病気に掛かってるお姉ちゃんに言われたくないんですけどー」
「それはそれ、これはこれ。……ふー、ふー。はい、あーん」
「あーん」
一さじすくい取ったほわほわと湯気立つシチューを冷ましてから、さとりはこいしの口にスプーンを運ぶ。まだ若干熱かったが、舌を火傷させるほどのものでもなかった。
会話もなしに、黙々と進む食事。時折さとりの「ふーふー」「あーん」だけが部屋の中にこだまする。
落ち着いた空間。心なしか、時間さえゆっくりと進んでいるように感じられた。
「……お姉ちゃんの作ったご飯、食べるの久しぶりな気がする」
「それはそうでしょう。なかなか帰ってこないんですもの。ちゃんとあなたの分まで用意してあるのに」
「ふーん……そう、だったんだ」
知らなかった、という響きを孕んだ言葉。それは返答というより、むしろ呟きに近かった。
そんなこいしの反応に、さとりは思わずくすりと漏らしてしまう。
「……何よ」
「いいえ、何でも。……ほら、あーん」
「あーん」
「どう? おいしい?」
「……ん。おいひい」
「そう。それなら良かった」
淡々と流れていく時間。こんなに静かなひと時を過ごしたことは、よくよく考えてみればなかったことだ。
こいしは思う。退屈は毒だ。でも、たまになら。毒も薬になることだって、あり得るのかもしれない。
ふと、そんなことを。
こんこん、と再度扉を叩く音。
今度は返事が聞こえない。さとりは構わず扉を開けて、部屋の中へと入った。
「さぁ、リンゴもすり下ろしてきたわよ。無理しないで、食べたい時に食べ、て……あら?」
首をかしげる。そうしてこいしの顔を凝視して、ようやく既に寝入っていたことに気付いた。
成程、道理で返事がなかったわけだ、と合点する。
「……こうしていれば、少しは可愛げもあるのにねぇ……もう少し、落ち着いて過ごせばいいのに」
語り掛けるように、さとりは呟く。そして右手をそっと、絹のような細く柔らかい髪の毛に伸ばした。
手のひらで転がすと、まるで溶けてしまうような錯覚。雪のような彼女の儚さが、まるでそこにだけ表れているかのようだった。
すると。
「う、ん……あれ……? お姉ちゃん……?」
「あら。起こしちゃったわね。ごめんなさい」
「ううん……私、いつの間にか寝ちゃってたのかしら……」
「病気の時って、起きているだけでも疲れるものよ。さぁ、もう一度休みなさい。ぐっすりと眠れば、また少しずつ良くなることでしょう」
そう言ってさとりは布団を掛け直そうとする。が、しかしこいしはそれを手で制止した。
「それよりもさ、もうそろそろ大丈夫だと思うのよ。熱測ってみない? 熱」
「何言ってるんだか……あなた、まだ調子悪いんでしょう? 測るまでもないわよ」
「いいからいいから。もしかしたら熱下がってるかもしれないでしょ?」
まぁ、言いたいことは分からないでもない、とさとりは思う。確かに何となく、熱が下がったと思う時もあるのである。
いずれにせよ下がっていないのは明白だが、はっきりさせれば大人しくなるだろう。そう考えて、さとりはこいしの額に手を伸ばした。
「冷たっ!?」
「全然下がっていないじゃない……熱いわよ、とても」
「いや、お姉ちゃんの手が冷たいだけの話でしょ……いっつも不健康そうに色白だし」
そう言ってこいしはさとりの方をじろじろと見る。血色の悪いと言った方が正しそうなまでに、透き通るように白い肌。血が通っているのかどうかすら疑問に思ってしまう。
元々虚弱体質なさとり。体にもそれがはっきりと表れている。体温が低いのも道理だろう。
「なら……仕方ないわね。この方法なら、あなたも納得するでしょう」
「この方法って……ひゃっ」
さとりは顔を近付け、こいしの前髪をかき上げそっと額と額をくっ付ける。
鼻息すら届く距離。あんまりにいきなりなものだから、こいしも思わずどきりとしてしまった。
「……んー……やっぱり、まだ熱があるわね。でも、前よりはちょっと下がったかしら」
「ふーん……なら、いいけどさ」
「ちゃんと静かにしてれば、きっとすぐに治るから。それまでは静かにしていなさい。分かった?」
「……はーい」
如何にも不満そうに、けれども渋々頷くこいし。
いつもは背伸びしているけれど、中身は見た目相応に子供なのだ。
「……ふぁー……あ……なんだか、また眠くなってきちゃった……」
「途中で起こしちゃったから。またすぐ眠れるわよ」
「……ん」
「それじゃあ……リンゴ、そこにおいてあるから。良かったら食べてね。おやすみなさい、こいし」
「おやすみなさい、お姉ちゃん……」
そう、子供だから。
いつまでもいつまでも、子供だから。
だから、あなたはいつでもこの家に帰ってきていいのよ。
だって、子供には帰る家があるものじゃない。そうでしょう?
とは、口にしないまま。
さとりはゆっくりと扉を閉めたのだった。
良い話でした。