幻想郷は夏真っ只中だ。
だんだん蝉が土から這い出て成虫となり、木にくっついては五月蝿いほどその鳴き声を散す。
麦畑の麦はすっかり刈られ、青々とした稲は少しずつ成長を見せる。
水田の辺りを雀達は飛びまわり、鷺達は餌を探して水田をゆったりと歩く。
水の中にはオタマジャクシやゲンゴロウ、ザリガニ達が住みついていた。
山は緑に満ち、川には鮎や鱒、箆鮒が気持ちよさそうに泳いでいる。
人里の畑には豌豆や胡瓜などの野菜が実っている。
西瓜も少しずつ身を膨らませ、その味が早く味わいたいと、成長をまだかまだかと待っていた。
少しばかり暑くなってきたせいか、そよ風がとても気持ちよく感じる。
空を飛ぶことは、とても気持ちが良い。
風を遮るものがないこの場所は、風を一身に感じる事ができるのだ。
新聞記者は、いち早く情報をキャッチしなければならない。
だから、普段はこんな暢気な事を感じる暇も無いくらいに飛んでいる。
だけど今は、この平和な幻想郷を全身で感じ取っていた。
「入梅って聞きましたが、ずっと降ってないですねぇ」
地に背を向け、天を見る。
雲が高いところに漂っており、普段よりすこしばかり分厚い。
太陽の光は厚い雲に遮られ、僅かな隙間から鈍い輝きを放っている。
文は、長く生きた経験上、なんとなく分かる。
「まぁ、今日は雨が降りそうですね。洗濯物はあらかじめ中に干しておいて正解でした」
人里のほうを見ると、ちらほらと洗濯物が外で干してある。
涼しい風に吹かれて、様々な洗濯物が揺れる。
同じようなリズムで、同じ方向へ揺れる様は見ていて面白い。
くるっと宙で回り、体勢を立て直すと、ゆっくりと空を泳ぐ。
漆黒の翼が力強く羽ばたき、文を前へと進める。
進む先は、人里から少し離れた神社。
博麗の巫女、霊夢がいる神社だ。
真っ赤で大きな鳥居がだんだん近づいてくる。
文は、少し長い石畳の階段の前に、ゆっくりと降り立つ。
飛んでしまえば簡単に神社に辿りつく事ができる。
だけど今は、なんとなく歩いていたい気分なのだ。
「高い場所から眺める、いつも見ている風景とは違って見えるかもしれませんからね」
高下駄のカツンカツンという音が響く。
石畳の僅かな間から草や花が少し生えている。
こんな場所でも小さな命は生きていることに、文は改めて驚かされる。
しゃがんでその花を見ると、茎のところにはたくさんの油虫がついている。
その油虫を、天道虫が食べている。
植物としては、天道虫は救世主だろうなぁ、と文は小さく笑った。
文はゆっくりと立ち上がり、ぐっと背伸びをしてまた階段を上っていく。
だんだん鳥居が近づいてくるのが分かる。
やがて、最後の一段を上ると、見慣れた風景が文の目の前に広がった。
質素ではあるが、とても立派な佇まいの神社。
中央には大きな鈴とそれを鳴らす為の縄、そして賽銭箱。
まっすぐ賽銭箱へ続く石畳の通路。
そして、シャッ、シャッと、竹箒が地面に擦れる音。
その竹箒を持つのは、もちろん霊夢だ。
「こんにちは、霊夢さん」
文は目的の人物を見つけると、足を進める。
一直線に霊夢のもとへ向かう文に、霊夢は叫ぶようにして言うのだ。
「ストップ、文!」
「んぇ?」
思わず間の抜けた声をあげる文に、霊夢が少しずつ歩み寄る。
なんなのだろうと文が待っていると、霊夢は文の少し前まで来て、言った。
「ほら、下を見てみなさい」
「下、ですか?」
言われた通りに顔を下へと向ける。
すると、こちらを渦巻き柄の何かが向いていた。
ゆっくり、ゆっくり進むその物体を見るべく、文はしゃがむ。
すると、二本の突き出た目玉が文の方を見ていた。
「カタツムリよ。そのまま歩いてたら潰されてたわ」
「これはこれは……。いやぁ、しかし可愛らしいものですねぇ」
何ものにも囚われず、常にマイペースでいるカタツムリ。
目玉を不規則に揺らし、その大きな殻を器用に乗せて、進む。
霊夢はそのカタツムリをそっと掴むと、近くの葉っぱの上に乗せてやった。
「忠告ありがとうございます。危うく踏み潰してしまうところでした」
「どういたしまして。とりあえず、縁側に座って待ってて。ちょっとお茶持ってくるから」
手を洗わなくっちゃと呟きながら、霊夢は小走りで去っていく。
文は、霊夢の言われた通り、縁側に座って待つ事にした。
縁側から眺める風景も、もう見慣れてしまった。
季節によって変わるその景色に、最初は新鮮さがあったものの、時が経つにつれてその新鮮さも無くなっていった。
夏は、緑の葉をたくさんつけた木々の向こう側に、人里が見える。
向こう側にある妖怪の山の緑も、今日は曇りで見づらいが、晴れの日は綺麗に見える。
それはそれは、素晴らしい風景である。
ふと視線を逸らすと、外に洗濯物が干してある。
文は、台所のほうに向かって大声を出した。
「霊夢さ~ん、今日は雨降りますよ~。洗濯物中に入れておきますね~」
「頼むわね、文~」
向こう側から返事が返ってきたので、文は洗濯物をとり込む。
風に吹かれて、既に乾いた洗濯物を折り畳む。
パンパンと洗濯物を払い、器用に畳んでは、縁側に洗濯物を積み重ねる。
折り畳んだタオルにぎゅっと顔を埋めてみると、ほのかに石鹸の香りがした。
「ちょっと、人のタオルに何してんのよ」
「あやや、見つかってしまいましたか。いえいえ、ちょっとした出来心ですよ」
「まぁいいわ」
そう霊夢は返すと、お茶の乗ったお盆を縁側に置いた。
残った洗濯物を畳む為に、下駄を履いて文の方へ歩み寄る。
霊夢が巫女服を折り畳む隣で、文は霊夢の下着を畳む。
「霊夢さん、可愛らしい下着履くんですね」
「う、うっさいわね! 紫が私にもってきたんだもん! 履かないのももったいないから履いてるだけよ!」
「そんなに怒らないでくださいよ。私は可愛らしくて似合ってると思いますよ?」
文の言葉に、なっ!? 霊夢は短く声を上げ、俯いてしまった。
霊夢の顔を覗きこむと、すこしばかり顔が赤い。
「あ、ありがと」
顔を俯かせ、かつ視線を逸らしながら霊夢は言った。
文は、そんな霊夢が可愛らしくて溜まらなかった。
募る思いを押し殺し、文は笑って言った。
「どういたしまして」
やがて洗濯物も畳み終わり、二人は縁側に座った。
今日は珍しく、霊夢と文以外、この神社にはいない。
いつもなら、魔理沙や萃香、紫など、人妖問わずここに訪れる。
それなのに、今は二人だけというのは、とても珍しい事だった。
霊夢は少し冷めたお茶を啜る。
幸せそうな表情を浮かべる霊夢に、文は問いかけた。
「霊夢さん、一つ質問してもいいでしょうか?」
「なぁに?」
「前までは私がここに来たときは、露骨に嫌そうな顔と言いますか、あまり歓迎されるような感じではなかったのですがね。最初と比べて、最近は私に優しい気がするんですけど、どうしてでしょうか?」
「唐突ね」
「すみません」
謝る文に、別にいいわと返す霊夢。
「いろんな面でお世話になってるから、かしらね。異変の解決で力貸してくれたり、生活の面でも、時々野菜もってきてくれたりするじゃない。だから、ね?」
「そうでしたか。いやはや嬉しいものです」
文も、霊夢の淹れてくれたお茶を啜る。
霊夢の淹れたお茶は美味しいと、文は純粋に思う。
お茶が好きだからこそ出せる味なのかもしれない。
「で、文は何で雨が降るって分かったのよ」
「ん~、長年の勘って奴ですよ。まぁ、年の功ですかね」
「外見は年取ってるように見えないけどね」
「嬉しいお言葉です」
そう言って、霊夢は空を見上げる。
文が言うように、雨が降るというのはどうやら現実味を帯びてきた。
空の色が灰色に変わり、雀達も低い位置を飛びまわっている。
先ほどのカタツムリも、雨を待ちわびているように見えた。
「あと一つ質問してもいいかしら」
「いいですよ。あ、全然関係無い話なんですけど、なんだか、いつもは質問ばかりしているので、自分が質問に答えるっていうのが新鮮だなぁ~って思いますね」
「確かにいっつも質問ばっかりで、逆に質問される事って少なそうだもんね」
顔を見合わせてくすっと笑うと、霊夢は質問を続けた。
「で、なんで今日は空からじゃなくて階段から現れたのかしら? 普通に飛べば速いでしょうに」
「夏の風を空で感じるのもいいですけど、人間の感じる風っていうのを感じてみたかったんです。それに、いつもと違う視線から見る幻想郷というのもいいものです」
「そういうものなのかしらね」
霊夢はお茶を啜り、呟くように言った。
それに対して文も、呟くように
「そういうものですよ」 と返した。
しばらく、何も言わずに時間だけが過ぎた。
同じ空間に、二人きりで。
そんな沈黙を破ったのは、霊夢だった。
「ねぇ、文。質問してもいいかしら」
「今日は質問が多い日ですね。いいですよ、どんな質問でしょうか」
胸を張り、どんな質問でもどうぞと言わんばかりの表情の文。
それに対し、霊夢は少しばかり恥ずかしそうにしている。
そして、言った。
「文は、友達として私の事をどう思ってる?」
「……へ?」
予想していたような質問と大きく違った質問。
霊夢の表情は、どこか恥ずかしそうで、今にも泣き出しそうな、そんな表情。
そんな弱々しい霊夢の表情が、愛しかった。
「そうですねぇ、私は霊夢さんの事凄く好きですよ。霊夢さんはどう思っているかは知りませんが」
「そう……。うん、ありがとう」
「どういたしまして」
二人は外を見る。
乾いた地面に、小さな雨粒が落ちていく。
一つ、また一つと落ちていく雨粒は、段々強さを増していった。
あっという間に雨が幻想郷全体に降り注いだ。
雨は力強く瓦を叩き、その雨を喜ぶように雨蛙達が鳴き始める。
縁側は、神社からむき出した屋根で雨から守られている。
しかし、地面を力強く叩く雨は地面を跳ねる。
風も涼しいから、肌寒い風へと変わっていた。
文は無言で羽を広げると、そのまま霊夢を包むように、そっと羽を被せた。
真っ黒な翼の中で、二人きり。
「寒くないですか、霊夢さん」
「ううん、暖かいわ。ありがとう、文」
「いえいえ」
辺りからは、雨音と雨蛙の合唱しか聞こえない。
そんな騒音も、羽の中では少しばかり小さく聞こえる。
変わりに、霊夢は鼓動の高鳴りがどんどん大きくなっていくのが分かった。
文は、私の事を凄く好きだと言ってくれた。
私がどう思っているかは知りませんが、そう文は言った。
次は、私が答える番だと、霊夢は思った。
羽の中、文の方を向く。
それに気づいた文は、霊夢と顔を合わせる。
「あのね、文。さっきの返事だけど、私も貴女の事……」
言葉が続かなかった。
でもこれは、言えなかったんじゃない。
言わせてもらえなかったのだ。
気がつくと、霊夢の唇を覆うように、文の唇が重なっていた。
霊夢は、肌寒かった体が、とつぜん火がついたように熱くなっていくのが分かった。
そっと文は霊夢から離れると、優しく微笑んだ。
「お気持ちだけは受け取っておきます。だけど、それから先の言葉は、霊夢さんがこれから好きになっていく人の為に、取っておいてください。私にはもったいない言葉ですから」
「で、でも私は……」
「私と貴女は、種族が違う。だから、お気持ちだけで私は十分幸せです」
「……ありがとう、文」
「いえ、どういたしまして」
霊夢は、文に身を委ねた。
肌と肌が合わさり、ほんのりと伝わるぬくもり。
だけどそれが、今はやけどするように熱く感じた。
それもこれも文のせいだと、霊夢は心の中で呟いた。
だけど、嬉しかった。
「ありがとう」
霊夢はまた、小さく呟く。
きっと、文は聞こえていたのだろう。
だけどそれに答える事無く、黙って霊夢を抱きしめるように、優しく羽で包んだ。
まだ、雨が止む気配は無かった。
ゆっくりと、二人だけの時間が過ぎていった。
だんだん蝉が土から這い出て成虫となり、木にくっついては五月蝿いほどその鳴き声を散す。
麦畑の麦はすっかり刈られ、青々とした稲は少しずつ成長を見せる。
水田の辺りを雀達は飛びまわり、鷺達は餌を探して水田をゆったりと歩く。
水の中にはオタマジャクシやゲンゴロウ、ザリガニ達が住みついていた。
山は緑に満ち、川には鮎や鱒、箆鮒が気持ちよさそうに泳いでいる。
人里の畑には豌豆や胡瓜などの野菜が実っている。
西瓜も少しずつ身を膨らませ、その味が早く味わいたいと、成長をまだかまだかと待っていた。
少しばかり暑くなってきたせいか、そよ風がとても気持ちよく感じる。
空を飛ぶことは、とても気持ちが良い。
風を遮るものがないこの場所は、風を一身に感じる事ができるのだ。
新聞記者は、いち早く情報をキャッチしなければならない。
だから、普段はこんな暢気な事を感じる暇も無いくらいに飛んでいる。
だけど今は、この平和な幻想郷を全身で感じ取っていた。
「入梅って聞きましたが、ずっと降ってないですねぇ」
地に背を向け、天を見る。
雲が高いところに漂っており、普段よりすこしばかり分厚い。
太陽の光は厚い雲に遮られ、僅かな隙間から鈍い輝きを放っている。
文は、長く生きた経験上、なんとなく分かる。
「まぁ、今日は雨が降りそうですね。洗濯物はあらかじめ中に干しておいて正解でした」
人里のほうを見ると、ちらほらと洗濯物が外で干してある。
涼しい風に吹かれて、様々な洗濯物が揺れる。
同じようなリズムで、同じ方向へ揺れる様は見ていて面白い。
くるっと宙で回り、体勢を立て直すと、ゆっくりと空を泳ぐ。
漆黒の翼が力強く羽ばたき、文を前へと進める。
進む先は、人里から少し離れた神社。
博麗の巫女、霊夢がいる神社だ。
真っ赤で大きな鳥居がだんだん近づいてくる。
文は、少し長い石畳の階段の前に、ゆっくりと降り立つ。
飛んでしまえば簡単に神社に辿りつく事ができる。
だけど今は、なんとなく歩いていたい気分なのだ。
「高い場所から眺める、いつも見ている風景とは違って見えるかもしれませんからね」
高下駄のカツンカツンという音が響く。
石畳の僅かな間から草や花が少し生えている。
こんな場所でも小さな命は生きていることに、文は改めて驚かされる。
しゃがんでその花を見ると、茎のところにはたくさんの油虫がついている。
その油虫を、天道虫が食べている。
植物としては、天道虫は救世主だろうなぁ、と文は小さく笑った。
文はゆっくりと立ち上がり、ぐっと背伸びをしてまた階段を上っていく。
だんだん鳥居が近づいてくるのが分かる。
やがて、最後の一段を上ると、見慣れた風景が文の目の前に広がった。
質素ではあるが、とても立派な佇まいの神社。
中央には大きな鈴とそれを鳴らす為の縄、そして賽銭箱。
まっすぐ賽銭箱へ続く石畳の通路。
そして、シャッ、シャッと、竹箒が地面に擦れる音。
その竹箒を持つのは、もちろん霊夢だ。
「こんにちは、霊夢さん」
文は目的の人物を見つけると、足を進める。
一直線に霊夢のもとへ向かう文に、霊夢は叫ぶようにして言うのだ。
「ストップ、文!」
「んぇ?」
思わず間の抜けた声をあげる文に、霊夢が少しずつ歩み寄る。
なんなのだろうと文が待っていると、霊夢は文の少し前まで来て、言った。
「ほら、下を見てみなさい」
「下、ですか?」
言われた通りに顔を下へと向ける。
すると、こちらを渦巻き柄の何かが向いていた。
ゆっくり、ゆっくり進むその物体を見るべく、文はしゃがむ。
すると、二本の突き出た目玉が文の方を見ていた。
「カタツムリよ。そのまま歩いてたら潰されてたわ」
「これはこれは……。いやぁ、しかし可愛らしいものですねぇ」
何ものにも囚われず、常にマイペースでいるカタツムリ。
目玉を不規則に揺らし、その大きな殻を器用に乗せて、進む。
霊夢はそのカタツムリをそっと掴むと、近くの葉っぱの上に乗せてやった。
「忠告ありがとうございます。危うく踏み潰してしまうところでした」
「どういたしまして。とりあえず、縁側に座って待ってて。ちょっとお茶持ってくるから」
手を洗わなくっちゃと呟きながら、霊夢は小走りで去っていく。
文は、霊夢の言われた通り、縁側に座って待つ事にした。
縁側から眺める風景も、もう見慣れてしまった。
季節によって変わるその景色に、最初は新鮮さがあったものの、時が経つにつれてその新鮮さも無くなっていった。
夏は、緑の葉をたくさんつけた木々の向こう側に、人里が見える。
向こう側にある妖怪の山の緑も、今日は曇りで見づらいが、晴れの日は綺麗に見える。
それはそれは、素晴らしい風景である。
ふと視線を逸らすと、外に洗濯物が干してある。
文は、台所のほうに向かって大声を出した。
「霊夢さ~ん、今日は雨降りますよ~。洗濯物中に入れておきますね~」
「頼むわね、文~」
向こう側から返事が返ってきたので、文は洗濯物をとり込む。
風に吹かれて、既に乾いた洗濯物を折り畳む。
パンパンと洗濯物を払い、器用に畳んでは、縁側に洗濯物を積み重ねる。
折り畳んだタオルにぎゅっと顔を埋めてみると、ほのかに石鹸の香りがした。
「ちょっと、人のタオルに何してんのよ」
「あやや、見つかってしまいましたか。いえいえ、ちょっとした出来心ですよ」
「まぁいいわ」
そう霊夢は返すと、お茶の乗ったお盆を縁側に置いた。
残った洗濯物を畳む為に、下駄を履いて文の方へ歩み寄る。
霊夢が巫女服を折り畳む隣で、文は霊夢の下着を畳む。
「霊夢さん、可愛らしい下着履くんですね」
「う、うっさいわね! 紫が私にもってきたんだもん! 履かないのももったいないから履いてるだけよ!」
「そんなに怒らないでくださいよ。私は可愛らしくて似合ってると思いますよ?」
文の言葉に、なっ!? 霊夢は短く声を上げ、俯いてしまった。
霊夢の顔を覗きこむと、すこしばかり顔が赤い。
「あ、ありがと」
顔を俯かせ、かつ視線を逸らしながら霊夢は言った。
文は、そんな霊夢が可愛らしくて溜まらなかった。
募る思いを押し殺し、文は笑って言った。
「どういたしまして」
やがて洗濯物も畳み終わり、二人は縁側に座った。
今日は珍しく、霊夢と文以外、この神社にはいない。
いつもなら、魔理沙や萃香、紫など、人妖問わずここに訪れる。
それなのに、今は二人だけというのは、とても珍しい事だった。
霊夢は少し冷めたお茶を啜る。
幸せそうな表情を浮かべる霊夢に、文は問いかけた。
「霊夢さん、一つ質問してもいいでしょうか?」
「なぁに?」
「前までは私がここに来たときは、露骨に嫌そうな顔と言いますか、あまり歓迎されるような感じではなかったのですがね。最初と比べて、最近は私に優しい気がするんですけど、どうしてでしょうか?」
「唐突ね」
「すみません」
謝る文に、別にいいわと返す霊夢。
「いろんな面でお世話になってるから、かしらね。異変の解決で力貸してくれたり、生活の面でも、時々野菜もってきてくれたりするじゃない。だから、ね?」
「そうでしたか。いやはや嬉しいものです」
文も、霊夢の淹れてくれたお茶を啜る。
霊夢の淹れたお茶は美味しいと、文は純粋に思う。
お茶が好きだからこそ出せる味なのかもしれない。
「で、文は何で雨が降るって分かったのよ」
「ん~、長年の勘って奴ですよ。まぁ、年の功ですかね」
「外見は年取ってるように見えないけどね」
「嬉しいお言葉です」
そう言って、霊夢は空を見上げる。
文が言うように、雨が降るというのはどうやら現実味を帯びてきた。
空の色が灰色に変わり、雀達も低い位置を飛びまわっている。
先ほどのカタツムリも、雨を待ちわびているように見えた。
「あと一つ質問してもいいかしら」
「いいですよ。あ、全然関係無い話なんですけど、なんだか、いつもは質問ばかりしているので、自分が質問に答えるっていうのが新鮮だなぁ~って思いますね」
「確かにいっつも質問ばっかりで、逆に質問される事って少なそうだもんね」
顔を見合わせてくすっと笑うと、霊夢は質問を続けた。
「で、なんで今日は空からじゃなくて階段から現れたのかしら? 普通に飛べば速いでしょうに」
「夏の風を空で感じるのもいいですけど、人間の感じる風っていうのを感じてみたかったんです。それに、いつもと違う視線から見る幻想郷というのもいいものです」
「そういうものなのかしらね」
霊夢はお茶を啜り、呟くように言った。
それに対して文も、呟くように
「そういうものですよ」 と返した。
しばらく、何も言わずに時間だけが過ぎた。
同じ空間に、二人きりで。
そんな沈黙を破ったのは、霊夢だった。
「ねぇ、文。質問してもいいかしら」
「今日は質問が多い日ですね。いいですよ、どんな質問でしょうか」
胸を張り、どんな質問でもどうぞと言わんばかりの表情の文。
それに対し、霊夢は少しばかり恥ずかしそうにしている。
そして、言った。
「文は、友達として私の事をどう思ってる?」
「……へ?」
予想していたような質問と大きく違った質問。
霊夢の表情は、どこか恥ずかしそうで、今にも泣き出しそうな、そんな表情。
そんな弱々しい霊夢の表情が、愛しかった。
「そうですねぇ、私は霊夢さんの事凄く好きですよ。霊夢さんはどう思っているかは知りませんが」
「そう……。うん、ありがとう」
「どういたしまして」
二人は外を見る。
乾いた地面に、小さな雨粒が落ちていく。
一つ、また一つと落ちていく雨粒は、段々強さを増していった。
あっという間に雨が幻想郷全体に降り注いだ。
雨は力強く瓦を叩き、その雨を喜ぶように雨蛙達が鳴き始める。
縁側は、神社からむき出した屋根で雨から守られている。
しかし、地面を力強く叩く雨は地面を跳ねる。
風も涼しいから、肌寒い風へと変わっていた。
文は無言で羽を広げると、そのまま霊夢を包むように、そっと羽を被せた。
真っ黒な翼の中で、二人きり。
「寒くないですか、霊夢さん」
「ううん、暖かいわ。ありがとう、文」
「いえいえ」
辺りからは、雨音と雨蛙の合唱しか聞こえない。
そんな騒音も、羽の中では少しばかり小さく聞こえる。
変わりに、霊夢は鼓動の高鳴りがどんどん大きくなっていくのが分かった。
文は、私の事を凄く好きだと言ってくれた。
私がどう思っているかは知りませんが、そう文は言った。
次は、私が答える番だと、霊夢は思った。
羽の中、文の方を向く。
それに気づいた文は、霊夢と顔を合わせる。
「あのね、文。さっきの返事だけど、私も貴女の事……」
言葉が続かなかった。
でもこれは、言えなかったんじゃない。
言わせてもらえなかったのだ。
気がつくと、霊夢の唇を覆うように、文の唇が重なっていた。
霊夢は、肌寒かった体が、とつぜん火がついたように熱くなっていくのが分かった。
そっと文は霊夢から離れると、優しく微笑んだ。
「お気持ちだけは受け取っておきます。だけど、それから先の言葉は、霊夢さんがこれから好きになっていく人の為に、取っておいてください。私にはもったいない言葉ですから」
「で、でも私は……」
「私と貴女は、種族が違う。だから、お気持ちだけで私は十分幸せです」
「……ありがとう、文」
「いえ、どういたしまして」
霊夢は、文に身を委ねた。
肌と肌が合わさり、ほんのりと伝わるぬくもり。
だけどそれが、今はやけどするように熱く感じた。
それもこれも文のせいだと、霊夢は心の中で呟いた。
だけど、嬉しかった。
「ありがとう」
霊夢はまた、小さく呟く。
きっと、文は聞こえていたのだろう。
だけどそれに答える事無く、黙って霊夢を抱きしめるように、優しく羽で包んだ。
まだ、雨が止む気配は無かった。
ゆっくりと、二人だけの時間が過ぎていった。
こういう関係の二人が一番好きです。
しかしなんでこう…真っ赤になって照れてる霊夢って可愛いんだろう。
あやれいむがもっと増えますように。
そして幸せになるんだ、二人で!!
文ちゃんは霊夢のことが本当に好きだからこそあえて距離を取っているんだな。
やっぱり長い年月を生きた妖怪だからこそなんだろうな。
過去にもやはり種族の違いによる悲しいことでもあったのだろうか……
評価ありがとうございます。
くっつきすぎない、切ない甘さが好きです。
>12 様
評価ありがとうございます。
大人な文大好きですわ。
>17 様
評価ありがとうございます。
女の子な霊夢って可愛いですよね。
あやれいむ大好きですわ。
>30 様
評価ありがとうございます。
書いている私も得します。
>コチドリ 様
評価ありがとうございます。
いい事言ってくれるじゃないですか……。
幸せになってもらいたいものです。
>ぺ・四潤 様
評価ありがとうございます。
甘いだけじゃ物足りないので、切なさも一緒に。
文もきっと、長い間生きてるから好きな人との別れもたくさんあったでしょう。
種族の違いって悲しいです。
>夢中飛行士 様
評価ありがとうございます。
切ないあやれいむ大好きですわ。
>49 様
評価ありがとうございます。
そうだといいんですけどねぇw