Coolier - 新生・東方創想話

極彩ラストスペル

2010/06/13 18:04:07
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その日、紅魔館のメイド長・十六夜咲夜は宝探しを楽しんでいた。
宝探しといっても咲夜の手には古めかしい地図や豪華な羅針盤、謎めいた宝箱の鍵なんてないし、
その探索場所だって秘密の無人島なんかではなく、咲夜がいつも生活している紅魔館内の一室だ。
まったくもって冒険心や探究心と呼ばれる熱いものを刺激してくれる状況でも環境でもない。
それだというのに、咲夜は一心不乱、無我夢中という言葉そのままに宝探しに何時間も没頭している。


その熱心な姿に神様も心打たれたのか、とうとう咲夜はクローゼットの奥から宝箱を見つけ出した。
それまでにも咲夜は他に宝箱らしき物を何箱も見つけていたが、残念なことにそのすべてが偽物だった。
偽物を掴まされる度に咲夜は落胆しついには諦めすら考えはじめていた。その矢先の発掘劇である。

その嬉しさに咲夜は小躍りしたくなるが、その湧き上がる衝動と喉を駆け上がってくる唾を飲み込む。
本当の勝負はここからだのだ。もしここで軽はずみに物音を立てて運悪く誰かに目撃されてしまうと、
咲夜がそれまで費やしてきた努力と労力のすべてが水泡に帰してしまう。それどころか場合によっては
口封じさえも考えなければいけなくなるだろう。それでもなお、咲夜の期待は高まるばかりだ。


お目当ての宝箱は、少し前に中身が追加か引き出されたみたいで、蓋の上にホコリはつもっていない。
そのことに気が付いた目聡い咲夜は、事後の偽装工作の手間が省けたと声を抑えながら不敵に笑う。
ここまでくれば完全勝利は目前だ。あとは獲物を見定めるだけ。楽しい、楽しい収穫祭のはじまりだ。
大きいもの、小さいもの、春もの、夏もの、秋もの、冬もの、正装、普段着、寝着、勝負着、etc…
そのすべてを容赦なく根こそぎ頂いて行く。そんな心持で咲夜はお目当ての宝箱を開けようとした。

コン、コン

強欲な咲夜にお怒りになられた神様が刺客を送り込んできた。
突然のノックに咲夜は音も無く身構えた。誰か来たみたいだ。心拍数が上がっていく。
咲夜は自分の迂闊さを恨む。油断するなと言い聞かせておいてこんな事態に陥っているのだ。
それでいて咲夜の瞳に諦めの色はない。最後まで希望を持ち続けろ、そう教わってきたのだ。
咲夜は後手ながら扉の向こうの気配を探る。感知できた気配は二つ。妖精メイドのものだった。
移り気の早い彼女達のことだ、すぐにどこかに行ってくれると咲夜は判断し気配を消した。

「あれ、気のせいか。おかしいな、なにか気配がしたんだけどなぁ」
「だから言ったでしょう。美鈴さんは外出していて今は紅魔館にはいないの」
「予定を切り上げて早めに帰って来たのかと思ったの」
「まさか、きっと今頃はお寺の毘沙門天様と仲良くしているわよ」
「たしかにそうだよね。やっぱり私の気のせいか」

二つの気配が遠くに行くまで咲夜は沈黙を守り続けた。
そして咲夜は沈黙を保っている間、ずっと自分を置いて外出した美鈴のことを考えていた。
なんで私と遊んでくれないんだろうとか、そんなにあの虎妖怪のことが気に入ったのかとか、
そんな初々しくもある小さな独占欲からくる、寂しさとわがままの混じった物想いをしていたのだ。

しかしながら気持ちの切り替えの早い咲夜は、妖精メイド達の気配が遠くに行ったのを確認すると
すぐさま、早くも半ば収穫祭になりつつある宝探しを再開する。また余計な連中がやってくる前に
獲物を持って撤収するためだ。時間はまだまだあるが、無駄な長居が命取りになることは変わらない。
作戦遂行時間は短ければ短いほど、作戦自体の成功率が高くなる。そう咲夜は経験から学んでいた。


物音を立てないよう咲夜は慎重に宝箱のフタを開ける。ついにお宝と感動のご対面の時がきた。
宝箱の中にはお目当ての品々が、所狭しだといわんばかりに丁寧に折りたたまれて並べられている。
咲夜は一番上に鎮座しているお宝に手を伸ばす。それはわりと年代物のようでほつれが目立っているが、
それだけ長い期間、愛用されてきたと確固たる証拠だ。咲夜は周りに本当に誰もいないのを確かめて、
そっとそのお宝を手にとり顔をうずめてみる。そこには予想を遥かに上回る幸福な感触があった。
それに連鎖するようにして咲夜は、無意識のうちにそのままの状態で深めの呼吸までしてしまう。
鼻孔を通じて、懐かしさと優しさと愛おしさとが複雑に入り乱れた粒子が咲夜の全身を駆け抜ける。
そしてそれが脳内で解析不可能な化学反応をおこし、大量の脳内麻薬を生成して咲夜を深く酔わせた。


酔うに酔った咲夜に自制の二文字はなかった。目の前にあるお宝のすべてを手に取って楽しんだ。
あるものにはぎゅっと抱きしめて悦に浸り、また別のあるものには頬にすりつけて愛でるなど、
咲夜は気の向くまま、欲望の向くまま、煩悩の向くまま、勝手気ままにやりたい放題に振舞う。
それでいて咲夜は一切の物音を出していない。すでに自制は失せた、本能がそれをそうさせたのだ。
そして、一通りの味見をした咲夜は持参した特製の収納袋にすべてのお宝を詰め込みはじめる。
一部例外を除けば決して邪魔が入らない自室に戻ってから存分に堪能するつもりなのだ。

せっせとお宝を袋に詰め込む咲夜の視界に、宝箱の横のベッドの下のあるものが入りこんできた。
それは小さな金属製の箱でなんの特徴もないが、咲夜は不思議とその箱のただならぬ興味を持った。
これも宝箱に違いないとトレジャーハンターとしての勘がそう告げてきている、そんな気すらする。
とにかく咲夜は詰め込み作業を中断し、その中を見ようとベッドの下からその箱を拾い上げてみる。
手にするとその箱がとても軽いのでただの空き箱かと思ったが、咲夜は念のためフタを開けてみた。


金属製の箱の中には何通かの手紙が入っていた。そのおかしな見た目が咲夜の目を引いた。
その手紙達は一枚の紙を折って作られたもので、まるで古風な果たし状みたいになっている。
また手紙達それぞれの表側には、レミリアをはじめとする紅魔館の主たる構成員達の名前が、
驚くほどに綺麗な字で書かれている。もちろんその中には、ちゃんと咲夜の名前だってある。
咲夜は少し迷ったあとに、自分宛ての手紙を箱の中から取り出してそれを広げてみた。



※ ※ ※ ※ ※


咲夜さんへ


この手紙は私の身に何かあった時のために書いています。
もし私の部屋で宝探しや空き巣でもしている際に、たまたまこの手紙を掘り当てた場合は、
すみやかに手紙をもとの置いてあった所に戻して、このことは早めに忘れちゃって下さい。
あと、他の方々の分の手紙も近くにあると思いますが、ぜったいに読んではいけませんよ。
では、今がその時でないのなら、ここで読むのをやめて私のところにでも遊びに来て下さい。






咲夜さんが今ここを読んでいるということは、私の身に何かあったのですね。
私はもっともっと咲夜さん達と一緒にいたかったのですが、本当に残念です。
しかも残せる物がないんですよね、お小遣い程度なら探せば出てきますけど。
私が持っていたのは思い出みたいに形のないものの方が圧倒的に多いです。

ところで咲夜さん。私と初めて会った時のこと覚えてくれていますか?
私はあの日のこと、咲夜さんが初めて紅魔館に来た日のことを今でも覚えていますよ。

あの日、私がいつものように門番をしていると、ふらりとお嬢様がお越しになられて
私にこう仰いました。
「今日からこの野良犬の世話をしてくれないかしら。きっと将来いい猟犬になると思うの」
そう言ってお嬢様は肩に担いでいたものを私に投げて寄こしたんです。

私は意味が分かりませんでした。
だってその野良犬というのは見るからに貧相で汚れている上に、
すぐにでもこと切れてしまいそうなくらい弱りきった人間の子供だったのですから。

私はその野良犬を自室まで運んで、まずその野良犬の身体を洗うことにしました。
この子はお風呂に入ったことはあるのかと思うくらい、その野良犬は汚れていたからです。
しかし、野良犬を浴槽には入れたものの身体が衰弱していたので勢いよくごしごしとは洗えません。
だから私は柔らかいタオルを持ってきて、その子の全身を拭くようにして洗ってやりましたが、
少しでも力を入れ間違えると野良犬が痛そうに鳴いてくるので、それはもう大変でした。
そうやって長い時間かけて私は野良犬の汚れを落としていきました。

そして浴槽のお湯は洗い落した長年の汚れのせいで真っ黒になってしまいましたが、
その頃にはそれまで黒くくすんでいた肌も、油でベタついていた髪も人並みに清潔になって、
野良犬の本当の容姿が分かるようになりました。その体は皮と骨しかありませんでした。
毛色がネズミ色ではなく、薄い銀色をしているのもここにきて初めて気が付いたことです。

こうして野良犬は清潔になって、かわいらしい仔犬になり上がったのです。

次に私は何か食べさせなければと思い、部屋の近くにいた妖精メイド達にお願いして、
温かいパンと消化のよい食べ物を多めに作って部屋まで持ってきてもらいました。
しかしお腹の減っているはずの仔犬はそれを口にしてはくれませんでした。
私がパンを千切って口元に運んでも、仔犬は口を開けてくれないんです。
無理に口に入れてやっても、少しも噛まないですぐに吐き出してしまいます。
一度に与える量を変えてみたり、冷ましてみたりと色々してみましたがダメです。

そうやって何度も試しているうちに、私はあることに思い当りました。
それは、この子はパンに毒が入っていると疑っているのではないか、ということです。
そう思った私は、さっそく仔犬の目の前で食べ物を口に含んでしつこく咀嚼して見せ、
わざとらしく飲み込んでそれを食べてみせました。

それを何回か繰り返しているうちに、仔犬は物欲しそうな目でこちらを見るようになり、
私が千切ったパンを口元に持っていってやると、とうとう仔犬はそれを口にしてくれました。
仔犬も最初はおそるおそる食べていましたが、しだいにそのペースは早くなっていき、
最後にはがっつくようにして私の手から、パンや他の食べ物を食べてくれるようになりました。
こうなると、なんだか私も嬉しくなってどんどん仔犬に食べ物を与えてしまいます。
多めに作ってもらった食べ物は、すぐに仔犬の胃の中にすべて収まってしまいました。
それでも仔犬はまだ足りないらしく、名残おしそうに私の指をぺろぺろ舐めてくれます。
私が頭を撫でてやると、仔犬はくすぐったそうに目を細めてくれます。

そこで私は思い出したように、仔犬の名前を呼んでみたくなりました。
門の前でお嬢様が教えてくれた名前です。それが本名なのかは分かりません。
なぜってその名前の響きからしても、お嬢様が勝手につけた感が否めないのです。
ですがそれはとても綺麗な名前なので、私は聞いてすぐに気に入ってしまいました。
だからこそ、少しは仲良くなれた仔犬の名前を呼んでみたくなったのかもしれません。
――十六夜咲夜……ちゃん?
私がその名前を呼んでみると、仔犬は指を舐めるのをやめてこちらを向いてくれました。
だけど、その表情はきょとんとしていて、自分の名前が呼ばれたから反応した風には見えません。
私が予想した通りお嬢様が勝手につけた名前だったのです。私は少し落ち込みました。
だけど落ち込んでいる私の横で仔犬は、不思議そうに何度もその綺麗な名前を呟きます。
どうやら仔犬は今の今まで名前というものを持っていなかったみたいなのです。
――さくや、いざよい さくや。それが私の名前なの?
――そうですよ、君の名前は十六夜咲夜ちゃんです。
――そうなの、……あなたは? あなたの名前は?
――私の名前は紅 美鈴です、はじめまして
――はじめまして、めーりん。わたしの名前はさくやです。
そうして仔犬は何度も何度も嬉しそうに、自分と私の名前を交互に呟きはじめました。
その姿を見た私はその名前だけでなく、その仔犬のことも大好きになりました。


この時、私と咲夜さんは初めて出会ったんですよ。


それからはそれまで以上に楽しい日々が続きました。
私は服を持っていなかった咲夜ちゃんに、私の古着に手を加えた物を着てもらいました。
痩せ細っていた咲夜ちゃんの身体は日を追うごとに、見間違えるくらいに健康的になっていき、
背も年を追うごとに追うごとに伸びていき、館内のお仕事だって手伝うようになりました。
人間の成長の早さにはいつも驚くばかりですが、私としてはもっとゆっくりでもいいと思います。
咲夜ちゃん目線が私のそれに近付いてくるたびに、私は時間の経過を肌で感じていました。

そうして気が付けば、頑張り屋さんの咲夜ちゃんはメイド長にまでなっていました。
喜ぶ咲夜ちゃんを見て、私も嬉しくなりました。だけど立場をわきまえるためにも、
私は咲夜ちゃんから咲夜さんへ呼び方を変えました、実を言えば少し寂しかったです。
そうするころで咲夜ちゃんがどこか遠くに行ってしまう、私はそう感じてしまったのです。

だけど咲夜さんは、そんな私の小さな不安なんかすぐに晴らしてくれました。
あの時のあの言葉と咲夜さんの照れた表情は片時たりとも忘れたことはありません。
おそらく私にとって一番大切な思い出の中の一つです。

それをきっかけにして咲夜さんは、前にもまして私に甘えてくれるようになしましたね。
よく私は遠慮がちにしていたり、余裕のふりをしていたりでしたが本当はすごく嬉しかった。
咲夜さんとお話しできるだけでも楽しいのに、その咲夜さんと手を繋いだり、髪を梳いたり、
一緒にご飯を食べたり、抱きしめ合ったりだとか、楽しいことがたくさんできました。
咲夜さんにはいくら感謝しても感謝しきれません。


これから私はいなくなってしまいますが、どうか咲夜さんはお元気でお過ごし下さい。
わがままなことだとは思いますが、これが私の一生で最後の咲夜さんへのお願いです。
私は咲夜さんとは限りなく遅く、果てしなく早くの再会がしたいのです。
そうしたらまた私にうんと美味しいご飯をいっぱい作って下さいね。
咲夜さんのおかげで、紅 美鈴の毎日は幸せでした。
ありがとう、そしてさようなら。


紅魔館門番 紅 美鈴

 
※ ※ ※ ※ ※



「なんなのよこれ」

手紙を読み終えた咲夜の口から漏れ出した感想は、あまりにも率直で味気ないものだった。
宝探しを楽しんでいたらなぜか手紙を見つけ、悪いと思いながらも何かおもしろさを期待して
それを読んでみると、どういうわけかその手紙にはお別れの言葉が書き綴られていたのだ。
まともな感想がでてくるわけがない。美鈴がこの手紙を書いたということは、すなわちその日が
もうすぐ来てしまうことに他ならない。そう考えると、近頃の美鈴がやけにお寺に通っているのも、
ずっとあの虎妖怪にくびったけなのも頷けてしまう。この自分の仮説にひどく衝撃を受けた咲夜は
思わずここぞとばかりに、かたわらにある美鈴の枕を抱き寄せ顔をうずめて心を落ち着かせる。
そして思考を張り巡らせた。考えるのはただ一つ美鈴と本当にお別れしなくちゃいけないのかだ。


いつか美鈴とはお別れする運命にあることは咲夜も重々嫌々承知しているが、その日は少なくとも
何十年も先のこと、しかも普通に寿命を考えれば、先にお別れするのは美鈴ではなく咲夜のはずだ。
それなのにお別れの手紙を用意しているということは、美鈴が命に関わる問題を抱えていることになる。
例えば怪我や病気だ。いくら妖怪の美鈴といえども致命傷を受けたり不治の病を患ったりすれば
咲夜よりも早く紅魔館から去ってしまうだろう。しかしながら美鈴が怪我をすれば咲夜はもちろん
血に敏感なレミリアやフランドールが放っておくはずがないし、日頃の食い意地を見る限りでは
体調を崩しているとも考えにくい。そもそも年中食欲旺盛な美鈴は、大病になるのかも疑わしい。
その証拠になるかは微妙だが、咲夜の知る美鈴は食べ物に好き大好きしかなく何でもよく食べ、
ご飯を残したりなんてことは一度たりともない。それどころか美鈴は他にもよく間食をしている。
それは咲夜の差し入れだったり、小悪魔の試作品の味見だったり、フランドールの食べ残しだったり、
アリスがくれるお土産だったり、氷精が凍らせたカエルだったりと多岐にわたる。食べ過ぎが原因の
病気になったとも考えられなくもないが、その可能性はほとんどないだろう。謎は深まるばかりだ。

「本当にどうしてこんなもの書いたのよ……」

宝探しが一転して探偵ごっこみたいになってきた。だがそれも謎は未解決のままでじきお開きになる。
日が沈み美鈴が返って来る時間が近づいているのだ。早いところお片付けと証拠隠滅をしなければ、
咲夜は探偵役のくせにお縄についてしまう。そして、咲夜が苦労の末に見つけ出したお宝はすべて
美鈴に当たり前のことだが没収され、その上勝手に手紙を読んでしまったことも知られてしまう。

そうなればいくら寛容な美鈴とはいえども咲夜を怒るだろう。なにしろ特別なお別れの手紙を咲夜は
読んでしまったのだ。だから咲夜は最低でも一週間、美鈴が一緒に遊んでくれなくなると予測した。
咲夜の考えるその一週間のうちわけは、半日が宝探しで残り全部の日数は手紙を読んだことが占める。
宝探しは咲夜にとって遊びに過ぎないし、美鈴も咲夜の遊びを黙認してくれているふしがあるのだ。
それに対して手紙を勝手に読んだことは、今更ながら咲夜に重大な罪の意識を感じさせはじめていた。
そのため咲夜の心はこのまま証拠隠滅してこの件を闇に葬るか、素直に美鈴に謝るかで揺れ動く。

咲夜は決断できず、ただ時間だけが過ぎていった。美鈴が返って来る時間は刻々と迫って来る。
素直に謝った方がいいと頭ではわかっているし、少なくとも咲夜は美鈴にそう教わってきた。
また、たしかに美鈴に怒られるのは嫌なのだが、そんな理由で美鈴を騙すのはもっと嫌なことだ。
それでも咲夜の頭の中からこの件を闇に葬るという選択肢はなかなか出て行ってくれない。
もし謝ってしまうと美鈴の口から具体的なその日のことや、その日に至る経緯を聞くことになって、
美鈴がいなくなることを本当の意味で認めさせられるような気がするのだ。


幸か不幸か今まで咲夜は近しき者や、親しい者と今生のお別れを果たしたことはない。
主人は吸血鬼だしその親友は魔法使い、他の従者達もすべて妖精か妖怪なのだ。人間は咲夜しかいない。
そんな生活環境の中で死者が出ることなんて皆無に等しく、親しいと呼ばれる間柄の連中に至っては、
殺しても死なないような者ばかりなのだ。近しき者に関しては、本当にいたのかも怪しいほどである。
そんな環境に身を置く咲夜にとってお別れとはするもので、されるものという認識は微塵もなかった。
自分が主人達や美鈴を残して、紅魔館からいなくなる。咲夜はそうとばかり考えていたし、それで
いいのだと思っていた。それが紙切れ一枚でひっくり返されそうになっている。耐えられるはずがない。
気が付けば咲夜は手紙を破っていた。ナイフなんて使わない、自分の指でお別れを千に裂いていた。
千の断片になった紙切れをゴミ箱に投げ捨てて、咲夜はそのまま美鈴のベッドを大の字で占領した。
間もなく美鈴が帰って来るだろう。気配は感じないが予感はする。咲夜はただ天井を見つめながら、
美鈴への謝罪と少しの言いわけ、そしてなにから問いただそうか考えはじめた。




「おおまかな話しはわかりました。なにか言いわけはありますか?」
「そんなものないわ。ごめんなさい、美鈴」
「明日は雨でも降るのでしょうか、もしかしたらヤリかもしれませんが」
「頼めば本当に降らしてくれるわよ、雨だろうがヤリだろうがね」
「素直に謝ってくれたと思うとこれですか、本当に反省しています?」

美鈴としては叱っているつもりなのだが、隣に座る咲夜からは反省の色は見えてこない。
美鈴もうすうす勘付いていたが、やはり頭を撫でながらのお説教はあまり効果がないみたいだ。
その証拠に叱られているはずの仔犬は、目を潤ませて嬉しそうに尻尾を左右に振っている。


美鈴が帰ってみると咲夜がベッドの上で大の字で唸っており、その傍らには窮屈そうな袋があった。
はたから見るとその姿は間抜けな空き巣のように見えなくもなく、美鈴はあきれる他になかった。
咲夜に何をしているのか尋ねたところ、咲夜はおかえりと呟いたあと一呼吸だけおいて宝探しから、
手紙のことすべてを白状してくれた。美鈴がその声音に寂寞を感じたのは気のせいではないだろう。


「本当に反省しているわよ、だけどそれ以上に聞きたいことがあるの」
「あぁ、あの手紙をお読みになられたんですよね。読んでみてどうでしたか?」
「どうもこうもないわよ、どうしてあんな物を書いたの? 本当にいなくなっちゃうの?」
「そんな怖い顔しないでください。今のところいなくなる予定はありませんから」
「ならあの手紙はなんだったの? 冗談にしてもやり過ぎよ、貴方らしくもない」

咲夜が詰め寄ると美鈴はなぜか恥ずかしそうな顔をして、照れながら手紙の理由を語りはじめた。
美鈴が言うにはあの手紙はたしかにお別れの手紙だが、咲夜の思う一般的なそれとは少し性格が
異なり、かつて紅魔館が外敵だらけで死が身近な外の世界にあった頃の習慣みたいなものだそうだ。
当時も兼任とはいえ門番をしていた美鈴は、外敵の襲撃がある度に最前線で戦わなければなかった。
そのため生死にかかわる傷を負ったことも一度や二度ではないらしく、万が一の時のために日頃から
美鈴は、もちろん他の古参の従者達も、定期的に書き直しながらもそれを用意し続けていたらしい。
その習慣が美鈴にはいまだ残っており、たまに不定期の回顧録感覚ながら続いているとのことだった。

「そう言われてみると、いなくなった後のことかはあまり書かれてなかったわね」
「あくまで回顧録みたいなものですからね。いなくなる気なんて元からないですし」
「ならどうしてあんな所に隠していたの? 紛らわしくてしょうがないじゃない」
「いやー、机や本棚に置いていると勝手に読んじゃう悪い子がいますから」
「……本当にごめんなさい、もうしません。だから約束して……私を置いて行かないと」

美鈴が予想していた以上に咲夜は反省している。それまで咲夜の頭を撫でていた美鈴の手が掴まれた。
そして咲夜は美鈴の手を自分の胸元に持ってきて抱くようにする。美鈴はそこにきて初めて咲夜の身体が小刻みに震えているのに気が付いた。想像しただけでも泣きこそはしないが、震えるほど怖いのだろう。美鈴は空いている方の手で咲夜の頬に優しく添えてやる。咲夜の冷めて強ばっていた頬が徐々に温かみのある柔らかなものになっていくのが文字通り、手に取る様にわかった。

「約束はできませんよ、私には私の運命が見えませんから」
「そこは嘘でもいいから、約束して欲しかったなぁ」
「すみません。だけど私がその約束を破ると咲夜さん、すごく怒るでしょ?」
「そんなの当たり前じゃない。そうなったら一生美鈴と口きいてあげない」
「ほらね、リスクが高過ぎるんです。もう少し公平にいきましょうよ」
「なに言っているのかしら、天秤はむしろ美鈴の方に傾いているわ。だってね――」

そう言って咲夜は美鈴がどこにも行かないようにと、胸に抱いた美鈴の手にゆっくりと
自分の指を絡ませていく。美鈴も咲夜の考えに気が付き、それに合わせて指を動かす。
寸暇もしないうちに二人の指は互いに、少しのことでは離れてしまわない程にかたく結ばれた。

「――こうすれば美鈴だけの運命なんて関係なくなるもの」
「たしかに、こうして咲夜さんに捕まえられていればなんの問題もありませんね」
「美鈴もちゃんと私を捕まえていてね、こうしていれば二人分の運命なんだから」
「ええ、絶対に離しませんよ。離したりするもんですか」

しばらくの間、二人はお互いの手のぬくもりを感じあっていた。
その間に美鈴が咲夜に自分の古着をどうするのかと尋ねてみたところ
咲夜は、はにかみながら一度断裁してから新しい物に作り直すのだと答えた。
美鈴は誰のために作るのかまでは訊かない。そんなことはわかりきっているからだ。
そのかわりに美鈴は咲夜にそっとささやいた

それだけの量があるのだから、二人分くらいなら作れそうですね、と
私はラストスペルと聞くと遺書や遺言を連想してしまいます。
ただしくはラストワードやウィルというみたいなんですけどね。

今作の設定は前作「サシイレ」ではなく、前々作からのものです。


読者の皆様に感謝です
砥石
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コメント



0.2250簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ギャグかと思ったらイイハナシダナー
4.90名前が無い程度の能力削除
悪びれない咲夜さんマジ瀟洒。
5.90コチドリ削除
うおーい! 確かに立派な猟犬に育ったけど、狩る獲物が違うでしょ、咲夜さん。
しかも、対美鈴になると色々な意味でリアルに仔犬っぽいし。

困ったちゃんな彼女に対して、何のわだかまりも無く受け容れる美鈴の器の大きさは、
幻想郷を覆い尽くすでぇ、ホンマ!
10.90名前が無い程度の能力削除
古着じゃなくてパンツを漁っていたと思った俺はいろいろともうダメだ……
14.80名前が無い程度の能力削除
>10
安心しろ。俺もだ。
15.100名前が無い程度の能力削除
紅魔館のみんなにはずっと一緒にいて欲しいものです
18.90名前が無い程度の能力削除
コメントを見て初めて咲夜さんのあさってたものが下着じゃなかったと気付いた俺は…


甘えん坊咲夜、ジャスティスだね!
21.100名前が無い程度の能力削除
古着=使用済みの下着
という等式が思い付いた俺は10000000回死んだ方がよい
23.100名前が無い程度の能力削除
最初、咲夜さんがぱんつを漁っているのかと・・・イイハナシだったなぁ
24.無評価名前が無い程度の能力削除
小説のリリアとトレイズに載ってるアリソンの遺書みたい
28.100名前が無い程度の能力削除
下着じゃなかっただと!孔明の罠か!!
しかし、よいお話でした。
29.100v削除
良い話だった……残念なのは下着と読んでまったく違和感を持ってなかった俺の頭。
ひそーてんそくでも、美鈴は大真面目だったなぁと思って何かさらにジワリと。
運命を共にするという咲夜さんとの会話も……
今はただ平和、マジ尊い。それしか言えませぬ。
32.100名前が無い程度の能力削除
いい話だったのに俺は古着=下着と認識してしまったorz
59.100名前が無い程度の能力削除
まさかのイイハナシダッタナー