Coolier - 新生・東方創想話

空っぽ地霊殿

2010/06/13 17:01:39
最終更新
サイズ
11.58KB
ページ数
1
閲覧数
1194
評価数
7/32
POINT
1800
Rate
11.06

分類タグ


 霊烏路空ははいてないのであった。



「え、嘘」
「本当だよ。ほら」
「うわあああいいからいいからスカートめくるんじゃないもう少し恥じろよあんたはもうっ!!」

 火焔猫燐は両目を手で覆い隠し、赤面しながらわたわたともう一方の手をぶんぶん振り回す。それに対し空は首を傾げつつも、渋々燐の言葉に従った。

「いきなりどしたのさ、お燐。急に慌てちゃって」
「いや、そりゃ慌てるでしょうよ……いくら友達だからってスカートの中身見せられても困るってば。しかも本当にはいてないし」
「でしょ?」
「何が“でしょ?”よ。どこの誰がいつ見せろって頼んだのさ。全くもう」
「え、だってお燐が疑うから……」
「あれは疑ってたんじゃなくてね……ああもういいや。疲れる」

 そう言ってお燐は肩を落とし、はぁと大きく息を吐き出す。ほんの数分の間で、頬がやつれた様にも見える。苦労人である。
 いったいどこの誰が、あんなありふれた返しに実際の行動で証拠を示されると思うのか。いや、思わない。思わないはず、なんだけど。うん、多分。きっと。もしかしたら。あるいは。極稀に。確率計算上。希望的観測。ごめんやっぱ思うかも。
 自分の心の中で反復している内に、どうにも自信がなくなってきてしまったお燐であった。
 相手が空であったことが唯一にして最大の不幸である。

「で、それで……どうしてはいてないの?」
「え、何を?」
「パンツだよパンツぅぅぅぅ! あんたスカートの下丸裸じゃん! どう考えてもおかしいでしょそれは!」
「って言われても……ずっとそんなの着けてなかったし」
「え、マジで」
「うん」

 こくりと頷く空。その返事によくよく思い返してみると、成程着替えの時に彼女が下着を持っていた記憶がない。というかシャツも着てた記憶がない。下着類なんて全く持っていなかった。あれ、それじゃあ、と燐はこわごわとした声で尋ねる。

「……もしかして、上も着てないの?」
「そだよ。ほら」
「だからまくるな見せるなこっちに寄るなぁぁぁぁ! なんなの!? なんなのあんた!? あたいに嫌がらせしたいの!?」
「そんなわけないじゃん。こんなことでさえお燐は騒がしいんだから、困った人だよ」
「それはこっちの台詞だっつーの! ……まさか上下両方とも、だとはねぇ……つくづく能天気と言うか、何と言うか」

 嘆息するお燐。はいてないどころか着てないとは。あんまりにもあんまりな衝撃的事実である。
 着ろよ。

「え、何、じゃあブラとかは……?」
「してないよ」
「ああ道理で……」

 わざわざ言うほどのものでもないが、人並よりかはずっと大きい空の胸。だというのに、服の上からだとあまりそうは見えない。着やせするタイプかと言われればそうかもしれないが、それにしてはまだ大き過ぎるようにも見える気がする。しかし、何と言うことはない。ブラジャーをつけていなかっただけのことだ。そりゃあ重力には逆らえないという話である。
 燐は心の中で悔し涙を流した。

「って言うかそうだよ。そんなんじゃだめだって。いけないよ」
「なんでさ。下着なんて着てるの窮屈でしょ? お燐はそう思わないの?」
「うん、思う時もあるけどさ……って違う! あんた人より出るとこ出てんだから、そういうのちゃんとしなきゃだめなの!」
「だめなの?」
「そうだよ!」

 半ばやけっぱち気味に言い捨てる燐。今の空の発言が全て真実だとしたら、これまでの彼女はずっとノーブラノーシャツノーパンの三拍子だったということになる。一緒に出掛けた時なんかどうだ。そう言えば風の強い日に、旧地獄街道に買い物に行った時、鬼どもがこちらをちらちら見てた気がするぞ。そうかそうか、そういうことか。それなら納得だ。うん、そりゃあ見るって。分かる分かる。どうして気付かなかったんだあたいぃぃぃぃぃ!!
 あまりにも思い当たる節が多過ぎて、思わずくらっとしてしまう燐。こめかみのあたりを押さえながら倒れかける彼女に、空は慌てて駆け寄り大丈夫? と手を差し伸べる。瞬間、たゆんと揺れる胸。ああ畜生こいつのおっぱい爆発しねえかな。そんなことを思いながら燐は空の手を借りて、ありがと、と優雅に微笑んだ。

「で、さ……なんでそんなことになったわけ? まさか窮屈だからって、たったそれだけで着なくなったわけじゃないよね」
「元々着てないけど」
「嘘!?」
「ごめん嘘」
「えええええ、あ、あぁうん、まぁそうだよね、そうに決まってるよね……」
「なんでそんな残念そうな顔するのさ、お燐」
「いやうん、その、おくうのこと正直ちょっと見くびってたかなって」

 こいつならやりかねない。
 と、思っていたのだが、それは杞憂だったようである。
 いやいいことなんだけれども、うん。でもまぁそのね。ごめんおくう。お燐さんあんたのこと信用しきってなかったわ。お燐は胸の内で葛藤しつつ、茶を濁すようににへらと笑う。

「本当のこと言うとね……さとり様が、着ない方がいいって言ったから」
「嘘でしょ」
「本当だよ」
「えっ」
「えっ」





「ええ、そうですよ。私がそう空に言いました」

 と、燐と空両名の主人である古明地さとりは事も無げに言い放ち、静かに紅茶をすすった。

「……え、いや、その」
「なんですか? 何か聞きたいことでも?」
「いや、はい、ええ、確かにありますけれど」

 自分が何を口走っているのか分からないまま、燐は動揺しつつ返す。何しろ犯人は自分の主人。何をどう聞けばいいのか、そもそも何を聞けばいいのか。あまりの衝撃にそんなことすらも、頭の中から吹っ飛んでしまっているのである。
 そんな燐の様子に呆れた表情で、さとりは手に持ったカップをことりと音を立てテーブルの上に置く。

「はぁ……言いたいことがあるならさっさと仰いなさいな。用があるからここに来たんでしょう?」
「は、はいっ! ……ええと、その……ど、どうしてそんなことを……?」
「どうして……? 決まってるじゃない。そっちの方がいいからよ」
「な、何がですかっ!? だってそんな、下に何も着ないなんて、破廉恥極まりないと言うか、正直常識を疑うと言うか……!」
「本当に言いたいこと言いますね……まぁいいでしょう。でもね燐。それは偏見というものよ」
「へ、偏見?」
「そう。人はいつも何かに縛られ、自由になることを渇望する――でも、多くの人はそれを押さえつけようとする。だから、自分から解き放たれることを望まなければいけない」
「はぁ……」
「だからね、燐。私は考えたのです。誰にでも手軽にできて、自らを望むがままに解放し、かつこれまで通りの生活を続けられる方法――それは一つだけ存在する。そう、はかないことこそ、それが唯一の方法なのよ!」
「…………」
「…………」

 沈黙が流れる。
 脂汗がだらだら、しかし相手は何も言わない。びしぃっと人差し指を自分自身に突き付けたまま、自信満々の面持ちでこちらを見ているだけである。
 何か言わないと明らかに不自然だ。何か言わないと、何か言わないと。燐は混乱した頭のまま、やっとのことで口を開く。

「えぇー……っと……り、りろんはしってました……?」
「理論知ってましたか。凄いですね」
「ちょっ」
「ともかく、これが私の提唱する理論。その名も『ノーパン健康法』なのです」
「…………」
「…………」

 何それ、と言わんばかりの燐の怪訝な顔。
 それとは対照的に、如何にもすっきりしたさとりの表情。ついに言った、言いきってやったという雰囲気をまとっている。

「えっと……な、なんですか、それ……」
「あら、知らないんですか? ノーパン健康法。はかないだけで健康になれるという素晴らしい健康法ですよ」
「え、ちょっと意味が分かりません」
「私も理屈はよく知らないんですけれど……なんでも、お医者様がそう仰られたとかで。本で読みました」
「本ですか」
「ええ」
「如何にもですね」
「まぁ、私ですし。それに事実、こうして私も実践し始めてから倒れることもありませんし」
「ちょ、実践してるんですか!?」
「はい。ほら」
「だから『ほら』じゃないですってぇぇぇええ!! おくうといいさとり様といいどうしてそうやってわざわざ見せたがるんですかあああぁぁぁっ!!」
「あら……てっきり、証拠を見せてほしいものだとばかり」

 燐に突っ込まれ、しゅんとしながらつまんだスカートの端をぱっと手放すさとり。両手の指の隙間からそれを確認した燐は、ほっと胸を撫で下ろした。

「はぁ……全く、そんなのデマですよデマ。嘘っぱちに決まってます。本の言うことなんて、そんな鵜呑みにしちゃいけないんですって」
「でも、実際効果は出ているわけですし……」
「そんなのたまたまに決まってますって! っていうかそもそもさとり様倒れたことなんて一度もないじゃないですか! 五体満足ですよあなたは!」
「はぁ……そういえば、そんな気もしてきました」
「でしょう? ……ああもう、そんな如何わしい本を信じるなんて。さとり様はきっと悪い病気にでも掛かってしまっているんでしょう。ゆっくりと休んで下さい」
「そこまで言うのなら、そうしますけれど……うーん。こいしがくれた本だったんですけどねぇ……」
「へ? こいし様が?」

 そう燐が問い返した時、がちゃりと響くドアノブを回す音。二人して扉の方を向けば、入ってきたのはさとりの妹、古明地こいし。
 お得意のグリコポーズを取りながら、笑顔で「お姉ちゃんただいまっ!」と帰宅を告げる。
 上げた膝にまくられたスカート。奥にちらちらと見えるのは、白く透き通った肌の色。
 無論はいていなかった。

「お帰り、こいし」
「ちょちょちょちょっとこいし様ぁぁぁぁぁ! あなたまで、そんな、って言うかその状態で出掛けてらっしゃったんですか!?」
「うん、そだよ。健康の秘訣はノーパンにあり!」

 びしぃ、っと再度ポーズを決める。先程より余計に左足を上げているので、尚更中が見えてしまっている。
 ひゃあぁぁぁと悲鳴を上げてうずくまる燐。もうこれ以上主人たちの痴態を見てはいられないのだ。しかしそんな思いには構わず、こいしはその状態を保ったまますーっと燐の方へと近付いてくる。

「あれ? どうしたのお燐……ははぁ、そっか、そういうこと。あなたもしかして……まだ恥ずかしがって実践してないのね?」
「え? そうなの、燐?」
「そ、そりゃそうですよぉ! そんな破廉恥な格好、できるわけありませんって!」
「破廉恥破廉恥って……失礼ね。お燐はそんな目で私たちを見ていたのかしら?」
「あ、いや、そんなことは……」

 燐はもごもごと口ごもる。しかしもう遅い。今更取り繕ったところで、二人もそこまで馬鹿ではないのだ。
 さとりとこいしは互いに目配せし合い、頷いてからずず、と燐に詰め寄る。

「まぁ、確かに一度やってみないとちょっと分からないところもあるかもしれないわね」
「そうね。私たちも、実際始めてみるまでは良さが分からなかったわけだし」
「でも」
「そう」
「心配しなくてもいいわ。これから、優しく手解きしてあげるから」

 姉妹の声が重なり、不思議な響きを持った言葉として燐の体を包み込む。思わずばっと後ずさる燐。しかしそれでも、二人は手をわきわきとさせて詰め寄ってくる。

「ど、どうしたんですかお二人とも……なんだか様子がおかしいですよ」
「おかしくなんてないわよ? そう、おかしいのは燐の方よ」
「でも大丈夫だからね。私たちと同じようにはかなくなれば、きっと元に戻るから」
「え、ちょ、ま」

 燐の制止などまるで耳に届いていないかのように、薄らと笑いを口に浮かべて迫りくるさとりとこいし。足をもつれさせながら逃げようとするも、もう後ろは壁である。
 まさに袋小路。逃げようとしても逃げられやしない。そうこうしている内に囲まれてしまい、もう進退窮まってしまった。

「さぁ、服を脱いで。己を解き放つのよ」

 涙を目に浮かべた燐の方を、さとりはがっと掴む。
 次の瞬間、燐の叫び声が地霊殿中に響き渡った――





「うわあああぁぁぁぁ!?」

 がばり、と飛び起きた燐。ぜーはーぜーはーと何度も呼吸を繰り返している内に、段々と自分が今どんな状況なのか分かった。
 そう、ここはベッドの上。地霊殿内、ペットたちが住む部屋の内の一つ。燐と空のあてがわれた個室の中だ。
 全身に充満する疲労感。そして今までの出来事は、全て夢の中の話だったのだと気付いた。
 なんて夢だ、悪夢にも程がある。ふぅ、と大きく息を吐き、またベッドに倒れて仰向けになる。するとこつ、こつと歩く音。視線だけ向けてみると、そこにはまだパジャマ姿の空が心配そうな顔で燐の方を見ていた。

「おはよ、お燐。少しは落ち着いた?」
「うん……まだどきどきしてるけど、ちょっとだけなら」
「ひどいうなされようだったよ。今起きた時なんか絶叫してたからね。どんな夢見てたのさ」
「悪夢だよ……思い出したくないね。ごめんおくう、もうちょっと落ち着いてからにして」
「あぁうん、分かった。ごめんね」
「いいよ別に。ありがと」

 友人の優しさ、気遣い。それがこんなにも心地良いものだとは。つくづく良い友を持ったものだ、と燐は心の中で改めて感謝する。
 しかしあの夢。変にリアリティがある分、余計現実っぽく見えてしまうのが恐ろしい。いや実際にはあり得ないのだろうけれども、それでも夢の中では本当のことだと信じ切っていたのだ。それだけ説得力があるのか、それとも元々あんなイメージを持っていたのか。そこまで考えて、燐は自らのあまりにひどいイメージに自己嫌悪する。
 まぁ、夢は夢だ。現実ではない。さっさとスイッチを切り替えて仕事を始めよう。そう思い再び体を起こし、ベッドから降りたところだった。

「あ、そうそう。こいし様がこんな雑誌拾ってきてさー」
「雑誌?」
「うん。これなんだけど」

 はい、と空が手渡した雑誌。
 その表紙にはでかでかと、「特集! ノーパン健康法」の文字。

「外の世界で流行ってんのかねー……あんまり馬鹿馬鹿しくて見て笑っちゃったけどさ、ってあれ? どしたのお燐。おーい?」

 空の声が、急速に遠くなっていくのを感じながら。
 燐は再び、毛布の上へと倒れていくのであった。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/19687/m0u/
川中三
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1170簡易評価
7.90名前が無い程度の能力削除
(3)…… なんだと……
8.100とーなす削除
空にそんな意味があったなんて……。

人の夢と書いてはかないんですね、わかります。
別にはいてなくったっていいよね! 動物だもん! と思ったけど、ドリームか……。
9.90名前が無い程度の能力削除
やっぱりお空ははいているべき!
14.90名前が無い程度の能力削除
お空ははいてない、というか、はきわすれが俺のジャスティス!
23.90名前が無い程度の能力削除
一行目から飛ばしすぎです
25.80名前が無い程度の能力削除
なんだこれはww
これ、リンク先のから膨らませたのか…?
29.90名前が無い程度の能力削除
空という名前がすなわちはいてないことを意味していたとは……