最近、比那名居天子には気になる事がある。
それは出来れば自分の気のせいであってほしい事なのだが、どうしても気のせいではないのだ。
だからソレを確かめるべく、お目付け役でもあり、古馴染みでもある竜宮の使い永江衣玖を呼び出した。
流石に空気の読める女を自称するだけあって彼女は約束の十分前には待ち合わせ場所に来た。
「おはよう衣玖」
彼女の姿を見て天子は努めて笑顔で挨拶をする。
ソレを見て衣玖も『おはようございます』と挨拶を返してきた。
礼儀正しく深々と頭を下げての挨拶、ここまではいい、いつもの彼女だ。
だが、天子が確かめたいのはこれから先の事である。
「…………」
しかし、いざ本人を目の前にすると天子は何と切り出していいのか解らず押し黙ったままになってしまった。
どうやって聞くべきだろうか?
天子は迷った。
彼女の疑問は出来ればさり気無く聞いておきたい疑問だった。
だがその事をどうやって聞き出すか天子は全く考えていなかった。
「……あの、本日はどのようなご用件で私をお呼びしたのでしょうか?」
そんな悩む空気を読んでか、衣玖の方から話すきっかけを作ってくれた。
「ああ、うん、実はね衣玖にちょっと聞きたい事があるのだけど……、いいかしら?」
「はい何でしょうか?私が答えられる事でしたら何でもお答えしますが……?」
その言葉に天子は覚悟を決めた。
あれこれ難しい事を考えるなど自分らしくない。
回りくどい事などせずに思った事をはっきりと聞けばいいのだ。
「じゃあ、一ついいかしら?」
「はい、なんなりとどうぞ?」
「最近よく思う様になったんだけどさ、貴女って実は私の事馬鹿にしてない?」
天子の言葉に衣玖はピタリと動きを止めた。
「…………」
「…………」
二人の間に変な空気が生まれて会話が完全に止まってしまった。
そのまま約五分程二人は互いを見つめあったままだった。
そして沈黙を破ったのは天子に問われた衣玖だった。
「……一体何を仰るのですか?私が貴女様を馬鹿にする事などありませんよ?
そんな恐れ多い事……、もしそんな事をすれば私は総領様に叱られてしまいます」
「……そう、じゃあ、私の勘違いなのかしら?」
「そうですよ、私がそんな事するわけないじゃないですか、早朝娘様」
「ほら、ソレよ!!絶対今私の事馬鹿にしたでしょ!?」
――
天子の突然の叫び声に衣玖はハテ?と首を傾げる。
「落ち着いてください毛根娘様、何を根拠に私が貴女の事を馬鹿にしていると?」
「してるじゃない今!現在進行形で!誰が毛根娘よ!!」
「……毛根娘?いきなり何を言うのですか?誰もそんな事言っていないですよ大量娘様」
「何がだよ!?何が大量なのよ!?桃か!?桃が大量ってか!?」
「落ち着いてください、全ては貴女の勘違いです、私は馬鹿になどしていませんよ、被害妄想娘様」
「してないわ!あ、いやしてる……、してるけどしてない!!」
「意味が解りません」
「~~~っ!!」
冷静に言葉を続ける衣玖に堪らず、ダンダンダンと天子は地面を踏みしめる。
「貴女、私の事馬鹿にしてる!私、被害妄想してない!!」
「……何故片言になっているのですか、膨張娘様?」
衣玖は天子の言葉に本気で『一体何を言っているの?』という顔をしながら天子の事を変な名で呼び続ける。
「産まれてこの方一回も膨張何てした事ないわよ!!」
天子の言葉に衣玖は天子のある一点とジッと見つめて、気まずそうに視線を逸らし
「……そうですね、確かにサイズは昔から一向に変化はありませんね、ですがそちらの方が好きだ
と言う殿方も最近増えているそうですからあまり卑下する事ではありませんよ?」
その時の衣玖の目はとても優しかった。
だから余計に衣玖の言葉は天子の胸を抉った。
「何の話だよチクショウ!!デカイ奴は皆敵だ!!」
「…………」
叫ぶ天子を衣玖は少し困った目で見つめていた。
「ちょっと、何でそんな可哀相な人を見る様な目で見てるのよ!?馬鹿にしてんの!?」
「いえ、そんな……、ただですね」
「何よ!?」
「春ももう終って初夏になったのになぁ……、と考えていただけです」
「~~~~~~!!」
衣玖の言葉に天子は声にならない叫びをあげた。
そんな天子に衣玖は慌てて落ち着くように促す。
「落ち着いてください放尿娘様!」
「誰が放尿娘か!?」
「……では、しないのですか?」
衣玖の突然の返しについ天子は戸惑った。
「え、あ、いや、するけどさ……、って貴女今までは私の事一度もそんな呼び方していなかたでしょ!?
本当に最近何なのよ!!」
「だから落ち着いてください早漏娘様!」
「誰が早漏だ!!ってか漏れる要素なんか持ってないわよ私は!!」
「……夏の暑い日が続くとこう、ほら頭の桃から汁がポタポタと……、卑猥ですね」
本気でドン引きしている衣玖の顔を見た瞬間、天子は自分の中で『プチ』という音を
聞いた気がした。
「……ねぇ、衣玖?私もう我慢しなくていいわよね?いいわよね!?ちょっと緋想の剣呼ぶから
だから、お前ソコを一歩も動くなよ!!」
天子は叫び声を上げながらビシっと衣玖を指指すが衣玖は冷静だった。
「……そんな物を呼んで一体どうするのですか?あの異変の時だって本当は八雲紫に
負けないほどの実力を持ちながら『コレで嫌われたらどうしよう?』とか迷って結局
本気出せなくてドM呼ばわりされるきっかけになったじゃないですか、変態娘様」
冷静に天子の神経を逆撫で続けた。
「大丈夫よ、今の私には躊躇いの二文字はないから、だからね、衣玖、古馴染みのよしみで
貴女の最後の言葉を聞いてあげるわよ?」
もはや天子に迷いはなかった。
確かにあの異変の時は衣玖の言う通り、ただ楽しそうだった皆の輪に加わりたかったので
後の事を気にして本気を出す事はなかった。
そのため自分から虐められに来たのでは?と変な噂が立ちドM扱いされるきっかけになった。
しかし、今回はあの時とは違う。
今までは我慢してきたが、もう何も気にする事などはないのだ。
一介の妖怪ごときが天人に、しかも比那名居の者に勝てるはずもない。
全ては一瞬で終る事だろう。
そんな本気の天子の空気を読み、衣玖は深く溜息を吐いた。
「……どうやら、私は失敗してしまったようですね、総領娘様?」
今までふざけた名で呼んでいた衣玖の口からちゃんとした何時もの呼び名を聞いて天子は
手にした緋想の剣で成層圏あたりにでも吹き飛ばそうとしていたのをピタリと止めた。
「な、何よ、今更ちゃんと私の事呼んでも許してあげないんだからね」
言いながら天子の顔は嬉しそうだった。
「はい、解っています、私の思惑がどうあれ貴女に不快な思いをさせてしまったようですから
……覚悟はできています」
「……何よ、思惑って?」
今までのやりとりに何の考えがあったと言うのだろうか!?
そんな天子の視線を感じてか衣玖は語りだした。
「本当は私が寂しかったんです、総領娘様はあの異変を起こしてから、ずっと地上の事ばかり
気にしていらして、今までは私の事を見ていてくださったのに、見向きもしてくれなくなって
話す事も地上の事ばかりで……、その、寂しかったんです」
本当に心苦しそうに話す彼女の姿に、天子は頭に上っていた血が下がるのを感じた。
「……それであんな変な呼び名で私の事呼んでいたの?」
「はい、少しでも私の方を振り向いてほしくて、ですがそのせいで総領娘様にはとても不快な思いを
させてしまったようで……、本当に申し訳ありませんでした。
後は総領娘様の思うとおりの罰を与えてください、私はどんな罰でも素直に受け入れるつもりです」
そう言って深く頭を下げて謝罪の意を示す衣玖の姿に天子は地面に突き刺すために掲げていた
緋想の剣をゆっくりと下ろした。
「……総領娘様?」
「止めた」
「……え?」
「……だから貴女を吹っ飛ばそうと思ってたけど、止めたって言ってるのよ」
「総領娘様……」
その言葉に衣玖は驚いた様に天子を見ていた。
「……ふんっ」
衣玖は卑怯だ、と天子は思った。
彼女はやり方はアレだったが、どうにかして自分の気をひこうとしていただけであって
しかも『構ってもらえなくて寂しかったから』だなんてそんな可愛い事を言われたら
許さないわけにはいかないではないか。
自分に構ってもらえなくて寂しいから如何にかして構ってもらおうと頑張る彼女の姿を想像したら
可愛くてしょうがないじゃないか、許すしかないじゃないか。
「まぁ、ちょっとは私も悪かったみたいだしね、今回だけ特別だからね?」
「はい、ありがとうございます……」
「……あ、でも一つだけ」
「何でしょうか?」
「もう『総領娘様』って呼び方禁止ね、またやられたら嫌だから」
「こんな事もうしませんよ」
「解ってるわよ気分よ、気分」
「では、今後はどのようにお呼びしましょうか?」
「そうね……、せっかくだし名前で呼んでくれない?比那名居様なんて言われるのは
他所他所しくて嫌だからね」
「……はい、総領むす」
『総領娘』と言いかけた衣玖の口を天子は手で塞ぐ。
「衣玖~?」
「……それでは改めまして、許してくださってありがとうございます」
衣玖は一度言葉を切って、天子の望んだ呼び名で彼女を呼んだ。
「天子様」
「……?」
ん?今ちょっとおかしくなかったか?
「……衣玖もう一回呼んでみて?」
「……天子様」
「もうちょっとゆっくり、一文字一文字はっきり聞こえるくらいゆっくり言ってみて」
「て・ん・こ・さ・ま」
「死ねー!!」
もはや条件反射で天子は下げていた緋想の剣を再び掲げると勢い良く地面に突き刺した。
その日衣玖は幻想郷では初めて、生身の状態で成層圏を越えて宇宙の一歩手前である熱圏まで吹っ飛んだ。
放尿娘に笑ったww
放尿……するんだww それが天気雨の原因だったのですね。
私も読んでみようかな
自分はこの二人好きだなと再認識しましたw
でも作者様と横丁様、どちらも清々しいなぁ。
それに引きかえ天子と衣玖さん、君達ときたら……
ま、これはこれで良い関係だとは思うんですけどね?