Coolier - 新生・東方創想話

私が愛した幻想郷

2010/06/13 00:13:07
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 幻想郷が外界から隔離されて幾年が過ぎたのだろうか。もちろん私には正確な年月がわかっているのだけれど、それでもそれだけの年月が過ぎたとは到底思えない。いや、思いたくないだけなのか。

 数が増え強くなった人間たちに対して、勢力を失った妖怪たち。それらを幻と現実の境界によって幻想郷と呼ばれていた東の国の辺境の地に集めたのは、もう、500年以上も昔。
 人間たちに否定されて、存在が危うくなった妖怪たちを博麗大結界の内に隔離したのですら100年以上昔のことなのだ。だというのに、私は。

 幻と実体、非常識と常識によって論理的に分かたれた2つの世界。非常識なものが集う幻想郷には鬼やら天狗やらの魑魅魍魎が跋扈し、それらを間引かれた外界には科学という名の無味乾燥な代物が蔓延っている。それは果たして、正しい世界のあり方なのだろうか。

 あの時、私たちにできることは世界との隔絶、それしかなかったのか。
 私たち妖怪が、人間とともに歩む道はなかったのだろうか。
 よしんば共存の道がなかったとしても、人間に私たちの存在を知らしめることくらいはできたのではないか。

 答えのわかりきった自問自答に意味はない。私たちにはあの時、こうするしかなかった。これが最善で、最良の方法だとわかっていたのだ。
 何故なら、知徳ある妖怪が複数名いたにも関わらず、隔離するという方法以外の案がでなかったのだから。

 だけれど、私はこうも思うのだ。あの時結界を張っていなければ、少なくとも、幻想郷の妖怪たちがこうも衰退することはなかったのではないか、と。

 先日幻想郷にやってきた吸血鬼。彼女はこの幻想郷を支配しようと目論見、紛争を巻き起こした。その時幻想郷の妖怪たちはされるがままで、多くの妖怪たちが彼女の軍門に加わった。天狗を始めとしたかつては強大な力を持って名を馳せた妖怪たちですら、軍門に加わることこそなかったが、彼女たちを止めようとはしなかった。結局、私が直々に鎮圧へ出たことで騒動は収まったものの、一連の騒動は私にとって酷く悲しいものだった。

 妖怪たちを守る結界。それはあくまで妖怪たちを外界から守る結界であり、妖怪に幻想郷内での安寧な暮らしを与えるものではない。そこのところを履き違えて妖怪としての自覚を失えば、存在の多くを精神に依る妖怪が力を失うのは当然のことだ。どうにかして、妖怪の存在意義を取り戻さなければならない。


「へぇ、命名決闘法案。どこの誰かは知らないけど、なかなか面白そうなこと考えるじゃない」

 博麗の巫女故か、それともこの少女が生まれ持った性格なのか、賽銭箱の中にそんなものが入っていたというのに驚く様子もなかった。私としては、少しくらい驚いてくれた方が面白かったのだけれど仕方がない。私が書いた命名決闘法案は、無事巫女の手に渡った。本来なら直接話し合いをする予定だったけれど、これまで隠れて観察していた限り、その必要はなさそうだ。彼女は誰にでも対等だから、人間にも妖怪にも平等なルールにしてくれることだろう。

 私は未だ面識のない彼女に、挨拶もしないまま空間の切れ目の中へと入っていった。


 それから少し経って、巫女によって練り直された命名決闘法案は、スペルカードルールとして幻想郷に広く知れ渡った。その影には我が式神――藍の活躍があったのだけれど、それはそれとして。

 これで少しは妖怪も、かつての気力を取り戻してくれるだろうか。そうなってくれれば私の愛するこの幻想郷は、きっと今よりも良いものとなってくれるだろう。私はそれを強く望んでいる。

 さて、私も最後に一仕事しなくては。
 博麗大結界に式を打ち込むとしよう。外の世界より来る者たちが、幻想郷に受け入れてもらえるように。


 幾年が過ぎようとも変わらないもの。
 外界から忘れ去られても在り続ける幻。
 それこそが、私が愛してやまない幻想郷。


 幻想郷よ、永久に在れ――。
幻想郷を誰よりも愛するあの方は、命名決闘法を導入しなければならないほどに力を失った妖怪たちを、どんな思いで見ていたのでしょうね。

お読みいただきありがとうございました。
くおる
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コメント



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11.70不動遊星削除
 綺麗な作品でした。ありがとうございます。
 ヒトと妖怪という2種族間の争いは絶えぬものというわけですが、その中で次第次第に不利になって行く妖怪をどう支えるか。恐らく彼女・八雲紫がこの危急の命題にあたって、果断に行動し一所懸命に闘いぬいたことは想像に難くないのでしょうが、結果として妖怪達の力を弱めることになったという一種の逆説に悩むことになり、とうとう命名決闘法に辿り着く迄のいきさつに、時の儚さを感じました。
 幻想郷の根幹を為す人妖の闘争にある種の決着を付けなければならないのだとすれば、その時彼女はどうするのか。非常に興味深いと思います。そしてまた、隔離か共存かという二者択一それ自体が非幻想郷的なものだとは思いませんか。
 なかなか示唆的な作品に、はからずもいろいろ考えさせられ、大変有意義な時間を過ごせました。私からも御礼申し上げさせて頂きたく存じます。ありがとうございました。また会いましょう。では。
12.80名前が無い程度の能力削除
これは文章が素晴らしいですね。
すらすらと読めるのに、過不足なく紫の憂いが表現されている。
それ故、短さが余計に残念に思います。
もっと読んでみたいです。
15.80名前が無い程度の能力削除
短さだけが残念。
もうちょっと話を膨らませてもよかったのでは?