Coolier - 新生・東方創想話

別れ際には『またね』のキスを

2010/06/12 16:32:36
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「では霊夢さん、私はここで」

 博麗神社の境内前。
 私こと東風谷早苗は其処で、目の前の人間――霊夢さんに向かってぺこり、とお辞儀をした。

「もっとゆっくりして行けばいいのに」
「風祝の務めを疎かにする訳にはいきませんので」
「分かってるわよ、私だって巫女の端くれだもの。……それでも、そう思っちゃうんだからしょうがないでしょ」

 ぷう、と頬を膨らませる霊夢さん。子供みたいだ。
 これが人も妖も恐れをなす博麗の巫女と言うのだから。笑ってしまいそうになる一方で、嬉しさと、ちょっぴりの気恥ずかしさが心に広がっていく。
 私は言葉を続ける。

「……明日になったら、また一緒に居られますよ」
「ん」

 小さな頷きが返ってくる。その頬が緩んだように見えたのは、気のせいじゃないと思う。
 そして、霊夢さんは一歩、私へと近づく。私も一歩、霊夢さんへと近づく。

 ――『またね』のキス。

 それが、私と霊夢さんとの、別れ際の恒例行事だった。
 外の世界では良く耳にする行為だったけれど、まさか私がする事になるなんて。しかも相手は女性ときたものだ。
 あの頃の私が聞いたら、どんな顔をするだろう……なんて考えを巡らせていたら、霊夢さんの顔がもう、すぐ近くにあった。
 私も瞳を閉じて、その時を待つ。もう指じゃ足りないほどに繰り返してきた事だけれど、今でもまだ、この瞬間は緊張してしまう。
 霊夢さんの顔が近づいてくる気配がする。鼓動の音が霊夢さんにまで聞こえてしまうんじゃないかと思って、一層どきどきするけれど、私はその時をただ、静かに待って……





「……むう」

 守矢神社の一角に設けられたお風呂に肩まで浸かりながら、私は唸り声を上げた。

「やっぱり今日も、だったなぁ」

 そのまま口まで潜ってしまう。ぶくぶくと水面に泡が立つ。
 神奈子様にでも見られた日には、お咎めものだったかもしれない。

 ……考えていたのは、霊夢さんとのキスの事。
 と言っても、決して色めいた思考に耽っていた訳では無い。ただ、少し。ほんの少し、気になっている事があって。

『ここ数回、キスする直前、霊夢さんが躊躇している』

 初めは気のせいかとも思ったけれど、今日のでほぼ確信に変わった。
 慣れが出て、躊躇が無くなる事はもしかしたらあるかもしれない(慣れられたなんて言われたら、それはそれでショックだけれど)。けれども、それとは逆で。

「気にする程の事じゃないんだろうけれど、一旦気付いちゃうと、気にしないようにするのも難しいのよね……。よし」

 私はある小さな決意をして、湯船から身体を持ち上げるのだった。





 翌日、日も傾きかけた頃。
 私は昨日と全く同じように、博麗神社の境内前で霊夢さんと向かい合っていて。
 お互いに一歩近づいて、私が目を閉じて……

 そして今日もやはり、昨日と同じように、僅かな時のスキマが開く。
 私はそれが来るのを見計らって、ちらりと薄目を開けてみる――

「っ」

 ……私の瞼に飛び込んできたのは、霊夢さんの、矢鱈と構えた表情だった。
 まるで、何かに挑みかかっていくような、勇気を振り絞っているような。

「(……そんなに身構えないと、キス出来ない人だっただろうか?)」

 ――頭の中で、カチリ、と変なスイッチが入る。

「(違う、筈。でも、だとしたら)」

 ――思考がぐるぐると回り始める。

「(もしかして、私とキスするのがちょっと嫌になって)」

 ――ぐるぐる、ぐるぐる。

「霊夢、さん」
「わわっ?……ど、どうしたの、早苗」
「あの、キス、嫌になったんでしたら、私は別に」

 ――いつしか私の口は、そのぐるぐるしたものをそのまま紡いでしまっていて。

「へ?」
「そんな、我慢させてしまうような事、私、霊夢さんにさせたくありませんから。だから」

 ――嫌だ。どうしよう、止まらない。

「ちょ、ちょっと」
「私は霊夢さんと一緒に居られたら、それだけで」
「早苗!」

 私の肩を掴んだ霊夢さんの手の感触と、大きくなった霊夢さんの声に、私ははっと我に返る。

「……どうしたの、早苗」
「ふえっ」
「早苗」

 優しく、私の名前を繰り返し呼んでくれる霊夢さん。
 その呼び声は、私の結界をいとも容易く突き崩してしまって。
 私はもう、私の瞼がぽろぽろと水を流すのを、とどめる事が出来なかった。

「ふえぇぇ~……」

 そんな私に、霊夢さんはほんの少し背伸びをして、頭を撫でてくれて。
 それが暖かくて、申し訳なくて、暫くの間泣き止む事が出来なくて――





「成る程、そーいう事、ね」

 こくん、と頷く。鼻をすすったら、ずずっ、と音が響いてしまった。格好悪い。
 あれから博麗神社の縁側まで手を引かれて、霊夢さんと隣り合って座って……漸く落ち着いた私は、溜め込んでいたものを全部白状した。

 ここの所、キスする直前に霊夢さんが躊躇をしていたように思えたこと。
 どうしても気になって確かめてみたら、その実、霊夢さんが構えた表情をしていたこと。
 それに気づいてしまったら、不安がどんどん湧いてきて、堪え切れなくなってしまったこと。

「まさか気付かれてたなんてね……。早苗の鋭さを甘く見てたわ」

 ま、私ほどじゃないにしろね。
 そんな言葉を平然と付け足してくる辺りは霊夢さんらしいけれど……今の発言は、つまり、私の不安を肯定されたという事だ。

「理由、知りたい?」

 私の言いたい事を読み取ったのだろう、霊夢さんが訊ねてくる。
 私は再度、こくん、と頷く。

「はぁ……ごめんね。大した事じゃない、ほんっとーに大した事じゃないの」

 自分の艶やかな黒髪をわしゃわしゃと乱暴に弄くりながら、謝ってくる霊夢さん。
 私は霊夢さんが何を言おうとしているのか掴みかねて、きょとんとしてしまう。
 すると霊夢さんは、私に向かって、おもむろに片手を持ち上げて――ぴしっ、と、私が着けている、蛇と蛙を模った髪飾りを指差した。

「理由は、それ」
「……これですか?」

 髪にとぐろを巻く白蛇を示すと、霊夢さんはん、と頷いて、ぽつりぽつりと呟き始めた。

「……何時からだったか、その髪飾りがすぐ目の前にあると、どーも早苗んとこの神様に睨まれている気がしてね」
「神奈子様と、諏訪子様に……?」
「そ。だから、ちょっとばかり思い切りが必要になっちゃっただけ。……早苗とのキスが嫌になっただなんて、思って無いから。これっぽっちも」

 霊夢さんの語気がちょっと強まる。
 私はと言うと、ぱちくりと目を見開いて、霊夢さんを見つめていた。
 ……やがて、霊夢さんがふい、と視線をあらぬ方へと飛ばす。
 耳が真っ赤に染まっている。照れているのだろうか。
 私は、私の中の不安がかき消されていくのを感じるのと同時に……そんな霊夢さんを可愛らしい、と思ってしまった。
 こちらのそんな感情を感じ取ったのか、霊夢さんは続く言葉を矢継ぎ早に飛ばし始める。

「全く、情けない話よね、私ともあろうものが。気にする程の事じゃ無いのに、一旦気付いちゃったら、気にしないようにするのも難しくってさ」

 あれ?
 その台詞、何処かで――



「……ふふっ」

 思わずこぼした笑いに、霊夢さんの顔が再び、此方を向いた。

「何よ、泣いてたかと思ったら今度は急に笑い出して。気持ち悪いわね」
「ああ、いえ。……昨日の私と同じこと言ってるなぁ、って思いまして」
「そうなの?」
「はい」

 我ながら現金なものだ。
 霊夢さんとのそんな小さな共通点を見つけただけで、ついさっきまで澱んでいた筈の私の心は、嬉しさで一杯になってしまったのだから。

 ……改めて、私はこの人が大好きなのだなぁと、認識する。

「許して、くださいますか?」

 私の神様達に、小さくぽそりと問いかけて。
 私は霊夢さんに向き直る。

「じゃあ、今度から外して来ます。髪飾り」
「えっ」

 霊夢さんが固まってしまった。よっぽど突拍子もない発言に聞こえたのか。

「そ、そんなあっさり決めちゃっていいの? 早苗、あいつ等からもらった宝物なんですって、嬉しそうに話してたじゃない」
「それはそうですけど。……私は、霊夢さんがしたい時に、したいように、私にキスして欲しいですから」

 正直な気持ちだった。
 勿論、お二人の事を蔑ろにするつもりは毛頭無い。
 でも、大好きな霊夢さんとのキスは、私にとってやっぱり、本当に本当に大事なものなのだ。

「…………」

 見ると、霊夢さんは口をぱくぱくさせている。真っ赤なのがほっぺたにまで広がっていた。
 きっと私も、同じぐらい赤くなっているに違いなかった。

「……あーもう」
「きゃ!?」

 突然、身体が圧迫感と温もりに包まれる。……霊夢さんに抱きしめられたと分かるまで、数瞬を要した。

「れ、霊夢さん……?」
「ありがと、早苗。踏ん切りがついたわ」
「ふえ?」

 間近で霊夢さんに見つめられて、また間抜けな声を出してしまう私。
 霊夢さんは私の背中に強く腕を回して、更に距離を詰めてくる。
 私の顔と霊夢さんの顔、その間僅かに三センチ。

「これ、外して来なくてもいいから」
「え、でも」
「いいの。私、もう、あの神様達に遠慮なんてしてあげない」

 霊夢さんの手が私の髪へと伸びて、髪飾りに触れる。
 残り、二センチ。

「たとえ本当に見ていたって構わない。寧ろ、嫌って程に見せ付けてやる」

 私は、その深い黒の瞳に射抜かれて、動けなくなって。
 一センチ。

「それで怒鳴り込んできたら、退治してやるわ」
「や、幾らなんでもそれは――んっ」

 ゼロ。





 その日以降。
 私と霊夢さんとの『またね』のキスは、それまでより少し、長く、深いものになりました。
初めまして、閃火と申します。
今回が創想話初投稿です。どうぞよろしくお願いしますね。

霊夢さんと早苗さんは、お互いがお互いに、相手のお姉さんにも妹にもなれる辺りが非常に素敵な組み合わせだと思います。
今日は頼って、甘えて、明日は頼られて、甘えられて。うん、素敵。



しかしまぁ、この話を書いていて正直、キスという単語がゲシュタルト崩壊しそうになりました……。



=====ここから10/06/14追記=====

吃驚するほど沢山の評価、およびコメントをありがとうございます。
後書きに共感してくださる方がいらっしゃったのも嬉しいです!(笑)
二人にはこれからも、ありのままちゅっちゅを続けていってもらいたいですねぇ……。
閃火
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コメント



0.1990簡易評価
1.100ぺ・四潤削除
くはぁっ!(吐血)
早苗さんの前ではただの女の子になっちゃう霊夢が可愛いです。
やっぱり女の子同士のちゅっちゅはいいものだ。心が洗われる。

これが初投稿でちゅっちゅとは。やるな! 後書きには物凄く同意します。
13.90実里川果実削除
霊夢さん可愛い早苗さんも可愛い(*'Д`*)

気にするほどじゃないだろうけど~、っていう事、よくありますよね。
髪飾りの蛙と蛇が気になって、というのが良いなぁ。
些細な事が青春っぽくて、二人にぴったりでした。

そしてあとがきに猛烈同意です。
うん、素敵。
22.無評価名前が無い程度の能力削除
レイサナちゅっちゅ!レイサナちゅっちゅ!
後書きには全俺が同意した。
いい関係ですホント。
ちゅっちゅちゅっちゅ!
26.100名前が無い程度の能力削除
いいねえこういうライトなのは
27.100名前が無い程度の能力削除
れいさなを有難う。
28.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい組み合わせ。読んでいてはらはらしない、この安心感が素敵。れいさなはいいなぁー。
35.100renifiru削除
お互いに些細なことを気にし合う二人がすごく可愛いです。
やっぱりレイサナは最高ですね!
良い作品をありがとうございました!
37.100名前が無い程度の能力削除
霊夢の気持ち分かるなw
甘い話をごちそうさまです