「あら、あれは何かしら?」
陽の光が燦々と降り注ぐ中、幼い少女――レミリア・スカーレットがつぶやいた。もっともレミリアは見た目に反して500年以上も生きている吸血鬼なのだが。
今彼女がいる場所は霧の湖。そこは彼女が暮らす紅魔館からそう遠くないところに存在する。日中の間は年がら年中霧に包まれているその場所は、氷の妖精を始め多くの妖精や妖怪が生息していた。だから、どんなものが在ろうともそれほどおかしなことではない。しかし、それは明らかに異質なものだった。
湖の中心付近に浮かぶ直径2メートルくらいの球体。その色はこの世に存在するどんなものよりも黒く昏かった。
「ねえ、なんだと思う?」
今度はただのつぶやきではなく、傍らに立って日傘を差す少女に対しての問い掛けだった。
「お嬢様にもわからないものが私如きにわかるはずがありませんわ」
「私はあれが何なのかとは訊いてない。咲夜があれを何だと認識したかを訊いたの」
「そうでしたか、失礼致しました。そうですね……」
咲夜と呼ばれた少女は目を細めて湖の球体を凝視する。
「ブラックホール、ではないでしょうね。水面は穏やかですし」
腕組みをして考え始めた咲夜。レミリアはその様子を暫時眺めてため息をついた。
「もういいわ。咲夜の貧困な想像力に期待した私が馬鹿だった」
「心外ですわ。それじゃあお嬢様は、あの物体は何だとお考えですか?」
「考えるまでもない。黒くて丸いものなんて、夜船しかないでしょうに」
「まだお彼岸には日がありますわ」
そんなとぼけた会話を2人がしている間にも、レミリアが夜船と称した黒い球体はゆったりとした速度で2人の方へ迫ってきていた。
「咲夜、夜船が近づいてくるわ」
「見ればわかりますよ。それで、どうします?」
「聞くまでもないでしょう? あれを――」
夜船を指さして、レミリアが咲夜に命令する。
「――捕まえなさい」
「御意のままに」
そう言った時には咲夜は既に、レミリアのもとに日傘を残して夜船の背後、と言っても完全な球体である夜船の背後はあくまで進行方向に対しての逆側だが、そこにいた。
ナイフを持った両の手を胸の前でクロスさせるように構えて。見れば、咲夜の持つナイフと同型のナイフが夜船を取り囲むようにして、中空に停止していた。
まるで、ナイフだけの時間が止まっているかのように。
「そこな夜船、止まりなさい」
咲夜の制止の言葉に、しかし夜船は止まることなくレミリアの方へと進んでいく。進行方向にはナイフが刃を向けて停止しているというのに、そのことなど気にも止めていない様子で、ただ真っ直ぐに。
「仕方がないわね。あまり手荒な真似はしたくなかったのだけれど」
緩慢な動作で放たれたナイフは、銀色の刀身を燦めかせて、夜船の中へと消えた。そして、一瞬おいて、夜船が霧散した。
「うう、痛いのかー」
晴れていく闇の中に見える人影は幼い少女のようで、肩甲骨のあたりに刺さったナイフを精一杯手を伸ばして抜いていた。
「あら、貴女は確か、先日の肝試しにいたルーミアとかいう妖怪じゃない?」
その声に反応して、太陽の光によってきらきらと輝く金色の髪を揺らしながら、咲夜の方へ振り返ったルーミアと呼ばれた少女。
「このナイフ、あなたが投げたのー?」
ルーミアは手に持ったナイフを咲夜に差し出す。
「私は理由もなしにナイフなんて投げませんわ」
そう言いながら、咲夜はナイフを受け取った。両手が空いたルーミアは、手を太陽に翳して咲夜に問いかける。
「あなたは食べてもいい人類なのかー?」
「ミイラ女なんて干からびていて美味しくありませんよ」
「そっかー」
お腹がすいていたのか、ルーミアはほんの少しだけ残念そうだった。と、そんなルーミアの横へ純白の日傘を差したレミリアが背中の羽をぱたぱたさせて飛んできた。
「もう、咲夜。私のことを忘れてないかしら?」
「嫌ですわ。私はいつだってお嬢様のことを第一に考えていますのに」
「心にもないことを」
「本当ですわ」
どこからか白のハンカチを取り出して目頭を押さえる咲夜は、傍から見れば本当に泣いているかのようだった。もちろん、泣いているはずがないのだが。そんなことは百も承知のレミリアは、咲夜の泣き真似を無視してルーミアの方を向く。
「ルーミアだったかしら、咲夜と会った肝試しっていつのこと?」
「うーんと、たぶん、最近のことかなー? 博麗神社であったの」
「へぇ、そう」
ありがとう、と謝辞を口にして咲夜の方へ向き直ったレミリア。しかし、そこにはいるはずの咲夜の姿がなかった。
「……逃げたか。まったくしょうがない娘。後でお仕置きね。――ねえルーミア、貴女は闇を作り出せるのかしら?」
「ちょっと違うけど、似たようなものかなー」
「素晴らしいわ。貴女がいれば日傘の必要がなくなるわね。どう、うちで働かない?」
レミリアからの提案に、ルーミアは少しだけ悩んでこう言った。
「おいしいものたくさん食べられるー?」
「ええ、もちろんよ。館についたらとりあえず、いらなくなった日傘係を食べさせてあげるわ」
「ほんとー?」
「鬼は嘘をつかないわ」
「じゃあ行くー」
太陽の下、闇を操る妖怪ルーミアと、夜の王レミリア・スカーレットは楽しそうに笑った。
その後、レミリアに黙って肝試しに参加した咲夜がどうなったのか、知るものはいない。
陽の光が燦々と降り注ぐ中、幼い少女――レミリア・スカーレットがつぶやいた。もっともレミリアは見た目に反して500年以上も生きている吸血鬼なのだが。
今彼女がいる場所は霧の湖。そこは彼女が暮らす紅魔館からそう遠くないところに存在する。日中の間は年がら年中霧に包まれているその場所は、氷の妖精を始め多くの妖精や妖怪が生息していた。だから、どんなものが在ろうともそれほどおかしなことではない。しかし、それは明らかに異質なものだった。
湖の中心付近に浮かぶ直径2メートルくらいの球体。その色はこの世に存在するどんなものよりも黒く昏かった。
「ねえ、なんだと思う?」
今度はただのつぶやきではなく、傍らに立って日傘を差す少女に対しての問い掛けだった。
「お嬢様にもわからないものが私如きにわかるはずがありませんわ」
「私はあれが何なのかとは訊いてない。咲夜があれを何だと認識したかを訊いたの」
「そうでしたか、失礼致しました。そうですね……」
咲夜と呼ばれた少女は目を細めて湖の球体を凝視する。
「ブラックホール、ではないでしょうね。水面は穏やかですし」
腕組みをして考え始めた咲夜。レミリアはその様子を暫時眺めてため息をついた。
「もういいわ。咲夜の貧困な想像力に期待した私が馬鹿だった」
「心外ですわ。それじゃあお嬢様は、あの物体は何だとお考えですか?」
「考えるまでもない。黒くて丸いものなんて、夜船しかないでしょうに」
「まだお彼岸には日がありますわ」
そんなとぼけた会話を2人がしている間にも、レミリアが夜船と称した黒い球体はゆったりとした速度で2人の方へ迫ってきていた。
「咲夜、夜船が近づいてくるわ」
「見ればわかりますよ。それで、どうします?」
「聞くまでもないでしょう? あれを――」
夜船を指さして、レミリアが咲夜に命令する。
「――捕まえなさい」
「御意のままに」
そう言った時には咲夜は既に、レミリアのもとに日傘を残して夜船の背後、と言っても完全な球体である夜船の背後はあくまで進行方向に対しての逆側だが、そこにいた。
ナイフを持った両の手を胸の前でクロスさせるように構えて。見れば、咲夜の持つナイフと同型のナイフが夜船を取り囲むようにして、中空に停止していた。
まるで、ナイフだけの時間が止まっているかのように。
「そこな夜船、止まりなさい」
咲夜の制止の言葉に、しかし夜船は止まることなくレミリアの方へと進んでいく。進行方向にはナイフが刃を向けて停止しているというのに、そのことなど気にも止めていない様子で、ただ真っ直ぐに。
「仕方がないわね。あまり手荒な真似はしたくなかったのだけれど」
緩慢な動作で放たれたナイフは、銀色の刀身を燦めかせて、夜船の中へと消えた。そして、一瞬おいて、夜船が霧散した。
「うう、痛いのかー」
晴れていく闇の中に見える人影は幼い少女のようで、肩甲骨のあたりに刺さったナイフを精一杯手を伸ばして抜いていた。
「あら、貴女は確か、先日の肝試しにいたルーミアとかいう妖怪じゃない?」
その声に反応して、太陽の光によってきらきらと輝く金色の髪を揺らしながら、咲夜の方へ振り返ったルーミアと呼ばれた少女。
「このナイフ、あなたが投げたのー?」
ルーミアは手に持ったナイフを咲夜に差し出す。
「私は理由もなしにナイフなんて投げませんわ」
そう言いながら、咲夜はナイフを受け取った。両手が空いたルーミアは、手を太陽に翳して咲夜に問いかける。
「あなたは食べてもいい人類なのかー?」
「ミイラ女なんて干からびていて美味しくありませんよ」
「そっかー」
お腹がすいていたのか、ルーミアはほんの少しだけ残念そうだった。と、そんなルーミアの横へ純白の日傘を差したレミリアが背中の羽をぱたぱたさせて飛んできた。
「もう、咲夜。私のことを忘れてないかしら?」
「嫌ですわ。私はいつだってお嬢様のことを第一に考えていますのに」
「心にもないことを」
「本当ですわ」
どこからか白のハンカチを取り出して目頭を押さえる咲夜は、傍から見れば本当に泣いているかのようだった。もちろん、泣いているはずがないのだが。そんなことは百も承知のレミリアは、咲夜の泣き真似を無視してルーミアの方を向く。
「ルーミアだったかしら、咲夜と会った肝試しっていつのこと?」
「うーんと、たぶん、最近のことかなー? 博麗神社であったの」
「へぇ、そう」
ありがとう、と謝辞を口にして咲夜の方へ向き直ったレミリア。しかし、そこにはいるはずの咲夜の姿がなかった。
「……逃げたか。まったくしょうがない娘。後でお仕置きね。――ねえルーミア、貴女は闇を作り出せるのかしら?」
「ちょっと違うけど、似たようなものかなー」
「素晴らしいわ。貴女がいれば日傘の必要がなくなるわね。どう、うちで働かない?」
レミリアからの提案に、ルーミアは少しだけ悩んでこう言った。
「おいしいものたくさん食べられるー?」
「ええ、もちろんよ。館についたらとりあえず、いらなくなった日傘係を食べさせてあげるわ」
「ほんとー?」
「鬼は嘘をつかないわ」
「じゃあ行くー」
太陽の下、闇を操る妖怪ルーミアと、夜の王レミリア・スカーレットは楽しそうに笑った。
その後、レミリアに黙って肝試しに参加した咲夜がどうなったのか、知るものはいない。
が、もう少しボリュームが欲しかったかも。
でも吸血鬼はうそをつくんですね。わかります。
闇の妖怪と夜の王なんていい素材だよね
何が言いたいかと言うと続編希望
>>3さん
咲夜さんが原作的とのことですが、意識してなかったり
>>5さん
咲夜さんは、というか幻想郷の住人は飄々としていてとらえどころが無いイメージが強いです
>>10さん
同意です。ルーミアとお嬢様っていい組み合わせですよね
またこの二人をメインで書いてみたいと思います