「あんまり、余計な手間をかけさせないでくださいね。総領娘様」
私は足元に横たわる焦げた黒い塊を見下ろしながら告げた。
その黒くてまるで炭の塊のような物体。生前の名は比那名居天子と言う……て、死んではいなかったなまだ。
ちょっと流す電気の量を間違えてしまったためか、焼きすぎた肉のようになってしまったけども、死んではいないはずである。
このくらいで彼女が死ぬようなら、私も気が楽なのだが天人という輩は無駄に丈夫に出来ているらしい。
「総領娘様も天界の名家比那名居家の跡取りとしての責任をもっと自覚して……ちゃんと私の話を聞いてますか?総領娘様」
……返事が無い。ただの屍のようだ。
「しかたがありません。総領娘様が目を覚ますまで御説教はお預けですね」
説教する気満々だった私だが、炭の塊に説教するほど暇ではないので、炭が人間に進化するまで待つとしよう。あれ?でもそれってやっぱり私が暇だってことになるのではないだろうか?
いやまさかそんなだがしかしおかしおすし……。
「ん……ここは」
連続する思考の果てに、今夜の夕食は寿司にしようと決まった辺りで総領娘様が目を覚まされたようだ。
「大丈夫ですか総領娘様。どこか具合の悪いところはありませんか?」
「それをアンタが言う訳、衣玖」
必死に心配する風を全力で装う私になぜか冷たい視線を向ける総領娘様。
まさか私のこのぱーぺきな演技が見破られたとでも言うのだろうか……天子、恐ろしい子!!ワナワナワナ。
「あんっだけ、しこたま電気流してくれといて「大丈夫ですか?」じゃないでしょうが!!死ぬかと思ったわよこっちは!!」
なんだそっちか。どうやら私のぱーぺきな演技が見破られた訳ではないらしい。
「そんなことを仰られましても、私の方も迷惑しているんですよ。総領娘様が地上で問題を起こされる度に何故かお鉢が私の方に回ってくるのですから」
以前私が異変を起こした総領娘様にお灸を据えて以来、私は総領娘様専用の仕置き人的ポジションに収まってしまったらしく、今回のように総領娘様が地上で何か悪さをする度にこうしてストレス発さ……もとい、お仕置きをしている訳である。
私も暇では無いし、あくまで私の主は龍神様であり、その御声を聞き、その御意思を伝えるのが私の仕事なのだ。
余計な事に関わっている場合ではないのだが、天界の名家比那名居家の御当主様から直々に「娘をよろしくお願いします」と頭を下げられては無碍には出来ない。
何せ、私は空気が読める女なのだから。
「う……でも、だからってこれはやり過ぎでしょう。ちょっとは手加減しなさいよ」
「いえ、それは駄目です」
「なんでよ?」
「龍神様から「やるんなら派手になさい。その方が見てて面白いから」と言われてますので」
「はあ!?なにそれ!!訳分かんないんですけど」
なにって、そのまんまの意味である。そもそも龍神様の部下である私が上司である龍神様の許可も無しに一天人のお目付け役のようなことが出来るはずがないのである。
だから私はしっかりと龍神様から許可を頂いている。その時に出された条件が「お仕置きはなるだけ派手にすること」なのである。
「世の中には分からないでいる方が幸せな事がたくさんあるのですよ総領娘様。今回の件も正にそれです」
「なんか納得いかないけど、まあいいわ。それにしても龍神って酷い奴なのね。神ってよりも悪魔じゃないの?」
以外にするどい。確かに龍神様は見た目は天使と見紛う程の麗しい容姿をしているが、内面はまるっきり悪魔である。メイド服好きだし、あとシスコンだし。
「そうかもしれませんね」
私はそう言ってお茶を濁した。なにせ私は空気の読める女なのだから。