――――あ、流れ星。
誰かが言った。
――――きらきら光ってる。
星なんて、落ちてきてなんかないのに。
――――きれーだなぁ
楽しそうに笑って。
――――お日様みたい。
雨上がりのよく晴れた日。
ざぁ、と風が流れて、大きな樹の天辺をふわりと揺らす。
葉っぱと一緒に、柔らかそうな、蜂蜜を混ぜ込んだような金色の髪がふわふわと揺れる。
心地よい風。柔らかな暖かさと雨上がりの湿気を含んだ風。
サニーミルクは、そこにごろりと仰向けに寝転んで、ぼうっと空を見上げていた。
正確にいえば、空、ではなく太陽を見ていた。
高く遠く。しかし、手の届きそうな太陽を。
彼女にとって、太陽を見ることは苦ではない。
眩しすぎる光を取っ払えば、すぐに見ることができるのだから。
うつろに揺れるそれは火の魂にも見えたし、三本足の神様のようにも見えた。
巨大な目玉焼きにも見えたし、満月にも見えた。
けれどもそんなことはどうでもよかった。
太陽はそこにあって。そして暖かくて。気持ちいい光を落してくれる。彼女にとってはそれだけで十分なのだ。久しぶりの晴天で、それでも優しく身を包み込んでくれる太陽の光が、サニーミルクは好きだった。
サニーミルクにとって太陽の光は癒しだった。なにものにも代えがたいものなのだ。
それだけで、サニーミルクは太陽が大好きなのだ。
だから、せっかくの雨上がりなのだから、ゆっくり日光浴でも、と、ここに登ってきたのだった。
幻想郷の全てが見渡せそうなほどの大きな樹。
おそらく長い間を生きてきたであろう老木だ。
その天辺から、ちょんと突き出た枝の上にサニーミルクは身体を預けていた。
風に揺られながら、ぼけっとした表情のまま、サニーミルクは一つ大きなあくびを漏らした。青色の瞳にはちょうど青空のように太陽が映りこんでいる。
あぁ、気持ちいいなぁ。寝ちゃおうかなぁ……
そんなことを思ったりもした。
ぐぅっと手を伸ばして、太陽を握るようにする。もちろん、取れやしないのだけれど。
気持ちいい光に包まれたまま、心地いい風に撫でられて、眠る。
それはとてもいいだろうなぁ、とも思った。
腕を目の前に出して、光を遮る。もう片方の手を頭の後ろに。
目をつぶって、おやすみなさい。
ぼんやりとそんなことを考えて、サニーミルクは眠ろうとした。
が、それは思わぬ邪魔が入って失敗することになる。
こつん、と軽い音をたてて、なにかがサニーミルクの額を直撃した。
「いったぁ!」
額を押さえて、唸るように身を縮ませた。
そのまま数秒間痛みを堪えて、飛び起きるようにして落ちてきたものを、目の端に涙を溜めながら見た。
次の瞬間、サニーミルクは素っ頓狂な声をあげた。
何故なら落ちてきたそれは、
「石ころ……?」
小さなサニーミルクの掌に包めるくらいの小さな小石が、ふんわりとした葉っぱに半ば埋もれるようにして、彼女の傍らに転がっていたのだ。
サニーミルクはその小石をひょいと摘みあげて、顔の前に持っていって、じぃっと見つめた。
おかしな石だった。
丸くて、ちょっとごつごつしてて、所々に小さな穴が開いている。
ちょうど蜂の巣小さくしたような形をした石。
これはなんだろう? とサニーミルクは首を傾げた。
さっきの痛みで、もう寝る気も失せてしまったので仕方がなく、ごろんと寝転がって、摘んだ石を見ていた。
不思議な感じだった。
良く知っているような感覚。
でも、知らない感覚。
暖かくて、気持ちいい感じ。
懐かしいような、慣れ親しんだような。
だけれども、そんな不思議な感触よりも、サニーミルクにとってはさして重要ではなかった。
小石を撫でながら、
(ぽかぽかする……)
ほけー、とした間抜けな表情のまま、目を細めた。
手の中かから、じんとした心地よさが伝わってくる。
▼
木漏れ日が降り注ぐ。
ざぁ、と木々が風に揺れる。
葉っぱが位置を変えて、木漏れ日の形が変わる。
その日は、よく晴れていたので、闇の妖怪 ルーミアは憂鬱な様子で森の中をふよふよと移動していた。
憂鬱、といっても、いつものように闇を纏って移動していたので、さして問題でもなかった。
ただ、暑いなぁ、とか思っていた。
それでも雨よりはよかった。
雨の日は外に出ることもできなかったので、それなりにうきうきした気持ちでお散歩に勤しんでいた。
ふよんふよん、と大きな闇の塊が移動する。
ごいん、と痛そうな音をたてて、樹にぶつかった。
闇の塊が、痛そうに身を屈める。
実際、痛い。
ぷるぷると闇が震えている。おそらく中の妖怪は涙目だろう。
むーっと唸る声が聞こえた。
頭を撫でつつ、上を見上げる。
見えないので、ちょっぴり光を取り入れて、確認。
上を見て、上を見て、首が痛くなる。
そうして、ルーミアは気がついた。
上を飛べば樹にぶつからないんじゃないか? と。普段は気にもしないが、今日は機嫌がいいのだ。
だからこそ、何ものにも邪魔はされたくなかったのだ。
ふわん、と浮かび上がる。
上を目指す。
上へ、上へ。
上へ……
(……高いなぁ)
薄っすらと闇の中から見える樹の幹に沿って上っていく。
見上げた顔に、小さく光が当たった。
思わず目を細める。眩しいのだ。
手で目を覆い隠して、空を仰いだ。
もちろん陽の光のほとんどを隠して。
ルーミアは別に昼間が嫌い、というわけではなかった。ただ単に太陽の光が苦手なのである。
昼間の暖かさや気持ちよさ、それに、いわゆるお日様の匂いというやつも好いている。だが、陽の光だけは、どうしてもだめだった。
天敵といっても過言ではない。
それでは何故上を目指しているのか、と問われれば、ルーミアはきっと「何となく」と答えるだろう。もともと、目的意識のない妖怪なのだから。
こうして樹幹に沿って飛んでいることさえただの気まぐれなのである。
「お?」
細くなっていく幹。
少なくなっていく枝。
そうして、ようやく、ルーミアは天辺に辿り着いた。
天辺に一本だけ伸びた枝にひょいと腰を下ろそうとした。
そんなときだった。
「わ! なによこれぇ!」
という叫び声がルーミアの足元からした。
ルーミアは驚いて、思わず覆っていた闇を縮めた。
自分ひとりが入れる程度の大きさに。
露わになる妖精の姿。昆虫のような薄い羽根を備えた、妖精だ。ぐるぐると辺りを見渡して、目を白黒させていた。
▼
サニーミルクは、いきなり周りが暗くなっていたことに、本当に驚いた。
さっきまで気持ちよく日光浴をしていたはずが、唐突に暗くなったのだ。
そりゃあ驚きもするものだろう。
しかし、次の瞬間、サニーミルクを覆っていた闇は、少しずつ晴れていった。
目をぱちくりさせながら、左右を確認する。
すると、自分のすぐ傍に、小さな闇の球体を発見した。小さな子供くらいなら、入れるのではないか、というくらいの大きさだ。
不思議に思って、手を伸ばして、その球体に触れた。
そして、その手は、なんの抵抗もなく闇の中に入っていって、なにか柔らかいものに触れた。
なんだろう? と手を動かす。
ひゃんっと悲鳴がした。
びくっと手が止まる。
サニーミルクはおそるおそるその球体に話しかけた。
「誰か、いるの?」
すると、おずおずと中から少女の声が返ってきた。
「……いるよぉ。ああもう、びっくりしちゃったじゃない……」
「びっくりしたのはこっちの方よ。辺りが急に暗くなるんだもの」
「わたしだってびっくりしたわよ。いきなり変なところ触るんだもの。……それにこんなところに誰かがいるなんて、思
わなかったし」
ふうん、とサニーミルクは漏らした。
そして、手を見下ろした。
そう、私はいったいどこを触ったのだろうか? と。
「ところで、あなた、誰なの?」
「わたし?」
「うん」
うーん、と球体の中から考えるような声が聞こえる。
サニーミルクは手持ち無沙汰に手の中の小石をいじっていた。掌から、暖かさが伝わってくる。
うんっ、という声と、手を打ち鳴らす音が聞こえた。
「闇を操る妖怪よ」
「闇を?」
「うん」
「ふぅん」
「で、あなたは?」
「へっ? 私?」
「うん」
えっとねー、と考えにふける。
私を的確に表すならなんだろうなぁ、と考えた。あの闇は闇を操る妖怪だ、と名乗った。だったら、私は――
「私は光を屈折させることのできる妖精よ」
「光を曲げるの?」
「うん、こうくいっとね」
「天敵……?」
「はい?」
「ううん、なんでもない!」
そういって、闇はわたわたと慌て始めた。
ルーミアはちょっと慌てた。光を曲げられるなら、自分に直射できるんじゃないの? と思ってだ。
頭をぶんぶん振って、その考えを追い出す。
ルーミアからは見えないが、たぶん大丈夫だろう。ちょっと怖いけど。
サニーミルクはその様子を見ながらくすくすと笑った。中の妖怪は見えないけれど。慌てている姿がおかしかった。
「ところでさ」
「なに?」
「どうして、その闇を操る妖怪さんが、こんなところに来たの?」
闇は小さく表面を震わせて、答えた。
「なんとなく」
と。
「なんとなく、なの?」
「そうよ、樹にぶつかると危ないから、樹のないところまで来たのよ」
「そりゃあ確かになんとなくだわ」
呆れたようにぽつりと零した。
「あなたは?」
「私はねぇ、ほら、見ての通りよ、今日はいい天気だから日向ぼっこに来たの。暖かくて、気持ちいいよ」
「よく日向ぼっこなんてできるわねぇ。わたしなんか肌とかカサカサになっちゃうし、髪もぼさぼさになっちゃうしで大変なのよねー。暖かくて気持ちいいのは分かるけど」
サニーミルクは驚いた。
日光に当たるとそんなことになってしまう妖怪がいたのか、という驚き。
そして、それはひどく勿体無いと思った。
いくら太陽の光が暖かくても、それを直に浴びなければ気持ちよくないんじゃないの? と。
けれど、どうにもできなかった。
いくら光を曲げられる、といっても限度がある。この闇に当たる分だけの光を当たらなくするなんてことは、不可能に近かった。いや、不可能だった。そんなことをするには、全ての光を曲げてしまわなければいけない。
「それは勿体無いわねぇ」
胸を張って、腰に手を当てて、言った。
「勿体無いの?」
「実に勿体無い」
「でもわたしは別にいいよ?」
「うーん。でもさぁ」
「いいのよ、わたしは夜のほうが好きだし」
「むぅ」
それを言ってはおしまいだ。
スターもルナも夜のほうが好きって言う。
個々人の好みなんだから、と言ってもなぁ、とサニーミルクは考えた。あんまり私の周りに日中が好きな人いないなぁ、とも考えた。
そこで、ぴんと思いついた。
自分の手の中のものを思い出したのだ。
ああ、とそこで思いついた。
この暖かい小石は、もしかしたら、アレなのかもしれない、と。
アレなら、気持ちいいのも分かる。
そして迷った。
珍しいものを見つけていたのかもしれない。そして、それを手放すことを。
うーん、と右往左往。
闇の妖怪からはその様子が見えなかったが、声ははっきりと聞こえていた。悩んだ声をあげているのも、羽をぱたぱたさせているのも、よく分かった。
「ま、いいか」
と、サニーミルクは小さく呟いた。
どうせ、飾っておくくらいだし。
「ちょっと来て」
「?」
頭上に疑問符を浮かべながら、闇の球体は近寄っていった。
「てい」
ずぼっとサニーミルクがその中に手を突っ込んだのだ。
ふにっとしたものに触れる。
闇の中から素っ頓狂な悲鳴があがる。
あ、とサニーミルクは口元を抑えた。
「にゃっ! またぁ!?」
そう叫んで、慌て始める。が、しかし見えないので、どうしようもない。
「それ、それ取って。私の手の中の」
「こ、これ?」
と、ルーミアは手探りで、その手を探し当てた。
それを掴んだ瞬間にルーミアは不思議な暖かさに襲われた。
暖かいだけではない、心地よくて、ぽーっとするのだ。気持ちよくて、安心するような。
「これ、なに?」
ふっふっふ、ともったいぶるようにして、サニーミルクは告げた。
▼
ルーミアは大木の天辺からちょこんと突き出した枝に座っていた。
もう闇は纏っていない。
天上には三日月が昇っていた。
先の尖った、なんだか不恰好な月。
大部分が闇に食べられてしまったかのように思えて、思わず笑みがこぼれた。
さらり、と風が吹くと、それと一緒にルーミアの金髪が揺れる。まるで月光を閉じ込めたかのような色。
赤いリボンが揺れる。
ルーミアは手の中の石を眺めていた。
昼間、知り合った妖精から貰ったものだ。
それを嬉しそうに眺めて、まるで、月光に透かすかのように目の前に出した。
穏やかな光が、小石に当たる。
ほのかな暖かさが、指先から、伝わってくる。
それはとても気持ちよくて、心地よくて。
思わず、顔も緩んでしまうというものだ。
鼻歌なんかを歌いながら、それを三日月の欠けたところに合わせるようにした。
くすり、と笑った。
その様子が満月に見えたからだ。
おっかしいな、とルーミアは笑った。
それは昼間の妖精が告げたものとは正反対のものだったからだ。
何故ならそれは、
――――それは、太陽の欠片だから、だ。
くすくす、と笑い声が闇夜に響いた。
明日はいいことがあるかもしれない。
手の中の小石を握り締めて、そんなことを思った。
晴れたらいいな、と思ったりもした。
[了]
ほのぼのした邂逅に、和ませていただきました。
光と闇、というと馴染みそうにない二人ですが、なかなかいいですねこの組み合わせ。
ルーミアも月の石をプレゼントしないとね!
夜の闇の下でもぽかぽか。あー、和むわー。