珍しいこともあるものだなぁ。
テーブル越しの彼女を見ながらそう思う。
なので口に出してみた。
「珍しいっすね、お茶に誘ってくれるなんて」
「そう?」
答える彼女の銀髪が風に揺れる。
初夏の日差しに柔らかい風が心地よい。
門の前には椅子とテーブル。
上に並ぶのはクッキーと紅茶。
紅い水面に映る彼女の表情を見つめても、その奥にあるものは図れない。
付き合いはそれなりに長いはずなのだが。
「分からない人だ、そう思った?」
「ええ、まぁ」
見透かされていたようだ、流石。
しかしこれからも理解できることは無いだろうな、とはぼんやり思う。
恐らく理解した頃には彼女はもうこの世にはいないだろう。
それくらい人の命というのは短い。
いや、自分の他人を慮る能力が足りないとも言えるかもしれないけど。
「咲夜さんはあとどれくらいで死にますかね?」
「70年くらい?」
「なるほど」
70年かぁ、長いようで短い。
お嬢様に聞けば正確な寿命も分かるだろうけど教えてくれないだろうな、きっと。
その期間で私は彼女に何が出来るだろうか、何も出来ないだろうか。
考えてる内にさようならしてしまうかな。
クッキーを一口。
「何かしてほしいこととかあります?」
「今食べたクッキーの感想が欲しいわね」
「あ、美味いっすねこれ。滅茶苦茶」
「ありがと」
もう少し具体的な感想を述べるべきだったか、失敗。
でも私にはそんな批評出来るほどの語彙も無いし、おつむも足りない。
「すいません、気の利いたこと言えなくて」
「十分よ」
分からん。
全然分からん。
一応十分とは言ってくれたがそれが皮肉なのか本心からなのかさっぱりだ。
素直に受け取っておくべきなのかこういうのは。
頭を掻いても何一つ言葉は浮かび上がってこない。
「あなたは」
「はい?」
「あなたは私に何かしてほしいことはある?」
「えーと」
あるだろうか。
今の職場に不満らしい不満は無い。
とするともっと個人的なこと。
うん。
「口角を釣り上げて、目尻を下げてほしいです」
「それはつまり……どういうこと?」
「どういうことでしょうね」
伝わらなかったので即座にごまかした。
この人、表情変わらないんだよな。
お嬢様の相手とか毅然とした態度をとらなければならない場面が多いから当たり前だけど。
今だってほら、私の言葉をそのまま受け取って口の端を指で上げたりしてるけど。
真顔だし。
「咲夜さん、咲夜さん」
「なに?」
「こっち向いてくださいな、そのまま」
「?」
とりあえず、私は満足。
これが素なんだろう、そう結論付けた。
プライベートなんてほとんど存在しない彼女だけどせめて自分の前では力を抜いてほしいものだ。
ん? 抜いてるのかこれは。
「ちょっと失礼します」
「わっ」
ホントに失礼ながら手を彼女の頭にかざし気を探る。
柔らかく暖かな感触が手に広がった。
良かった、リラックスしているみたいだ。
「何だったのよ」
「いえ、確認というか何と言うか」
「そ」
そういえば今は二人きりのお茶会なのだ、リラックスしてないとおかしい。
むしろ緊張してるのは私のほうか。
二人きりという状況がそもそも滅多に無い。
これからもそうだろうな、多分。
こっちこっち。
針の刻む音が彼女の懐中時計から聞こえてくる。
「時間、大丈夫なんですか?」
「まだ余裕」
「何でまた今日はそんなに」
「最近、うちは平和だったから。少しづつ空いた時間が積りに積もって今があるの」
「勿体無くないっすか? それ」
「どうして」
「もっと、出来ることがあるでしょうに」
「そうかしら」
「そうですよ」
例えば里に出て自分用の買い物に行ったり、趣味の時間に充てたり出来るだろうに。
どうして私なんかと。
分からない人だ。
「分からない人?」
「また見透かされてましたか」
敵わないなぁ。
生きてる年数はケタ違いなのに私はこの人に一生勝てる気がしない。
あと70年は勝てる気がしない。
だからそれまでは。
「長生きしてください」
「随分いきなりねぇ」
「急におばあちゃんになった咲夜さんを見たくなったもので」
「そんなもの見ても面白くないと思うけど」
「ですかね」
「ですよ」
皺々の彼女を想像していたらいつの間にか日が傾いていたようだ。
お茶もクッキーも無くなってしまっていた。
そろそろこのお茶会もおしまいかな。
咲夜さんが食器を片付ける。
私はテーブルを持ち上げる。
何だかんだで今日は楽しかったように思える。
次の機会、あるといいな。
「今度時間が余ったら、私の園芸をご教授してあげますよ。趣味が無いのは勿体無いですしやっぱり」
「私は、お茶会だけで十分なんだけど」
「咲夜さんがそう言うなら構いませんが……あ、それでしたら今度はみんなでやりましょうよ、みんなで」
「それはいいわね、うん。それはいい」
あれ?
ちょっと不満げ?
「私今何か気に障るようなこと言いましたかね……?」
「ううん、ごめんなさい」
絶対言った、気を遣わせた。
最後の最後にやってしまった。
相変わらず私はツメが甘い。
ツメどころの話じゃないか。
「あー、そのー、えーと」
「はっきりしなさいな」
「すんません。うーんと、今度はいつ頃になりますかね? お茶会」
「みんなで?」
「いや、咲夜さんがよろしければ今回みたいなのでもいいんで、す、け、ど」
「ふむ」
「どー……」
「さぁ、いつになるかしらね。運が良ければ近いうちにでも」
「あ、そっすか」
良かった、今の会話のどこで機嫌が直ったのかは分からないけど何となく表情が柔らかくなった。
気がする。
気がするだけ。
相変わらず奥底までは読めないけれど。
今は彼女の気持ちは分からないけれど。
いつか、きっと。
「分かると、いいなぁ」
「何か言った?」
「や、何でも」
さぁてお仕事お仕事。
テーブル越しの彼女を見ながらそう思う。
なので口に出してみた。
「珍しいっすね、お茶に誘ってくれるなんて」
「そう?」
答える彼女の銀髪が風に揺れる。
初夏の日差しに柔らかい風が心地よい。
門の前には椅子とテーブル。
上に並ぶのはクッキーと紅茶。
紅い水面に映る彼女の表情を見つめても、その奥にあるものは図れない。
付き合いはそれなりに長いはずなのだが。
「分からない人だ、そう思った?」
「ええ、まぁ」
見透かされていたようだ、流石。
しかしこれからも理解できることは無いだろうな、とはぼんやり思う。
恐らく理解した頃には彼女はもうこの世にはいないだろう。
それくらい人の命というのは短い。
いや、自分の他人を慮る能力が足りないとも言えるかもしれないけど。
「咲夜さんはあとどれくらいで死にますかね?」
「70年くらい?」
「なるほど」
70年かぁ、長いようで短い。
お嬢様に聞けば正確な寿命も分かるだろうけど教えてくれないだろうな、きっと。
その期間で私は彼女に何が出来るだろうか、何も出来ないだろうか。
考えてる内にさようならしてしまうかな。
クッキーを一口。
「何かしてほしいこととかあります?」
「今食べたクッキーの感想が欲しいわね」
「あ、美味いっすねこれ。滅茶苦茶」
「ありがと」
もう少し具体的な感想を述べるべきだったか、失敗。
でも私にはそんな批評出来るほどの語彙も無いし、おつむも足りない。
「すいません、気の利いたこと言えなくて」
「十分よ」
分からん。
全然分からん。
一応十分とは言ってくれたがそれが皮肉なのか本心からなのかさっぱりだ。
素直に受け取っておくべきなのかこういうのは。
頭を掻いても何一つ言葉は浮かび上がってこない。
「あなたは」
「はい?」
「あなたは私に何かしてほしいことはある?」
「えーと」
あるだろうか。
今の職場に不満らしい不満は無い。
とするともっと個人的なこと。
うん。
「口角を釣り上げて、目尻を下げてほしいです」
「それはつまり……どういうこと?」
「どういうことでしょうね」
伝わらなかったので即座にごまかした。
この人、表情変わらないんだよな。
お嬢様の相手とか毅然とした態度をとらなければならない場面が多いから当たり前だけど。
今だってほら、私の言葉をそのまま受け取って口の端を指で上げたりしてるけど。
真顔だし。
「咲夜さん、咲夜さん」
「なに?」
「こっち向いてくださいな、そのまま」
「?」
とりあえず、私は満足。
これが素なんだろう、そう結論付けた。
プライベートなんてほとんど存在しない彼女だけどせめて自分の前では力を抜いてほしいものだ。
ん? 抜いてるのかこれは。
「ちょっと失礼します」
「わっ」
ホントに失礼ながら手を彼女の頭にかざし気を探る。
柔らかく暖かな感触が手に広がった。
良かった、リラックスしているみたいだ。
「何だったのよ」
「いえ、確認というか何と言うか」
「そ」
そういえば今は二人きりのお茶会なのだ、リラックスしてないとおかしい。
むしろ緊張してるのは私のほうか。
二人きりという状況がそもそも滅多に無い。
これからもそうだろうな、多分。
こっちこっち。
針の刻む音が彼女の懐中時計から聞こえてくる。
「時間、大丈夫なんですか?」
「まだ余裕」
「何でまた今日はそんなに」
「最近、うちは平和だったから。少しづつ空いた時間が積りに積もって今があるの」
「勿体無くないっすか? それ」
「どうして」
「もっと、出来ることがあるでしょうに」
「そうかしら」
「そうですよ」
例えば里に出て自分用の買い物に行ったり、趣味の時間に充てたり出来るだろうに。
どうして私なんかと。
分からない人だ。
「分からない人?」
「また見透かされてましたか」
敵わないなぁ。
生きてる年数はケタ違いなのに私はこの人に一生勝てる気がしない。
あと70年は勝てる気がしない。
だからそれまでは。
「長生きしてください」
「随分いきなりねぇ」
「急におばあちゃんになった咲夜さんを見たくなったもので」
「そんなもの見ても面白くないと思うけど」
「ですかね」
「ですよ」
皺々の彼女を想像していたらいつの間にか日が傾いていたようだ。
お茶もクッキーも無くなってしまっていた。
そろそろこのお茶会もおしまいかな。
咲夜さんが食器を片付ける。
私はテーブルを持ち上げる。
何だかんだで今日は楽しかったように思える。
次の機会、あるといいな。
「今度時間が余ったら、私の園芸をご教授してあげますよ。趣味が無いのは勿体無いですしやっぱり」
「私は、お茶会だけで十分なんだけど」
「咲夜さんがそう言うなら構いませんが……あ、それでしたら今度はみんなでやりましょうよ、みんなで」
「それはいいわね、うん。それはいい」
あれ?
ちょっと不満げ?
「私今何か気に障るようなこと言いましたかね……?」
「ううん、ごめんなさい」
絶対言った、気を遣わせた。
最後の最後にやってしまった。
相変わらず私はツメが甘い。
ツメどころの話じゃないか。
「あー、そのー、えーと」
「はっきりしなさいな」
「すんません。うーんと、今度はいつ頃になりますかね? お茶会」
「みんなで?」
「いや、咲夜さんがよろしければ今回みたいなのでもいいんで、す、け、ど」
「ふむ」
「どー……」
「さぁ、いつになるかしらね。運が良ければ近いうちにでも」
「あ、そっすか」
良かった、今の会話のどこで機嫌が直ったのかは分からないけど何となく表情が柔らかくなった。
気がする。
気がするだけ。
相変わらず奥底までは読めないけれど。
今は彼女の気持ちは分からないけれど。
いつか、きっと。
「分かると、いいなぁ」
「何か言った?」
「や、何でも」
さぁてお仕事お仕事。
俺の中で。
咲夜さんに蹴られたい。
咲夜は美鈴の為にエプロンを付け、美鈴は咲夜の為に割烹着を付けるんだよ!