ある冬の博麗神社。
居間の障子の隙間から見える庭先は白く染まり、木々も葉を落とし代わりに雪が積もっている。
日は高くとも幻想郷の冬は寒く、その上この日は風も強く、時折木の枝から飛ばされた雪が隙間から室内に吹き込む事もあった。
その僅かに隙間の空いた障子を閉めようともがいているのは、手でなく黒く艶やかな羽毛。
根元から中程まで白い布に覆われた濡れ羽色の翼が、柔らかい羽の先端を器用に曲げて、障子の節に引っ掛けて一生懸命に押している。
その羽の持ち主、んーんー唸りながら羽で障子を閉めようとしているのは、地獄鴉の霊烏路空。
目一杯に伸ばした羽を曲げたり力を込めたり、時にはばさばさ羽ばたかせて、何とか障子を閉めようと悪戦苦闘していた。
障子の隙間から外に目を向けてみると、雪に反射した光が目に射し込み、射命丸文の気分が少し踊った。
元々光物を好む習性を持つ烏であり、水気を含んだ雪に反射する結晶の光も好きな部類に入る。
しかし障子の隙間はそれ程広くなく、おまけにお空の羽が隙間の大半を占拠し、その輝きは殆ど覆い隠されてしまっていた。
文は身体を左に傾け、右に傾け、頭を上げ下げして、何とか雪景色を見ようとするも肝心な所は殆ど見えず、揺れ動くお空の羽が邪魔をする。
結局まともに見る事は出来ず、不満げに羽を畳んで、向かい合って座り今だにんーんー唸って障子を閉めようとしているお空を眺める事にした。
何故お空は手を使わないか、何故文はその場から動こうとしないのか。
理由はただ一つ、彼女達は博麗神社のこたつ結界によって身体の大半を封印されていたからだ。
不機嫌そうに卓袱台に顎を乗せて居る文の隣で、寒がりなのか体育座りで身体の大半を布団の中に埋めている少女。
その体躯は小さく、それに比べて身体以上に大きな羽をぴこぴこと小刻みに震わせ、少女レミリア・スカーレットは寒さをしのいでいた。
こたつから離れる事も出来ず、背中の下辺りから微かに覗く素肌を直しつつ、こたつ布団に顔を埋めてぐりぐり擦る。
仄かに暖かい心地良さに頬を緩ませて、今度は大きな羽も纏めてこたつの中に突っ込んで、全身を自分の羽で包む。
少しは暖かくなるかと考えての事だったが、外気に触れていた為冷えており、逆に冷たかったので包むのをやめた。
その向かい側では、左右非対称の羽を持つ黒い少女が退屈そうに大欠伸を一つ、ついでに卓袱台に両腕を伸ばす。
こちらは寒さには強いのか、半袖のワンピースで上半身の殆どを外に出していても、震えてはいない。
しかし、身体が不規則に揺れていて視線も定まっておらず、時折卓袱台に額を付けてははっと顔を上げている。
恐らく睡魔と闘っているのだろう、上げ下げする頭に合わせて羽もしなっと垂れ下がったり、シャキっと伸びたりを繰り返している。
睡眠不足とこたつ結界に抵抗しつつも身を投げ出している封獣ぬえは、今だ来ないこの神社の主を待ち続け、待ちきれなくなりそうになっていた。
彼女達は今、博麗神社のこたつに手足を封じられながら、神社の主・博麗霊夢を待っていた。
文は新聞のネタ探しに、ぬえは暇潰しに、お空はゆで卵目当てに、レミリアは霊夢目当てに。
各々目的が有って来たものの霊夢は不在、待つ間の寒さを凌ぐべくこたつに進入し、揃って封印されてしまっていた。
隙間風が羽毛を揺らし羽織る物も無い居間で、こたつだけが暖を取る唯一の方法だからだ。
お空が頑張って障子を閉めようとするも、柔らかい羽の先では中々締め切れず、風と雪は少しずつ居間の気温を下げ続けている。
それから暫くして、痺れを切らしたお空は勢い良く羽ばたき、その風圧で障子を閉じようと試みる。
しかしその試みも障子をガタガタ揺らしただけに過ぎず、その上羽の上に被せていたマントが浮き上がり、お空の顔を完全に覆ってしまった。
突然視界が塞がれ、こたつの中で両手をあわあわこたつの外で羽をばさばさ、原因が分からないまま風だけ吹かせている。
外に雪降る冬の幻想郷、冷風を送られて喜ぶ者が居るはずも無く、レミリアが羽を伸ばしてくいくいとお空のマントを持ち上げている。
しかし片側だけではずり落ちて来るらしく、ぬえに協力を仰ごうとするがそちらは既に舟を漕いでいるらしく、羽が垂れている。
仕方なく隣の文の肩を羽の先でつつき、文が気付いたのを確認するとそのままぬえを指し、次いでお空のマントを指す。
文の方はそれで理解出来たらしく、羽をぬえの懐に潜り込ませ、薄着の脇腹をさわさわとくすぐった。
やわい羽毛が脇腹を撫でる度、ぬえの羽がぴくぴくと揺れる。
夢の中に居ても直接触れるのは有効らしく、身体は素直に反応している様だった。
少しの間文が羽で撫でていると、とうとう我慢出来なくなったかぬえが飛び起き、ガタッと何かに当たる音がこたつを揺らした。
直後に顔を伏せて悶絶するぬえ、起き抜けに脚をこたつに強打したらしく、こたつ内の手が太腿の辺りを押さえている。
少し経ってやや涙目で文を睨み付けるが、冷風を生み出すお空の羽が鬱陶しいらしく、文を見ながら羽だけでお空のマントを持ち上げた。
鳥の嘴の様なぬえの右の羽は布を引っ掛けるのに丁度良いらしく、何度も挑戦していたレミリアを尻目にあっさりとお空の視界を取り戻させる事に成功していた。
漸く真っ白な世界から抜け出したお空は、目を丸くして呆然としていた、あれだけ暴れていた羽もピタッとその動きを止める。
それと同時に室内を震え上がらせていた冷風も治まり、レミリアと文がほっと一息、羽を畳む。
対照的に、安眠を邪魔され不機嫌そうなぬえは再び机に顔を突っ伏し、舟を漕ぐなどといった過程をすっ飛ばして夢の世界に出航した。
もぞもぞと寝難そうに何度か身体を捩じらせ、その都度非対称の羽が波打つ。
その数十秒後、すやすやと眠り始めるぬえの隣、文は無防備なその姿に悪戯心を擽られていた。
文の真向かいに陣取るお空に目配せし、それに気付いた所で文がぬえの脇腹を羽でそっと撫でる。
軽く触れるだけのそれにピクッとしっかり反応を返し、羽が条件反射でゆらゆら揺れた。
そこまで見て気付いたのか、お空も羽を伸ばしてぬえのもう片方の脇腹に潜り込ませ、こちらもそっと撫でてみる。
やはりそれに律儀に反応して、赤の羽が少しだけ首をもたげて、シュンと力無く垂れ落ちる。
その反応に玩具の面白さを見出したお空、一撫でしてぬえの反応を見ては、楽しそうに羽ばたき始めた。
文とお空の羽毛がぬえの脇腹を撫で、うなじを滑り、二の腕を擦る。
重さを感じさせない軽さと、こそばゆい毛先が合わさり絶妙なこそばゆさが、眠るぬえの肌を刺激する。
たまに赤い矢印羽の一本が無意識に蚊を叩き落とす勢いで羽を叩きに来るが、羽にふわりと包まれて衝撃を完全に吸収されていた。
止まる事の無いくすぐり攻めに、ついに顔をしかめ始めるぬえ。 しかし二人の羽は攻める手、いや羽を止めようとはしない。
むしろより面白くなりそうな所――首筋、脇、手の平などを攻め、小刻みになるぬえの反応を楽しんでいた。
段々とぬえの羽も動きを荒げて、より力強く羽を叩き落そうとするがそこは柔らかい烏の羽毛、ちょっとやそっとの衝撃は羽毛が覆い隠してくれている。
ついに文の羽の先がぬえの耳の穴への侵入を試みた所で、とうとうぬえが痺れを切らして飛び起きた。
そしてこたつから響く鈍い音、本日二度目の太腿の強打が、ぬえの表情を苦悶のものにする。
両隣には笑い転げる文とお空、ぬぇぇと呻くぬえの目が、割と本気で文を睨み付けていた。
既に怒り心頭のぬえは自身の羽を使い反撃に出ようとするも、何故か二人の所までは伸びていかなかった。
何故かと疑問符を浮かべるぬえの両隣で、更に笑い出す二人。
それもそのはず、先ほど飛び起き悶絶した時に、ぬえの羽はそれぞれぐるぐるに絡まっていたのだ。
その事に気付いたぬえは、何とかその状態を解除せよと羽をもぞもぞと動かし、絡まりを解そうとする。
しかし中々複雑に絡まっているらしく、うねうねと球状の物が動くだけで、一向に解ける気配が無い。
ぬ~と鳴き羽をうねうね解すぬえ、その隣ではようやく笑いの収まった二人が、羽と羽でハイタッチをしていた。
数分して、ようやく羽を解いたぬえはもう眠ろうとはせずに、羽を身体に巻いて厳戒態勢をとっていた。
体育座りで膝を抱え、羽をその上に巻いており、当然脇腹や二の腕もしっかりガードされている。
こたつの中に縮こまって身を守るぬえ、文やお空がちらりとでも見ようものならキッと睨み返す迎撃付き。
これはもう手が出せないと悟り、文の興味はぬえとは反対側に陣取るレミリアに向いた。
こちらは先ほどからじっとこたつ布団に身を寄せて寒さを凌いでいて、微かに震えている。
羽もぬえと同じく身体を巻いているが、純粋に寒いから少しでも暖かくしようという思惑からの様だ。
しかしついさっきのぬえ集中攻撃はレミリアも知っているだろう、時々ちらちらとお空や文の様子を伺い見ては、ふるふる震えて羽を縮ませている。
ぬえとは違いこちらは寒さに弱くても吸血鬼、下手に手を出せば返り討ちに合うのは火を見るより明らかだった。
そこで文は秘策に出る。
文もレミリアと同じ様に炬燵布団を肩の辺りまで被り、寒さを逃れようと暖を取る、様に見せかけた。
そうしてレミリアの視界から身体を隠し、文はこたつスニーキングミッションを開始する。
レミリアの膝の位置、脚の付け根の位置、そして盛り上がったこたつ布団。
それらのヒントから、レミリアの足、詳しく言えば足の裏を、目視無しで探り当てるという、実に迷惑な計画だった。
羽を畳みに沿わせて静かに移動させる事数秒、文の羽は自身の足の所まで来ていた。
文は足をレミリアの足と合わせて位置を確認する、ほんの僅かに冷たいレミリアの足に触れて、レミリアはほっと暖かそうに息を吐いた。
その足を離すと、心なしか寂しそうにレミリアの表情が暗くなる。
そして足の代わりにレミリアの足の裏に触れるのは、潜り込ませていた文の羽だった。
とてもくすぐったい不意打ちに相当驚いたのだろうか、レミリアの羽がピンと伸びる。
身体より大きな羽が限界まで伸び切って、すぐに引っ込められた、驚きはしたけど寒そうだった。
その反応を確認し、改めて文の羽はレミリアの足の裏を攻め、こたつの上からその反応を待っていた。
文の仕業だというのは、レミリアにもすぐに分かった。
前科有り、目前での現行犯、様子の伺えない羽の行く先、そして足裏に触れるふかふかな羽毛、これで文の仕業だと分からないはずがない。。
しかし寒いからこたつの外には出たくない、かといってこたつ内で暴れてはこたつが壊れてしまい、寒い。
何とか足を逃がすもそこは狭いこたつ結界、文の羽は何処までも追いかけてきて執拗にレミリアの足を撫ぜて来る。
うーうー唸りながら足の裏羽毛マッサージに耐えるレミリア、しかしこの勝負に制限時間というスペルカードルール的なものは無く、既に一方的な私刑に近い。
我慢して羽をこたつから出し、文の頬を引っぱたいて止めさせようとするも、ぺち、とひ弱な音一つしただけで、大した抵抗にはならなかった。
むしろ悪戯に文の好奇心を刺激してしまい、より羽攻めが激しく、丁寧になってしまっていた。
せめて声だけは出すまいと顔をこたつ布団に埋め、体と羽をふるふる震わせて擽りに耐え続ける。
そんなレミリア七変化を心の底から楽しむは、その原因たる文である。
我慢、堪え、反抗、涙目、顔伏せと様々な反応は見た目相応の破壊力で、文の好奇心を刺激する。
惜しむらくは、この場にカメラを持ち込んでいない事くらいだろう、文のカメラは居間の隅、手の届かない所に置いてあった。
その分文はレミリアを弄って楽しむ事にしていた。 レミリアにしてみれば迷惑以外の何物でも無いのだが。
長い擽り攻めにレミリアの右足が麻痺しそうになった頃、対面のぬえがレミリアの様子に気が付いた。
頭を抱えて顔を布団に隠すカリスマな姿に、ついさっきまでの自分が重なって見え、ぬえは思い立つ。
トスッ、という鈍い音。 文の脇腹に、赤い羽の先端が三本、綺麗に突き刺さった。
意識と反対の方向からの奇襲を受け、文が数十cm跳ねる、そして再び鈍い音。
驚き跳ねて太腿をこたつに強打、通算三度目のこたつの被害者は、悪戯をする側の文だった。
侮り難きはこたつの縁、太腿と脛への一撃は時に山の神様をも一撃で沈めるという、かの有名なタンスの角の盟友である。
太腿を抱えて悶絶する文の両隣で笑い転げるのは、される側だったレミリアとぬえ。
顔を合わせて勝利の喜びを分かち合い、こたつの中で足裏を合わせて同士の誓いを交わす、こたつの中の小さな協定。
そして二人揃って楽しげに文の方を向き、その魔の手ならぬ魔の羽を伸ばし始めた。
あっちをぺしぺしこっちをつんつん、仄かなくすぐったさとちくちくする痛さが、文に一時の安息すら許さない。
両隣からの逆襲には流石の文も抵抗出来ず、羽で身体を包んで身を守る姿勢に入った。
こたつの中から奇襲を仕掛け様としたレミリアとぬえの、両肩にふわりと何かが乗った。
文とは反対から現れたそれを見てみると、お空の羽がレミリアとぬえの肩を包んでいる。
ふるふると首を横に振って、肩を羽でぽんぽんと叩く。 これ以上は止めようというお空の意思表示だった。
のほほんとしたお空にレミリアの戦意が消失する、しかしお空の被害者でもあるぬえは、不満げにお空の脇腹を羽で強く突付いた。
軽い衝撃にうにゅと鳴き、それでもお空の羽はぬえの肩を撫でる。 ぬえはそっぽを向いたまま、羽をお空の羽に絡ませた。
文も、にこにこ微笑んでるお空に少し呆れた様に嘆息して、羽を広げてこちらもぬえとレミリアの肩を撫でる。
そしてレミリアも、それに倣って羽を広げ、お空や文の羽に重ねて、停戦を表明した。
お空のふかふかと戯れて、レミリアとぬえはうっとりとしていた。
文のと比べてお空の羽は大きく、羽毛が柔らかい。 その上お空の能力か体質か、とても暖かかった。
人の身体に触れている安心感と肌触りの良い暖かさを前に、レミリアとぬえが我慢する筈も無く、羽をふりふり振って子犬の様に擦り寄っている。
くすぐったそうに苦笑しているお空とは対照的に、文は誰にも構ってもらえず一人寂しそうに膝を抱えていた。
それにいち早く気付いたのは、文の対面に座るお空。
両翼を抱き締められていたお空は、足を文の足に絡ませ、こたつの中で擦り合わせ始めた。
もぞもぞと脚を撫でられ、文は心地良さそうに羽を揺らして、ほんのり顔を綻ばせる。
結局全員でお空の暖かさを囲い、夢心地で霊夢の帰りを待ち続けた。
神社と、こたつの主である博麗霊夢が居間に現れた時には、皆こたつの中で眠りこけていた。
すうすうと慎ましやかな寝息を立てる者、うーんむにゃむにゃと夢を見ている者、総じて幸せそうに頬を緩ませているのは気のせいでは無いだろう。
濡れ烏色、蝙蝠、正体不明が被せ合い絡み合い、羽と羽が重なり合って隣人の身体を覆い温め合う光景は、まるで円陣を組んでいるかの様だ。
時々無意識にはためく羽の並ぶ、元々暢気な博麗神社でも一際暢気な空間に霊夢も苦笑いを零し、とりあえずスタンバイ。
レミリアの脇腹を思い切り突き、羽をピンと伸ばし切って跳ね起きたレミリアを見て、霊夢は満足気に笑った。
こたつのその場所は私のだ、と。
さて小悪魔と一緒にこたつ入ってくるかな
羽をぱたぱたしながら料理するみすちーの後ろ姿を見るのは俺だけの特権だ。
それじゃあ、本を読みながら羽をパタパタしてる朱鷺子の姿を見る権利は私が頂きますね
これは他のキャラverも読んでみたいな。
頭と背中の羽をピコピコ、尻尾をフリフリしながら鼻歌混じりに書庫整理する小悪魔とかいいなぁー
素晴らしき幻想郷!
というわけで俺もその中に入れて下さい~~!!! 鼻がやばくなりそうだが和みにゃ勝てぬぅううぁああッ!!w
30人よりもっといるだろ…いるよね?
さて、それじゃ俺は昼寝しながら羽をもぞもぞ動かしてるチルノでも眺めるとするか…。
って思いながら読み始めたけど、読み終わったらそんな感情消え去ってた。
四人ともかわえぇ…。
このSSを賞賛するには100点では少なすぎる。
ご馳走さまでした
俺も包まりたい!!
100点でも足りない。
いいよね!顔はそっぽ向いてるのに、パタパタと嬉しそうに動く羽とか!
良いものを読ませていただきました
くわあ、この作品堪らん。羽の表情の描写がもうね。羽は口ほどに物を言う。
それにしても楽しそうな4人だこと。
羽による雰囲気もさることながら、こたつを舞台に繰り広げられる攻防も素晴らしかったです。
文の羽根はどこに付いてて、どんな風に動いたのかしらん。こたつに入ったから、腰あたり?
羽根萌えこそジャスティス!
互いの羽で互いをつんつんしあう少女達・・・・えろい! まざりたい!
何気にセリフが一度もないんですね。すごい。