幻想郷に、冬が来た。
春が終わり、夏が過ぎ、秋が訪れ、今年もまた冬がやって来た。
「一年振りの幻想郷。相も変わらず、何も変わって無いみたいね──」
そう言ってレティ・ホワイトロックは微笑んだ。
ああ愛すべき冬。ああ愛すべき幻想郷。
「さて、あの子はどうしているかしら? まあ相変わらずだとは思うけど」
この幻想郷と同じように、ね。そう心の中で続けてから。
レティ・ホワイトロックは空を舞う。雪と一緒に空を舞う。
そうして、愛すべき友人の元へと飛び立った。
『温かい、冬。』
「あら、レティ、御久し振りね。そろそろ帰って来る頃だと思っていたから、丁度こちらから出向こうと思っていたところよ。まあ、その必要は無くなったみたいだけどね。何にせよ、また逢えて嬉しいわ、レティ」
チルノ──博麗神社の裏手から少し行った先に在る湖を縄張りにしている氷精は、彼女の元に訪れたレティに対して掛けた眼鏡の中心をくいと軽く上げ、口元に薄い笑みを浮かべながらそう告げた。
そう。掛けられた眼鏡をきらん、と怪しく輝かせながらそう言った。
そう。一年振りに会った友人は何故か、一年前までは掛けていなかった筈の眼鏡を掛けていた。あまつさえ、何故か口調まで変わっていた。
「お久し振りね、チルノ」
そこで敢えて一区切り、一つ──いや、本当は一つどころでは無かったのだが──の疑問を口にする。
「どうして、眼鏡なんかを掛けているの? 貴方、私の知らない内に目でも悪くなったの?」
「レティ」
そこで少し間を置いて。チルノは続ける。
「私はもう一年前の私とは違うわ。いえ、貴方と友人だというのは変わり無いのだけど。──これを見て」
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/6306/1120903876/
そう言ってチルノが差し出した紙には、意味不明な文字列が並んでいた。
「ええと……。何なのかしら、これは」
そんなチルノの様子に戸惑いながらも、何とかレティはその言葉を口にする。冬しか『居ない』彼女は基本的に汗など掻かない。そんな彼女が──汗を掻いていた。それだけ、チルノは変だった。傍から見ればまともなのかも知れないが、彼女を良く知るレティに取っては途轍もなく、変だった。
「私は其処で知識を得たわ。だから私は過去の自分と決別したの。これはその証」
やはり指で眼鏡をくいと上げながら。チルノは答えた。
──その瞳は、眼鏡の奥の、その瞳は見えなくて──
──それでも、彼女に宿った強い意志が彼女には感じられて──
水面で、浮かぶように立って居る彼女の隣でレティは同じように浮かびながら膝を抱えて座り込み、微笑みを浮かべたまま──彼女を見上げて、こう言った。
「無理してない?」
優しい笑みを浮かべたままで、そう言った。
「無理なんかしていないわ。私は生まれ変わったの。もう一年前の私とは違う。違うのよ、レティ」
「ううん、無理してる」
どこまでも──どこまでも優しい瞳と優しい声で。レティはそう告げる。
何故ならば、気付いているから。無理してないと問うた時、彼女の瞳が、心が揺れたことに、気付いているから。
「無理なんか……していないわ」
そんな彼女だから。そんな彼女だからこそ、こう告げる。
「眼鏡を掛けた位で頭が良くなったら苦労はしないわ」
レティ・ホワイトロックさんの冷たい一言が炸裂した。
「え、そうなの!?」
態度一変、いつもの調子に戻ったチルノが驚いた様子で問い掛ける。
「当たり前でしょう。確かに眼鏡を掛けていると頭が良さそうには見えるけど。そんなのは見掛けだけ。それだけで中身が変わる訳が無いじゃない」
その言葉に、ショックを受けた様子でチルノは項垂れる。そんなチルノの姿を見守りながら、思い込みだけで口調があそこまで変わるのも或る意味凄いことだとレティは思ったが。
やれやれ、この子は本当に──
「馬鹿なんだから、全く……」
その言葉とは裏腹に、優しい声で言いながらチルノの体を抱きしめた。優しく、優しく抱きしめた。
「馬鹿って言わないで」
項垂れたままで表情は見えないが、その声は泣いていた。
だからレティは優しいままで、問い掛ける。
「何か、有ったのね?」
愚図るチルノを抱きしめて、彼女が泣き終わるまで。レティはずっと、そうしていた。
「レティは居なかったから、知らないの」
そう言って、チルノはぽつりぽつりと語り始めた。
自分が何時の間にか⑨と呼ばれるようになっていたこと。
⑨とは馬鹿と云う意味だと知ったこと。
自分は、皆に馬鹿だと思われていたこと。
自分は馬鹿だから、今までみんなにそう思われていたなどと思っていなかったこと。
──そして、それが情けなくて、悔しくて。皆を見返してやろうと思ったこと。
項垂れたまま、チルノは最後にこう締め括った。
「だって、悔しいじゃない。バカなあたいと一緒に遊んでる大ちゃんや、レティまであたいみたいにバカだと思われたら、悔し過ぎるじゃない。だから、あたいは──」
そのチルノの台詞を遮る形で、レティ・ホワイトロックはチルノをさらに強く、だが同時にさらに優しく、抱きしめた。
その体は。冬の妖怪のレティの体は冷たい筈なのに。
チルノにはとてもとても──温かく思えた。
「まったくもう、あなたは本当に馬鹿なんだから」
やはり、どこまでも。どこまでも優しい声でそう言うレティ。
「あー!! またバカって言った!! バカじゃないって言ってるでしょーー!!」
怒った口調で。でも笑顔の表情でそう言うチルノ。
馬鹿だと言われるのはやっぱり嫌だ。でも、レティにそう言われるのは──良く分からないけど嫌じゃない。
だから、笑う。二人で笑う。
冬は当然の如く、寒い。
でもこの二人には、そんなことは関係無い。
冬がこの二人にとってもっとも過し易い季節であるのだから。
でもそんなことよりも、そうで無かったとしても。
二人で居る、二人が居る幻想郷は──何よりよりも、暖かい。
妖精が成長出来るかは微妙ですけど、レティが一緒なら少しずつでも前進していけると思いますよ。
初投稿おめでとうございます。良い掌編でした。
初投稿とは恐ろしい人じゃw