~紅魔館近郊・ソフィー村~
夜の帳も降り、魑魅魍魎が跳梁跋扈する頻闇が村を包む
紅魔館に最も近い村、ここソフィー村の長老の家に村人達は続々と詰め掛けていた
小さなランプの周りに、村人達の顔が浮かび上がる。村人達は、口々に紅い悪魔への呪詛を吐いていた
「もう我慢できねえ、これ以上あの吸血鬼にいいようにされちゃあ、この村は全滅だ!」
「そうだそうだ、今までだって、ずっとアイツ等に要求されるままに貢物を差し出し、生贄を出してきたんだ
それなのに、アイツ等と来たら、俺達の工場まで破壊しやがった。このままじゃあ、この村は全員飢え死にしちまう!」
集まった男たちは、口々に紅い悪魔への不平不満を撒き散らしている
このソフィー村は、これまでもレミリア達に搾取され、あまつさえその生贄として村の娘を奉げて来た
小さな貧しい村の人間にとって、貢物を奉げることも、貴重な労働力である娘を差し出すことも大きな負担だった
それも、街に工場が出来てからは、男たちが出稼ぎに向かい、なんとか生活が保てるようになった
しかし、村人達に取っては最後の砦ともいうべき工場も、レミリアによって破壊された
荒廃したこの村では、もはや村人達の生活も食うや喰わずという所まで来ていた
そんなおり、レミリア達によって再び莫大な貢物が要求された
貢物を差し出せば、村人達は飢えて死んでしまうだろう。しかし、差し出さなければ、レミリアの手によって村は滅ぼされてしまう
もはや、村には滅びるより他に道は残されていないような状況である
「静まるんじゃ、耳聡い吸血鬼に聞かれたら、皆焼き殺されてしまうぞ」
村人の喧騒は、座の中央に座っていた長老の声に静まった
白髪と曲がった背中、窪んだ目じりには光も無い、小さな老人である
「長老、しかし、このままでは村は全滅しちまう
それを黙って見てろってのか!」
村の若者が、血気に逸って長老に食って掛かる
「ふん、そんなことは百も承知じゃ。だがな、伝承によれば、吸血鬼は数百、数千もの悪魔を使役し、並みの妖魔では歯が立たないというバケモノじゃ
下手に歯向かえば、こんな村は一晩で消し飛ぶぞ」
長老は、若者に村に伝わる伝承を幾度と無く言い聞かせている
ソフィー村は、ロンドンが世界の中心として発展するより以前から存在していた古い村である
そもそも、アングロ・サクソンがイングランドにやってくる以前は、レミリアの先祖は一種の守り神のような存在として崇められていた
それがやがて、英国正教会が出来たころには、カンタベリー大司教によってキリストの敵とされ悪魔とみなされるようになった
レミリア達にとっては、ソフィー村は自分達の領土であり、その領土から貢物をせしめることも、生贄を求めることも正当な要求である
人間達の勝手な都合で、神から悪魔へと堕とされたのではレミリア達もたまったものではない
しかし、すでにイングランドでは英国正教会は浸透しており、レミリアの先祖が神と崇められていたことなど、疾うに忘れ去られている
村には、かつてレミリアの先祖が見せた力を、それは恐ろしい悪魔の力として伝えられている
「じゃあ、どうするっていうんだ!、このまま悪魔に食い潰されて、餓死しろってのか!」
村の若者達は、それでも聞かなかった。このままでは、飢え死にするか、悪魔に殺されるかのどちらかしか道はないのだ
「うろたえるな!」
「―――!?」
喚きたてていた若者達を、長老は一喝で黙らせた
「わしとて何も考えていなかった訳ではない。数年前からあの悪魔を倒す為の準備をしていたのじゃ」
窪んだ光の無い目が、若者達に息を飲ませる
血と争いを好む狼のようなギラギラとした目ではなく、息を潜め、深く潜り獲物を狙う蛇のような目だ
「あの吸血鬼を倒す方法があるのか?」
吸血鬼の危険性は、長老自らが若者達に語っていた事である
「あるとも、あの村の外れの小屋に住まわせている娘を使うのだ…」
「あの娘を…?」
全員が訝しむ目で長老を見つめる。長老が言った娘とは、フランが森で出会ったあの娘である
数年前に、全身を傷だらけの虫の息で行き倒れになっていた娘は、村人に保護され九死に一生を得た
彼女は記憶を失い、自分の名前すらも分からないような状態であった
貧しい上に、吸血鬼からの搾取を受けているこの村に、身許も分からない女を置いておく事には皆が反対した
しかし、長老が彼女を保護することを決めたため、村の外れの小屋を与えられた
当然のことながら、村人の多くが彼女の存在を疎ましく思っていた
彼女に過酷な労働を与え、それこそ牛馬の如き扱いをしてきた
彼女を追放すべしと長老に意見する者もいたが、長老はそれらを全て退けていた
長老の好色の慰み物にするつもりかと邪推する者もいたが、真実は違った
「ふふふ、あの時、わしは一番最初にあの娘を見つけた。皆には言わなんだが、わしはあの時、あの娘の荷物を拾っておった
娘の身許や名前を証明するものは見つからなんだが、その中にこれがあった」
そういうと、長老は懐から一振りのナイフを取り出した
よく磨きこまれた銀製の刃に、十字架を模した柄の形、握りの部分には数種類の宝石が埋め込まれている
見ただけでも、相当に高価なナイフだと分かるが、一番に注目すべきは柄の先端に刻まれている紋章である
金と銀の鍵が交差し、十字架を戴いた冠が二つの鍵を繋いでいる
「こ、これは…。教皇紋章!」
それは、ローマ・カトリック教会の司教にして統治者であるローマ教皇の紋章であった
「そうさな、わしはこれを隠しておいた。情報が漏れることを恐れて、皆にも内証にしていた
このナイフを持っているということは、あの娘はローマ教皇庁に繋がる者に違いない
そして、わしはあの娘を観察しておった」
皆が彼女を邪魔者として扱う中、この長老だけは好々爺然として優しく接していた
だが、それは、彼女の正体を知り、自らの復讐に利用するためだった
「みなの前では、従順で大人しいフリをしていたがな、あの娘は何度か不思議な力を使った
地面に落ちる寸前の卵を、ありえないような距離から受け止めたり、複数の仕事を頼まれていながら、それを瞬時にこなしたりな
そして、わしは確信した。あの娘は…
『ローマ教皇直属のヴァンパイアハンター』
…だとな」
「―――!?」
長老の言葉に、一同が息を呑んだ
もしも、それが本当の話だとしたら、彼女を迫害していた村人達は教会からなんと言われるか分からない
いや、むしろ、それなら早く教会に届けるべきだった
そんな人物を、どうして長老は村にとどめておいたのか…
「うろたえるなと言っておろうに、心配するでない、あの娘はお前達のしたことなど気にしてはおらん
むしろ、助けられた事に感謝しておるくらいだで…。そもそも、記憶が戻らなんだらどうということもあるまい」
長老が言った。
長老は好々爺の仮面を被り、娘に接触していた
娘は村人のほとんどに白眼視されながら、唯一優しく接してくれたこの老人に感謝していた
彼が、自分を吸血鬼退治の為に利用しようとしていることなど知らずに…
「全ての条件は揃った。必要なものは全て準備してある…
あの娘は、記憶を失ってはおるが、力そのものは使えるのだ
あの娘を利用して、吸血鬼を殺す」
長老の目が、怪しい光を放つ
老獪なこの長老は、あの娘に偽りの微笑みを授けることで吸血鬼を殺そうとしているのだ
これでは、どちらが悪魔か分からない
「だ、だが…、教皇直属のヴァンパイアハンターなら、それは凄腕なのだろうが、状況を考えれば吸血鬼に反撃を食らって死に掛けてたってことだろう?
あの娘が、確実に吸血鬼を殺せる確証はないんじゃないか?」
若者が言った
確かに、娘を保護した時の状況を考えれば、あの娘は吸血鬼の逆襲を受けて瀕死の状態になっていたと考えるのが筋だ
彼女の力が、確実に吸血鬼を上回っている確証はない
「ふん、心配せんでもええ。準備はきっちりしとるというただろう
あの娘は囮よ。あの娘が吸血鬼に勝てんでも、教皇直属のハンターなら必ず手傷を負わせる。後はわしらでトドメを刺すのよ」
そういうと、用意していた武器を見せた
銀の弾丸を装てんした小銃、白銀の槍とホワイトアッシュの杭、聖水をかけた十字架
村人は、長老の用意した武器を手に手に、顔を見合わせあう
長老は、村の誰にも告げずにこれだけの準備を整えていたのだ
つまり、最初からあの娘は捨て駒だったというわけだ
そして、長老は村人にそれを打ち明けるタイミングを計っていた
もしも、前もって打ち明けていたなら、情報が漏れたり、吸血鬼を恐れて反対するものが出たかもしれない
だが、村人は飢え死にするか、吸血鬼に殺されるかの道しか残されていない
だから、長老はこのタイミングで打ち明けたのだ。誰も反対する者がいないようになるまで、村人が追い込まれるまで…
もはや、誰も長老の意見に逆らえる者はいなかった
「今までアイツには、さんざん恩を掛けておいた。それを返して貰う時が来たのよ
さあ、あの娘を連れて来い!」
長老の号令のもと、幾人かの若者が娘のいる小屋に走った
~村の外れの小屋~
「………」
スキマだらけの、古ぼけた小屋。それが彼女の与えられた住居であった
生活に必要な、最低限の調度品しか置かれていない、それは、人間が生活する空間としてはあまりに不完全だった
粗末なベッドに身を横たえながら、彼女は満月の夜が近づくに連れ、自分の心が昂ぶってくるのを感じていた
どういう訳だか分からないが、彼女は満月の夜が近づく度に、心臓に電流を流されたような奇妙な興奮を覚えていた
数年前、瀕死の状況でこの村に担ぎ込まれ、名前も記憶も失っていた彼女は、名前を呼ばれることがある訳もなく、お前とか娘とかしか呼ばれていない
それで構わないと、彼女は思っている。素性も分からない怪しげな女を置いてくれるだけでも、普通はありえないことだ
人が生きるということは、様々な犠牲の上に成り立っている。植物も動物も、この世にある全てのものに命があり、その命を貰ってまた人は生きている
ただ生きているというだけで、人は命のありがたみを知り、全てに感謝しなければならない
誰に言われた訳でもないのに、彼女はそれを信じていた
「あの娘は、どうしているかしら…?」
ふと、彼女は森で出会った少女を思い出す
不思議な少女だった。誰でも知っているような小さな花や、虫や、木の事を教えていただけだというのに、まるで全ての物を初めて知ったかのように驚き、喜んだ
身なりからすれば、そこそこに裕福な生まれだったようにも思う。だとすれば、一人で屋敷を抜け出して来たのだろうか?
あの少女の事を考えると、満月の夜に感じる奇妙な感覚も薄れていく
あの少女は、いったいどこから来たのだろう…?
ちゃんと無事に帰れただろうか…?
あの少女と出会ってから、彼女の脳裏からはそのことが離れなかった
「―――!?」
ふと、彼女の耳に大きな足音が複数聞こえた
反射的にベッドから飛び起きた彼女は、ベッドに隠してあるナイフを構えた
足音が、小屋の回りを取り囲む。やがて、小屋の扉が乱暴に叩かれた
「おい!、ここを開けろ!。長老がお呼びだ!」
それは、聞き覚えのある村の若者の声だった
彼女は、近くの窓から周囲の状況を確認する。松明を掲げた村人が小屋を取り囲んでいる
どう考えても尋常な状況ではない
「さっさとしろ!、イヤだというなら、この扉をブチ破るぞ!」
村人は、さらに激しく扉を叩く
彼女は立ち上がり、扉を開けた。この村人達を叩きのめすのは簡単なことだが、そうなってしまっては、いよいよ彼女は村を追い出されてしまう
「こんな遅くに、殿方が婦女子の部屋に押しかけるとは、英国紳士らしからぬことですわね」
扉を開けるや、彼女は皮肉を呟いた。男は唾を吐き捨てる
「へ!、なんとでもいいやがれ!、今まで大人しい顔をしといて、とんだ食わせ物だったな。ああ!」
男は声を荒げるが、彼女は微動だにしない
「なんのことでしょう…?、私は…」
「黙りな!、長老は全てお見通しだぜ。お前の正体も何もかもな…。さあ、さっさと来るんだ!」
彼女が話すのを遮り、男たちが彼女を取り囲んだ
問答無用ということらしい…
彼女は、反論もせずに、黙って村人に従った
(やはり…、長老は私の何かを知っていた…)
村人に連れられながら、彼女は考える
薄々とではあるが、彼女は長老が自分の正体の鍵を握っているのではないかと感じていた
彼女は、自分自身に普通ではない不思議な力があることに気付いていた
村人には気付かれないよう気をつけていたが、長老はそれに気付いていたような気がした
自分の様子をちょくちょく伺いに来ていたのも、その力を確認するためではなかったのかと思う
それに、それほど彼女を気に掛けていながら、絶対に彼女を自分の家に招き入れようとはしなかった
それゆえ、彼女は長老が自分の正体の鍵になるものを隠していて、それを見つけられないように彼女を家に入れなかったのではないかと考えた
「さあ、着いたぜ」
若者が長老の家の扉を開けた。そこには長老以下、村の大人達がほとんど集結していた
ある者は軽蔑の、ある者は畏怖の眼差しを彼女に向けている
「よう来たな…」
長老の嗄がれた声が、彼女に向けられる
彼女が長老の家に入ると、すぐに村人は扉を閉め、背後を固めた
彼女が逃げられないようにするつもりらしい
「なんでわしがお前を今まで匿ってきたか分かるか?、ククク…」
いやらしい笑みを浮かべる長老、それは、今まで彼女に向けられていた微笑とは全く違うものだった
「わしはな、知ってたんじゃ。お前が普通の人間じゃないって事をな。自分でも分かってるんじゃろ、自分の不思議な力を…
今、この村が置かれてる窮状を知っておるか?。今、この村は吸血鬼に滅ぼされかけとる。莫大な貢物と生贄を強要して来おった
このままじゃあ、村は全滅する…。だから、お前に吸血鬼を退治してもらいたい…」
そういうと、長老は彼女が持っていた荷物を取り出した
「それは…」
やはり…と云うべきか…。長老は彼女の荷物を隠し持っていたのだ
「どうやら、記憶を失っているというのは本当だったらしいの。あんたの正体は、ヴァンパイアハンターやった」
「私が…、ヴァンパイアハンター…」
長老は、教皇直属だった部分を隠して告白した
そこまで情報を与えては、教皇の権威を盾に態度を強硬化されかねない
「そうだ…、お前は吸血鬼を退治する宿命を背負っとる。お前に掛けてきた今までの恩、返してもらう」
長老は、冷酷な目を彼女に向けた。今まで、彼女に向けていた優しい微笑みはウソだった
この冷酷な目こそ、この長老の真の姿だったのだ
長老がそういった瞬間、回りを取り囲む男たちが武器を手に身構えた
彼女がもし断ると言えば、力づくでも言う事を聞かせるつもりなのだろう
無論、この場でここにいる全員を倒して村から逃げ出すことは可能だろう
しかし、いくら彼女が強いと言っても、これだけの人数を相手に死傷者を出さずに逃げることは不可能だ
例え、それがどんな邪な動機の下で行われたことでも、結果として彼女は助けられたのだ
その恩人を傷つけることは、彼女には出来なかった
「分かりました…。その話、引き受けさせてもらいます」
彼女は、結局こう答えるしかなかった
自分を迫害し、剰え利己的な理由で彼女を利用しようとしている村人達…
だが、そんな者達でも命は命なのである…
簡単に奪ってしまうことは許されない…
「ふふふ、いい返事じゃ。決行は3日後の満月の夜。その日に、吸血鬼に生贄を差し出すことになっておる
お前には、生贄としてあの吸血鬼の棲む館に向かって貰う」
長老は、そういうと彼女の荷物を返した
この荷物の中には、銀製のナイフや聖水など、吸血鬼退治に必要なものが入っている
「最初に断っておくが、吸血鬼を殺せたら、お前には村を出て行ってもらう
そして、二度とこの村に足を踏み入れんことを誓ってもらう」
長老は、冷酷に言い放った
用済みになれば、あっさりと彼女を捨てるつもりだったのだ
初めから、彼女はこの村にとって、邪魔者でしかなかった
悲しくはなかったし、怒りも湧かなかった。この家に来た時点で、それは十分に予想できていたことなのだから
「私からも、お願いがありますわ…」
自分の荷物を拾い、長老に背を向けながら彼女が言った
その瞬間、彼女から鬼気のような激しい気が放出される
まるで、部屋の空気が凍りついたように膠着する
村人全員が固唾を呑む。まるで、この場に居る全員が殺されかねないような殺気を彼女は放っていた
どんな条件を出すのか、村人全員が息を呑み彼女に注目する
「吸血鬼は私一人で相手にします。ですから、みなさんはお手出し無用に願います」
それだけ言うと、彼女は村人を退け、扉を開けた
「ふん、そんなことかい。ええわい、お前が殺されるまで、わしらは手を出さん。これでええか?」
長老は、ホッと胸を撫で下ろした
そんな事は言われるまでもない。吸血鬼の力は知っているし、そもそも彼等は彼女を捨て駒に使うつもりなのだ
「………」
彼女は、何も言わずに長老の家から出て行った
扉が閉まると、場の空気が緩んだ。全員が冷や汗で濡れている
「長老、いんですかい?。あの女、様子が尋常じゃなかったですぜ
俺達に復讐するつもりなのかも…」
村の若者が言った
あれほどデカイ口を叩いていたくせに、彼女が見せた気迫に、自分が彼女にしてきたことが恐ろしくなってきたらしい
「ふん、かまうかい。これから作戦決行の日まで、あの女の小屋を徹底的に見張れ。おかしな素振りを見せたら、みんなで掛かればいい
あの女には、元から死んで貰うつもりだったんじゃ…」
長老も、かなりの冷や汗をかいている
そもそも、自分が彼女の荷物を隠していたのが元凶だというのに、ここに来てそれが恐ろしくなったらしい
彼等にとって、余所者である彼女の命などどうでもいい物だった
それを今まで保護してきたのだから、文句を言われる筋合いもないと思っていた
だが、彼等は彼女の力を見くびっていた。彼女は、その気になれば村そのものを全滅させるほどの力を持っていたのだ
その片鱗を、ほんの微かに見せただけで、彼等は恐慌状態に陥った
結局の所は、彼等は単に利己的なだけの、自分の都合の為には他人をいくら利用しようと心の痛まない、それでいて自分が善人であると信じている小悪党でしかなかった
「そうじゃ、どっちにしても、あの女を逃がせば教会に密告するかもしれん…
たとえ吸血鬼を倒そうと、あの女には死んでもらおう…」
―????????―
…ここは、いったいどこだろうか?
虚ろな感覚が全身を包んでいる
自分の存在が、酷く空虚な物に感じられる
感覚が慣れてくると、辺りの様子が分かってくる
埃と煤に塗れた赤いレンガ…、窓の一切ない堅牢な館…
ここが自分の住処であると分かると、少女は特に目的もなく移動を始める
空を飛んでいる訳でもないのに、歩いているという感覚もない
間違いなく移動しているはずだが、全身を霞が包み、雲の上でも歩いているかのような感覚だ
やがて、人の声が聞こえ始める
「何故、あなたは私を狙う…!」
その声に聞き覚えがあった、酷く懐かしいその声
長く紅い髪と漆黒のマントに包まれたその姿
忘れようはずもない、それは彼女の母親の姿だった
「あなたが、吸血鬼だから…」
もう一つの声の主を、彼女の目が捉える
女給のような格好に、銀髪にヘッドドレス、右手には銀製のナイフを彼女の母親に向けている
その後ろでは、母親と同じ格好をした男性が血を流して倒れている
その心臓には、女が持っている物と同じナイフが突き立っている
もはや、完全に事切れていた…
「やめてちょうだい、あなたとは戦いたくない!」
母親は、まるで哀願するように女に呼びかけている
人間よりも、遥かに優れているはずの吸血鬼でありながら、夜の種族の王でありながら、人間に懇願するなど…
ましてや、彼女はすでに自分の夫を目の前で殺されているのだ
「…これは、命令なの。恨むんなら、自分の運命を恨みなさい」
そういった瞬間、女は母親に襲い掛かった
その速さは、吸血鬼の目でも捉え切れぬほどに俊敏だった
次の瞬間、母親の心臓には、父親と同様に銀のナイフが突き立てられた
母親の左胸から、真紅の血が溢れてくる
それは、もはや彼女が助からぬことを明白に証明できるたけの出血量である
女は、そのままナイフを引き抜いた
返り血を拭うでもなく、女は自分に近づいてくる
母親は、まるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ去った
「吸血鬼とはいえ、子供を殺すのは目覚めが悪いわね…」
そういうと、その女は自分にナイフを向けた
「せめて、苦しまないように、楽に殺してあげるわ…」
女が、自分に向けてナイフを振り上げた
母親も、父親も、まるでピクリとも動かない
もう、誰も自分を助ける者はいない。初めて、死の恐怖を感じた
逃げ出そうにも、足がすくんで動けない
もう、どうしようもない、圧倒的な絶望感に包まれる
だが、恐怖が最高潮に達した瞬間、それと同時に自分の中からかつてない力が湧き上がってくるのを感じた
こんな時に…、いや、こんな時だからこそか…、自分の中にある真の力が目覚めたのか…
だが、恐怖の余り、身体が金縛りにあったかのように動かない
女のナイフが、目前まで迫っている
手も、足も、体中で動かせる場所が無い…
動かせるのは…、動かせる場所は…
「イ、イヤァァァァァァァァァ!!!」
恐怖に縛られた身体の内、動かせるのは口だけだった
さながら咆哮のような強烈な悲鳴に、目覚めた真の力が開放される
それは強烈な波動となり、女を襲った
「ば、馬鹿な!、この力は…。あ、ああああああああ!!!!!」
恐怖と絶望によって目覚めた力は、まさに絶大であった
その強大な力は暴走し、まるで嵐のような強烈さで女を吹き飛ばしてしまった
だが、今度は開放された力の抑え方が分からない
手当たり次第、目に映る全てが吹き飛ばされていく
「レ、レミリア…」
気付くと、母親が自分を抱き締めていた
その瞬間、心が安堵したのか、さっきまで荒れ狂っていた自分の力が静まっていくのを感じた
「レミリア…、もう私はダメよ…。でも、貴方は自分の真の力に目覚めた。数年の内に私達を超えるでしょう
これからは、貴方が紅魔館の主となるのよ…」
レミリアは、自分の手のひらにヌルリとした感触を覚える
手のひらには、母親の血がべっとりとついていた
「お母様!、死んじゃダメ!、私から離れないで!」
レミリアが叫ぶが、その願いは届かない
母親からは、まだ大量の血が流れ出ているのだ
「よく聞いて、私の可愛いレミリア。私の最後の願いを…」
母親は、レミリアを優しく抱き寄せる
そして、その耳元で小さく囁いた
「………」
「―――!?、お母様!、お母様ァァ!!」
「…!?、はっ!」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットが高級な寝具を跳ね飛ばして目覚めた
あれは、レミリアの両親が人間に殺された時の夢だったのだ
あの時以来、レミリアは吸血鬼の真の力に目覚め、同時に紅魔館の主となった
母親の遺骸を抱きながら、レミリアは泣き叫んだ
自分の力がもっと早く目覚めていたなら、母親を助けられた…
しばらくは、絶大な喪失感に襲われ、とても紅魔館の主としての仕事が出来る状態ではなかった
親友のパチュリーに励まされ、なんとか務めを果たせるほどになった
あれ以来、レミリアは涙を流していない
涙を流せば、また大切な誰かを失ってしまう気がしたからだ
外は夜になろうかという時間、レミリアは着替える
夜になったとはいえ、まだ吸血鬼が活動するには早い時間だった
レミリアは廊下に出て、紅魔館の最上階に向かう
紅魔館の最も高い位置にある時計塔、自分の背丈よりも大きな時計の文字盤には時計の内部に入る為の扉がある
この時計は、人間が使う歯車仕掛けの時計とは違う
魔法の力で月と太陽の動きを測定し、時間を計っている、最も正確で絶対に狂わない時計である
そして、この『月と太陽の時計』の中には魔法の鏡が設置されている
月と太陽の動きを測定するためにあるこの鏡は、常に太陽と月の姿を映し出せるようになっている
この鏡さえあれば、夜でも太陽の光を浴びることができるし、昼間に月見をすることもできる
月の光は、夜の種族の力を増幅させる力がある。かつては、大きな魔法を使う際、この時計の中に籠もって精神を集中し魔力を増幅させていたという
しかし、永い月日の中でそんな機能のことは忘れ去られ、誰も使わないまま月日は流れていた
今、パチュリーはこの時計の中に籠もっている。自らを囲むように月の紋章を印した魔方陣の中で自らの魔力を高めていた
なにしろ、館全体を異空間へと転移させる大魔法である。消費する魔力も、術式の複雑さも半端なレベルではないのだ
「パチェ…」
パチュリーの集中力が切れぬよう、細心の注意を払いながら、レミリアが話しかけた
「どうしたの?、レミィ…」
目を閉じたまま、パチュリーが答える
この部屋に入ると、外界からの情報は一切遮断される
例え、外で大地震が起きようが津波が起ころうが、一切関知できないのである
「夢を…、見たわ…。あの時の、私の両親が殺された時の夢…
もう何ヶ月も見ることもなかったのに…」
小さな声で、パチュリーに伝える
それだけで、パチュリーはレミリアの気持ちが分かる
レミリアとの100年以上になる付き合いの中で、唯一涙を見せた時のことを知っているのはパチュリーだけだった
「夜の種族にとって、夢は重大な意味を持つ。それは未来の暗示であったり警告であったり、形は様々だけど、現実世界でも影響を及ぼすものよ」
パチュリーが言った
現世は夢、夜の夢こそ真実…という言葉があるくらい、夜の種族にとって夢は重要である
夜は、現実と夢が入れ替わる時間なのである
「私は、あの時なにも出来なかった。今回もそう。魔法は貴方に任せっきりだし、やっている事といえば村の人間を脅して生贄を差し出させることくらい
もう、あんな風に大切な人を失うのはたくさんよ」
いつも勝気でプライドの高いレミリアが萎れている
それは、親友だけにしか見せない彼女の隠れた一面だった
「何を今さら言っているのかしらね、貴方が私の魔法に協力したことなんてあったかしら?」
パチュリーはおかしそうに笑った
レミリアがアメリカで発明されたコカ・コーラを飲みたがった時も、スエズ運河の建設中にコレラ菌を撒き散らして妨害しようとした時も、レミリアは何もせずに面白おかしく見ているだけだった
「魔法の力は、精神的な力に依存している。精神の安定しない状況では魔法の成功率は夥しく低下するし、妨害的な魔力の影響を受けていれば、術式が正しくても魔法が発動しないこともある。でもね、逆に言えば、必ず魔法を成功させるという強い心があれば、魔法の成功率は大きく上昇する
私だって、命が懸かっているのだからね。貴方はいつも通り、その結果を見届けるだけでいいのよ
私は、絶対にこの魔法を成功させるんだから…」
パチュリーの言葉に反応するかのように、魔方陣が強く輝きだす
「ふ…、分かっているわよ、そんなこと。ただ、あんまりパチュリーが思い詰めるといけないと思っただけよ!」
パチュリーの言葉を聴いて、レミリアにいつもの調子が戻った
心の不安というものは、心許した誰かに聞いてしまえば、それだけで消えてしまうものなのだ
「あらあら、わざわざお気遣いありがとうございます」
小さく笑いながら、パチュリーは答えた
「何にしても、この魔法は成功させなきゃいけない。月の力が最も輝く3日後の満月の夜。その日に魔法は実行するわ」
「分かっているわ、私は、せいぜい楽しく拝見させてもらうわよ」
レミリアが『月と太陽の時計』の中に入っている時、紅魔館の周囲を囲む断崖を越えて降り立つ二つの影があった
「これが、紅魔館なのか?。バッチィし、汚いし、全然違う建物じゃないか」
紅魔館に降り立った影の片割れ、藤原妹紅が言った
満月を3日後に控えた今宵の月明かりの下、目の前に映るその建物は自分の記憶している建物とあまりに違いすぎた
「そんなことはどうでもいいわ。紅魔館が汚かろうが、黴が生えてようが、私には関係ない」
影の片割れ、蓬莱山輝夜が答えた
二人は、あの街で捕まえた二人の情報を元に捜索を開始した
そして、紅魔館を探して回るウサ耳と赤い髪の女の情報を聞きつけ、ようやっとこの紅魔館へと辿り着いたのだった
「そうだな、さて、どうする?。このまま館へ侵入するのか?」
妹紅が訊いた
紅魔館の塀は高く、造りも堅牢であるが、空を飛べる二人には関係ない
しかし、紅魔館にはレミリアをはじめ、妹のフランや魔法使いのパチュリー、門番の美鈴など強力な妖怪が多い
いくらなんでも、真正面から侵入するのは些か無謀というものだ
「ちょっと待ってなさい」
そういうと、輝夜は懐から一つの眼鏡を取り出した
Ⅹ線の原理を利用したこの眼鏡は、壁を透視して内部の様子を探ることができる
月の都の発明品である
窓のない紅魔館も、これで内部まで調べることができる
輝夜はその眼鏡を使って、紅魔館の内部を探った
「いたわ!」
輝夜は、目的の物を見つけ出した。その眼鏡に映っているのは、紛れもなく因幡てゐである
てゐは美鈴と同室であるが、幻想郷への移転が決まってから、警備の強化の為、美鈴は夜中も門に立っている
尤も、今は門柱を背に眠っているが、この頃から居眠り門番の片鱗を伺わせている
「よかった…、無事でいてくれて…」
輝夜の全身から、安堵のあまり力が抜けていく
ようやく、輝夜はこの時代に飛ばされた家族を見つけることができた
「しかし、どうやって連絡を取る。やっぱり忍び込むか?」
妹紅が言った
確かにてゐが居る事は確認できたが、どうやってこちらの存在をあちらに知らせるかが問題だった
下手にフランドール辺りに見つかって、派手なバトルなど起きたらたまったもんじゃない
「大丈夫よ、私に考えがあるわ」
そういうと、輝夜は眼鏡を仕舞い、紙と筆を取り出した
さらさらとした達筆で、てゐ宛ての手紙を書く
「おい、手紙なんか書いても、てゐに届けなきゃ意味がないだろう」
妹紅が言った
確かに、手紙を書いた所で、相手に届ける手段がなければどうにもならない
「ふふん、まあ、見てなさい」
そういうと、輝夜は墨が乾いた手紙を三角に降り、複雑に折っていく
やがて、それは折鶴のような形になった
「おい、手紙で折り紙を作ってどうするんだ!」
「こうするのよ」
そういうと、輝夜は折鶴の頭になる部分に口をつけ、受息-ウケイ-をした
次の瞬間、ボンッという音と共に、手紙が白い煙に包まれる
白い煙が消えると、そこには一羽の白い鳥が現れた
ずんぐりとした体型の、随分とトロ臭そうな鳥である
輝夜は、魔法の力で手紙を鳥に変えてしまった
「一応、念の為に聞いておくが、その鳥はなんだ?」
「白鷺」
妹紅の問いに、輝夜が答える
白鷺は固有の種を指す名前ではないが、白い鷺の総称である
「どうみても信天翁(アホウドリ)だな」
無生物に息を吹き込み生物に変化させる魔法は、月の都の魔法である
「悪かったわね、どうせ私は月の魔法は苦手よ!」
永琳が使ったなら、ちゃんとした白鷺になっていただろうに
「とにかく、行きなさい!、てゐの所へ」
そういうと、輝夜はその白鷺を放った
輝夜の放った白鷺は、てゐのいる部屋に向かって飛んでいく
紅魔館の堅牢な壁もすり抜け、白鷺はてゐが眠っている部屋へと到着した
てゐはぐっすりと眠っている、美鈴は門番に立ったまま
白鷺が鳴き声を挙げながら、てゐの部屋を飛び回る
「う…うん…、こんな夜中に何事ウサ…。安眠妨害ウサ…」
白鷺の鳴き声で、てゐが目を醒ました
白鷺は、てゐの粗末な布団の上に降り立つと、ボンッという音と共に煙に包まれ、元の手紙に姿を変えた
「なにウサ…?、鷺の妖怪に知り合いはいないウサ」
そういって、てゐは落ちていた手紙を拾う
「こ、これは…!?」
~紅魔館近辺の森~
輝夜と妹紅は、紅魔館から少し離れた森に移動していた
てゐがあの手紙を読んだのなら、ここに辿りつくはずである
下手に紅魔館に侵入するより、てゐの方から来て貰った方が都合がよいと判断したからだ
「冷えるわね…」
輝夜が呟いた。丑三つ時を迎えようかという時間の森は、一寸先も見えぬほどに暗い
日本よりも緯度の高いイギリスの夜は冷える。輝夜は自分の手のひらに息を吐く
「もっと火によればいいだろう」
妹紅が自分で熾した火に当たりながらいった
てゐを待ちきれないのか、森の開けた位置に陣取ったまま、輝夜は動かない
「イヤよ、こっちに火を持ってきてよ」
ロクな防寒着も持っていないが、輝夜は動かなかった
輝夜のいる位置は、森を見渡せるが草木も多い、こんな所で火を焚いたら一瞬で燃え移ってしまう
「火事になったらどうするんだ。懐に焼いた石でも入れるか?」
「懐石料理は嫌いよ」
寒いのを我慢しながら、輝夜はてゐを待った
あの白い光に吹き飛ばされてから、まだ何日も経っていないが、輝夜にとっては何千年も経ったように思える
いや、このてゐを待っている時間さえ、一日千秋の思いなのだ
ガサガサ…
ガサガサ…
妹紅の背後で、なにかの生き物の気配がした
「てゐか!」
妹紅がそういった瞬間、輝夜が振り返り駆け寄る
二人とも、固唾を呑んで、音がした茂みを注視した
ガサガサ…
ガサガサ…
みゅー
…そこから出てきたのは、ウサギはウサギでも、ピーターラビットのモデルとしてお馴染みのネザーランドドワーフであった
オランダからイギリスに輸入されるのは、もっと先の話だが、おそらくレミリアがどうにかして入手したものが逃げ出して野生化したのであろう
「ちょっとばかり驚いたぜ…」
意味もなく、妹紅は汗をかいていた
知らない内に、妹紅も緊張していたようだ
「姫様…」
妹紅が、ホッと一息をついた所で、二人の背後から声がした
それは、聞き馴染みのある、とても懐かしい声だった
二人は、その声の主を知っている
輝夜は、ずっとこの声の持ち主を待ち望んでいたのだ
「てゐ…」
振り返った輝夜が、その姿を確認する
白いウサギの衣装、人参マークのペンダント、二つの大きな耳に黒くゆるいウェーブのかかった髪
それは、永遠亭に居た頃となんら変わらぬ姿の因幡てゐの姿であった
輝夜の姿を確認したてゐの瞳に、涙が溢れてくる
それは、輝夜も同様だった
ライバルの妹紅の前であろうと関係なかった。てゐは、輝夜に向かって駆け出した
「うわぁ~ん!、姫様!、会いたかったウサ!、寂しかったウサ!」
茂みから飛び出したてゐが、輝夜に抱きついた
「てゐ、よかった。無事だったのね。あの吸血鬼に意地悪はされなかった?。ごはんはちゃんと食べてる?」
一日千秋、二人合わせて二千年分の思いでまった、再会の瞬間であった
二人は熱い抱擁をかわし、互いの存在を確認しあう
謎の白い光に違う時代に飛ばされ、離れ離れになった二人は腕の力の続く限り抱き合った
「姫様…、私を追ってきてくれたウサか?。あの白い光は何ウサ?、お師匠様や鈴仙はどうしてるウサ?」
てゐが矢継ぎ早に質問する
てゐも、輝夜以外の家族の安否を知りたかった
「ごめんなさい、私にも分からないわ…」
輝夜はてゐに謝り、これまでの経緯をてゐに話した
白い光に飛ばされて、妹紅と共に一日前の人間の里に飛ばされたこと、永遠亭が壊滅し、時の最果てとなってしまっていたこと、時の光を通りこの時代まで来たこと…
「そ…そんな、それじゃあお師匠様は…、鈴仙は…、永遠亭は…」
再会の喜びから一転、てゐは再びどん底まで突き落とされたような感覚に陥る
折角、輝夜と再会できたというのに、てゐはすでに帰るべき場所を失っているのだ
「落ち込んだってしょうがないだろう。永遠亭なら、また建て直せばいいさ。そんなことより、元の時代に戻ろう。他の連中を探すのが先だぜ」
妹紅が言った。二人とも、何も言わずに踵を返し、輝夜達が降り立った森へ向かう
だが、輝夜はふと足を止めた
「ちょっと待って…、元の時代に戻るって、どうやって戻るの?」
輝夜が言った
「何を言ってるんだ?、またあの時の光をくぐればいいじゃないか」
妹紅が答える
あの森には、まだ時の光のゲートが開いているはず。そこを通れば、元の時代に戻れるはずである
「違う…。慧音が言ってたことを思い出して…。慧音は言ったわ…
『時の光を通れるのは、穢れのない蓬莱人だけ』
…って」
「あ…!?」
そういわれて、妹紅も思い出した
時の光は、あらゆる穢れから切り離された光であり、穢れのある一切のものを拒む
不老不死となり、穢れから解き放たれた蓬莱人でなければ、その光を通ることはできないのだ
つまり、地上の妖怪兎であるてゐは、時の光を通ることができない
「ど、どういうことウサ、私は元の時代に戻れないウサか?」
さすがのてゐも狼狽する
今まで、単純に見つけ出しさえすれば、元の時代に連れて帰れると思っていたのに、実際にはどうすれば連れて帰れるのか分からないのだ
「どうするって…、これは…」
「………」
輝夜も妹紅も、これはさすがに予想外だった
せっかくてゐと再会できたのに、これではどうにもならないではないか
絶望と不安が、三人を支配する
このまま、てゐをこの時代に残していくしかないのか…
(妹紅…、妹紅…、聞こえるか?)
そのとき、妹紅の脳裏に、懐かしい声が聞こえてきた
「こ、この声は…、慧音!、慧音なのか!」
その声は、永遠亭の跡地、時の最果てにいるはずの上白沢慧音の声だった
(そうだ、妹紅。すまないな、連絡を取るのが遅くなってしまった)
慧音の声は、輝夜とてゐにも聞こえていた
(あまり長い時間は話せない。とりあえず、てゐを見つけたようだな、おめでとう)
「そうだ、慧音。てゐを見つけたのはいいが、どうすればてゐを連れて元の時代に戻れるのか分からないんだ」
妹紅が、久しぶりに聞く慧音の声に興奮しながら聞いた
(ああ、やはりそうか…。いいか、よく聞いてくれ。てゐがこの時代に出現してしまったせいで、歴史の流れが変わってしまっているんだ)
「歴史の流れが!?」
「変わる!?」
輝夜と妹紅の声が、思わず重なる
(ああ、もし歴史の流れに異変がなかったら、そのまま元の時代に戻すこともできたんだがな…
こうなってしまった以上、その歴史の流れを元に戻さないと、てゐを連れ戻すことはできないぞ)
慧音が答えた
歴史の流れに変化がなければ、このままてゐを連れ戻っても歴史は変わらない
だが、すでにてゐが来た事によって歴史が変わってしまったのなら、それでは元の時代との歴史の繋がりがなくなってしまうことになる
それを解決できないと、てゐは元の時代に戻れないのだ
「でも、歴史の流れの異変って、何が起こってるというのよ」
輝夜が言った。それは、通常起こり得る異変と違い、その変化が見えにくい異変なのだ
(それを、これから確かめるんだ。てゐ、お前がこの時代に来てから起こった事を全て話すんだ
その中に、歴史を変えるきっかけがあるはずだ)
慧音の言葉に、てゐは自分がこの時代でしてきたことを話す…
空腹の状態のまま街に辿り着いたこと、美鈴と出会ったこと、紅魔館で雇われたこと、レミリア、フラン、パチュリー、小悪魔との出会い
そして、紅魔館の幻想郷への移転計画を提案したこと
(それだ…!)
その話を聞いた瞬間、慧音が言った
「どういうことだ?」
妹紅が聞く。話を聞いただけでは、それが異変の種だとは分からない
(お前達、まだ気付かないのか?。てゐが出会った紅魔館の連中を思い出してみろ、肝心なヤツが抜けているじゃないか)
「あ!?」
「紅魔館のメイド長!?」
輝夜と妹紅が、ようやく気付いた
てゐが出会った紅魔館の面子には、完全で瀟洒な従者こと、十六夜咲夜の名前が足りていないのだ
(そういうことだ。恐らく、本来の歴史の流れでは、この後、咲夜が仲間になってから、紅魔館は幻想郷にやってくることになっていたんだ
だが、てゐが咲夜が仲間になるより前に、幻想郷への移転を提案してしまった…)
「つまり、このままだと、咲夜がいないまま、紅魔館は幻想郷に移転することになっちまうってことか」
妹紅が言った。それが、この時代で起きている、歴史の流れの異変だったのだ
「慧音、どうすればいいの?。このままでは三日後には紅魔館は幻想郷へ移転してしまう。いまさら計画を変更する訳にはいかない」
輝夜が聞いた。紅魔館では、美鈴が警備を強化し、パチュリーが魔力を溜め込み、幻想郷への移転への準備を進めている
いまさら、やっぱりやめましょうなど、言える状況ではないのだ
それに、このままではパチュリーの命が尽きてしまう
(どうするもこうするも、手段は一つしかない。てゐ、お前は紅魔館に戻って、幻想郷への移転計画を進めるんだ)
「わ、わかったウサ…」
(そして、妹紅と輝夜。お前達は、三日後の満月の夜までに、咲夜を見つけるんだ)
「くそ…、三日以内かよ…」
「ちょっと、厳しすぎない!?」
二人は顔を顰める。確かに、方法はもうこれ以外にありえないのだが、いくらなんでもまったくヒントもなく、たった一人の人間を探すのがどれほど難しいか…
てゐを探した時の経験から、二人はその苦労がイヤというほど分かる
(つべこべいうな!、いまは一分一秒でも惜しいんだ!、すぐに行け!)
こうして、てゐは紅魔館へ戻り、輝夜と妹紅は街へ戻って咲夜の探索を開始した
話の内容も、その時代の歴史と東方を織り交ぜて異変を解決するのは面白いし、この先の続きが気になります。
評価も人それぞれですが私は気に入ってます。
とりあえずせっかく名前ありでコメントしてくださった方々にレスとかしないんですか?
仰るようでは時間はできたはずでしょう?
悪く言えば読者無視の設定無視。
賛否両論あるかも知れんけど、こういった世界観は結構好きだ。
是非これからもがんばって欲しい。
くだらん
相変わらず
・指摘されたことを直さない理由を言わない
・続き物なのに注意書きを最初に書かない
・自分に都合のいい評価をした『名前入りの』コメントにしか返信しない
・逆に自分に都合の悪いコメントは全て無視
この態度はいい加減直してください。
>…このままの更新ペースだと、1年かかっても完結できないかもなぁ
そんなにかかるようなら、自分のサイトでも作ってそっちでやってくださいよ。
もしくは話を全部書き上げてから投稿してくれませんかね?
正直ちまちまあげられても空気悪くなるだけなんで。
容量削減って言っている割には、よく見ると無駄な改行が多いように見えますね。
そこを直せばもっと容量削減できて、文章も増やせて、もっと早くに完結させられるんじゃないですかね?
周りに何と言われようが、やりたいようにやる姿勢は素晴らしいと思います。
長老悪いやっちゃでぇー!町の民衆含めて成敗フラグびんびんじゃないスか;ww
ていうか慧音さんナイスタイミング過ぎるわね。ご都合主義?……許せる!
歴史の歪みを正す、か。オラ、なんだかわっくわくすっぞ!