消えていく過去
過去を知るもの記憶からも失われる
それは分かっている
だけどなんでこんなに悲しいのだろう……
だれか私に気付いて
私の名前を呼んで……
朝、目を覚ます。
ポルターガイストの私には睡眠は必要無いのだけど、それ以外にすることも無かった。
横に置いておいた帽子を被る。お気に入りの帽子。ずっと昔から被ってる。
薄暗い室内。
私以外には誰もいない。
体が重い。最近いつもだ。
立ち上がり、歌を口ずさむ。
少し前に、神社で悪霊の彼女と話した時のことを思い出した。
神社の屋根の上で私は何を見る訳でも無くただ座っていた。
この神社には沢山の妖怪が来る。
その中心にいる巫女の顔は迷惑そうで、とても楽しそうだった。
気付けばいつも宴会。楽しそうな声が聞こえる中、私は一人。
今日の宴会はいつもと違った。
私と同じ騒霊がいた。三人の姉妹の騒霊だった。
彼女達は楽器を持ち、音楽を奏でていた。
なんて楽しそうに騒ぐんだろう。
私とはまるで違う。
私はただ騒ぐだけ。
そして今はもう何もしていない。
存在理由を放棄している。
私はなんの為にここにいるのだろう?
「どうしたんだい?一人で泣いて」
突然聞こえた声で、初めて自分が泣いているのに気付いた。
慌てて目をこする。
「なんの用かしら?悪霊さん」
声の主である彼女、魅魔は私の隣に腰を下ろす。
「なに、悩める霊を成仏させてやろうかと思ってね」
そう言って悪戯っぽく笑う。
「成仏はしないわよ。……ねえ、あそこで三人が演奏してるじゃない」
私が神社の境内を指差すと、魅魔は「そうだねえ」と呑気に返事をする。
「彼女達、私と同じ騒霊なのよ。信じられる?彼女達はあんなに賑やか。私はここで独りきり」
「私がいるじゃないかい」
「それでも独りきりよ」
魅魔は境内を眺めていたと思うと急に声を上げた。
「お!魔理沙がいるじゃないか。しばらく見ないうちにすっかりいい女になったねえ」
魅魔は嬉しそうに眺めていた。
しばらく見ないうちに?
「ねえ、あの子は貴方を慕ってたんじゃないの?」
「ん?……そうだねえ。随分慕ってくれたよ。みまさまーって」
自分でした物真似が面白かったのか、愉快そうに笑った。
「なのに、あの子は貴方に会いに来ないわけ?酷いじゃない。なんでそんなに薄情なの?……そうやって……私達は忘れられていくんだわ」
魅魔は笑うのを止めて、私を見る。
「魔理沙を悪く言うのは止めておくれ。あの子は私のことをまだ覚えててくれてるよ。」
「なら、なんで……?」
そこで魅魔は寂しそうに笑う。
「私が会ってないんだよ」
「……どうして?」
私の問い掛けに魅魔はすぐには返答しなかった。きっと完全な答えは自分でもまだ見付けられて無いんだ。
「なんて言うかねえ……。あんたも知っての通り、今の環境は昔と全く変わっちゃっただろ?その環境にせっかく馴染んだ魔理沙に私が姿を見せるのは、気が引けるんだよ……」
「……やっぱり私達はこのまま忘れられてしまうのね」
魅魔の言うことは分かる気がした。
だからこそ余計に、悲しい。
「そんなことないさ。あんたが努力すれば、忘れられずに今を生きられる。あ、私達は霊だったね」
魅魔が笑うのと一緒に私も小さく笑う。
「さて」
笑い終えると魅魔は立ち上がった。
「どこか行くの?」
私は、もう少し魅魔と話していたかったけども。
「いや、どこにも行きやしないよ……。ただ、ここにいるだけさ」
魅魔は私の後ろへ立つ。足は無いけど。
「どういうこと……?」
「そのままの意味さ。あんたたちをすぐ近くで見てるよ」
「だからそれは……」
振り向くと魅魔はいなかった。
それ以来、魅魔を見ることは無くなった。
それから少ししと、私は神社を出た。
もちろん巫女には挨拶していない。
忘れられているかもという恐怖がそれをさせなかった。
神社を出た理由は、これ以上今のこの世界を見たく無かった。
ずっと見ていたら私は壊れてしまう。
独りで孤独に壊れたく無かった。
壊れるならせめて、誰かに知って欲しい……。
そんな事を考えながら飛び回り見付けた、誰もいない屋敷。廃れててまさに霊が出そう。私にぴったり。
そんな屋敷での毎日。
何も考えてない私の頭にはあの宴会で聴いた騒霊の演奏が頭にこびりついて離れない。
静かにそのメロディーを口ずさむ。
何も考えて無かった私の頭に色々な感情が入り乱れ、暴れる。
長らく忘れられる恐怖しか考えなかった私の頭は悲鳴をあげる。
頭が痛い。
凄く痛い。
痛い痛い痛い痛い
何も考えたくないのにそれが出来ない
苦しい
気持ち悪い
なんで?
どうして?
狂ったように私は叫ぶ。
いや、私はもう狂ってるかもしれない。
込み上げる思いをただ叫ぶ。
何日も何日も。
すべてを叫んだ後、言いようの無い虚しさに囚われる。
力無く崩れ落ちて、流れる涙を拭きもせず、ただ天井を見つめるだけ。
からっぽの私の中には、あの騒霊達の音楽だけが残った。
動きもせずまた私は音楽を口ずさむ。
今私が歌っているのは、あの音楽に歌詞を付けたもの。
私の思いを勝手に付けたもの。
この歌に乗せて誰かに思いが届いて欲しかった。
毎日、私は歌う。
誰かに届くように願って。
「やっぱり誰かいるよ」
「本当ね……歌が聴こえるわ……」
遠くから聞こえた声に驚き、歌を止める。
誰かが来た?
「あらら、歌を止めちゃったわ」
「どこにいるの~?」
自分以外の声なんて久しぶりに聞いた。
私は懐かしさよりも恐怖を覚えた。
怖い……。
帽子を深く被り、自分でも分かるくらいうろたえる。
「ねえ、出てきてよ~」
私を探してる。
見付けられたら何をされるか分からない。
「リリカ、怖がらせてるんじゃないかしら……?」
「だって~」
「悪いことはしないから~」
「こら、メルランも」
相手は三人らしい。
三人?
真っ先に思い浮かんだのはあの騒霊達。
……そんな上手い話がある訳ない。
部屋の隅に帽子を押さえてしゃがみ込む。
早くどこかに行って……。
「ここかな?」
部屋の前で声がする。
「リリカ、そっとしといてあげた方が……」
「大丈夫だって」
部屋の扉が開かれる。
そこに立っていたのはまさにあの騒霊達だった。
「こんにちは!貴方が歌の主?」
真ん中にいる赤い服の少女が笑顔で問い掛けてくる。
「え……そ、その……」
うまく口が回らない。
「ほら、怖がってるじゃない」
赤い少女の右側にいる黒い服の少女がこちらを見る。
なぜだろう……彼女達の動作の一つ一つが怖くて仕方ない。
それだけ人から離れていたという事だろうか?
「ねえ、さっき歌っていたのは貴方?」
赤い少女の左にいるこちらは白い服の少女がしゃがんで私と目線を合わせる。
私は無言で首を小さく縦にふる。
「ほら!やっぱり!」
赤い少女の声にびくりとする。我ながら情けない。
「リリカ。少し小さな声で話して」
私に気を使ってか、黒い少女は赤い少女、リリカをなだめる。
「分かったよ~……。ねえ、貴方が歌っていたのって私達の曲じゃない?」
「……その……ご、ごめんなさい」
やっぱり勝手に使うのはまずかっただろうか。
「怒ってる訳じゃ無いのよ。」
白い少女は私の顔を覗き込み、にこりと笑う。
「……ここから聴こえた貴方の歌をリリカとメルランが気に入っちゃって……」
「ルナサ姉さんもじゃない」
黒い少女、ルナサの言葉をリリカが遮る。
「見た所、貴方も騒霊でしょう?」
白い少女、メルランが優しく微笑む。
「う、うん……」
「私達も騒霊なんだけど……」
「……分かるわ。神社の宴会で見たことあるもの……」
「あら、貴方も宴会にいたの?」
ただ遠くから見ていただけなのだが。
「まあ……ね……」
「なら話が早いわね。リリカ」
メルランがリリカの方を向き微笑んだ。
「だからさ、良かったら私達と一緒にライブしない?」
「ライブ……?」
「うん。私達の演奏に合わせて貴方が歌うの。」
リリカは嬉しそうに語りかける。
「私なんかが……」
「リリカ達は貴方が良いって。無理にとは言わないけど、貴方の歌にはとても強い思いが込められているのが分かるわ。それを届ける手伝いを私達はしたいの」
私の思いを……?
「ここで独りでいるなんてもったいないわ。私達は貴方の力を借りたいの」
私の力を……?
「貴方みたいな子を探していたのよ!」
私を……?
誰かに必要とされるなんて……。
「…………」
「えっ?ええ!?泣くほど嫌だった!?」
彼女達は心配そうに私を見る。
涙でその顔もぼやけて見えた。
「違うの……う、嬉しくて……涙が……」
溢れ出る涙を止めようとするが、その量は増していく。
居場所も夢もなにもかも失った私を必要としてくれるなんて……。
「貴方、ずっと独りでいたの?」
「……うん……」
「辛かったわね……」
「うん……」
「もう独りじゃないわよ」
「うん!……」
心が軽くなった気がした。
「貴方、名前は?」
リリカが手を差し延べてくれる。
「カナよ。カナ・アナベラル!」
リリカの手を握り、涙でびしょびしょになった顔で笑う。
そう、私はこの世界で唯一のカナ・アナベラル。
私の代わりはいないんだ。
カナ・アナベラルにはちゃんと居場所があるんだ。
「わぁ!良い笑顔」
リリカが笑って親指を立てる。
私も親指を立てる。
涙を拭いて帽子を被り直す。
「ねえカナ。もう一回歌ってよ」
メルランが私の肩に触れる。
「うん。もちろん!」
私は息を吸い、呼吸を整える。
そして、歌いはじめる。
私の思いが誰かに届くように。
夢を再び見つける為に。