暖かい陽光が降り注ぎ、空気もどことなく春めいてきた今日この頃。この陽気で、皆の財布の紐も緩んだりはしないだろうかと僕が期待していたそんな折、計ったかのように店を訪れる者の影があった。まさか期待した通りに客が来るとは、これも神の思し召しという奴だろうか。機会があれば神社に行くのも良いかも知れない。
そんな取り留めもない事を考えながら、僕は来訪者を店内へと迎え入れる。しかしその段階で、僕は再び驚く事になった。そこに立っていたのは、何と言う事だろう、神に仕えしものである巫女……確か東風谷早苗だったか。何度かうちの店を訪れて、その際に自己紹介もして貰った為に彼女の名は良く憶えている。ともかく、妖怪の山の方に出来た神社で巫女をやっている筈の彼女だった。神社に行こうかと考えた矢先に相手の方からこちらを訪れるとは、僕の勇名もいよいよ高まってきたと言う事だろうか。香霖堂の名が幻想郷中に轟くのも、そう遠い日ではないのかも知れない。
しかし、彼女は来店すると僕とは碌に目も合わせず、そそくさと店の奥にある棚の方へと移動してしまった。どうやら、僕は一人で勝手に空回っていたらしい……これも全ては春という魔物の仕業であろう。春の陽気というのは、かくも恐ろしいものである。
気を取り直して彼女の方に視線を送ると、なにやら商品を前に思案している様子だった。確かここ数回この店を訪れた際もあんな様子だったな……なるほど、来る度足早にあそこへと移動するのは、目当ての物が誰かに買われていないかを確認する為だったか。普段冷やかしの客に慣れているせいか、彼女が何も買わずに立ち去っても全く疑問に感じていなかった。
それにしても彼女がそこまで思い詰める品は、一体何なのだろうか。店主として客の要望は確認しておく必要があるだろうし、何より純粋に興味を引かれる。そう考えた僕は、彼女が視線を注ぐ先を確認する。
そこにあったのは、一つの腕輪だった。と言っても、僕の店に置いてある以上単なる腕輪ではない。幾星霜の年月を感じる鈍い輝きをたたえた銀の輪、それに深紅や紺青、中でもとりわけ目を引くのは親指程はあろうかという深緑の宝石、それら色鮮やかな石々がちりばめられた、文字通り珠玉の一品であった。
あの品を前にしては、彼女が思い悩むのも無理はないだろう。何しろ先程述べた通りあの腕輪は匠の一品、即ち値段の方もそれなりに張るという訳だ。何度か彼女と雑談する内に聞いた話では、彼女は神社での家計を一手に引き受けているらしい。つまりは、神社が持つ財布の紐を彼女が握っていると言う事だろう。神社の食卓が豊穣に満ちるか、貧困に喘ぐか、全ては彼女の裁量次第という訳だ。
しかし僕としては、是非彼女にあの腕輪を購入して貰いたい所だ。弾けんばかりの輝きを持った宝石達を優しく包み込む、落ち着きに満ちた銀色。それは彼女のような、少女でありながらどことなく大人を感じさせるという、一見矛盾とも思える特徴を持った女性にこそ相応しい品と言えるだろう。何より、ここであの腕輪が売れれば、上等な酒を二つ三つ買い込んで一人きりでささやかな祝宴を挙げる事も吝かではない。その為にも、ここで何とかして彼女の購買意欲を高める必要がある。つまりは店主の腕の見せ所という訳だ。彼女の神には気の毒な事になるだろうが、そんな事を考えていては商売なんてものはままならない。
「フムン、君は見たところ何か悩んでいるようだが……そんな君に一つ、僕からの言葉を贈ろう。もちろんお代は結構だよ」
彼女の中ではきっと、欲求と諦めという両天秤がどちらとも地に着かず、絶えず揺らめいているのだろう。ならばその皿に僕の手でそっと重りを乗せてやれば良い。欲求側に皿が傾けばこちらのものだ。
「大切なのはどうすればいいかじゃない。君が、どうしたいかだ」
この僕の言葉に何か思い至る所があったのか、彼女は満面の笑みを浮かべる。その笑顔はまるで暖かな陽気の中で見事に咲き誇る、朗らかな桜の花を僕に意識させた。そして桜色の笑顔を浮かべた彼女は腕輪に手を伸ばすと、そのまま澄み渡る青空へと飛び立っていった。
「腕輪の……代金……」
オチとしても、展開の切り替えにしても短過ぎます。
の結果がこれかw
起承転結の中二つをすっ飛ばしたww爽やかなのにシュールな終わりで想像すると笑いが止まらん。
こういう展開も面白いんだな。