Coolier - 新生・東方創想話

大江山決戦~星熊勇儀の鬼退治・拾肆~

2010/05/31 11:14:49
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このお話は「星熊勇儀の鬼退治」シリーズ21本目となります。










 博麗神社に向かう朝。
 客人が出かける時はそうと決めているのか、それともいつもと違う勇儀の様子に気付いたのか。
 紅魔館の主だった面々は私たちを見送りに来ていた。パチュリーとフランドールの姿は見えない。
 フランドールはもう寝ているだろうし、パチュリーは……なんかよくわからないからまぁいいや。
 彼女、そういうことするキャラには見えなかったし。
「それにしても急ね。パーティの翌日に出発なんて」
「さびしくなりますねぇ……」
「私も地下に仕事を残してるから……」
 私は咲夜と美鈴と、勇儀はレミリアと別れの挨拶を交わしている。
「……ったく、口説く暇もありゃしないわ」
「我儘言うなよ。世話になった礼はするがパルスィはやれん」
「我儘言わないようにしてあげてるでしょうが」
 仲良さそうにじゃれ合う勇儀とレミリア。ぶんぶん振り回すレミリアのパンチを軽々と受けている。
 ……鬼同士なせいか、親子に見えるわ。二人とも赤い目だし。
 まだ、実感が湧かない。
 ほんの数日滞在しただけだというのに――紅魔館を出ることが寂しくてしょうがない。
 今朝勇儀が突然言い出した。朝食――時間的には昼食の時間だったが、その席での発言。
 私はもとより咲夜も美鈴も目を丸くした。レミリアだけは、そうと短く応えただけだったが。
「パルスィさん、これお土産に持ってってください。私特製の豆板醤です」
「ありがとう美鈴。教わった料理に使わせてもらうわ」
「勇儀さんにたんと御馳走してあげてくださいね」
「なっ」
 によによ笑う美鈴。まったく、最後までからかって。
「あら、パルスィも中華料理作るの」
 咲夜の声に目を向ける。すると彼女はタネも仕掛けもございません、と呟いて手首をくるりと回した。
 突然現れる小さな紙片。……手品?
「趣味でやってる創作中華のレシピよ。よかったら作ってみて」
「あ、ありがとう」
 レシピ一つ渡すのにも洒脱だ。流石は咲夜としか言えないわね。
「あー、時止めて書いてきたんですね咲夜さん。相変わらず芸が細か」
 ぱぁん、と空気の爆ぜる音。
 咲夜の左フックを美鈴が受け止めていた。
「マジックの種明かしはマナー違反よ美鈴?」
「あははー。マジパンチですね咲夜さん?」
 そのまま高速の殴り合いが始まった。
 ……咲夜も拳法家だったんだ。目で追えないわ。
 紅魔館で過ごした数日間で学んだ。こういうときは放っておくに限る。
 もう一方のじゃれ合いはどうなったかと目を向けると、意外にも勇儀とレミリアは落ち着いて話していた。
「別に、出てかなくても迷惑だとか思わないわよ?」
「こっちの都合もあってさ。あんまみっともないとこ見せたくないしな」
「はん、プライド?」
「さてな。そんなもん振りかざせるほど大人なのか、自分でもわからん」
「わからないもんに命を懸けるなんて馬鹿よね。勝手に死ぬなりなんなりしなさいよ。
あんたが死んだらパルスィはうちの専属メイドだからね」
「勘弁しとくれよ。パルスィの名前出されたら弱いんだから」
「知ったことか」
「はっはっは。拗ねるな拗ねるな。また遊んでやっからな」
 ぐりぐりとレミリアの頭を撫でる勇儀――
 ……なんだろう。なにか、不穏な気配を感じる会話だ。
 なんにつけ――強引な勇儀。我が強いと言えばそれまでだけれど……
 私になんの相談もせずに話を進めているのなんて日常茶飯事だ。
 今回の急な出発もそうなのだけれど、私はいつも事情が呑み込めず困惑する。
「るっさいわ!」
「いてっ! 引っ掻くな! 猫かおまえは!」
 勇儀には――隠し事をする癖がある。煙草のこと然り、だ。
 今回も私の為を思って、なのだろうけれど……何故、だろう。
 今回に限っては、とても――嫌な予感が、する。
 困惑ではなく、嫌な予感。
「ああそうだ、パルスィ」
 殴り合いも一段落ついたのか咲夜が話しかけてくる。
 見ればコブラツイストを極めていた。
 美鈴の呻き声を無視して会話を再開することにしよう。
「なにかしら?」
「ドレスどうしましょうか」
 ドレス? って、ああ。
 そういえば……パーティの後着替えて、裁縫の部屋に置いたままだ。
 咲夜が作ってくれたドレス。皆から褒められた、淡い桃色のドレス。
 他の人に着せて――と言うのは失礼だし、持って帰ろうにも畳み方や保存方法がわからない。
「地底でのパーティには着ない?」
「あっちじゃ、パーティのようなものはないわ……正装自体葬式の時くらいしかしないし」
「ふうむ。タンスの肥やしになっちゃうわね」
 どうしたものかしら……三十秒前くらいに全身からばきりという音を立てた美鈴にはもう訊けないし。
 悩んでいると、咲夜の視線は勇儀とレミリアに向いていた。
「――ねぇ」
 こちらを見ないまま、彼女は口を開く。
「あのドレス、また着てくれる?」
 質問の意図が掴めない。でも、それは。
「私は……あんな可愛い服持ってないし、着る機会なんてもうないでしょうけど……」
 それでも――嬉しかった。
 咲夜が私の為に作ってくれたドレス。
 プレゼントなんて勇儀からしか貰ったことはないけれど、それとはまた違った嬉しさだった。
「……出来れば、また着たいわ」
 友達が作ってくれた、ドレス。
 地上に来て、色々と知り合えた中でただ一人友達だと言ってくれた人間、咲夜のドレス。
 未練ばかりで、後ろ髪引かれてしまうそれをもう着ないなんて言えなかった。
 私の答えに、彼女は逸らしていた視線を私に戻しにこりと微笑んだ。
「着る機会なんて幾らでも作れるわ。紅魔館は一年三百六十五日、何時でもパーティに備えているもの」
 我儘なお嬢様のおかげでね、と目でレミリアを指す。
 そう――ね。ここに来れば、また退屈なんて出来ない日々が味わえる。
 夜の王が統べる悪魔の館。とても楽しくて、忘れることなんて出来ない記憶。
「それじゃ預かっておくわ。また着てやってね」
「……ありがとう、咲夜」
 そして取っ組み合いを終えた勇儀を引っ張り別れの挨拶をした。
 復活した美鈴に改めてお礼を言い、咲夜にしたように再会の約束を交わす。
 レミリアに短くフランドールによろしくねと頼み、私たちは世話になった礼を告げ紅魔館を後にする。
 紅魔館。
 ほんの数日滞在した。名残惜しくて、振り返り戻りたいとも思ってしまう。
 きっと――私はまた、ここに来れる。珍しく、本当に珍しくそんな希望を思い描いた。






 紅魔館を出て目指すのは唯一の手掛かりを持つとされる鬼の居るらしい博麗神社。
 博麗神社への途上、雪の積もる獣道の中で勇儀は珍しく愚痴を漏らしていた。
「どーも具合がよろしくないね。やっぱいつものじゃないとなぁ」
 勇儀は今、落とした鉄下駄の代わりに自作した木製の下駄を履いている。
 見た目ではわからないが彼女は出来に満足していないようで、餅は餅屋だねと愚痴っていた。
 相槌を打とうにも――さっきから愚痴の内容がころころと変わっていてタイミングが掴めない。
 下駄の前は酔いが醒めたと漏らしていた。
 涼しい顔をしているのに受ける印象は焦れているかのような……どうにもちぐはぐだ。
 端的に言えば、勇儀らしくない。
 悪酔いした時を思い出させる安定感の無さ。
 それはずっと感じている嫌な予感を増幅させた。
 どうしよう、昨日から感じている嫌な予感のことを訊くべきだろうか。
 問えば――彼女は答えてくれるのだし……
「なんつーか、すっきりし過ぎて寂しいよなぁ」
 先手を取られた。
「うん?」
 なんとか相槌を打つ。
 問うタイミングは逸してしまったけれど、会話さえ続けていればどうにかなるだろう。
「いや、紅魔館出たのがさ」
 勇儀は美鈴に譲られた上着を摘みながら、ぽつりと応じる。
 考える余裕がなかったけれど、私以上に住人と仲良くなってた勇儀だって寂しいんだ。
 それには、素直に同意できるわ。彼女たちの騒がしさがなくなるのは、とても。
「気持ちのいい奴らだよなぁ」
「そうね」
「巻き込みたくは、ないよな」
 ――――え?
 はっきりと、曖昧に、言葉にされた。
 不穏で、嫌な予感だったものが……彼女の言葉で漠然と現実味を帯びてしまった。
 巻き込みたくない? 巻き込むって、なんのこと?
 それきり勇儀は黙り込み――なんとなく、空気の重さに問うことも憚られてしまう。
 沈黙の道行は、結局博麗神社に着くまで続いた。
 そうして辿り着いた目的地、博麗神社。
 石段を上り鳥居をくぐり見上げる社は――
「神奈子の神社と比べると……なんか、こう」
「素朴な感じだな」
 妙に真新しく見える本殿は小ざっぱりとしており、威厳などは感じない。
 神社そのものの大きさが違うのもあるが、なんとも……
 奥から大きなスコップを持って現れた人影に目を向ける。否、向けざるを得ない。
 派手な紅白に身を包んだ少女は、間違えようもなくあの時の巫女だった。
「あらいつぞやの鬼と妖怪」
「おおいつぞやの巫女」
 勇儀と巫女が挨拶? を交わす。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
 ……挨拶を交わした。
 勇儀が前に出ているので私は一歩下がる。
 こうして落ちついて見れば、巫女はそれなりの背の高い少女だった。
 以前会った時は即戦闘だったし、よくは見ていなかったのだが……
 比較対象に勇儀や神奈子といった規格外の長身を持ってこなければ十分長身と言える背の高さ。
 艶やかな黒髪に――気の強そうな眼。否が応にも……思い出してしまう。
 数日前に語られた、勇儀の昔の恋人を。
 背が高く、黒髪で、人目を引く娘だったと――言っていた。
 言うほど勇儀の浮気性を心配していたわけではなかったのに――
 つい、大丈夫なのかと疑ってしまって――そんな自分が嫌になる。
「地底から出てこないんじゃなかったの? 紫はそんなこと言ってた気がするけど」
 巫女の言葉に勇儀はがしがしと頭を掻いて応える。
「一応約定があったんだけどね、あんたらの侵入に妖怪が手を貸してたってのが広まってさ。
なんか有耶無耶になっちまったよその辺。今じゃ結構出入りが激しいんだ」
「結局あいつのせいじゃない……」
 やれやれと溜息を吐く巫女。
 ただ、ゆかり……? ……紫。八雲、紫? 何故あの大妖怪の名が出るのだろう。
 危険極まりない妖怪だと勇儀が言っていたのに、何故人間の彼女がまるで知り合いのように。
 巫女って、妖怪を退治するものだと思っていたのだけど。
 言われた時は気付かなかったけれど、そもそもここに来ることになった魔理沙の言葉も変だった。
 なんで鬼が神社に居るのよ。敵地に入りこんでるようなものなのに、冬は大体神社に居るって。
 地上のことは詳しくないけれど……随分と私の常識と異なってるわ。
「それで何の用? 神頼みなら素敵なお賽銭箱はあっちよ」
「神に頼る程酔狂じゃないよ。ちょっと萃香を探しててさ」
 ようやく出たその名に緩んでいた思考が引き締められる。
 そもそもの発端であり、昨夜、勇儀がその名を聞いただけで不穏な気配を見せた鬼。
 勇儀と同格の――四天王。
 軽く、驚いた。真っ先にその名が出るとは思っていなかったのだ。
 魔法使い――魔理沙に会った時の反応から、勇儀は巫女に喧嘩を売ると思っていた。
 本気で浮気するとか、そこまで考えはしなかったけれど、それだけは心配していた。
 彼女は規格外と言える程に強い人間だ。勇儀の性格ならまず喧嘩、となる筈なのに。
 まるで……巫女のことを意識していない。
「萃香、ねぇ。ここ一週間ばかり見かけないわ。どこ行ったんだか」
 言って巫女は雪掻きを始める。
 私たちを放っておくのは彼女の性質故なのか……
 それとも、勇儀が彼女を見ていないからなのか。
 自覚はあるのか、気にした風もなく勇儀は話し掛ける。
「心当たりとか、ないかね」
「特に――ないわ。一つ処に留まるような奴じゃない――ってのはあんたの方がよく知ってるでしょ」
「まぁ、ね」
 また振り出しかと嘆息を漏らす。
 それに巫女は疑問の声を投げかける。
「何か急ぎの用だった?」
「急ぎ、と言えば急ぎかな」
 互いに関心を向けない会話が続く。
 どこか芝居染みた、空々しくさえあるその場凌ぎ。
 しかしそれは勇儀の話が温泉探索に掛かったところで遮られた。
「それ知ってるかも」
 巫女の言葉に――流石に勇儀も顔色を変えた。
 無関心でいられる筈もない、目的地へのヒントが目の前に現れたのだ。
「…………」
 違和感を……感じないでもない。
 魔理沙の時といい――運が良い悪いという問題ではない気がする。
 予め用意された道筋を辿っているかのような、拭い切れない気持ち悪さがある。
 もしや巫女や魔理沙は萃香とかいう鬼とグルで、私たちを誘っているのだろうか?
 だが、この巫女にも魔理沙にも、演技をしているという感じはなかった。
「そりゃ助かるが……どこに? あちこち探したが見つからなかったんだけどね」
 勇儀の問いに答えず巫女は手招きする。
 私たちは顔を見合わせるが――ついていくしかない。
 何かの罠と勘繰るのも仕方ない状況だ。行先で鬼が待ち構えていてもおかしくはない。
 用心しながら境内の裏手まで歩いていく。
 そこにあったのは――
「……露天風呂?」
 檜の壁の向こうからもくもくと白い湯気が立ち上っている。
 中を覗き込んで見れば、石造りの魔理沙の家のものとはまた違う露天風呂だ。
 半分程が天然の岩を使った造りで、残りは檜の板張りである。
 構造から見て……温泉を引いているようだが。
「この神社、宿もやってたの?」
「まさか。偶に泊まる奴も居るけど」
 それなら温泉宿を探している私たちには関係ない。
 そう口に出す前に巫女は露天風呂を指差した。
 振り返る背に、そこで湯に浸かりながらねと語り始める巫女の声が届く。
「前に萃香が似たようなこと言ってたのよ。奉納されたお神酒勝手に呑んでね」
「――締まらないオチがついたものね」
 思わず愚痴を漏らしてしまう。
 さもありなん。これだけ大騒ぎして――結局は酔っ払いの口にした比喩だったなんて。
 巫女が口にした偶に泊まる奴が、萃香。萃香が言っていたという美味い酒が……お神酒。
 それで……酒の美味い温泉宿になったなんて。
 肩透かしもいいとこだわ。何の為に幻想郷中を探し回ったんだか。
 紅魔館で十分休んだ筈なのにどっと疲れが押し寄せる。全部、無駄足だったなんてね。
 温泉宿なんて無かった――――なんとも気の抜けるオチだわ。
 ともあれこれで帰れると息を吐く。
 目的地が失われたのだ、これ以上旅を続ける必要はない。
 勇儀に帰ろうと告げる為に振り向くと――彼女は険しい顔を覗わせた。
 険しい、と言っても背筋が冷たくなるような類のものではない。
 何かを探るような――何か様子を窺っているような。
 萃香とやらを……探しているのかしら? でも、巫女が見かけないって言っていたのに。
 疑うなんて彼女らしくない。なら、疑っていないのならこれはどういう意味が……?
「で、どうするの? 入ってく?」
「……いや、まだちょっと探し物があるんでね。それが済んで時間があったら来させてもらうよ」
「そ」
 彼女は巫女の申し出を断る――遊興に耽る様子すら見せないなんて、やはり……おかしい。
「行こうかパルスィ」
 え、もう出るの? 勇儀の眼に迷いは――無い。
 目的を果たしたと言わんばかりに博麗神社への興味を失っている。
 私たちの目的は、温泉宿だった筈なのに……それは、結局なかったのに。
 彼女は――――何を果たしたのだろう。






 巫女に別れを告げずんずんと先を行く勇儀を追う。
 来た道を戻り獣道を抜け紅魔館のある湖を通り過ぎ――妖怪の山へ再び入る。
 また無断入山なのだが、勇儀曰く天狗たちが騒ぐほど奥には行かないらしい。
 勇儀は、先日の諏訪子との決闘の後に落とした鉄下駄を探していた。
 もう既に片方は見つけている。山道を時折雪を掘り返しながら彼女は進む。
 探し物があると……神社を辞した勇儀。この鉄下駄がそうであるとは、考え難い。
 思い入れがあると聞いたことはないし、普段のぞんざいな扱いからしても態々探すような物ではない。
 どうせ後は帰るだけなのだ。旧都でまた買えばいいのに……こうまでして探すのは、おかしかった。
 しゃがみ込んで積もった雪を掘る彼女を見る。
 レミリアにつけられた引っ掻き傷を気にせずに雪を掘っている――
「お、これで揃ったな」
「…………」
 雪の中から掘り出した鉄下駄を持ち上げる姿に感じるのは最早不信感。
 違和感などでは言い表せない程に、怪しい。
「どうやって探してるの?」
 声を掛ける。
「ん? ああ、下駄に染み付いた私の妖気を探るって感じかな」
 美鈴の上着を探す時もやってたんだよ、と笑う。
 でも――それじゃ、おかしい。
 最初から。この旅行の初めからのことが全て説明できなくなってしまう。
 ここまで長引いてしまった原因が、勇儀自身にあることになってしまう。
「その……萃香? って鬼、なんで探せないの?」
「ん――――」
「なにかおかしいわ。急に紅魔館を出るって言い出したり、温泉が見つかったのに入りもしないで」
 妖気を探るなんて真似が出来るのなら、しかも下駄に染み付いた程度の妖気を探れるのなら。
 鬼の四天王たる萃香を追えないのは不自然だ。
 勇儀自身がそうであるように、鬼の大将格の妖気は強大なのに。
 今日の彼女の行動は全てがおかしかった。
 そして、今までの行動さえもおかしかったことになる。
 追うと言いつつ足跡すらも辿れなかった数日間。
 途中から忘れていたかのように口にしなくなった萃香の存在。
「答えて」
 自然睨むような眼になってしまう――責める口調になってしまう。
 勇儀の顔から、笑みが消えていた。
「山、ってのはさ」
 途端、彼女は呟く。
「見立てられることが多いんだよな」
「山? 見立てる?」
「んー。私ぁ大して学もないんで説明しにくいんだが……例えば、だ。
有名な山に似ているからその山の名を付けて肖ったり。
他の山の神を祀って、この山はあの山と同じだ。って言ったりな。
この妖怪の山も例外じゃない。他の山に見立てられてる。見立てられてた。
そうすると――」
 がしがしと頭を掻く。
「今、この瞬間は……ここは、大江山なのかもしれないね」
 大江山――? たしか、勇儀をはじめとした鬼の軍団の住処だったという山。
 でも、それなら――見立てというのなら、旧都こそが大江山と言えるのではないか。
 鬼をはじめ数多の妖怪が住む町――旧都。あそここそ大江山の名を冠するに相応しい。
 何故こんなところを大江山と言い出すのか……わからない。
 以前勇儀は、妖怪の山をして捨てた故郷だと表した。それが、今、大江山だとは一体。
「勇儀……? 話が見えないわ。私の質問に答えてない」
 笑みの消えた顔で、勇儀は気だるそうに立ち上がる。
 いつもの覇気が感じられない。面倒だと云うより、戸惑っている風情。
「どうもな、避けられてるみたいだ」
「避け……? 友達なんじゃないの?」
「友達っつーか、仲間だけど。あいつが私を避けるなんて初めてだ」
 そこで、いいやと彼女は前言を否定する。
 言葉を選びながら続けていく。
「地上に出てから、ずっと妙だった。萃香の気配がいやに希薄で……全くと言っていいほど追えなかった。
いや、追えないんならいい。撒かれてんならまだわかる。なのに、あいつは常に傍に居た」
「……なに言ってるの? 鬼なんてどこにも居なかったわ」
「普通は気付けないさ。余程感知に優れた才があるか、勘が良くなきゃわからない。
レミリアや八坂だって気付いていたかどうか……」
 左手の甲、レミリアに引っ掻かれた痕をさすり、いよいよ勇儀の顔が険しくなる。
「よく知る妖気だってのに、私でさえ気付けたのは昨日だ。探せる筈なんか――なかったんだよ」
 私はまだ、彼女が何を言っているのか理解できていない。
 答えになってないと再び思っているのに、鼓動が乱れる。
 続きを聞きたくないと、怯えてしまう。
「なぁ萃香。なんだって私らを監視してるんだい」
 私に向けられていないその呟きに――霧が動いた。
 霧……? 何時の間に、こんな濃い霧が。
 紅魔館近くの湖から大分離れているのに、ここはもう妖怪の山なのに。
 寒さにではなく背筋が凍る。ちりちりと毛が逆立つ――なんに?
 なんで、私は一体何に怯えているのだ。
 考える暇もない。
 それはすぐに形となる。
 霧が集まり――薄れていた妖気が厚みを持って姿を現す。

「はっは。鬼ごとはもう終わりかい勇儀?」

 体躯に見合わぬ大きな二本の角。
 金と云うには赤みの強い長い髪。
 私と同じくらいの、子供にしか見えない体。
「あんたの負けだね。結局私を捕まえられなかった」
 あんたが私に勝ったことなんてただの一度もないけどね。
 そう言って、矮躯の鬼は見下したように、嗤った。





 これが……萃香?
 この少女が勇儀と同格の、四天王? とても、そうは見えない。
 レミリアのように種族が違うのならまだしも……勇儀と同種で、これで同格と言われても。
 諏訪子よりも小さくレミリアよりは大きい――本当に私と同等の体格。
 ゆっくりと歩く姿にも威圧感など感じない。
 いや、それよりも監視とはどういう意味だろう。
 勇儀の言っていたことは本当なのか問わねばと考える。
 私のすぐ前で破裂音が響いたのは、その直後だった。
「え、な」
 前が見えない。
 大きな手の甲に、引っ掻き傷のある手の甲に遮られている。
 勇儀の、手?
 後ずさると、状況が見えてくる。
 萃香の拳を、勇儀が止めていた。
 見れば勇儀の顔が痛みにか、歪んでいる。
 慌てていたのか不格好な体勢で拳を受け、手首を痛めたらしい。
「い、づ――なんのつもりだ萃香ぁ!」
「気に食わないからぶん殴った」
 勇儀の怒声に、小鬼はさらりと応える。
「私らの間じゃ日常茶飯事だろ? 勇儀」
 笑う――背筋が凍る。勇儀が止めてくれなければ、今の拳は私の顔に叩き込まれていた。
 勇儀が受け止めきれない程の鬼の、拳だ。そんなことされたら――どう考えても即死、する。
 こいつは今、私を……殺そうとしたの?
「私らって、何言ってんだ!? パルスィは純血の鬼じゃないんだぞ!!」
「知ってるよ」
 言って、己の拳を掴む腕を取って――勇儀をぶん投げる。
 技も何もない。力任せに、ぶん投げたとしか言えない。
「が、は――っ」
 あの勇儀が……それだけで三間は飛ばされ背中から地面に叩きつけられた。
 ゆっくりと、萃香は私に近づいてくる。勇儀を排して、ゆっくりと。
 勇儀が身を起こしても慌てる様子は微塵もない。
 目前に立たれる。殆ど同じ高さの視線が交わる。
 鬼は――にやりと、嗤う。
「お初に。橋姫、水橋パルスィ」
 名を呼ばれ、身が竦む。
「あんたのことはよぉく知ってるよ。今は――勇儀の恋人、だろ」
 監視と――彼女は言っていた。
 今ならわかる。こいつは、ずっと私たちを見ていたんだ。
 あの霧になる力で私たちを監視していた。それは――なんで?
 問わねばならないのに、口を開けない。頭から足の先まで震えてしまって喋るなんて不可能だ。
 だって、ずっと私に向けられている笑みの裏から、殺気が漏れている。
 私を殺そうとする意志が――ずっと、突き刺さっている。
「――萃香ぁ!」
 詰め寄る勇儀を、小鬼は手で制す。
「邪魔すんなよ勇儀。すぐ終わるからさ」
「ざけんなっ! 今のあんたをパルスィに近づけられるわけないだろうが!」
 止まらずに勇儀は掴みかかる――また、ぶん投げられる。
 信じられない光景だった。勇儀が、完全に手玉に取られている。
「まずは挨拶だけだって――短気になったねこのガキは」
 彼女を捻じ伏せたまま、萃香は顔を上げる。
 腕を抑え込まれて勇儀は動けずに唸っていた。
 つーわけで、と――余裕の笑みを浮かべたまま、萃香は私を見る。
「私は山の四天王、伊吹萃香だ。よろしくね地底の番人」
 よろしくなどと言われても、全く絶えない殺気に応じることなど出来はしない。
 もう、子供の姿にさえ見えない。ただ恐ろしい鬼にしか……見えない。
 尚も勇儀は唸り続ける。
「その殺気はなんだってんだよ……!」
 これだけ濃密な殺気だ。当然彼女も気づいていた。
 さっきのパンチだって――冗談では済ませられないものだったのだから。
 萃香は落ち着いたまま、一度聞いた言葉を繰り返す。
「私はそいつが気に食わない」
 鬼の眼は私から逸らされない。
 もう笑っているのは口元だけで、眼は睨む形に歪んでいた。
「魂の質が妖怪のそれじゃない。人間だよ」
「……おい」
 ざくりと、言葉が刺さる。
 聞き慣れていた筈の、侮蔑の声。
「弱くて汚くて欲深い人間だ。憶えがあるよ――橋姫ってのは最も人間に近い部類の妖怪だった。
怨念、悔恨、憎悪――嫉妬。そんな負の感情に飲み込まれた人間の成れの果てだ」
 馴染み深かった筈のそれが、酷く心を苛む。
 勇儀と出会い、地上に来てからは殆ど聞いていなかった。
 忘れていたかった――華々しく美々しい勇儀とは掛け離れた……私の汚さなんて。
「昔からこういう妖怪は多い。純血じゃない混ざりもの。鬼の伴侶にゃ相応しくないね」
「萃香」
「どうせなら人間を選べばいい。今の幻想郷にも強い人間は居る。鬼と釣り合う人間は居るんだよ。
こんな、人間の成れの果てなんざ選ばなくてもさ。大体あんたは昔」
「萃香っ!!」
 轟音と地響きが同時に起こる。
 地面を思い切り殴りその反動で萃香の戒めを解いた勇儀が立ち上がる。
 見た目通りの軽さなのか、吹き飛ばされた萃香はしかし、あっさりと着地する。
 驚いた様子さえ見せずに――勇儀の怒気を真正面から受けていた。
「それ以上、パルスィを侮辱するな」
 ずんと一歩踏み出しただけで木製の下駄が砕ける。
 彼女は本気で怒って……いた。
「骨の一本や二本で済むと思うなよ……っ!」
「――ふん」
 山をも崩す鬼神の威容。しかし萃香は揺らがない。
 ただ冷めた目で勇儀を見据える。
 激昂した勇儀は上着を脱ぎ捨て、止める間もなく殴りかかる。
 激昂してる故にか、それともそれが萃香の実力なのか――すり抜けるように躱された。
 ほんの一瞬、萃香の矮躯に美鈴の姿が重なる。あの途方もない技術を誇る拳法家の姿が。
 勇儀を打ち負かした――美鈴。
 もし、鬼の力にあの技術が合わされば……それはどれほどの脅威となるのか。
 もし――この鬼が、勇儀のような力任せだけじゃなかったら。技を持っていたら。
 私の微力で……あの鬼に抗えるのか……私には、戦いを見守るしか出来なかった。
「おらあっ!!」
 私と違い躱されたことに動揺はせず、勇儀はすぐに二撃目を叩き込む。
 だがその拳は文字通り萃香の身体をすり抜けた。小鬼の身体が……霧になってる?
 美鈴の技術とは違う――しかしそれに匹敵するか上回る力。
 最悪だ。勇儀と違い、こいつは破壊力だけじゃない……!
 それでも構わず勇儀は殴りかかる。今は、彼女の勝利を信じるしか……
「っ!?」
 傍で見ていて気付く、否、傍で見ている方が奇異に感じる光景。
「なっ」
「そうやって猪みたいに突っ込んでくるだけじゃ千年経っても私にゃ勝てん」
 ぴたりと勇儀の動きが止まっていた。
 絵の中に閉じ込められたかと錯覚する程に、不自然に停止している。
 いや、よく見れば――小刻みに震えているようだが――あれは、抵抗しているの?
 抵抗……? そもそも、勇儀はなにをされた――!?
「が、ああああああ……!」
 咆哮にもなってない、勇儀の唸り声。
 拳を振り切った姿のまま微動だに出来ていない。
 あんな姿、見たことない。考えたことすら、なかった。
 勇儀が最強だって、信じて、疑わなかった。
 笑みさえ浮かべて萃香は勇儀の横を通り過ぎる。それでも彼女は――動けない。
「動けないだろ? あんたの周りだけ密度を高めた。名付けて――疑似重力縛り、かね」
「ぐ、ぎ――!」
「無駄無駄。あんたはそこで見てな。ああ、吠えるのは自由だよ」
「す、いか、てめぇ、なにする、気だ――っ」
「橋姫を殺す」
 疑問の声を上げることさえ出来なかった。
 殺気なんて言っても敵意の比喩表現程度にしか考えたことはなかった。
 だけど、これは、殺気としか言い表しようがない。殺意でしか、ない。
 敵意なんて軽いものじゃ、なかった――!
「なんだって?」
「あんたを、四天王力の勇儀を堕落させ切りやがった女を殺す。黙らんでもいいからそこで見てな」
「待て、萃香。待て、待ちやがれこの野郎っ!!!」
 だ、堕落――って、そんな、私が? 勇儀を?
「暴れても疲れるだけだよ。あんたに私の術は破れない。ま、疲れ果ててくれりゃあ……
旧都に連れて帰るのが楽になるからいいけどね」
 尚も叫ぶ勇儀を置いて、鬼が私に歩み寄る。
 動けない。逃げ出さなきゃだめなのに、一歩後ずさるどころか指一本動かせない。
 完全に、この小さな鬼の殺気に呑まれてしまっていた。
「――ぁあ、あ」
 歯がかちかちと鳴って悲鳴も上げられない。
 逃げ、なきゃ。早く、早く逃げなきゃころされちゃう。
 そんなのはだめだ。わたしは、あのひととのやくそくでしねないんだから。
 なのに。なのになんでわたしのあしはうごかないんだろう。
「さて」
 てが、ふりあげられ――
「あんたの命、頂くよ」
 焼き直し、だった。
 耳を劈く破裂音。それは私の目の前で。
「な――」
 大きな、引っ掻き傷のある手の甲が、私の視界を埋めている。
 ぶるぶると震える腕で、鬼の拳を受け止めている。
 勇儀。勇儀が――また、私を助けてくれた。
「……相変わらず、馬鹿力だけは私の理解を越えてるね――術を破らずにそのまま来やがったかよ」
 呆れる声。
 応じる声は激情すら感じさせない。
「パルスィに手を出すなら」
 それは怒りを通り越した先にある……
「殺すぞ」
 冷たい――殺意だった。
 鬼の背筋すら凍らせたのか、ずっと揺らがなかった小鬼の気配が変わる。
 でも、怖いまま。それは震えているようで――悦んで、いるようで。
「いいね、いいね――嘘偽り無し、混り気無し、正真正銘の殺気だ。心地良いよ」
 勇儀が助けてくれたのに、不安が消えない。逃げてと、叫びたくなる。
 彼女が不利なままだってことは理解している。でもそれだけじゃない。
 もっと、もっと嫌な予感がひしひしと――勇儀!
「だがダメだ」
 手の甲が、ずれた。
 私の視界を埋めていたそれがずれて、あかいものが代わりに視界を埋め尽くす。
 あかいものを眼で辿る。勇儀に、繋がっていた。
 勇儀の左腕が、二の腕の半ばから、なくなっていた。
「がああああぁぁっ!!」
「勇儀っ!!」
 う、腕――勇儀の、腕が――!?
 嘘。嘘、嘘……! そんな、いや、なんで――!?
「勇儀! 勇儀ぃ!」
 駆け寄る。今まで動けなかった足が動く。
 駆け寄って――止め、なきゃ。止血、しなきゃ……!
 傷口の上を強く握る。でも噴き出す血は全然止まらない……っ。
 勇儀、勇儀……! なんで、どうして勇儀の腕がなくなってるのよ!?
 やだ。こんなのやだ……!
「大騒ぎだねぇ。たかが腕一本で」
 がばりと、残った腕で庇われる。
 鬼が――見下ろしていた。
「ほれ、術は解いてやったよ。私を殺すんだろう? そんなとこで蹲ってないでかかってきなよ。
術は解いた、互角の勝負だ。こいつで勝った方の言い分が通る。わかりやすいだろ?
まったく、あんたは馬鹿だから全力でも勝てないって突きつけないと理解も出来ないんだねぇ」
 奪った勇儀の腕をぷらぷらと振りながら、鬼は、ただ嗤っている。
「す――いか――っ」
「はは、怖い怖い。十二分に殺気の籠った眼だ」
 その笑みが、消える。
「で、まだかかってこないのかい」
 苛つきを混じらせた声。
 顔も、声に準じた表情に切り替わっていた。
「どうしたい星熊勇儀。昔のあんたなら、鬼の四天王のあんたなら、脅しなんざしないで殺してたろ?」
 まだこいつは――勇儀と戦うつもりだ。
 勇儀はもう、腕をなくしているのに。
 こんな大怪我で戦える筈ないのに……!
「なにを人間のふりなんかしてんのさ」
 黙れ、黙れ……!
「勇儀。あんたは鬼だ。誇り高き純血の鬼だ。それがなんだ?
罵倒をへらへら笑って流して、小突かれても笑って済まして、勝負にすら出やしない。
相手が弱いだなんだなんざ関係ない。挑まれたら打ち負かすのが私らだろうが」
 そんな――私のせいで弱くなったみたいに言うな……っ。
 勇儀は、私と共に居てくれる勇儀は、最強なんだ。
 あんたなんかに負けるものか――!
「何時の間にこんなに弱っちくなっちまったんだい。力の二つ名が泣いて錆びるわ」
 近づいてくる。
 勇儀の腕を持ったまま、鬼が近づいてくる。
 逃げなきゃ。手当てまではできなくても、止血だけでもしなければ。
 今のままじゃ――勝てない。
 動け。動け私。
 こんな恐怖に呑まれている場合じゃない。
 くちびるを噛み締める。指の震えを止めろ。
 殺されたって構わない。
 勇儀を助ける為ならなんだってしてやる。
 あのひととの約束を破ることになったって――
 動け。
 ――動け。動け。動け……っ。
 動け動け動け動けぇっ!
「妬符「グリーンアイドモンスター」!」
 咄嗟に出せるのは低ランクのスペル。だが攻撃に使うつもりはない。
 追尾型のこれを纏わりつかせれば逃げる時間くらいは稼げる筈。
「っと、目晦ましかい」
 しかし鬼は弾幕を突き破って歩を進める――!
 勇儀を肩を貸す形で担ぐ。
 早く、早く飛んで逃げなきゃ……!
「だがこんなもんじゃ――」
 鬼の手が私たちに伸びる、その瞬間。
 赤い霧が噴き出した。
「な、なんだこれっ!?」
 え――な、なに? あれ、奪われた勇儀の手の、甲。
 レミリアがつけた引っ掻き傷から出てる……?
 考えてる暇なんて無い、今がチャンスだ。
 赤い霧が鬼に纏わりついている。あいつは私たちを捕まえられない。
「っちぃ! あのクソガキ……! こうなる運命を読んでいたかっ!」
 全力で飛んで逃げる。
 振り返らない。全ての力を飛ぶことだけに注ぐ。
 勇儀を助けることにだけ専心する。
「五百年しか生きてないガキの分際で――!!」
 背に恐ろしい鬼の雄叫びを浴びながら――私は逃げた。








 肩で息をする。
 妖力がもう、からからだ。暫く休めばスペルを1・2発撃てる程度に回復するだろうが……
 まだ、山の中。どれだけ、距離を稼げたのか。安心なんて出来ない。
 あの霧のようになる力を使われたら背に匕首を突きつけられているようなものだ。
 いつ何時襲われるか――わかったものじゃない。
「っつ――たはは、情けないとこ見せちまったねぇ」
「馬鹿言ってる場合じゃないでしょ……っ」
 彼女の声になんとか恐慌状態を脱する。
 ぼんやりしてる暇なんてなかった。
「止血、しないと……」
「ああ……っくそ、無茶苦茶やりやがって」
 荷物を漁って比較的きれいな布を取り出す。マントの裾を鋏で切って即席の包帯にする。
 傷口を布で強く抑えて、その上からきつく縛る。大した知識もない私ではこれで精一杯だ。
 傷が酷過ぎる。病院……どこか、治療を受けれるところに行かないと……
 ぽんと、私の頭に勇儀の残った手が置かれた。
「そんな心配そうな顔すんない。拾ってくっつければ治るさ。腕が砕かれてなけりゃ、だけどさ。
もしそうだったら、生やすのには……時間かかるけどね」
 ……っ。私の心配なんてしないでよ。
 わからないの? あなたの方がずっと重傷なのよ。
 私を庇ってる余裕なんてないでしょ……!? 自分のことを考えてよ!
 なんで自分が生き残る手段を考えてくれないのよ!?
 私よりずっと長生きしてるんでしょう!? 私よりずっと賢いんでしょう!?
 どうして私なんかを優先して、自分のこと捨てられるのよ!?
「――ゆ」
 怒鳴りつけようとしたら、片手で抱き締められた。
 そうして――ようやく、気付く。私は……震えて、いた。
「大丈夫だ」
 がたがたと震え続ける私を、彼女は、大量の血を失った筈の彼女は、抱き締める。
 震えるのは体だけじゃない。喉まで震えて、声が出せない。
「ぁ――あ、あぁ……」
 無理、よ。だって、だってあのときと同じじゃない。
 大丈夫だって、あの人も同じこと言って、それでも――死んじゃった。
 勇儀に、大怪我をした勇儀にあの人の姿が重なってしまう。
 血塗れで――震える私をあやして――死ににいったあの人の姿が……!
 私を庇って――――人間に討たれた、おかあさんの姿が――!
「……な……いで……しな、ないで……死なないで……!」
 より一層強く――抱き締められる。
 彼女は大丈夫だと、繰り返す。
「これぐらいじゃ私は死なない。私はまだ生きてるよパルスィ」
 そんなの、ただ私の恐怖を煽るだけ、だ。
 心の傷を――抉るだけ、なのに。
 彼女は知らず私を……傷つけているのに。
 なのに――――うれしかった。
 勇儀の体温を感じられることが、彼女が冷たくないことがどうしようもなく――嬉しかった。
 抱き締められたまま時間が過ぎていく。
 雪が降り始めた。強制的に頭が冷まされる。
 追われて……いるんだ。ずっとこうしてなんていられない。
 身を捩ると、すぐに彼女は放してくれた。
 そして勇儀は――大きく息を吐く。
「ふ――はぁ……拙いことになっちまったなぁ」
「……うん」
 どうして……こうなってしまったんだろう。
 あいつは、あの鬼は、私のせいだと……言っていた。
 私が……勇儀の傍に……居るから。勇儀が、私のせいで、弱くなってしまった――から。
「パルスィ」
 気だるそうに、彼女は私を見る。
「どうせまた自分のせいだって責めてんだろうけど、違うからね」
 ……お見通しか。
「でも、ああまではっきり言われちゃうと、ね」
「気にすんなよ。なんだか知らないけど、あいつ頭に血が昇ってんだ。
あいつの言ったことなんて真に受ける必要ないよ。パルスィのせいじゃない」
 ……うん。あなたの言葉を、信じる。
 水掛け論してる場合じゃないし、あなたがそう言ってくれるのだから……信じる。
 俯いていた顔を上げると、何故か――彼女が俯いていた。
 言い難いことを言おうとしてるかのように、眼を逸らしてる。
 勇儀……?
 問おうとしたが、その前に彼女が口を開いた。
「パルスィ、悪いけど、ここからは一人で逃げておくれ」
「は?」
「冗談じゃない。私の言うことを聞いておくれ。あいつと、萃香と戦っちゃダメだ」
 意味がわからない。彼女は何を言ってるんだろう。
 眼を逸らしたまま――彼女は続ける。
「あいつは、山の四天王だけどさ――私の何倍も強い」
 理解出来ない私を置いてけぼりにして話が進められてしまう。
「萃香は、伊吹山の鬼神は、鬼の総大将なんだ」
 大将格じゃなくて、総大将。
 勇儀よりも――上の、鬼。
「酒呑童子、っての聞いたことあんだろ?」
「そりゃ、一番有名な鬼で」
「それが萃香さ。八雲紫や金毛白面九尾、崇徳の大天狗に並ぶ大妖怪。正真正銘のバケモンだよ」
 八雲、紫。勇儀が唯一危険だと、関わるなと顔を顰めて言い放った大妖怪。
 あれと同列の鬼が、伊吹萃香――酒呑童子。
「かつては私も含め――この国の全ての鬼を支配した奴さ」
 彼女は天を仰ぐ。
 ――眼を、合わせない。
「私は、ただの一度もあいつに勝ったことは無い」
 信じられないことを淡々と口にする。
 私にとって最強なのは勇儀。それは決して揺らがない。
 例え神奈子だろうとレミリアだろうとあの八雲紫だろうと――勇儀以上だなんて思わない。
 私はそう信じている。過去のことなんて、関係ない。
「パルスィ」
 ようやく向けられた赤い瞳は、諦観に濁っていた。
 違う色なのに――同じいろ。
 あの人の緑眼と同じ、いろ。
「私は絶対におまえを守る。この命に代えても守り切る。だから」
 彼女は知らず私の傷を抉っている。
 私の心に残る最大の傷を抉り続けている。
「私を見捨てることになっても――逃げて、逃げ切って、生き延びておくれ」
 まるであの時と同じ。
 あの人と同じことを口にする。
 呼吸も鼓動も奪われる心の傷を、抉り返す。
「レミリアか……八坂のところまで行くんだ。あいつらのとこなら萃香も迂闊に手は出せん。
――すまん。下手すりゃ、一生外に出られんことになるかもしれんが」
 それは純然たる好意。彼女は私を傷つけているなんて思いもしない。
 我が身を犠牲にしても私を助けようと必死になっているだけ。
 彼女の知らぬ私の過去をほじくりかえしているなんて、気付いていない。
 だから、受け入れるべきなのだろう。彼女の好意を受け入れ、逃げるべきなのだろう。
 あの時と同じように、私だけが生き延びるべきなのだろう。
 あの人と交わした約束を彼女とも交わすべき、なのだろう。
 彼女の好意を――肯定すべきなんだ。
「最低でも百年は動けないようにしてやる。相打ちまではいけんだろうが、おまえが逃げる時間くらいは稼ぐ」
 肯定が――私の生き様だった。
 相手の全てを肯定して、嫉妬する。
 相手の全てを受け入れ妬む。
 それが私の生き様。
「すまんなぁパルスィ」
 でも。それでも。否定する。
「ようやくおまえを暗い地の底から連れ出せたってのに。まだまだおまえにゃ見て欲しいもんがあったのに。
力不足で……果たせなかったよ」
 衝動ではなく、私の確固たる意志で――否定してやる。
「パルスィ、私はいつまでもおまえのこと――」

ばちん

「え、あ――あれ?」
 ここでビンタされるなんて思っていなかった勇儀は、きょとんとしている。
 そんなの許さない。返す手で、反対の頬を張る。
「あだっ! ぱ、パルスィなにすんだよ!?」
「ふざけるな――この、馬鹿」
 私は、もうあの時とは違う。
 遺言なんて聞くものか。私だけが取り残されるなんてもう御免だ。
「あなたの全ては、私のものでしょう? 私の全てはあなたのものでしょう!?
そんな簡単に、切り捨てれるものじゃないじゃない!!」
 強引に彼女の手を掴む。
 ぽかんとしたままの、残された彼女の右手を強く握る。
「死にに往くなら、私の命も持っていきなさい」
 私は否定する。
 あなたの諦めを否定する。
 刻々と迫る終わりなんて、否定する!
 そんなもの、何一つだって肯定してやるものか!!
「死んでも――私の手を放すな、この馬鹿っ!!」










 しっかりとした足取りで進む勇儀の後を追う。
 どこまで通用するのかわからないが藪に身を隠しながら。
 まっすぐに歩く勇儀に離されるが見失う程ではない。
 見失いさえしなければ、いい。気付かれないのが最上だが――そう上手くいくだろうか。
 どれだけ身を隠してもあの霧のようなもので見つかるのではないかと不安になる。
 そう、私は身を隠している。勇儀からではなく――伊吹萃香から。
「よお勇儀」
 程なくして勇儀はそいつに辿り着いた。
 私たちを追っていなかったのか、岩の上に座り込んで杯を干している。
 傍らには奪った勇儀の腕を無造作に放り出していた。
「橋姫は逃がしたのかい? それともその辺に隠れてんのかね」
「あんたが見通せないってのか。それともおちょくってんのか」
「くはは、剣呑だねぇ。なに、探そうと思えば探せるけどさ――あんた相手に『薄く』なってちゃ拙いからね。
おまけにあんたの馬鹿でかい妖気に紛れちまって、橋姫の妖気なんざ探れないよ」
 鬼は嘘を吐かない――どうやら私はまだ見つかっていないようだ。
「まぁ――探し出して、殺してやるけどさ」
 漏れ出した殺気に震え上がる。余波のような、垂れ流しの殺気程度で――体の芯まで凍りついた気分だ。
 伊吹萃香……大妖怪。鬼の総大将の肩書は、伊達じゃない。
 ぎしりと歯の軋む音。殺気を放っているのは勇儀も同じだった。
 私を殺すと告げられて、射殺さんばかりに萃香を睨む。
 それを受け――鬼はぽんと岩から飛び降りた。
「――よく逃げなかったね。勇儀」
「呆けたかよ萃香」
 勇儀は仁王立ちで萃香を見据える。
「この星熊勇儀、一度もあんたにゃ勝ててないが――ただの一度も敵に背を見せたことは無い」
「――っは。いいねぇ、鬼らしい。で? 大した覚悟だが出てきてどうしようってんだい。
よもやこの伊吹萃香と真正面から戦って勝てるとでも?」
 反して萃香は嘲った。戦力差は明白、真正面から戦う限りそれは覆らない。
 嘲るに足る程に――萃香は強い。
「そいつぁ無理だ。私のように妖術に長けるでもないあんたにゃ勝ち目なんざ微塵も無い。
殺されに出てきたのかい? ああ、あまりにももがれた腕が痛いんで楽にしてもらいたいのかね。
それともあれかい? ここらに罠でも仕込んでて、そいつで私を仕留めようってのかい?」
「巫山戯ろよ」
 嘲られても、勇儀は動じなかった。
 怒りを瞳に宿しながらも怜悧な声で告げる。
「私が唯一あんたに勝ってんのはこの力だ。頭でも術でも勝てやしない。だが、力でならあんたに勝てる。
力で妖術も戦術も捻じ伏せてあんたの真正面に立ってやるよ」
 右拳を、萃香に向ける。
「真っ正面からブチ砕く」
 すとんと――萃香の表情が消える。
 呆けたように勇儀を眺め――肩を揺らす。
「――――――く」
 呵々大笑。
「はーっはっはっはっはっはっ!! いいよ、最高だ勇儀! それでこそ鬼だ!
あんたは昔から馬鹿だが、そこが気に入ってたよ! 鬼に横道は無い。それでこそ――力の勇儀だっ!!」
 もう言葉は不要と断じたのか、萃香から飛びかかった。

 幽かにしか眼に映らぬ攻防。
 山の四天王同士、鬼の大将格と総大将の決闘。
 傍目には拮抗しているように見える。
 それぐらいしか、眼で追えない。
 でも、見続ければ状況はわかってくる。
 いつぞやの彼女のように、戦うことしか考えていない笑顔。
 それを顔に張りつかせる萃香。
 勇儀しか――見えていない。
 私のことなど完全に忘れている。
 勇儀との戦いにだけ、集中している。
 勇儀も、あの鬼も――正々堂々と戦っている――闘っている。
 だから――足元を掬われる。
 だから、これは戦術でも策でもなく、奇策。
 私が横槍を入れ――槍は、折られる。

 まず聞こえたのは骨が砕ける音、だった。
 皮を裂く音も肉を破る音もせず、骨が砕けた。
 それだけ速く――皮を裂き肉を破り骨を砕いてようやく音がする、必殺の拳、だった。
 悲鳴も出せず、喉からは血が溢れるのみ。
「は――み、水橋――!? な、んで、どうしてあんたが飛び込んで――!」
 私を貫く鬼の動揺よりも、砕かんばかりに歯軋りする、勇儀の怒りが耳に届いた。
 ああ、これで……もう少しだけ、意識を保てる。
 血を吐きながら、私の胸を貫く腕を、掴む。
「な、な――」
 逃がさない。逃がすものかよ伊吹萃香。
 妖力を根こそぎ妖力弾に変換し目の前の萃香に叩きつける。
 わかっている。こんな状態の私が作る妖力弾なんて高が知れている。
 だから――スペルを放つ。
花咲爺「シロの灰」
「んなっ!?」
 花の弾幕が私たちを取り囲む。
 動揺し切った鬼にこの弾幕を抜ける術はない。
 撃たれた弾を受けるくらいなら出来ても、覆い尽くす弾幕には耐えられないでしょう?
 これで、積みよ、伊吹――萃香。
 急に、暗幕が降りたように、視界が暗くなった。
 あ――限界、か。心臓が確実に潰されている。
 もうこれ以上は――なにも、できない。
 あとは、かのじょの、やくめ――だ。
 がん、ばって――ゆう、ぎ



 ――――舌切雀「大きな葛籠と小さな葛籠」――――スペルブレイク



 体の自由が利かない――不様に、倒れ込む。
 ぜっ、ぜっと荒い呼吸を繰り返す。心臓を潰された、錯覚。
 生理反応で目が潤む。涙をこぼしそうになる。
 泣いて、なるものか。
 強引に目を拭い、立ち上がる。目眩がするが、寝てなどいられない。
 私の立てた、分身を使った奇策は成った。
 後は彼女が出来るか出来ないか。
 それが、勝敗を別ける
「くそ、見えな――」
 萃香はまだ弾幕に捕らえられている。
 そこに響く――連続した破裂音。
 花の弾幕を突き破り――勇儀は鬼の前へと立つ。
「う――」
 萃香は動けない。
 最初に言っていた。薄くなっていては勝てないと。鬼は嘘を吐かない――ならばそれは事実。
 そして薄くなってないのなら、霧のようになって躱すことが出来ないのならば、勇儀の拳は正に必殺だった。
 近過ぎる。
 完全に捉えられてしまっている。
 霧のようになろうにもそんな隙さえ与えられない距離。
 動きを見せれば即座に勇儀の拳が叩き込まれる距離。
 身を以って知ったように――必殺の拳は――とても、速い。
 術を使う暇も、躱す暇も、ありはしない。
「ううううううう……っ!」
 萃香にはもう、真正面から打ち合い――打ち負ける道しか残されていなかった。
「勇儀、てめぇ――こんな卑怯な」
「あんたに言うことは一つだけだ」
 拳を振り被りながら萃香の言葉を遮る。
 それでも、萃香は動けない。
 拳で応じるしかない。
 負けるしか、ない。
 決着――だ。
「――ゆ」

「歯ぁ喰いしばれ」

 鬼神の一撃は――地面ごと萃香の矮躯を打ち砕いた。




 地面を破壊した余波か、それとも体が軽いからか。
 私の目の前に、萃香が落ちてきた。
 まだ、意識がある。
「分身――かよ――くそったれ……知ってたのに、動揺しちまった」
 地に伏したまま私を睨み上げる。いや、睨むと言えるほど強くはない、視線。
 それは責めているようでも、呆れているようでもあった。
 何を言われても、言葉を返す余力さえ私には残っていない。
「鬼の端くれのくせに――卑劣な真似、するなんて思わなかった」
 小さく、笑う。
「勇儀の為に……自ら泥を被るかよ」
 称えるように、卑怯者めと罵った。
 そこに、ふらつく勇儀が現れる。
 力を使い果たして、歩くことすら困難な様子。
 私も――萃香も似たようなものだ。
 全員が満身創痍の中、横たわる萃香は勇儀へと視線を移す。
「――っごふ……力で、勝つんじゃなかったのかい」
「まだ呆けてんのかよ萃香」
 見下ろして、しっかりとした口調で勇儀は言い切る。
「私とパルスィは一心同体だ。あいつが私の片腕だ。私は、両の腕を使い切って――」
 勝利を掴んだ拳を、突き付ける。
「あんたに勝った」
 万感の思いが込められた言葉だった――拳だった。
 また、萃香は表情を無くしている。
 無表情で、勇儀を見上げていた。
 勇儀と、小さく名を呼ぶ。
「後悔、しないんだね?」
「そんなものはとっくに済ませた」
「途中で投げ出したりも、しないね?」
「そんな真似するくらいならこの首己で掻っ切る」
「――――もう、泣かないんだね」
「泣くさ」
 淀みなく、彼女は答える。
「パルスィを失えば泣く。どこでだろうが泣いてやる。百年泣き続けてやる。
私はパルスィが大事だ。あいつ以上に欲しいものなんざありゃしない。
他のことならどんなことだって耐えられても……パルスィのことだけは、耐えられない」
 積み重ねた想いを微塵も隠さない。
 全てを吐き出す。彼女はその想いを、真摯な声で――言葉にした。
「私はパルスィが好きなんだ」
 ――恥ずかしがる余裕もない。
 受け入れることしか――出来ない。
 絶対、萃香は呆れていると目を逸らそうとした。
「――っは」
 呵々と笑う声が耳に届く。
「ぶはははは! しまらないねぇ。くっく、大の大人が泣くって喚くかよ」
「……萃香?」
「ひーっひっひ、あはははは! ひっく、わ、悪いね勇儀」
 勇儀も私も、顔を見合わせてしまう。
 寝ころんだまま爆笑するその姿はさっきまとは違い過ぎる。
 殺気も覇気も、どこにもなかった。
 息を整えて――萃香は満面の笑みを浮かべた。
「ちょいと、あんたの覚悟って奴を試させてもらったよ」
「か、かくご……?」
 思わず口を挟んでしまう。試す、って。
 そういうことと応じる柔らかい声。
 どういう、ことなのよ。私のこと殺したいんじゃなかったの?
「場合によっては殺すつもりだったから嘘じゃあないよ」
 諭すような声が余計に混乱を煽る。まるで意味がわからない。
 場合によってはって、完全に殺すつもりとしか思えなかったわ。
 何度――死を覚悟したことか。
 私が混乱していると見て、萃香は勇儀に矛先を変える。
「あんたなら、心当たりあんだろ」
 それに、勇儀は渋い顔をした。
「ほら、あんた昔、すごい落ち込んだろ? ……恋人、亡くしてさ」
「ん……」
「あんな勇儀は見たくなかったけどさ……元気になってから、ずっと橋姫のこと追っかけてたろ?」
 淡々と――語る。
「この百年、心配でさ。あんたは恋人の影を追ってるんじゃないかって。
橋姫に恋人の面影を見て、恋人の代わりをさせようとしてるんじゃないかって」
 彼女が、私たちを監視していた理由。
 私たちに襲いかかって試した――理由。
「そんなのぁ勇儀も橋姫も苦しむだけだ。偽物の恋に縋るなんざ、どこまでも苦しむだけだ。
もしそうだったらぶん殴ってでも止めようと思ったんだけどさ――」
 よっと、一声かけて身を起こした。
 立ち上がり、勇儀を真正面に見据える。
「私の早とちりだった。悪いね」
 ぺこりと頭を下げ、すぐに私を見る。
「水橋だっけ?」
「え、あ、はい」
 反射的に応えて、ぎょっとする。
 あの鬼が、私に頭を下げていた。
「あんたにも悪いことしたね。随分厳しいこと言っちゃったわ。ごめん」
 ――ああ、ようやく、実感できた。
 誠実で、喧嘩っ早くて、融通の利かない――鬼だ。
 彼女は間違いなく勇儀の仲間、だ。
 萃香は頭を上げ、にこりと微笑んだ。
「でもあんたの覚悟を見せてもらった。勇儀にも劣らない。いい覚悟だ」
 落ちていた瓢箪を拾い上げ、そのままふらふらと歩み去る。
 動ける傷じゃないと思って、止めようとする。
 だが背中越しに振られる手に、逆に止められてしまった。
「あんたらの仲は、この萃香姐さんが認めるよ」
 そうして一度も振り返ることなく、鬼の総大将は去っていった。
 あれは、照れ隠し――なのかしら。











 一段落ということで、勇儀の怪我を手当てし直している。
 とられた腕も戻ってきたし全部やりなおしだ。
 最寄りの井戸で水を汲み傷口を洗って取れてしまった腕を固定する。
 添え木も使ったが、上手くいった自信がなかった。
 やはりこの後病院に行くべきか……いや、今はそれよりも帰りたい。
 旅自体は終わったのだからさっさと家に帰って休みたい気持ちでいっぱいだった。
 だがそこまで気力が回復しておらず、話し続けるくらいしか出来ない。
 些かループ気味になってきたので別の話題をふることにした。
 話題というより疑問。
「……結局、なんだったわけ?」
 この疑問に尽きる。私は完全に巻き込まれただけのような……
「あーんー。なんつーか、なぁ。……私の保護者気取ってんだよな、あいつ」
「は? 逆じゃないの?」
「昔はあいつの方がでかかったんだよ――っていうかな、私にだって子供時代くらいあるんだぞ」
 そんなこと言われても想像できないし。萃香の方が年上……ねぇ。
 ああ、またも締まらないオチがついたわ。
「つまり……姑にいびられたってわけね」
 本当に、締まらない。大騒ぎして、本気で殺し合って、これだなんて。
 無駄に疲れてしまったわ……
「八坂にくらいは報告しといたほうがいいかな」
「そうね――ちょっとだけど、地形変えちゃったし」
 他愛もない話を続ける。
 早く病院に行った方がいいのだろうが、色々な疲労が重なり億劫だった。
 そんな話を続けていると、そういえばと彼女が切り出した。
「泣かなかったなぁ」
「何よ突然」
「いやさ、今までで一番のピンチだったろ? 流石に泣くかと思ったんだけどね」
 随分調子取り戻してきたみたいね。
 そんなくだらないこと言い出すなんて。
「残念。簡単には泣いてやらないって決めたの」
「それこそ残念。私けっこうパルスィの泣き顔好きなんだよね」
 笑ってる方が好きだけどさと、笑顔で言う。
 彼女が調子を取り戻しているように――私もいつも通りに戻りつつある。
 だから、そんなこと真正面から言われたって――困る、わ。
「……馬鹿」
 顔が熱くて俯いてしまう。
 こんな顔他人はもとより知人にだって見られたくない。
 いつも通りの私の反応だった。
 でも、それでもまだ、私は本調子ではなかったのだろう。

 つい、口を――滑らせてしまった。



「そんなの、あなた以外に見せてやらないわ」











「聞いとくれよ霊夢~!」
「うわ、ボロボロじゃないの萃香」
「そうそうこれなんだよ! これ! 勇儀がさぁ! ついに私に勝ったんだよ!」
「ゆ? あー……地底の鬼?」
「そう! 力の勇儀! 私の娘みたいなもんでさぁ! いや何時までもガキだと思ってたのにさぁ!
この私に勝ったのさ! 本気の私にだよ!? いやぁもう強くなったよあいつ!」
「ああうん……言いたいことはわかるけど酒臭いから近寄るな」
「なんだいつれないねぇ! 祝い酒だよ祝い酒! 勇儀が私を越えた祝い酒さー!」
「へー……」
「ああもう、ほんといい嫁見つけたよ勇儀は!」
「…………嫁?」







六十一度目まして猫井です
恋人の身内が最大の敵なのかもしれませんね
ここまでお読みくださりありがとうございました
次回、「星熊勇儀の鬼退治」最終回となります


※誤字・脱字修正しました
猫井はかま
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勇パルの続き来た、これで勝つる!
決着シーンはすばらしく熱かった。
あとはもう全ての障害を乗り越えたこの夫婦(バカップル)を2828しつつ見守るだけですね。
最終回、楽しみにしてます。
8.100名前が無い程度の能力削除
こ、これが勇パルパワーか……!
そして次回ついに感動のフィナーレか!胸が熱くなるな!
12.100名前が無い程度の能力削除
最後のパルスィのデレがもうッたまらんッ
猫井さんのパルパルのヒロインっぷりマジぱないわね
15.100名前が無い程度の能力削除
さ…最終回д゜
16.100名前が無い程度の能力削除
最終回と申したか
17.100夢中飛行士削除
最終回楽しみだ。
18.100名前が無い程度の能力削除
次回で終わっちゃうんですか……。寂しいけど、次の作品もパルパルであることに期待します。退き際が肝心だ。
私は
勇パル
さとパル
空パル
幽パル
紫パル
まりパル
ヤマパル
メイドパルスィ
チャイナパルスィ
裸エプロンパルスィ
なんでもアリだ!(途中から欲望が混ざったことを深く謝罪いたします。)
21.100名前が無い程度の能力削除
最終回か・・・期待してます
30.100名前が無い程度の能力削除
マジでパルスィ死んだかと思った。
デレててよかったよほんと。
32.100MASAYA削除
泣いた…マジで泣いた…
声出して泣いた…
きっと更新を待っていた分泣いた…
次で最終回かぁ…
はかまさん、期待しているよ。

だから、勇×パルは(ryを言うのは最後までとっておくよ。
33.100名前が無い程度の能力削除
あとがきの萃香が姐さんすぎるwww
ドキドキしながら読ませていただきました。
次回、楽しみに待っております。
40.100名前が無い程度の能力削除
最終回だと・・・・。
2期を所望する!!