霊夢はぐーたらな人間かというと、そうではない。
境内の掃除やら何やら、彼女は毎日欠かさない。
ただ仕事の量がそうでもないので、午前中だけで終わってしまう。
今日もいつも通り。
彼女は障子を開けて五月の風を感じながら、季節外れのコタツに入っていた。
お茶をすすって、ほう、と溜息を吐く。
いつも通りの一日。
しかし毎日は完全に同じにはいかない。
今日はなんだか、やたらと眠い日だった。
彼女は本来、昼寝をしないで、夜早くにぐっすり寝る。
けれども、今日はとても眠かった。
「……眠い」
そう呟いて、ぱたり、と寝転んだ。
眠るつもりはなかったのだが、すぐに彼女は睡魔に負けた。
障子は開けっぱなしで、へそもちらりと巫女服の裾から覗いている。
年頃の少女にあるまじき醜態である。もっとも、寝ている彼女には分からないのであるが。
彼女は眠っている。
だから、
彼女が寝ている間に、何があったとしても、彼女には分からないのだ。
「どうも!清く正しい射命丸でーす……ってあれ。ご不在?」
天高い太陽に照らされ、黒いカラスに似た羽を収納しつつ、文は博麗神社の境内に降りた。
彼女は縁側に霊夢がいるだろうと思って声をかけたのだが、そこに霊夢はいなかった。
しかし障子が開け放されているので、留守ではないなと思いつつ中を覗く。
「霊夢さーん……うわ」
霊夢はコタツに下半身だけ入って眠っていた。
静寂。
えッ何これ、据え膳?
本能むき出しの思考が文の脳裏を過ぎった。
霊夢は寝ている姿を他人に見せない。宴会で酔っ払っても陽気になるだけで寝ない。
つまり文が今目にしている霊夢は超☆レアな霊夢である。
そもそも霊夢のことが好きな文にとっては空前絶後の垂涎の光景。
もう一度静寂。
気付くと、文は抜き足差し足で縁側に近付き、下駄を脱いで部屋に上がっていた。無論、音は立てない。
猫にも気付かれないであろう静かさでもって、彼女は寝ている霊夢に近付いた。
(うわ……これは)
目の毒であった。
へそは出てるわ、腋は見えるわ、寝顔は可愛いわ。
(……襲えってことですかねえ……)
脳内で冷静に喋っている文だが、実際のところ、動悸はするわ汗は滲むわで結構いっぱいいっぱいである。
文は努めて冷静に静かに、霊夢の顔を覗き込む。
さらさらの黒髪。色素の薄い肌。長い睫。すっとした鼻筋に、少しだけ開いた綺麗な唇。
(やっぱり、可愛いなあ……)
恍惚とした表情で、文は普段の霊夢を思い浮かべる。凛として、冷ややかでさえある横顔。
そんな鋭い普段と違う、柔らかな、年齢相応の寝顔。
(可愛いなあ……)
魅力塗れの霊夢を見つめ続け、何分経っただろうか。
いい加減、文の気分もすっかり落ち着いた。
(……そろそろ帰らなきゃなあ)
実は今、文は仕事の途中だ。上司に買い物を頼まれている。博麗神社には、寄り道しているだけだ。
しかし、ここを離れてしまうと、次、こんなに穏やかで安らかな霊夢に会えるのはいつの日か、と思ってしまう。
(……そういえば)
穏やかで安らかな霊夢。
文は、自分といる時の霊夢の顔を思い浮かべた。
(穏やかで安らかって……そういうことはないなあ……)
呆れたように笑う顔や、静かに笑う表情は思い出せても、今目にしているような表情は思い出せなかった。
なんとなく、本当になんとなく、悲しくなって、文は声に出して言った。
「霊夢さん」
霊夢は、小さく寝息を立て続けていて、起きる気配はない。
「霊夢さんは……」
そよ風が吹いて、室内に吹き込んだ。文の前髪が揺れる。
「……私のことどう思ってますか?」
返事はないが、彼女は続けた。
「私は……」
起きている霊夢にこんなことは、絶対に言えない。
「あなたのこと、好きですよ」
霊夢が小さく笑った。
(え、ウソ、起きてる!?)
一気に背筋が冷え、文の顔面温度が背筋に反比例して上昇していく。身体が硬直し、動けなくなる。
しかし霊夢は、また安らかな顔に戻って寝息を立て始めた。
ほっと胸を撫で下ろしながら、文は少し残念がっている自分に気付いた。だが無視した。
すっと立ち上がって、縁側に向かって、彼女は下駄を履いた。
カラスのそれに良く似た翼を広げて、まだ眠っている霊夢を振り返った。
「また明日も来ますね」
笑って、風を巻き上げ、文は飛び去った。
「……あれ、寝てた」
霊夢は目を覚ました。なんだか強い風のせいで起きたと思ったが、外の天気は穏やかそのものだ。
私が居眠りしたり、なぜか強風が吹いたり、不思議な日ね。
そう思いながら、彼女は伸びをした。
お茶を飲もう、と眠る前に使った杯を持って、立ち上がる。
すると、強風の被害か、飾っていたある写真が棚から落ちていた。
「……そういえば、文、今日は来ないのかしら」
拾い上げたその写真は、満面の笑みを浮かべた文が苦笑する霊夢に抱きついている写真だった。はたてと文が揃って神社を訪れた時、文がはたてに撮らせたものだ。
思い出にどうぞ、とかなんとか謎の理屈で、霊夢はそれを文にプレゼントされた。
その時のことを思い出し、小さく笑う。
「天狗の癖に、人間に抱きついて嬉しそうねえ……もう」
彼女はわざとらしくそう言って、
その写真を大事そうに、棚に飾った。
素敵です!!
勇気を出して!
あやれいむいいよあやれいむ
最後の霊夢の行動に爆発しました。
もう素直になれよお前ら!
短い文章の中に、しっかりと二人の想いが詰まっているように感じました。
ちょっとすれ違う苦さがあるからこそこうも甘い……うああ、良いなぁちくしょう!!
どう見ても両思いです本当に(ry
良いあやれいむをありがとうございました。
短い文章なのに二人の関係がよくわかるのがお見事!
この作品を直接ブックマークする衝動を押さえられないっ…!
GJ
嫌よ嫌よも好きのうちってやつですね。