※やや不快になるかもしれない二次設定描写有り
※パロネタ有り
「すみません、店主の方はいらっしゃいませんか?」
古道具屋の戸が開けられ、一人の女性が中に居るであろう人に呼びかける。
銀がかった長髪に堅苦しい帽子と服装、手には大きめの風呂敷包、人里の教師である上白沢慧音は、いつ以来であろうか、この古道具屋にやって来ていた。
此処、魔法の森との境に在る『香霖堂』には、店員は居らず店主一人しか居ない、その店主は一日の殆どを店内で過ごしている筈だ。
「――――――――――――――いらっしゃいませ」
「今の間は何ですか?」
「すみません、てっきり泥棒でも来たのかと思いまして」
「苦労しているのですね……」
扉を開けてきっかり3秒、香霖堂の店主は常に警戒を怠る事は無く、その用心ぶりに女性は少し同情する。
厄介事を引き起こす者は、総じて一触即発である。
「失礼しました、何か御用ですか?」
即座に態度を店主に切り替え、接客に専念する香霖堂の主・森近霖之助。
女性はその移り変わりにくすりと笑みを零して、用件を切り出す。
「はい。 何でも良いので『謂われの有る刀』は有りませんか?」
「謂われのある刀、ですか」
全ての道具には、その道具が作られてからの謂われが有る。
どんなに雑な道具であろうと、著名な人が扱えばその価値は非常に高まり、多くの人々に在り難がられる。
その逆に、どれだけ優れた品であっても、凡人が使えばそこそこ程度の価値の、ただの道具でしかない。
「私の知り合いに、腕利きの剣士が居ます。
それが、愛用していた霊剣が先の仕事で折れてしまったそうなので、代わりの品を探しているのです」
なるほど、謂われのある武器は妖怪にとって致命的な弱点にもなり得る、人間にしてみれば非常に優秀な武器になる。
一説によれば、現在確認されている妖怪を殺す方法の中の一つとまで言われているほどである。
しかし、それ程強力な霊力を持つ武器ともなると、そう簡単には見付ける事は出来ない。
香霖堂にもそれなりに有名な刀(非売品)が一振り有るだけで、それ以外は大抵誰かの手に渡っているか、そもそも幻想郷に存在しないのだ。
「それ程の物となると、在庫は有りませんしそう簡単に入荷出来ないのですが、暫く待って頂いても大丈夫ですか?」
そもそも、そんなに貴重な物をこの店主が手放す筈が無い、彼もまたコレクターである。
「一応、それなりの時間と代金は有ります。
しかし、今のままですと仕事が疎かになってしまうので、出来るだけ早めにしてくれると助かるのですが」
霖之助は考える、手持ちの商品に適当な理由を付けて売りつけるには、何て言い繕えば良いのだろうか。
彼の手を汚さず、貴重品を手放さず、ナマクラを売り付けるには、何をもって謂われとすれば良いのか。
自身と店と、慧音を見比べて、持ちうる全ての知識に思考を巡らして行く。
限界まで精度の高まった直感で、霖之助はある答えに行き着いた。
「それでは、貴女の力をお貸し頂けないでしょうか」
「私の力、ですか?」
「はい。 貴女の能力に、歴史を創る能力が有ると聞いております」
まず霖之助は、慧音の能力に目を付けた。
武器の謂われとは、つまりその武器の歴史を現したものであり、その武器の過去そのものである。
「それならば、武器に貴女の能力で歴史、つまり謂れを付加してやれば良いのではないでしょうか」
「確かに、それは一つの手ですね」
早い話が、捏造である。
しかし歴史上の名剣と云われる物の中にも眉唾物の話は多く、実在するかどうかも怪しい物が殆どだという。
つまり、割と根拠はどうでも良いのだ。
「満月というお忙しい時に仕事を増やしてしまうのも心苦しいのですが、品物が無い以上、すぐに準備するにはそれが一番早いかと思います」
「……分かりました、試してみます」
交渉成立、霖之助は心の中で自分の機転に賞賛を送る。
しかし慧音の表情は晴れず、今だ何か考え込んでいる様にも見えた。
すかさず霖之助は追撃の言葉を次ぐ。
「ああ、勿論御代は基の武器の分だけで結構です。 主に貴女の力を頼りにしてしまいますので」
「いえ、そういう事ではないのです。 ただ、付与する歴史は何を参照すれば良いのかと考えてまして」
「確かに、伝承をそのまま引用して創り出せば、霊力も相応の物が出来るでしょう。
――しかし、それは大きな賭けですね」
「賭け、ですか?」
うむと頷き、霖之助は自論を慧音に伝える。
「まず、壮大な歴史を創り出すには、相応の力が必要であると思われる事。
貴女の求める謂われの有る武器とは、概ね壮絶な歴史を持っています。
例えば、布都御魂と呼ばれる霊剣が有りますが、かつては神が振るい一国を治めた事に始まります。
その後も様々な霊的な経緯をもって、今の世に語り継がれて来たものですから、相応の力が振るえるのでしょう。
しかし、その力を再現するとなれば同一の歴史をもう一つ創り出す必用が有り、それは一筋縄ではいかないと僕は考えます。
その様な神話の如き霊剣の歴史に対して、貴女の能力が何処まで通用するのか、それは僕には見当も付きません。
また、同じ歴史が二つ存在するという矛盾を補うには更なる歴史の創造が必要でしょう。
よって、歴史上の霊剣を作り出すというのは、神々の力に匹敵する程の影響力と霊力が必用だと思い、不可能だと言えます」
「えっ? えっ? あっ、は、はい!」
霖之助の熱弁に、流石の慧音も寸瞬後れを取る。
直感と論理の舌戦は、直感に大分有利に進められていた。
「そして、僕が提唱する案は、貴女の能力によって未知の歴史を創り上げ、それを霊剣として現す方法です。
それは即ち、言い伝えも架空、製造方法も架空、持ち主も偉業も能力も全て架空の、新しい歴史を創り上げる事。
それを武器の歴史として組み上げれば、由緒正しき謂れを持つ霊剣の完成です。
架空の歴史であれば、現在に残存する歴史との矛盾も生じませんし、元々無い歴史に干渉する程度では、それ程苦労はなさらないと思われます。
そして、自分で歴史を創り上げる以上、お好きな能力を武器に付与する事も可能です。
一応申し上げておきますと、これらは全て実例が無く僕の推論に過ぎませんが、貴女の能力を見込んでの提案とさせて頂いています。
その可能性に賭けて、貴女のご協力を願えないでしょうか?」
整然とした暴論を振り翳し、見た目若き店主は見た目若き女教師へと迫る。
微妙に難しい言葉を捲し立ててはいるのだが、要約してみればその殆どは意味が無い事が分かる。
変に冴えた霖之助の思考は、捻じ曲がった説得力の一語のみに秀でていた。
「……分かりました、やってみましょう」
何処まで理解したのか、慧音はその意見に賛成した。
勿論霖之助はガッツポーズ心の中verを決め、詳しい話をすべく互いに椅子に座る様誘う。
「僕が武器を提供します、それに貴女の能力で歴史を創り上げるだけの、簡単なお仕事です」
椅子に腰掛けるなり、怪しさ満点。 組まれた両手の指が余計に胡散臭い。
しかし慧音は既に意思を固めており、霖之助の言葉を聞き逃さない様しっかりと耳を傾けている。
「創り出す歴史の内容は……もし良ければ、こちらの方で用意しておきましょう。
満月の日までに貴女に草案を渡し、それを参考に貴女が歴史を生み出す、この様な感じでよろしいでしょうか」
「はい、やってみます」
交渉成立、と霖之助は慧音と握手を交わし、具体的な希望を問う。
「そうですね……出来るならば刀の形が良いそうです。
今まで使って来た武器が刀だったそうなので、扱い易いのではないかと」
「分かりました、ちなみに大きさは――」
「ああ、それなら丁度此処に現物が有ります。
折れてしまったので使い物にならないのですが、それなりに価値の有る物ではないかと思い持って来てみました」
そう言い、慧音は手に持った風呂敷を机の上で広げ、中身を霖之助に見せる。
刃の中ほどで折れている刀だった二つの物を一瞥し、一息吐いて答えた。
「――そうですね、確かに折れてはいますが、中々に興味深い物です。
これで今回の話の代金の代わりにしましょうか?」
「はい。 許可は得られていますし、私も構いません。 手持ちに余裕が無かったので、助かります」
実際の所、霊剣とはいえ名も知らない折れた武器に興味は無いのだろう、慧音はあっさりと承諾する。
一方霖之助は、表面上は平静にしているものの、その内では歓喜と驚愕で今にも身体が震えそうだった。
「では、確かに受け取りました」
折れた剣――元は対だったのだろう刀の片割れを倉庫に収め、霖之助は早々に商談を切り上げた。
慧音を見送り、再び静かになった店内で、霖之助は腕を組み、一人唸る。
「さて、どうしたものか」
話を承諾したものの、霖之助には架空の歴史を創り出す事に関しての発想はそれ程秀でているわけではない。
故事や知識を基に理論を組み上げる霖之助では、必ず何かしらの因果を含めなければ、未知の領域に踏み出す事さえ出来ないからだ。
架空の歴史、オリジナル、イコール捏造、という点から、天狗にでも協力を仰ごうとも考えたが、それは却下した。
何よりも恐ろしい『見返り』が確実に催促されると分かっていて、そんな事に手を出す人は居ないだろう。
「……仕方が無い」
満月まで一週間、霖之助はもうすぐやって来るであろう魔法使いに、この話を持ちかける事にした。
勿論、ある程度の土産は準備しておいて、ではあるが。
そして数日後、賑やかな魔法使いの伝手を辿り、香霖堂に三人の英傑が集った。
「中々面白そうな企画じゃない、折角だから私も参加するわよ」
信頼と実績の全世界ナイトメア、安定感では右に出る者無しの脳無し吸血鬼。 レミリア・スカーレット
「本当は師匠が来る筈だったのに、忙しいからって代わりに来させられただけなんだけど……」
そのセンスは読み仮名必須、子供の名前が心配になる月の兎。 鈴仙・優曇華院・イナバ
「素敵な企画ですね、これは血が滾ってきますよ――!」
清楚な見た目だがその潜在能力は未知数、外の知識は何処まで明後日の方向に傾いて行ってしまうのか。 東風谷早苗
「なるほど、面白い人選だ」
スペルカードを見ただけで分かる、彼女達のドス黒い経歴。
武者震いにも似た何かを背筋に感じながら、霖之助は魔理沙の人望に深く感謝し、同時に何故か身体の奥底から熱いものが込み上げて来るのを実感した。
いつの間にか、拳が強く握り締められていた。
「それで、伝説を設定したいという剣はどれですか!?」
最高にハイってやつな風祝が、息を荒げて霖之助に迫る。
その眼には、人里の少年名は平助(14)にも似た輝きが宿り、今にも漆黒のオーラを身に纏うであろう力強さを感じられる。
僅かに気圧されながらも霖之助は物を取り出し、レミリア、鈴仙、早苗にそれぞれ手渡す。
「此処に三振りの刀が有る。どれもなんて事無い普通の刀だが、これを霊剣と呼ばせる程の伝説を考えて来て欲しい。
その伝説通りの剣を創り出せるかどうか、実験みたいなものさ。
勿論、完成した時には、それなりのお礼はさせて貰うよ」
ルールはただ一つ、過去の名品に準えない事。
それ以外ならば、ありとあらゆる歴史を受け入れる事を約束し、霖之助は簡潔な説明を終えた。
「期限は?」
刀身を興味深げに眺めつつ、鈴仙が問う。
どうやら少し興味が湧いて来たらしく、紋様や柄を眺めては、何かしら考え込む様に口元を押さえている。
「満月の夜までに。 今からだと、大体五日くらいかな」
「分かったわ」
それだけを言い残し、鈴仙は刀を手に竹林へとクールに去り行く。
その背中に見えそうになったオーラが、彼女の準備は整っていると明確に示している。
鈴仙は、やる気だ。
経験による自信に満ちた気合が、鈴仙の身体から溢れ出しているかの如くその身体に纏われる。
「……フフ、面白そうじゃない」
声色に微かに同様を見せているのは、従者を連れずにやって来たレミリア。
鈴仙の実力を知る彼女にとって、鈴仙の本気に対抗出来るか、無い脳内でシミュレートしているのだろうか。
頬を伝う冷や汗を拭う事もせず、強敵と認識した者の背中を、じっと見つめている。
「いいわ、この勝負受けて立つ。 あんな兎程度に遅れを取るなんて、恥も良い所よ」
いったい何と戦っているのか、それはレミリアだけが知り得る事。
羽をぴんと伸ばしきり不適に笑うその姿には、恐れる事の出来ない似て非なる威圧感が見え隠れする。
「勝負、ですか?」
そんな中、現人神だけはマイペースを崩さず、恍けた様に不思議がる。
恐らく『勝負』という言葉が耳に入ったのだろう、両の手を組んでそわそわしていた。
「ええ、勝負よ。 この依頼、どれだけ派手な伝説を創り出せるか、というね」
はっきりと言葉にする、はっきりとしない内容の勝負。
しかし既にキマリきっていた早苗、レミリアの言葉にテンション丸出しで応える。
「勝負……ええ! 勝負です!! レミリアさん、鈴仙さん!!」
腕を肘の所で90°に曲げ、両手は気合の拳を握り、高らかに叫ぶは戦いの咆哮。
早苗の周囲にに吹き荒ぶ風は早苗の色々なひらひらをギリギリまで吹き上げ、荒々しさのみを華麗に表している。
世界が違えば頭文字超になるであろう、魂の叫びだ。
「良いわ、やはりそうでなくちゃ面白くないわね、人間!!」
ダン! と地面を殴り付けその意志を示すレミリア。 ちなみに地面は無傷だった。
明確な戦意を交し合い、レミリアと早苗は各々の刀を手に、背中合わせに去り行く。
「――さあ、どんな手で来るのかしら」
そんな二人の溢れんばかりの闘志に、波長を操る鈴仙が気付かない筈が無い。
強過ぎる漆黒の波動に僅かながら気圧され、足が歩みを止めた。
確かに、鈴仙の実力は三人の中では低い方だろう、そもそも読めない可能性が非常に高い。
しかし彼女には経験が有る、自身への矜持が有る、そして今だ晴れぬ鬱憤が有る。
その力を支えに、鈴仙は自身のイメージを伝承へと昇華させていく。
既に同志の袂は分かたれ、三人の傑物は磨き上げた己が才を忌憚無く発揮するべく、それぞれ在るべき所へ向かう。
この戦い、勝利を収めた者には『天下の奇才』の名を与えられる、そんな気がしたからだ。
そして、嵐去りし後に残された霖之助は、熱く滾る心に驚きを感じていた。
「これは……もしかすると、僕は途轍もないものを目覚めさせてしまったのかもしれないか」
かつて霖之助も感じた、この感覚。
その昔、半妖だった自分を誇りに思っていた頃を思い出して――――頭を抱えてのた打ち回った。
そして満月の前日、香霖堂に訪れた早苗は、とても楽しそうに手に持った刀を振り回していた。
店の商品に当てていない辺りまだ良心は有るようだ、と既に壊されたいくつかの品を見て、霖之助は思う。
「出来ました!」
「ありがとう、君で最後だ」
早苗から小さめの手帳を渡され、霖之助は身構える。
中身を見なくとも分かる。 この中には悪魔が封じ込められている、と。
「どうかしました? 何だか凄くやつれている様に見えますが」
「いや、何でもないよ……」
この数日、記憶から無事消去されていた自分自身が鮮明に蘇り、霖之助はかなり憔悴していた。
思い出の鍵を一つ思い浮かべる毎に、全身が沸騰する様な現象に苛まれる。
NGワードは多数、長く生きる彼は若かりし頃も長かった。
「確かに受け取ったよ、明後日また来てくれ」
「はいっ! 楽しみにしています!」
威勢の良い返事を返し、刀を置いた早苗は、口笛とスキップで店を出る。
「さて、こいつを渡しに行かなきゃな」
今しがた受け取った早苗の手帳に加え、引き出しからレミリアと鈴仙の物を取り出す。
中身は見ていないが、恐らく素敵な伝説が書き込まれているのだろう、眺めているだけで戦慄が走る。
この手帳は、この日慧音の手に渡り満月の夜に歴史として生まれ変わる。
その時何が起こるかは、霖之助にも慧音にも分からない。
それでも、まだ可能性は残されている。 人と妖怪の手によって創り出される、新たな歴史を見られる絶好の機会が。
「――ありがとうございます、それではまた後日」
人里の寺子屋の傍の民家、四組の手帳と刀を慧音に渡し、霖之助は帰路に付く。
僅かばかりの後悔とそれ以上の不安、それらを一蹴してしまう壮大なまでの好奇心が、霖之助の頬を緩ませている。
何か大切な物と引き換えに、彼は道具屋としての使命感の赴くままに、この依頼を成し遂げようとしていた。
更に二日後、いつも通り本を読みながら店番をしていた霖之助は、香霖堂の戸を叩く音に気付き、嬉しそうに客を出迎えた。
「すみません、先日依頼された商品を渡しに来たのですが」
現れた慧音は、三振りの刀を一纏めにして小脇に抱え、片手に小さな風呂敷包みを持っている。
机の上にて広げられた風呂敷の中には、三冊の手帳が重ねて入っていた。
「お蔭様で、無事刀を渡す事が出来ました、助力有難う御座います」
深々と頭を下げる慧音。
しかし霖之助の興味は、風呂敷と同じく机の上に置かれていた三振りの刀に向けられていた。
「それでは、気に入って頂けたのですか?」
「はい。 刀を渡した途端『今宵の刀は血に飢えておる』と叫んで飛び出して行きそうになりました。
まだお昼だったと気付いて、戻って来ましたけど」
クスクスと笑いながらその時の事を話す慧音。
まるで我が子のおいたを微笑ましく見守る母親の様だが、霖之助はあえて何も言わなかった。
「それからも、『この世に斬れるもの無し!』と無敵な感じで格闘家に戦いを挑んだり、
庭先で真剣に型に囚われない剣の練習をしていたりと、とても気に入っていました」
「なるほど、それは何よりです」
「何でも、刀身が二由旬弱ほど伸びるそうで、庭の手入れに役立つと嬉しそうに話していました」
この剣を創り上げたのは慧音の力なのだが、霖之助は厚意に正直に答えた。
変に譲り合うのは面倒なだけだと、経験が言っている。
「それで、これは残りの分です。 あまり多く手元に置いておいても意味が無いものなので、よろしければどうぞ」
「そうですか、わざわざ有難う御座います」
見た目には渡す前と変わらない刀が、霖之助に差し出される。
それを受け取り、傍らに置いて話を続けようと向き直った。
「すみませんが、私はこの後用事が有るのでそろそろ戻ります。 有難う御座いました」
「こちらこそ、今後ともご贔屓に」
お互い立ち上がり、慧音は店から出るべく軽く身支度を整える。
荷物を全て香霖堂に置いていくという事で、それはすぐに完了した。
「では、これで失礼します。 ラ・ヨダソウ・スティアーナ」
丁寧にも一礼までして、慧音は店を出て行った。
「――それにしても、予想以上の収穫だった」
店に残された三振りの刀を前に、霖之助は喜びを隠し切れないで居た。
道具の名前と用途を見るという霖之助の能力が、確かに今までとは違う物をそれらの刀に見ている。
霖之助の提案と慧音の能力が、見事霊剣の精製を成功させたのだ。
「さて、後はこれらの使い方を確かめなければいけないか」
残る作業を前にして、霖之助は窓から空を見上げる。
雲は殆ど無く天気は良好、日は僅かに傾き始め、その時まで間もない事を示している。
もういくらかもしない内に、この道具の使い方を知る者達が香霖堂にやって来るだろう。
「……一応、確認しておくか」
それまでの間、もう一度この刀を見直し、少しでも我が物にしようと手帳を開き、読み始めた。
「すみません」
然程経たない内に、香霖堂に一人の少女の声が響いた。
一週間ほど前に聞いた声、その内の一人である東風谷早苗は、とても期待に満ちた様子で、店内に乗り込んで来る。
「失礼します」
「店主、例の物は出来てるの?」
続けて、鈴仙とレミリアも店の中に入り、途端に店の中は騒がしい少女達に空気を占領されてしまった。
「大丈夫だよ。 まだ実験はしていないけど、君達の望み通りの物が出来たんじゃないかな」
そう言いつつ差し出される剣。 確かに霊力の宿るそれらに、少女達の目の色が怪しく変わる。
「「「…………!」」」
三人の少女は、眼を輝かせてそれぞれの刀を受け取る。
直後、まるで子供が玩具を得たかの如く、刀を手に不適に笑い合いカッコいいポーズで構えた。
三者とも微動だにせず、吹き荒ぶ風だけが長い髪を揺らしている。 屋内なのに。
「さて……決闘(や)りましょうか」
誰が口火を切ったか、その一言と共に少女達は揃って店の外に出て、向かい合う。
ある者はくるくる回しある者は肩に担ぎ、思い思いに先頭直前の緊張感を演出する。
「フフフ……」
自ずと士気は高まり、口元から笑みが零れ、身体に心地良い痺れが走る様な高揚感。
そしてタイミングを示し合わせたかの如く同時に構え、吼える。
「女神フェフェルゼヴュートの加護を受けし剣・セレスレジェンドの前では、全ての者が平伏す事になるのよ」
「月の裏に潜む鵺の爪、其の絶大な力宿す赤斬驟雨(マーサロアムネン)に、敗北は無いわ!」
「カースソード・ジルは鋼鉄を纏う蝶の無限の力が有る限り、どんな敵でも一撃必殺です! 」
自己紹介、もとい最強の剣の名乗りを終え、鼻息荒く刀を構える三人。
その瞳には人里の少年平助(14)の輝きが宿り、尋常ではない意思が光を放つ。
そして、戦いは前触れも無く始まった。
「否、至にて異、亜半弦になほ紅張り斬る魔――――コウマ・ケダルァ!」
「熱い思いが今、翼となって羽ばたく! フレアフェニックス!」
「全てを破壊する力! 斬鉄姫刃(パッセージバディ)!」
声を張り上げ斬撃一つ、放たれた派手な光と弾幕が草原を揺らし、その只中に三者が同時に飛び込んだ。
ギィン、ギィン、と響く金属音と弾幕の着弾が衝撃の輪を広げ、周囲の木々を盛大に揺らす。
振り落とされた葉が渦状の風に巻き上げられ、一層の力強さを現した。
「ふははははははははは!!」
テンションの振り切れた誰かが、高らかに笑う。
思いのままに振り回される力を手にし、乱暴に扱う様はまるで子供の様に生き生きとしている。
繰り広げられる激しい剣戟と弾幕の決闘、その実彼女達は全力で戦い続けていた。
やたら壮大なだけの勝負を傍で眺めていた霖之助は、溜息を一つ吐いて呟く。
「長台詞お疲れ様」
三振りの霊剣大戦から数日後、嵐達の残したブラックヒストリーを眺めながら、香霖堂で一人溜息を吐く霖之助。
結局、三振りの霊剣はそれぞれが持ち帰ってしまい、香霖堂には折れた剣だけが残されただけだった。
得物を手に脅されたからだというのと、ものの見事に剣が使い手を選ぶ仕様がかかっており、霖之助が試しても何の反応も起きなかったからだ。
武器屋としては正しい判断かもしれないが、ここが古道具屋、商品は売れなければ意味が無い。
「――店主、居る?」
前触れも無く耳に届いた随分と気の弱い声、だが客かもしれないと、やっぱり三秒程待ってから霖之助は店の戸を開ける。
戸の前に居たのは、長い銀髪に赤いもんぺ、頭上に御札の様なリボンを巻いた少女だった。
背が低めで更に俯いている為、霖之助からではその顔色は伺えないが、声色と様子から少し元気が無さそうな雰囲気が見て取れる。
どうしたものかと迷っている内に、霖之助を見上げて、心配そうに話す。
「慧音が厨二病こじらせて倒れた……」
や、やめろ! やめてくれ! うわああああああ!?!?
やめろおおおぉぉぉぉぉ!!!
これぐらいしかわからん
しかしこれは恥ずかしいww
それぞれの剣に秘められた歴史は一体どれだけのものだったのだろうか……
ここまで堂々と厨二病をぶちまけられるストーリーにした作者に乾杯。
一箇所報告です「思い思いに先頭直前の緊張感を演出する。」戦闘直前
僕は今でもそんなことを考える毎日です。
そしてやはり中二病は不治の病だと確信。
「過去を振り返るな」というのは教訓にして警告ね