十六夜咲夜は、それはもうこの上なく献身的に紅魔館に尽くした。
その理由は単純に『育てられた恩』というそれだけのものではない。
もしも咲夜の明敏がもう少し度を過ぎていたならば、自信を持って紅魔館を後にしただろう。何かを成し遂げに旅立っただろう。
または咲夜の愚鈍がもう少し甚だしかったならば、今頃適当に恩を返して紅魔館を去っていただろう。
咲夜は自分が強大な力を有してはいるが、無学で思慮の浅い、肝心な所で力の使い所すら誤る弱き小人物、完全な従者気質の人間である事をよく理解していた。
従者にしかなれないと理解していた。また大人物たるレミリア・スカーレットの従者である事には、強い喜びを感じていた。
しかし従者とて口を出さねばならぬ事が有った。
紅魔館の尖った屋根の上にかかったのは十六夜の青白い月であった。
光は建物の蛇腹を照らした。または窓や廊下の上に流れた。
庭の花壇や噴水にも、月はあまねく射していた。
上がっては落ちてくる噴水の上部にできた水盤に光が降りてきて、銀色を伴う小人の踊るが如くに震えて停滞していたのは何とも美しかった。
そういう夜に、咲夜は呼ばれて駆け付けたのだった。
愛らしい彼女のお嬢様は私室のベッドの上で、ただ薄く子供の笑みを浮かべて言うのだった。
「咲夜―、ケーキとコーヒー用意して」
レミリアは独りで居た。読書を続ける為の間食であることは明らかだった。
「お嬢様、夜更かしは美容と健康によくありませんわ。
それと、余り甘いものばかり食べすぎないように」
決して悪意有る注意ではない。当然だ。完璧瀟洒な咲夜さんが悪意や私的な感情で注意などしない。
証拠に咲夜は慈愛に満ちた眼差しをしていた。ところが従者に向かって吸血鬼は言った。
「親じゃないんだから、さ、いきなり小言を言わないでよ、咲夜」
軽い声色。
それは随分軽い口調であったが咲夜には、確かな拒絶を孕んでいるように聞こえた。
咲夜は結局、強く言い返す事をしなかった。お嬢様ももうお疲れの筈だ。ただ一言。
「お願いですから、お身体を大事になさいますよう」
部屋を出ながら咲夜は呟いていた。口の端から細い息を吐くように。
乾いた部屋の空気は思いの外に大きく震えて声を伝えた。
彼女の主人の耳にも届いた筈だが返事は無かった。ばたんと扉が閉められれば、その赤い寝室で吸血鬼を取り巻く空気たちが再びの静寂を満喫した。
……咲夜はそれから時を止めて、ケーキを用意しに行った。
機嫌の悪い時のお嬢様がたを宥めたりとか急な来客が有ったりとか、ケーキの用途は多いから、こういう時の為に既に残して冷やしてある。
魔法を応用した冷蔵庫の中を覗く。開けてから付いた中の灯りに端正な顔を照らされながら、メイド長はほうと小さな溜息をついた。
紅魔館前の花壇は夜目にも白く輝いていて、心を穏やかにしてくれるようだった。
夜に門前に来るのは見回りか、何か話したい事が有るのか。
「私がこのまま無為に消えるのではないかと不安なのよ」
「お嬢様は感謝を口に出したりはしない人ですよ」
表情に激しい焦慮を浮かべたメイド長に、門番の妖怪が宥めるように言った。けれども。
「そんな事一つも望んじゃいない。一度たりとも、望んだ事は無い」
咲夜の目はどこまでも真剣だった。
「感謝されていようといまいと、その日、ついにその日の私は実際の所、夕食に料理される鴨程の価値しか無い。私を戦慄せしめるのはその事実よ。
私が残すもの全てがお嬢様にとって永遠の糧になるように、私は願いたいの。ねえ美鈴、こんな私は傲慢かしら。運命を司るスカーレットデビルたるお嬢様に対して、一個の人間が願う事としては余りに不敬かしら」
言って十六夜咲夜は、二、三度ごほごほと咳をした。それを押さえた彼女の手には、かすかに赤いものが滲んでいた。
―――――― すべての存在の死について ~幻想郷最後の異変~
葬送の日の激しい太陽光線には憤怒にさえ近しいものが感ぜられた。
葬儀そのものは部屋の中紅魔館の大広間に於いて行われたから日の光は入らなかったものの、暑く重苦しい空気は依然失われる事が無かった。
客は多かった。幻想郷の殆どの人妖が集まったかのようであった。
彼女は紅魔館の外交窓口で有ったから人里や妖怪の賢者たちにさえ知り合いが有った。
あんまり人数が多いものだから、門を通す時ぼうっと立っていた美鈴はそれでも気が遠くなりそうだった。
きっと幻想郷で今まで行われたうちで、せいぜい十数年しか生きていない人間のものとしては、これは最大の葬儀であった。
他の誰でも無い、十六夜咲夜が亡くなったのだった。
式次第は基本的に西洋式であるが、場所が紅魔館であるゆえに神式ではなく悪魔式で行われる。
悪魔式の葬儀とはほとんど無宗教の葬儀という意味で、この館を取り仕切る悪魔である所のレミリア・スカーレットが思うままに勝手にやるという事だ。
幻想郷ではどちらかと言えば火葬が一般的であったけれどもレミリアの意向で彼女の遺体は荼毘には付されず、土葬にされる事が決まっていた。
そのレミリアはずっと、棺に縋って泣いていた。
死因は医者が鑑定した訳ではないが、どうやら過労であるように思われた。
レミリアもそれを認めた。意外な事に……、率先して認めたがった。
自分が働かせすぎた、自分のわがままが過ぎた為に、咲夜は碌に休む時間も取れなかったのだと。
その事をずっと泣きながら叫んでいた。
自分こそは最低最悪の主人であると。暗君の下に名臣有りと古くから言う。それはいい。ただとにかくあんまりくど過ぎた。
ひょっとしたらこの幼稚な悪魔は自分の不幸を最も幼稚なやり方で顕彰したくてこんな大々的な葬儀を催したのではないかと、見ていた霊夢が邪推して、咲夜と同じ人間として嫌な気分にさえなる程であった。
同じ想いを抱く人は、特に咲夜の死について深い悲しみを受けていない連中にまだ幾らも居た。
天狗の記者が二、三匹取材に来て、あたりを忙しなく飛び回っていた。
生前の故人の様子など人に聞いては、羽根ペンをノートに走らせる。
射命丸文が人ごみの中をぶつからずに疾走しつつ、一人について五秒ごとで記事を纏めていく所はもはや曲芸であった。聞き上手にも程が有ろう。
その彼女らなどは失礼にも、レミリアが『悲しんでいる自分』を演じ、見せつけるのに陶酔しているのではないかなどと噂しあった。
あんな風に悲しんで見せて、同情を買おうとしているんじゃあないか。浅はかな事だ、とも。
天狗らの考えは間違っていた。
何故ならこれは飽くまで妖怪の視座に立った推察で、妖怪たる者人間の一人や二人死んだとてそうは動ぜぬものという固定観念有りきのものである。
しかしながら今は射命丸文がかつて懇意にしていた人里の情報提供者を不慮の事故によって失った時や、犬走椛が人里に知り合った将棋の名手についに一度も勝てぬまま死別する事になった時とは訳が違った。
文の方は密かに肉体関係すら持っていたが、それでもレミリアにとっての咲夜には遠く及ばない。
二人の関係は血を分けた肉親以上に親密である筈だった。
ともかく段階を踏まないこんな突然の死によって引き裂かれて良いものではない筈だった。
特にレミリアには聞き分けのない所や、よく我がままを通す所などあったけれども、咲夜はそれを受け入れて余り有る程に従者としては優秀だった。
レミリアにだって良い所が有った。例えば従者が何を言おうと基本的にはカリスマ全開でニヤリと笑って誤魔化せる包容力などそれであった。
他にはいつだって心の底から従者の事を信頼していた。行動には示せない事も有ったが……。
二人の関係は血を分けた肉親以上に親密である筈だった。少なくともレミリアはそう思っていた。
ただ今は微かに、そう思っていたのが実は自分だけだったのではないかと疑っていたが……。
とにかくレミリアの態度に今、一点の演技も無かった。
喧嘩別れしたまま死別した不幸も、自分がこき使っていたという罪悪感も、一点の曇りも無く事実、有るものであった。
……少なくとも、この日この時の時点では。
アリス・マーガトロイドは若かった。妖怪であったが、寧ろ外見の年齢よりも彼女は若かった。
友人たちと対等に付き合うために肉体を成長させる魔法をかけていた。
若く、また彼女の母親とは魔界神であり、昔の知り合いは魔界にて、新しい友人も幻想郷にて殆ど健在である。
つまりは知り合いの葬式というものに出た事が未だ無かった。
ところが咲夜と実はかなり親しかったのと、生来の、意外な程の物見遊山的性質から最前列に居た。
これが黙祷をせよと言われて、困った事に勝手がわからない。
横目に見ると見知った常識人では八意永琳が居た。
瞳を伏せては手をすり合わせ、哀悼の祈りを死者に捧げていた。
アリスも猿真似に目を閉じて、柔らかい少女の手を念入りに合わせた。
相も変わらずわんわん泣いていたレミリアは細く眼をあけてこの若い魔法使いの方を見た。
はじめそのぎこちない祈りを心の中で軽蔑してやろうと思った。
彼女の中に有る咲夜の死に対する無思慮、無感情、無遠慮が、きっと透けて見えるような気がしたのだ。
しかし数秒も立てばむしろ見えてきたのは彼女が今ただ真摯にメイド長の死を悼もうとしているというその事実ばかりであった。
吸血鬼には今やその祈念がまるで自分の前で神に祈っているような、大変に忌々しいものに見えてならなかった。
それでレミリアがアリスの方を見る視線をきっと睨みつけるようなものに変えると、人形遣いの少女は申し訳なさそうにびくりと肩を竦めた。
顔を蒼くした。何か不慣れゆえに間違った事をしてしまったのではないかと思ったのだ。
この素直さも、普段の無愛想な彼女には無いものだった。
なんだかとてつもなく腹が立った。これは理不尽な怒りであると自分でわかっていた。
ぶつける先が無いからにはとにかくただひたすらに、狂わんばかりに泣きわめくのだった。
弔問の客は夕方になっても入れ替わり立ち替わり、全く途切れるという事が無かった。
一人一人棺の傍まで行っては、故人の冥福を祈って美しい一輪の花を捧げるである。
……その中に霧雨魔理沙が居た。
未だ泣きわめくのをやめぬレミリアを見て、彼女はぽつりと哀しげな目で、
「はしかのようなものか」
と呟いた。それから魔理沙は俄かに、静かにごほと咳をした。
……血が出た訳ではない。本人は咳払いのつもりだった。
しかし魔理沙にはわからなかった事だが手についた白い綿のような物は、甚大な損傷を受けて剥がれ落ちた彼女の肺臓の一部であった。
レミリアは聞かないふりをしていたが、その実鋭い聴覚で魔理沙の呟きを聞いていた……。
その夜、博麗神社には音も無かった。
博麗霊夢は、ルーミアにでも逢わないものかと夜のお散歩を気軽に楽しんでいた。
昼に寝たせいで眠れなかったのだ。
石段をずうっと降りた所で、見えたのは人影。
近づいたら見えたのは緑の髪。
更に近くまで降りて行くと、それは東風谷早苗の後ろ姿であった。
よく見ると早苗は、まさに石段の一番下に座っていた。
「こんばんは、何か御用?」
声をかけた。
しかし意外な事に東風谷早苗はそれに振り向きもしないで、ぶつぶつ、ぼそぼそと何事か言い始めたのだ。
「……老いというものを感じずに死ぬのは、ある意味で希望通りでも、ある意味でまた我慢ならない事ではありませんか。
そもそも……。身体の自由がきかなくなり、少しの運動で息が上がる。
また姿も醜くなって、身体からは隠しがたいあの不快な加齢臭さえ漂い始める。
やがては逃れ得ぬ病に罹って、最期にはこの上無く苦しんで、苦しんで、死ぬ。
あの死の足音を耳の側に感じ続けるよりは、むしろ絶対的な他者によって劇的な死を迎えたいと思うものです。
若いままの自分を英雄的な死によって失いたいものです。
そういう願望は、霊夢さんにも有りませんか?」
一応会話というものをこちらから試みていた筈が、まるでいきなり呼びかけられたような感覚が有った。
霊夢は率直に、何の話をいきなりするんだこいつはと思った。だが普段から早苗は時々こんな、よくわからない言動をする。
外界で育った年頃の少女はみなこういう調子なのだろうなと、霊夢は勝手に思っていた。
そういう時に博麗霊夢は一応話を合わせてやる事にしていた。
ところが早苗はこちらが相槌を打つより先に、続きを話し出したのだった。
「それなのに英雄的な死とは、戦争の無い現代では滑稽なのです。
弾幕ごっこも普及してしまった、今や本気で恐ろしい世界の敵なんか居ないのです。
逆説的かもしれませんが、戦争よりもリアリティの無い、あの空想しかないんです。
わかりますか? それが『世界の終り』です。
『この私が死ぬのだから、世界くらいは滅びてもらわなくては困る』……」
ここまで来るといわゆる若年の性質に従って戯言を言っている訳ではない。
むしろ性質について言っている様子だった。そしてその性質という事なら、博麗霊夢にも覚えが無いわけでは無かった。けれども。
「それがどうしたっていうのよ」
博麗霊夢はピシャリと言った。
早苗の首筋が後ろからも見えて、細い月光に妖しく、白く光っていた。
「誰かが呼んだのかも。自然に来たのかも。私にわかる事ではありません。
ところが世界の終りが来たとして、死とは一通りに訪れるものではないのです。それは多種多様な着物を纏って、様々な姿で私たちを連れ去りに来るのです」
その時早苗がにやりと笑った気がしたから、悪い冗談を言っているのかと少し気を悪くして前側に回った。
しかして予感に反して、彼女には今全く表情というものが無かった。ところが目が爛々と輝いていたのだ。
とても暗かったのに、その瞳はぞっとするほど美しく。まるで何かがやってくるのを、見通し、期待しているようであった。
霊夢はそこに一つの奇妙な、新しい妖怪が誕生したのではないかと、恐れさえ抱いた。
それからどうやって帰ったのか……
朝に鶏が鳴くのを聞いて、博麗霊夢は目を覚ました。もう日は斜め四十五度くらいまで昇ってしまって、僅かな雲間から光を届けていた。
なのに霊夢は、早苗がまだ昨晩の場所に居る気がした。きっともう一度会わねばならないと。
じりじりと日が高くなる前に、必ず訪ねて行く必要が有りそうである、と。
……早苗はゆうべと同じ場所に座っていたが、話す事は叶わなかった。
顔は青白く血を吐いて、またそれに十倍する程の量の血液が胴からもう流れ落ちてしまっていた。
顎には口の幅に赤く乾いた幕が下りたようであった。服が傷の幅に赤く染められてもとても汚くは見えなかった。
乾いた血は赤色を保ったまま、大地の黒い枯れ葉、腐葉土たちに染みて行くのだった。
きっとあの時にはもう死んでいたのだ……、理屈に合わない事ではあるけれど、博麗霊夢はそう直感していた。昨日日の暮れてすぐくらいにはもう。
……僅かな朝の日の光が悲しい全ての事実をまざまざと照らし出し、初めて現実の物にしたようであった。
血溜まりを出現させ、傷口を具現化し、それまで曖昧にたゆたっていたあの死と呼ばれる災厄を、はっきりと映し出したのだ。
……死は一通りに訪れるものではない。それは多種多様な着物を着て、様々な姿でこの弱き人間たちを連れ去りに来る。
東風谷早苗の場合に於いて、死とは肩から胸に通り過ぎた大きな傷であった。
赤黒く凝固した傷口は、乾いて水を求めている。それに答えるのは蝿たちだった。
黒く埋め尽くされた中に時々白い骨すら覗いている。完全なる死体の様相であった。
死体と話したかもしれぬという推察は、博麗霊夢を驚かしめるに値しなかった。
それよりも重要な一つの事実が音楽を伴うが如く荘厳に、霊夢によって予感され始めた。
すぐにわかる事だ。これが事件ですらないことなど。これからは死が日常の中に入り込んでくるのだ。
時に脚注のように時に句読点のように、人の死が生活の文脈の中に紛れ込んでくるのだ。
それがどこからやってくるのか霊夢の勘をもってしてもわからないにせよ……。
折しも雲たちが空一面に広がって太陽を完全に覆い隠したので、今日この土地が熱さに苛まれる事は無い様子である。
霊夢は、拭い難い分厚い雲に包まれた深い紺色の空に、『全ての存在の死』と銘打たれた巨大な存在の牙が煌めき、大地に突き立てられたのを見た。
彼女にはわかった。自分がその脅威を、すぐにでも我が身をもって経験するであろう事すら。
レミリアの時は、咲夜の死からこっちずっと止まっていた。
それは寧ろ好ましい事であった。
止まっている限りには、何も考えず咲夜の死を悲しみ続けるだけで良かったから。
やがて時計が動いている事に気がついたのはいつの頃であったか。
十六夜咲夜の死が、正に今有った事として意識の中に留めおかれなくなり始めたのは。
……概念やお話の中では『いつまでも一人の死を悼む』事は容易かろう。
ところが現実ともなるとそれは決してできる事では無い。
実際の生活においてはたびたび関係の無い雑念が処理を待って襲ってくるものだ。
それがレミリアにはたまらなく恐ろしくなっていた。
悲しみと怒りと後悔の激情が、与り知らぬ間に、何も残す事無く、いずこかへと去ってしまうのを何より恐れたのだ。
いつか咲夜の言葉を忘れて甘いものを食べすぎてしまう事を。
その日が重厚に足音を響かせて近付いて来るのがよくわかった。
レミリアにとって、飽くまでもレミリアにとって。
それは、『十六夜咲夜の本当の死』であるように思えてならなかった。
逃れるには少なくとも部屋に閉じこもって、鍵をかける必要が有った。
彼女の死が記憶から歴史になるのは耐えられなかった。
彼女の死とはただそれだけのものだったのか。
自分は『彼女の死から立ち直ってはいけない』。
可能なら悲しみの余りに発狂せねばならぬ。
それによって彼女の死は永遠に私に傷跡を残す事になろう。
それは贖罪であった。
信仰に近い一念であった。
しかして、やはり近づいて来るものは近付いて来るのだった。
その点で思い出の死とは、現実における死と似ていた。
……はじめの兆しが現れるまでは、霊夢が人知れず息を引き取って、更にあと一週間ほどを待たなければならなかった。
その朝は爽やかな目覚めであった。
悪魔の居城たる紅魔館に似つかわしくなく、雀のさえずりさえ響いた。
天蓋付きの柔らかな、キングサイズのベッドはお日さまの匂いに包まれて心地よく、その中心で眠っている少女はこの上なく幸せそうな表情を浮かべていた。
嗚呼、なんて気持ちの良い朝なんだ。
誰に起こされるでもなく起きだして、一息ついてもこの気分の高揚は収まらなかった。
それもいっとき感じたような憤怒を纏った高揚では無い。もっと平和に満ちた、もっと楽しさを帯びた……。
瞬間、何故自分がかつてあんな憤激に苛まれていたのかと不思議に思った。
やがてメイドの一人が起こしに来る。
ドアをノックしたのに、嫌にハイテンションになって答えてやるのだ。
「はあい、おはよう」
「起きておられましたか」
……それが妖精メイドの姿に十六夜昨夜の立ち居振る舞いを感じて、レミリアは突然に焦慮した。
咲夜を思い出したのではない。
朝、咲夜を夢に見なかった事に気が付いたのだ。哀しい事に、そのために目覚めが良い事にも。
昨日までは毎夜咲夜が夢に出てきた。
咲夜と作った沢山の思い出の夢を見ていた。
彼女はいつも哀しげにこちらを見ては、薄く微笑んでいた。
それで寝起きは機嫌が悪かったのだった。
あの頬笑みが何を暗示していたかわからなかった。
まだわからなかったというのに。
昨晩見たのは何か下らない安息の夢であった。
咲夜が死んだというのに、死んでいくらもたってないというのに、関係の無い何かくだらない事で頭を満たして快眠を貪っていた!
吸血鬼を支配したのは第一に罪悪感であり、第二に恐慌であった。
自分の涙とこの悲しみの日々が、ついに徒労になり果ててしまうのを懼れたのだ。
レミリアはまだ知らなかった。悲しみが全ての感情のうちで、最も利己的な感情である事を。本質として、決して何も生み出さない事を……。
妖精メイドを追い出して、数刻彼女は悲しみに暮れた。
レミリアが思い出していたのは、何百年か前に教わった寝小便をしない方法である。
起きている間もつとめてお小水を我慢する癖をつけると良いらしい。実際それで克服できた。
それに倣う事にした。起きている時にも咲夜の事を今までより深く悲しむべきだ。そうしようと決めた。
それにしても、『記憶とは、無くなっていくようにできている』とは今のレミリアにとって何とも悲しい事実であった。
レミリアがやっと落ち着いて部屋から出れば、部屋の前には何故だか友人の魔女が何をするでもなくぼうっと立っていた。
泣き声を聞かれていたのだろうと思うと恥ずかしく、また甚だ勝手な事だが少し腹立たしいとさえ思った。
「また咲夜の事を思い出していたの?」
「……ええ」
だからだろうか、嘘をついた。意味の無い嘘だった。
本当は思い出さなかったが為に泣いていたのだ。
それが言ってしまってから、少々の意味を見出した。思うに自分は、できるならこの悲しみを独占したかったのだ。
口に出した途端に、陳腐になってしまう気もしていた。
パチュリーは更に何事か言いたかったようだが、レミリアはそれを、穏やかに静止した。
その日午後のティータイムはバルコニー、パラソルの下で行われた。
茶菓子は無しだ。今や甘いものは一つも食べなかった。紅茶にも何も入れない。
……『今は』と言った方が正しいのか。いずれはそうでなくなってしまうのか。
あるいはパラソルの薄い生地を透けあるいは横から照ってくる、陽光は相変わらず身を切るようだったが、咲夜の最期の日を思い出させるのでそれで良かった。それが心地よかった。
むしろ忘却を罰され、戒められているような感覚。これが有る限り自分は忘れないだろうと思えば嬉しくすらあった。
ところが咲夜が用意したのでない席に座り咲夜が淹れたのでない紅茶に口をつければやはり抑えようの無い憤怒が身を貫こうとするのである。
味が変わっていたのではない。味が同じである事に腹が立ったのだ。
自身の死を予感でもしていたのだろうか、最後の仕事である引き継ぎの様子は、完璧の一語に尽きた。
咲夜の淹れた紅茶の味だ。
彼女が時に毒に相当する何がしかをこの紅茶にぶち込んで提供してきたのが懐かしく思い出された。
落花生、無花果、猫の毛、赤マムシ。
そのたびに死ぬかという思いをしたものだ。
この紅茶には、それらは入っていない。
それもどうにも気に入らない。
これでは咲夜を忘れてしまうじゃないか。
咲夜でなくてもよくなってしまうかもしれないではないか。
思いは肥大し、拡散して、とどまる所を知らない。
今日この感情がいつにも増して強いのは、朝の心の痛みに無関係とは到底思えなかった。
すぐにやり場を探す。空を見上げればそれは有った。
小傘が空を飛んでいた。憎たらしいほどに何も無い空だった。
レミリアは日光を浴びるのも気にしないでよく見える所まで出ると、これを一心に睨んだ。空から落ちて、死ねばいい。
妖精メイドの静止を振り切って、なおもその形相は凄まじかった。
瀟洒で優秀な彼女を若いままにいきなり失った事には、関係も罪も無い人がいきなり理不尽に死なないと購われない気がした。
レミリアはただ祈った。祈り続けた。
空から落ちて、死にますように。
その祈りは憎しみであり、呪いであった。
叫びであった。強い怒りでもあった。
そしてもしも、もしも彼女が振り向いて、訳もわからずとはいえ自分を嘲るように笑うなら、それは即ち咲夜の死を笑う事だ、待つ迄も無い、この身体に迸りゆく憤激の情感にまかせて直々に手足を引き千切りぶち殺してやろうと決めていた。
しかして彼女は振り向かなかった。ふらりと姿勢を崩した後に、音も立てずさかさまに落ちて行った。
一瞬自分に人を呪い殺す力が備わったのかと思った。だが違った。違う事はすぐにわかった。
悲しみなどという個人的感情にかまけていたレミリアにも、ゆっくりとわかりかけてきたのであった。どうやらただならぬ事が起こりつつあると。
生温かい風が吹いて来た。さっきまでカンカンに晴れていたのが東の方角から分厚い雲が立ち込めてきたのだ。
レミリアはやっとおとなしく、自分と同じくらいの背丈の妖精メイドと並んですごすごと部屋に戻っていった。
あれほど願った対象の死はしかし、結局吸血鬼の心を晴らさなかった。
しばらくの後、湖畔に打ち捨てられた小奇麗な傘に、降り始めの小雨がぱらぱらと軽快な音を鳴らしだした。
傷が一つも無い傘。それは傘妖怪が落ちて死んだのでなく、死んでから落ちたのだという事実を残酷にも示していた。
同日の夕方、紅美鈴が死んだ。
門前に座りこんだその遺体は、惨めな程雨に濡れていた。
そして妖精メイドが、地下室の壁、天井の全面が赤黒くべったりとした血で染まっているのを目撃した。
レミリアもすぐ駆け付けた。フランドールの姿は無かった。きっと爆発して死んだのだろう。
破壊の能力が暴走したとでも言うのだろうか。よく探させれば壁のそこかしこに、爪とか髪とか羽根の欠片とかが、へばりつき、または突き刺さっているのが見つかった。
レミリアは半狂乱になって、叫んで、おさまらず、火よりも激しい紅色のグングニルを出現せしめると勢い良く地面に突き立てた。
突き立ててからちょうどその場所に、最も大きいフランドールの欠片である『左顔面』が置かれていた事がわかった。
叫び回っては壁を突き抜けて流水に相当する雨も厭わず館の外へ飛び出す。
これは殆ど自傷行為である。そんな事をしたら死んでしまう。
無論死にたくてやっているのであるし、わかっているものだから誰も止めなかった。
いかに咲夜の遺志を継いでいるとはいえ、妖精どもでは止めようにも止める力が無かった。
それでもその日彼女は死ななかったし、彼女の気が狂う事もついに無かった。
それから雨は三日三晩、止まず、また衰えず降り続けた。
その三日目、夜も更けてそぼ降る雨の中に傘無く、女は山の神社への石段をただひたすらに上っていた。
もう時間は残されていない筈であった。
というより、自分が今まで最大だと思って懸案していた事項はもう既にどうせ取り返しがつかない。
それが今や知らない所でもっと巨大な事件に発展しているらしかった。
全く与り知らぬ所であった。が、他人の力を借りる事にもっと早く思い至らねばならなかったのかもしれない。
ざあざあと音を立てて雨はまたいよいよ激しくなっていく。
社殿の入り口近くでついに歩を止めた。休んでいる暇など無いが、肉体的限界が無理を許さなかった。
肺も心臓も張り裂けそうだ。雨は衣服を濡らして強い悪寒を齎す。
やがて建物の奥からゆっくりと、八坂神奈子が現れた。
賽銭箱の裏からぬっと、傘をささずに石畳の参道のど真ん中を進み出てくる。
神々しい雰囲気は背筋の伸びた立ち居振る舞いによって沛雨にあってもその輝きを失わなかったので、女は思わず、重圧に頭を垂れた。
まるで雨の粒は神奈子の存在に触れる端から、蒸発でもして消滅してしまっているように見えた。
そして神奈子はその礼拝を静止しなかった。
頭を下げている間じゅう女は泥水の冷たさ、衣服を通して雨が身を打つ心細さに震えた。
それで一瞬、叛骨的な心が頭をもたげた。
そんな場合ではないのに、私と彼女で同じ神なのにこうも差が有るのかと恨めしくなった。
殆ど意地であった。無理やりに頭を上げて、神奈子の顔を睨みつけた。
確かに彼女には、尋常ならざる神性が有った。
しかし顔を注視すれば、この上無い程にやつれていた。
境内の樹々は季節外れにもみな枯れていた。大量の枯れ葉がぐずぐずに濡れて地面を埋めているのは、この異変の有ったのがごく最近である事を意味していた。
それで穣子は思い出した。自分の罪が大変に深い事を。
霊格も高い、元来自分よりきっとずっと多くの人を救える筈なのであろうこの神を苦しめている事は全ての人に申し訳なかった。
それで泣きながらに、殆ど叫ぶようにして言った。
「全て私が悪いんです。私こそが犯人なんです」
聞いて神奈子は何よりもまず驚いた。
幻想郷にただならぬ異変が巻き起こっている事は勿論知っていた。
解決に赴いた早苗も帰ってこない。しかしそれでもこの少女の告白には耳を疑うものがあった。
これほどの異変を神奈子らと比べれば木端も木端のこんな秋神如きが、そうそう起こせるとは信じられなかったのである。
神奈子も余計に彼女の事を軽んじていた。
……穣子は構わず懺悔を始めようとした。
雨をしのぐのに二人とも社殿に入れば良い物を、二人してそれには思い至らぬ程の焦燥を見せていた。
見ると鳥居の方にもう一人居た。
山の神社の祟り神たる洩矢諏訪子の、背丈の低い影であった。
彼女もやつれていた。歩き方まで怪しかった。
ふらふらと、歩くだけなのに力を振り絞るようにして近づいてくる。
その様子に秋穣子は、何やら異常なものを感じた。
八坂神奈子の方は威風堂々と立ち背筋を伸ばし、何も言いはしないながらもそんな諏訪子をさえ見下している風であった。
逆かもしれないな。秋穣子はふと思った。
つまりは八坂神奈子の方こそ、威厳を示す為に無理をして堂々と立っているのかもしれなかった。
穣子は諏訪子の方に軽く頭を下げてから、ようやく話を始めた。
やっと思い出した事には、今や時間は貴重である。
決して無駄にはできないのだ。
穣子が実りの神であるのに対して紅葉の神とはなんと利益の少ない事かと人は思うだろう。
しかしながら紅葉とは葉、植物が枯れるに向かって色を変える事である。
穣子の収穫、作物が実を付ける事が生、生殖そのものや、命を他者に分け与えもたらす意味を象徴するとすれば、静葉の象徴するのは死に他ならなかった。
静葉は穣子と姉妹である。これは生と死が必ず対として捉えられるという事実に由来していた。
また静葉は穣子の姉であった。つまり死とはあらゆる意味で生より上位だった。
むしろ死は、ほとんど総ての物に上位であった。生は命有るものにしか訪れないが死は総てのものに襲いかかる。
この一事を取ってさえ死の残酷さ、無慈悲さは真理である。
ある日に静葉が春の暇つぶしにと、気まぐれに居住地の周りの森だけを紅葉させてやろうと思った。
適当に自分の能力をまき散らしてみる。それがいけなかった。まず静葉自身己れの能力の強大さを自覚していなかった。
適正でない環境で集中力を欠いたまま能力を発動させた事で、能力は暴走し、代償はすぐに彼女自身の身体に跳ね返ってきた。
静葉はみるみるうちに紅葉のように身体を赤くしたかと思うと、水分を失い乾き果てていった。
ちょうど家をあけていた穣子が戻ると、静葉は命を落とす所だった。
姉は意識を失う前に妹に言った。
「いざ死ぬとなると、二人というのは寂しいものね……」
穣子は姉の紅葉が象徴するものは死の他に思えば寂しさでもある事を、彼女を失う今更になって思い出していた。
遠い空に、赤い雲が光に溶けて死んでいくのを、秋穣子ははっきりと見た……。
嗚呼、それで死んだなら良かったものを。
それで全部終わっていたら、まだ救いが有ったものを……。
それから姉の力は止まらなくなった。ただひたすらに、自分を『死なせ』続けた。
死は彼女の力になる。いくら死んでもその死、そのものが彼女に力を与え、命の息吹を吹き込んだ。
静葉の身体の横たえられた場所の周りは、しばらくの間は木々の葉が紅に色づき大層綺麗だったけれども、すぐに枯れて、裸の林になっていった。
穣子はその間ずっと、自分の能力で姉の死を抑え込もうとしていた。
そこまで話した所で、神奈子が言った。それはおかしい。
例え死が終わらないにしても、力の使い過ぎで消滅する筈だ。
「ところがそうはならないんです。
消滅とは、消滅さえ神にとって死であって、すると死とは姉の神性にとってエネルギイに他ならないのです。
それはまるで永久機関のようでありながら、その実永久機関ではありません。世界の全てに死を撒き散らす死とは、明らかに負の力なのですから。
生命とは一般に、多少の例外は有ってもむしろいずれ来る死を原動力、駆動力として、そこに至る為に生きているものです。
方向性をちょっと加速してやる事なんか、きっと造作も無いでしょう。
とはいえ私はずっと姉の命を救おうとしていただけで、まさか幻想郷全体にこれほどの怪異が襲っていたとは露知らず……」
初めて事態を知った時、まさか姉の盛大なる道連れ工作であったのかなどといぶかしんだものだ。
姉の最期の言葉を思い出しての事だった。しかしてそんな訳が無い。姉の人柄は知っている。これは不幸な事故だ。
「姉は意識を失って尚、その能力を不本意に加速させ続けていたのです。
きっともう自動的な、力を増幅する装置に起こるような現象だったのでしょう。
姉の身体はからからに枯れ果て……、ずっと私が止めようとしてきたのですが、ついに今朝には、壁の隙間を通ってきた朝の日差しに崩れ落ちて、実体を失ってしまったのです。
対象が無くては私の力は全く行使しようがありません」
ところが完全なる死を遂げた秋静葉の方は今や自由に幻想郷全土を。
「姉は今や概念だけの存在となって、幻想郷の空を文字通り吹き渡っているに違いないのです」
死の帳によって完膚なきまでに覆わんとしていたのだ。
「お願いします神奈子様、諏訪子様。姉を止めて下さい。
今まで私の力で抑え込もうとしてきましたが、もうどうにもならないんです。
このままでは嗚呼全てが、世界の全てが飲み込まれてしまうかもしれないんです。
神奈子様、諏訪子様……!」
雨がざあざあと音を立てていた。
言い終わってようやく、秋穣子は顔を上げた。
ふと、抑え付けるような重圧を失った事に気が付いていた。
……話が終わる頃には二柱は消滅していた。これは、人里からの信仰の力が完全に途絶えた事を意味していた。
ついに人間が全滅したのだ!
穣子が秋の恵みをつかさどる神であったことが幸いした。
祟り神や恵みの神といった抽象的過ぎる存在と違って、信仰はブーストの役割を果たすに過ぎない。彼女は消滅には至らなかった。
しかし、力を極限まで失っている彼女の存在が今更何の救いになろう。
彼女自身さえ痛感していた。自分の存在が今更何の救いになろう。
そもそも人間が全滅した今一体全体誰にとっての救いになるというのだ。
死に対抗する生の神ならばきっと対抗できる筈などと要らぬ矜持無く、数日早く助けを求めていればこんな惨状にはならなかったんじゃあないのか。
穣子は永遠亭の住人の話を聞いた事は有ったが、彼女らが不死である事を知らなかった。
ここにきて彼女は途方に暮れた。
もう頼れる人が居ないことは、弱小とはいえ頼られる側であるべきこの神の精神をして大変に弱くせしめた。
悲しげに暗い空を仰いだと思うと、雨に溶けるように彼女は消えてしまった。
あとには何も残さなかった。その司る『恵み』の一つきりさえ。
ここに対となる神が消滅したにも関わらず、否それゆえにこそ、異変は加速し拡大する。
今や誰も止める者は居ない。
死は、時に音も無く、時に割れんばかりの音を上げ、ついに幻想郷の全域を蹂躙せんと隊列を組んで舞い広がっていった。
既に脆い人間の命は全て失われた。
妖怪にとってさえ、死は一通りでは無い。様々な姿で、それは全ての存在を迎えに来るのだった。
二人の死をレミリアは嘆きながら、どこか冷めた頭で、精神、感情というものの乏しさを味わっていたのだった。
遥か向こうには真っ黒に塗りつぶされた絶望の世界さえ垣間見えた。
大事な人の一人死んだ時と、二人、通算三人を喪った時と、自分は同じ涙を流している事に気付いた。
感情を表出する術には限界があった。感情そのものにも。その貧しさをもまた、レミリアは嘆いていた。
そしてそれでも気が狂わぬ事を恐れた。狂えるなら狂ってしまえば良いのに……。
それにしても、血を分けた妹と、従者のうち最も忠実な二人とを、ほとんど同時に亡くした者が史上そう居るだろうか。かくも残酷な運命に迫られた人が。
では人が悲しみゆえに発狂するというのは、そもそも創作の中だけの出来事であったのか?
今でも咲夜を忘れない為に、咲夜の居た頃と同じ、昼を活動時間にする生活リズムを保っているのである。
美鈴を忘れない為に、門前には彼女の服を着せた案山子みたいなものを鎮座させているのである。
フランを忘れない為に、地下室は掃除をしてフランの欠片を棺に詰めた後、あの子が居た時のままに家具や調度品、オモチャなどを並べているのである。
狂うとは、これだけ備えているにも関わらず、要らぬ記憶だからと、精神の負荷になるからと、彼女らを忘れるという事ではなかったか。
だとしたら自分は狂う訳にはいかぬ。最期まで自分の心を持ち、自分の感情で悲しみ続けなければならぬ。
思い知ったように、それに限界が有るにせよ……そうやって自分に言い聞かせるが、勿論実際レミリアは狂う事を望んでいた。
理不尽にも何かの死因で死ぬさだめが今幻想郷を包み込もうとしているならば、劇的なる狂い死に以外がこのカリスマリーダーの選択肢に有る筈も無かった。
完全に忘れてしまうとしてさえ、自分が楽になると思えばそれでいいかな、と微かに思っていた。嗚呼それが完全で、かつ不本意な忘却である限りは。
ただうまく発狂する方法がわからなかっただけで。
嗚呼ほんとうに、哀しきレミリアはうまく発狂する方法がわからなかったのだ。
少し……何日かの時が有って、結局メイド妖精たちを全員解雇する事に決めた。
彼女らを咲夜や美鈴の代用品にして同じサーヴィスを味わい続けるよりも、あれは記憶の中に理想として留め、自分でおっかなびっくり苦労に苦労を重ねながらとはいえ、失った従者たちに並ぶものを追求していった方が良いのではないかと思われたのだ。
咲夜に匹敵する仕事をし、まかないだけで雇える妖精メイドたちに勤め先の無い筈が無い。もしうまくいかなければ紹介状でも書いてやろう。
それを告げる為にパンパンと手を叩いて妖精メイドを呼ぶ。
ところが夕刻の紅魔館に乾いた音は虚しく響いた。誰も来ないのだ。
ややあって、紹介状を書く必要が無い事が明らかになった。
妖精メイドたちは、一人残らず消滅していたのだ。
……むしろ何故妖精メイドが今まで生き残っていたのか。
簡単な事だ。死は予告有って訪れるものではない。
存在を何かの順番に殺していったりはしない。
すべからく偶発的に来るのだ。
曰くそれこそが、死というものの恐ろしさであるかもしれなかった。
永遠亭の住人たちは、はじめ事態に気付かなかった。
永琳はやけに往診が増えたなと思ってはいたが、突然死の人は報告されない。
死の多くは事故という形で訪れたのであったし。それに人里の様子がはっきりわかる薬売りは月に一回である。
考えるとタイミングも悪かった。
しかも皮肉な事に、人里の人口変化の趨勢を気にかける場合では無いような異変が永遠亭にも巻き起こっていた。
これは当然人里に巻き起こるのと同じ死の異変が形を変えて訪れたものに過ぎなかったが、永遠亭ではそれがまず兎たちの異常として顕れたのだった。
永琳は、てゐをはじめとした兎軍団の体調が芳しくないと聞いてまず兎の伝染病を疑った。
すぐに解析して薬を作り、病苦のただなかにある兎たちの全員に投与した。
それで終わるかと思われたが終わらなかった。
病原体のうち薬剤耐性を持った突然変異種が、再び兎たちを蹂躙して苦しめたのであった。
それからのいたちごっこには全く終わりというものが見えなかった。
全く視野の違う抜本的な解決法を天才ゆえに思いつき、試したとしても、また性懲りも無くもとと違った病原体として戻ってくるのだった。
不思議な事であったが、これはとにかく永琳を意固地にさせた。
ともかく一つの病原体が数百年、数千年、もしかしたら数万年単位の時を経て進化する過程を、一瞬のうちに辿って行っているように思われた。
月の薬師八意永琳の持つ能力とは『ありとあらゆる薬を作る程度の能力』である。
これは生来の特殊能力と言うよりは研鑽と才能との複合によって得たものだ。
決して人智を超えるたぐいのそれではない。『ありとあらゆる』などと言っても当然ながら実際限界は割と有る。
結果永琳も、やがてこの終りの無いかもしれぬ病との追いかけっこにほとほと疲れ果ててしまったのであった。
しかしながらそれは医学の戦いにおいて、まま有る事であった。
諦めるとは愛すべき兎軍団の命全てを諦めるという事である。
いくらやっても終わりや限界が来ない身なれば、そのような選択肢など存在するべくも無かった。
気合を入れ直し、病気の駆逐へ再び歩を進める。
件の病原体が人畜共通感染症となって治療者の命を奪い、リザレクションを果たした事が有った。
薬の作りすぎによる過労や溶媒となる薬品の中毒で倒れた事も有る。いずれも一度や二度ではない。
一回の変異ごとに、兎たちの命は数匹ずつではあるが、しかし確実に、喪われていった。
それにしても人々の死よりも、兎の伝染病を優先して診たというのは、有り得ない事のように思われる。
人里からの遣いには大抵の場合、上白沢慧音が来た。
応対をしたのは必ず鈴仙であった。
「馬鹿な。今日も八意先生はお会いにならないというのか」
「ええ、重大にして至急の研究が有りますので」
鈴仙からしたら、自分の命にもかかわる事である。
まだ月の兎にかかるようには変異していないにしろ、それは今の様子を見ている限り、有り得ない事のようだが、時間の問題とも思われた。
師匠には里の人間より兎に力を尽くしてほしい、とは鈴仙自身の持つ切なる願望であった。
それに師匠自身もどうせあの兎たちの様子にご執心のようであるし。
人里からの使いを取り次がぬという事は悪事である。
彼女が利己的な嘘をついたのは、地球に来て以来はじめてであったかもしれない。
師匠にも嘘を貫き通した。
大した用では無い様子と言い、そもそも訪問の半分は無かった事にした。
「ふふっ。まるでてゐになったみたいね」
心の中で苦笑する。病原体の変異の割と最初の段階で、鈴仙と一番仲の良かった、幻想郷のウサギたちの長たる因幡てゐは命を失っていた。
てゐの事を思い出していた。
彼女の心や技術が乗り移ったのかと思うほど、今や鈴仙は嘘をつくのが上手なのであった。
嘘をつき続けたのには、てゐに申し訳を立てんとしたからかもしれぬ。彼女の同胞をこれ以上失わせたくないと。
鈴仙こそは地球の生命全部の歴史の中で最悪の結果をなした悪かもしれぬ事実には、彼女自身は未だ気がつくべくも無かった。
それは、何処まで行っても結果論であった。
とはいえ彼女の心の中に、それが友人を喪った悲劇に由来する遣る方無いものであるにしても、最も低級な種類の悪意が、満ち満ちていたのは確かである。
身だしなみの為に鏡を見るにつけ、己れの赤い瞳がぎらぎらと輝いているのを自覚していた……。
気がついた時には遅かった。
最も早く気がついても、なす術が有ったかどうかは疑わしいが。
気がついた時とは鈴仙が命を落とした時であった。
突然の心臓麻痺だった。
普通なら、八意永琳の手をもってすれば救える筈であった。
それが懸命の救命にも関わらず、命も助からなかった。
末期の水を与える時に、日は西に傾いて、鈴仙の死に顔をくれない色に染めていた。
その頬にうっすらと金色に輝くものが有った。
見ると産毛であった。
この時初めて八意永琳は、ついに大成する事の無かった自分の弟子の顔に産毛が有った、その事実を、初めて知ったのである。
死の直前まで、元気に活動していた時に彼女の身体を満たしていたある種の邪悪さ、悪意と裏腹に、その死に顔は安らかであった。
蓬莱人たちは、それに涙を流しながら、流石に聡明であったと見えて、全ての事物に死への偏向が与えられている事にようよう気がついたのである。
冷静になってみれば、それまでよりも死とリザレクションが頻繁に自分たちの身にふりかかる事からもわかった筈であるが……。
既に兎たちは全滅していた……。
死へのバイアス、重圧じみたそれは、蓬莱人たちの、人間と変わらぬ死に対する耐久力と言おうか運命力と言おうか、これでなんとかできるような段階では既に無かった。
手を変え品を変えてひたすらに死は襲いかかってきた。
もはや数分か数十秒おきに、二人の蓬莱人は様々な死を経験していたのだった。
時にそれは感染症であり、時には事故であった。
何と不思議な事だろう。
周りの世界はほとんど死んでいる筈なのに、二人を殺す為だけの細菌が現れたかと思うと熱病をまき散らしていくのである。
次にまた二人を殺す為だけに、妖怪の山のてっぺんから永遠亭までわざわざごろりごろりと押し潰す巨岩が転がってくるのだ。
神の手が二人の命をただひたすらに、何度も何度も叩き潰そうとしているように見えた。
輝夜は耐え難い苦痛に呻いた。
これは理不尽な苦痛であった。自分が今までどういう悪い事をしたというのだ。
その一方であの憎たらしい妹紅のやつめが今も自分と同じ目に遭っているに違いないと思った。
これは気晴らしになるかと思ってしばらくにやにやしようと努めたがその実全くならなかった。
嫌いな奴がどうなっていようがどうでもいいことだった。
他人の不幸とは自分だけがその外に立って観賞すべきものであるし、また嫌いな相手というのは本質的にどうでもいいものだ。
結局輝夜は自分の苦しみを昇華させる術を持たなかった。
いかに永遠を生きる存在であっても、人の身に死とは最大の苦痛である。
耐えられぬ事は当然であったが、だからといってどうする事もできぬ。
二人は這いつくばりながら、言葉は交わさなかった。
交わそうとしたら、きっと舌を噛んで死んでしまうように思われた。
しかして二人の意思は一致していた。
彼女らが這いつくばりながらも、緩慢にも試みようとしていたのは脱出であった。
逃げる事だ。月へ、穢れ無き月へ。月がまだ駄目なら外宇宙にだって。
まずはロケット作りの材料集めから始める必要が有るようだった。
兎の羽衣は月と地上を行き来するのに一番良いのだが、この死穢満ち満ちた中では用をなさぬ事は全く明白であった。
しかしこうも頻繁に死にながら月行きのロケットを作る事など一体できるのだろうか。
しかもそれは絶対に事故を起こさないものでなくてはならない。
……二人の考えは一致していたのだ。
死の運命が自分たち二人を纏めて叩くならば、最大の好機とはロケットに乗って旅立った我々を真空の宇宙空間に放り出してしまう事だ。
試験に試験を重ねて、原理的に壊れようのない外殻を作成する必要が有る。
全ての予測不可能な事故を未然に防いでおかねばならぬ。
中でなら何度だって死んで良い。この死の拡散より早く逃れる事が叶えば。
ずっとロケットが遠くに向かって、しっかりと動き続けるのであれば。
……これから先の絶大な苦しみを思うと永琳さえ瞳の端を涙に濡らした。
この足踏みと、これ以上が有るのかという苦しみこそが永遠の生を持つ我々に与えられた罰かもしれぬと思った。
死とは永遠の苦しみならば、これこそが死であるかもしれぬと思った。
だが、きっと彼女らは成し遂げるだろう。
ことこうも単純な作業ならば、無限の時間を費やして出来ない事は何も無いのだ。
空気は暑いが誰もがほのかに、肌の下に心細い悪寒を感じた日。
……地底では珍しくない。そういう天気も有るものだ。
その日、古明地こいしは何処かへ旅立ってしまった。
旅立つ前にその能力で人の無意識を操って、誰の記憶からも消えてから。
地底の人のみならず、全ての自分を知る妖怪の記憶から、彼女は姿を消していたのである。
あるいはそれは彼女が最期に使った能力であったかもしれない。
死期を悟って誰にもわからない所でいつの間にか死のうと思ったのだろうな、と古明地さとりは人知れず思った。
愛する人、世界の全てを悲しませぬように。
思う事が出来たのは、表層意識の支配者とも言える古明地さとりにだけは無意識を操るこいしの能力がうまく通用しなかった為だ。
さとりはペットたちの心を読んだから、取り乱さずに妹が居なかった事として振る舞う事ができた。
誰も覚えていない妹の話などしても最早意味の無い事だ。
それに地霊殿の住人は皆、先日爆発して死んだ地獄烏のお空の事を悼んでいた。
さとりにはむしろ救いに思えた。お空には申し訳ない事であるけれども、こうも都合よく悲しむ理由が与えられた事は。
自分だけが悲しむというのはどうにも辛い事だと想起された。
折角の、妹の最期の気遣いを無にしてしまうわけにもいかなかった。
ところでその僥倖に思った事実が、二人立て続けに死んだ事に何か感じる筈の正常な感覚をしばし麻痺させていた。
地獄の釜は地底の太陽だ。
炎からはくすんだ煙が渦を巻いて天空へ舞い上がっていく。
地底に於いて天空とは深くて暗い青色に彩られた天蓋に他ならない。
しかし特に浅い階層にあっては、彼らは時折空に星を見た。
それは時に地表と呼ばれる岩盤の裂け目から漏れ出ずる光であった。
この概念に基づけば地表からそれを通って来る人妖はまさに星からの来訪者であり、降雨に伴う少量の水の流れは星屑から零れ落ちる雫であった。
誰かが……今や誰の記憶にも残っていないある妖怪が言い出したその呼称を瞬く間に皆が使うようになったのを見ると、地底の妖怪たちははぐれ者たちの集まりとはいえ、いや、そうであるからこそか、意外とロマンチスト揃いであったのかもしれない。
さとりは釜の入り口近くにぼうっと立って何かを見上げていた。
首を大きく反らして見ていたのは星ではない。
煙の伸び上がるのを、その殆ど真下から見つめていたのだ。
やがて傍らに火焔猫燐が立っていた。
何でもいいから何か話をしたがっているとわかったので、古明地さとりは深く思慮もせず適当に話しかけた。
「ペットの数が減ってきているようね」
「健康診断が嫌いで、隠れただけかもしれませんよ」
「……長く生きた動物は死ぬ時に、誰にも見られない死に場所を求めるというわ。あなたはどうなの?」
……言った時には冗談だったが、自分の言葉を聞いてそうは思えなくなった。
洒落にならぬ。こいしの例だって有るのだから。
煙の行方を目で追えば、星も何も見えない空虚な空間に漂っては拡散していった。
……煙とは死体の燃え滓だ。
さとりには自分のペットの死体さえも幾つか、かれら死人たちの中に含まれていたような気がしてならなかった。
一方こいしはきっとここには来なかっただろうと確信を持って思えた。
そんな陳腐な死に方などを、あの子が是とする訳が無い。
「もう。心配のしすぎですよ」
火車妖怪は笑って言った。
笑って言った心算であったが、声はどうしても悲哀と虚しさの混じりのしかも言い捨てるような響きになってしまう。
これでは慰めとしての用もなさないであろう。いわんや強がりとしては。
彼女も薄々感じているのだ。現況は只事では無い。
多分自分の思っている以上に。
多分さとり様の、思っている以上に。
「あ、そうそうさとり様」
出し抜けに、この猫の妖怪は再び陽気な声色で言った。
普段より少しだけ早口であった。
わざとらしいくらい茶目っ気を顕わにしたウインクも添えて。
「あたい多分今日中に死にます」
「え」
「予感、するんです。死体と長年向き合ってきたあたいの予感」
何かから解放されたように晴れやかに言ったので、一瞬さとりは何の事かわからなかった。
一寸遅れて、
(良し。今度はちゃんと笑って言えた)
と心の声が聞こえてきた……。
「あたいは何処へも行きません。さとり様のおそばで死にます。だからお願いです。あたいが死んだらその死体は、すぐにあの地獄釜に投げ入れてください」
炉では火焔が深い闇の中、更に深い赤色に燃え上がった。
二人の顔は橙色に染まった。
お燐は、重い何者かが自分の身体を地に押し付けるのを今確かに感じていたのだ。
さとり妖怪は、不思議と涙を流さなかった。ただこの猫の願いを果たせるか不安になった。
自分とて、あと何時間もこの『死』の漂う中を生きていられるかわからなかったから。
そのひまわり畑にかつて、命の惜しい者は誰も近づかなかったという。
今は違った。命を惜しむが如き木端の者は、皆めいめいに、どこかで死に絶えていた。
夜であった。
晴夜の彼方広大なる花の海の波間にすらりと立つ緑髪の麗人の影が有る。
溢れた涙の大きな粒が、輝きながら、彼女の頬に静かにすじを曳いていくのが見えた。
帰り遅れた鳥が一羽きり、黒ビロードの闇が降りた花畑を低く飛んでいった。後ろ姿を彼女は見たのだ。
風が吹き抜けると花たちは一斉に身を傾けて絢爛な光の諧調を明らかにするのだった。
ざわつく波が彼を甘く見送るその深い夜を、花妖、風見幽香は心から美しいと思った……。
あるいは彼、旅立つ為に飛び立ったが如きたった一羽のあの鳥も、ただ死に遅れただけかもしれないのだ。
同じ風が歌声を運んできた。それは遠くから聞こえる韻律であった。
夜雀の清らかな声は、宝石の煌きが唇の間から漏れ出ているようであった。
彼女の声を聞くのが珍しかったわけではないのに、かくも完成された芸術を幽香は知らなかった。
歌い手自身最高の出来栄えにうっとりしていたに違いない。
聞く者は全てこれに生命の輝きを感じたが……、彼女とて命を激しく燃やしているからこそ、今それほどの演奏ができるのかもしれなかった。
今や風見幽香は、ここに不調和なものを一つも感じていなかった。一切の言葉も要らなかった。この光景を心に留めおこうと強く決めていた。
例え自分が死ぬこととなろうとも。
もしも明日ともなれば、現実の歌はもう一つだって響かないだろう。
花は枯れ、土は荒れ、空も曇るか雨だろう。
今は整然としたひまわり畑も、きっと荒れ果てて見る影もない。
何より私は居ないだろう。未来が扉を叩く頃には。
彼を出迎えて招き入れる程、天上の紅茶の葉だってもう残っていやしないのだし。
……それでも自分が覚えていれば良いと思った。かかる人生最後の日を。
願わくは死んだ後にも、肉体と心を失ったとしても、眼と耳だけは残っていて、この光景を思い出せる事を。
身を躍らせる雄大さと、心を豊かにする韻律をいつまでも、味わう術が有らん事を。
晴れた夜は深い憩いと平和を漂わせながら一層更けていった。
不意に訪れたまどろみは母のようにこの風景に寄与する諸々の者たちの胸の波を沈めはじめたが、それが母の面を被った悪魔であるかどうかは、今誰にもわからなかった。
咲夜の葬儀の記事について反響を聞いて回っている最中に、山の森がどんどん裸になっていっているという話を聞いた。
奇妙だ。巫女のまだ気づいていない異変かもしれない。
これを追跡したら面白い記事が書けそうだと、彼女、射命丸文は思った。
人にとっては深山の魔境であっても天狗にとっては庭だ。追跡するのは訳も無い事だ。
時間を作らせて旧知の哨戒天狗に会った。
訊ねたのに対して、彼女が言う。
「そうです。ひどいもんですよ」
どうやら事実らしかった。
……白狼天狗の指差した方を見ればまるで秋と冬の境目のようであった。
山の至る所で、ぼこぼこと穴が開くように枯野が広がっていた。
風が吹き抜ければ枯れ葉たちが舞い上がり、焦げ茶色の腕となって襲い来るように見えた。
射命丸文は口には出さなかったが、ある種の生理的嫌悪さえ感じていた。
「まるで冬みたいですね」
「冬でもこうはなりません。あのあたりなど、常緑樹ですよ」
言われてその辺を注視したが、同じような枯木が並んでいるようにしか見えないのだった。
嫌悪は感じていたが詳しく知らねば記事にならぬと、文は椛に訊ねる事にした。
「貴方の千里眼で、何か見えませんか」
「……あいにくと、枯木と枯れ葉の他には何も見えませんね」
ふむ、この子が見えぬと言うなら何も無いのだろう。
と、聞いて思うくらい、文はその白狼天狗の事をとりあえずは信頼していた。
ところが白狼天狗の方は実は信頼を裏切っていた。彼女は、眉をひそめて遠くを眺める鴉天狗の横顔を、からりと晴れた青い空を背景に見ていた。
……椛は、本当なら射命丸文に、千里眼を通して得られた全ての情報を伝えてやっても良かった。
「お分かりですか? あそこの、一層枯れている所に、あの秋の神様がいらっしゃる事」
ここであの鴉天狗は、「あなたじゃあないんだからそんなものわかる訳有りません」なんて、いつもの飄々とした口調で言うのだろう。
「あそこに向かった仲間たちは、誰一人として帰ってこないのですよ。
どうやら皆が皆必ず行く道で不慮の死に出遭っている様子。
上層部にも密かに報告したけれど、静観せよまた誰にも言うなとの指令が出た所でしてね」
とどれだけそれを言ってやりたかったか知れない。椛は文の、新聞作りにかける情熱を重々承知していたから。
しかし言わなかった。上の者たちに極秘と言われたから、自分の保身を優先したからではない。
文の新聞作りにかける情熱を重々承知していたからだ。
言ったが最後、この少女天狗が裏付け突撃取材と称してあの土地に突っ込み、そしてもう二度と自分と会えなくなるような気がしたのだ。
文が飛び去ってから、自分を煙に巻いて山に突っ込んで行く惧れはとりあえずは、無いようであった。
震源地は取材する要無し、と判断し、この土地から離れては、何処に行くべきかと取材場所を選っているようだった。
それを千里眼に見て、安堵の息を漏らす。言わなかったその事自体は、間違ってはいなかっただろうと。
……言わなくてもこれがこの白狼天狗と鴉天狗との最期の会話になる事に変わりは無かったのであるが。
結局文はその日の取材はやめにして、別の記事の執筆に勤しむ事に決めた。
しかし文は帰り道で思った。なかなか良い記事の種になりそうな情報が得られたぞ、と。
だがまだ取材が必要だった。この事件の影響は、例えば人里にも出ているのか。
魔法の森では? 博麗神社ではどうだろうか。例えば何処かを中心に広がっていたりするかもしれぬ。
文は、この記事を完成させたいと強く思った。文文。新聞の読者は増えるに違いない!
顔を上げると、偉大な夕暮れが有った。
それはいつになく高く美しく、また深く威風堂々とした輝きでもって未来を象徴しているように思われた。
眼下に川がきらきらと輝いて、澄んで水底の神秘を顕わにしていた。
今や射命丸文が自然の中に見たのはただ楽しさだけであった。
それらが重々しく荘厳にも一つの不吉な交響曲の序曲を奏で始めている事には、彼女はまだ気づいていなかったのだ。
彼女の記者としての感性と嗅覚をもってしても、ついに気づく事はできなかった。
翌日から更に詳しく取材をすると、人里では家畜がどんどん失われていると聞いた。
「苦しんだと思うと急に死ぬのです。
事故の時もすぐに死んでしまいます」
射命丸文の記者としての勘は、取材中の事件とこの事実とが、全くの無関係ではない事を告げていた。不謹慎ながらすさまじい、歴史に残る記事が書けるかもしれぬと思った。
やがて裏付け調査の中で、別に流行り病という訳でもないのに人里で老若男女問わず、事故や、病気、時に自殺で、人が次々に命を落としている事が明らかになってきた。
これはひょっとすると、大変な事件だ。継続的に調査をして、絶対に、他ならぬこの私の筆で知らせなくてはならない。
更に多くの事実を知った。
人食い妖怪のルーミアが、食い過ぎで死んだ事。
リグルが、配下の虫に食われて死んだ事。
氷精チルノが、つい最近に痕跡も残さず消滅してしまったらしい事。
哨戒の任を負った白楼天狗の椛が、部下の天狗の発狂によって、その凶刃に倒された事。
やがて記事を書き進める頃には、幻想郷の、ひいてはこの世界全体の辿るであろう運命が、おぼろげながらこの天狗には掴めてきた。
仕上げの裏付けと推敲を経れば、最早疑いは無かった。
何重にも取材を重ねて漸く確かになったのは、世界がもうすぐ死に飲み込まれて滅んでしまうという真実であった。
夢中でその記事を書いた、徹夜を明けて昼。文はこれまで起こった事とこれから起こる事の、ほとんど全てを把握していた。
原因はどうにもわからなかったが、そんなものはこれまでに起こった事であるからどうでも良かった。
最後に話した時のあの椛の様子はなんだか怪しかったから、彼女が見ていたであろう土地を調べれば今更ながら何か出てくるかもしれなかったが……。
文文。新聞の読者は、今や減るに違いなかった。
それどころではない。著者さえ、明日にも減るに違いなかった。一から零に。
もう新聞を刷ったり、配ったりしている場合ではない事は明白だった。
……明日世界が滅ぶとして、貴方は何をするだろうか。
少し違った。世界も滅ぶだろうけれども、この天狗にとってその前に確実に現象として確実にやってくるのが、自分が死ぬという事なのだ。
心地よい疲労感と眠気が頭に降りてくる。
眠いけれども当然眠る訳にはいかないのだった。
本当は明晰な頭で最期を迎えたかったが高望みだろう。
眠って起きたら用事の時間が過ぎている事があるように、起きたら死ぬべき時間だったなら何にもならない。
部屋は酷く散らかっていた。
机上こそ筆、インクの瓶と、携帯できる万年筆、束になった原稿用紙に、メモ帳と便箋数枚、写真を綴じたファイル、あとは夜に鳥目をおして読み書きする為の高性能なランプが置かれているくらいである。
脇の方に高価な地球儀と、ファンシーなデザインの小さい置時計も有った。とはいえそれだけでこの小さい机の上は一杯になっていた。
机のまん前の壁には今関わっている取材の資料が大小まちまちに、付箋に写され、あるいは写真として現像されて壁に貼られていた。
右手の壁に嵌め込まれた書架など古くて普段使わない資料だけでもう一杯になっている。溢れた本は床に置かれて最早比喩でなく足の踏み場も無い。
フローリングと言い張るのもどうにも厳しそうなおんぼろの板の床の上に資料や過去の新聞と合わせて山と積まれ、幾つかの島に分かれていた。
島の頂きにはそれぞれ本や辞典、古い地図帳やアルバムなどが開きっぱなしで置かれているのである。
烏帽子やカメラなど外出用の道具さえ床に転がされていた。玄関に置いていないのはいざという時に北向きの窓から飛び立てるように。
いざという時とは勿論災害時の事ではない。急に取材がしたくなって、居ても立ってもいられなくなった時の事だ。
射命丸文は、今日この部屋を片付けるのではなかった。ごそごそと何か探していた。つまりもう生涯、片付けないという事だ……。
「有った、有ったわ」
文は書類の山の中から、持っている中で最も高級な日本酒をさも当然のように引っ張り出してきた。
外の世界の大吟醸酒、天狗舞『有歓伯』が何故だかここにうずめられていた。
この家は作りがいい加減なため風通しがよく夏でも気温が低い。確かに冷暗所であったが、保管場所として適切かどうかはそれでも甚だ疑問であった。
さていざ出発という段になって、薄汚れた窓枠を眺めた文の心に現れたのは大きな悪戯心であった。
そんなものを抱くのはもう何百年かぶりではないかと思えた。
思い立って、部屋の中に起こした凄まじい、突き抜ける風と一緒になって、資料の貼ってある側の壁をぎゅんとぶち抜いて出発したのだ!
空に躍り出た文の後ろでは、ばりばりという雷鳴を思わせる大音響とともに、部屋が崩壊していた。
全ての書は吹き千切れて舞い上がり、地球儀は床に落ちてばりんと割れた。
床と天井の一部は風圧で割れ、ざあざあと埃や砂、書類の滝を作っていた。
窓のガラスはその桟ごとに吹き飛んで、今までの生活空間の様子を世界につまびらかに公開していた。
隣の部屋も巻き込まれていた。そういえば集合住宅であった。
住人は留守のようであったから本当に良かった、と思った所で、否、留守であろうが何であろうが関係の無い話であったなと思い直したのだった。
ちらりと後ろを振り返れば、思った通りに至極爽快な気分になった。
それは今まで暮らしていた世界の崩壊であった。自由である筈の彼女をして密かに雁字搦めに縛り付けていた現実そのものへのささやかな反抗でもあったかも知れない……。
まだまだ日が高かった。どころか殆ど真昼間だ。
徹夜明けの彼女に薄い水色の空は、まるで黒色に光って見えた。
精神と肉体の疲労を重度に感じながらも、しかし彼女の気持ちは昂ってきていた。
何しろ世界が終わるのだ!
その大いなる開き直りの楽しさと言ったらなかった。
もう何も怖いものは無い。もう辛い事は無い。
もうびくびく何かに脅えて生きる事も無い。
そわそわ生きたり、何かを深く考えたりしなくていい。
愉快にこの世界中を暴れ回れる!
とはいえ、誰かとこの事実について語り合いたいと彼女は思っていた。
本当にやけくそになって暴れ回るのならその後でも良いだろう。
言い訳の後ろに有るものが人恋しさに外ならぬ事に、勿論聡明な鴉天狗は気がついていた。
ところがどうやら昨晩の内にもう天狗の里は、いや、妖怪の山全体が壊滅状態になっていたらしい。
ある所は殺し合いで、ある所は疫病で、ある所は事故によって。
例えば血に塗れた廃墟。
例えば土砂崩れに呑まれた集落。
水色の服を見てあっと思ったら川河童の水死体であった。これが本当の河童の川流れなんて心の中で呟いて、笑えないよと自分で突っ込んだ。
知り合いの家を求めて色々な所を見て回るにつけ、カメラを置いてきた事を悔やんだ。悔やんだのに気がついてふっと自嘲した。
写真に撮ってどうすると言うのだ。もう新聞を配る相手や、写真を見る人が居ないばかりか、現像をする暇すらも残されていやしないというのに。
やがて募って仕方がないのはやはり寂しさだった。独りは死ぬのに良い人数ではなかった。何しろ自分は死をはじめて経験するのだし。
結局、後輩の記者の家に押しかける事にした。
彼女は名を姫海棠はたてと言った。
比較的新しい知り合いであったが、生きている可能性が有るのがそもそももう彼女くらいしか居なかったのだ。
果たして彼女は健在であった。しかしずいぶんと脅えていた。
扉を開けて出迎えるなり、鬼気迫る様子で現状を訪ねてきたのだ。
文は一瞬、記者なら自分で調べてみろとか意地悪を言ってやろうと思ったが、冗談の通じるような雰囲気ではなかったのでやめておいた。
代わりに自分が集めた資料……といっても手帳に有った分しか残っていなかったが……を使って、世界に死が迫っている事を可能な限り解りやすく説明してやった。
「じゃあ」
とはたてが薄く口を開く。
文は理解の遅い奴めと呆れながらも、それに優しく応答してやるのだった。
「何でしょう」
「お母さんと連絡が取れないのは」
「ええ、きっと亡くなられています」
「お父さんと連絡が取れないのは」
「亡くなられているでしょうね」
「お姉ちゃんは」
「……貴方に姉、妹、兄、弟、従兄弟に姪とか甥とか叔父とか叔母とか、仮に元カレとか娘とか息子とか、そういうのが居たとしてきっと皆綺麗にくたばっちゃっていますよ。
というか天狗で此岸に居るのは我々だけかもしれません。
それと死んだ人が転生してくる事だってまず無いでしょう。もうこの世界に生命は生まれませんから。
死んだ先は闇です。きっとあの世だって機能を失っているでしょう。」
どんどん口調と顔色が悲愴になっていくのが気に入らないので、早口にまくしたてた。
こちらだって親族くらい何人も死んでいる。友人も皆失った。
なんでよりにもよってこんな奴が生き残っているのか、最期の酒をこんな愚鈍な奴と呑むのか、と思ったが、どうにも他に相手が居なさそうであるから仕方ない。
それでもこんな上等の酒は勿体ない気がしてならないのだ。
「それじゃあ」
まだ言うのかい。まあ聞いてやりましょう。
「はい何でしょう」
こんどは友か祖父についてか、仕事上の上司や部下、はたまた天魔についてか、自分の新聞の読者か。
快く答えてやろう。言う事等決まっている。と、射命丸文はささやかな覚悟さえ携えて彼女の方に向き直った。
何でも来いだ。するとはたてはリボンで纏めたツインテールをゆっくりと揺らして、静かに言った。
……それから発せられた言葉は覚悟を決めた筈の射命丸文をなお絶句させて余り有った。
「……私は? 私はどうなるの?」
文は暫く、それを言った愚かな女の顔をまじまじと見つめていたが……、
「そんな事より、呑みましょう。
そう思って今日は来たんです」
つとめて明るくそう言うと、一升瓶をテーブルにどんと置いた。あれこれ考えるのはやめだとばかりに。
改めて見回すと、初めて入る彼女の部屋は何とも整然としていた。
文からしたら、なんで生きていてこんなに部屋を綺麗にしておけるのか、不思議でならなかった。それも最早詮無き事ではあるけれども。
干し肉、筍、川魚の燻製。枝豆、酒盗に甘い饅頭。山じゅうでかっぱらってきた食糧たちがつまみになった。
その中には普段この二人が如き地位の者では絶対に口にできない珍味も堂々と含まれていた。
ましてや世界の終りとなれば、ましてや明日が来ないとなれば、いつもと比べて桁外れの量を呑まない理由は何も無かった。
二人は存分に酔っぱらった。それで昔妖怪の山に有った事件や、その他の思い出を長い間語りあったのだ。
けれどもやがて。
やがて宴もたけなわとなった所で、ふと、会話が途切れた。
二人は無言で、顔を見合わせた。それまで両者とも相手の顔は、なるべく見ないようにしていた。それは心がけていたというよりは、殆ど無意識での行いであった。
……それがついに相手の顔を見たのである。
……どちらからともなく、ようやく顔をくしゃりと歪めた。
二人はそれから存分に悲しんだ。
強がりをやめておいおいと泣いた。
思い出など語っている場合では無い。
悲しむ事が優先であった。悲しむ対象はそれぞれ自分自身の死の他に無かった。
涙に侵された自分の心の片隅で、死ぬとなれば知性など本当に何の意味も無いものだなと文は思った。
有るのはただ感情だけだと。
この眼の前の女より自分が賢いという確固たる自信は有ったが、今はそんな事なんかどうでもいい。今は、ただ泣く事だけが優先された。
しかし泣いた所で、この夕闇のように自分たちに迫ってくる死というやつを、回避する事は出来そうになかった。
泣くのをやめないでいると、出し抜けに大きな苦しみが胸の中央に現れ、左の鎖骨から回り込んで肩へと抜け、そこからゆっくり、ねっとりと拡散してゆくのを感じた。
この背の黒き翼を絞りあげて行くような大いなる感覚が有った。それは必ずしも冷たいものではなかった。おお、これが死か……。
どくりと心臓の音が、酒にぼやけた頭の中に鐘を打つように響いた。その度に殴られたような痛みがずんずんと広がった。
これらが死に由来する苦痛である事は明白であった。強い苦痛の余りに天狗は寧ろ笑っているような顔になった。笑い泣きだ。
その笑い泣きは死の笑い泣きだ。……女はここにきて怒りを感じた。当然の怒りであった。
自分を弄びピエロのように滑稽な笑い泣きを強いるこの強烈な理不尽に対する憤怒だ。
全て生きとし生ける者に突きつけられたダモクレスの剣の如き強大な死そのものに対する憎悪だ。
かくも絶大な憤激をもってしてさえ、彼女如きが今や津波のように襲い来る大いなる運命の裁きから逃れられる事は、もう絶対にできないのであった。
先にはたてがくたばったのを見て、文は微かにざまあみろと口の中で言った。この強がりに意味など無かった。それで射命丸文の意識は途切れた。
死は冥界、白玉楼にさえその爪を振るわんとしていた。
ある日幽々子が妖夢に言った。
「食欲が無いの」
妖夢は一旦ぎょっとした目で幽々子の方を見つめたかと思うと、
「鉄の傘を用意しましょうか?」
などと冗談を返す。
よくわからない時はふざけて見せて、相手の出方を伺うに限る。
ところが幽々子は薄く微笑むともう何も言わなかった。
実際に食は大変細くなった様子だった。
始めのうちは戯れと思ってせいぜい半信半疑でいた魂魄妖夢も今回幻想郷を覆う異変について耳にするにつけ密かに憂慮を深くしていった。
……しかして自分の力でできる事など大変に限られている。相談できる相手など八雲一家の一党しか居まい。
と、主人に黙って彼女らに相談しようとしたが思いつく限りどの方法でも返答が無いのであった。
幽々子ならば接触できる筈であろう。
紫を呼ぶように説得しようと思った。
しかしながら、なんとその幽々子も紫と連絡を取ろうとして失敗しているのを知った。
ここに事態は更に深刻化を極めた。
彼女ら妖怪の賢者たちの、行方が知れないとは大変な事だ。
すぐに幽々子様と話し合う必要が有るのではないか。
しかし焦燥している筈の所を自分の前ではおくびにも出さない幽々子を見れば、その事について殊更に話題に出す事はどうにも憚られた。
死者が増える……死にやすくなる異変が起こっている事が、情報として入ってきた。
誰か妖怪が教えてくれたのだ。その妖怪も帰り道で死んだ。
それからも相変わらず増えているようだった。
しかし霊の数は瞬く間に冥界が溢れかえる程に増えた訳ではなかった。
むしろ気がつかぬうちに減っていった。件の妖怪もその後冥界には来なかった。
この一事をもっても、彼岸が機能不全に陥っている事は明らかに思われた。
ある昼間、幽々子は、一切の指令を出さない彼岸の様子を見に出かけましょうと言った。
畳の上に座っていた所をすっくと立ち上がる時、栄養失調が祟ったのか、あたかも貧血のように立った途端に少しくらりとよろけた。
よろけただけなら良いが、そのまま勢い良く倒れる。
妖夢が支えようとしたが、少し遠くて間に合わなかった。
畳の床に頭を打って、すぐに意識を昏倒させた。
妖夢が三日ほど献身的に看病したが、幽々子はついに力尽きて死んでしまった。
これが白玉楼に来た、第一の死であった……。
幽霊がもう一度死んでどうなるのか、妖夢にはわからなかった。
だがもう二度と、自分の居るこの土地へ帰ってくる事は無いように思えてならなかった。
……死んでしまうという事は、すなわち死んでしまうという事だ!
その人はもう何も描けない。何も残せない。どんな文章も書けない。
いかに高い才能を持っていようとだ。
その死の前には、どんな人脈も、金も、芸術も無効だし、哲学も無効だ。
死んでしまっては意味が無い。
友情も無効だし、主従の良好な間柄も意味をなさない。
愛さえも無効だ。
死んでしまったらおしまいなのだ。
例えその人が、幽々子様であったとしても。
人格さえも意味を持たないのだ。
妖夢の心に黎明が足音を立てて寄ってきたのであった。
今やなんと既にどの土地との連絡も絶たれていたのだ。
本来指図を出すべき、敬愛する上司も亡くなってしまった。
その上の人々までもがともすると既に……。
……結果、妖夢の選択した解決ははっきり言って単純な逃走であった。
しかしこの逃走を誇り高きもののように思うのが彼女の未熟な精神の性質であった。
この強大な現実の理不尽に彼女一人で今立ち向かう事などできるべくも無い。
だから逃げるのだ。
どうにもならないならどうにもならないだろうし、何とかなるなら私が逝った後にでも何とかなるだろうと彼女は信じていた。
……それにしても、自決とは何とも誇り高き最期ではないかね。
彼女は所詮従者であった。
従者しかできぬ小人物であった。
必ずしも明晰な人物とは言い難かった。
手段が目的を駆逐する事など、彼女にとってはまま有る事であった。
泣き晴らした翌日の未明。おっとり霧の立ち込めた、日の出る前の微かな明るみの中で。
肌寒い風がひゅうと大地を撫でたのが、心の空洞に内側から沁みた。
まず妖夢は着ていた服を少女に特有の乱暴さでぱぱっと脱ぎ捨ててしまう。
ドロワーズしか身につけない姿になって、この衣装をどうしようか迷った。
もう二度と着る事の無い服である。
洗濯籠に入れるのか。誰も洗濯する人は居ないのに?
箪笥に戻してしまうのもおかしい気がする。
……なんとも下らない思案であるとからりと笑えば、無造作に洗濯籠に突っ込んでやった。
それで死に装束としての白無垢に着替えた。
単に戸棚から、紋付より早く見つかったのだ。
妖夢は二本の刀の内から、短い方の白楼剣を選び出した。
すっと抜く。細身で、殆ど反りの入っていない刀である。
その快い手ごたえは妖夢に今彼女の心が錆びたり、間違っていたりしていないという事実を丁寧に教えてくれているようであった。
肉体の手から肩にかけてつたわるはっきりとした重みには確実な信頼が置かれた。
抜き身の刀の煌きには静かに光る鉄の冷たさと、終わらせる者としての性格から与えられる、妖夢の求めた暖かさの印象とが同居していた。
睨むと、睨みかえしてくるようであった。
ウインクには煌きがウインクで、答えてくれるようであった。
半人半霊の少女はしばらく、これを惚れ惚れと眺めた。
自分の積み重ねてきた鍛錬を象徴しているようであったから。
刀がここにきてついに自分の心に答えてくれる事が、なんとも誇らしくなったものだから。
「佳し」
輝きを点検し終えて一旦刀は鞘に戻された。
……無論の事ながら、恐れは無かった。
全く無かった。
常々死の苦痛を感じた事が無い事で幽々子と距離を感じていた。
あれは純粋な霊どもから何度も話を聞くにつけやはり格別なるものであろう。
たった今西行寺幽々子が二度目のそれを味わったのだ。
自分も一度味わう事で二人を隔つる壁を越えられやしないかと夢想した。
どこに行かれたにせよ同じ場所に行けるとなれば僥倖である。
むしろ離れ離れにならぬよう、一刻も早く死なねばならぬのでは。
そう思うと恐れるどころか、一気に気が急いた。
さて私の死体は腐乱して発見されるのだろうか。
美しい死に様を遂げんとする美意識にこれは反した。
どのような様子を呈するかを想像するより前に、腐乱という言葉の時点で反した。
気が滅入らないでもない。
熟した果実のように手足と腹は膨らむのだろう。
蝿がたかるのだろう。鼻から顎へと蛆虫が這い出て行くのだろう……。
……いや、心配するに及ぶまい。
この分ならば誰にも発見されない可能性さえ有った。
そのままにあの穢れ無き白骨と化して、更には朽ちて行くのではなかろうか。
白骨は好みであった。
肉とは常に生きてきた時の苦労や辛苦を沁みつかせている風情が有って、汚いと思えるのだ。
例えば白骨に蛇の組み合わせなど素敵だ。
自分の頭蓋、眼窩へ鱗も猛々しい毒の有る蛇が這い入るのである。
それからもう一方の目に抜けて行く。
これは何とも淫靡な夢想に思われた。
あるいはすかすかになった肋骨の内側を、白蛇が這ってゆくさまなど。
なんにせよここは冥界なのだ。
誰がこの後に、今更生きてこの地を訪れるか疑わしかった。
死んでこの地を訪れる者も、なんとどうやら無いようであった。
妖夢は、亡くなった幽々子の身体をじいっと見つめた。
霊の死を見るのは初めてだった。純粋な霊とは死んでなお美しいものらしい。
思えば半人半霊としての自分の存在それ自体が非常に恨めしく思われた。
横たわる死体は不思議な事にどんどんと薄く、存在感が希薄になっていくのである。
肌は今や透き通らんばかりで、霞みか煙のようであった。
基督教を詳しく知っていた訳ではないが、まるで天使の死んだ時のようだとも思った。
……妖夢は出し抜けに、これについばむような口づけをしたのだった。
それは別れのキッスであり、なおかつ恋慕のキッスであった。
冷たさすら感じられず、まるで霧に口づけたよう。死臭は一切感じられなかった。
妖夢が接吻をしたのは幽々子の頬にである。唇にはしなかった。
きっと単純に度胸というか、甲斐性が無かっただけであろうが。
……頬への軽い接吻。それは彼女の情がどこまで行っても一方通行のものであり、また一方通行でもう満足してしまっているのだという事実を、哀しい程的確に象徴していた。
別れを惜しむのを終えると、その神秘的な死体から離れて庭に出た。
出来れば主人の側で逝きたかったが、自分の血飛沫で蒲団や畳が余計に汚れ、寝心地を悪くしてしまうのは忍びない事だ。
春と夏の移り変わる季節であっても、白玉楼に桜は満開であった。
やけに長い間咲く一面の桜。幻想的な桜吹雪。
見慣れているつもりでも改めて見ればやはり大変に美しいものだ。
これが見納めだと思えばましてや。
ちょっと庭に出てしまえば、前も後ろも右も左も、上や下さえ桜色のとばりに覆われて一気に現実感という物がなくなる。
朝の歴然たる清々しさの中にこの降り積もった桜山を歩いて行く感動すら伴った奇怪な感覚には、白無垢のままに楽しさすらこみ上げてきてしまう。
自分の死する所として、これ以上に贅沢な土地はまったく無いように思われた。
やがて開けた、一面の桃色が美しい場所を見つけると、その場で音も立てず正座をした。
さて、自決の作法は古今東西に色々有るが、今は介錯人が居ない。
そこで中華式の、最も古式で実用的な方法を取る事に決めた。
まず抜き身の短剣を右手に逆手で持ち、目一杯伸ばす。
刃先を首筋の右側、ちょうど奥歯の真下に付けて、前から見て首と刀とは直角に。
この時刃は前側になるようにしておくべきである。
更にはこれに左手を添えて、引くように、ぐいと力任せに自分の首を貫くのだ。
読者諸兄においても想像して欲しい。皮膚の表面を傷つけただけでも、肉体は鋭い、文字通り『刺すような』痛みを感じるであろう。
紙のような内頚静脈、外頚静脈に加えて、ゴムのような質感の総頸動脈がそれぞれ左右一対ずつ備わっている。
人を殺す為だけに作られた刃物によって、これを右から順番に引き千切っていく。
太い短剣であるから途中気管や、甲状軟骨まで含めて容赦無くそれは破壊してしまう。
首の骨に喉の側から触るようなごりという感触が走る。
嗚呼想起されるのは何という激烈な痛みであろうか。
実際には妖夢が傷口に感じたのはもはや痛みではなく、漠然とした、しかしただならぬ熱さであった。
今や白楼剣は少女の首を綺麗に左右に貫通した。
傷口から勢いよく噴き出す暖かい血液は、いったい人体にこれほどの血が通っているのかと疑問に思える程の量であった。
手、のみならず足までもががたがた、ばたばたとめちゃくちゃに痙攣を始めようとしているのを、血液の行き渡らなくなった脳髄の、意識の片隅で知る。
駄目だ。ここで力尽きてしまうわけにはいかない。
無理やりに抑える。今度は喉の奥に灼熱の感覚を得る。ぐずぐずしてはいられない。
自決の作法とはこれで終わりではないのだ。
仕上げとばかりに魂魄妖夢は、左手でもって短刀の刃の先を、右手でもって柄を、押し出すような順手で力強く握った。
最早妖夢の眼前に桜色など映っていなかった。目の前は真っ赤に染まっていた。これは眼を瞑った時のように、思い切った行動を起こす力を彼女に与えた。
妖夢は刃を押し出した。前半分に有った全ての筋肉と神経、そして食道を損害した。
ついに喉の前側の皮を破って赤き血に塗れた刀が外気に触れると、姿勢を保てずうつ伏せに倒れた……。
……なおも右手が柄を握っていたのは剣士の心得と関係が無かった。
ただ、硬直が始まっていたというだけの理屈に過ぎなかった……。
ここに彼女の凄惨たる自決は完結した。
魂魄妖夢は盛大に、勇壮に、命の華を散らしたのだ。
半霊すらも消滅したのか、または有るべき所へ還っていったのか、もう姿は見えなかった。
桜色の密室の中に、少女の死体は置かれている。
首筋からは、未だ鮮やかな血溜まりが広がっていく。
成程命の華とは散った後地面に落ちるとそれは美しくないものだ。
桜色に赤が映えぬというのか。桜の木々は惜しげも無く花びらを散らし、血溜まりと、死体とを覆い隠してしまおうとしていた。
桜たちはそのように、最期の生を振り絞った狂い咲きを終えようとしていた。
舞台は紅魔館に戻る。
深夜であった。
今や時は普通の早さで流れていた。
門番が居ないからだろうか、冷たさが、紅魔館の中まで侵入してきているようだった。
天井の高い談話室に、離れて二つ丸テーブルが置かれている。
それぞれに椅子が一つずつ。
レミリア・スカーレットと、パチュリー・ノーレッジは、奇妙に離れた席に座って紅茶を飲んでいた。
お茶菓子は、無い。
今柔らかなランプの光が、二人を優しく照らしていた。
それはこの世の厳しさと、対照的であるかもしれなかった。
「パチェ、この異変は何なんだ?」
そう訊ねたレミリアに対して、パチュリーは決然と言った。
彼女の口調にはそして響きには、その『決然と』という言葉が本当にぴったりはまった。
「死よ」
それから眼を閉じた。
「きっと幻想郷だけじゃない。博麗大結界も今や失われているもの。
この近くのどこかから始まったけれど、やがては世界全体を包もうとしている。
世界全体の上に、降りてこようとしている。
始めは呪術的だったけれど、実体を失ってしまった今となってはもう誰にも止められないのね」
レミリアは、神妙な顔をして聞いていた。
咲夜との最期の約束が守れなくなるなあなんて、密かに考えていたのかもしれない。
それに追い打ちみたいにパチュリーが言った。
「死は訪れるわ。私の上にも、あなたの上にも」
一瞬の沈黙が場を支配した。
まるで聞こえていたやかましい限りの音楽が、いきなり止んだかのようだった。
当たり前の事であったけれど、口に出すと嫌に鈍重な響きを免れないのであった。
やがて沈黙を破って、レミリアが総括する。
「要ははしかのようなものね」
と。
「違うわ」
「何が違うか。死とて我々が生の中で出会う事件の一つに過ぎない」
言って胸を張る。当然ながらそれは虚勢だった。
……。
話が終わってしまえば、館には音も無い。
いつかのような、小鳥のさえずりも漏れてこない。
目の前の友人が答えない限り、音はこの地に現れやしない。
館だけではない。幻想郷から、いやこの星全部から音が、命が喪われていた。
鳥の声も虫の音も。
人の歌声も泣く声も。
夜に月光を映す湖に、銀の魚が跳ねて響かせるあの清らかな韻律さえも。
朝に木漏れ日を通す数枚の葉が擦れ合ってさらさら立てる懐かしい音も。
それが幾重にも重なり合って生まれる、新鮮で瑞々しい深い森のざわめきも。
何処か遠く、我々の手の届かない所へ逝ってしまった。
もう帰ってこない。
しかし静寂の中にはひとときの平和と安息が有った。
友人は椅子に腰かけてうつむいている。命はまだ有るのだろうか。
吸血鬼は思った。どちらでも構わない。
有るとしてもすぐに喪われるであろう。
だったら無いのと同じ事だ。
吸血鬼は述懐する。
吸血鬼は述懐した。
様々な事がひとときのうちに有った、と。
それは何もしない内に目の前を台風が通り過ぎて行ったようであった。
思い出すと疲れが、湧水のように身体を支配して行くのである。
思えばずうっと、碌に回想などする間も無かった。
それほどの事が有った。
今急に眠気が襲ってきた。
これは死の齎す眠気かも知れなかった。
生の齎す眠気でも有り得た。
後者だと彼女は信じたかった。
否、心の奥底では前者だと信じたのかもしれぬ。
今更に生がこの小躯に白々しく訪れたからとて何となるというのだ。
何となるというのだ。
……みんな死んだ。
みんなは死んでしまった。
咲夜が死んだ事などもう五百年も前の事のように思えた。
その出来事の、離別の、心の激流の中にあって、感情の激流の中にあって彼女の事をまだ覚えているのが、まだ自分が悲しんでいるのがレミリアには誇らしかった。
美鈴の死や妹の死は勿論、付き従って来たメイド達の消滅も、自分の心に影を落としていた。それが誇らしかった。
あるいは全て悲しんでいると思い込んでいるだけか。
悲しむふりをしているだけか。
レミリア自身にしかわからない事だ。
レミリア自身にはどうなのかわかっていた。
レミリア自身にはどうなのかわかっていたのだ!
一条の涙が頬を伝った。
この涙が何に由来するものであるにせよ。
幻想郷の多勢が様々な死因をもってこの残酷なる死というやつをめいめいに受け入れたように、もしも自分が今や『泣き死ぬ』のだとすれば、それほど嬉しい事は無かった。
『涙止まらず泣き死ぬ』のだとすれば、この期に及んで見苦しい真似など見せられるべくも無かった。
レミリアは決して幸せではない。やり直せるのならやり直したかった。
全く、やり直せるのなら是非やり直したい。
何処かで道を誤ったのではないかと思っていた。
それでも見苦しくするのは許されないのだ。
ただ静かに、大粒の涙を床にこぼさねばならぬ。
体の力を抜いて、抜いて、誇り高くこの死を受け入れる準備をせねばならぬ……。
自分が死ぬ事に何か思う所が有った訳では無かった。
この世界は一体自分が生きて行く程の意味が有るのか。
吸血鬼として永遠の存在になって以来、五百年の月日は何度も何度も、この不毛な問いについて考えさせてくれた。
そのたび答えは時に決定し、時に変容してきた。
……彼女は、今やもうそれを考えなくて良いのだった。
意味など有ろうが無かろうが、もうすぐに追い出されてしまうのだ。
まるで、主人の不興を買ってしまった粗忽者の従者みたいに。
だから自分が死ぬ事について、今や何も思う所は無い。
その筈である。
しかしそもそも死が世界に広がり出したのは、咲夜の死よりも果たして前だったのか後だったのか。
この事態こそ、劇的な死を我に与え給えと無意識のうちに運命というものを操作した結果に他ならぬのではないか。
だとしたら業の深い事だ。それでもさして感慨は無かった。どうせ誰にも、これはレミリアにだってわかる事ではなかった。
暖かく優しいその夜は元来光無き館の中を、また外を、ただただ徐かに包んでいった。
レミリアは心地よいそれの中にあって、ついに瞼を降ろしてしまった。
深淵は彼女らを強く抱擁せんと最早息巻いていた。
彼女自らが導いた死であったのか。それはわかる事ではなかった。
わかる事ではなかったが……闇の中に己が意識を手放す時、どうにも悪い気はしなかった。
ちらりとレミリアは、命が終わるということはかくも美しくも醜くもないものかな、と、思った。
この後に何も無い彼女本人にとってだけは、それはそうである筈だった。
<了>
なんて心地好い悲壮感。でも需要は物凄いピンポイントなんだろうなあ。
いやいやふざけんな。
なかなかにふざけた物を、大真面目で書きやがるんですねあなたは。
ディアボロみたいに延々と死に続けているのか
もしこの異変が地球に留まらず宇宙全体にまで広がっていたら輝夜達も……
今までの後書きを見てると、幻想郷に八つ当たりをしている感が否めないのが残念
東方キャラ各々の死に様、あるいは死への向き合い方を綴った作品。
ただただ一つの出来事をひたすらに描写しているだけの作品。
山ナシ、落ちナシ、意味ナシ、おまけに救いナシ。
しかし、あまりにも細やかで濃密に死の描写は、
登場人物の一挙一動や歪んだ表情や閉じられた瞼を眼の前に幻視してしまう程。
特に、自決の描写は凄惨たるものがある。
各人の死に直面したさいの振る舞い方や考え方や取り巻く世界が実にその人らしく、
それがこれをただの悪趣味な作品ではなく、東方キャラを想って書かれた作品であることを伺わせ、
私はこれを叩くことができない。
コメントで気付かされたけど、明らかに異常事態なのに
一切フォローしないで突っ切っていくのは、いつもの通りなんだよなあw
こういうのも嫌いじゃないですけどね
こういうのばっか書いてる人が綺麗な締め方するとどうなるのか、それが見たい
こういう作品を読み終えた後のなんともいえない気分は嫌だけど
それもまたいい。
かなしいけど、かっこいい死に様だったよ……。
娯楽性が無い。読者に読ませようという姿勢が見えない。
とにかく自分の書きたい事をつらつらと書き連ねているだけに見える。
そして後書きからもそんな歌舞いた自分を認めて欲しいとの自己顕示欲が伺える。
救いなんて微塵もいらない。
でもSSであるからには読者がいる事を考え、読まれる事を意識して話を書いて欲しい。
とても読み応えのある内容で色々考えさせられました
救いのない現実と向き合う彼女達の物語は
どれも「らしく」あって興味深く読むことができました
欲を言えば、やはり紫の見ていた世界も覗いてみたかったですね
それ以外何か、感想が、残ってない。何でだろう。
イベントが一つしか起きてないんですよね。微視的な視点から見てさえ。
唯一面白かったのが穣子が出てきた所で、それはそのイベントの発生源に言及したシーンだったからなんですね。
イベントに対してのメタ的位置が、あのシーンにしか存在しなかったと。あのシーンがもっと後半に出てきてたら
もうちょっとそのイベント自体も楽しんで読めたのかなあと。
イベントが始まる>イベントに対するメタ視点が挟まると来て、その次が延々とイベントが続くだけというのはどうも……
メタ視点が現れた時点で私は、「その位置から話を読む姿勢」になってしまったんですよ。だからもっと、イベントに
巻き込まれた視点を長く持続させてもらえるか、メタ視点から読んで面白いお話にしてもらえたらな、と思いました。
特に文の死にっぷりと蓬莱人の絶望ぶりが良かった。
「生命」そのものが無くなったらどうにもなりませんよね。
最終的には地球が停止するのかなー。
でも月の都は……ここで話をするのは無粋ですわな。
長さが気にならない、素晴らしいお話でした。
あんまり長いと味がぼやける。
悲しいことですね
創想話でも、幻想郷でも
無鉄砲はいけませんがね
一部のキャラはらしい死に方をしていて、その辺は読めた。
好きですこういうの。でも他のキャラが諦めてたまるかあああって根性見せてなんか最終的に慧音が歴史喰ったり、フランが死の因果を破壊したりという妄想で鬱な気分を払拭したくなります
平凡な死は素敵です