Coolier - 新生・東方創想話

星の涙は恋しくて

2010/05/29 01:13:14
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 落ちる。
 落ちる。
 涙がぽろり。
 彼方から。
 此方へ。
 ぽたり。
 ぽたり、と。
 泣いているのか。
 笑っているのか。
 遠い地を見て、
 何を思うのか。
 けっして届かないと焦がれているのか。
 分かりはしない。
 知っているのは、
 そう、涙ぐらいなものだろうか。












 その日は新月だった。
 月を見に行くルナチャイルドはお休みの日。
 身体をベッドに横たえて、すーすー、寝息をたてていた。
 夜は早く寝てしまったサニーミルク。
 二人は家でお休みだ。
 スターサファイアは星を見に出かけた。
 小さな傘を一本持って。












 初夏の熱気を打ち消すように、雨が幻想郷に降り注いでいた。
 包み込むような雨の中、小さな影が一つ。
 フリルのついた小さな可愛らしい傘を差し、ゆったりとした飛行で、魔法の森を移動している。
 そのアゲハのように大きな羽は、スターサファイアのものだ。長い黒髪を揺らしながら、あっちやこっちに視線を彷徨わせながら、楽しそうに飛んでいる。小さく鼻歌なんかを歌いながら、ざぁざぁと降りしきる雨にリズムを合わせて、ふわふわと飛んでいる。
 辺りには明かり一つない。
 真っ暗闇の夜の中。
 スターサファイアは迷うように、惑うように、くるくると楽しげに木を見たり、草を見たり。ときには地面を踏みしめて、雨の染み込んだ地面の柔らかい感触にふるりと身体を震わせた。ぐちゃ、と弾ける泥。靴にかかるのなんて気にしない。後で洗えばいいのだから。
 ふわりと宙に浮いて、足を二、三度振った。
 靴についた泥が飛んで、びちゃ、と音をたてた。水溜りから、飛沫があがる。
 おお、と驚いた声をあげ、その水溜りの上を飛んだ。
 水溜りを覗き込むと、そこには自分の顔と、木の葉の隙間から、うっすらと曇った空が見えた。
 雨が絶えず、水溜りに波紋を残していく。
 自分の顔に広がる波紋。
 木の葉に広がる波紋。
 空に広がる波紋。
 スターサファイアには、それがまるで別世界の出来事のように感じた。それもそのはず。スターサファイアの顔には波紋は広がってなんかいないし、それは木の葉も空も同じ。
 だからこそ、スターサファイアの瞳には、それが何となく面白く映った。
 ぱしゃ、と足を突っ込んで、大きな波紋をたててから、それから、またゆっくりと移動を開始した。
 夜はまだまだ早いのだ。
 ふわふわ、くるくるとスターサファイア。
 ざぁざぁ、と雨が葉に当たる。
 ぴちょぴちょ、と溜まった雫が水溜りに落ちる。
 目的地はまだかしら?
 そんなことを考えて、小さく頬を緩ませた。
 そんなときだった。

 ――――そこ行くおちびさん。そんなに楽しそうに……いったいどこを目指してるんだ?

 そんな声が聞こえた。
 と、同時に、スターサファイアの能力は敏感にそれを伝えた。
 ぐるり、と見回して、視界の隅に小さな青い花をとらえた。花は何の特徴のない花だった。気がつかなければ素通りしてしまうような、存在感のない花だった。
 あら! とスターサファイアが声をあげる。
 傘を両手で持って、少し澄ましたポーズをとった。 

「星を見に行くのよ! それに私はおちびさんじゃあないわ」

 花は全身を震わせるようにして笑った、ような気がした。

 ――――こんな雨の日にかい? おちびさんは変わり者だ。

 スターサファイアは青い花に近づいて身を屈めた。
 まじまじ、と見れば見るほどに奇妙な花だ。どこにでも生えてそうなのに、どこにもない。まるで、花びらが光っているかのような。不思議な感じのする花だ。
 とは言ったものの、スターサファイアはその花がなんなのかを知っていた。
 
「こんな雨の日に、よ。それに私はおちびさんじゃないわよ。あなたのほうがおちびさんじゃないの?」

 唇を突き出し、頬を膨らませてむくれた表情。
 その様子を見た花が笑う。

 ――――ホントに変わり者だ、お嬢さんは。これでいいかい?

「ええ」

 そう言って、にっこりと笑顔を見せた。
 花は身体を震わせた。

「ところであなたはどなたなの?」

 スターサファイアが聞く。
 花が答える。

 ――――さぁね。名前なんぞ覚えていない。最初からなかったのかも知れんな。

 あら、とスターサファイアは首を傾げた。

「あなたには、名前がないの?」

 ――――さぁてね? 分からんな。

 花は、寂しそうに身を震わせた。
 ぴちょん、と水滴が落ちて、花の上で弾けた。
 スターサファイアは悩んだ。今すぐにここで教えてあげてもいいが、せっかくの日なのだし、驚かせてあげようか。なんて思っていた。悪戯っ子のように。
 そう、せっかくこの日に出会ったのだから。

「ねぇ、お花さん。よかったら。よかったらだけれど、私と一緒に来ない?」

 ――――星を見に、か?

「ええ、そうよ」

 どうするの? と問いかける。首を傾げた拍子に髪の毛に泥がつきかけて、慌てて元の位置に戻した。そのとき、ひと際大きな雨粒が落ちたのか、木の上に溜まった雨が一斉に降り注いだ。
 ばたたたたた、と傘をたたく音。わ、きゃ、とスターサファイアが悲鳴をあげる。
 花は、その様子が余程面白かったのか、小さく茎を揺らした。

 ――――連れてってくれよ。ここに生えてまだ短いんだが、おれと同じ花はありゃしない。なぁ頼むよ。退屈なんだよ。

 笑いながら言ったような感じ。その様子にスターサファイアは頬を膨らませた。
 がっし、と茎を掴む。

 ――――おいおい、あんまり乱暴にするなよ?
 
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 楽しげに歌うように、ひょい、と力を入れると驚くほど簡単に根が抜けた。
 するり、と何の抵抗もないかのように。
 花は驚いた。確かに地面が湿っていて、抜けやすくなっているのかもしれない。しかしこの妖精は、特に力も入れていなかった。花は疑問を抱えたまま、スターサファイアの手によって、その肩の上に乗せられた。
 スターサファイアは微笑んで、ウインクをした。

「さ、行きましょう?」

 どこかで見たかのような、初めて見るかのような、可愛らしい笑みに花は硬直し、やれやれと苦笑を零した。
 雨は降り続く。
 止む気配はなかった。












 スターサファイアは楽しげに、同行者と一緒に跳ねるようにして森の奥を目指した。
 ぱたたっ、と傘をたたく雨粒。
 葉をたたき、傘をたたき、水溜りを作る。
 ときには木の幹にタッチして、次はあの木。なんて、適当に考えて。
 ときには水溜りを滑るようにして。
 水溜りに足を突っ込んで、ぱしゃっ、と水が跳ねる。スターサファイアも跳ねる。
 その時々に笑顔を見せた。
 青い花はその横顔に、なにか懐かしいものを感じていた。
 ぽんっ、と跳ねる。きゃらきゃら笑う。ぱしぱし、傘をたたく雨水。ぴっちょんぴっちょん音がなる。スターサファイアも合わせるように鼻歌交じりの歌声を。
 楽しげに。
 ときに青い花も一緒に。
 随分と長く歩いたような気がした。
 もしかしたら一瞬だったのかもしれない。
 
 さぁもうすぐよ! とスターサファイアが言った。
 
 もうなのかい? と残念そうに青い花が言った。
 
 ほらほら見なさいよ、とスターサファイアが答える。
  
 そこは少しだけ開けた場所で、そこには――――












 ――――そこには大きな泉があった。

 雨が絶え間なく注ぎ、水面を揺らしていく。絶え間なく波紋が広がり、混じって消えて、新しく波紋が生まれてを繰り返す泉のふちに立って、スターサファイアは、ふぅ、と息を吐いた。

「とーちゃく!」

 ――――ここが目的地だって言うのか?

「もちろん」

 スターサファイアは胸を張って言う。
 青い花には、ただの泉にしか見えなかった。木の葉の覆っていない開けた空だけが特徴的なただの泉にしか、見えなかった。彼女は違うのだろうか? 青い花はスターサファイアを見た。
 スターサファイアは楽しそうに待っている。わくわくしながら待っていた。身体を揺らして、まだかな、まだかな、と我慢をしている子供のように待っていた。
 スターサファイアは知っていた。
 それが始まる時間も熟知している。
 あとは待つだけ。けれども待ちきれない。
 身体を揺らして、傘をくるくる回す。
 きらり、と光る、それを見つけた。

「あ」
 
 と、嬉しそうに笑った。
 同時、ぽちゃん、と音がして、何かが泉に落ちた。
 ぽちゃん。ぽちゃん。ぽちゃん。
 光の尾を引いて、それは泉に落ちていく。
 光の尾を引いて、それは地面に吸い込まれていく。
 真っ暗闇の中に無数の光が、泉に落ちていく。
雨のように、雨に混じって、黄金色の光が流れる。
 静かに、ぽちゃん、ぽちゃん、と降り注ぐ。
 雨のようで、けれど雨ではない。
 一直線に落ちてくる。
 星の光が降り注ぐ。
 スターサファイアの瞳に、流れる光が映りこむ。
 それは、流れ星のようで、流れ星ではない。
 だって、星は流れてなどいないのだから。

 ――――なぁ、お嬢さん。こいつはいったい……。

 その質問に答えることもなく、スターサファイアはふちにしゃがみこみ、水面に手を伸ばした。
 ぽちゃん、ぽちゃん、と落ちていく。
 スターサファイアは右手をいっぱいに伸ばして、それを取った。
 丸い、水晶のようなものを、スターサファイアは引き上げた。
 小さな結晶の中に、小さなきらきらしたものが浮いていた。
 まるで、夜空を凝縮したような。
 まるで、星屑を閉じ込めたかのような。
 それが水面いっぱいに広がって、まるでそれは――

 ――――これが、星、かい?

 水面の星空を見ながら、こくん、とスターサファイアは頷いて、青い花を地面に下ろした。
 柔らかい土を掘って、丁寧に埋めてやる。
 ぽん、と地面をたたいて終了。
 ぱんぱん、と手を払う。
 そうして、

「見て見て!」

 と、両手を広げた。
 雨に当たることなんか構わずに。
 青い花は見た。光が落ちた場所から、小さな芽が出ているのを。
 その光に合わせるようにして、自分と同じ光を発する花があるのを。
 思わずスターサファイアを見た。スターサファイアは悪戯っ子のようにきしし、と笑った。

「あなたは、はぐれちゃったのよ。皆大体この辺に落ちるのに、あなただけ遠くに落ちちゃってる。びっくりしちゃったじゃない」

 スターサファイアはしゃがみこんで笑いかける。
 
「でもね、ほら、ここにはいっぱい仲間がいるわ」

 さて、と立ち上がる。ぽんぽん、とスカートの埃を払う。
 朝日が昇るまで見ていくかな、なんて思って背筋を伸ばした。

 ――――なぁお嬢さん。おれはいったい……

「スターサファイア」

 スターサファイアはくるり、と振り返って言った。
 にやり、と笑うように言った。
 悪戯の成功した子供のように言った。

「あなたはスターサファイア」

 手の中の結晶をひょいと取り上げながら。

「この子もスターサファイア」

 ふふふ、とおかしそうに笑いながら。

「あなたは星の涙よ。星の涙からは、どうしてか知らないけど花が咲くのよ」

 そしてね、と自分を指差す。

「私もスターサファイアなの」

 にっこり、と星のような笑みを見せた。
 











 星の涙は降り止まない。
 きっと夜明けまで降り注ぐ。
 ずっと見ていよう、と青い花は思った。
 自分がなんなのか、ようやく分かったのだ。
 きらきら光る水面の星空。
 うっすらと生えた、青く光る花の芽。
 水に塗れた草がそれを反射する。
 きらきらと、きらきらと。
 きれいだな、と青い花は思った。


[了]
大地に恋した星の涙、みたいな話。

ここ最近雨続きだったものだから月はおろか星さえも見えやしませんでした。

そんな雨続きだったから、こんな感じの物語になったのでしょう。

雰囲気だけでも伝われば幸いです。

※一部改定
月空
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コメント



0.530簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
月並みな感想だけど、絵本を読んでいるみたい。
雨と星が降り注ぐなかで笑う星の妖精の姿が確かに目に浮かんだ。素敵なお話でした。
7.90名前が無い程度の能力削除
いいなぁ。なんていうか、いい、凄くいいです
8.90とーなす削除
絵本を読んでいるような素敵な作品でした。先に言われてしまいましたが。
幻想的な雰囲気がとてもいい。
9.100名前が無い程度の能力削除
素敵です。
12.90名前が無い程度の能力削除
すごい綺麗な文で見惚れてしまいました。