その日は、雲が一つも無い、澄んだ青色の空が広がっていた。
それは、僕が寺子屋へと向かう途中の事だった。
朝の涼しい風の中、友達と一緒に大きな通りを歩く。
いつものように鳥達は囀り、いつものように大人達は仕事の準備に取り掛かり、いつものように平和だった。
そんないつも通りの世界の中、一つだけ変わった事が起きた。
向こう側から鳥とは言えない、少し大きめの影がこちらにやってくる。
明らかに鳥のものではなかった。
ふと、空を仰ぎ見る。
そこには、大きな船が浮かんでいた。
僕は突然の事で驚き、そして興奮した。
船というものは、本で見た事がある。
しかし、そこには海や大きな川を渡る為のものだと書かれていた。
幻想郷には海が無い為、見る事が出来ないと諦めていたもの。
それが今、僕の上空を飛んでいる。
思わず見とれてしまった。
それは僕の真上を通り、通り越していく。
僕はくるりと逆を向くと、その船の方へと足を進めた。
自然に足が出て、それを求めるように走っていく。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
「慧音先生には遅れるって言っといて!!」
友達の呼びかけも振り払って、無我夢中で駆けた。
それが今の僕にできることだと思ったから。
届く事は無いことくらい、僕にも分かった。
だけど、せめて追いかける事くらいならできる。
僕は、少しでも長く船を見るために、夢中になって走っていった。
「おーい! おーい!」
もしかしたら、もしかしたらこの声が届くかもしれない。
そして、気づいてくれたなら、こっちに降りてくるかもしれない。
そんな、小さな願いが僕の中にあった。
大きく手を振って、僕の存在に気づいて欲しくて一生懸命、
「おーい! おーい!」
人の目も気にしないで、僕は夢中で走った。
気がつけば、寺子屋から遠く離れた、人里の端の方まで来ていた。
それでも船は、止まる事を知らなかった。
本で読んだ通り、目的地につくまで進み続けるのだろう。
そして僕は、その船を追いかけるのをやめた。
なんとも言えない悔しさが残っていたけど、仕方が無い。
僕は小さくなっていく船を見ながら、寺子屋へと向かって行った。
寺子屋に着いて、遅れた理由を言ったら先生に怒られた。
でも先生は、いつものように怒鳴ったりはしなかった。
何かに夢中になるのはいいことだ、と言って席に着くように僕に言った。
窓際の席に座ると、僕が来る前から始まっていた授業が再開される。
ふと、窓の外を見てみる。
空は何処までも青く澄んでいた。
授業が終わった後、あの船のことについて先生に聞いてみると、あれは宝の船らしい。
僕は驚いた。
一体どんな人があの船を操縦しているのだろう。
きっと、とてもかっこいいんだろうなぁと思った。
帰り道、僕は空を見上げながら帰った。
もしかしたら、高い高い空の上を飛んでいて、小さいけれど見えるかもしれない。
大人達の邪魔にならないように、上を向いて歩いた。
結局、船は見つからなかった。
それから数日が経った。
ある日のこと、人里の近くに新しくお寺ができた。
妖怪達がそこに住み着いているらしいけど、みんな優しくていい人らしい。
最初は人里の人達もびくびくしていたけど、あちらから優しく接してくれたことから、今はいつも通りの生活を送っている。
そんな中、とある話を僕は耳にした。
このお寺は、あの宝船で出来ているんだよ、と。
どうやら、そのお寺の妖怪が言っていたらしい。
そのことが本当なら、きっと船を操縦していた人もそこにいるに違いない。
そう思った僕は、寺子屋の無い休日に、そのお寺へと向かった。
お寺はとても立派で、綺麗だった。
なんとなく、聞いた話は本当なんだと思った。
ぼーっとそのお寺を見ていると、突然女の人に声をかけられた。
「どうしたの、僕。迷子にでもなったのかしら?」
「え、あ」
優しそうな女の人が、柔らかい笑みで僕を見つめる。
すこしばかり首をかしげて僕に問いかけた。
僕は勇気を出して、女の人に言った。
「あの、このお寺って宝船が変形してできたんですか?」
「えぇ、その通りよ。良く知ってるのね」
やっぱり、宝船がこのお寺だったんだ!
僕は心の中が踊るような思いだった。
「それじゃあ、その船を操縦していた人ってここにいますか?」
「えぇ、いるわ。その人がどうかしたの?」
操縦していた人がここにいる!!
僕は、焦るように女の人に言った。
「あの、会わせてくれませんか!?」
「あら、あの子に会いに来たのね。入ってらっしゃい、僕の会いたい人に会わせてあげるわ」
「あ、ありがとうございます!!」
僕は、女の人の後についていった。
それから少し経って、僕よりも少し身長が高い、お姉さんが現れた。
頭に帽子を被っていて、着ている服は少しだけ見覚えがある。
本に載っていた、男の人が着ていた服にそっくりだった。
そして赤いスカーフをつけていた。
「私に何か用?」
お姉さんが僕に問いかける。
それに対し、僕はストレートに質問した。
「あの、お姉さんはあの船の船長さんなんですか?」
お姉さんは、僕の顔をじーっと見る。
どこか意地悪そうな笑顔だった。
そして、お姉さんは胸を張って答えた。
「その通り、私が船長さ。皆は私のことをキャプテンムラサ、そう呼ぶよ」
「キャプテン……!!」
キャプテン その単語がとてもかっこいい。
遊びでのキャプテンなんかじゃない、本物のキャプテンだった。
キャプテンムラサと呼ばれるお姉さんは、僕の頭を撫でた。
「さてはあの船を見て私に会いに来たのかな?」
「うん! すっごくかっこよかった!!」
「そう言ってもらえるとなんだか嬉しいね」
「で、お姉さんは他にも船とか持ってるの?」
興奮して、いろんなことを聞いてみたい。
そんな気持ちで僕はいっぱいだった。
だけど、最初の質問に対して、お姉さんはこう答えた。
「……もう船はないんだ。あの宝船がお寺になっちゃったから、私は船長じゃないし、キャプテンでもなんでもないんだよ」
「そうなの?」
お姉さんは、どこか寂しそうに見えた。
質問しようと思ったことがたくさんあったけど、何故かする気が無くなってしまった。
よくわからない、もやもやした感情が、胸の中に溜まっていくのがわかった。
すると、お姉さんは急に笑顔になった。
「でももういいんだ。私はキャプテンじゃなくても、ここにはたくさんの人がいるし、私が舵をとらなくても大丈夫だからね」
「お姉さんはもうキャプテンじゃなくても寂しくないの?」
「少し名残惜しいけど、仕方ないよ。もう私はキャプテンを辞めるんだ。……そうだ、君にこれをあげよう」
そういうと、お姉さんは帽子を僕に手渡した。
真っ白な帽子の前の方に、変なマークがついていた。
「今日から君がキャプテンだ。皆を導くキャプテンはかっこいいし、里の皆の人気者間違い無しさ」
「いいの?」
僕の問いかけに、お姉さんは笑顔で答えた。
「キャプテンがそんなんじゃ皆がついてこないぞ?」
「そ、そうだよね!」
僕は今日からキャプテンなんだ。
お姉さんから預かったキャプテンの称号を、大切にしないといけない。
お姉さんは、僕に向かって敬礼すると、にっこりと笑って一言、
「ヨーソロー」
そう言い残し、去っていった。
僕はお寺の外に出ると、お姉さんから貰った帽子を被ってみる。
その帽子は、僕の頭には少し大きかった。
それと同時に、キャプテンの大きさを感じた気がした。
僕はふと、空を見上げる。
見上げた空は、本に載っていた海のように、青かった。
ムラサが少年に帽子を託す件が駆け足過ぎます。唐突に打ち切りとなった少年誌漫画みたいです。
作者様はしっかりと中間のエピソードを膨らますべきでした。もったいないです。改訂版を希望。
例えるなら魔女の宅急便で飛行船を追いかけたシーンを見たあとのような清清しさ。
少年時代の探究心のようなものが爽やかな風と共に伝わってきました。
一つ欲を言えば命蓮寺にたどり着くまでに何かドラマがあったらよかったかなーと。
大切に育てていって欲しいなぁ、これからも。
お話のもって行き方次第では、水蜜に限らず全ての東方キャラ達の
魅力を更に引き出してくれる、凄い存在になりそうな気がします。
話は変わりますが、流石にこの投稿ペースを見続けていると、きちんと睡眠時間などを
とられているか、本気で心配になりますよ。
季節の変わり目ですので、体調には十分気をつけて下さいね。
俺個人の意見だけど、改訂版はいらない
この未完成さが「少年」の魅力を上げてるから
コメントに「何も考えずにただ夢中で」とある
これが作品に感じた爽快感のきっかけなんだと思う
もし「少年」に先があるならずっと追いかけたいと思えた
改訂版云々は訂正します。作者様には今後も善き幻想郷ライフを。
コメントありがとうございます。
何も考えずにただ夢中で書いていたので変な風になってしまったようです……。
改訂版は多分ないかもしれません。
>ぺ・四潤 様
評価ありがとうございます。
なんというか、ムラサの良さといいますか、涼しさをイメージして書いたらこうなりました。
なるほど、ドラマがあると良かったかぁ……。
>コチドリ 様
評価ありがとうございます。
育てていく……どうしましょう。
考えてみます。
睡眠時間はちゃんと確保できていますよ、学校から帰ってきてすぐ書いてますから。
ご心配ありがとうございます、へたれは幸せ者です。
>19 様
評価ありがとうございます。
なんと嬉しい言葉でしょうか……。
書いてよかったと改めて思いました。
>2 様
評価ありがとうございます。
これからも、私の好きな幻想郷を書いていきます。
評価ありがとうございます。
ムラサさんほんとかっこいいイメージしかない。