「小悪魔ー、ちょっと教えて欲しいことが―――」
あるんだけど。という言葉は、私―――フランドール・スカーレットの口からは終ぞこぼれることは無く飲み干された。
紅魔館地下室にある大図書館、その奥に存在する小悪魔の私室に足を踏み入れた先に見たものは、なんとも質素な空間だった。
木造の机にベッドと本棚に箪笥というありふれた内装の室内。
その中でとりわけ、最も目を引いたのは小悪魔が現在進行形で眠っているベッドだった。
真っ黒なネグリジェに身を包み、暢気な寝顔で眠り耽る彼女の姿は、いつもの悪戯好きな笑顔とは程遠くて随分幼い印象を受ける。
その幼い印象に拍車をかけているのは。
「……コレはまた、随分と多いぬいぐるみねぇ」
私が呆れたようにため息をついた言葉のとおり、数多くのぬいぐるみのせいだと思う。
質素な室内において、一際異質なのがベッドに存在する数多くのぬいぐるみだ。
色の少ない小悪魔の部屋で、唯一ここだけが様々な色であふれていて、だからこそこの場所が良く目立つ。
そんな色のあふれる場所で、彼女はすやすやと布団に包まって夢の中。
多忙な小悪魔にしては珍しく休暇というから、暇でもしているのかと思えばまさか眠っているとは予想外だ。
「まったく、こんな時間から寝てると美容の大敵よね」
そんな言葉を苦笑しながら呟くと、やることもないのでそのまま勝手に入室させてもらう。
彼女らしい整理整頓された室内を見渡しながら、傍の椅子を手にとって、ベッドの傍にまで持ってくるとそのまま座って、頬杖をつく。
ベッドに鎮座するぬいぐるみたちに視線を向ければ、どれもコレもどこかで見た覚えのある造形のものばかり。
紅白の巫女だったり、黒白の魔法使いだったり、あるいは騒霊の三姉妹だったり、今まで出会ったことのある者たちのぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
そして、私たち紅魔館のメンバーは一番前列に置かれていて、そのどれもが良く凝ったつくりになっていた。
確認するまでも無く―――小悪魔の手作りなんだろう。
小悪魔はアレはアレでなんだかんだと手先が器用なたちだから、こういったことは得意らしい。
彼女らしいと思って微笑ましく思い……そこで、ふと気がついた。
「あれ?」
私のぬいぐるみだけが、そこにないのだ。
目を凝らしてぬいぐるみの中を探してみるものの、やはりどこにも見当たらない。
私のだけ他の場所にあるのだろうかと思って、別の場所に視線を向けるけれど、やっぱりどこにも見当たらなくて。
チクリと、なんだか胸が痛んだような、そんな気がした。
心臓を針で直接刺されたかのような、そんな不思議な痛み。
その痛みが何なのか、それが何を意味するのか、私にはわからなくて。
ただ、どうしてかその痛みがものすごく、不愉快で。
自分でも、不機嫌になっていくのが手に取るようにわかる。
それと同時に感じたことは、『寂しい』なんていう、昔はよく思っていた感情だった。
「……なんでよ」
呆然と呟いた言葉は、果たして誰に向けた言葉だったのか。
不思議な寂しさと苛立ちを覚える自分自身にか。
ここにはない自分の姿を模したぬいぐるみにか。
それとも―――自分のぬいぐるみだけを作っていない、小悪魔にたいしてか。
剣呑な感情のこもった言葉がついて出た自分の口を押さえ、溢れ出そうな感情を押しとどめる。
そのままにしていたら、感情のままに喚き散らしてしまいそうで。
そのままでいたら、わけもわからず泣き出してしまいそうで。
怒りたいのか、泣きたいのか、思考も感情もぐちゃぐちゃでよくわからなくて。
それが、ただひたすら不愉快で、辛くて、苦しかった。
そんな混沌とした心を押し留めるように、蓋をするように、私は静かに深呼吸を繰り返して、それでようやく気持ちが落ち着いてくれた。
「……はは、そうだよね。そりゃ、そうか」
乾いた笑いとともに、どこか納得したように呟いた言葉は、室内の空気に溶けて消える。
椅子の背もたれに背中を預け、陰鬱を隠しもしないまま天井を仰いだ。
私は、今までどこかで小悪魔なら大丈夫だなんて、そんな信頼を寄せていたと思う。
昔から私の傍に好んで近寄ろうとする奴は居なくて、自身の能力の巨大さゆえに皆が私を腫れ物のように扱った。
それに気づかない振りをして、自分で皆を遠ざけて、腫れ物のような扱いを自ら甘受する。
誰もが、私のことを恐ろしいという。それがただ鬱陶しい。
誰もが、私を畏れるような視線を向ける。それが鬱陶しい。
誰もが、私の存在さえなければと嘆いた。鬱陶しい。
それならと、自分から皆を遠ざけ、この身に余る力を振りかざして、暗い地下の底に自ら閉じこもった。
そんな私に望んで会いに来てくれたのは、お姉様ただ一人。
昔も今も仲はあまり良くないけれど、それでもあの頃はそれが唯一の楽しみであったと覚えている。
美鈴もよくかまってくれたけど、それでも門番という仕事上、そう多く一緒には居られない。
そんな私に、とある日からいつも付き合ってくれたのが―――他でもない小悪魔だった。
私が暴言を吐き、鬱陶しそうに視線を向け、力で脅しつけて遠ざけようとしても、そいつは不思議と毎日毎日やってきた。
言葉で罵り、力で脅して、そして追い返す。そんな日々がどれだけ続いたことだろう。
いつの日か、私は結局根負けしてしまって、彼女と居ることが多くなった。
いろんな話をして、いろんなお菓子を食べさせてもらって、いろんな本を読んでもらって。
いつもいつも、私のことを気にかけてくれた姉貴分。
悪戯好きでとんでもない事件を起こす困ったやつだけど、私は彼女に感謝してたんだ。
へらへらと笑って私をからかって、言葉で翻弄して飄々と雲のような、そんな彼女のことを信頼してた。
でも、彼女の心は―――本当はどう思っていたのだろう?
「……あー、駄目だ。暗いこと考えすぎよ、私は」
ブンブンと頭を振って、暗くなりそうだった自分の思考を追い出した。
自分の人形がないからって何だって言うのか。まったく情けないもので、情緒不安定な私の精神は昔も今も変わらないらしい。
これでも成長したと思ったんだけどなぁとため息がついついこぼれてしまう。
一度感情が暗くなると、そのままずるずると引き摺られてしまうから困りものだ。
今もまだ、小悪魔に本当は嫌われてるんじゃないかって、そんな不安を心が騒ぎ立ててる。
陰鬱なため息が、もうひとつ。
駄目だなぁと自分自身をふがいなく思ったまま、小悪魔の寝顔をボーっと眺めて時間が過ぎていく。
ゴロンッと小悪魔が寝返りをうって、私のほうに小悪魔の顔が向けられる。その拍子に、布団が少しずれて―――
「……ッ」
彼女の抱きかかえていた、『もうひとつのぬいぐるみ』が顔を覗かせた。
フェルトで作られたぬいぐるみ。髪は金で、目も服も赤い色、手にはスペードをかたどった歪な杖。
それは、紛れもない……先ほど探しても見つからなかった、『私』の、『フランドール・スカーレット』のぬいぐるみだった。
なによ、それ。こんなの反則もいいところじゃない。
何故、何で、どうして、よりにもよって私のぬいぐるみを抱きかかえて幸せそうに眠りやがるのか、この小悪魔は。
顔が熱い。火照って真っ赤になってるのが自分自身、鏡を見なくたって良くわかった。
先ほどまでの暗い感情なんてまとめて吹き飛んでしまった代わりに―――今はこんなにも、嬉しくて、それでいてものすごく恥ずかしい。
「えへへ~、妹様~」
その上、緩い笑顔でそんなのほほんと私の名前まで呼ぶ始末。
ぱくぱくと開閉を繰り返す私の口からは、言葉らしい言葉なんか出てこなくて。
あうあうと情けない言葉の羅列がこぼれていくだけ。
なんと情けない。破壊の権化だとか、狂気の妹だなんて、そんな風に恐れられた吸血鬼が、今はちっとも頭が働かない。
だって、仕方ないじゃない。なんだか、今の私はこんなにも―――嬉しくて恥ずかしくて、泣いてしまいそうだったんだから。
そこで、ふと小悪魔の腕が私の首に絡みつく。
「はい?」なんて困惑する暇も有らばこそ、彼女はあっという間に私を抱き寄せてベッドの中に招き入れてしまった。
ボンッと、沸騰したように顔が真っ赤になったのを自覚する。
頭がまともに働かなくて、小悪魔の甘い匂いが私の羞恥心をより加速させた。
慌てて彼女の腕から逃れようとするのだけど、小悪魔はそんなのお構いなしにぎゅっと抱きしめてきて―――
「大好きですよ、妹様」
そんな言葉を、嬉しそうに呟いたのだ。
ピタリと、抵抗が止まる。
あまりの恥ずかしさに思考が追いつかなくなったのか、もう真っ白な頭では碌な思考なんかできやしない。
あぁ、本当にコイツは反則だ。ずるくて、反則で、とびっきりの酷いヤツだ。
そんな言葉を嬉しそうに呟かれたら、抜けるに抜け出せないじゃないの。
耳には彼女の吐息が聞こえてくる。彼女の胸に抱き寄せられた私の頬には、大きくて柔らかなふくらみがまるで枕のように押し付けられてる。
未だに眠りこけてる彼女。目を覚ましたら、本物の私を抱きしめているんだから、さぞかし驚くことだろう。
うん、それはそれで面白そう。小悪魔が驚く姿を見るのも一興かもしれない。
だからこれは、うん、仕方ない不可抗力なのだ。
心地良いとか、気持ちいいとか、嬉しいとか、そういうんじゃなくて……仕方ない、不可抗力。
ぎゅっと、抱きしめる彼女の腕に身を任せる。
すると、「えへへ~」なんて暢気な寝言が耳に届いて、ついつい苦笑してしまう。
視線の先には、私のぬいぐるみが一緒に抱きしめられていて、なんだか窮屈そう。
でもまぁ、我慢してほしい。今日一日ぐらい、彼女の抱き枕になるのも悪くないかなーなんて、そんな風に思うから。
「私も、好きだよ。小悪魔」
きっと聞こえちゃいないだろうから、今だけそんな本心を呟いた。
いつもいつも人を困らせて、悪戯ばかりで、鬱陶しく思うことも一杯あるけれど。
それでも、今の私があるのは彼女のおかげだと、心の底から思えるから。
魔法少女だとか、変なラジオだとか、魔法の飴とか、迷惑をかけられた回数を数えればきりがないけれど。
だけど私は、彼女のことが好き。今も昔も私を支えてくれている、困った『家族』だから。
小悪魔の暖かさで段々と瞼が落ちてくる。思考にどんどん霞が掛かって、うとうとと舟をこぎ始めてしまう。
きゅっと、抱きしめる腕に力がこめられて、また能天気な寝言が聞こえてくる。
そんな寝言に苦笑して、私は彼女の腕の中でゆっくりと眠りに落ちていく。
いつだったかこんなことがあったような気がして、それが思い出せぬままに睡魔に身をゆだねた。
暖かくて、心地良くて、心が落ち着ける不思議な眠り。
こうやって小悪魔と一緒に眠るのも悪くないと、そう思える自分が嬉しかった。
いまだけは―――ぬいぐるみの代わりに抱きしめられるのも悪くないと、そう思えるほどに。
とにもかくにも、あなたのこあフラはマジで最高です!!
できれば、また機会があればこーいう風なテイストのお話をば!!!
誤字ですよー
タグ・糖分大目→多目
貧弱な私もムキムキボディに変身出来そうな気がします。
眠っている時の顔は、天使のような小悪魔ちゃん。
更に凶器攻撃(大きなふくらみじゃなくて、どんでん返しのフラン人形ね)を受ければ、
フランちゃんじゃなくても、イチコロだ!
もっと!もっと!!もっtゲフンゲフン
だが、引き込まれるまでは予想できなかった。この小悪魔め、実は起きてるんじゃないだろうな?
状況によってはここまで甘く和むものなのですね……小悪魔ほんとイイ奴や。
誤字報告?
タダお姉様だけ(ただ。
強調より先に"無料"の方を先に連想してしまったので一応;
そう多くは入られない(居られない?
パチュこあ派なのに!
レミフラ派なのに!
こぁフラ…いいもんだ…
もっと増えればいいじゃない
が子悪魔の一言に粉砕させられたんでいつも通り100点持ってってくだせぃ
と、思ってたら、予想よりもフランにとって嬉しい展開だった。
寝惚けて抱きつくのは予想通り。
通りでしたが、顔のにやけはおさえられませんでした。
…蛇足ですが未だに小悪魔寝たふり説を手放せないのは気のせいでしょう。うん。
寝起きの小悪魔の行動に期待せざるをえないな。
残念なのは目を覚ましたこぁの錯乱シーンがなかったこと。
きっとそれでもう1エピソードいけるはずです!
というわけで続きを是非に。
あなたの紅魔館は
口から砂糖g
それでもガード不能なこの攻撃!
いつもと違う設定の小悪魔かと思ったけどやっぱりいつもと同じこあだった。
ギャップがたまんねえ……
ほうじ茶が甘くなった
フランフランフラン…ちゅっちゅっちゅっ
レミリアとは仲が良くなったと思ったんだけどなぁ………ちょっとさびしい