「やあ八雲のぉ……えーと狐の。楽しんでるかい?」
「おや、これはこれは、どうも。……藍ですよ」
事情を知らないものからすると、幼女が年上にタメ口を利いているようにしか見えないのだが、実際のところ二人の年齢はどっこいどっこいである。
片や鬼の四天王こと伊吹萃香、片や最強の妖獣こと八雲藍。それだけ聞くと剣呑なようだが、二人の間にそんなムードは見受けられない。
というのもここが博麗神社で、さらに今は宴会の最中だからだ。宴会の場で殺気を飛ばすような輩は無粋とみなされ、そのうち干される。
「アンタさっきから全然呑んでないじゃないか、つまらないなぁ」
萃香は、端っこに座って一人手酌している藍が気に入らないらしかった。
彼女にとって酒とは、豪勢に呑むものであるらしい。端っこでチマチマとやるのは、呑むうちに入らないのだろう。
顔が赤いのは、鬼とはいえ酔っているからだろうか。正体をなくすほどではないが。
藍は苦笑して答える。
「ああ……いえ、主人を差し置いてあまり羽目を外しすぎるのもどうかと思いまして」
「ふぅーん……」
素っ気無い返事を返しながら、萃香は首を九十度ほど左に向けた。藍もつられてその先を見る。
その「主人」が、正体も無く酔っ払っている。明らかにアルコールが入りすぎであった。
面目は丸つぶれである。
「……はあぁ」
藍は頭を抱え深くため息をついた。従者として、主人にはキチンとしておいてもらいたいものなのだが。
対する萃香は気楽なもので、ニコニコと笑っている。
「そういうわけでさぁ、アンタの主人も見てないわけだし、ちょっと羽目とか外してみない?」
「あー……お言葉は有難いですけど遠慮しておきますよ」
「いやいや、そう言わずに」
「あわわ」
萃香は藍の襟を引っつかみ、宴会の只中へ引きずり込んで行く。さすがに鬼なだけあって、力は随分なものだった。抵抗もできず、藍はせいぜい転げないようにする。
萃香は酔いつぶれた魔理沙から杯をひったくると、藍に差し出した。
「さて! 呑み比べと行こうじゃないか」
「へ? ……いや、申し訳ないですが私は下戸でして」
「くっく! そんなこと言ってさあ、実は相当いけるクチだって聞いたよ?」
などと言いながら、萃香は早速、藍の杯に伊吹瓢の酒を注ぎ始めていた。
どうも冗談の類ではないらしい。
呑むにしても、どうして勝負事にせねばならないのか……と思いながら、そういえば鬼はそういう種族だなぁと藍は観念した。
「おやおやこれは珍しい。八雲の式が呑み比べですか」
厄介なのがやって来たなぁと藍は渋い顔になった。見れば萃香も似たような顔だ。
射命丸である。こいつが絡むと色々面倒であるので、平穏好きな藍としては苦手な相手だ。
「天狗、邪魔すんじゃないよ」
「*おおっと* そんなことはロンモチです。こちらとしてもですね、藍さんが酔い潰れるシーンを是非新聞に収めておきたい所存でありまして、ええ」
「御託はともかく、邪魔しないんならまぁ良いよ。勝手にすれば」
「ははぁ有難うございます。許可が下りなくとも強行するつもりでしたが」
毒の含まれた会話に、周囲も何だ何だと集まってくる。あるいは萃香が萃めているのだろうか。
いずれにせよ本当にやらねばならないようだと、藍はいっそ腹をくくった。
萃香が自分の杯にも酒を注ぎ、二人の間に伊吹瓢を置く。
「勇儀はハンデハンデってやるんだけど、私はどうもそういうのが好きじゃなくてさぁ。ノーハンデで行きたいんだけど」
「ご自由にどうぞ。あ、でもお手柔らかに」
「お手柔らかにねぇ……まぁいいや、まずは一杯」
杯をぐいと呷る萃香。藍もそれに倣い、酒を干した。
味は悪くないが、ギャラリーのどまん中だから落ち着かない。
「きついですねコレ」
「鬼の酒だからね。……これぐらいのが好みなんじゃないかい?」
「さぁどうだか」
一杯呑んで吹っ切れた藍は、杯を萃香に差し出す。そう来なくっちゃと、萃香は並々と注いでいった。
本当に並々と。並々と。
「ちょっ、溢れてるじゃないですか……」
「まぁまぁ、一杯」
「あーもー」
零しながらも、藍はまた飲み干す。萃香もそれにあわせ、ぐいと胃に収めた。
自分と比較して、開始前に随分呑んでいるとはいえ、相手は鬼である。長くなりそうだなと思いながら、藍はまた、杯を差し出すのだった。
「――冗談でしょ」
射命丸は愕然としている。
なぜかというと、藍と萃香が呑み比べのせいだ。いや、それは間接的な原因でしかない。
なんと、二人はすでに三百杯をゆうに飲み干しているのだ。
しかも使っているのは伊吹瓢の酒である。射命丸はアレをこっそり呑んだことがあるが、随分きつかった。割って呑むべきものだ。
それをストレートで行っているのだから、二人して化け物のようだった。
最初の方こそ野次を飛ばしていたギャラリーも、口をぽかんと開け見入っていた。
しかし、もっと驚くべきことがある。
「はは……やるじゃあ、ないのさ」
「いえいえまだまだですよ。そちらはどうなさったのですか? 手がおぼつかないようですね、酌を代わりましょうか?」
「いやいや問題にゃい、……にゃいともォ!」
「あーあー、零れてます」
藍が押しているのだ。それも圧倒的に。対する萃香は、藍の言うとおり、手元がおぼつかない。呂律も怪しい。
それが射命丸を唖然とさせ、カメラのことも忘れさせている。
何せウワバミで名をとどろかす鬼、それのトップクラスである。今まで飲み比べとなったらワンサイドゲームだった。
今回、元から萃香は多少酔っていた。だが、彼女の許容量はそれを問題としないほどだ。
それが押されているのだから、藍というのは、まさしく文字通りに「底無しの酒樽」だろう。
射命丸の知る限り、あの狐は今まで飲み比べなどに参加していない。相当な伏兵だった。
そして、さらに驚くべきことが訪れた。
「……うえ、もう無理」
そう呟いて、萃香が仰臥したのだ。酔い潰れている。
つまり、藍の勝ちだ。しかし本人は、特にどうということもなく、涼しい顔をしている。
「あちゃあ、やっちゃった……ええと、誰か、介抱介抱」
そんなことまで抜かす始末だ。
ようやく我に帰った射命丸は、あわててシャッターを切りまくった。
本当に信じがたいことだった。
「あー、藍やっちゃったのね」
「うおわ紫さんですか」
さっきまでそこらで酔い潰れていた紫が、やれやれと言わんばかりの表情で見ている。
いきなり後ろに立たれて驚きながらも、射命丸は取材を敢行した。
「藍さんの主人さんにお尋ねしますが、あれは一体どういうことです? 酒豪の天狗でも、鬼には中々敵わないっていうのに。とんだダークホースですよ、狐だけど」
「あー……あれは昔から酒池肉林とかやってたし。酒には強いんじゃない?」
「ですが、それだけじゃないでしょ? 酒池肉林とか、そんなんでどうこうってレベルじゃないですよ、アレ」
食い下がる射命丸。紫は「仕方ない」と呟き、そして耳元でこう言った。
「じゃあ特別に、理由、教えてあげてもいいわ。……ただ、絶対に誰にも言いなさんな」
「それはまた、なぜです?」
「季節が乱れるわ」
「……はぁ。まあ、心に秘めておきます。記事にはしませんよ」
「そう。……いい? あのね……」
そして射命丸は、驚愕の事実を聴いた。
「あの子はね、酒乱なのよ……藍だけに酒藍、なんつって」
幻想郷は凍りついた。
呑めない人に飲ますのは泳げない人を池に突き落とすのと同じですからね。殺人未遂にしてもいいと思うんですよ。
呑むのは好きですけど飲まされるのは大嫌いです。
だけど吹いちまったwww
ムキュウとなってしまう私のような人間にとって、萃香の言動は
地獄突きをかましても飽き足らない悪魔の所業ですね。いや、マジで。
……あ、レティさん、気持ちは分かるんですがお布団に戻りましょうねー
二度寝というのもなかなか乙なものでちゅよー
それはそうと……オチが弱くないですか!?
モウトックニ季節ハ春デスヨ
口でなく鼻で噴くなんて新しい事をしてしまったじゃないですかーー!!www
いつもながらオチwwww